大阪高等裁判所 平成13年(ネ)1536号 判決 2001年11月08日
主文
1 原判決を次のとおり変更する。
2 被控訴人は控訴人に対し,250万円及びこれに対する平成13年6月29日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 控訴人のその余の請求を棄却する。
4 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。
5 この判決の第2項は仮に執行することができる。
事実及び理由
第1当事者の求める裁判
1 控訴人
(1) 原判決を取り消す。
(2) 被控訴人は控訴人に対し,250万円及びこれに対する平成12年4月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(3) 訴訟費用は第1,2審とも被控訴人の負担とする。
(4) 仮執行の宣言
2 被控訴人
本件控訴を棄却する。
第2事案の概要
1 本件事案の概要は,次のとおり付け加えるほかは,原判決「事実および理由」中の「第2 事実」に記載のとおりであるから,これを引用する。
(1) 原判決書1頁26行目の「Rゴルフ倶楽部」を「Sゴルフ倶楽部」に改める。
(2) 同2頁3行目の「会員」を「個人正会員」に改める。
(3) 同頁9行目の「5月1日,」の次に「控訴人から350万円を弁済期平成9年6月2日の約定で借り受け,その担保として,」を,同頁11行目の「到達した。」の次に「Gは弁済期を経過しても上記貸金の返済をしなかったので,控訴人は譲渡担保権を実行し,本件ゴルフ会員権は控訴人に帰属した(甲4号証の4条(1))。」をそれぞれ加える。
(4) 同頁12行目の「本訴」を「平成12年5月19日の原審」に改める。
(5) 同頁20行目の「否認する。」を「通知の到達は否認し,その余は争う。」に改める。
2(1) 当審における控訴人の予備的主張
① Gは,控訴人に対し,平成9年5月1日,貸金350万円の担保として本件ゴルフ会員権を譲渡する際,将来退会手続が行われた時点で発生する預託金返還請求権も上記貸金の担保として譲渡した。
② Gは,上記会員権譲渡に際し,控訴人に対し,退会の手続及びそれに伴う一切の事務の処理を委任した。
③ Gは,同日,被控訴人に対し,上記会員権譲渡の通知を行い,同譲渡通知はそのころ被控訴人に到達したが,同通知は,預託金返還請求権の譲渡通知を兼ねるものである。
④ Gは,上記貸金の弁済期の平成9年6月2日を経過しても,貸金の返済をしなかったので,控訴人は譲渡担保権を実行した(甲4号証の4条(2))。
⑤ 控訴人はGから授権されていた代理権に基づいて,同人を代理して,被控訴人に対し,平成13年6月28日の当審の第1回口頭弁論期日において,退会の意思表示をした。
⑥ よって,控訴人は,被控訴人に対し,本件ゴルフ倶楽部の預託金250万円及び前記遅延損害金の支払を求める。
(2) 控訴人は,控訴人が譲り受けたゴルフ会員権について,その内容をなす預託金返還請求権を行使するために,退会手続をすることの委任を受けたものに過ぎない。このような委任は,非弁護士の法律事務取扱の禁止と何の関連もなく,報酬を得る目的もないから,弁護士法72条に違反しない。
3 被控訴人の主張
(1) 控訴人の当審における予備的主張は否認し,争う。
Gが控訴人に差し入れた譲渡証明書(甲5)には,本件会員権が第三者に名義書換のできる完全な商品であることを証明するものと記載されているから,Gと控訴人間における本件ゴルフ会員権の譲渡は,Gが本件ゴルフ会員権を第三者に名義書換することを前提にしていることが明らかである。また,委任状(甲6)の委任事項記載欄には「第三者に名義書換手続,ゴルフ場への譲渡通知」と続けて記された後に「並びに退会届け」と記されているのであって,Gは,控訴人が会員登録手続を行うことを前提に退会の意思表示をする権限を控訴人に委任したものと考えられる。したがって,Gは控訴人に対し,預託金返還請求権のみを譲渡したものではない。
