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大阪高等裁判所 平成13年(ネ)1855号 判決 2003年5月08日

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別紙当事者目録記載のとおり

主文

1  原判決中,控訴人X5,同X12,同X14,同X15,同X20,同X22,同X23に関する部分を取り消し,同控訴人らの訴えを却下する。

2  控訴人X1,同X2,同X3,同X10,同X21,同X6,同X7,同X8,同X9,同X16,同X17の控訴をいずれも棄却する。

3  控訴人X4,同X11,同X13,同X18,同X19の請求を棄却する。

4  控訴人X5,同X12,同X14,同X15,同X20,同X22,同X23らに関する訴訟費用は第1,2審とも同控訴人らの負担とし,控訴人X1,同X2,同X3,同X10,同X21,同X6,同X7,同X8,同X9,同X16,同X17,同X4,同X11,同X13,同X18,同X19の控訴費用は同控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求める裁判

1  控訴人ら

(1)  原判決中,控訴人X1,同X2,同X3,同X10,同X21,同X5,同X12,同X14,同X15,同X20,同X22,同X23,同X6,同X7,同X8,同X9,同X16,同X17に関する部分を取り消す。

(2)ア  被控訴人は,控訴人X1に対し,86万8824円及びこれに対する平成10年4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

イ  被控訴人は,控訴人X2に対し,89万5546円及びこれに対する平成10年4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

ウ  被控訴人は,控訴人X3に対し,86万8824円及びこれに対する平成10年4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

エ  被控訴人は,控訴人X10に対し,85万3380円及びこれに対する平成10年4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。(控訴人X10は請求を減縮した。)

オ  被控訴人は,控訴人X21に対し,67万3400円及びこれに対する平成10年4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

カ  被控訴人は,控訴人X5,控訴人X12,控訴人X14,控訴人X15,控訴人X20,控訴人X22,控訴人X23は,それぞれ退職時において,別紙一覧表「1/2加算措置年数」欄記載の加算年数を加えた期間を在職期間として算定した計算方法によって算定される金額の退職手当を受ける地位にあることを確認する。

キ  被控訴人は,控訴人X6に対し,88万0110円及びこれに対する平成12年4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

ク  被控訴人は,控訴人X7に対し,95万1132円及びこれに対する平成11年4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

ケ  被控訴人は,控訴人X8に対し,87万9714円及びこれに対する平成11年4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

コ  被控訴人は,控訴人X9に対し,84万9618円及びこれに対する平成10年9月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

サ  被控訴人は,控訴人X16に対し,87万9714円及びこれに対する平成11年4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

シ  被控訴人は,控訴人X17に対し,88万0110円及びこれに対する平成12年4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(3)ア  被控訴人は,控訴人X4に対し,87万2586円及びこれに対する平成14年4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

イ  被控訴人は,控訴人X11に対し,273万8637円及びこれに対する平成13年4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

ウ  被控訴人は,控訴人X13に対し,86万5260円及びこれに対する平成13年4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

エ  被控訴人は,控訴人X18に対し,86万5260円及びこれに対する平成13年4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

オ  被控訴人は,控訴人X19に対し,273万8637円及びこれに対する平成13年4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(控訴人X4,同X11,同X13,同X18,同X19は当審で訴えを変更した。)

(4)  訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。

(5)  仮執行の宣言

2  被控訴人

(1)ア  原判決中,控訴人X5,同X12,同X14,同X15,同X20,同X22,同X23に関する部分を取り消す。

イ  同控訴人らの本件訴えをいずれも却下する。

(2)  控訴人X1,同X2,同X3,同X10,同X21,同X6,同X7,同X8,同X9,同X16,同X17の本件各控訴を棄却する。

(3)  控訴人X4,同X11,同X13,同X18,同X19の当審における変更後の請求をいずれも棄却する。

第2事案の概要

事案の概要は,次のとおり原判決を補正し,後記2,3のとおり当審における主張を付加するほかは,原判決「事実及び理由」欄中,「第二 事案の概要」のうち,控訴人らに関する部分の記載のとおりであるから,これを引用する。

1  原判決の補正

(1)  原判決11頁7行目の「事案である」の次に「(原審では平成11年度までに退職した控訴人らにおいて給付請求を,その余の控訴人らにおいて確認請求をしていたが,当審において平成12年度及び平成13年度に定年退職をした控訴人X4,同X11,同X13,同X18,同X19が確認請求から給付請求に訴えを変更した(なお,控訴人X10の請求額には違算がある。)。また,被控訴人は,当審において,控訴人X5,同X12,同X14,同X15,同X20,同X22,同X23の確認の訴えは,後記3(1)の理由により確認の利益を欠く不適法な訴えであるとの本案前の抗弁を堤出した。)」を加える。

(2)  同13頁5行目の次に,改行の上「なお,亡Fは,平成10年9月20日死亡し,その夫であるX9(控訴人番号9)が相続により同人の権利義務を承継した。」を加える。

(3)  同25頁3行目の「争点」を「本案の争点」と改める。

(4)  同27頁3行目の次に,改行の上次のとおり加える。

「労使慣行が成立するためには,<1>同種行為あるいは事実が長期間に亘り反復継続して行われ,<2>当事者に規範として承認されるに至り,<3>当該労働条件について一定の裁量権を有する者が規範的意識を有していたことの各要件を満たすことが必要であるとされるが,本件お(ママ)いては,<1>及び<2>はもとより,次のとおり,<3>についても明らかに満たしているのである。すなわち,被控訴人の現業職員については,給食調理員及びヘルパー職以外の現業職員についても,毎年継続して,本件特例措置による退職金が支給されてきた。このようなことが行われてきたのは,任命権者ないし公金支出権者にとってこれが当然の措置であったからであり,これはこれらの権限のある者が規範意識に従ってこれを反復してきたことを意味する。したがって,被控訴人の現業職員についての本件特例措置に関する労使慣行は存在していた。」

2  当審における控訴人らの主張

(1)  本案前の抗弁に対する反論

確認の訴えを提起している控訴人らは,本件特例措置に基づく退職手当を受ける地位の侵害を現在受けているのであり,本件紛争は現に侵害されている権利回復のためのまさしく現在の権利関係にかかる紛争である。したがって,上記控訴人らにおいて「確認の利益」を有することは当然である。

(2)  本件特例措置は,給与条例主義に抵触するものではない。

ア 労働基準法2条は,1項で「労働条件は,労働者と使用者が,対等の立場において決定すべきものである」,2項で「労働者及び使用者は,労働協約,就業規則及び労働契約を遵守し,誠実に各々その義務を履行しなければならない」と規定する。

