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大阪高等裁判所 平成12年(行コ)64号 判決 2002年6月13日

主文

1  本件控訴をいずれも棄却する。

2  控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第1申立て

1  控訴人ら

(1)  原判決を取り消す。

(2)  被控訴人尼崎税務署長が控訴人aに対し平成6年3月14日付けでした平成3年6月20日相続開始に係る相続税の更正のうち,課税価格1億9750万2000円,納付すべき税額1億6469万3600円を超える部分及び過少申告加算税の賦課決定を取り消す。

(3)  被控訴人尼崎税務署長が控訴人bに対し平成6年3月14日付けでした平成3年6月20日相続開始に係る相続税の更正のうち,課税価格8億9979万円,納付すべき税額2億8218万0300円を超える部分及び過少申告加算税の賦課決定を取り消す。

(4)  被控訴人尼崎税務署長が控訴人らに対し平成6年6月3日付けでした平成3年6月20日相続開始に係る相続税の物納申請の却下処分をいずれも取り消す。

(5)  被控訴人国税不服審判所長が控訴人らに対し平成8年3月18日付けでした平成3年6月20日相続開始に係る相続税の更正及び過少申告加算税の賦課決定についての審査請求に対する裁決をいずれも取り消す。

(6)  訴訟費用は,第1・2審とも被控訴人らの負担とする。

2  被控訴人ら

主文同旨

第2事案の概要

1  原判決の事実及び理由の「第二 事案の概要」の記載を引用する。ただし,以下のとおり改める。

(1)  12頁3行目の「本件転用届」を「本件転用届出」と改める。

(2)  22頁1行目の「本件土地」を「本件宅地等」と改める。

(3)  27頁末行から28頁1行目にかけての「法人税基本通達一三一-二項」を「法人税基本通達13-1-2項」と改める。

(4)  29頁10行目の「本件宅地等」を「本件地上権」と改める。

(5)  50頁9行目の「適用して」の次に「本件地上権の設定を」と加える。

(6)  61頁4行目から5行目にかけての「被告税務署長」を「被控訴人尼崎税務署長」と改める。

2  当審における控訴人らの主張(原判決批判)

(1)  原判決の基本的問題点

原判決は,説得力のある理論的根拠を示さずに控訴人らの主張を一蹴し,被控訴人らの主張に追随して紋切り型の判断に終始している。

(2)  課税価格の算定について

ア 本件農地の価額について

本件農地を市街地農地と評価することは,誤りである。

評価通達が,その文言上,転用届出の有無によって農地を区分している理由は,通常は,転用可能性の有無によって客観的交換価値に差異が生じることによる。本件農地については,転用届出が受理された前後で,転用可能性に変化がなく,交換価値にも変化がない等の特殊事情があった。したがって,評価通達を機械的に当てはめて,本件農地を「転用届出のあった農地」と同一に評価することは,相続税法22条の趣旨に反する。仮に,評価通達上は本件農地が市街地農地にあたるとしても,特殊事情を考慮すれば,評価通達6項を適用して市街地周辺農地と評価すべきである。

原判決では,本件農地を市街地農地と評価することが正当である理由は述べられていないし,本件出資については評価通達6項を適用しながら本件農地については評価通達6項を適用しない理由も述べられていない。

控訴人らが転用届出を取り下げたのは,農業委員会からの要請があったからであり,この要請があった事実を否定した原判決は,事実誤認をしている。そして,取下げによって本件受理決定の法的効果は遡及的に消滅しているのに,これを認めなかった原判決は,解釈を誤っている。

イ 本件宅地等に対する相続税法64条1項の適用について

同族会社以外の者が契約当事者であれば,地上権設定に経済的合理性がなくても相続税法64条1項によって否認されることはないのに,同族会社であれば否認されるのは不合理である。本件宅地等の評価が不当であれば,むしろ評価通達6項を適用すべきであるとの控訴人らの主張に,原判決は何ら答えていない。

法人税法施行令137条において,相当な地代を収受しているときには正常な取引でされたものと取り扱う旨規定されているのに,この正当な地代を収受した納税者の行為を不自然・不合理と判断するのは矛盾している。この点についての原判決の判断は,被控訴人らの主張そのままである。結果から後追い的に経済的合理性を判断するのも誤りである。

現実には存在しない法律関係を勝手に想定して評価することは,恣意的で合理性がなく,客観的な交換価値の探求を旨とする財産評価理論から許されない。仮に地上権の設定が否認できるとしても,本件宅地等上に賃借権が設定されていると評価できることついての理論的根拠を,原判決は示していない。

