大阪高等裁判所 平成12年(行コ)59号 判決 2001年6月28日
主文
一 原判決主文二,三項を次のとおり変更する。
1 控訴人は,堺市に対し,559万9157円及びこれに対する平成9年3月18日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被控訴人のその余の請求を棄却する。
二 訴訟費用は,第1,2審を通じて,これを7分し,その6を被控訴人の負担とし,その余を控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1 原判決中,控訴人敗訴部分を取り消す。
2 被控訴人の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする
第2事案の概要
次のとおり付加,訂正するほかは,原判決の「事実及び理由」中の「第二 事案の概要」に記載のとおり(ただし,18頁7行目から20頁7行目までを除く。)であるから,これを引用する。
1 原判決の補正
(1) 原判決8頁5行目の次に改行のうえ,以下の記載を加える。
「なお,本件職員Aの主たる職務は,保育所内の清掃,園芸,営繕,あるいは植木の剪定等であり,本件職員Dのそれは,学校給食に関する準備から後片づけまでの調理業務全般であった。」
(2) 同11頁3行目の「堺市給与条例三条」を「地方自治法172条2項」と,同8行目から9行目の「二条五号イ」を「2条本文」とそれぞれ改める。
(3) 同17頁4行目の「発令」の次に,「通知」を加える。
(4) 同27頁7行目の「いるいところで」を「いるところで」と改める。
(5) 同37頁2行目の「本件特勤務延長」を「本件勤務延長」と改める。
2 控訴理由の要旨
(1) 本件各職員に必要とされる経験,技術の習得は極めて困難なものではないにしても,誰もが即時になしうるものではなく,代替性が容易に認められるものではない。また,非常勤職員,臨時職員は,補助的業務を行うだけで,正規職員とは職務内容が異なるから,ベテランの熟練した正規職員とのバランスにおいて,行政サービスを低下させない範囲内で採用せざるをえず,全ての正規職員について代替できるものではない。
そもそも,採用その他の任用行為は,行政執行責任者である任命権者が,行政の適正,円滑な遂行のために総合的に判断して行うべきであり,条例の具体的運用についての裁量権は画一的に解されるべきではなく,原審でも主張した事情の他,上記のとおり,本件各職員に代替可能性が低いことからすると,本件各職員については,堺市定年条例4条に定める勤務延長の要件があるといえる。
(2) 本件職員Dのような勤務延長期限の延長に関し,堺市定年条例が市長に承認権限を与えたのは,地方自治法180条の4第1項に規定する地方公共団体の長として,同一地方公共団体内の各任命権者の間で定数や人事,職員の身分取扱いについて齟齬が生じることのないよう必要な措置を採るように勧告する権限(いわゆる総合調整権限)を重視したものと解釈すべきである。
そうすると,本件職員Dの勤務延長期限の延長承認は,教育長が本来有する任命権を行使するに際し,その行為が市の他の各任命権者との関係で齟齬が生じないものであると控訴人が承認したにすぎないものと考えられる。そのため,1回目の勤務延長と同様に,庶務担当課長には教育長の処分を尊重してその内容に応じた財務会計上の措置をとるべき義務があったといえるから,支出命令は違法ではないし,控訴人も,これを是正する理由がないから責任があるとはいえない。
(3) 本件職員Aについては,短期臨時職員の勤務時間は1日7時間30分であるところ,本件職員Aの勤務時間は7時間45分で差があり,さらに本件職員Aには20時間の時間外労働があるので(平成8年1月1日から3月31日までの勤務時間は,469.5時間《7.75×58+20》となる。),代替させるとしても更にもう1名の短期臨時職員が必要である。また,仮に不足分だけを短期臨時職員に担当させるとしても,損益相殺で控除すべき額は,35万0576円(《5600円÷7.5》×469.5)となる。