一般職の地方公務員についてはその適用は除外されているが(地方公務員法58条3項),労働協約締結権を有し,勤務条件条例主義の適用がない地方公営企業職員及び単純労務職員(現業職員)については,労働基準法2条の規定が全面適用される(地方公営企業法39条1項,地方公営企業労働関係法17条1項,地方公営企業労働関係法附則5項)。したがって,本件で問題となっているような労働協約,就業規則,労使慣行は,いずれも企業職員及び現業職員の労働関係を規律する法律上の根拠をもった規範的効力を有するものとされている。

イ また,企業・現業職員には,給与条例主義(地方公務員法24条6項,25条1項)は適用されない。地方公営企業法は,企業職員及び現業職員に対する給与は,「給料及び手当とする」(地方公営企業法38条1項)とし,条例では,その給与の「種類及び基準」のみを定めるべきこととして(地方公営企業法38条4項),具体的内容については,職員が組織する労働組合との団体協約,あるいは企業管理規定又は任命権者の規則などに委ねている。

ウ 本件特例措置は,特例措置の対象となる企業職員及び現業職員の退職金の具体的内容について,労働協約,就業規則で定め,また長年(四半世紀以上)にわたる労使慣行に従い,市長決裁(もちろん各任命権者決裁が前提にある)を受けて支給されてきたものである。

(3)  地方公務員法も憲法14条の法の下での平等の原則を受けて法13条において,地方公務員法の適用に当たって平等取扱を定めている。控訴人らの正職員化は,控訴人らが本来ならば被控訴人の公務に従事した時以来,地方公務員法の適用を受けるべきものとして存在してきたのであるから,また仮に正職員化の時点に際して初めて地方公務員法13条の適用を受けるとするにしても,平等取扱の原則は正職員化前の公務に従事してきた期間を必要最小限,退職金算定に2分の1まで考慮することもむしろ積極的に肯定し,要請するものと評価すべきであって,このことが法の正義,「法の支配」の実現と評価できるのである。

(4)  本件特例措置の趣旨を一般化すれば,一定の前歴,経験を評価して給与その他の殊(ママ)遇,福利厚生に反映させる制度であるということができる。被控訴人その他の地方公共団体あるいは民間企業にもいわば一般的に存在するものである。したがって,本件特例措置が奇異な制度でないことはもちろん,むしろその趣旨を同じくする制度は以下のように他にも多数存在し,制度の合理性には何ら疑義を生じさせるものではない。

ア 「堺市職員の初任給,昇格,昇給等に関する規則」(<証拠省略>)第5条(3)は,「新たに給料表の適用を受けることとなる前に別表第4の経歴欄に掲げる経歴を有するときは,当該経歴の期間に同表に定める換算率を乗じて得た月数を経験期間とみなし,当該経験期間に応じて別表第5に定める号数を前号の規定による号給の号数に加えた数に対応して,別表第6に定める号給」と定める。

イ 被控訴人水道事業管理者と堺市水道徴収員労働組合及び堺市水道検針員労働組合との昭和47年3月31日付け協定書(<証拠省略>)は,勤続表彰に関する期間通算についても規定する。すなわち,同協定書Ⅱの10,Ⅲの8は,「勤続表彰」について「勤続期間は勤務の始期から通算し,吏員その他勤続表彰規則を適用する。」と定め,本件の民間委託による勤務の始期からの勤続期間をすべて通算することを規定した。また,「堺市職員勤続表彰規則」(<証拠省略>)第2条は,「満20年勤続の職員及び満30年勤続の職員を表彰する。」として,勤続年数の計算について第4条(1)は,「勤続年数の計算は,本市に就職した日から起算する。」とし,特に但書で,「委託業務の直営化に伴い職員については,本市が業務を委託した日以後,その者が当該業務に従事することとなった日から起算する。」と定め,民間委託業務の直営化の場合,民間委託による勤続期間も勤続年数に通算することを一般的に規定した。

ウ 「堺市職員の勤務時間,休暇等に関する規程」(<証拠省略>)第8条(18)は,「勤続年数が10年,20年又は30年となる場合 当該年数に達する日の属する年度において連続して5日以内(勤続年数が10年となる場合にあっては2日以内)」年次有給休暇と別に特別休暇(リフレッシュ休暇)を受けることができると規定し,堺市学校給食調理関係業務従事職員就業規則(<証拠省略>)第10条(22)にも同内容が規定されている。堺市水道局職員就業規則(<証拠省略>)第11条の3,別表第5は「勤続年数が10年,20年又は30年となる場合 当該年数に達する日の属する年度又はその翌年度において連続して5日以内(勤続年数が10年となる場合にあっては3日以内)」特別休暇が与えられると規定する。

勤続年数の算定については,水道局の企業局員については前記協定書(<証拠省略>)Ⅱの1「勤務の期間通算は,徴収,検針および関連・附帯業務に従事した日をもって始期とし通算する。」との規定があるが,給食調理員その他の現業職員については,明文の規定はないが,労使の合意もしくは慣行により,当然のこととして,民間委託期間を通算して算定されている。

エ 大阪市の職員の退職手当に関する条例7条6項の規定は,実質は常勤職員として仕事をしている「嘱託又は臨時職員」について,退職手当の算定に当たって,嘱託又は臨時職員としての在職期間のうち一定期間を通算するというのであるから,本件特例措置と酷似し,少なくとも趣旨を同じくする制度であり,本件特例措置が不合理であるということは到底できない。

(5)  民間委託先から退職金を受け取らない代償措置あるいはその条件として本件特例が設けられたものではない。給食調理業務の直営化は,同業務の民間委託が当時の職業安定法44条(労働者供給事業の禁止),労働基準法6条(中間搾取の排除)に違反する状況を解消するために行われたものであり,身分関係を給食調理業務に従事した当初から被控訴人の職員としての地位を回復することが正当なものとしてなされたのである。被控訴人は,これらの労働者が民間委託先から退職金を受領することにより退職金の二重取りにならないように組合を通じて指導したのである。

3  当審における被控訴人の主張

(1)  本案前の抗弁

退職手当請求権は,退職という事実の発生により,具体的に生ずる権利であり,在職中に既得権として有しているものではなく,本人が退職する時期にいかなる退職手当の制度になっているかは確定していないのであり,したがって,現在の制度による退職手当を受ける地位にあることを求める訴え自体確認の利益を欠き不適法であるから,却下を免れない。

(2)  被控訴人においては,経験を加算したり,勤続年数を通算する措置は他にも存在するが,これらの制度にはそれぞれ考慮すべき点もあり,これらが存在するからといって,本件特例措置を存続させるべきであるということにはならない。

ア(ア) 初任給決定に当たっての経験加算制度は,被控訴人はもとより国や他の地方公共団体にも,一般的に存在する制度である。控訴人らも,委託業務の直営化に伴って被控訴人に任用される際,当然,それ以前の経歴に応じて,初任給の加算措置を受けた。しかも,被控訴人には委託直営化職員以外にも民間企業従事経験のある職員が多数存在し,これらの職員の民間企業従事期間については,「堺市職員の初任給,昇格,昇給等に関する規則」(<証拠省略>)により換算率80パーセントの初任給加算しか受けていないにもかかわらず,控訴人らに対しては,被控訴人の委託業務従事期間については同規則に明文のない100パーセントの加算措置を実施した。

