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大阪高等裁判所 平成13年(う)684号 判決 2001年12月06日

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役5年及び罰金200万円に処する。

原審における未決勾留日数中70日をその懲役刑に算入する。

その罰金を完納することができないときは,金1万円を1日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

押収してあるヘロイン合計101.22グラム(原庁平成13年押第152号の1ないし5)を没収する。

被告人から金11万3000円を追徴する。

理由

本件各控訴の趣意は,検察官絹川信博及び弁護人岩原義則作成の各控訴趣意書に記載のとおりであるから,これらを引用する(なお,弁護人は,その控訴趣意書中未決勾留日数算入の誤りをいう点は独立した控訴の趣意ではなく,量刑不当の主張の一環にすぎない旨釈明した。)。

第1検察官の控訴趣意及び弁護人の控訴趣意中法令の解釈適用の誤りの主張について検察官の論旨は,被告人が共犯者Aから受け取って費消した①航空券代5万8000円,②パスポートの申請料1万5000円及び③宿泊費等4万円について,これらはいずれも国際的な協力の下に規制薬物に係る不正行為を助長する行為等の防止を図るための麻薬及び向精神薬取締法等の特例等に関する法律(以下「麻薬特例法」という。)11条1項1号にいう「薬物犯罪収益」に当たるから,その価額をすべて被告人から追徴すべきであるのに,原判決が上記①及び②について,これらが「薬物犯罪収益」に当たらないことを理由にその価額を追徴の対象から除外したのは,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の解釈適用の誤りである,というのであり,他方,弁護人の論旨は,上記①ないし③のいずれもが「薬物犯罪収益」に当たらないから,原判決が上記③について,これが「薬物犯罪収益」に当たることを理由にその価額を追徴の対象としたのは,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の解釈適用の誤りである,というのである。

