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大阪高等裁判所 平成13年(う)1308号 判決 2001年12月11日

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役3年に処する。

この裁判確定の日から5年間その刑の執行を猶予する。

理由

本件控訴の趣意は,弁護人田仲美穂作成の控訴趣意書に,これに対する答弁は,検察官小西俊雄作成の答弁書に,それぞれ記載されたとおりであるから,これらを引用する。

1  控訴趣意中,事実誤認又は法令適用の誤りの論旨について

所論は,要するに,(1)原判示第1の1の事実について,被告人が原判示のとおりボールカッター等を搬出した事実は間違いないが,被告人には何ら計画性がなかったこと,破産申立書類についてボールカッター等の記載を削除するよう指示していなかったこと,破産管財人から問いただされると直ちに搬出先に案内していることなどの事実からすると,被告人の搬出行為は,破産法374条1号にいう「隠匿」というに足りる実質的違法性を備えていない,(2)原判示第1の2の事実について,借名口座に入金した340万円のうち,①200万円については,被告人が破産申立費用としてA弁護士に預けたところ,同弁護士から200万円については使っていいと言われて返却されたものであるから,同号にいう「隠匿」というに足りる実質的違法性を備えていないか,あるいは期待可能性が弱まる,②140万円については,借名口座に入金されたかどうか明らかでなく,仮に入金の事実が認められるとしても,被告人としては,あえて,虚偽の記帳を経理担当者に命じたわけではないことなどからすると,同号にいう「隠匿」というに足りる実質的違法性を備えていない,というのであり,結局,原判決が原判示第1の各行為を同号にいう「隠匿」に当たると判示したのは,判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認があり,その結果,法令の適用を誤ったものである,というのである。

しかしながら,原判決が(事実認定の補足説明)の項で認定説示するところは正当としてこれを是認でき,原判決の事実の認定に誤りはない。そして原判決が認定した事実関係の下では,被告人の原判示第1の各行為によって破産管財人による財産の発見が困難になったといえるので,原判示第1の各行為について破産法374条1号を適用した原判決には事実誤認も法令適用の誤りもない。また,原判決が認定した事実関係の下では,前記(2)①について,被告人の期待可能性が弱まるなどといえないことも明らかである。

論旨は理由がない。

2  控訴趣意中,量刑不当の論旨について

所論は,要するに,懲役3年の実刑を言い渡した原判決の量刑は,重すぎて不当であり,被告人に対しては,その刑の執行を猶予するのが相当である,というのである。

そこで,記録を調査して検討すると,本件は,魚肉練製品の製造等を営む老舗株式会社の代表取締役であった被告人が,破産手続によって会社や自分の財産を失うことをおそれて,会社所有の機械を搬出させたり,現金340万円を借名口座に入金するなどして,会社の破産財団に属すべき財産を隠匿したほか(原判示第1の各事実),共犯者と共謀の上,自己所有の現金2,800万円を共犯者の口座に入金したり,被告人らが共有により所有する大阪市aの宅地及び同地上所在のテナントビルの持分を仮装譲渡して,その旨の不実の登記手続を行ったり,テナントビルの賃借人からの賃料合計約3,300万円を仮装債権譲渡して共犯者の口座に入金させるなどして,被告人の破産財団に属すべき財産を隠匿した(原判示第2の各事実),という破産法違反,公正証書原本不実記載,同行使の事案であるところ,隠匿の内容は,資産価値が高いaの宅地及びビルの持分の仮装譲渡,さらに会社及び被告人個人の破産財団にとって貴重な現金収入となるべき合計約6,400万円の共犯者らの口座への入金であり,それぞれ重要な価値を有する財産を対象としており,その行為自体をみても悪質であり,結果も重大である。また,犯行の態様も,特に原判示第2については,被告人を架空債務者とすると現金の移動がないことがすぐに発覚するので,被告人を共犯者間の架空債務の保証人とする形をとり,主債務者が所在不明であるので保証債務の履行として,債務者に現金を支払ったり,土地及びビルとその賃料債権を譲渡するなどという名目で財産を隠匿しており,架空の債務保証書を作成するなど巧妙かつ計画的である。被告人は,共犯者に自ら話を持ちかけ,原判示第2の各犯行の原因を作ったもので,被告人のこの依頼がなければそもそもこれら各犯行はあり得なかった上,原判示第1の犯行においても,自ら機械の搬出を指示したり,現金を借名口座に入金するなど,犯行において,重要な役割を担っており,証拠上明らかなものだけでも,本件各犯行により約2,100万円の利益を得ている。加えて,昨今,金融機関の抱える不良債権処理が重要な社会問題となり,倒産処理手続の適正かつ迅速な処理が強く要請されている現状にかんがみると,一般予防の見地からも,この種事犯に対しては厳しい対処が要請されているといえる。以上に照らすと,その刑責を軽くみることはできない。

そうすると,被告人個人の破産財団については,原審時点で約1,890万円が被害弁償として支払われていること,原判示第2の各事実については,共犯者が計画を具体的に立案したものである上,被告人がいわば食い物にされたという側面もあること,原判示第1の1の機械は破産財団に戻っていること,祖父の代から続いてきた老舗会社を何とかして守りたいと思いを巡らせた結果,本件各犯行に至ったことは,その心情に同情すべき点もないわけではないこと,被告人は,昭和37年に業務上過失傷害罪により罰金2万円に処せられた以外に前科はなく,会社社長として社会に貢献してきたこと,その他被告人の年齢,健康状態など,被告人のために酌むべき事情を十分考慮しても,被告人を懲役3年の実刑に処した原判決の前記量刑は,その言渡しの時点においては,やむを得ないものというべきで,これが重すぎて不当であるとは認められない。

しかし,当審における事実取調べの結果によれば,原判決以降,被告人の親族らの努力により新たに約500万円の資金が集まり,これに,被告人の保釈保証金400万円及び原審段階の弁償のための原資として残されていた約388万円を加えて,被告人個人の破産財団に786万4,195円,会社の破産財団に500万円が支払われ,原審時点のものも合計すると総額3,176万3,260円が支払われており,被告人のおかれている経済状態からすると精一杯の被害弁償がされたと認められること,共犯者の1名が被告人個人の破産財団に対して700万円の被害弁償を行ったこと,被告人は,原審において実刑判決を受けたことを真摯に受け止め,当審法廷においても一層反省の態度を示していることなど,被告人のために有利に斟酌すべき新たな事情が認められ,これに,原判決言渡し時点において認められた被告人のために酌むべき事情,とりわけ被告人の年齢や健康状態を併せて考慮すると,現時点においては,被告人に対し,今一度,社会内において自力更生の機会を与え,その刑責を償わせるのを相当とするに至ったとみるべきである。

よって,刑訴法397条2項により原判決を破棄し,同法400条ただし書に従い,被告事件につき更に次のとおり判決する。

原判決が認定した(罪となるべき事実)に,原判決が掲げる法令(科刑上一罪及び併合罪の処理を含む。)を適用し,その刑期の範囲内で,被告人を懲役3年に処し,情状により刑法25条1項を適用して,この裁判確定の日から5年間その刑の執行を猶予することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 那須彰 裁判官 樋口裕晃 裁判官 河原俊也)

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