大阪高等裁判所 平成13年(う)991号 判決 2001年11月15日
主文
原判決を破棄する。
被告人を懲役4月に処する。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人高橋金次郎作成の控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官小西俊雄作成の答弁書にそれぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用する。
訴訟手続の法令違反の控訴趣意について
論旨は、原審第1回公判調書には、検察官の論告が「本日付け論告要旨記載のとおり」と記載され、その末尾に検察官作成の論告要旨が編てつされているところ、上記論告要旨は、原審で取り調べた証拠に現れていない事実を内容とし、かつ、被告人名と思われる箇所に「A」と記載されているので、検察官が裁判所に提出する書面を間違えたか、あるいは、裁判所書記官が他事件の書面を誤って記録に編てつした可能性があるが、公判期日における訴訟手続で公判調書に記載されたものは、公判調書のみによってこれを証明することができる(刑訴法52条)のであるから、検察官は、前記公判調書末尾に編てつされた別人に対する論告要旨に基づいて、被告人に対する論告をしたものと認めざるを得ず、したがって、原審の訴訟手続には判決に影響を及ぼすことの明らかな訴訟手続の法令違反がある、というのである。
よって、記録を調査するのに、原審第1回公判調書には、被告人Bに対する道路交通法違反被告事件の訴訟手続に関し、検察官の意見として「本日付け論告要旨記載のとおり」と記載された上、末尾に平成13年5月11日付け「論告要旨」と題する書面が編てつされて公判調書に引用されているところ、上記書面には、「道路交通法違反」の記載に続いて被告人Bとは異なる「A」の氏名が記載されているほか、「記」以下の内容も、取り調べられた証拠とは明らかに齟齬する記載がされていることが認められる。
公判調書に引用されてその一部とされた書面にも、公判調書本体とともに刑訴法52条所定の公判調書の排他的証明力が認められるが、本件検察官の意見(論告)部分の記載には、公判調書本体と引用された書面の間に互いに上記のとおりの矛盾が生じていることが明らかであって、矛盾したそれぞれの記載部分に対して排他的証明力を与えるには値しないというべきであるから、公判調書に誤記があるときや記載がないときと同様に、本件論告手続の存否及び適否について、他の証拠による証明が許されると解するのが相当である。
そこで、さらに本件論告手続の存否及び適否について考察するのに、当審で取り調べた神戸地方検察庁社支部検察官事務取扱副検事作成の裁判状況等報告書、大阪高等検察庁検事作成の電話聴取書及び神戸地方裁判所社支部長作成の「平成13年10月10日付け照会書について(回答)」と題する書面並びに被告人の当審公判廷における供述などによると、原審第1回公判期日に出席した検察官(以下、「原審検察官」という。)は、あらかじめ、神戸地方検察庁社支部備え付けパソコンのワープロソフトで被告人Bに対する論告要旨を作成してその内容をプリンターで印刷し、論告要旨原本となるべき書面1通及びその写し3通を作成し、原本となるべき書面1通の原審検察官記名欄の右側余白部分に職印を押印し、写し3通のうちの1通を「検察票」の末尾に編てつして自らの手持ち資料として残して、原審第1回公判期日において、上記原本1通と写し1通を原審裁判所に、また、被告人に弁護人が付いていなかったため、残りの写し1通を被告人にそれぞれ交付した上で、これら書面に基づき本件論告を実施したこと、上記電話聴取書に添付された論告要旨写しの書面は、前記「検察票」に編てつされた当初の論告要旨写しをさらにコピーしたもの、上記裁判状況等報告書に添付された論告要旨の写しの書面は、原審検察官において、前記パソコンのハードディスクに保存されていたファイルを利用して印刷したものであって、それらの内容は、いずれも「論告要旨」の表題の下に、「道路交通法違反 