大阪高等裁判所 平成13年(ネ)1891号 判決 2001年11月30日
控訴人
甲野太郎
同
甲野花子
右両名訴訟代理人弁護士
児玉憲夫
同
浅岡美恵
同
片山登志子
同
日髙清司
同
河原林昌樹
同
山本雄大
被控訴人
大阪瓦斯株式会社
同代表者代表取締役
野村明雄
同訴訟代理人弁護士
石川正
同
池田裕彦
同
野上昌樹
被控訴人
株式会社辻中
同代表者代表取締役
辻中弘敏
同訴訟代理人弁護士
服部廣志
同
服部美知子
主文
1 本件各控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実及び理由
第1 控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人らは、控訴人甲野太郎に対し、連帯して六〇九一万〇八〇六円及びこれに対する平成七年一一月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
3 被控訴人らは、控訴人甲野花子に対し、連帯して三七六四万七七八二円及びこれに対する平成七年一一月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
4 訴訟費用は、第一審、二審とも被控訴人らの負担とする。
5 仮執行宣言
第2 当事者の主張
当事者の主張は、原判決の「事実」中の「第2 当事者の主張」に記載のとおりであるから、これを引用する(ただし、原判決四頁一五行目の「時」を「字」と改める。)。
第3 当裁判所の判断
1 当裁判所も、控訴人らの請求はいずれも理由がなく棄却すべきものと判断する。その理由は、次のとおり補正、補足するほかは、原判決の「理由」に記載のとおりであるから、これを引用する。
2 原判決の補正
(1) 原判決一一頁一六行目冒頭から同頁一九行目末尾までを次のとおり改める。
「(2) 控訴人らは、本件火災当日午後八時すぎから、厨房内で食事をしたが、その際、控訴人花子は、原判決別紙現場見取図の「六畳」と記載された部屋に置かれていた本件ガスファンヒーターを、ゴム管を同部屋の元栓につないだまま、同現場見取図のfile_3.jpgの位置に持って来て置き、これを運転、使用していた。本件ガスファンヒーターが置かれていた廊下は幅約八五センチメートルで、その突き当たりと厨房とは壁で隔てられており、廊下の南側(同現場見取図で矢印が付された部分)に厨房への出入口がある。出入口は幅約七〇センチメートルで、廊下と厨房とは約四四センチメートルの段差があり、廊下が高くなっている。その出入口には開き戸があるが、当時、それを全面的に開放し、本件ガスファンヒーターの温風吹き出し口を厨房に向け、厨房内を暖房していた。控訴人太郎は、食事が終わった後、同現場見取図file_4.jpgと記載された厨房内の机の北側にある椅子に座りながら、厨房内の南側に置かれていたテレビを見ていた。」
(2) 同一二頁六行目に「厨房で夕食を食べた後、同所でテレビを見ていたところ」とあるのを「午後九時二〇分ころ」と改め、同頁八行目の「通って」の次に「階段の上がり口に置かれていた」を加える。
(3) 同一二頁一〇行目に「厨房で夕食を食べた後、午後九時すぎころから」とあるのを、「午後九時一五分ころ、厨房を出て、北側廊下を通って、原判決別紙現場見取図の「九畳」と記載された部屋に行き」と改め、同頁一七行目末尾に、「なお、控訴人らは、本件火災発生の前後、ガス漏れによるガスの臭いを全く感じなかった。」を加える。
(4) 同一三頁七行目の「ガスファンヒーターの周り」の次に「及び厨房西側」を加える。
(5) 同一三頁九行目の「他の三個」を「厨房西側にあった一個はバポナ黒あり用スプレー缶であり、他の二個」と改める。