そもそも,初任給の経験加算措置とは,学校を卒業してすぐに就業経験皆無の状態で就職した者と,職員としての職務にその経験が直接役立つと認められる就業経験を積んだ者との給与間に,一定の格差を設けようとするための制度であり,他方,退職手当は,職員が公務員として,長期間継続勤務して退職する場合の手当制度であり,両制度はその趣旨を異にする。したがって,初任給決定に当たっての経験加算が一般に認められているからといって,退職手当の本件加算措置も認められるべきであるということにはならない。

(イ) 勤続表彰における勤続年数の通算については,控訴人らの主張のとおりであるが,これは本件特例措置を廃止した時点で,同様に廃止し,正規職員となった時期を始期として勤続期間を計算すべきものであるが,安価な表彰状と記念品を本来の時期より少し先に渡すだけのものであるから継続しているに過ぎないものである。

(ウ) リフレッシュ休暇は,被控訴人で平成4年から制度化した特別休暇であるが,これは勤続表彰における勤続年数の通算と同様の問題を指摘することができる。

(エ) 大阪市の職員の退職手当に関する条例7条6項は,もともと,大阪市の職員として採用されたが,当時の定数との関係で,定数外職員として採用された職員が,職務の内容は正規職員と同様であるにもかかわらず,それに比して差別的労働条件下にあったため,その職員が定数内職員になったときに,同条の規定により「嘱託又は臨時職員」であった期間も勤続期間に含むというものであり,本件で控訴人らが主張するのは,被控訴人の職員ではない期間についても控訴人の職員として勤続期間に算入しようとするものであるから,制度の趣旨が異なる。

イ 給食調理事業等の業務の民間委託が控訴人らが主張するように違法であることはない。控訴人らが勤務した民間委託先には退職金制度はないか(控訴人14ないし18),制度はあったとしても勤務期間が極めて短期間であることから支給資格を得ていないか(控訴人11),退職金の受領を辞退したとしても極めて低額の支給しか受けられなかった(控訴人1ないし10,12,22及び23)のであるから,本件特例措置の廃止を許されないということはない。そして,仮に,委託先からの退職金の受領を辞退した者がいたとしても,本件特例措置を廃止した必要性,合理性に鑑みれば,なお,受忍限度を超えないというべきである。なお,被控訴人が退職金の辞退を勧めたことはない。

第3本案前の抗弁に対する当裁判所の判断

本案前の抗弁について

控訴人X5,同X12,同X14,同X15,同X20,同X22,同X23(控訴人5,12,14,15,20,23及び28)の確認の訴えは,退職時において,本件特例措置による加算年数を加えた期間を在職期間として算定した計算方法によって算定される金額の退職手当を受ける地位を求めるものであるが,この請求は,結局のところ,具体的な請求権の存否の確認を求めるものではなく,請求権が発生するための要件の一部の確認を求めるに過ぎないものと解されるのであって,この要件の存否が確認されたところで,なお具体的な退職手当請求権自体の確認はできないのである。したがって,確認判決の対象とすべき法的紛争としては未成熟なものといわねばならない。また,本件において本件特例措置が廃止されたことが問題とされるように,さらに将来退職手当支給の要件が変更される可能性もないわけではない。そうすると,本件訴訟によっては,控訴人らの退職手当請求権についての紛争を最終的に解決するものであるということもできないから,上記控訴人らの本件確認の訴えは,確認訴訟としての対象の点からも確認の利益の点からも不適法なものというべきである。

したがって,上記控訴人らの本件確認の訴えは不適法であるから却下すべきである。

第4本案についての当裁判所の判断

1  本案については,当裁判所も,上記確認請求の控訴人ら以外の控訴人ら(以下,これらの控訴人を「控訴人ら」という。なお,当審で訴えを変更した控訴人らを含む。)の本件退職手当請求は,理由がないものと判断するが,その理由は次のとおり付加,訂正するほかは,原判決「事実及び理由」中の「第六争点に対する判断」の控訴人らに関する部分のとおりであるから,これを引用する。

<以下に,控訴審裁判所による付加,訂正を施したうえで原判決の「判断」部分を引用する。アミカケを施した部分が付加等の箇所である-編注>

一  本件現業職員である控訴人ら(控訴人21ないし28)について

1 控訴人X21(控訴人21)及び原告X24(原告22)について

証拠(<省略>)及び弁論の全趣旨によれば,控訴人X21は,社会福祉法人堺市社会福祉協議会が運営していた施設である「あけぼの療育センター」を被控訴人が昭和50年4月1日に,市営の事業として引き継いだ当初から,障害児保育専門指導員として,定数内正職員に採用されたこと,原告X24も,従前,民間により運営されていた施設である「えのきはいむ」を被控訴人が昭和49年4月1日に,市営の事業として引き継いだ当初から,障害児保育専門指導員として,定数内正職員に採用されたことが認められる。<原告22は控訴審では欠番であるが,原判決の「原告両名」は便宜上「控訴人両名」と表記した-編注>

したがって,右控訴人両名は,いずれも,単純労務職員ではなく,給与条例主義(地方公務員法24条6項,25条1項)の全面適用を受ける職員であるから,右控訴人両名が単純労務職員であることを前提とした控訴人らの主張は理由がない。

なお,控訴人らは,被控訴人が,従前,右控訴人両名と同じ立場にある一般職員についても水道局職員及び単純労務職員(給食調理員及び本件現業職員)と同様に,本件特例措置の対象として取り扱ってきたのであるから,右控訴人両名の身分の違いは本件の処理に本質的な影響をもたらさない旨主張する。

しかしながら,仮にかかる事実があったとしても,そもそも本件特例措置の対象として取り扱ってきたことが給与条例主義の観点からは疑義が生じる措置であり,被控訴人において,右控訴人両名に対して本件特例措置を適用しなかったとしても違法であるとはいえない。

また,控訴人らは,右控訴人両名が,堺市職員退職手当支給条例10条1項の「特別の考慮を払う必要があると認められる者」に該当する旨主張する。

証拠(<省略>)及び弁論の全趣旨によれば,これまでに控訴人ら主張の条項が適用されたのは,<1>従前,市長や助役ら任期がある特別職(但し,議員を除く。)が退職する際,報償的増額措置として,別途特別の条例を制定した上で支給された事例及び<2>堺市が昭和43年9月1日に社団法人大阪府市町村互助会に加入した以前から在職していた職員の退職手当につき,互助会退会給付金相当額との調整を図る必要が生じたため,支給された事例(但し,同条例附則(昭和52年6月10日条例18)3項により明記)のみであることが認められ,同条項を適用するためには,通常の場合に支払われるべき退職金とは別途,それに上乗せして支払われるという制度趣旨に照らすと,適用を受けるべき者の地位,経緯に特別な事情を要すると解される。