法人税法及び所得税法では,同族会社の行為又は計算の否認規定を適用して擬制された状態において課税所得計算を行うことが認められるが,それは所得課税における考え方であり,財産課税である相続税においてこの考え方は適用できない。

ウ 本件出資の価額について

原判決では,本件出資の時価について客観的な検討が一切なされていない。しかし,現金が本件出資に形を変えることで,その資産評価が変わることは明らかである。例えば,自社株,ゴルフ会員権,土地などの資産は,評価通達で評価減が認められている。本件出資も現金から出資へと変わることですぐには処分できないものに変形しているのであるから,一定の評価減が認められるはずである。法人税額相当額を控除することが妥当か否かは,本件出資が客観的にみてどの程度の価値があったのかと控訴人らの申告額(35億円余り)とを対比しないと判断できない。

本件出資を現金に換えようとすると約15億円しか手元に残らない。少なくとも,合併・減資に伴う登録免許税・司法書士報酬等のコストが必要であり,その分だけでも評価減すべきである。たとえ1円でも評価減をすべき事由があれば,被控訴人らは国税通則法26条の規定にしたがって再更正しなければならない。実際にも,本件出資の評価額に相当する金員は,控訴人らの手元に回収されていない。

原判決はこれらの点について判断していない。

また,租税負担回避の目的があるか否かといった主観的要素によって相続財産の客観的交換価値が異なることはないのであるから,評価通達6項の適用の適否の判断において主観的要素を考慮することには合理性がない。原判決は,積極的理由を述べることなく,主観的要素を考慮することが許されるとして,評価通達6項の適用を認めている。

本件出資行為を否認するのであれば相続税法22条の例外規定である相続税法64条1項を適用するべきであるとの主張についても,原判決は答えていない。

控訴人らには,相続税負担を不当に回避・軽減する意図は全くなかったし,いわゆるA社B社方式は,もともと租税負担を不当に回避する目的で考案されたものではない。この方式は,相続税については,資金繰り可能な範囲まで節税するが,会社が効率的な投資を行って得た利益について法人税を長期間にわたって支払うことを基本としており,長期的には相続税の節税よりも法人税が上回るようになることを目標にした方式である。本件でも,ニシタケ及び西久産業において法人税を約9000万円支払っており,投資が当初の予想どおり順調にいけば,相続税の節税額以上の法人税を納める予定であった。原判決が,控訴人らに租税負担軽減の意図を認定しているのは事実誤認である。

原判決は,平成2年の改正評価通達の趣旨を間違って理解している。また,平成5年10月の事務連絡について,行政内部の問題であると一蹴して,形式論理による判断に終始し,指示の内容の合理性,適法性について実質的な検討をしていない。

控訴人らと同じ手法を使って申告して申告どおり認められている他の例があるのに,控訴人らだけが否認されたことは,恣意的な課税で許されないとの控訴人らの主張に対しても,原判決は全く答えていない。

(3)  過少申告についての正当な理由について

平成2年改正評価通達の趣旨を,1回に限り常に法人税額相当額の控除を認めたものであるとする理解は,控訴人らに独自のものではなくて,当時の税務専門家共通の理解であった。また,取扱いが突然変更されることを予期できなかった納税者に,本税を賦課することはともかくとしても,制裁的な過少申告加算税をまで賦課することは行きすぎである。

(4)  物納申請却下の適法性について

原判決の判断は,形式論理にこだわっており,被控訴人らの主張そのままである。

換金処分できないような高額な評価をして物納を認めないと,相続税を相続財産ではなくて納税義務者の固有財産から徴収することになり不当である。

(5)  裁決の適法性について

本件裁決は,当事者の主張していなかった理由を持ち出して控訴人らの請求を排斥したのであって,反論の機会が与えられなかったことは,手続的に明らかに違法である。本件裁決は原処分と異なる理由で判断を示しているから,その違法は裁決固有の違法事由に該当する。

第3争点に対する判断

1  原判決の事実及び理由の「第三 争点に対する判断」の記載を引用する。ただし,以下のとおり改める。

(1)  80頁4行目の「評価方法」の次に「として評価通達」と加える。

(2)  88頁8行目の「使用権原を」を「使用権原として,」と,89頁9行目の「尼崎税務署長」を「被控訴人尼崎税務署長」と,同行の「原告ら」を「控訴人a」とそれぞれ改める。

