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大阪高等裁判所 平成13年(う)743号 判決 2001年10月31日

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役6年に処する。

原審における未決勾留日数中120日を刑に算入する。

押収してある文化包丁1本(平成13年押第87号の1)を没収する。

理由

本件控訴の趣意は,弁護人大嶋匡作成の控訴趣意書に,これに対する答弁は,検察官望田耕作作成の答弁書に記載のとおりであるから,これらを引用する。

控訴趣意第1点事実誤認の控訴趣意について

論旨は,殺意の発生時期についての事実誤認を主張し,原判決は,父親が,便所の中から大声で母を呼び,訳の分からないことを言って騒ぐなどしたことから,父に対する憤懣を募らせた末,父を殺してしまえば,みんなが楽になるなどと思い,父を殺害することを決意し,文化包丁を右手にもって便所に行った旨認定しているが,被告人は,便所に行くまでは殺意はなく,便所内で父と包丁の奪い合いになり,父に取り上げられた包丁を奪い返したとき,父が自分を刺す気であると思ったことなどから,はじめて殺意が生じたものであり,原判示に沿う被告人の警察官及び検察官に対する供述は不自然で信用できないというのである。

そこで記録を調査し,当審における事実取調の結果をも併せて検討すると,原判決挙示の関係証拠によれば,被告人が,台所の流し台で包丁を研いでいると,父の部屋から,母がいないことは分かっているはずなのに,「おーい,おばん」などと母を呼ぶ酒に酔った父の声が聞こえたので,父の部屋の前に行き,「おかんが,なんで一日早く行ったかしっとうか」と言ったところ,父は,「うるさいわ」と言って,被告人を押しのけるようにして台所の隣の便所に入ったので,流し台のところに戻って再び包丁を研ぎだすと,父が,便所の中から大声で,「おーい,おばん,おかん,紙がないぞ。おらんのか」などと騒ぎ出したため,包丁を持ったまま便所の前に行き,便所の戸を開けたまま便座に座っていた父に対し,「おかんおらんときぐらい静かにせんかい」と言ったところ,父が「何こら,くそ生意気な」などと言いながら,座ったまま,被告人の胸ぐらをつかんできたので,被告人も左手で父の胸ぐらをつかみ返し,包丁を持った右手拳で父の顔面を1回殴りつけ,被告人が突きだした包丁が父の左後頸部に少し刺さった後,包丁の奪い合いになり,奪い返した包丁で,被告人が父の腹部を2回突き刺して殺害した事実が認められる。

そして原判決は,便所の中で父が騒ぎ出したことから,憤懣を募らせ,父を殺害する決意で包丁を持って便所に向かった旨認定し,被告人の捜査段階における供述にもこれに沿うものがあるが,被告人は,原審,当審公判廷においては一貫して,殺意を生じたのは,包丁を奪い返したときである旨供述しているところ,被告人が便所の方に向かうとき,長い間のいきさつから,「父が消えてくれればいい」「父が死ねばみんなが楽になる」などとの思いがあったことは事実であると考えられるが,これをそのまま具体的殺意と見ることはできず,また,そのとき包丁を持って行ったのも,たまたま包丁を研いでいたのと便所は台所のすぐ隣であることからすれば,このことから殺意の存在を推認することもできず,便所の前に行ってからも,すぐには殺害に結びつく行動には出ていないことなどを勘案すれば,原判示に沿う被告人の捜査段階における供述は,たやすく信用できず,被告人の原審及び当審公判廷における供述を虚偽として排斥するに足るものはない。原判決は殺意の発生時期について事実を誤認したものというべく,この誤認が判決に影響を及ぼすことは明らかであるから,その余の論旨について判断するまでもなく,原判決は破棄を免れない。

よって刑訴法397条1項(382条)により,原判決を破棄し,同法400条ただし書きにより被告事件につき更に判決する。

(罪となるべき事実)

被告人は,父A(昭和14年9月21日生)と母Bの3人で,被告人が購入した肩書き住居地のマンションに暮らしていたが,Aが,仕事にも行かず,毎日のように母から酒代をせびっては朝から酒を飲み,病み上がりの母に何かと暴言をはいたり,ものを投げつけたりすることに憤懣を抱いていたが,母に止められていたこともあって,その憤懣を極力押さえていたところ,平成12年10月22日,Aが,午前中から,酒代をせびって母と口喧嘩をしたり,酒代にするため被告人の財布を隠しながら,その所在を追求する母や被告人に対し,逆に,そんなことを言って俺を追い出す気だろうと怒るなどし,そのようなAの行状に嫌気がさした母が長女である被告人の妹方に行ってしまった同日夜,被告人が台所で料理用の文化包丁を研いでいると,酒に酔ったAが,母がいないことが分かっているはずなのに,「おばんは,おかんは」などと騒ぎ,「おかんが何で一日早く行ったか知っとうか」とたしなめたところ,逆に「うるさいわ」と言って,被告人を押しのけるようにして台所の隣の便所に入ったので,再び台所で包丁を研いでいると,便所の中から大声で「おーい,おばん,紙ないぞ」などと再び騒ぎ始めたことから,「こんな父おらんようになったらええ。こんな父消えてくれたら,みんな楽になるのに」などと思いながら,研いでいた包丁を持ったまま便所の前に行き,「おかん,おらんときぐらい,静かにせんかい」と言い,「何こら,くそ生意気な」と言いながら,便座に座ったまま被告人の胸ぐらをつかみかかってきたAの胸ぐらを左手でつかみ返し,包丁を持った右手拳でその顔面を1回殴打するなどし,包丁の奪い合いとなるうち,逆にAから刺されるかも知れないとも思い,もはやAを殺害するほかないものと決意し,同日午後9時45分ころ,持っていた刃体の長さ約18センチメートルの文化包丁(平成13年押第87号の1)でその腹部を2回突き刺し,肝臓刺創等の傷害を負わせ,翌23日午前4時5分ころ,神戸市a区b町c丁目d番地のC病院で,Aを前記肝臓刺創により失血死させて殺害した。

(証拠の標目)

原判決挙示の証拠(ただし,被告人,B及びDの公判供述とあるのは,原審公判調書中の当該供述部分と読みかえる。)を引用するほか被告人の当審公判廷における供述。

(法令の適用)

被告人の行為は,刑法199条に該当するので,所定刑中有期懲役刑を選択し,その所定刑期の範囲内で処断すべきところ,犯行が重大であり,被告人の刑責が決して軽くないことは言うまでもないが,「父の生活態度を不滿に思うのであれば,率直に話し合うべきであり」,「話し合いすることなく」,「些細なことから父に対する憤懣を募らせ」,「父を殺害することを決意したもので」,「その犯行動機は,極めて短絡的であり,そこには,子の父に対する愛情の一片も見いだせない」などとした原判決の説示は,本件の事案にそぐわず,まことに失当たるを免れず,被告人が本件犯行にいたった経緯には同情すべきものがあり,被告人の真摯な反省の情,被告人の母親の心情など諸般の情状を考慮し,被告人を懲役6年に処し,未決勾留日数の算入につき刑法21条,没収につき同法19条1項2号,2項本文,原審及び当審における訴訟費用につき刑訴法181条1項ただし書きを適用し,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 西田元彦 裁判官 柳澤昇 裁判官 川本清巌)

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