大阪高等裁判所 平成13年(ネ)1979号 判決 2002年7月03日
《住所省略》
控訴人
財団法人 阪神・淡路大震災復興基金
同代表者理事
井戸敏三
同訴訟代理人弁護士
岸本昌己
同訴訟復代理人弁護士
村上英樹
《住所省略》
被控訴人
亡A野太郎訴訟承継人 A野花子
同訴訟代理人弁護士
伊賀興一
同
藤原精吾
同
杉原裕臣
同
加納雄二
同
大槻倫子
同
田中史子
同
松井淑子
同
高本知子
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 原判決主文第一項を次のとおり変更する。
控訴人は、被控訴人に対し、金一〇〇万円及びこれに対する平成一一年六月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一当事者の求めた裁判
一 控訴人
(1) 原判決を取り消す。
(2) 被控訴人の請求をいずれも棄却する。
(3) 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
二 被控訴人
主文第一、第三項と同旨
第二事案の概要
一 事案の要旨等
(1) 本件は、被控訴人の亡夫であるA野太郎(以下「太郎」という。)が世帯主として、控訴人に対し、阪神・淡路大震災(以下「大震災」という。)に伴う復興事業の一つである被災者自立支援金制度(以下「本件自立支援金制度」という。)に基づく自立支援金の支給の申請をしたところ、同制度実施要綱(以下「本件要綱」という。)に定める「世帯主が被災していること」という要件(以下「世帯主被災要件」という。)が満たされていないとして、その申請を却下されたことに関し、控訴人による控訴提起後に太郎の死亡に伴い相続人となった被控訴人が、控訴人に対し、次の請求をする事案である。
ア 主位的請求(贈与契約に基づく金員請求)
本件自立支援金制度に基づく自立支援金の支給は、控訴人の申請者に対する贈与という性質を有するものであるところ、世帯主被災要件は憲法一四条一項の平等原則ないし公序良俗に違反する無効なものであるから、そのほかの要件を満たしている太郎と控訴人との間では贈与契約が成立していると主張して、贈与契約に基づき、本件要綱の定める基準に基づく自立支援金一〇〇万円及びこれに対する弁済期の経過後である平成一一年六月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
イ 予備的請求(不法行為による損害賠償請求)
上記のとおり、世帯主被災要件は憲法一四条一項の平等原則ないし公序良俗に違反する無効なものであり、また、被災者生活再建支援法(平成一〇年法律第六六号。以下「支援法」という。)に違反する違法なものであるから、控訴人が本件要綱に世帯主被災要件を定め、太郎による自立支援金の支給申請を却下したことは、太郎の自立支援金受給権を侵害したものであり、これは不法行為に該当すると主張して、不法行為による損害賠償請求権に基づき、本件要綱の定める基準に基づく自立支援金相当額一〇〇万円及びこれに対する不法行為の後である平成一一年六月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(2) 原審は、太郎の主位的請求を認容した。
そこで、控訴人は、控訴を提起して、前記第一の一のとおりの裁判を求めたものである。
(3) 太郎は、控訴人による控訴提起後の平成一三年六月四日に死亡した。その相続人は、太郎の兄弟姉妹と被控訴人(妻)であったところ、同年八月二七日に相続人間で遺産分割協議が行われた結果、被控訴人が本件自立支援金に関する権利を単独で相続することが合意された。
二 基本的事実関係(証拠等を掲げた部分以外は当事者間に争いがない。)
(1) 大震災の発生
平成七年一月一七日午前五時四六分、淡路島北部を震源とする大震災(阪神・淡路大震災)が発生し、甚大な人的被害と家屋の倒壊・焼失、都市基盤の損壊、商業・業務の停滞といった様々な被害をもたらした。
(2) 控訴人の設立等
ア 設立
控訴人は、平成七年四月一日、阪神・淡路大震災からの早期復興のための各般の取組を補完し、被災者の救済及び自立支援並びに被災地域の総合的な復興対策を長期・安定的、機動的に進め、災害により疲弊した被災地域を魅力ある地域に再生させることを目的として、兵庫県及び神戸市により、民法上の財団法人として設立された。
イ 事業内容
控訴人が行う事業は、次のとおりである。
(ア) 被災者の生活の安定・自立及び健康・福祉の増進を支援する事業
(イ) 被災者の住宅の再建等住宅の復興を支援する事業
(ウ) 被害を受けた中小企業者の事業再開等産業の復興を支援する事業
(エ) 被害を受けた私立学校の再建等教育・文化の復興を支援する事業
(オ) 前各号に掲げるもののほか、被災地域の早期かつ総合的な復興に資する事業
ウ 事業財産
(ア) 基本財産
控訴人の基本財産(資産総額)は二〇〇億円であり、兵庫県と神戸市は、控訴人の設立に当たり、兵庫県が一三三億三〇〇〇万円を、神戸市が六六億七〇〇〇万円をそれぞれ予算から支出した。
(イ) 運用財産
控訴人の行う事業は、兵庫県と神戸市がそれぞれ二対一の割合により無利子で控訴人に貸し付けた長期貸付金八八〇〇億円(当初は五八〇〇億円で、平成九年三月に三〇〇〇億円の追加貸付けが行われた。)を運用財産として、その運用益等により実施されている。
なお、上記の長期貸付金については、地方債の発行が許可され、五〇〇〇億円に係る利子負担については国から交付税措置がとられた。そして、支援法の制定された後(平成一〇年五月二二日公布、同年一一月六日施行)、本件自立支援金制度が創設される際、上記の追加貸付金三〇〇〇億円に係る利子負担について国の交付税措置が当初の五年から更に四年間延長された。
エ 役職員と事務局
(ア) 役員
控訴人の理事は合計一二名であり、その理事長、副理事長は、それぞれ兵庫県知事、神戸市長の職にある者と定められており、他の理事は、兵庫県副知事(三名)、兵庫県阪神・淡路大震災復興本部総括部長、神戸市助役(三名)、神戸市震災復興本部総括局長、西宮市長及び常務理事であり、いずれも兵庫県、神戸市又は西宮市の行政の要職にある者が就任している。
(イ) 職員
控訴人の事務局の職員は、平成一一年度当時、常務理事を含めて一二名であり、うち六名が兵庫県からの出向者、三名が神戸市からの出向者であり、その余の三名は控訴人が自ら採用した者であったが、現在は、合計一三名となっている。
(ウ) 事務局
控訴人の事務局は、設立以来、兵庫県庁一号館の一室にある。
オ 広報活動
控訴人の行う事業については、控訴人自ら広報活動を行うほか、兵庫県と神戸市等の兵庫県下の各市町がパンフレット等(神戸市の「広報こうべ」等)を作成して広報活動を行っている。
(3) 生活再建支援金制度と被災中高年恒久住宅自立支援制度(以下「旧二制度」という。)の創設
ア 生活再建支援金制度
控訴人は、生活安定・自立支援事業として、まず、生活再建支援金制度を創設し、同制度は平成九年四月一日から実施された。同制度は、大震災により被災した高齢者や要援護世帯に対し、仮設住宅等から恒久住宅へ移転した後、生きがいのある自立した生活再建ができるよう支援するための支援金を支給することを目的とする制度である。
対象世帯としては、①移転期間(大震災の日〔平成七年一月一七日〕から平成一二年三月三一日まで)内に恒久住宅に入居した世帯であること、②昭和七年四月二日までに生まれた者が世帯主の世帯で当該世帯主が罹災していること(この場合は要援護世帯であることを要しない。)、又は平成九年四月一日までに要援護世帯となった世帯で要援護者若しくは要援護者を援護する世帯の世帯主のいずれかが被災していること、③住家が全壊(焼)の判定を受けた世帯又は半壊(焼)の判定を受け当該住家を解体した世帯であること、④住民税(所得割)又は所得税が非課税である世帯であることが要件とされた。
生活再建支援金は、世帯の区分に応じて定められた月額によって支給され、支給期間は、上記の対象世帯の要件すべてを満たすことを条件として、申請月から五年以内とされた。支給額は、恒久住宅への移転経費、敷金、生活必需品購入費、かつてのコミュニティと交流する等のための交通費、通信費を基礎に積算するものとされた。
イ 被災中高年恒久住宅自立支援制度
控訴人は、次に、被災中高年恒久住宅自立支援制度を創設し、同制度は平成九年一二月一日から実施された。同制度は、被災中高年の恒久住宅への円滑な移行とその自立を支援するための支援金を支給することを目的とする制度である。この制度は、アの生活再建支援金制度を高齢者世帯及び要援護世帯以外にも拡充し、同時に要援護世帯の範囲を広げたものといえる。
対象世帯としては、①移転期間(生活再建支援金の場合と同じ。)内に恒久住宅に移転した世帯であること、②昭和二七年一二月二日までに生まれた者が世帯主の世帯で当該世帯主が被災していること又は平成一二年四月一日までに要援護世帯となった世帯で要援護者若しくは要援護者を援護する世帯の世帯主のいずれかが被災していること、③住家が全壊(焼)の判定を受けた世帯又は半壊(焼)の判定を受け当該住家を解体した世帯であること、④同一世帯に属する者の総所得金額の合計額が五〇七万円以下であることが要件とされた。
被災中高年自立支援金は、世帯の区分に応じて定められた月額によって支給され、支給期間は、上記の対象世帯の要件すべてを満たすことを条件として、申請月から二年以内とされた。そして、支給額は、恒久住宅への移転経費、敷金、生活必需品購入費を対象として、銀行から借入れした場合の利子相当額を基礎に積算するものとされた。
(4) 支援法の制定等
ア 支援法の制定
(ア) その後、大震災の発生とその甚大な被害を契機として、支援法(被災者生活再建支援法)が制定されるに至った。支援法は、平成一〇年五月二二日に公布され、同年一一月六日から施行された。
(イ) 支援法は、自然災害によりその生活基盤に著しい被害を受けた者であって経済的理由等によって自立した生活を再建することが困難なものに対し、都道府県が相互扶助の観点から拠出した基金を活用して被災者生活再建支援金を支給するための措置を定めることにより、その自立した生活の開始を支援することを目的とする法律である。
支援法は、自然災害により住宅が全壊等した世帯の世帯主に対し、自立した生活を開始するために必要な経費(被災世帯の生活に通常必要な物品の購入費又は修繕費、移転経費等)に充てるものとして、被災者生活再建支援金の支給を行うものとしており、同支援金として、世帯区分に応じ、原則としてその居住する住宅に被害が発生した日を基準として、世帯主の年齢区分及び同一世帯の収入合計額の区分に応じ、三七万五〇〇〇円から一〇〇万円が支給される。
イ 附帯決議
支援法は、大震災(阪神・淡路大震災)で被災した者には遡及適用されなかったため、平成一〇年四月二二日に参議院の、同年五月一四日に衆議院の各災害特別委員会において、それぞれ、大震災の被災者の実情にかんがみ、「本法の生活支援金に(概ね)相当する程度の支援措置が講じられるよう国は必要な措置を講ずること」との附帯決議がされた(以下「附帯決議」という。)。
(5) 本件自立支援金制度
ア 創設