本件職員Dについては,職務内容等の違う非常勤職員や短期臨時職員と比較するのではなく,正規職員と比較すべきであり,そうすると市に損害はないはずである。仮に,非常勤職員と比較するとしても,本件職員Dと全く同様の採用年齢(45歳),勤続年数(18年目)の非常勤職員と比較すべきであり,この場合,賃金の支払額は,299万9808円(非常勤職員1時間当たりの報酬額2304円×1302時間)となる。
第3判断
本件訴えのうち,原審が不適法として却下,又は理由がないとして請求を棄却した各部分については,不服申立てがないので,当裁判所は,それらの当否について判断することができない。
当裁判所は,それら却下,又は棄却した各部分以外の請求の当否につき,そのうち559万9157円及びこれに対する平成9年3月18日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払いを求める部分は,理由があり,その余は理由がないと判断する。その理由は,次のとおり加除,訂正するほかは,原判決の「事実及び理由」中の「第三 当裁判所の判断」中の「二本案についての判断」に記載のとおりであるから,これを引用する。
1 原判決の補正
(1) 原判決44頁6行目の「前記一で判断したとおり」を削除し,同9行目の「前記第一」を「前記第二」と改める。
(2) 同58頁3行目から4行目全部を,「(三)これを本件職員Dにおける,平成8年度の勤務延長期限の再延長について検討する。」と改め,同5行目の「すなわち,」を削除する。
(3) 同61頁1行目の「前記第二,二4(二)」を「前記第二,一4(二)」と改める。
(4) 同62頁4行目「最高裁判所平成三年一二月二〇日」の次に,「第二小法廷判決」を加える。
(5) 同63頁8行目の「担当庶務課長が」を削除する。
(6) 同65頁8行目「三名」(2箇所)をいずれも「5名」と改める。
(7) 同66頁6行目から同68頁3行目までを,次のとおり改める。
「上記支出は,平成8年1月ないし3月分の本件職員Aの労働の対価として支出されたものを主とするものであるところ(なお,A12の支出は平成7年4月ないし12月分の差額である。),堺市においては,平成6年度末の用務担当の欠員補充に伴い短期臨時職員を採用しており,対応する期間,短期臨時職員を配置した場合の費用が前記相当因果関係がある金額と認めることができる。仮に,本件職員Aが経験豊富な職員であるとしても,その要求される職務内容に特段に特殊なものはないのであるから,短期臨時職員よりも高額の対価を払うべき者を当該職務に充てるべき必要性を認めるに足りる証拠はなく,短期臨時職員に支払うべき費用を超えて相当因果関係があると認めることはできない。
以下,具体的に金額を検討するに,短期臨時職員は,1日7時間30分の勤務時間で5600円の賃金を受け,本人の都合により全時間を勤務しない場合は,上記賃金額に勤務率(勤務時間数を7時間30分で除し,小数点4位以下を切り捨てた数値)を乗じた賃金を受ける(乙28)。
次に,本件職員Aの平成8年1月ないし3月分の対価に該当する要勤務日数は58日であるが,正規職員である本件職員Aは,1日7時間45分を勤務時間とし,その他に20時間の時間外勤務をしているから(乙29),短期臨時職員を採用した場合は,合計で58日と34時間30分(15分×58日+20時間)の勤務に対する対価が必要となる。勤務時間1日7時間30分を超える場合の賃金基準は,一件記録によっても明確ではないが,上記の全時間を勤務しない場合に準じると,賃金総額は35万0560円となる(5600円×58日+5600円×《34.5時間÷7.5時間》)。
したがって,控訴人が負担する額は,本件職員Aに対する損害金179万2594円から上記35万0560円を控除した144万2034円である。
(8) 同69頁7行目の「一四時半」を「16時半」と改める。
(9) 同71頁2行目から3行目の「147万7012円」を「144万2034円」と,同3行目から4行目の「563万4135円」を「559万9157円」とそれぞれ改める。
2 控訴理由の要旨に対する判断