そこで,各所論にかんがみ,記録を調査し,当審における事実取調べの結果をも併せて,検討する。

1  原判決の判断

原判決は,「被告人は,かねがねAからヘロインの密輸入に加わるよう誘われていたところ,平成12年10月5日ころ,大阪市北区所在のマンションの一室で,同人の誘いに応じる旨を告げて,本件犯行に加担することとなったが,その際,同人からパスポートを準備するように指示されるとともに,パスポートの申請料として現金1万5000円を手渡された。その後,被告人は,パスポートの申請をし,同月13日にこれが発行されたので,そのころこれを受領したが,その受領の際,申請料(印紙代金)として上記1万5000円を全額費消した。また,被告人は,同月18日ころ,他の共犯者らも集まっていた上記マンションで,Aから,Bが交際していた女性(C)と一緒にタイに渡航してヘロインを密輸してもらうなどと具体的な密輸の方法を告げられた上,関西国際空港でBらに渡すように指示されてヘロインの購入代金90万円を預かるとともに,タイ・関西国際空港間の往復航空券の引換券(価額5万8000円)と,「これ,ホテル代とかメシ代に使って。」などと言って現金4万円を手渡された。さらに,被告人は,Aとの間で,本件犯行が成功したときには,以後Aから従前より安価な1グラム2万円でヘロインを購入できるとの取り決めもし,具体的な報酬内容を定めた。そうした後に,被告人は,同日午前8時ころ,関西国際空港でBと落ち合って,同人に上記ヘロイン購入代金90万円のうちの80万円を渡した。そして,Bは,これをCに渡した。なお,被告人は,残りの10万円についても,タイ渡航後,Cに渡している。被告人は,同日,Cと共に関西国際空港からタイへ出発した。ところで,被告人は,関西国際空港に到着した時点で,上記ヘロイン購入代金90万円を除くと,Aからもらった4万円と,もともと自分のものであった約1万9600円を所持していた。被告人は,同日,関西国際空港で空港使用料として2800円,たばこ代として4800円をそれぞれ支出した。そして,同日から同月22日までのタイ滞在中にも,適宜日本円をタイバーツに両替した上で,ホテル代として合計2800バーツ,食事代として合計290バーツ,自己使用のためのヘロイン購入代として合計6800バーツ,土産代として1000バーツ,タクシー代として20バーツをそれぞれ支出し,また,Cに5000円を貸し付け,さらに,宿泊中のホテルで6000バーツを盗まれた。被告人は,同月22日,帰国の途につき,タクシー代として20バーツ,バンコク国際空港の使用料として500バーツをそれぞれ支出した。その結果,被告人は,帰国時には1112バーツを所持していたが,その現金はもともと自分のものであった現金を両替したうちの残りであり,Aから受け取った4万円についてはすべて費消していた。」との事実を認定した上,追徴の範囲について検討し,「麻薬特例法11条1項1号にいう「薬物犯罪収益」とは,「薬物犯罪の犯罪行為により得た財産」又は「当該犯罪行為の報酬として得た財産」をいう(同法2条3項)。このうち「薬物犯罪の犯罪行為により得た財産」について,薬物犯罪の共犯者間において費用の分担として交付された金員は「薬物犯罪の犯罪行為により得た財産」には当たらないと解するのが相当である。けだし,単独犯として本件のような麻薬輸入罪を実行しその経費的金員を自弁した場合には,その金員が「薬物犯罪の犯罪行為により得た財産」に該当しないことは明らかであるのに,共犯により麻薬輸入罪を実行した場合には,これと異なり,共犯者内部間における費用の分担にすぎない金員の交付行為をとらえて,たまたま交付を受けた者について「犯罪行為により得た財産」が交付の時点で発生した,すなわち,その時点で財産を犯罪行為により得たとみるのは明らかに均衡を欠くからである。また,「当該犯罪行為の報酬として得た財産」とは犯人が犯罪の実行行為をすること及びしたことの対価として取得した財産をいうところ,共犯者間における金員等の授受についても,犯罪行為との対価性を有する金員等の授受である場合は「当該犯罪行為の報酬として得た財産」に該当し得ると解される。しかしながら,共犯者間における金員等の授受が,犯罪遂行のための経費の支給ないし填補である場合には,やはり共犯者内部間における費用の分担としての側面を有するのであるから,かかる共犯者間の交付行為をとらえて,支給ないし填補を受けた者において「報酬」を取得したとみることはできないものと解するのが相当である。」として,さらに進んで,前記冒頭①ないし③についての追徴の可否を検討し,「①及び②は,その目的及び使途に照らし,いずれも経費であることが明らかであるから,薬物犯罪の共犯者間において犯罪遂行のための経費が支給されたにすぎない。したがって,これらは「薬物犯罪の犯罪行為により得た財産」又は「犯罪行為の報酬として得た財産」のいずれともみることができない。他方,③については,Aは,被告人にこれを交付した際,「これ,ホテル代とかメシ代に使って。」と発言しており,これを主として宿泊費等の経費に充てるための金員と考えていたことが推察されること,その交付時に別途被告人に対する報酬が決定されていること,被告人自身も,公判廷で,「(この4万円は)滞在費名目であり,余ったらAに返還しようと考えていた。」などと供述し,これをタイ滞在中の経費と考えていたふしがうかがわれることなどに照らすと,これについても経費的金員とみる余地がないではない。しかしながら,薬物輸入の経費として不可欠なものというべき薬物購入代金については別途交付されていること,4万円という金額は,薬物購入代金の90万円と比較して相当に少額であること,事後の費消態様を見ても,被告人の自己使用のためのヘロイン購入代に相当額が支出されるなど,薬物輸入の経費として費消されたとはいい難い部分も相当にあること,交付時においてAがホテル代や食事代であるとの趣旨を明らかにして交付したことは認められるけれども,他方で,その際「小遣い」との趣旨を告げたこともうかがわれ,Aにおいておよそ被告人の自由な費消を許さない趣旨で交付したとまでは考え難いことなどにもかんがみると,③には本件犯罪行為に要する経費としての部分と犯罪遂行の対価としての部分とが含まれ,これらが不可分一体のものとして交付されたものというべきであるから,その全額が報酬性を帯びるとみるのが相当である。したがって,③は,その全額が「犯罪行為の報酬として得た財産」として没収の対象となるが,既に被告人がこれを全額費消しているから,その価額を追徴すべきこととなる。」と結論付けた。

2  当審の判断

まず,本件犯行の事実関係について,原判決の認定するところは正当であるから,以下,この事実を前提として,原判決がした法令の解釈適用の当否について考察する。

そもそも,「薬物犯罪収益」とは,「薬物犯罪の犯罪行為により得た財産若しくは当該犯罪行為の報酬として得た財産」等と規定されている(麻薬特例法2条3項)ところ,その規定の文言からは,薬物犯罪の経費に当てられるべき財産を除外しているとまではみることができない上,これを除外する趣旨をうかがわせる他の規定もないこと,麻薬特例法が「利益」と「経費」の和を表すことがある「収益」という用語を用いていること,共犯者間において授受された金員等が,どのような趣旨のものであるか,どのように使用されたかを認定することが困難な場合(例えば,被告人の供述しかない場合や,共犯者間であらかじめ口裏を合わせていた場合など)も想定でき,そうした場合に没収も追徴もできないとなると,同法が「薬物犯罪による薬物犯罪収益等をはく奪すること等により,規制薬物に係る不正行為が行われる主要な要因を国際的な協力の下に除去することの重要性にかんがみ」上記規定を設けた意味が失われること,また,単独犯と共犯とで均衡を欠くともいえないこと(単独犯が経費として金員を支出した場合には,その分はその者の負担として残るのであり,ある者が共犯者から金員を受け取ってそれを経費として支出したにもかかわらず,更にこれと同額を追徴されたとしても,そのある者が負担するのは,単独犯の場合に負担として残ったものと同じである。したがって,原判決のこの点の説示には賛成できない。)からすれば,「薬物犯罪の犯罪行為により得た財産」とは,薬物犯罪の犯罪行為をしたことあるいはこれをすることに関連して取得した財産をいうと解するのが相当であり,共犯者間で授受された犯罪行為実行のための経費に充てられるべき財産も「犯罪行為により得た財産」に含まれると解すべきである。