(6) 同一三頁一八行目の「焼きが」から同頁二四行目の「理由で」までを、「機器全体に焼きが強いが、特異な焼き箇所も見分されず、本件ガスファンヒーター本体からの出火の可能性について判断できないこと、大阪府警察本部刑事部科学捜査研究所の鑑定結果によっても、本件ガスファンヒーターの焼損が著しく、出火の原因になったかどうかは明確にできないと判断されたこと、ゴム管が接続されていた六畳間の壁のガス栓はカチット式であり、そこに接続したガス管から多量のガスが漏れた場合は自動閉鎖される構造になっていること、仮にゴム管と本件ガスファンヒーターの接続部付近からガスが漏れて本件ガスファンヒーターの空気吸入口から中に入ったとしても、ガス燃焼部は吹き出し口から約一三センチメートル上方にあり、カバーで覆われている上、温度ヒューズ、ハイリミットスイッチ等の安全装置も付いていることから、吹き出し口から炎が出ることは考えにくいこと、燃焼中のガスファンヒーターが爆発することは考えにくいことなどの理由で」と改める。
(7) 同一四頁一七行目の「〕」を削る。
3 当裁判所の補足理由
控訴人らの原審及び当審における主張に鑑み、以下のとおり、原判決の理由を補足する。
(1) 控訴人らは、本件火災は、本件ガスファンヒーターを通常の使用方法に従って使用していたところ、本件ガスファンヒーター内部又は本件ガスファンヒーター裏面のゴム管接続部からガス漏れが生じ、異常燃焼し、漏洩したガスに引火し爆発したことによって発生したものであると主張する。そして、その主要な根拠は、最初に本件火災を目撃した控訴人太郎の供述と、技術士鶴岡寛治ほか四名作成の本件火災の出火原因についての意見書(甲35。以下「本件意見書」という。)である。そこで、以下、これらの点を検討する。
(2) まず、本件火災を最初に目撃した控訴人太郎の供述を検討する。
ア 控訴人太郎は、原審での本人尋問において、「ポーンというワインのコルクの栓を抜くような音が本件ガスファンヒーターの方からしたので、その方を見ると、本件ガスファンヒーターの前面カバーの下の吹き出し口の左側から炎が五、六個、上を向いて出ていた。直ちに消火器を取りに行き、その際、本件ガスファンヒーターの横を通ったが、スイッチを切ることは気がつかず、それよりも炎が外に出ていたのでそれを消そうと思った」旨の供述をする。しかし、上記供述は、次のとおり、いくつかの疑問点が認められるところであり、全面的に信用することができるものではない。
イ まず、控訴人太郎は、上記のとおり、原審での本人尋問では「本件ガスファンヒーターの吹き出し口から炎が五、六個、上を向いて出ていた」と述べるが、豊中市北消防署消防士長の事情聴取に対しては、「本件ガスファンヒーターの周りで、ちり紙を燃やしたような炎が床面で五、六個見えた」(本件太郎第一質問調書)、あるいは「本件ガスファンヒーターの前面床から、直径三センチメートル、高さ五センチメートル位の炎が三箇所位立ち上がっていた」(本件太郎第二質問調書)と述べており、いずれも、本件ガスファンヒーターの吹き出し口から炎が出ていたとの供述をしていない。
また、証拠(乙23、原審における証人胡内宏一郎、同鶴岡寛治)によると、仮に本件ガスファンヒーターの吹き出し口から炎が出ていたのであれば、対流用ファンが回っていたためと考えられるところ、対流用ファンは、毎秒一ないし四メートル程度の風速で風を送り出しているので、吹き出し口から真っ直ぐ(本件ガスファンヒーターと垂直)に炎は出るはずであり、炎が上を向くことはあり得ないことが認められる。
ウ 次に、控訴人太郎が供述する「ポーンというワインのコルクの栓を抜くような音」についても、控訴人花子は、豊中市北消防署消防士長の事情聴取に対し、「午後九時一五分ころ、洗濯物をたたもうと思い、厨房から北側廊下を通り、九畳間へ入って一、二分後に、ドカンという音がした。そして、控訴人太郎のガス爆発やという声が聞こえた」と述べているところであり、音を言葉で表現することの難しさを考慮しても、単に表現の違いとも解されず、最初に発生した音がかなり大きな音であった可能性を否定できない。
エ さらに、控訴人太郎は、最初の炎を目撃し、北側廊下の階段下に置かれていた消火器を取りに行く際、本件ガスファンヒーターのすぐ横を通っているが、本件ガスファンヒーターのスイッチを消していないことは、本件ガスファンヒーター以外に火災発生源があったことを窺わせる。