この点,本件において,右控訴人両名は,給与条例主義の適用を受ける一般職員であることに加え,被控訴人が,従前,本件特例措置の対象として取り扱ってきた,右控訴人両名らと同じ立場にある一般職員についても,右条項を根拠として支給がなされたのではないことをも併せ考慮すると,右控訴人両名は右条項にいう「特別の考慮を払う必要があると認められる者」には該当しないと認めるのが相当である。

2  控訴人21,22を除く本件現業職員である控訴人ら(控訴人23ないし28)について

現業の地方公務員の労働時間,給与等の労働条件については,当事者による私的な処分も許されることから,黙示の合意あるいは民法92条の事実たる慣習として労使慣行が成立しうると解されるところ,かかる労使慣行が成立していると認められるためには,<1>同種行為あるいは事実が長期間に渡り反復継続して行われ,<2>当事者に規範として承認されるに至り,<3>当該労働条件について一定の裁量権を有する者が,規範的意識を有していたことを要すると解するのが相当である。

確かに,前提事実によれば,本件現業職員である右控訴人らと同じ立場にある単純労務職員につき,従前,非常勤嘱託員として勤務した期間の2分の1の期間を退職手当算定に際して基礎となる期間に通算する措置がとられてきたことが認められる。

しかしながら,(人証省略)の証言及び弁論の全趣旨によれば,被控訴人がこのような措置をとってきたのは,労働協約や就業規則により支出根拠が明確な対象者との均衡を図ろうとしたことによることが認められるところ,たしかに現業の職員に対してそのような措置がとられて退職手当が支給されてきた期間は相当の期間に及んではいるが,前記のとおり定数内正職員として採用した者に対しても,そのような措置を適用して退職手当を支給してきたことなどを考慮すると,被控訴人においては,そのような措置をとるについて,その対象者の範囲,給与条例主義との関連,その支出根拠についても不明確なままに行ってきたものと窺われることなどからしても,このような措置についてはあくまでも便宜的なものであったことは明らかであるから,被控訴人において規範的意識を有していたとまで認めるに足りる証拠はない。

また,本件現業職員は財政の透明性を確保する必要性が私企業に比べて高い地方公務員であるところ,本件特例措置につき,市民はもとよりその適用対象外である一般職の職員にすら存在が周知されていなかったこと(<証拠省略>,弁論の全趣旨)をも併せ鑑みると,右措置につき被控訴人において規範として承認されるに至っているとまで認めるのは困難であるといわざるを得ず,未だ,控訴人ら主張の労使慣行が成立していたと認めることはできない。

したがって,控訴人らの右主張には理由がない。

二 給食調理員である控訴人ら(控訴人1ないし13)について

1 企業職員,現業職員の勤務関係及び労働条件の決定方式について

そもそも,現業職員についても,公共的性格を有する職務内容が存し,公法的規制を受けることからすると,その勤務関係は,基本的には公法関係であると解すべきであるが,他方で,非現業職員と異なり,労働組合法の適用を原則的に肯定し,労働基準法についても,就業規則に関する同法89条ないし93条の規定が準用されていること等に照らすと,地方公共団体による労働条件の一方的な不利益変更については,無条件にこれを是認することはできず,この点に関する被控訴人の主張は採用することができない。

しかしながら,現業職員については,右のとおり,労働組合法や労働基準法による保障を受けるとともに,公務員としての身分保障をも享受していることに鑑みると,長期に渡る継続的勤務関係を維持しつつ,その業務を円滑に運営すべく,当該地方公共団体の行政事情,特に,職員の労働条件変更の必要性・緊急性,労働条件の変更によって被る不利益の程度,団体交渉の経緯等の諸事情により,一方的な就業規則の不利益変更が許される場合も存すると解するのが相当である。

2 検討

(一)  本件特例措置を廃止する必要性について

(1) 証拠(<証拠・人証省略>)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

ア 平成6年頃から,地域のミニコミ誌である「泉北コミュニティ」に被控訴人の給食調理員等の人件費の問題点を指摘する記事が掲載され始め,同誌の主催者であるCは給食調理員等の定年延長措置に関して,平成8年12月19日に住民監査請求をした。被控訴人監査委員会は,平成9年2月12日,定年延長は適法なものであるとの判断を示した。Cは,その結果を不服として,平成9年3月10日に被控訴人市長に対し,定年を延長し,公金を給料として支給したことが違法であるとして損害賠償を求める住民訴訟を提起した。同年5月14日に住民訴訟に関連して,平成8年度末に退職した定年延長職員の退職金の算定方法が分かる文書について公開請求がされ,被控訴人退職手当支給計算書を公開した。この計算書には,委託等の業務に従事した期間の2分の1を勤続期間に合計する旨記載されていたため,本件特例措置の存在が知られるところとなった。その後,同誌から本件特例措置に関する取材を受け,同年6月19日付けの同誌には給食調理員等の定年を特例で延長していたことと合わせ本件特例措置によって勤続年数を加算して退職金を上積みしたことを批判する記事(<証拠省略>)が掲載された。

イ また,平成10年2月25日の被控訴人市議会ではD議員から本件特例措置には違法の疑いがあるが,その根拠は何かという質問がされ,これに対し,E総務局長は,根拠は,要項,就業規則あるいは労使協定であるが,現行の退職手当支給条例の規定に合致したものとはなっておらず,給与条例主義から手続上問題が多く,現在の状況から考えて廃止しかないとの結論に達し,将来に向かって廃止を決定したと答弁した。一般市民からも,抗議の電話が数件あった。前記住民訴訟は現在係属中である。

ウ 平成10年3月3日に提出のあった,本件特例措置に基づく退職金の加算支給は違法な公金支出であるから加算分を堺市に返還するよう求めた地方自治法242条1項に基づく堺市職員措置請求について,堺市監査委員会は,同年5月6日,「委託業務従事者を正職員化した当時の特殊事情・実態を勘案し,裁量の範囲内で,正当な権限を有する者である。教育委員会が定めた就業規則,予算執行権限者である市長決裁の要項及び水道事業管理者が締結した労働協定に基づき支出したものである。よって,関係法令に照らしても条例に規定しなければならない事項ではないところから,違法または不当な公金の支出とは断じ得ないものと判断する。」との判断を示したが,本件特例措置は,「既に廃止されているところであるが,現在の社会通念からすれば,裁量の範囲を逸脱しており,違法とは断じ得ないものの,妥当性を欠くものとの疑念が払拭されたとはいえない。」「社会情勢の変化に対応し,市民の理解を得るため,本措置を廃止することに決したことは,遅きに失した思いがないではないが,それなりに評価し認めるものである。」との意見が付された(<証拠省略>)。