(2) 仮に,Gが控訴人に退会の意思表示をすることを委任していたとすると,控訴人はGから貸付金及びその利子を回収するという経済的利得を得ることを目的として,退会の意思表示及び預託金返還請求権の行使について委任を受け,これらの法律事務を業務として行ったものであって,弁護士法72条に違反する。
第3当裁判所の判断
1(1) 請求原因1ないし3項は当事者間に争いがない。同5項の意思表示がされたことは,原審記録上明らかである。
(2) 上記の事実と証拠(甲1~10,乙1~7(枝番を含む。))及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
① 本件ゴルフ倶楽部は,預託金会員制ゴルフクラブであり,控訴人が預託金返還請求をした時点で正式開場後10年を経過していた。
② G(以下「G」という。)は,昭和53年9月6日,250万円の預託金を預託して,本件ゴルフ倶楽部に入会して個人正会員となり,会員証(甲1)の交付を受けた。
③ 入会時の本件ゴルフ倶楽部規約(甲2)には,「入会金は会社の預り金として正式開場後10年間据置き,それ以後入会の場合は入会金完納後10年間据置き,その後請求ある場合に返還する。但し,利子及び配当はつけない。入会金を返還したる場合には会員の資格は自動的に消滅する。」(7条)と記載されていたが,据置期間の延長についての記載はなかった。
また,同規約には「会員はその権利を譲渡することができる。その場合別途に定める名儀書換料を要す。但し,未払金がある場合には名儀書換の手続はできない。」(8条),「理事会は下記事項を審議決定する。1 入会並びに名義書換の承認。」(14条),「本規約の変更,及び追加は,会社の同意を得て理事会にて決定する。」(18条)などの定めがある。被控訴人は,平成11年2月8日開催の本件ゴルフ倶楽部の理事会において,上記規約7条を「入会金は会社の預り金として正式開場後10年間据置き,その後請求ある場合に返還する。尚,理事会の決議により入会金の据置期間を延長することができる。但し,利子及び配当はつけない。入会金を返還したる場合には会員の資格は自動的に消滅する。」と改正し,同月18日開催の同理事会においてその返還期日を平成13年7月末日まで延長する旨決議した。
④ Gは,平成9年5月1日,控訴人から,350万円を弁済期同年6月2日の約定で借り受け,金銭消費貸借契約書(甲10)を作成するとともに,貸金の担保として,本件ゴルフ会員権を控訴人に譲渡し,会員証(甲1)を控訴人に交付した。その際,Gは,担保差入証(甲4),譲渡証明書(甲5),委任状(宛名は白地。甲6)なども作成して,控訴人に交付した。
⑤ 上記担保差入証(甲4)には,次の記載がある。
ア 債務者,担保設定者は,債務者が貴社に対し現在及び将来負担するいっさいの債務の根担保として,債務者が別に差し入れた金銭消費貸借契約書の各条項のほか下記約定を承認の上,後記内容ゴルフ会員権を貴社に差入れます。(1条)
イ 担保設定者は,届出印による譲渡裏書をした会員権についての預託金証書,譲受人欄白地の名義書換承認申請書及び会員脱退届(いずれも日付白地とする)を添えて貴社に交付しました。(2条)
ウ 担保設定者は,ゴルフクラブ会員として現在もしくは将来要求される年会費納入その他の義務はすべて確実に履行すると共に会員権を他に処分したりその預託金返還請求書を行使することはいたしません。(3条)
エ 債務者が貴社に対する債務を期限に履行しない場合には,貴社は,担保設定者に事前に知らせることなく会員権を相当価格で他に任意売却し,又は会員権を相当価格で評価し貴社名義とし,その処分代金もしくは評価金額をもって,法定の順序にかかわらず,債務の弁済に充当することができます。(4条(1))
オ 貴社は,前項によるほか,任意の方法により預託金の返還を受け,その返還金をもって,法定の順序にかかわらず,債務の弁済に充当することもできます。(4条(2))