(ア) 控訴人は、上記の附帯決議の趣旨を踏まえ、本件自立支援金制度の創設を企図し、兵庫県及び被災市町との協議を経た上、控訴人の常務理事が事業計画を議案として提出することを決裁し、同議案が第二〇回理事会(寄附行為二六条二項所定の書面表決による。)の資料として提出され、平成一〇年六月四日、同書面表決により理事全員の承認を得て議決された。
この事業計画は、本件自立支援金制度をもって、控訴人の寄附行為四条一項一号の事業(被災者の生活の安定・自立等を支援する事業)の拡充として、支援法の附帯決議を受けて旧二制度を拡充するものと位置づけており、その具体的内容として、対象世帯及び支給額(被災・所得・年齢の各要件及び区分に応じた支給額、その支給額を支援法と同程度に拡充する。)、支給方法(分割支給又は一括支給の選択ができる。)、支給時期、既受給者への対応等を定め、対象世帯数を一三万四〇〇〇世帯、総事業費を一二五〇億円と見込んでいた。
(イ) 本件自立支援金制度は、支援法の附帯決議及び旧二制度の趣旨を踏まえ、被災者の生きがいのある自立生活の再建を支援するために自立支援金を支給する制度である。
(ウ) 本件自立支援金制度は、平成一〇年七月一日から実施され、これに従って旧二制度は同年六月三〇日限りで廃止された。ただし、同年八月については、旧二制度に基づいて自立支援金を支給することとされた。
イ 運用に関する規定
(ア) 本件自立支援金制度は、本件要綱及び同制度の実施に関して必要な事項を定めた被災者自立支援金制度取扱要領(以下「本件取扱要領」という。)により運用されている。
本件要綱と本件取扱要領は、いずれも控訴人事務局の職員が前記の事業計画に基づいて兵庫県及び被災市町と協議の上で起案し、常務理事の決裁により決定されたものである。
(イ) 本件要綱
本件要綱には、次のような規定がある(甲一三、乙一。ほぼ原文のまま)。
(目的)
第一条 この要綱は、財団法人阪神・淡路大震災復興基金(以下、「財団」という。)が、「被災者生活再建支援法」の附帯決議並びに従前の生活再建支援金制度及び中高年恒久住宅自立支援制度の趣旨を踏まえ、被災者の生きがいある自立生活の再建を支援するため、被災者自立支援金の支給に関し、必要な事項を定めることを目的とする。
(定義)
第二条 この要綱において、次の各号に掲げる用語の意義は、それぞれ当該各号に定めるところによる。
(1) 恒久住宅:応急仮設住宅、旧避難所等以外で住所要件を備える住宅をいう。
(2) 移転期間:震災の日から平成一二年三月三一日までの期間をいう。
(3) 要援護世帯:要介護老人世帯、母子世帯、父子世帯、両親のいない児童世帯、重度障害者世帯、生活保護世帯、特定疾患患者世帯、公害認定患者世帯及び原爆被爆者世帯で、別表一「要援護世帯の範囲」に該当する世帯をいう。
(なお、上記の「別表一」は別紙一のとおりである。)
(4) 住家:生活の本拠としていた一つの住宅をいう。
(5) 従前居住地:震災当時住んでいた住家の住所地であり、罹災証明書に記載されている住所をいう。
(6) 交流経費加算対象地域:別表二「交流経費加算対象基準」に該当し、交流経費を加算する地域をいう。
(なお、上記の「別表二」は省略する。)
(7) 世帯及び世帯主:住民票に記載された世帯及び世帯主をいう。
(8) 全壊(焼)半壊(焼)世帯:県内で住家が全壊(焼)半壊(焼)した世帯で県内の市町が判定した罹災証明書の発行を受けた世帯をいう。
(9) 被災市町:県内で災害救助法の適用された市町をいう。
(対象世帯)
第三条 被災者自立支援金の支給対象世帯は、次の各号の要件をすべて満たす世帯(以下、「対象世帯」という。)とする。
(1) 世帯主が被災していること、又は平成一〇年七月一日に要援護世帯である世帯の要援護者若しくは要援護者を援護する世帯主のいずれかが被災していること。
(2) 住家が全壊(焼)の判定を受けた世帯、又は半壊(焼)の判定を受け当該住家を解体した世帯であること。
(3) 同一世帯に属する者全員の総所得金額の合計額が、次表の左欄に掲げる区分に応じ右欄に掲げる金額以下の世帯、又は平成一〇年七月一日に六二歳以上の者(昭和一一年七月二日までに生まれた者)が世帯主の世帯で同一世帯に属する者全員の住民税(所得割)若しくは所得税が非課税の世帯であること。ただし、前段の規定にかかわらず、要援護世帯にあっては、同一世帯に属する者全員の総所得金額の合計額が六、〇〇〇千円以下の世帯、又は同一世帯に属する者全員の住民税(所得割)若しくは所得税が非課税の世帯であること。
(なお、上記の「次表」は、別紙二のとおりである。)
(認定申請)
第四条 被災者自立支援金の支給を受けようとする者は、被災者自立支援金認定申請書(様式第一号)に必要事項を記入し、関係書類を添えて罹災証明書の発行を受けた被災市町に申請するものとする。
2 申請は、世帯主が行うものとする。
3 (省略)
(対象世帯の認定)
第五条 被災市町は、前条の申請を受理したときは速やかに審査を行い、第三条の要件をすべて満たし、かつ移転期間内に恒久住宅に移転したことを確認したときは、認定し、被災者自立支援金認定通知書(様式第二号)を申請者に送付するものとする。
2 被災市町は、前項の審査により、第三条の要件を満たさないものであるときは、被災者自立支援金却下通知書(様式第三号)を申請者に送付するものとする。
3 被災市町は、世帯構成、住所について平成一〇年七月一日で認定する。ただし、同日以降申請のあった者で事情により変更のあった場合には、申請時点で認定するものとする。
(支給額及び支給方法)
第六条 被災市町は、申請者の選択に応じ、認定を受けた対象世帯に対し、表一又は二のA欄に掲げる区分に応じて定まるB欄の月額をC欄に掲げる支給期間にわたり分割で支給する方法(以下「分割支給」という。)又はA欄に掲げる区分に応じて定まるD欄の額を一時に支給する方法(以下「一括支給」という。)により支給するものとする。
(なお、上記の「表一」及び「表二」は、別紙三のとおりである。)
2 (省略)
3 被災者自立支援金の支給は、口座振込の方法によることとし、あわせて被災市町は被災者自立支援金支払通知書(様式第四号)を送付するものとする。
(支給時期)
第七条 被災市町は、分割支給における初回の支給及び一括支給の場合については、一一月、二月、五月、八月(以下、「支給月」という。)、分割支給における二回目以降の支給の場合については、二月、八月に対象世帯に被災者自立支援金を支給するものとする。なお、被災市町は、財団及び県と協議の上、支給時期を別に設けることができるものとする。
(資金の交付)
第八条 被災者自立支援金の交付を受けようとする被災市町は、被災者自立支援金交付依頼書(様式第五号)に、被災者自立支援金認定通知書(写)、支給対象者名簿及び支給金額明細(様式第六号)、被災者自立支援金交付依頼額明細(様式第六号の二)を添付のうえ、支給月の前月の一五日までに県に提出するものとする。
2 県は、前項の交付依頼書の提出があったときは、支給月の前月の二〇日までに財団に提出するものとする。
3 財団は、前項の交付依頼書に基づいて、原則として支給月の前月末までに資金を被災市町に交付するものとする。
4 財団は、被災市町が前条後段の規定により支給時期を別に設けた場合、資金の交付等の手続を別に定めるものとする。
(市町への事務委託)
第一六条 財団は、この要綱の規定に基づく事務を被災市町に委託し、被災市町は当該市町名により事務を執行するものとする。
2 財団は、被災市町との間に、前項の事務の執行及び経費負担に関する協定を締結するものとする。
3 財団は、前項に規定する協定に基づき、被災市町に対し、予算の範囲内で当該事務に要する経費を負担するものとする。
(市町の調査等)
第一七条 被災市町は、この要綱に規定する事務を執行するにあたり、書類審査を行うほか、必要に応じ、対象世帯に対する課税状況、戸籍、住民基本台帳の調査、現地調査、関係者聴取等を行うものとする。
(報告及び調査)
第一八条 財団は、この制度の適正な運営を図るため、県及び被災市町並びに対象世帯に対して、必要があると認めるときは報告を求め、又は調査を行うことができるものとする。
(被災市町に対する指導監督)
第一九条 財団及び県は、被災市町に対し、この要綱の適正な施行のために必要に応じて、勧告、助言又は援助を行うことができるものとする。
(その他)
第二一条 この要綱に定めるもののほか、制度の実施に関して必要な事項は、財団が別に定めるものとする。
(ウ) 本件取扱要領
本件取扱要領には、次のような規定がある(ほぼ原文のまま)。
(趣旨)
第一 この要領は、被災者自立支援金制度実施要綱(以下、「要綱」という。)第二一条の規定により、必要な事項を定める。
(認定申請)
第二 要綱第四条第一項及び第二〇条第一項の被災者自立支援金認定申請書(様式第一号)に添付する関係書類は、次の各号に掲げるものとし、被災者自立支援金の支給を受けようとする者は、被災市町に郵送又は持参により申請するものとする(別表一)。
(1) 罹災証明書
(2) 恒久住宅入居(移転)後の住所地の世帯全員の住民票
(外国人にあっては、外国人登録済証明書)
(3) 恒久住宅に入居(移転)していることを確認できる書類
(4) 世帯全員について、市町の発する直近年の課税(所得)証明書
(なお、市町の発行する課税(所得)証明書の所得割が課税されている場合、税務署の発行する直近の納税証明書)
(5) 預金通帳の写し
(なお、上記の「別表一」は、別紙四のとおりである。)
2及び3 (省略)
(受給者台帳の整備)
第三 被災市町においては、被災者自立支援金受給者台帳(様式第一号(取扱要領))(以下、「受給者台帳」という。)を備えつけるものとし、使用に便宜な方法により管理するものとする。
(対象世帯の認定等)
第四 被災市町は、要綱第五条第一項並びに第二〇条第二項及び第四項の審査にあたり、事実関係等を明確にするため、書類の提出を求めるほか、必要があるときは、対象世帯に対する課税状況、戸籍、住民基本台帳の調査、現地調査、関係者聴取等を行うものとする。
2 対象世帯を認定した場合には、受給者台帳に所要の事項を記入するものとする。
(世帯分離・転出・世帯主の変更)
第五 被災市町は、平成一〇年七月一日以降に世帯分離、転出及び世帯主の変更があるときは、その理由を明らかにした申立書(様式第二号、様式第二号の二及び様式第三号(取扱要領))を添付させるものとする(別表四)。
2 被災市町は、前項の申立書等の審査により、世帯分離、転出及び世帯主の変更が被災者自立支援金の支給を目的としたことが明らかであるときは、申請を却下するものとする。
(なお、上記の「別表四」には、「世帯分離、転出及び世帯主の変更に添付する書類」として「申立書」、その「説明」として「平成一〇年七月一日以降に世帯分離、転出及び世帯主の変更がある場合に提出すること」と記載されている。)
ウ 被災市町に対する支給事務の委託
(ア) 控訴人は、個々の自立支援金の支給事務は、県で行うよりも各市町で行う方がより実態を把握した上で適切な支給を行うことができるという理由から、自立支援金の支給事務を被災市町に委託することとし、本件要綱一六条を定めた。
(イ) 控訴人は、本件要綱一六条に基づき、平成一〇年七月二一日、神戸市との間で、「被災者自立支援金制度の実施に係る協定」を締結し、同協定において、控訴人は、神戸市に対し、次の事務を委託した。
a 対象者世帯の認定、要件変更及び要件喪失に係る事務