B」との記載があるほか、「記」以下の具体的内容も原審で取り調べた証拠に沿う記載がなされていて互いに合致したものとなっているところ、原審検察官により原審第1回公判期日において実施された本件論告及び原審第1回公判調書末尾に編てつされるべきであった本件論告要旨原本は、いずれも上記各書面と同一内容のものであったと推認されること、しかるに、原審第1回公判調書末尾にこれらの内容とは異なる論告要旨が編てつされるに至ったのは、担当書記官が、同調書作成に際して、所属係に公判をした年月日が同一で時刻が30分早く指定されて係属中の「A」に対する同じ罪名の事件で提出されていた論告要旨を、被告人Bに対するそれと取り違えて同調書末尾に編てつしたためであること、なお、原審第1回公判期日において、原審検察官から原審裁判所に交付されたもののうち、被告人Bに対する上記論告要旨原本は紛失してしまっているが、その写し1通は原審裁判所に保存されており、また、「検察票」に編てつされた写し1通も検察庁に保管されていること、以上の事実が認められ、これらによれば、原審第1回公判調書作成に際して論告要旨原本の取り違えによる編てつ間違いがあったものの、原審における本件論告自体は適法に実施されたことが明らかであるから、原審の訴訟手続に判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反があるとはいえない。
論旨は理由がない。
量刑不当の控訴趣意について
論旨は、被告人を懲役5月の実刑に処した原判決の量刑は重すぎて不当である、というのである。
本件は、被告人が、酒気を帯び、呼気1リットルにつき0.45ミリグラムのアルコールを身体に保有する状態で、平成12年12月22日夜、兵庫県西脇市内の道路において、普通貨物自動車を運転した、という事案であるところ、犯行の罪質、動機、態様並びに被告人の前科関係等、殊に、検知されたアルコール濃度が高く、被告人が、相当量の飲酒をした上、自動車の運転に及んだものと認められ、動機にも全く酌量の余地がないこと、被告人は、昭和50年3月、道路交通法違反、業務上過失致死等の罪により懲役刑に、昭和56年3月、道路交通法違反、業務上過失傷害の罪により禁錮刑にそれぞれ処せられて服役した前科を有するほか、過去10年以内に、酒気帯び運転の罪あるいは同罪を含む罪により5回懲役刑に、1回罰金刑にそれぞれ処せられ、懲役刑のいずれにおいても服役し(そのうち1犯は執行猶予付きであったが、猶予期間中に同種犯行に及んで取消しになった。)、最終刑の執行を平成11年5月に終えたにもかかわらず、それから1年半余りで同種犯行に及んだというのであって、被告人の酒気帯び運転についての常習性は顕著であり、交通法規に対する規範意識の欠如も甚だしいといわざるを得ないことなどに照らすと、犯情は悪質であり、被告人の刑事責任を軽視することはできない。
そうすると、被告人の反省や、正業に就いていること、離婚した妻との間にもうけた子2人の養育費の仕送りを続けていることなどの被告人のために酌むべき事情を考慮し、さらに、前刑あるいは前々刑との均衡などに配慮しても、原判決の前記量刑は、言い渡しの時点を基準とする限り、これが重すぎて不当であるとは認められない。
しかし、当審における事実取調べの結果によれば、原判決言渡し後、被告人がさらに反省を深め、また、禁酒するなどして再犯の防止にも努力していることが窺われ、これらの事情に、原判決言渡しの当時認められた前記の被告人のために酌むことのできる諸事情を併せて考慮すると、現時点においては、原判決の量刑を若干減じるのが相当である。
よって、刑訴法397条2項により原判決を破棄し、同法400条ただし書に従い、被告事件についてさらに判決する。
原判決が認定した(罪となるべき事実)に原判決どおりの法令(累犯加重を含む。)を適用し、その刑期の範囲内で、被告人を懲役4月に処し、当審における訴訟費用は、刑訴法181条1項ただし書を適用して、これを被告人に負担させないこととして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 那須彰 裁判官 樋口裕晃 裁判官 宮本孝文)