(2) 被控訴人の財政状況と行財政改革

証拠(<省略>)によれば,次の事実が認められる。

ア 被控訴人の財政収支は平成5年度から平成9年度にかけて,単年度収支が5年連続で赤字が続いており,経常収支比率も平成6年度から平成9年度にかけて,4年連続で95パーセントを上回っていた(平成6年度96.5パーセント,平成7年度96.8パーセント,平成8年度98.5パーセント,平成9年度97.8パーセント)。平成9年度の経常収支比率に占める人件費の割合は43.6パーセントであり,人口一人あたりの人件費負担額が約9万1000円であった。平成9年度における中核市11市の経常収支比率の平均は,約79.5パーセントであり,経常収支比率に占める人件費割合の平均は約31パーセントであり,中核市11市の人口一人あたりの人件費負担額が約7万1000円であった。

イ そこで,被控訴人においては,平成8年以降,職員の勤務労働条件については種々の検討がなされ,次のような制度の改廃がされた。

(ア) 平成8年6月24日には,ヤミ組合専従との誤解を受けかねない安全衛生専任委員制度を廃止し,平成8年7月1日には条例や規則で勤務時間として定めていたにもかかわらず,拘束時間として取り扱っていなかった休息時間の不適切な運用を廃止し,平成9年1月1日からは全職員の約9割に支給していた58種類の特殊勤務手当を,26種類,約3割の支給対象者とし,その額も見直した。

(イ) 被控訴人は,平成10年12月には,行財政改革を進めるため,「新堺市行財政見直し実施計画」を策定した(<証拠省略>)。そして,同計画においては,「計画の策定にあたっては,特に,職員の意識改革,人材育成の推進,公共と民間の役割分担の明確化と民間委託の推進,事務事業の整理統合,効率的かつ効果的な事務執行の推進,情報基盤の整備と行政情報の活用などについての取組を強化する。」ものとし,「定員管理の適正化については,事務事業の見直し,職員配置の見直しや民間委託の推進などを行い,平成11年度以降10年間に約1200人の削減を目標として見直しを進める。なお,平成11年度からの5年間では約710人の削減を図る。また,新たな行政課題に対しては体制の充実を図るなど,より一層,定員管理の適正化に努める。」ものとしている。

(ウ) 平成11年4月1日からは,従来60歳まで定期昇給していた給与制度を,56歳で昇給延伸,58歳で昇給停止となるように見直した。

(エ) 被控訴人は,平成13年12月,堺市職員労働組合に対し,「財政危機打開のための給与削減措置」について申入れをし,労使での協議,交渉の結果,平成14年2月18日,給与削減(全職員を対象に5パーセントから3パーセントの削減)について合意した。

(3)ア ところで,退職金は,基本的には賃金の後払としての法的性質を有するものと考えられるところ,控訴人らが正職員化されるに際しては,それまで勤務していた民間委託先を退職したのであるから,それまでの勤続期間についての退職金についてはそれぞれ民間委託先との関係で処理されるべき問題であったというべきである。このような問題が,被控訴人との間で,被控訴人の負担において処理されるべき合理的な理由は見出しがたい。これは民間委託先での勤務期間の2分の1を限度とするものであったとしても変わるところではない。

イ 控訴人らは,特に給食調理業務について,民間委託が違法であり,労働者は同業務に就いた当初から実質的に被控訴人の職員であり,直営化及び正職員化はその違法性を解消するためにされたのであるから,本件特例措置は正当である旨主張する。しかし,給食調理業務の民間委託が一般的に違法であることを認めるに足りないし(<証拠省略>によれば,昭和46年当時の文部省見解は,学校給食の調理を民間の営利企業に委託することには,設置者が学校給食の実施上の責任を果たし得ないおそれがあるという意味において軽々に委託することは適当でないとするものであったことが認められるが,この見解も,民間委託自体を違法であるとするものではないのみならず,民間委託下における給食調理業務が実質的には公務であるとする控訴人らの主張を裏付けるものということもできない。このような業務を外部委託によるか,非常勤職員によって行うか,あるいは常勤職員によって行うかについては地方公共団体の裁量によるものであることは後記のとおりである。),控訴人らが主張するように,被控訴人と給食調理業務の受託企業である株式会社a(以下「a」という。)及び株式会社b(以下「b」という。)との間には職業安定法44条(労働者供給事業の禁止),労働基準法6条(中間搾取9排除)に違反する状況にあったことを認めるに足りる証拠はない。

また,控訴人らは,被控訴人においては,初任給の号俸決定の際には外部経験をその経験期間に応じて加算することや永年勤続表彰に関する勤続期間やリフレッシュ休暇の取得資格の勤続期間の算定に際しては民間委託での勤続期間も通算していることからも,退職手当の算定に際してその勤続期間に民間委託での勤続期間を通算することが合理性を欠くものとはいえない旨主張する。しかし,初任給決定の際の調整機能として外部経験を斟酌することと退職手当算定のため勤続期間に外部での勤続期間を算入することとはその趣旨を異にするものであり,その余の点も退職手当の問題とは明らかに異にするものであって採用できない。また,控訴人らは,大阪市の職員の退職手当に関する条例7条6項の規定が,本件特例措置と同趣旨の制度である旨主張するが,大阪市条例の上記規定の制度趣旨は,地方公共団体の事務量が急激に増加する中で,職員の定数に(ママ)変更しなかったことなどから,「常勤的非常勤職員」と呼ばれる,身分取り扱いが不明確な職員が多く生じたことから,それら職員の不利益を救済するところにあるのであって,職員でなかった期間をも勤続期間に含めようとするものではないから,この大阪市条例をもって本件特例措置の合理性を裏付けるものとはいえない。

そして,証拠(<省略>,控訴人X11本人)及び弁論の全趣旨によれば,退職金制度が存したことが認められるaについてみると,退職金の支給は1年を超えて勤続したものであることが要件であったところ,その地位にあったが退職金の受領を辞退したものと認められるのは控訴人らのうち3名(控訴人1,8及び10)のみであり,2名(控訴人11及び12)は勤務年限が1年以下でその地位にはなく,その余の者(控訴人2,3及び6)は,支給要件を具備しているが,退職金の支払を受けたか否かも明らかではない。証拠(控訴人X11本人)中には,控訴人1ないし9の者はいずれも退職金の支給を受けられる地位にあった旨の部分が存するが,控訴人4,5及び7の者はaとは別の委託先であるbに勤務していたのである(<証拠省略>)が,同社が退職金制度を有していたかについては認めるに足りる証拠はない。なお,証拠(控訴人X11本人)中には,控訴人2,3,6及び9の控訴人らについても退職金の支払いを受ける資格があるが受け取りを辞退したとの部分も存するが,先ず,控訴人9のFは勤務年限が1年に足りない(<証拠省略>)ほか,その余の控訴人らについても,控訴人ら代理人のこの点に関する調査結果(控訴人ら2002年5月31日付け準備書面(控訴6(ママ)))についての主張においても同控訴人らが含まれていないことに照らすと,同供述は直ちに採用し難い。そして,退職金の支払いを受けられた地位にあったが,その受け取りを辞退した者であってもその勤務期間等に照らすと,その金額は極めて低額に止まるものと推認されるのであって,このような民間委託先における退職金制度の実態からしても,被控訴人における退職金算(ママ)定するについて民間委託先での勤務期間を被控訴人勤務期間に加えて通算することは,その合理性について著しい疑義が生じることは否定できない。