(3)  91頁末行の「と定める」を「旨定める」と改める。

(4)  92頁2行目の「法人」の前に読点を加える。

(5)  93頁10行目の「本件においては、」の次に「被控訴人尼崎税務署長は,」と加える。

(6)  95頁6行目の「借地権の適用のない借地権」を「借地法の適用のない借地権」と,同頁7行目の「弱い」を「強い」とそれぞれ改め,同頁末行の「設定行為を否認した上、」の次に「課税価格を」と加える。

(7)  97頁1行目の「この通達」の次に「の定め」と加える。

2  当審における控訴人らの主張について

(1)  本件農地の価額について

引用にかかる原判決の認定のとおり,本件農地は「転用届出のあった農地」ということができる。控訴人らは,本件農地の現況が,c死亡後も約2年半変化がなかったというが,評価通達36-4項(2)は,現況についてきめ細かく調査,評価することの困難を避けて,一義的に判断の容易な転用届出の有無という明快なメルクマールを設定しているところ,原判決の判断説示のとおりこれに相当な理由があるというべきであるから,当該土地の現況に関する事実によって評価の誤りを主張することはできないというべきである。

控訴人らは,本件転用届出を取り下げたのは農業委員会からの示唆によるものであるというが,取り下げられていること自体は争いがなく,どういう経過で取り下げることになったかによって法的効果が異なるとはいえない。相続開始時点では転用届出があった以上,評価にあたっては,転用届出があった農地と解することが「著しく不相当」あるいは個別具体的に評価すべき「特別の事情がある」場合に該当すると解することはできないので,相続税法22条の趣旨に反するところはなく,評価通達6項を適用する場合ではないということができる。

(2)  本件宅地等に対する相続税法64条1項の適用について

相続税法64条1項は,特に同族会社が租税負担回避行為に利用されやすいので,これを放置すれば実質的な税負担の公平を図ることができないとして,実質的な税負担の公平を図るためにもうけられた規定である。したがって,同族会社と株主との間の行為等を特に対象として否認することができ,他の契約当事者であれば,租税負担行為の回避の疑いがあっても否認できない法律関係であることは,その法の趣旨からみて予定されているところである。

そして,相続税法64条1項が適用される場面においては,税務署長は,同族会社の行為または計算にかかわらず,その認めるところにより当該財産の課税価格を計算することができるのであるから,その際に特定の権利関係を想定することは法の予定するところであって,そうでなければ計算の前提を欠くことになる。したがって,賃借権を想定して評価することは,法的根拠のない取扱いではない。

地上権については,相続税法23条によって評価方法が定められているので,相続税法64条1項によって設定行為を否認しない限りは,相続税法23条を適用して評価しなければならない。したがって,相続税法22条の枠組みの範囲内で,地上権を前提としながら評価通達6項によって実質的公平を図った評価をすることはできないので,本件宅地等の評価について評価通達6項を適用することは困難である。

法人税法施行令137条において,相当な地代を収受しているときには正常な取引でされたものと取り扱う旨規定されているのは,法人税法における取扱いであって,他のあらゆる場面で正常な取引として取り扱うことをいうものではないことは,引用に係る原判決の判断のとおりである。また,本件のような高額の地代が設定されていること自体,控訴人aにおいて法人税の納付においても租税負担の軽減を図っていることが明らかである。

本件の地上権設定の不合理性は,その採算性からみて,その後の経済状況等にかかわらず明らかである。

(3)  本件出資の価額について

財産の評価は客観的な交換価値によるべきであるからといって,評価通達6項の「著しく不適当と認められる」ものにあたるか否かの判断に際して,客観的要素だけではなく主観的要素を考慮することが許されない理由はない。

控訴人らは本件でなした一連の手続をしなければ何十億円もの税金を支払わなければならないことを十分理解していた(甲44,控訴人a)。しかし,一連の予定された手続をとり,控訴人ら作成の相続税申告書では納付税額は零円となっていることからみて,相続税を節約するという程度をこえていることが明らかであり,控訴人らにおいて支払うべき相続税は支払うとの意図があったとは到底認められない。すなわち,本件においては,約72億円もの借入金で設立された事業実態の伴わないニシタケと西久産業の計画的な合併及び減資によって,法人解散のときの含み益に対する課税の機会を失わしめることが相続開始当時から予定されていたのであるから,これを結果的に合併・減資の経過をたどった場合と同一に評価することはできないことは,租税負担の実質的公平という観点から当然というべきである。