(1) 控訴人は,本件各職員に代替性が低いことや,条例の具体的運用についての裁量権は画一的に解されるべきではないことなどから,堺市定年条例4条に定める勤務延長要件に該当する事情がある旨主張するが,既に述べたとおり(原判決第三の二2(二)),本件各職員の職務内容は,一定の経験,技術を要するものであっても,その習得が極めて困難なものとまでは認められず,実際堺市も地方公務員法57条の関係で,本件各職員を「単純な労務に雇用される者」として扱っており(原判決第二の一3(一)),配置転換等による調整可能性も考慮すると,代替性が低いとは到底いえないし,裁量権についても,一定のものは認められるものの,堺市定年条例の文言,地方公務員法28条の3の規定,定年制の趣旨からして,厳格に覊束されたものと解さざるをえない(原判決第三の二2(一))。そうすると,原審,及び当審で控訴人が縷々主張する事情は,結局は,定年制の下で一般的に生じる差し障りや,人員処遇上の工夫の必要性程度のものであるといわざるをえないから,それらの事情をすべて考慮しても,本件職員Aについて勤務延長要件に該当する事情があるとは到底いえず,任命権者の裁量権行使は違法である。したがって,控訴人の主張は採用できない。
(2) 次に,控訴人は,本件職員Dのような勤務延長期限の延長に関し,堺市定年条例が市長に承認権限を与えたのは,地方自治法180条の4第1項に規定する地方公共団体の長としてのいわゆる総合調整権限を重視したものと解釈すべきとし,本件職員Dの勤務延長期限の延長承認は,教育長が本来有する任命権を行使するのにつき,その行為が市の各任命権者との関係で齟齬が生じないものと控訴人が承認したにすぎず,1回目の勤務延長と同様に,庶務担当課長には教育長の処分を尊重してその内容に応じた財務会計上の措置をとるべき義務があったから,支出命令は違法ではないなどと主張する。
しかしながら,地方自治法180条の4第1項に規定する地方公共団体の長としてのいわゆる総合調整権限は,法令に基づいて独立して権限行使を行う地方公共団体の執行機関相互間で,内部管理事務を全体として合理化し,相互の間に均衡を保持するために認められたものであるから,その必要な限度で行われるべきものであって,職員の身分取扱についてみても,一般的な基準に関してはともかく,個々の職員の身分取扱に関して権限行使をすることは許されないと解される。また,権限行使の態様も,あくまで勧告にとどまるものであって,勧告の相手方に義務付けをしたり,相手方の行為の効力を否定したりするものではない。
一方,堺市定年条例4条2項は,個々の職員の勤務延長期限の延長について市長の権限を定めており,その権限も,任命権者の期限延長を承認するもので,期限延長の効力を左右できる強力な権限である。したがって,地方自治法の総合調整権限とは,予定される対象,効力が明らかに異なっており,その趣旨は,既に述べたとおり(原判決第三の二3(三)),特例である勤務延長のさらに特例たる期限の延長について,市長の財務に関する権限を重視し,承認するか否かの判断権を与えたものと解される。
よって,控訴人の主張は,その前提を欠くといえるから理由がなく,採用できない。
(3) さらに,控訴人は,本件職員A,Dについての損害額算定方法について主張するところ,本件職員Aに関しては,前に述べたとおり(1(7)),その一部について理由がある。
本件職員Dについては,正規職員,又は本件職員Dと全く同様の採用年齢(45歳),勤続年数(18年目)の非常勤職員と比較すべきであると主張するところ,前に述べたとおり(原判決第三の二5(三)(2)),非常勤職員よりも高額の対価を支払うべき正規職員を当該職務に充てる必要性は認められず,また本件職員Dと全く同様の採用年齢(45歳),勤続年数(18年目)の非常勤職を当該職務に充てる必要性もなく,そのような充て方は人員配置上現実的でもないから,その主張は採用できない。
第4結論
以上のとおり,控訴人の敗訴部分に関しては,被控訴人の請求のうち,559万9157円及びこれに対する平成9年3月18日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるから,これを認容し,その余は失当として棄却すべきである。
よって,当裁判所の判断と一部異なる原判決主文二,三項を変更して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 浅野正樹 裁判官 東畑良雄 裁判官 浅見宣義)