控訴人らは,退職に際し退職金を受領することはできたが,退職金を受領しなかったのは,当時,被控訴人の本件問題の担当者が,正職員化されるのは実質的に公務に就いていることが前提であり,元の会社で退職金を受け取れば,その時点で既に退職してしまったことになり,正職員化できなくなるから,受領しないようにとの被控訴人の勧めがあったからであると主張し,証拠(<証拠・人証省略>,控訴人X11本人)にはこれに副う部分が存する。しかしながら,控訴人らが正職員化されるにあたり,委託先会社を退職し,新たに被控訴人に採用されたのは否定しがたい事実であり,退職金を受領するか否かには拘わりのないことであるから,上記被控訴人担当者によるとする説明内容は合理性を欠くものといわなければならず,しかも,これを裏付ける的確な証拠はないうえ,民間委託の廃止と控訴人らの正職員化を強く主張し,その民間委託先での勤務期間の全部を退職手当算定の際に算入すべきであると主張していたのは組合であること(弁論の全趣旨)などに照らすと,被控訴人のそのような勧めに従って,控訴人らの一部が退職金を受領しなかったということもにわかには採用しがたいところである。

(4) 本件特例措置は,被控訴人の職員全体にかかわる可能性のあるものであったが,水道局職員については協定により,給食調理員については就業規則により定められ,また,現業職員については決裁によりその都度定めらる(ママ)のみで,勤務部署に関わりなく職員全体に適用される条例には定めがなかった。そこで,本件特例措置が適用される職員が他の職場に人事異動になった場合等には,適用される根拠が不明になるという問題があったために,本件特例措置が問題とされたときに,被控訴人においては条例化も検討はしたものの,市議会の状況から見て非常に困難であると判断していた。(<証拠・人証省略>)

(5) 本件特例措置を廃止した場合の効果については,平成9年度から平成18年度までで,金額の最も多い年が平成12年度で約1332万6000円で,人件費総額に占める割合は0.203パーセントであり,金額の最も少ない年が平成16年度で約149万3000円で,同割合は0.021パーセントである(<証拠省略>)。

(6) 以上のとおり,本件特例措置が採用された当時は,給食調理のみならず,下水道管理,電話交換及び学校用務等についても直営化が要求され,それが実行され,これに伴う人件費の増大等についても当然に容認される状況にあった(前記第二,二,4,(二))。しかし,本件特例措置が廃止された平成10年3月当時,被控訴人は財政が既に恒常的に危機的な状況にあり,定員の管理や給与体系の見直し等の必要があり,それ以前から現にその手続が進められてきていた。しかも,平成6年頃からは,住民から特に給食調理員等の人件費の問題点が指摘されるようになり,給食調理員の定年を延長し公金を給料として支給したことについて住民訴訟が提起されるまでになり,市議会においても本件特例措置が違法ではないかという意見が出されるような状况にあった。本件特例措置が廃止されるに至ったことについては,このような被控訴人の財政状況や社会・経済状况の変化,また,市民意識の変化を踏まえて考慮する必要があるというべきである。

本件特例措置は,給食調理員に関しては,就業規則に定めがあり,また,この制度を実施を継続した場合に要する費用も被控訴人の人件費全体に占める割合は大きいものとはいえないものではあるが,前示のとおり,もともと現業職員に関してはその支出根拠も不明確であるといわざるをえないこと,給食調理員に関しては上記(3)に指摘したような問題もあり,被控訴人の職員全体の問題としてみても上記(4)に指摘したような問題があり,特に当時の被控訴人の財政状況の下においては,これを実施した場合に要する費用の額いかんにかかわらず,職員の退職手当を不当に優遇するものとして,極めて不適切な制度と評価される状況にあったものと認められる。

(7) これらの諸事情を総合勘案すれば,被控訴人においては,本件特例措置を廃止する必要性があったものと認められるというべきである。

(二)  本件特例措置を廃止する合理性について

控訴人らは,本件特例措置の対象となる期間中,本来,被控訴人の職員により市の事業としてなされるべき業務につき,外部委託社員,非常勤職員という不安定な身分で献身的に従事してきた者らであるから,右期間の2分の1の期間についてのみ退職金算定期間に通算する本件特例措置は,合理的である旨主張する。

しかし,その本件特例措置の合理性には疑義が生じることは否定しがたいことは先に判示したとおりであるところ,これら業務について,外部委託ないし非常勤職員により行うか,常勤職員(公務員)により行うかについては,当該地方公共団体の裁量に属する事項というべきであり,必ずしも,本来,常勤職員によってなされるべき事業であるとまでいうことはできない(実際,このような事業を従前から今日に至るまで外部委託している地方公共団体も存するし,むしろ,今日では,地方公共団体が行っていた事業につき,経費削減等の合理化の観点から外部委託にする場合も存することは公知の事実である。)。

その上,控訴人らの行っていた業務の性格から,直ちに常勤職員ではない期間についてまで,退職金を算定する際の対象期間に含めることが合理的であるということはできず,むしろ,本件特例措置においては,常勤職員としての身分を有しない期間を加算してまで公金である退職金を支給することになるのであって,そもそも,このような措置自体,その合理性について疑義が生ずることは否めないというべきであり(特に,外部委託社員であった者との関係では,公務員でなかった期間についてまで,地方公共団体が退職金を支出するのであるから,財政民主主義等の見地からも疑義が存する。),住民監査請求監査結果報告書(<証拠省略>)も本件特例措置につき,結論こそ違法又は不当なものとは解せられない旨判断しているものの,付言として,「本措置を廃止することに決したことは,遅きに失した思いがないではないが,それなりに評価し認めるものである」旨指摘していること,堺市学校給食調理関係業務従事職員就業規則は被控訴人のラスパイレス指数が133.5と高値であった昭和49年4月に改正されたものであり(<証拠省略>),現在の社会状況・財政を取り巻く環境とは異なること(<証拠省略>によると,被控訴人のラスパイレス指数は,その後は,昭和50年4月の135.2を最高値として,一連の給与適正化措置が実施されたことから平成9年4月には105.7まで低下している。),被控訴人の職員のうち,控訴人らの業種以外の民間企業からの転職者については本件特例措置がなく,右転職者との均衡上問題があることをも併せ考慮すると,被控訴人が本件特例措置を廃止することは合理性を有するというべきである。