b 本件自立支援金の支給、返還及び追給に係る事務
c 死亡確認に係る事務
d その他前各号に掲げるほか、本制度の実施に必要と認められる事務
控訴人は、神戸市以外の被災市町との間においても、上記と同様の協定を締結した。
エ 法律的性質
本件自立支援金制度に基づく自立支援金の支給は、控訴人の受給者に対する贈与という性質を有するものである(争いがない。)。
オ 不服申立手続
本件要綱その他においては、自立支援金の支給申請が却下された場合における申請者の不服申立手続は規定されていない。
(6) 被控訴人の大震災被災と本件に至る経過
ア 被控訴人の大震災被災等
(ア) 被控訴人(昭和一四年三月一一日生。被災当時の氏名はB山花子は、平成七年一月一七日当時、神戸市長田区内のアパート「C川」に居住していて大震災に被災したが、その際、一人暮らしで世帯主であった。
被控訴人は、ケミカルシューズ工場で針子として働いて収入を得て生活していたが、大震災によって職を失った。
(イ) 大震災により被控訴人が居住していたアパートは全壊し、被控訴人は、平成七年二月一〇日、神戸市長田区長から、住宅が全壊した旨のり災証明書の交付を受けた。
イ 被控訴人と太郎の婚姻等
(ア) 被控訴人は、その後神戸市内の仮設住宅に住み、次いで岡山市の公営住宅に移って生活保護を受けて生活し、更に平成八年七月ころ姫路市の仮設住宅に移り住んだ。被控訴人は、姫路市の仮設住宅に住んでいた当時、兵庫県揖保郡太子町に住んでいた太郎(昭和一五年一月二九日生)と知り合い、平成九年三月ころ太子町に移って太郎と同居するようになった。
そして、被控訴人と太郎は、平成九年一一月二一日に婚姻し、太郎の氏A野を称し、太郎を筆頭者とする戸籍に入籍した。
なお、太郎は、大震災に被災していなかった。また、太郎は、持ち家を取得し、被控訴人は、婚姻により、太郎の持ち家に住むことになったものである。
(イ) 被控訴人は、太郎との婚姻に当たり、太郎の住所で同居し、特に深く考えることなく、太郎を世帯主とする住民登録をした。
ウ 被控訴人による自立支援金の支給申請と却下通知
(ア) 前記のとおり、本件自立支援金制度は、平成一〇年七月に実施されたが、被控訴人は、神戸市の広報紙などで本件自立支援金のことを知り、支給を受けたいと考えた(なお、被控訴人が見た上記神戸市の広報紙等では、自立支援金の支給を受けるには世帯主が被災者であることが必要であることは明らかではなかった。また、《証拠省略》〔被災者自立支援金制度Q&A。控訴人側の内部のマニュアル〕には記載されているが、《証拠省略》〔広報紙その他〕でも、この点は必ずしも明示されていない。)。
そして、被控訴人と太郎は、自立支援金の支給を申請するため、平成一〇年七月一〇日、同一住所で住民票上の世帯主を被控訴人に変更し、被控訴人は、控訴人に対して自立支援金の支給を申請した。
ところが、控訴人(被災者自立支援金の係)は、同年一〇月ころ、世帯主変更による申立書では、被控訴人が世帯の生計を維持しているとされているが、添付された健康保険証では被控訴人が太郎の被扶養者となっているため、被控訴人が世帯の生計を維持していることの確認がとれないので自立支援金の対象にはならないとして、申請書を被控訴人に返却した。
(イ) 被控訴人は、平成一〇年一一月、再び自立支援金の支給を控訴人に申請した。ところが、控訴人(被災者自立支援金の係)は、被控訴人に対し、平成一一年一月八日付けで、太郎の平成八年分又は被控訴人及び太郎の平成九年分の所得証明書と被控訴人が世帯の生計を維持していることが証明できる書類が不足しているとして、書類不備通知書を送付し、次いで同月二八日付けで、上記不備通知書で通知した書類が届いていないとして、自立支援金却下通知書を送付した。
エ 太郎による自立支援金の支給申請と却下通知
(ア) 被控訴人と太郎は、金融機関から住宅ローンを借り入れる関係で、平成一〇年一二月二日、同一住所で住民票上の世帯主を再び太郎に変更した。
(イ) 太郎は、平成一一年三月二九日、被控訴人のり災証明書、太郎の町民税・県民税課税台帳記載事項証明書、被控訴人の所得証明書及び代理人弁護士伊賀興一(本件訴訟代理人)作成の意見書を添付の上、本件要綱六条一項の「表一」(別紙三)にいう「複数世帯」として、自立支援金の支給を控訴人に申請した。
(ウ) 控訴人(被災者自立支援金の係)は、平成一一年四月二二日付けで、「太郎の被災状況が分かるり災証明書及び太郎名義の預金通帳のコピーが不足しているので早急に郵送してください。同年五月六日までに必要書類が届かなかった場合は「却下扱い」とさせていただきます。」旨を記載した書類不備通知書を太郎に送付した。
(エ) 控訴人(被災者自立支援金の係)は、平成一一年五月一九日付けで、上記の書類不備通知書に記載した必要書類が同月一四日現在届いていないため、支給要件を満たしておらず、自立支援金を支給できないとして、自立支援金却下通知書を太郎に送付した。
オ 太郎に関する支給要件の充足性等
(ア) 太郎(昭和一五年一月二九日生)は、平成一〇年七月一日の時点で五八歳であり、本件要綱三条(3)号の「次表」(別紙二)の左欄「世帯主の年齢」が「平成一〇年七月一日に四五歳以上六〇歳未満(昭和一三年七月三日以降昭和二八年七月二日までに生まれた者)」に該当していた。
(イ) また、太郎の平成九年の所得は三三一万九二〇〇円で、被控訴人の同年の所得は零円であったから、太郎の世帯に属する者全員の総所得金額の合計額は、同表右欄「総所得金額」欄の「五、一〇〇千円」以下に該当していた。
(ウ) そして、太郎世帯の上記総所得金額の合計額は三四六万円以下に該当していたから、太郎が自立支援金の支給要件をすべて満たすとすると、前記のとおり、本件要綱六条一項の「表一」(別紙三の上段)の区分(A)「同一世帯に属する者全員の総所得金額の合計額が三四六万円以下の世帯」の「複数世帯」に該当し、(D)欄の「一、〇〇〇千円」を支給されることになる。
(エ) しかし、太郎自身は、大震災に被災していないため、世帯主被災要件を満たしていない。
カ 被控訴人による太郎の地位の承継
前記のとおり、太郎は、平成一三年六月四日に死亡した。その相続人は、同人の兄弟姉妹と被控訴人であったところ、同年八月二七日に相続人間で遺産分割協議が行われた結果、被控訴人が本件自立支援金に関する権利を単独で相続することが合意された。
三 争点
(1) 主位的請求(贈与契約に基づく金員請求)の争点
ア 太郎が自立支援金の支給を申請したことにより、太郎と控訴人との間で贈与契約が成立したといえるか。
イ 控訴人は、世帯主被災要件を満たさない太郎による自立支援金の支給申請を却下できるか。すなわち、世帯主被災要件は憲法一四条一項の平等原則ないし公序良俗に違反する無効なものであるか。また、世帯主被災要件が無効なものである場合、贈与契約の成立が擬制されるか。
(2) 予備的請求(不法行為による損害賠償請求)の争点
控訴人が本件要綱に世帯主被災要件を定めたことは、太郎の自立支援金受給権を侵害したものか。すなわち、世帯主被災要件は憲法一四条一項の平等原則ないし公序良俗に違反する無効なものであり、また、支援法に違反する違法なものであるか。
四 主位的請求(贈与契約に基づく金員請求)の争点ア(太郎が自立支援金の支給を申請したことにより、同人と控訴人との間で贈与契約が成立したといえるか。)に関する当事者の主張
(1) 被控訴人の主張
控訴人による本件自立支援金制度の広報は、支給対象者に対する贈与の申込みの意思表示であり、支給対象者による自立支援金の支給申請は、これに対する承諾の意思表示であるから、太郎が自立支援金の支給を申請したことにより、同人と控訴人との間で贈与契約が成立したといえる。その理由は、次のとおりである。
ア 控訴人及び本件自立支援金制度の公的性格について
(ア) 控訴人は、前記のような設立の経緯と目的、事業内容、事業財産からして、その実質は、兵庫県若しくは神戸市と同視しうる団体又はそれらの指示により公金を保管し、その指示に基づき公金を支出するいわゆる金庫としての役割しか認められない団体であり、行政庁そのものといっても過言ではない。
(イ) 前記のとおり、本件自立支援金制度は、大震災後に制定された支援法の附帯決議を踏まえ、大震災の被災者に対し、支援法に相当する程度の支援措置を図るため創設されたものであり、支援法の生存権保障の一翼を担う高度に公的な性質をもったものである。
イ 控訴人に対する公金委託の趣旨について
前記のとおり、控訴人の事業財産である基本財産と運用財産は、いずれも兵庫県と神戸市がそれぞれ二対一の割合で負担したものであり、運用財産たる長期貸付金の利子負担については、国の交付税措置がとられたものである。したがって、控訴人の事業財産は、被災者の救済及び自立支援という目的のため、兵庫県、神戸市及び国から公金を委託されたものであり、控訴人は、この委託の趣旨に沿って、被災の程度に応じて公平・平等に自立支援金を支給すべき義務を負うものである。
ウ 兵庫県及び神戸市による広報と市民の信頼について
前記のとおり、兵庫県及び神戸市等の兵庫県下の各市町は、パンフレット等を作成し、本件自立支援金制度の広報を行っており、本件自立支援金の支給要件は市民に周知・徹底されていたため、市民は、広報された支給要件を満たす者は当然に自立支援金の支給を受けられるものとの信頼を抱いた。このような信頼関係を築いたことからすれば、控訴人は、広報された支給要件に該当する者から自立支援金の支給申請を受けた場合、その支給を拒むことはできないというべきである。
(2) 控訴人の主張
ア 控訴人による本件自立支援金制度の広報は、贈与契約の申込みの誘因にすぎず、支給対象者による自立支援金の支給申請が贈与の申込みの意思表示であり、控訴人による支給要件具備の認定通知がこれに対する承諾の意思表示である。
そして、太郎に対しては支給要件具備の認定通知がされていないから、太郎と控訴人との間で贈与契約が成立したとはいえない。その理由は、次のとおりである。
(ア) 控訴人に対する公金委託の趣旨について
本件自立支援金制度は、兵庫県及び被災市町との協議を経て、控訴人の寄附行為に定める適正な手続に基づき、控訴人の理事会において事業計画を決定し、同計画に沿って本件要綱を制定した上実施しているものであって、控訴人固有の事業であり、控訴人が兵庫県、神戸市又は国から委託を受けて実施している事業ではない。
これに対し、被控訴人は、控訴人の事業財産は、被災者の救済及び自立支援という目的のために兵庫県、神戸市及び国から公金を委託されたものであり、控訴人は、この委託の趣旨に沿って、被災の程度に応じて公平・平等に自立支援金を支給すべき義務を負う旨主張するが、上記のとおり、本件自立支援金制度は、控訴人固有の事業であり、兵庫県、神戸市又は国から委託を受けて実施している事業ではないし、兵庫県及び神戸市が控訴人の事業財産を負担している趣旨は、控訴人の設立者として、控訴人が寄附行為に基づき活動できるように財源を措置したものにすぎず(また、前記のとおり、国は、運用財産たる長期貸付金の利子負担について交付税措置をとっているにすぎない。)、控訴人に公金を委託したものではない。
(イ) 支給要件の設定権限について