カ 前条の名義変更もしくは預託金の返還がなされるについては,担保設定者はこれに協力するものとし,ゴルフ場会社に対する担保設定者の印鑑証明書の交付その他の行為が要求される場合には,担保設定者はこれを直ちに行います。この場合貴社が会員権を他に売却処分したときは,前条の充当がなされた後に剰余金が生じた場合でも,担保設定者は貴社よりこの剰余金の支払を受けると否とにかかわらず,直ちに前記行為を行うことに異議はありません。(5条)
キ 債務者は,第4条によって債務の弁済に充当し,尚残債務がある場合には直ちに弁済します。(6条)
⑥ 前記委任状(甲6)には,「今般,私名義の会員権譲渡にともない,第三者に名義書換手続,ゴルフ場への譲渡通知,並びに退会届け等に関する一切の件を委任する。」との記載がある。
⑦ Gは,平成9年5月1日,被控訴人に対し,内容証明郵便で本件ゴルフ会員権譲渡通知を送付し,同通知はそのころ被控訴人に到達した。同通知には,「ゴルフ会員権の表示 TSゴルフ倶楽部(ゴルフ場施設の利用権・預託金返還請求権・株主権を含む)証券番号CK31 額面金額250万円」と記載されている。
⑧ Gは,平成9年6月2日の弁済期を経過しても上記貸金を返済しなかった。
⑨ そこで,控訴人は,譲渡担保権の実行として,主位的には,本件ゴルフ会員権の譲受人として,平成12年5月19日の原審第1回口頭弁論期日において退会の意思表示をして預託金の返還を請求し,予備的には,預託金返還請求権の譲受人として,Gを代理して,平成13年6月28日の当審第1回口頭弁論期日において,退会の意思表示をするとともに,預託金の返還を請求した。
(3) 原判決書4頁8行目から22行目までを引用する。ただし,同頁10行目の「検出」を「顕出」に改める。
2 控訴人の主位的主張について
当裁判所も,控訴人の主位的主張は理由がないものと判断する。その理由は,原判決書4頁25行目から同6頁16行目までに記載のとおりであるからこれを引用する。
3 控訴人の予備的主張について
(1) 本件ゴルフ倶楽部は預託金会員制ゴルフクラブであり,本件ゴルフ会員権は,預託金返還請求権,ゴルフ場施設の優先利用権と年会費支払義務等の包括的,一体的権利義務関係を内容とする契約上の地位であって,預託金返還請求権のみを分離して譲渡することはできない。しかし,退会した場合には,会員権が消滅し,預託金返還請求権は独立した通常の金銭債権として譲渡することができる。そして,退会前であっても,退会を停止条件として,預託金返還請求権を譲渡することができる。
前記認定事実によると,控訴人とGとの間で作成された担保差入証(甲4)には,本件ゴルフ会員権を担保として差し入れた旨記載されているが,担保権の実行方法として,本件ゴルフ会員権を控訴人名義にし又は第三者に任意売却してその評価金額又は処分代金を債務の弁済に充当する方法によるだけでなく,このほかに任意の方法により預託金の返還を受け,その返還金をもって債務の弁済に充当することもできる旨記載され,そのように約されていること,担保設定者は名義変更もしくは預託金の返還がなされるについて協力することが定められていて,これに基づいて,Gは,退会届等に関する一切の件について控訴人に委任している。これらのことからすると,本件譲渡担保契約には退会を停止条件とする預託金返還請求権を譲渡する趣旨が含まれているものと解するのが相当である。
控訴人は,本件ゴルフ会員権の譲渡通知は,上記退会を停止条件とする預託金返還請求権の譲渡通知としての効力も有する旨主張する(他に譲渡通知についての主張はない。)。
前記のとおり,本件ゴルフ会員権は,預託金返還請求権や施設の優先利用権などの包括的権利義務関係を内容とする契約上の地位であるが,預託金返還請求権は,会員権の重要な構成要素である。そして,会員権の譲渡は,必ず預託金返還請求権の譲渡を含む。他方,会員権を譲渡した譲渡人が名義書換前に自ら退会の意思表示をして会員権を消滅させ,それによって具体化した預託金返還請求権を保有する実質上の権原を持つというようなことは,通常の法律状態としてまず考えられない。このようなことに鑑みると,会員権の譲渡通知は,取引の通念上,退会を停止条件とする預託金返還請求権の譲渡通知の趣旨を含むものと理解することができ,通知先であるゴルフ場経営者としても,明瞭にそのように認識することができるものというべきである。