(三)  労働条件の変更によって被る不利益の程度について

(1) 控訴人らは,既に退職した控訴人らの被害額が約67万円ないし95万円であり,未退職者の被害額は350万円を超える者が2名おり,その他の者も70万円ないし280万円と高額であり,本件特例措置の廃止が対象者に及ぼす不利益は著しい旨主張する。

確かに,本件特例措置の廃止により,控訴人らが被る不利益の程度は大きいといわざるを得ない。また,本件特例措置の適用を受ける者は当初から限定されており,既におおむね8割程度の者がその適用を受けて退職金を受領したのに,残り2割程度の者がその適用を受けることができなくなったのであり,それによる不公平感も否定できないことは控訴人らの主張するとおりである。

しかしながら,「堺市における一般職員,企業職員,単純労務職員の勤務条件」と題する書面(<証拠省略>)によれば,本件特例措置を廃止した場合でも,控訴人らが他の企業職員,現業職員及び一般職員と同一の基準で退職手当が算定されることが認められ,前記(二)において認定したとおり,本件特例措置を廃止することには合理性があることをも併せ考慮すると,控訴人らが被る不利益については,なお,控訴人らにおいて甘受すべき範囲にとどまるというべきである。

(2) 本件特例措置の廃止に際しては,その代償措置は何も採用されることがなかったことは明らかである。(人証省略)は,本件特例措置を廃止するに当たって代償措置も検討したが,適当なものはどうしても考えられなかった旨証言しているが,本件特例措置が職員の退職金を不当に優遇するものであって,不適切なものとして廃止する以上,その代償措置を採用することもまた不適切なものとなる可能性が大きく,かつ,前記のとおり,控訴人らは他の企業職員,現業職員及び一般職員と同一基準で退職手当が算定されるのであるから,代償措置が何も採用されなかったこともやむを得ないところである。

(3) 以上のとおり,控訴人らに対しては,本件特例措置を廃止することによって不利益を与え,また既にこの適用によって退職金を受領した者に比べて不公平感を与えるものではあるが,なお,代償措置を考慮することなしに廃止することに実体的合理性を認めざる得(ママ)ないのである。

(四)  団体交渉の経緯について

(1) 前記前提事実及び証拠(<証拠・人証省略>)によれば,以下の事実を認めることができる。

<1> 昭和49年4月22日,堺市学校給食調理関係業務従事職員就業規則が改正され,「直営化に伴う職員の給与のうち,退職手当額の算定の基礎となる勤続期間を計算する場合における昭和48年3月31日以前に係る在職期間の月数は市がその業務を委託した日以後の期間についてその者が給食調理業務に従事することになった日から昭和48年3月31日までの月数の2分の1とする。」(11条4項)と定められた。

<2> 被控訴人は,平成9年6月25日付けの「退職手当に関する委託等期間の加算の廃止についての協議の申し入れ」と題する3任命権者(堺市長・堺市教育長・堺市水道事業管理者)による連名の書面により,堺市職労に対し,退職金に関する特例措置の廃止の協議を申し入れたが,堺市職労は,廃止に反対し,被控訴人と廃止の協議をすることを拒否するとともに,給食労組に対し,右申し入れがなされていることを説明した。

<3> 被控訴人は,堺市職労に対し,平成9年12月8日付けの「退職手当に関する委託等期間の特例措置の廃止について(通知)」と題する3任命権者による連名の文書で,本件特例措置(就業規則11条4項)を,平成10年3月10日付けで廃止する旨通知した。

<4> 給食労組は,被控訴人に対し,口頭による抗議をした。

(2) 前記認定にかかる事実経過に照らすと,被控訴人は,給食労組ではなく,堺市職労に対して,本件特例措置の廃止に関する協議を申し入れていることが認められるところ,本件特例措置に関するそれぞれの根拠規定が異なっていることや本件特例措置の成立の際には堺市職労の関係各支部との間で交渉がなされたことをも併せ鑑みると,被控訴人が各支部との間で個別的に交渉することが,団体交渉の方法として適切であることはいうまでもない。

しかしながら,他方で,団体交渉における中心的な争点は,常勤職員でなかった期間についてまで退職金算定の際の対象期間とすることの適否であり,この点については,各支部に共通の問題であるから,その統一的な解決のため,被控訴人が堺市職労のみを団体交渉の相手としても,強ち,不合理であるとまではいえず,また,堺市職労としても,単に交渉を拒否するのではなく,関係各支部の意見を集約した上で交渉に臨んだり,右交渉中に利害関係を有する関係各支部の代表者を参加させたりする形式で交渉を継続することができたのであるから,かかる堺市職労の対応についても不適切な点があったことは否めず,被控訴人において十分な団体交渉義務を尽くさなかったとまでは断定し得ない。

したがって,被控訴人による団体交渉の経緯についても,不適切であったと認めることは困難であるといわざるを得ない。

3  総括

以上によれば,本件特例措置については,退職手当支給条例との整合性や危機的財政状況下において本件特例措置を存続させることの適否の観点から廃止する必要性が認められ,また,本件特例措置自体の合理性に疑義が存することや,労働条件の変更によって被る不利益の程度,団体交渉の経緯等を総合して検討すると,本件特例措置を廃止することについての合理性も十分に認められるというべきである。

したがって,本件における就業規則の不利益変更は有効であるというべきであり,右に反する控訴人らの各主張は,いずれも理由がない。

三 水道局職員である控訴人ら(控訴人14ないし20)について

1 前記前提事実及び証拠(<証拠・人証省略>)によれば,以下の事実を認めることができる。

(一)  昭和47年3月31日,堺市水道事業管理者と堺市水道徴収員労働組合及び堺市水道検針員労働組合が,退職金について,勤務の始期から昭和47年3月31日までの期間の計算について,当該期間の2分の1を加算する旨の条項を含む労使協定を締結した。

(二)  昭和50年7月4日,堺市水道事業管理者と堺市水道労働組合との間で,非常勤嘱託員の退職金につき,在職期間の計算について,その始期は非常勤嘱託員に採用された日とする旨の条項を含む労使協定を締結した。

(三)  昭和54年3月31日,堺市水道事業管理者と堺市水道労働組合との間で,非常勤嘱託(集金員)の廃止に際して,退職金にかかる在職期間は昭和47年4月1日から昭和54年3月31日までの期間については当該期間の2分の1とする旨の条項を含む協定を締結した。

(四)  被控訴人は,右各協定及び「堺市公営企業職員の給与の種類及び基準を定める条例」3条,4条に基づき,退職金の算定に際し,右各期間を加算して支給してきた。

(五)  堺市水道事業管理者を含む3任命権者は,平成9年6月25日付けの文書において,堺市職労に対し,退職金に関する本件特例措置の廃止の協議を申し入れ,堺市職労は,水道労組に対し,右申し入れがあったことを連絡した。