前記のとおり、本件自立支援金制度に基づく自立支援金の支給は、控訴人の受給権者に対する贈与という性質を有するものであるところ、上記(ア)からすれば、控訴人が定めた実体的及び手続的な支給要件が満たされて贈与契約が成立したときに、初めて同契約に基づく申請者の控訴人に対する具体的な自立支援金支給請求権が発生するというべきであり、上記の支給要件は、贈与契約を成立させるための条件であるから、専ら支給者(贈与者)である控訴人の定めるところによるべきものである。
しかるところ、前記のとおり、控訴人が対象世帯の認定を含めた自立支援金の支給事務を被災市町に委託しているため、被災者が被災市町に自立支援金の支給を申請し、被災市町が控訴人の定めた支給要件を満たしているか否かを審査し、支給要件を具備するものと認定し、認定通知書を申請者に送付することにより、申請者の控訴人に対する具体的な自立支援金支給請求権が発生するものであり、逆に、被災市町が支給要件を具備しないものとして却下することにより、自立支援金支給請求権の発生が否定されるものである。
そして、前記のとおり、太郎の場合には、世帯主被災要件を満たさず、自立支援金支給要件具備の認定通知書が送付されていないから、贈与契約の承諾の意思表示がなく、同契約は成立していないこととなる。
イ なお、仮に、被控訴人の主張するように、控訴人による本件自立支援金制度の広報が支給対象者に対する贈与の申込みの意思表示であり、支給対象者による本件自立支援金の支給申請がこれに対する承諾の意思表示であるとしても、自立支援金の贈与契約が成立するのは、申請者が世帯主被災要件を始めとする支給要件を満たす場合に限られるから、太郎が世帯主被災要件を満たしていない以上、太郎と控訴人との間で贈与契約が成立したといえないことに変わりはない。
五 主位的請求(贈与契約に基づく金員請求)の争点イ(控訴人は、世帯主被災要件を満たさない太郎による自立支援金の支給申請を却下できるか。すなわち、世帯主被災要件は憲法一四条一項の平等原則ないし公序良俗に違反する無効なものであるか。また、世帯主被災要件が無効なものである場合、贈与契約の成立が擬制されるか。)に関する当事者の主張
(1) 被控訴人の主張
世帯主被災要件は憲法一四条一項の平等原則ないし公序良俗に違反する無効なものであるから、控訴人は、世帯主被災要件を満たさない太郎による自立支援金の支給申請を却下することはできず、したがって、同人と控訴人との間で贈与契約が成立したというべきである。以下、詳述する。
ア 一般論(本件自立支援金制度の性格等)
控訴人は、本件自立支援金制度について、憲法一四条一項の平等原則に基づいて自立支援金を支給する義務を負い、これに反して自立支援金の支給申請を却下することはできず、これを却下することは公序良俗に反するものである。その理由は、次のとおりである。
(ア) 控訴人及び本件自立支援金制度の公的性格について
前記四(1)アのとおりである。
(イ) 控訴人に対する公金委託の趣旨について
前記四(1)イのとおりである。
(ウ) 本件自立支援金制度の趣旨(旧二制度及び支援法との関係)について
a 本件自立支援金制度は、支援法の附帯決議を踏まえ、大震災の被災者に対し、支援法に相当する程度の支援措置を図るため創設されたものである。
すなわち、前記のとおり、支援法は、自然災害によりその生活基盤に著しい被害を受けた者であって経済的理由等によって自立した生活を再建することが困難な者に対し、都道府県が相互扶助の観点から拠出した基金を活用して被災者生活再建支援金を支給するための措置を定めることにより、その自立した生活の開始を支援することを目的とするものであり、自然災害により住居を失い、収入が基準額以下である者すべてを支援の対象とするものである。
そして、支援法は、「都道府県は、当該都道府県の区域内において被災世帯となった世帯のうち次の各号に掲げるものの世帯主に対し、」被災者生活再建支援金の支給を行うものと規定し(三条)、上記にいう「被災世帯」とは、「政令で定める自然災害により、その居住する住宅が全壊した世帯その他これと同等の被害を受けたと認められる世帯として政令で定めるものをいう。」と規定している(二条二号)。これらの規定からすれば、「被災」を要件としているのは「世帯」についてであって、「世帯主」が被災していなければならないということまでは規定されておらず、同法施行令や施行規則を含めて、世帯主被災要件は規定されていない。
もっとも、支援法三条は、「世帯主に対し」被災者生活再建支援金の支給を行うと規定し、同法施行規則九条一項は、被災者生活再建支援金の支給は「被災世帯の世帯主の申請に基づき行うものとする。」と規定しているが、これはいわば被災世帯構成員の代表として世帯主に申請資格を与えたものにすぎない。すなわち、世帯主のみが生活再建支援金の受給権者であるということではなく、受給権を有しているのは「被災世帯」の世帯構成員全員であるが、申請資格を世帯の代表としての世帯主に与えたものにすぎない。
したがって、本件自立支援金制度は、生活の共通基盤たる世帯を単位として使途を定めない相当程度の支援金を支給することにより世帯に属する個々の被災者を救済することを目的としたものであり、旧二制度を事実上拡充したものであるとしても、これらの制度とは質的に異なる全く新しい公的支援制度として、創設されたものというべきである。
b これに対し、控訴人は、後記のとおり、本件自立支援金制度をもって、旧二制度を拡充し、恒久住宅への移行を促進するとともに、既に恒久住宅へ移行した世帯を含めて、移行後の世帯の自立生活の再建を支援する制度である旨主張するが、恒久住宅への移行を促進するという趣旨は、本件自立支援金制度創設時の第二〇回理事会資料(書面表決)や本件要綱には表れておらず、パンフレット等によって広報もされていないし、また、同制度実施時における仮設住宅入居世帯数(一万三七八九世帯)は支援対象世帯(前記のとおり、一三万四〇〇〇世帯)の一〇分の一程度であったことからして、失当というべきである。
イ 具体論(世帯主被災要件の無効)
本件要綱における世帯主被災要件は、世帯構成員に被災者がいるが世帯主は被災していない世帯と世帯主が被災している世帯とを差別的に取り扱い、また、女性の被災者と男性の被災者とを差別的に取り扱うものであり、かつ、その差別的取扱いに合理性はないから、憲法一四条一項の平等原則ないし公序良俗に違反する無効なものである。その理由は、次のとおりである。
(ア) 世帯間差別について
本件要綱は、平成一〇年七月一日の時点において「世帯主が被災していること」を自立支援金の支給要件としている(三条(1)号。世帯主被災要件)。そして、「世帯主」とは、住民票に記載された世帯主をいう(二条(7)号)が、住民票は、住民基本台帳法に基づき、行政目的のため世帯構成員の届出によって作成されるものであり、誰が世帯主になるかは、構成員間の自由な意思に委ねられている。
ところが、本件自立支援金制度は、大震災から三年半も経過した後に施行されたため、その間に結婚や高齢の両親との同居等による世帯変動が相当数生じ、同一世帯内に被災者と非被災者が混在するという事態が稀ではなかった。
このような場合、自立支援金を受けるための他の要件は同じように満たしているのに、被災者と非被災者のどちらを世帯主として届け出ていたかにより、自立支援金の支給を受けられたり受けられなかったりするのは、全く合理性の認められない差別的取扱いである。
(イ) 男女間差別について
a 確かに、形式的に見れば、「世帯主である」ということは、性別を問題としない性中立概念ともいえるが、性別による差別は、女性か男性かにより取扱いを異にするだけではなく、性中立概念を用いることによっても行われる。
b ところで、一般に、結婚した男女が世帯を構成する場合、男性が住民票上の世帯主になる場合が圧倒的に多い。このような社会的状況において、世帯主被災要件は、本件自立支援金の支給において女性を男性より不利益に取り扱うことにほかならない。
すなわち、被災者が男性であれば、被災者でない女性と結婚しても、被災者である男性が世帯主となるのが通常であるから、収入要件等を満たしていれば被災者としての自立支援金の支給を受けることができるだけでなく、複数世帯としての自立支援金の支給を受けることができる(この場合、夫と妻のどちらが主として生計を維持しているかということは、問題にもされない。)。
他方、被災者が女性であれば、被災者でない男性と結婚することにより、被災者でない男性が通常世帯主になることから、世帯主被災要件が欠けることになり、複数世帯として自立支援金の支給を受けるどころか、自立支援金の支給を一切受けることができなくなってしまう。しかも、平成一〇年七月一日以降に世帯主を妻に変更した場合、その理由を明らかにした「申立書」の提出が必要とされ、妻が主として生計を維持していることの証明を要求されるのである(本件取扱要領第五)。もちろん、この「申立書」の提出自体は、平成一〇年七月一日以降に世帯主を変更した世帯すべてに要求される建前であるが、もともとほとんどの世帯において夫が世帯主となっているから、実際にこの証明を要求されるのは、妻である女性のみということになる。
c このようにして、控訴人は、被控訴人と太郎に対し、不当な二重の基準を使っているというべきである。すなわち、世帯主とは「あくまで住民票記載のもの」とする形式的基準と、「主として生計を維持しているもの」とする実質的基準を使い分け、その結果、女性が被災後に被災者でない男性と結婚した場合には、例外的な場合を除いて自立支援金の支給を受けられない仕組みとなっている。
(ウ) 合理性の不存在(支援法との関係)について
以上(ア)及び(イ)のような差別的取扱いは、全く合理性がないものである。
a 後記のとおり、控訴人は、世帯主被災要件の趣旨について、本件自立支援金制度の趣旨は被災世帯の恒久住宅移行後の自立生活の再建を支援することにあり、一般に世帯主は世帯の生活再建の中心的立場にあるから、その世帯主が被災者である場合には、世帯主以外の構成員が被災した場合よりも世帯に対する影響が大きいということに基づいて世帯主被災要件を定めたのであって、世帯主被災要件には合理性がある旨主張する。
しかしながら、前記のとおり、住民票は、住民基本台帳法に基づき、行政目的のため世帯構成員の届出によって作成されるものであり、誰が世帯主になるかは、構成員間の自由な意思に委ねられており、実際に誰が世帯の生計を維持しているかという実態とは無関係に届出されているから、本件自立支援金制度において、支援法の要件に付加して世帯主被災要件を設けた合理的理由にはおよそなりえない。
b 前記のとおり、本件自立支援金制度は、支援法の附帯決議を踏まえて創設されたものであることからすれば、支援法で支給対象となる世帯を、本件自立支援金制度において除外するには、その除外を合理化する相当の立法事実が要求されるはずである。
ところが、本件要綱において世帯主被災要件を設けるかどうかにつき理事会での討議は全くなされていないばかりか、事業計画でさえ、理事会も開かれることなく持回りの書面表決によって決定されたものである。また、世帯主被災要件を付加することによって、どれだけの世帯が支給対象から除外され、支給金額は全体でどれだけ減少するのか、どのような世帯が支給対象から除外されるかという調査・検討も全くなされなかった。