したがって,弁護人の論旨は理由がないが,検察官の論旨は理由があり,原判決はこの点で破棄を免れない。

第2破棄自判

そこで,弁護人の量刑不当の主張について判断をすることなく,刑訴法397条1項,380条により原判決を破棄し,同法400条ただし書により,更に次のとおり判決する。

(罪となるべき事実)と(証拠の標目)

原判決記載の「罪となるべき事実」及び「証拠の標目」と同じである。

(法令の適用)

被告人の判示所為のうち,営利目的麻薬輸入罪の点は刑法60条,麻薬及び向精神薬取締法64条2項(1項)に,禁制品輸入未遂罪の点は刑法60条,関税法109条3項,1項,関税定率法21条1項1号本文にそれぞれ該当するが,これは1個の行為が2個の罪名に触れる場合であるから,刑法54条1項前段,10条により1罪として重い営利目的麻薬輸入罪の刑(ただし,罰金額は関税法違反の罪のそれによる。)で処断することとし,情状により所定刑中有期懲役刑及び罰金刑を選択し,その所定刑期及び金額の範囲内で被告人を懲役5年及び罰金200万円に処し,刑法21条を適用して原審における未決勾留日数中70日をその懲役刑に算入し,その罰金を完納することができないときは,同法18条により金1万円を1日に換算した期間被告人を労役場に留置し,押収してあるヘロイン合計101.22グラム(原庁平成13年押第152号の1ないし5)は,いずれも判示営利目的麻薬輸入罪に係る麻薬で犯人の所持するものであり,かつ,判示禁制品輸入未遂罪に係る貨物であるから,麻薬及び向精神薬取締法69条の3第1項本文及び関税法118条1項本文によりこれを没収し,判示営利目的麻薬輸入罪により被告人が得た航空券の引換券(価額5万8000円)及び現金5万5000円は麻薬特例法11条1項1号の薬物犯罪収益に該当するが,既に費消して没収することができないので,同法13条1項前段によりその価額を被告人から追徴し,原審及び当審における訴訟費用は,刑訴法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。

(量刑の理由)

本件は,被告人が,数名の仲間と共謀の上,営利の目的で,麻薬であるヘロイン約100グラムを自己の直腸に隠匿携帯して本邦に降り立ち,輸入したが,旅具検査場でこれを看破されたため禁制品輸入の点は未遂に終わったという麻薬及び向精神薬取締法違反と関税法違反の事案である。これらの犯行は,ヘロインをより安価に入手できることを共犯者に約束させた上で及んだもので,その利欲的かつ反社会的な動機に酌量の余地がないこと,ヘロインの密輸自体は計画的なものであり,その量も多いこと,被告人自身,その実行行為に及んでおり,犯行の不可欠な役割を担っていること,しかも,被告人にあっては,平成5年ころからヘロインに手を染め,その後,しばらく中断していた時期はあるものの,同12年4月ころ友人から誘われるや安易にその使用を再開し,同年7月ころからは毎日のようにこれを使用していたもので,また,その間,ヘロイン購入のために相当額の借金を重ね,激しい禁断症状も体験しており,この種薬物に対する根深い依存性及び親和性とともに,規範意識の希薄さも認められることに照らすと,その刑責はかなり重いといわざるを得ない。しかし,他方で,税関職員が看破したことにより,結果的にはヘロインが国内に拡散するには至らなかったこと,被告人は共犯者らの指示に従って行動していたもので,従属的な地位にあったといえること,営利目的や輸入の態様による薬物への関与は今回が初めてであること,逮捕の当初から罪を認め,警察官に対し共犯者の氏名や特徴を供述するなどして捜査に協力するとともに,深く反省もしていること,これまで道路交通法違反の罪による罰金前科しかないこと,更には,いったん離別していた前妻が,本件後に被告人と再婚して,その帰りを待っていることなど,被告人のために酌むべき事情も少なからず存する。そこで,これら諸般の事情を総合考慮の上,主文掲記の刑を相当と判断した。

よって,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 白井万久 裁判官 増田耕兒 裁判官 磯貝祐一)

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