(六)  堺市職労は,本件特例措置の廃止に反対し,廃止の協議に応じないとの態度をとり続けた。

(七)  被控訴人は,堺市職労に対し,平成9年12月8日付けの文書において,本件特例措置を,平成10年3月10日付けで廃止する旨通知した。

(八)  平成9年12月22日,水道労組から水道事業管理者に対し,文書で団体交渉の申し入れがなされたが,水道事業管理者は,堺市職労との統一交渉でなければならないとして,これを拒否した。

2 労働協約の解約が,解約権の濫用によりなされたものといえるか

控訴人らは,被控訴人による労働協約の解約が,解約権の濫用によりなされたものであるから無効である旨主張する。

しかしながら,前記事実経過で認定した事実によれば,被控訴人による労働協約の解約は,地方公営企業法によって適用を排除されない労働組合法15条3項,4項所定の要件を充足しており,労働協約の解約手続上は問題がない。

また,解約権の濫用といえるためには,労働組合の存立・活動に不可欠な条項の廃止を目的とする場合等のように,解約権の行使が不当労働行為に該当したり,これに準じると評価されることを要すると解すべきである。

本件においては,前記二で検討したとおり,本件特例措置を廃止する必要性が認められ(なお,水道局職員の控訴人14ないし18については,その正職員化前の職務を実質的にみで公務であるとみることは困難であり,その民間委託期間の一部とはいえ退職手当の算定に際して勤続期間に通算することに合理的理由は見出しがたく,また,協定及び前記昭和54年3月31日の合意によれば,控訴人19,20については,非常勤嘱託員であった期間の2分の1を在職期間に加算することになるが,水道局職員の退職金については,堺市職員退職手当支給条例(<証拠省略>)の規定による一般職の職員に対する給与を基準として定めるものとされているところ(堺市公営企業職員の給与の種類及び基準を定める条例3条,<証拠省略>),同退職手当支給条例においては非常勤職員には退職手当を支給しないこととされていること(1条)に照らすと,非常勤嘱託員の在職期間を退職手当を算定する期間に加算することは,実質的にみれば上記条例の定める基準に抵触するおそれも一概には否定できないところである。),また,本件特例措置の合理性に疑義が存すること,本件特例措置は水道局職員のみでなく,給食調理員等の職員にも採用されており,被控訴人において,交渉の基本的な枠組みを同じくするべく,水道労組ではなく,堺市職労との交渉を申し入れたことが不合理であるとはいえないこと等を総合して検討すると,本件特例措置の廃止が不当労働行為ないしこれに準ずる行為としてなされたと認めることはできないから,被控訴人において労働協約を一方的に解約したことが解約権の濫用であると認めることはできない。

したがって,この点に関する控訴人らの右主張には理由がない。

3 労働協約解約後の労働条件

控訴人らは,仮に労働協約の解約が有効であったとしても,労働協約の内容が,その規範的効力により,水道局職員である控訴人らの労働契約の内容となっていたのであるから,被控訴人の一方的行為によって,右控訴人らの労働契約の内容を変更することはできず,依然として,従前と同じ計算方法により算定される金額の退職手当を受けうる地位にある旨主張する。

そもそも,労使間の労働協約が期間満了や解約により消滅した場合においては,新協約が成立するまでの措置について別段の合意が存在しない限り,協約の効力はその規範的部分であると債務的部分であるとを問わず終局的に消滅し,協約自体のいわゆる余後効については認められないというべきである。

もっとも,労働協約の成立によって,個別的労働契約の内容として強行法的に変更され承認された状態ないし関係は協約失効後における労働契約の解釈に際してもできる限り尊重されることが継続的労使関係の本旨に沿うから,特段の事由がある場合を除き,個別的労働契約は協約終了時における労働契約の内容と同一の内容を持続するものであり,使用者において一方的に労働契約の内容を改訂・変更することは許されない。

そして,右にいう「特段の事由」とは,従前の労働協約に定められた労働条件が法律違反である場合や著しく不合理である場合のほか,労使間の諸般の事情が極端に変化し,従前の契約内容を持続することが信義則に反するに至ったと認められる場合において,当該事情の変更が変更を主張する者の責めに帰すべからざる事由に基づき,かつ,従前の契約成立当時予見できない性質・程度のものである場合等であると解するのが相当である。

本件においては,前記二で認定したとおり,本件特例措置自体の合理性につき疑義がある上,住民監査請求監査結果報告書(<証拠省略>)も指摘しているとおり,本件特例措置はその制度が発足した当時においては被控訴人の裁量に属するものであったものの,時間の経過や情報公開が促進されたこと等が相俟って,現在では,社会通念に照らして裁量の範囲を逸脱しており,労使間を取り巻く事情が変化しているといえること,被控訴人のラスパイレス指数が高値であり,情報公開も未だ十分になされていなかった当時の状況下において,このような事情の変化を労働協約の締結当時に予見することは困難であったことなどの事情に照らせば,本件においては,協約終了時における労働契約の内容と同一の内容を持続されないというべきである。

したがって,この点に関する控訴人らの主張には理由がない。 <以上,原判決引用-編注>

第5結論

以上によれば,控訴人X5,同X12,同X14,同X15,同X20,同X22,同X23の地位確認請求は不適法であるから却下すべきであるから,原判決中同控訴人らに関する部分を取り消し,その訴えを却下することとし,控訴人X1,同X2,同X3,同X10,同X21,同X6,同X7,同X8,同X9,同X16,同X17の各請求は理由がないから棄却すべきところ,これと同旨の原判決は相当であるから同控訴人らの本件控訴を棄却することとし,控訴人X4,同X11,同X13,同X18,同X19の当審で変更後の請求も理由がないから,これらを棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 吉原耕平 裁判官小見山進,裁判官大竹優子は,いずれも転補のため署名押印することができない。裁判長裁判官 吉原耕平)

当事者目録

(控訴人番号は,原判決の原告番号と同番号を付した。22,24ないし27は欠番である。)

1 控訴人 X1

2 控訴人 X2

3 控訴人 X3

4 控訴人 X4

5 控訴人 X5

6 控訴人 X6

7 控訴人 X7

8 控訴人 X8

9 控訴人 X9

10 控訴人 X10

11 控訴人 X11

12 控訴人 X12

13 控訴人 X13

14 控訴人 X14

15 控訴人 X15

16 控訴人 X16

17 控訴人 X17

18 控訴人 X18

19 控訴人 X19

20 控訴人 X20

21 控訴人 X21

23 控訴人 X22

28 控訴人 X23

控訴人ら訴訟代理人弁護士 大江洋一

同 野村克則

同 豊川義明

同 城塚健之

同 山名邦彦

同 杉島幸生

被控訴人 堺市

同代表者市長 A

(但し,控訴人番号1ないし13,21,23,28につき)

同代表者水道事業管理者 B

(但し,控訴人番号14ないし20につき)

被控訴人訴訟代理人弁護士 福岡勇

別紙 一覧表

<省略>

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