c 大震災後の生活再建の過程で、結婚、世帯合併等が行われ、相当数の世帯変動が生じていることは、本件自立支援金制度においては予定されていたことであり、世帯変動後の世帯に不平等が生じないように、世帯主が被災者でなくても、世帯構成員に被災者がいれば、「被災世帯」として自立支援金の支給対象となると考えるべきである。本件要綱では、「要援護世帯」(二条(3)号)については、世帯主が被災していなくても、世帯の構成員である要援護者が被災していれば対象世帯となる(三条(1)号)とされているが、この趣旨をすべての世帯に及ぼすべきである。このように考えることは、本件要綱において、収入要件を「同一世帯に属する者全員の総所得額の合計額」(三条(3)号)で判断することとしていることに合致する。
d 逆に、世帯主が被災しているかどうかを問題にすると、二重に収入要件を課すという不当な結果となる。
これに対し、控訴人は、本件自立支援金制度の所得要件は、世帯全体の所得の合計額をみることにより、経済的な観点から支援対象とする世帯か否かを判断するものであるのに対し、世帯主被災要件は、世帯の主たる生計維持者である世帯主が被災しているか否かをみることにより、被災が世帯に与えた影響の大小を判断するものであると主張する。しかし、後者の「世帯の主たる生計維持者」である世帯主が被災しているか否かをみることは、経済的な視点に着目していることにほかならないものである。
ウ 贈与契約の擬制
以上のとおり、世帯主被災要件は、憲法一四条一項の平等原則あるいは公序良俗に反し無効であるから、控訴人は、世帯主要件を満たさないとしても、他の要件を満たす申請に対し自立支援金を支給する義務を負い、これに反して自立支援金の支給申請を却下することはできず、これを却下することは公序良俗に反するものである。したがって、控訴人が上記の義務に違反して自立支援金の支給申請を却下した場合には、控訴人と申請者との間で贈与契約が成立したものと擬制されるというべきである。
(2) 控訴人の主張
世帯主被災要件は憲法一四条一項の平等原則ないし公序良俗に違反する無効なものではなく、太郎による自立支援金の支給申請は世帯主被災要件を満たさないから、控訴人はこれを却下することができる。また、仮に世帯主被災要件が憲法一四条一項の平等原則ないし公序良俗に違反する無効なものであるとしても、同人と控訴人との間で贈与契約が成立したとはいえない。以下、詳述する。
ア 一般論(本件自立支援金制度の性格等)
控訴人は、本件自立支援金制度における自立支援金の支給について、完全な自由を有しているとはいえないとしても、支給要件の設定については幅広い裁量権を有しているというべきであるから、世帯主被災要件は憲法一四条一項の平等原則ないし公序良俗に違反する無効なものであるとはいえない。
(ア) 控訴人に対する公金委託の趣旨について
前記四(2)ア(ア)のとおりである。
(イ) 支給要件の設定に関する裁量権
大震災により甚大な被害が発生し、緊急かつ迅速な各般の施策が必要とされる中で、控訴人が多数の被災世帯の自立生活再建を支援する施策を決定するに当たっては、その支援対象世帯をどのようにするか等について政策的、技術的裁量に基づく判断を行い決定すべきものであり、その決定が憲法一四条一項の平等原則ないし公序良俗に違反する無効なものであるというためには、これが著しく合理性を欠き、その裁量権を逸脱・濫用した場合でなければならないというべきである。
(ウ) 本件自立支援金制度の趣旨(旧二制度及び支援法との関係)について
a 本件自立支援金制度は、旧二制度を拡充し、恒久住宅への移行を促進するとともに、既に恒久住宅へ移行した世帯を含めて、移行後の世帯の自立生活の再建を支援する制度である。
すなわち、本件自立支援金制度が旧二制度を拡充したものであることは、①旧二制度の受給世帯については、本件自立支援金制度に基づく新たな申請は不要とされ、支給金額から旧二制度に基づく支給金額を控除した自立支援金が支給されていること(本件実施要綱附則二条)、②本件自立支援金制度においては、旧二制度と同様、移転期間内に恒久住宅に移転したことが対象世帯の認定要件とされていることからして、明らかである。
また、本件自立支援金制度が恒久住宅への移行を促進するとともに、既に恒久住宅へ移行した世帯を含めて、移行後の世帯の自立生活の再建を支援することを目的とするものであることは、平成一〇年七月一日の時点においても、なお多数の仮設住宅入居者が存在し(一万三七八九世帯であった。)、居住環境が限界に達していたという社会的背景から裏付けられるものである。
したがって、本件自立支援金制度は、旧二制度と同様、過去に発生した災害を対象として、その後の世帯変動を踏まえ、恒久住宅移行後の世帯の生活再建を支援するものであって、同じ世帯主被災要件を定めたものということができる。
b これに対し、支援法においては、本件自立支援金制度のように、生活再建支援金の支給要件として、世帯主被災要件が明文で規定されていないが、世帯主の定義として、「世帯の居住する住宅が被害を受けた日において、主として当該世帯の生計を維持している者をいう」とされていること(「被災者生活再建支援法の施行上留意すべき事項について」〔平成一〇年一一月六日・一〇国防復第一二号・各都道府県知事宛・国土庁防災局長通知〕)からして、被災世帯の構成員である世帯主は必然的に被災者であることになり、世帯主が被災している場合であることに変わりはないから、世帯主被災要件が規定されているものといえなくはない。
このようにみると、本件自立支援金制度は、支援法と同趣旨の制度ということができる。
c もっとも、支援法においては、世帯主被災要件が規定されているといえないとしても、支援法は、制定後に発生する災害を対象として、被災時の世帯を支援対象とするものであり、本件自立支援金制度とは背景や趣旨を異にするものであるから、支給要件が異なったとしても不合理ではない。そして、前記のとおり、本件自立支援金制度は、支援法の附帯決議を踏まえて創設されたものであるが、同決議は、控訴人の実施する本件自立支援金制度の具体的な内容を拘束するものではない。
イ 具体論(世帯主被災要件の有効性)
本件要綱における世帯主被災要件は合理的な要件であり、憲法一四条の平等原則ないし公序良俗に違反する無効なものではない。
(ア) 世帯間差別について
a 前記のとおり、本件自立支援金制度は、旧二制度を拡充し、恒久住宅への移行を促進するとともに、既に恒久住宅へ移行した世帯を含めて、移行後の世帯の自立生活の再建を支援する制度であるため、旧二制度と同様、世帯主被災要件を定めたものであり、それ自体合理的なものである。
b 支給要件該当の基準日について
旧二制度は、恒久住宅への移行を促進するとともに、既に恒久住宅へ移行した世帯を含めて、移行後の世帯の自立生活の再建を支援する制度であったため、世帯主被災要件の基準日は被災日ではなく支給申請をした日とされていたところ、本件自立支援金制度は、上記のとおり、旧二制度を拡充したものであり、同制度で認定されていた六万七〇〇〇世帯を承継し、従来の分割支給方式に加え、一括支給方式を導入して選択制としたことから、その承継の関係を明確にするため、支給要件該当の基準日を制度創設時の平成一〇年七月一日としたものである。
また、前記のとおり、本件自立支援金制度は、過去に発生した大震災当時の世帯ではなく、恒久住宅移行後の世帯に対して自立支援金を支給する制度であり、この恒久住宅移行後の世帯は大震災時の世帯とは変化していると考えられたため、支給要件該当の基準日を制度創設時の平成一〇年七月一日としたものであるから、制定後に発生する災害を対象として被災時の世帯を支援対象とする支援法とは背景や趣旨を異にしており、支援法と支給要件が異なっても不合理なものではない。
c 生活再建の困難さについて
世帯主被災要件は、世帯の生計を維持している被災者自らが生活再建を行う世帯を支援対象とするものである。もちろん、大震災後、本件自立支援金制度の創設時までに、被災していない者と被災者とで世帯を構成する場合もあると考えられたが、本件自立支援金制度は、被災世帯の恒久住宅移行後の生活再建支援を目的とし、世帯主は世帯の生活再建の中心的立場にあるとの一般的考えに従って、その世帯主が被災者である場合には、世帯主以外の構成員が被災した場合よりも世帯に対する影響が大きいということに基づくのであるから、世帯主被災要件には合理性がある。
もっとも、平成一〇年七月一日の時点で、応急仮設住宅がなお約一万四〇〇〇戸もあり、ここに入居していた世帯については恒久住宅移行後の生活の場所、世帯の状況が未確定の状況にあったため、本件自立支援金制度では、基準日以降に世帯変動があった場合には、「申立書」の提出を求め、その内容を市町が確認することにより申請時点での住所、世帯構成により認定をすることにしたものである(本件要綱五条三項。なお、上記申立書の提出を求めたのは、故意に世帯分離を行って二世帯分又はそれ以上の世帯分の自立支援金の支給を不当に受けることを防止するという目的もあった。)。
d 世帯主の意義について
前記のとおり、本件要綱における「世帯主」は、住民票における世帯主であるが(二条(7)号)、住民票における世帯主、すなわち誰を世帯主として届け出るべきであるかは、本来、「主として世帯の生計を維持する者」によるべきであり、自ずから世帯主は一義的に定まるものである(住民基本台帳事務処理要領参照)。また、住民票上の世帯・世帯主は、世帯の実態を反映しているのが一般的であり、住民票上の「世帯主」は、世帯の生計を維持する者であるのが通常である。そして、極めて膨大な支給事務を行うためには、画一的な基準で処理する必要がある。さらに、住民票に記載された世帯主以外の者が主に当該世帯の生計を維持しているとして申請があり、これが認められる場合には、同人(主に世帯の生計を維持している者)が世帯主として取り扱われるものである(本件取扱要領第五)。したがって、世帯主を第一次的に住民票上の「世帯主」として、世帯主被災要件を定めることには合理性があるというべきである。
なお、世帯主は、社会生活の中や、各種法制度(例えば、災害弔慰金の支給等に関する法律に基づく災害弔慰金や災害障害見舞金、犯罪被害者等給付金の支給等に関する法律に基づく犯罪被害者等給付金等)において、他の世帯構成員とは異なった特別の役割や資格が与えられたり、世帯主であるがゆえに他と異なった取扱いを受けることがあり、このことは、世帯主被災要件の合理性を裏付ける事情ということができる。
e なお、被控訴人は、世帯主が被災しているかどうかを問題にすると、二重に収入要件を課すという不当な結果となると主張する。しかし、本件自立支援金制度における所得要件は、世帯全体の所得の合計額をみることにより、経済的な観点から支援対象とする世帯か否かを判断するものであるのに対し、世帯主被災要件は、世帯の主たる生計維持者である世帯主が被災しているか否かをみることにより、被災が世帯に与えた影響の大小を判断するものであるから、所得要件と世帯主被災要件はその目的を全く異にし、いずれも制度の趣旨・目的に沿った適正な要件の設定である(旧二制度に同様の規定を置いていたのも、同様の趣旨によるものである。)。
(イ) 男女間差別について
本件要綱においては、世帯主が男性であるか女性であるかについては一切規定がなく、また、男女で区別もしていない。前記のとおり、世帯主被災要件における「世帯主」は住民票に記載された世帯主であるが、それは主として世帯の生計を維持している者を対象とする趣旨によるものであって、男性か女性かということ自体は支給要件上無関係なものであって、男女を問わず世帯主が被災していれば、世帯主被災要件を満たすのであり、男女間で差別的取扱いをするものではない。