オ 以上のように、控訴人太郎の供述にはいくつかの疑問点が認められる。もちろん、控訴人太郎において、本件火災の状況を目撃したのは一瞬であり、狼狽し、火災の状況を正確に記憶することが困難であることは容易に理解できるところであって、記憶が不正確である、あるいは細部における矛盾や不合理な行動をしたことをとらえて、供述に信用性がないと判断することは相当ではない。しかし、本件においては、こうした点を十分考慮に入れたとしても、控訴人太郎の原審における本人尋問での供述は、基本的な部分でいくつかの疑問点があるといわざるを得ず、全面的に信用することができるものではない。
(3) 次に、技術士鶴岡寛治ほか四名作成の本件意見書(甲35)について検討する。
ア 本件意見書の概要は、次のとおりである。
「本件火災の出火原因として最も可能性が高いのは本件ガスファンヒーターの異常燃焼であり、本件火災発生の機序は、次のように考えるのが最も合理的である。すなわち、当日、推定午後九時ころ、本件ガスファンヒーターのゴム管の接続部又は本件ガスファンヒーターの内部のいずれかの箇所でガス漏洩が発生し、別紙図面記載のとおり、漏洩したガスが、本件ガスファンヒーターの裏面のフィルター部から吸引され、内部のフードCと分流板からなる空間及び燃焼ボックス上部で異常燃焼が発生し、その結果、フードCに取り付けられていたアルミ製スイッチ取付板が溶融し、その垂直部分が脱落し、取り付けていた箇所に孔が開いた。そして、推定午後九時一〇分ころ、ガスはフードC上部と天板との間にも侵入し、上記孔から対流ファンによって内部に引き込まれ、既に内部で異常燃焼していた炎等に着火し、フードCの裏側に本件山状燃焼痕を作りながら燃焼した。これらの異常燃焼の炎が本件ガスファンヒーターの内部で成長し、推定午後九時一五分ころ、対流ファンの気流に乗って、本件ガスファンヒーター前面部の吹き出し口から炎として排出した。これが控訴人太郎が最初に目撃した炎と考えられる。そして、その約一分後に、控訴人太郎が消火器を持って本件ガスファンヒーターを消化しようとした時、本件ガスファンヒーターのゴム管の接続部が外れるなどして、大量のガスが周囲に放出されたため、燃焼が一気に拡大して大きな爆発に至ったと考えられるが、本件ガスファンヒーターの内部のユニット室の空間に漏洩したガスが充満し、爆発濃度に達し、着火爆発した可能性もある。」
イ 確かに、証拠(乙20ないし22、原審における証人胡内宏一郎)によると、被控訴人大阪ガスがリンナイの協力を得て実施した実験によっても、本件ガスファンヒーターと同型のガスファンヒーターの裏面フィルター部からガスを流入させると、ガスファンヒーターの吹き出し口から炎が出たことが認められるが、その実験によると、通常のガスの流入量は一時間当たり0.2立方メートルであるのに、約1.1立方メートルの量のガスを流入することによって、初めて吹き出し口から炎が出たものであることが認められる。もちろん、本件火災時の本件ガスファンヒーターと実験で使用したガスファンヒーターとでは使用状況が異なり、必ずしも一時間当たり1.1立方メートルのガス量を流入しない限り本件ガスファンヒーターの吹き出し口から炎が出ないと判断することは相当ではないが、通常では考えられない相当大量のガスが本件ガスファンヒーターの裏面フィルター部から流入しないことには吹き出し口から炎が出ないことは明らかである。
そして、証拠(乙22、乙28、原審における証人胡内宏一郎)によると、ゴム管の接続部の不具合等で背面フィルター部からかなりの量のガスが本件ガスファンヒーターに流入した場合には、外部にも相当量のガスが漏れること、都市ガスは空気中のガスの濃度が五ないし一五パーセントにある場合に燃焼するが、ガス漏れが発生した場合には、燃焼範囲下限界(五パーセント)の五〇分の一程度の濃度でガスの臭いがすることが認められる。そうすると、当然、本件火災発生直前には本件ガスファンヒーターの周囲ではガスの臭いがするはずであるのに、控訴人らはガスの臭いを全く感じていない。特に、控訴人花子は、本件火災発生の一、二分前に厨房から本件ガスファンヒーターの横を通って九畳間に移動しているのに、ガス漏れに気づいておらず、不合理である。