したがって,Gから控訴人に会員権を譲渡した旨の通知は,退会を停止条件とする預託金返還請求権の譲渡通知としての効果も有するものと解するのが相当である。そして,会員権及び預託金返還請求権の譲渡の第三者対抗要件は確定日付のある譲渡通知であると考えられるから,このように解しても,被控訴人は,確定日付のある譲渡通知の先後関係によって,名義書換請求をすることができる地位の譲受人又は退会の意思表示がされた場合の預託金返還請求権の譲受人が誰であるかを決すればよく,被控訴人の地位が不安定になるものではない。
Gは,約定の弁済期に債務を履行しなかったから,控訴人は,預託金返還請求権に対する譲渡担保権を実行する地位を取得した。前記認定によると,Gは,この譲渡担保権の実行について,控訴人に対して,退会の意思表示の代行等に関する一切の件を委任したものと認められるから,控訴人は,Gに代わり退会の意思表示をすることができるというべきである。控訴人は,平成13年6月28日,被控訴人に対し,Gに代わり退会の意思表示をするとともに,預託金の返還を請求したものであるから,被控訴人は,控訴人に対し,預託金250万円及びこれに対する請求した日の翌日である平成13年6月29日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払義務がある。
(2) 被控訴人は,本件預託金の返還時期は,改正した規約に基づく理事会の決議によって平成13年7月末日まで延期された旨主張する。当審の口頭弁論終結日までに同月末日は経過しているが,遅延損害金の始期に関係するので,以下検討する。
本件ゴルフ倶楽部は,いわゆる預託金会員制の組織であって,規約によると,その理事等の役員は被控訴人の委嘱により選任され,かつ本件ゴルフ倶楽部の規約(甲2,乙2)中には会員総会の規定がなく,会員において理事等の役員の選任に関与しうる仕組みにはなっておらず,被控訴人の意向に沿って運営されているなどの点で,ゴルフ場を経営する被控訴人と独立して権利義務の主体となるべき社団としての実体を有しないことが明らかであるから,本件ゴルフ倶楽部の規約は,これを承認して入会した会員と被控訴人との間の契約上の権利義務の内容を構成するものということができる。会員は入会の際に預託した預託金を入会時の規約に定める据置期間経過後に返還請求することができる。Gが入会した時の規約には,預託金の据置期間を延長することができる旨の定めはない。預託金返還請求権は,契約上の基本的権利であり,入会時の規約に定める据置期間を延長することは基本的権利を変更することにほかならないから,会員の個別的な承諾がなければ預託金返還請求権の据置期間の延長の効力を主張することはできない。
Gあるいは控訴人が被控訴人の主張する現行会則7条に基づく据置期間の延長決議を承諾していないことは,弁論の全趣旨より明らかであるから,本件決議は,控訴人との関係では効力を有しないというべきである。よって,この点に関する被控訴人の主張は理由がない。
(3) 被控訴人は,控訴人の本件請求は弁護士法72条に違反する旨主張する。しかし,本件証拠を精査しても,控訴人がGを代理して被控訴人に対する預託金返還請求権を行使していると認めるに足りる証拠はない。控訴人は,Gに代わり退会の意思表示をしているが,これは控訴人が譲渡担保権を実行して,預託金の返還を得るためにした手段に過ぎず,弁護士法72条に定める「法律事件に関して代理」をしたことには当たらない。よって,この点に関する被控訴人の主張も理由がない。
4 よって,控訴人の本件請求は,本判決主文第2項の限度で理由があるから認容し,その余の請求は理由がないから棄却すべきである。これと異なる原判決は相当でないからこれを上記のとおり変更することとし,訴訟費用の負担について民訴法67条,61条,64条を,仮執行の宣言について同法259条を適用して,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 加藤英継 裁判官 小見山進 裁判官 大竹優子)