本件出資のような財産は取引相場がなく,売却事例を求めることも困難である。しかし,取引相場や売却事例がなくても財産的価値のあるものは多く存在するのであって,時価の評価がすぐさま現金化できる金額と一致するわけではない。本件においては,課税されないことだけを目的として,含み益を創出させたり消滅させたりして課税の機会を生じさせないようにして最終的に現金の大半を回収できることが計画されていた以上,当初の現金額をもって出資の評価とすることに不合理な点はない。評価通達6項が適用される場合においては,税務署長は国税庁長官の指示する方法により時価評価を行うとされているところ,国税庁長官は,評価差額に対する法人税額等相当額を控除しないで評価すべきことを指示した(乙59)のであり,この評価方法が合理的であるといえる以上,この評価は相続税法22条の「時価」の評価として合理的であるということができる。

控訴人らの場合には,相続開始後に投資等に失敗して財産が散逸した事情があるとしても,このことと本件出資をどのように評価すべきかとは,全く別問題である。控訴人らが,本件出資を現金に換えようとすると約15億円程度しか手元に残らないというのも,清算所得に税金を支払った場合の計算であり,控訴人らが相続開始等時に計画していた手続による現金の回収方法ではない。

また,控訴人らは,本件出資行為を否認するのであれば相続税法22条の例外規定である相続税法64条1項を適用するべきであるというが,仮に適用できるとするとどのような評価をすべきであるのか,控訴人らの主張は明らかではない。

控訴人らは,いわゆるA社B社方式について,租税負担を不当に回避する目的のものではなく,長期的には相続税の節税を上回る法人税の支払を目標にしていると主張する。しかし,法人税を後日支払えば,相続税を不当に回避したことにならないとはいえない。しかも,法人による長期的な事業の継続が予定されているともいえず,法人税の支払も確実なものではない。

平成2年の改正評価通達以降,1回に限り法人税額相当額の控除が認められるとの運用がなされてきていたとしても,評価通達6項が存在する以上,いかなる場合にも必ずその運用がなされることが期待できるような法的利益があるとは到底認められない。本件は,平成5年10月の事務連絡をさかのぼって適用したものではなく,平成3年当時に存在した評価通達6項に基づいて時価評価をしたものであるから,平成5年10月の事務連絡について指示の合理性や適法性について判断するまでもない。もっとも,この指示は,必ずしも上場株式を出資する場合には限られないものと解することができる。

また,控訴人らは,現金を本件出資に変形させるのにかかった費用あるいは出資をまた現金化するのにかかる費用の少なくとも一部をもって評価減をなすべきであるというが,その主張において,本件賦課決定のどの部分を取消しの対象とするのか主張していない。

また,被控訴人らが控訴人らに対して不平等な取扱い等の不当な意図をもって本件処分をしたと認めることのできる証拠はない。

(4)  過少申告についての正当な理由について

平成2年改正評価通達の趣旨を,1回に限り常に法人税額相当額の控除を認めたものであると解することができず,国税通則法65条4項にいう正当な理由を認めることができないことは,引用に係る原判決説示のとおりである。

(5)  物納申請却下の適法性について

本件出資は,相続税法41条2項に定める「物納に充てることのできる財産」にあたらない。もともと,物納は,金銭納付が延納によっても困難な例外的な場合に,相続財産の中から充てることを認めるものであるから,相続税を金銭納付する場合においても,必ずしも相続財産中の金銭をもってなすことは予定されていないといえる。また,物納に充てることができない財産が財産的価値がないなどという根拠はない。

(6)  裁決の適法性について

本件裁決が原処分と異なる理由で判断を示しているからといって,本件裁決に固有の違法事由があることにはならない。また,本件裁決をするにあたって,原処分の適法性の判断理由について反論の機会を与えなかったことをもって,本件裁決が違法であるとはいえない。

(7)  以上のとおりであり,控訴人らの当審における主張は,いずれも原審における主張の域を出ないもの若しくは原判決を論難する趣旨のものであって,いずれも当裁判所は採用することができない。

第4結論

以上の次第で,控訴人らの請求をいずれも理由がなく,これらを棄却した原判決は相当である。よって,本件控訴はいずれも理由がないから,これらを棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 妹尾圭策 裁判官 稻葉重子 裁判官 栂村明剛)

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