ウ 贈与契約の不成立(支給要件の設定権限について)
仮に世帯主被災要件が憲法一四条一項の平等原則ないし公序良俗に違反する無効なものであったとしても、直ちに太郎と控訴人との間で贈与契約が成立したものと擬制されるとすれば、控訴人が本件要綱で規定していない支給要件を創設し、これを適用して自立支援金の支給を行うことにほかならないから、控訴人の要件設定権限を侵害することとなって不当である。
したがって、仮に世帯主被災要件が無効のものであるとしても、太郎と控訴人との間には、いまだ贈与契約は成立していないから、控訴人は、被控訴人に対し申請に係る自立支援金を支給する義務はない。
六 予備的請求(不法行為による損害賠償請求)の争点に関する当事者の主張
(1) 被控訴人の主張
ア 不法行為
(ア) 前記のとおり、本件要綱の世帯主被災要件は、憲法一四条一項の平等原則ないし公序良俗に違反する無効なものであり、また、支援法に違反する違法なものである。
(イ) 控訴人は、本件自立支援金制度について、上記のとおり無効・違法な世帯主被災要件を定め、これを適用して太郎による自立支援金の支給申請を却下したから、これは同人の自立支援金受給権を故意又は過失により侵害したものであり、不法行為に該当する。
イ 損害
太郎が、上記不法行為の結果、本来当然に支給されるはずであった自立支援金一〇〇万円の支給を受けることができなかったから、その損害は、本来受給できるはずであった自立支援金相当額の一〇〇万円である。
ウ 相続
前記のとおり、太郎は、平成一三年六月四日に死亡した。その相続人は、同人の兄弟姉妹と被控訴人であったところ、同年八月二七日に相続人間で遺産分割協議が行われた結果、被控訴人が本件自立支援金に関する権利を単独で相続することが合意された。
(2) 控訴人の主張
ア 不法行為について
前記のとおり、世帯主被災要件を定めた本件要綱は、憲法一四条一項ないし公序良俗に違反する無効なものではないし、また、支援法に違反する違法なものでもない。したがって、控訴人が本件自立支援金制度について世帯主被災要件を定め、これを適用して太郎による自立支援金の支給申請を却下したことは、同人の自立支援金受給権を侵害したものではなく、不法行為には該当しない。
イ 損害について
太郎は、もともと自立支援金の支給要件を満たしていなかったのであるから、自立支援金の支給申請を却下されたからといって、自立支援金相当額の損害を被ったということはできない。
第三当裁判所の判断
一 前提となる事実関係
前記第二「事案の概要」の二のとおりである。
二 主位的請求(贈与契約に基づく金員請求)の争点ア(太郎が自立支援金の支給を申請したことにより、同人と控訴人との間で贈与契約が成立したといえるか。)について
(1) 被控訴人は、①控訴人及び本件自立支援金制度の公的性格、②控訴人に対する公金委託の趣旨、③兵庫県及び神戸市による広報と市民の信頼という点から、控訴人による本件自立支援金制度の広報は、支給対象者に対する贈与の申込みの意思表示であり、支給対象者による自立支援金の支給申請は、これに対する承諾の意思表示であるから、太郎が自立支援金の支給を申請したことにより、同人と控訴人との間で贈与契約が成立したといえる旨主張する。
(2) 確かに、後に説示するとおり、控訴人は、民法上の財団法人ではあっても、高度の公益目的を有する極めて公益性の強い法人であり、法形式はともかくとして、実質的には地方公共団体に準ずる性質の法人であるといっても過言ではなく、また、本件自立支援金制度自体も高度の公益目的を有するものである。そして、前記のとおり、控訴人の行う広報活動は、控訴人が自ら行うほか、兵庫県と神戸市等の兵庫県下の各市町がパンフレット等(神戸市の「広報こうべ」等)を作成して行っているものである。
(3) しかしながら、前記のとおり、本件自立支援金制度に基づく自立支援金の支給は、控訴人の受給者に対する贈与の性質を有するものであるところ、前記のとおり、本件要綱の規定によれば、自立支援金の支給を受けようとする者は、被災市町にその認定の申請をし(四条一項)、被災市町は、この申請を受理したときは、これが控訴人の定めた支給要件を満たしているか否かを審査することになっており(五条一項)、被災市町によって支給要件を具備するものと認定されて初めて、認定通知書が申請者に送付され、控訴人から本件自立支援金の支給を受けることができるのであり、逆に、支給要件を具備しないものと認定されたときは申請が却下されることになっている(五条一・二項)。
上記の規定に照らすと、自立支援金の支給を受けようとする者の認定申請は、同人の控訴人に対する贈与契約の申込みの意思表示であり、控訴人の支給要件具備の認定通知(又は申請却下通知)は、贈与契約の申込みに対する控訴人の承諾(又は拒絶)の意思表示であるとみるのが相当である。そして、控訴人が行っている前記の広報は、その方法、内容に照らして、不特定多数人に対する制度の内容・利用方法に関する文字どおりの広報・案内であって、自立支援金贈与契約の申込みではなく、申込みの誘引にすぎないとみるのが相当である。
したがって、被控訴人の前記主張は採用できない。
三 主位的請求(贈与契約に基づく金員請求)の争点イ(控訴人は、世帯主被災要件を満たさない太郎による自立支援金の支給申請を却下できるか。すなわち、世帯主被災要件は憲法一四条一項の平等原則ないし公序良俗に違反する無効なものであるか。)について
(1) 一般論(本件自立支援金制度の性格等について)
まず、世帯主被災要件が憲法一四条一項の平等原則ないし公序良俗に違反する無効なものであるかどうかを検討する前提として、本件自立支援金制度の性格等について検討する。
ア 控訴人の公的性格について
前記第二「事案の概要」の二のとおり、控訴人については次の事実が認められ、これらの事実に照らすと、控訴人は、民法上の財団法人ではあっても、高度の公益目的を有する極めて公益性の強い法人であり、法形式はともかくとして、実質的には地方公共団体に準ずる性質の法人であるというべきである。
(控訴人の設立、事業、組織等)
(ア) 控訴人は、大震災からの早期復興のための各般の取組を補完し、被災者の救済及び自立支援並びに被災地域の総合的な復興対策を長期・安定的、機動的に進め、災害により疲弊した被災地域を魅力ある地域に再生させることを目的として、兵庫県及び神戸市により、民法上の財団法人として設立された。
(イ) 控訴人が行う事業は、次のとおりである。
a 被災者の生活の安定・自立及び健康・福祉の増進を支援する事業
b 被災者の住宅の再建等住宅の復興を支援する事業
c 被害を受けた中小企業者の事業再開等産業の復興を支援する事業
d 被害を受けた私立学校の再建等教育・文化の復興を支援する事業
e 前各号に掲げるもののほか被災地域の早期かつ総合的な復興に資する事業
(ウ) 控訴人の事業財産のうち、基本財産(資産総額)は二〇〇億円であり、兵庫県と神戸市は、控訴人の設立に当たり、兵庫県が一三三億三〇〇〇万円を、神戸市が六六億七〇〇〇万円をそれぞれ予算から支出した。また、控訴人の行う事業は、兵庫県と神戸市からそれぞれ二対一の割合により無利子で貸付けを受けた長期貸付金八八〇〇億円(当初は五八〇〇億円で、平成九年三月に三〇〇〇億円の追加貸付けが行われた。)を運用財産として、その運用益等により実施されている。
(エ) 控訴人の理事長、副理事長は、それぞれ兵庫県知事、神戸市長の職にある者と定められており、他の理事も、兵庫県副知事、神戸市助役等、いずれも兵庫県、神戸市等の行政の要職にある者が就任している。
また、平成一一年度における控訴人の事務局の職員一二名(常務理事を含む。)のうち、六名が兵庫県からの出向者で、三名が神戸市からの出向者である。
そして、控訴人の事務局は、設立以来、兵庫県庁一号館の一室にある。
(オ) 控訴人の行う広報活動は、控訴人が自ら行うほか、兵庫県と神戸市等の兵庫県下の各市町がパンフレット等(神戸市の「広報こうべ」等)を作成して行っている。
イ 本件自立支援金制度の公的性格について
前記第二「事案の概要」の二のとおり、本件自立支援金制度については次の事実が認められ、これらの事実に照らすと、本件自立支援金制度自体も高度の公益目的を有するものというべきである。
(本件自立支援金制度の発足、内容等)
(ア) 支援法は、大震災(阪神・淡路大震災)を契機に立法化されたもので、平成一〇年五月二二日に公布され、同年一一月六日から施行されたが、遡及効がなく大震災で被災した者には適用されなかったため、平成一〇年四月二二日に参議院の、同年五月一四日に衆議院の各災害特別委員会において、大震災の被災者の実情にかんがみ、「本法の生活支援金に(概ね)相当する程度の支援措置が講じられるよう国は必要な措置を講ずること」との附帯決議がそれぞれされたことを踏まえ、本件自立支援金制度が創設された。
(イ) 控訴人の事業財産のうち、運用財産は、兵庫県及び神戸市からの長期貸付金八八〇〇億円(当初は五八〇〇億円で、平成九年三月に三〇〇〇億円の追加貸付けが行われた。)であるが、この長期貸付金については、地方債の発行が許可され、五〇〇〇億円に係る利子負担については国から交付税措置がとられた。そして、支援法の制定された後、本件自立支援金制度が創設される際、上記の追加貸付金三〇〇〇億円に係る利子負担について国の交付税措置が当初の五年から更に四年間延長された。
(ウ) 本件自立支援金制度の事業計画は、兵庫県及び被災市町との協議を経た上で立てられたものであり、また、同制度の運用について定める本件要綱及び本件取扱要領も、兵庫県及び被災市町との協議を経た上で成立したものである。
(エ) 控訴人は、本件自立支援金制度に基づく支給事務を被災市町に委託し、被災市町は、控訴人の事務受託者として、本件自立支援金制度の支給申請に対して認定又は却下の通知を行っている(本件要綱四条、五条、一六条)。
(オ) 本件自立支援金制度に基づく自立支援金については、被災市町が兵庫県を通じて控訴人に自立支援金交付依頼書を提出し、控訴人がこれに基づいて資金を被災市町に交付し、被災市町が被災者に対して自立支援金を給付することとなっている(本件要綱八条)。
(カ) 控訴人は、本件自立支援金制度の適正な運営を図るため、兵庫県及び被災市町(並びに対象世帯)に対して、必要があると認めるときは報告を求め、又は調査を行うことができるものとされている(本件要綱一八条)。
また、控訴人及び兵庫県は、被災市町に対し、本件要綱の適正な施行のために必要に応じて、勧告、助言又は援助を行うことができるものとされている(本件要綱一九条)。
ウ 本件自立支援金制度の趣旨(旧二制度及び支援法との関係)について
(ア) 前記のとおり、本件自立支援金制度は、支援法の附帯決議を踏まえ、大震災の被災者に対し、支援法に相当する程度の支援措置を図るため創設された制度である。
そして、支援法は、自然災害によりその生活基盤に著しい被害を受けた者であって経済的理由等によって自立した生活を再建することが困難な者に対し、都道府県が相互扶助の観点から拠出した基金を活用して被災者生活再建支援金を支給するための措置を定めることにより、その自立した生活の開始を支援することを目的とするものである(支援法一条)。