ウ また、本件意見書は、控訴人太郎が本件ガスファンヒーターの吹き出し口から炎が出ているのがわかってから約一分後、控訴人太郎が消火器を持って消化しようとした時に、ゴム管の接続部が外れるなどして大量のガスが周囲に放出されたため、燃焼が一気に拡大して大きな爆発に至ったと判断しているが、ゴム管の接続部が外れたという証拠がない上に、大量のガスが周囲に放出されたのであれば、この時には、ガスの臭いがすることは当然であるのに(鶴岡寛治も、原審での証人尋問で、この時にはガスの臭いはしたはずであると証言する。)、控訴人太郎はガスの臭いを感じていない。また、本件意見書は、爆発の他の原因として、本件ガスファンヒーターの内部のユニット室の空間に漏洩したガスが充満し、爆発濃度に達した可能性を指摘するが、本件ガスファンヒーター内部の具体的な爆発箇所が明確ではなく、そのことを窺わせる証拠もない。
エ さらに、本件意見書は、本件火災の発端は、本件ガスファンヒーターのゴム管の接続部又は本件ガスファンヒーターの内部のいずれかの箇所でガス漏洩が発生したことによるものと判断しているが、鶴岡寛治は、原審での証人尋問において、いずれについても具体的な漏洩の状況はわからないと証言しているところであり、そもそもいかなる原因でガス漏洩が発生したのかが明らかではない。
オ また、本件意見書は、本件ガスファンヒーターのフードCの裏面に本件山状燃焼痕が存在することを重要な根拠とするものであるが、証拠(乙2、23、29の1ないし3、原審における証人胡内宏一郎)によると、本件ガスファンヒーターの左側の上部から炎が来たとすれば、アルミ製のスイッチ取付板は電装部やファンスイッチよりも上方に位置しているため、最も早く温度上昇し、電装部が正常に作動しているのに、スイッチ取付板が熱により脱落することはあり得ること、スイッチ取付板が脱落した後も電装部が正常なため対流ファンが回っていると、外部の高温の気体を吸い込むことによって、フードCの裏面に山状の燃焼痕が生じ得ることが認められる。そうすると、本件山状燃焼痕が存在することが必ずしも本件ガスファンヒーターから出火、爆発が生じたことの裏付けとなるものではない。
カ 以上からすると、本件意見書は、本件火災の原因の探究につき、一つの可能性として考慮に値するものではあるが、上記のとおり、疑問点や裏付け証拠がない点も見受けられ、全面的に信用することができるというものではない。
(4) 他方、本件火災鎮火後、本件ガスファンヒーターの周り等から、底の抜けたスプレー缶四個が発見され、そのうち一個は「キスカ」という殺虫剤であり、その成分は、約五五パーセントが灯油、約四〇パーセントが液化天然ガスであるため、ガスフアンヒーター等の暖房器具によって加熱すると爆発音とともに破裂し、内容物に着火して火災を引き起こす危険性があること、控訴人花子は、豊中市北消防署消防士長に対し、「ドカンという音がした」と述べていること、また、控訴人花子は、後に否定したため調書には記載されていないが、当初、同消防士長に対し、「天井にも火が移っていた」と供述していたこと(証人丸川健造作成の回答書)など、スプレー缶の爆発に符合する証拠もあり、本件ガスファンヒーターの前にスプレー缶が置かれていたために爆発した可能性をあながち否定することもできない(もっとも、本件火災の原因がスプレー缶の爆発であると認めるに足りるだけの証拠もない。)。
(5) 以上のとおり、控訴人太郎の供述や本件意見書は、全面的に信用することができるというものではなく、他方、スプレー缶の爆発の可能性も否定できないことからすると、結局、本件火災の原因が本件ガスファンヒーターからの出火によるものであると認めることはできず、控訴人らの請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない(なお、控訴人らは、製造物責任法の法理及びその判断手法に基づき、本件火災発生の機序を事実認定した上で、通常使用中に当該製品から出火したかどうかの判断をすべきであると主張するが、上記のとおり、控訴人太郎の供述や本件意見書を全面的に信用することはできず、他に確たる証拠がないため、本件火災発生の機序を認定することができないものである。)。
第4 結論
以上のとおり、控訴人らの請求をいずれも棄却した原判決は正当であり、本件各控訴は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官・太田幸夫、裁判官・川谷道郎、裁判官・大島眞一)
別紙<省略>