大阪高等裁判所 平成13年(う)1181号 判決 2002年1月23日
主文
本件控訴を棄却する。
当審における未決勾留日数中110日を原判決の刑に算入する。
理由
本件控訴の趣意は弁護人海川直毅作成の控訴趣意書に、これに対する答弁は検察官酒井徳矢作成の答弁書にそれぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用する(弁護人は、被告人作成の控訴趣意書は陳述しない旨述べた。)。
そこで、記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも併せて検討する。
1 理由不備について
論旨は、要するに、原判決は、「被告人が覚せい剤を所持していたとしても、それは薬物乱用者のカウンセリング活動の一環として正当な行為であるから、違法性が阻却される」旨の弁護人の主張に対する判断を遺脱している点で理由不備である、というのである。
しかしながら、原判決は、「争点に対する判断」の4項において、本件覚せい剤が、ホテルの居室である人物に対して薬物使用に関するカウンセリングをした際に、睡眠薬か精神安定剤だとしてその人物の持ち込んだものである旨の被告人の弁解供述について、不自然であって到底信用に値しない旨説示しているのであるから、弁護人の主張に対して、前提事実を欠いて採用できないとの判断を示していることが明らかであって、何ら理由不備はない。
論旨は理由がない。
2 訴訟手続の法令違反について
論旨は、要するに、<1>被告人に対して事前に捜索差押令状を示すことなく、ホテルのマスターキーを用いていきなり開錠して被告人の居室に侵入した警察官らの行為は、必要性や相当性の観点から重大な疑問が残り、原判決が説示するような「必要な処分」とみることはできない点、<2>その捜索の際の被告人の弁解等の経過からして、被告人は、当時、覚せい剤を所持していたとはいえないのに、これを被疑事実として現行犯逮捕をした点、<3>警察官らは簡易予試験を行うためには、被告人を制止していれば十分であるのに、必要性もなくあえて逮捕にまで及んでいる点で、本件捜査手続には重大な違法があり、本件捜索差押手続及び現行犯逮捕により得られた各証拠は違法収集証拠として証拠能力はない、したがって、これらを採用して本件「罪となるべき事実」の認定に供した原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな訴訟手続の法令違反がある、というのである。
しかしながら、これらの主張に対して、原判決が「争点に対する判断」の2項で詳細に認定説示するところは、いずれも正当として是認できる。すなわち、<1>の開錠措置は、被告人の宿泊するホテルの一室を捜索場所とする捜索差押許可状の執行にあたり、覚せい剤取締法違反という被疑事実の内容、差押対象物件の性質等から、捜索を事前に察知すれば、室内にいる者が証拠隠滅の挙に出るおそれが大であったので、これを防ぎ、捜索差押の実効性を確保するために、令状提示前に必要であったと認められ、その手段方法もなお社会的相当な範囲内にあるといえるから、令状呈示に先立ち必要かつ許容される適法な準備行為といえる。<2><3>の点は、ホテルの居室に立ち入った警察官らが、その場に1人しかいなかった被告人に捜索差押許可状を示すなどした後、まず、被告人のいたベッドの傍の床から注射器2本を見つけ、次いで、ベッドに座っていた被告人の足下付近の床から眼鏡ケース1個を発見し、これを開けるとビニール袋に入った注射器2本と覚せい剤らしい外観を備えたビニール袋入りの白色結晶が入っているのを認めたのであるから、その場の被告人の弁解がどうであれ、その罪質、態様等に照らして、この白色結晶に対する簡易予試験やその結果を待つまでもなく、被告人に対する覚せい剤所持の嫌疑による現行犯逮捕の要件及び必要性を肯定することができる。その上、その後に、被告人は、暴れるなどしてこの簡易予試験を妨害しかねない態度にまででたのであるから、警察官らが、この段階で被告人を現行犯逮捕したことに何らの違法は存しない。したがって、本件の捜索差押及び現行犯逮捕の各手続に所論指摘のような違法と目すべき瑕疵はなく、本件認定に供した各証拠について証拠能力を否定する根拠は存しない。
論旨は理由がない。
3 事実誤認について
論旨は、要するに、被告人は、警察官らが捜索差押に来る前に、来室した者から受け取ったものを睡眠薬と信じて試験的にこれを口に含んだにすぎず、これが覚せい剤であるとしても、被告人は覚せい剤の所持と使用について故意を欠くことになるので、これに反し、被告人に覚せい剤の所持と使用の事実を認定した原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認がある、というのである。
しかしながら、所論に沿う被告人の捜査段階以来の弁解内容は、原判決が、「争点に対する判断」の3項、4項で指摘するとおり、不自然であって、到底信用できるものではない。ちなみに、いくつかを指摘すると、<1>相談者が「睡眠薬」と称するものを持参するのはともかく、わざわざ10本を越える注射器まで持ってくる必要はなく、ましてや、血のついたティッシュペーパーや注射器の空袋4枚まで持参したというのは不可解極まること、<2>そうした注射器等を、持ち帰らせるのではなく、わざわざ被告人が使用していた同室に持込んだ封筒に入れるなどして、室内のゴミ箱に投棄させたというのも理解し難く、しかも、それらが室内の各所に散在した理由も納得できないこと、<3>同ベッドの上に置かれた被告人の手提げ鞄の中からビニールに一括して包まれた使用済みの注射器7本が発見された点は、被告人において弁解できないところであるが、この点について、警察官らがわざとここに入れたなどというのは、苦しい言い逃れ以外の何ものでもないこと、<4>被告人が使っていたベッド横のテーブル上に開けられたペットボトルと水が入ったそのキャップが置かれていたところ、これが飲用のためというのは不自然であって、覚せい剤使用に供したものと窺うことができること、などの点を挙げることができる。これらの諸点は、いずれも、かえって、被告人が近辺で覚せい剤を注射使用し(被告人の腕には真新しい注射痕らしきものもあった。)、ホテル室内でその残りを所持していたとの原判示の各事実を推認させる十分な状況証拠というべきである(なお、被告人は、警察官は、簡易予試験の結果、陽性反応が出なかったことから、粉末ようのものをあえて混入させた結果、陽性反応が出たかのように供述するが、捜索に携わった警察官らの証言のみならず、本件鑑定結果等に照らしても、採用の余地はない。)。原判決に所論指摘のような事実の誤認はない。
論旨は理由がない。
よって、刑訴法396条、刑法21条、刑訴法181条1項ただし書を適用して、主文のとおり判決する。