(イ) また、支援法は、都道府県が被災世帯となった世帯のうち一定の要件を満たすものの世帯主に対し生活再建支援金の支給を行うものとしているところ(支援法三条)、被災世帯とは「支援法施行令で定める自然災害により、その居住する住宅が全壊した世帯その他これと同等の被害を受けたと認められる世帯として同法施行令で定めるもの」をいうとされているから(支援法二条二号)、世帯主個人が被災者であることを要件とする規定とはなっていない。すなわち、端的に被災当時の世帯を対象とすることが明らかとなっている。
もっとも、支援法は、被災世帯の世帯主に支援金を支給するとし、その世帯主の定義として、「世帯の居住する住宅が被害を受けた日において、主として当該世帯の生計を維持している者をいう」としている(「被災者生活再建支援法の施行上留意すべき事項について」〔平成一〇年一一月六日・一〇国防復第一二号・各都道府県知事宛・国土庁防災局長通知〕)ところ、その基準日については、同法及び同法施行令、同法施行規則に明文の規定はないので、被災世帯の世帯主、被災世帯に属する者及び要援護世帯の認定は原則としてその居住する住宅に被害が発生した日を基準とするものと解されるから、その意味において、世帯主が被災したことを前提としているものとみられなくもないが、いずれにせよ、被災世帯を対象としており、被災時を基準としているものである。
(ウ) 上記のような支援法の趣旨及び規定並びに本件自立支援金制度との関係にかんがみると、本件自立支援金制度は、基本的には支援法と同じく、生活の共通基盤たる世帯を単位として使途を定めない相当程度の支援金を支給することにより世帯に属する個々の被災者を救済することを目的としたものであるというべきである。
したがって、本件自立支援金制度が旧二制度を事実上拡充したにとどまらず、旧二制度とは質的に異なる全く新しい公的支援制度として創設されたものというべきであるという被控訴人の主張の当否はともかくとして、上記のような支援法の趣旨及び規定は、これを踏まえて創設された本件自立支援金制度における世帯主被災要件を解釈するに当たり、十分尊重すべきものである。
エ まとめ
(ア) 以上のとおり、控訴人は、民法上の財団法人ではあっても、高度の公益目的を有する極めて公共性の強い法人で、法形式はともかく、実質的には地方公共団体に準ずる性質の法人であるといっても過言ではなく、また、本件自立支援金制度自体も、高度の公益目的を有するものであり、被災世帯に自立支援金を適正に支給すべきことを目的とする制度であるから、贈与契約の申込みの意思表示たる自立支援金の支給申請に対して、控訴人が承諾の意思表示をするか否かについて、私人として完全な自由を有しているということは到底できず、公平・平等な取扱いをすることが要求されるというべきである。
したがって、例えば、全ての支給要件を満たす者による自立支援金の支給申請を却下することが許されないのはもちろんのこと、合理的理由のない差別となる支給要件を実施要綱の中に規定することは、許されないといわなければならない。
仮に、このような合理的理由のない差別となる支給要件が実施要綱に規定された場合には、当該条項それ自体は公序良俗に違反し、無効となるというべきである。
(イ) 支給要件の設定に関する裁量権について
ところで、控訴人は、大震災により甚大な被害が発生し、緊急かつ迅速な各般の施策が必要とされる中で、控訴人が多数の被災世帯の自立生活再建を支援する施策を決定するに当たっては、その支援対象世帯をどのようにするか等について政策的、技術的裁量に基づく判断を行い決定すべきものであり、その決定が憲法一四条一項の平等原則ないし公序良俗に違反する無効なものであるというためには、これが著しく合理性を欠き、その裁量権を逸脱・濫用した場合でなければならないというべきである旨主張する。
確かに、控訴人の上記主張は、一般論としてはこれを首肯することができるけれども、控訴人が本件要綱において世帯主被災要件を定めたことが政策的、技術的要請に基づく裁量権を逸脱・濫用したものといえるかどうかは、結局のところ、世帯主被災要件が合理的理由のない差別となる支給要件であるかどうかに関わるものであるから、後に更に検討することとする。
(2) 具体論(世帯主被災要件の効力について)
次に、世帯主被災要件が憲法一四条一項の平等原則ないし公序良俗に違反する無効なものであるかどうかについて具体的に検討する。
ア 世帯主被災要件について
前記のとおり、本件要綱は、平成一〇年七月一日の時点において「世帯主が被災していること」を自立支援金の支給要件としており(三条(1)号。世帯主被災要件。)、「世帯主」とは「住民票に記載された世帯主」をいうと規定している(二条(7)号)。
このため、自立支援金の支給を受けようとする者は、認定申請書に、関係書類として、恒久住宅入居(移転)後の住所地の世帯全員の住民票を添付し(本件取扱要領第二の(2)号)、また、平成一〇年七月一日以降に世帯分離、転出及び世帯主の変更があるときは、その理由を明らかにした「申立書」を添付すべきものとされ(本件取扱要領第五の一項)、被災市町は、世帯主の変更等が自立支援金の支給を目的としたことが明らかな場合には、その申請を却下すべきものとされている(同二項)。
したがって、控訴人及び実際に自立支援金の支給事務を行っている被災市町は、自立支援金の支給申請の際の世帯主が誰であるかについて、第一次的には住民票の記載を基準として判断することになる。
イ 世帯間差別の有無について
本件自立支援金制度は、大震災から三年半も経過した後に施行されたため、その間に結婚や高齢の両親との同居等による世帯の変動があることは明らかであり、このような場合には、自立支援金を受けるための他の要件は他の世帯と同じように満たしているのに、平成一〇年七月一日の基準日において、被災者と非被災者のどちらを住民票上の世帯主として届け出ていたかにより、自立支援金の支給を受けられたり受けられなかったりする事態が生じることとなるところ、これは、世帯間差別に当たるというべきである。
ウ 男女間差別の有無について
(ア) 住民票の記載は、住民基本台帳法に基づき、世帯構成員の届出によってなされるものであり、女性が世帯主になれないということはなく、また、世帯主被災要件は、「世帯主が被災していること」というにとどまり、男女の性別による取扱いの違いを設定しているわけではないから、形式的にみる限り、男女の性別による差別的な取扱いをするものではないといえなくはない。
(イ)a しかしながら、一般に、結婚した男女が世帯を構成する場合、男性が住民票上の世帯主となることが圧倒的に多い(この点では、結婚した夫婦の氏についても同様のことがいえる。すなわち、結婚した夫婦はその一方の氏を称すべきところ、建前としては夫婦はその協議で自由にいずれの氏を称することもでき、女性の氏を称することも自由であるが、現在の状況では、夫が妻の氏を継承しようとする特別の場合を除いて、夫の氏を称するのが圧倒的であり、妻の地位の観点から問題とされている。)。
このような社会的実態の下において、本件要綱の対象世帯の要件として、大震災から三年半も経過した平成一〇年七月一日を基準日として、世帯主被災要件を適用すると、次のとおり、自立支援金の支給において、女性を男性よりも事実上不利益に取り扱う結果となる。
すなわち、例えば、①被災した男性が被災していない女性と婚姻し、新たな世帯を構成した場合、一般に男性が世帯主となることが多いことからすると、このような世帯は、他の要件を満たしている限り、自立支援金の支給を受けることができる蓋然性が高く(夫と妻のどちらが主として生計を維持しているかということは、基準日以降に世帯主の変更等があった場合以外は、問題にされない。本件取扱要領第五)、しかも、複数世帯として、単身世帯より多額の自立支援金の支給を受けることができることとなる(本件要綱六条の「表一」及「表二」〔別紙三〕)。
これに対し、②被災した女性が被災していない男性と婚姻し、新たな世帯を構成した場合(被控訴人と太郎のような場合)、一般に男性が世帯主となることが多いことからすると、このような世帯は、原則として自立支援金の支給を全く受けることができなくなり(単身世帯としての支給も受けられない。)、男女の相違という一事により、結果において多大の相違が生じることとなる(支援金の支給の上では、一〇〇か〇かの相違に該当する。)。
このような結果を来すことは、男女間差別に当たるというべきである。
b もっとも、被災した女性が被災していない男性と婚姻し、いったん男性を世帯主として届け出た後、世帯主被災要件を満たすために世帯主を女性に変更した上、自立支援金の支給を申請することはできるが、この変更が基準日以降である場合には、妻である女性が主として生計を維持していることの「申立書」(証明)が要求されるため(本件取扱要領第五)、事実上、妻である女性の場合のみ、このような「申立書」(証明)が要求され、結局のところ、自立支援金の支給を受けることができなくなる可能性が高いものである(しかも、基準日以前に被災女性が世帯主となっていれば、上記の申立書は要求されず、支給を受けられるのに、基準日以後の変更であれば支給を受けられないという点においても、不合理なものである。)。
エ 差別の合理性の有無について
(ア) 支給要件該当の基準日等について
a 本件自立支援金制度において、世帯主被災要件を定めるとしても、被災の日を基準とするのであれば、自立支援金の支給対象となる世帯は、住家が全壊(焼)の判定を受けた世帯又は半壊(焼)の判定を受け当該住家を解体した世帯であるから(本件要綱三条(2)号、二条(4)号)、被災した世帯の構成員である世帯主は当然被災しており、世帯主被災要件を満たしていることになり、その限度で合理的なものといえる。
しかしながら、前記のとおり、大震災から三年半も経過した平成一〇年七月一日の時点を基準として世帯主被災要件を規定すると(本件要綱五条三項)、その間、結婚等による相当多数の世帯の変動があることは明らかであり、世帯主が被災していないが、世帯構成員が被災している場合が発生する。
これを本件についてみても、前記のとおり、被控訴人は、大震災に被災した当時、一人暮らしで世帯主であったものであり、神戸市長田区長から住宅全壊のり災証明書の交付を受けていたものであるところ、《証拠省略》を総合すれば、被控訴人は、その当時、本件要綱三条(3)号の規定する総所得金額の要件を満たしていたものと認められる(太郎と被控訴人の平成九年度の総所得金額の合計額でも、総所得金額の要件を満たしている。)から、本来、自立支援金の支給を受けることができたはずである(そのまま結婚せずに単身世帯で推移すれば、支給を受けたはずである。)。ところが、被控訴人は、その後の結婚により、世帯主でなくなったため、平成一〇年七月一日の時点で世帯主被災要件を満たさず、自立支援金が支給されないこととなったものであり、このような結果は、合理性を欠くものであるというべきである。
なお、前記のとおり、支援法は、世帯主に対して自立支援金を支給するとしているが、制定後に発生した災害を対象とし、かつ被災世帯を対象とするものであるため、その基準日は当該災害により被害が発生した日と解されるので、不合理な結果を招来することにはならず、合理性を有するものということができ、本件自立支援金制度の場合とは異なるものである。
b (控訴人の主張)
この点につき、控訴人は、①旧二制度は、恒久住宅への移行を促進するとともに、既に恒久住宅へ移行した世帯を含めて、移行後の世帯の自立生活の再建を支援する制度であったため、世帯主被災要件の基準日は被災日ではなく支給申請をした日とされていたところ、本件自立支援金制度は、旧二制度を拡充したものであり、同制度で認定されていた六万七〇〇〇世帯を承継し、従来の分割支給方式に加え、一括支給方式を導入して選択制としたことから、その承継の関係を明確にするため、支給要件該当の基準日を制度創設時の平成一〇年七月一日としたものである、②また、前記のとおり、本件自立支援金制度は、過去に発生した大震災当時の世帯ではなく、恒久住宅移行後の世帯に自立支援金を支給する制度であり、この恒久住宅移行後の世帯は大震災時の世帯とは変化していると考えられたため、支給要件該当の基準日を制度創設時の平成一〇年七月一日としたものであるから、制定後に発生する災害を対象として被災時の世帯を支援対象とする支援法とは背景や趣旨を異にし、不合理なものではない旨主張する。
c (検討)
(a) 確かに、前記のとおり、旧二制度においては、世帯主被災要件が規定されていたものであるところ、本件自立支援金制度は、その事業計画において旧二制度を拡充するものと位置づけられ、本件要綱においても旧二制度の趣旨を踏まえて創設されたものと規定されており(一条)、本件自立支援金制度の創設に伴って旧二制度は廃止されている。また、《証拠省略》によれば、平成一〇年七月一日の時点においても、なお一万三七八九世帯の仮設住宅入居者が存在していたことが認められる。そして、控訴人の常務理事である稲田浩之は、控訴人の上記主張に沿った陳述ないし証言をしている。
(b) しかしながら、本件自立支援金制度は、旧二制度の単なる継承ないし拡充にとどまるものとは解されない。すなわち、前記のとおり、本件自立支援金制度は、支援法制定の際の衆参両院の各災害対策特別委員会の附帯決議を受けて、支援法に遡及効がなく大震災に適用されないことから、支援法の趣旨を踏まえ(本件要綱一条)、支援法に相当する程度の支援措置を図るため創設された制度である。そして、支援法は、被災世帯を対象として、自立した生活を開始するための経費に充てるものとして支援金の支給をすべきこととしているところ(支援法一条、三条)、支援法の生活再建支援金は被災直後に支給することを予定していることから、本件自立支援金制度とは若干異なるとしても、「恒久住宅への移行」を趣旨とはしていない。
また、本件自立支援金制度創設時の第二〇回理事会資料(書面評決。)や本件要綱、説明書やパンフレット等においても、控訴人の主張する「恒久住宅への移行」という点が本件自立支援金制度の主な趣旨であるとみることは困難である。
そして、前記のとおり、本件自立支援金制度の支援対象世帯は、一三万四〇〇〇世帯と見込まれていたのに対し、同制度実施時の平成一〇年七月一日における仮設住宅入居世帯数は一万三七八九世帯であったから、この点においても、控訴人の主張する「恒久住宅への移行」という点が本件自立支援金制度の主な趣旨であるとみることは困難であり、より広く大震災の被災者ないし被災世帯を対象にその自立生活の支援を図ることを趣旨としたものと理解される(控訴人は、既に恒久住宅に移行した世帯を含め恒久住宅での生活の安定を期すると主張するようであるが、むしろ、恒久住宅の確保を含めた自立生活再建のための支援金と理解すべきである。換言すれば、本件自立支援金制度においては、単に旧二制度を踏襲するだけでなく、支援法及びその附帯決議に沿った施策を構成すべきことが予定されていたということができる。)。
なお、控訴人の主張するように、本件自立支援金制度が旧二制度を拡充した面があるとした場合に、旧二制度で認定されていた六万七〇〇〇世帯を承継し、従来の分割支給方式に加えて一括支給方式を導入して選択制としたことから、その承継の関係を明確にする必要があったことは否定できないが、これは多分に立法技術的な面であるから、この点をもって、支給要件該当の基準日を制度創設時の平成一〇年七月一日とすることの合理性を積極的に裏付けるものとはいえない。
d (むすび)
そこで、これらの事情を考え合わせると、基準日を平成一〇年七月一日とするのであれば、大震災後三年半の経過を考慮して、その間の世帯の変動を考慮すべきものであり、基準日を同日としつつ、単純に基準日の世帯について世帯主被災要件を設けることには合理性があるとはいい難い。
(イ) 自立生活再建の中心的立場にある者について
a (控訴人の主張)
控訴人は、①本件自立支援金は、世帯の生計を維持している被災者自らが生活再建を行う世帯を支援対象とするものである、大震災後本件自立支援金制度の創設時までに、被災していない者と被災者とで世帯を構成する場合もあると考えられたが、本件自立支援金制度は、被災世帯の恒久住宅移行後の生活再建支援を目的とし、世帯主は世帯の生活再建の中心的立場にあるとの一般的考えに従って、その世帯主が被災者である場合には、世帯主以外の構成員が被災した場合よりも世帯に対する影響が大きいということに基づいて、世帯主被災要件を設けたものであるから、世帯主被災要件には合理性がある、②また、本件自立支援金制度における所得要件は、世帯全体の所得の合計額をみることにより、経済的な観点から支援対象とする世帯か否かを判断するものであるのに対し、世帯主被災要件は、世帯の主たる生計維持者である世帯主が被災しているか否かをみることにより、被災が世帯に与えた影響の大小を判断するものであるから、所得要件と世帯主被災要件はその目的を全く異にし、いずれも制度の趣旨・目的に沿った適正な要件の設定である(旧二制度に同様の規定を置いていたのも、同様の趣旨によるものである。)旨主張する。
b (検討)
(a) しかしながら、同一世帯に属する者全員の総所得金額の合計額が一定額以下という総所得金額の要件(本件要綱三条(3)号)を同じように満たす世帯において、世帯主自ら大震災に被災しているが、大震災後に同一世帯を構成するに至った他の世帯構成員は被災していない場合と、世帯主は被災していないが、大震災後に同一世帯を構成するに至った他の世帯構成員が被災している場合とで、生活再建を図る困難さにおいて、後者の場合にのみ、本件自立支援金の受給資格を有していたはずの他の世帯構成員の受給資格を失わせることを合理的とするだけの差があると認めることは困難である(すなわち、世帯の実態にかんがみると、世帯主が主として世帯の生計を維持しているとは必ずしもいえないし、世帯主が主として生計を維持している場合であっても、世帯構成員に被災者がいる場合において、世帯全体の収入が少ないときは、恒久住宅への移行の点を含め自立生活再建のための支援の必要があるというべきである。被控訴人についても、被控訴人が大震災により住家を失ったこと、自立生活の再建の必要があることに変わりはない。)。
(b) 確かに、《証拠省略》によれば、控訴人は、本件要綱を制定するに当たり、旧二制度と同様に世帯主被災要件を設けることにより、被災者である女性が大震災後に結婚し、その夫が被災していない場合には、本件自立支援金が支給されなくなるとの認識を有しており、同要件を満たさないことにより、どのような世帯が支給対象から除外されるのかについての検討(シミュレーション)を多少行ったことが認められるけれども、支給金額が全体でどれだけ減少するのか等の点を含め、十分な調査・検討が行われたことを認めるに足りる証拠はないし、支援法の趣旨と照らし合わせて不合理な結果が生ずることはないかを慎重に検討したともいい難いのである(なお、支援法の附帯決議を受けた本件支援金制度は旧二制度の踏襲にとどまるべきものでないことは前記のとおりである。)。
(c) なお、本件自立支援金制度では、要援護世帯では世帯主被災要件を用いていないところ、要援護世帯以外の世帯については世帯主が生計維持の主体となっているのが実態であるとの考えによるとも考えられるが、そうとしても、要援護世帯以外の世帯について世帯主被災要件を設ける合理性があるとはいえない。
(d) そこで、これらの事情を考え合わせると、控訴人の前記主張は採用できず、なお、世帯主被災要件に合理性があるとはいえない。
(ウ) 世帯主の意義について
a (控訴人の主張)
前記のとおり、本件要綱における「世帯主」は、住民票における世帯主を意味するところ(二条(7)号)、控訴人は、①住民票における世帯主、すなわち誰を世帯主として届け出るべきであるかは、本来、「主として世帯の生計を維持する者」によるべきであり、自ずから世帯主は一義的に定まるものである(住民基本台帳事務処理要領参照)、②また、住民票上の世帯・世帯主は、世帯の実態を反映しているのが一般的であり、住民票上の「世帯主」は、世帯の生計を維持する者であるのが通常である、③そして、極めて膨大な支給事務を行うためには、画一的な基準で処理する必要がある、さらに、住民票に記載された世帯主以外の者が主に当該世帯の生計を維持しているとして申請があり、これが認められる場合には、同人(主に世帯の生計を維持している者)が世帯主として取り扱われるものである(本件取扱要領第五)、④したがって、世帯主を第一次的に住民票上の「世帯主」として、世帯主被災要件を定めることには合理性がある、⑤なお、世帯主は、社会生活の中や、各種法制度(例えば、災害弔慰金の支給等に関する法律に基づく災害弔慰金や災害障害見舞金、犯罪被害者等給付金の支給等に関する法律に基づく犯罪被害者等給付金等)において、他の世帯構成員とは異なった特別の役割や資格が与えられたり、世帯主であるがゆえに他と異なった取扱いを受けることがあり、このことは、世帯主被災要件の合理性を裏付ける事情ということができる旨主張する。
b (検討)
(a) ところで、仮に住民票上の世帯主が実態としても主として世帯の生計を維持している者であったとしても、大震災後三年半を経過した時期を基準日として、大震災後の世帯の変動を考慮することなく、世帯主被災要件を設けたことには合理性がないことは前記のとおりである。
(b) もっとも、住民票上の世帯主が実際にも主として世帯の生計を維持している者であるのが一般であれば、世帯主被災要件にもある程度の合理性がないとはいえない。
ところで、控訴人の主張するように、住民基本台帳事務処理要領では、「世帯を構成する者のうちで、その世帯を主宰する者が世帯主である。」とされ、「『その世帯を主宰する者』とは『主として世帯の生計を維持する者であって、その世帯を代表する者として社会通念上妥当とみとめられる者』と解する。」とされている。住民票に関する届出がこの要領のとおり運用されていれば、世帯主は、ある程度一義的に定まるということもできなくはない。
しかしながら、住民票は、世帯構成員の届出に基づいて作成されるものであるところ、実際には、上記住民基本台帳事務処理要領の内容は、住民に周知されておらず、誰が世帯主となるかは構成員間の自由な意思に委ねられているのが実態である。住民票の世帯主が当該世帯の生計を主として維持している場合が多いということができるとしても、必ずしもそのような場合だけとは限られないのであるから、このような実態を前提とすると、世帯主被災要件に合理性があるということはできない。
(c) また、控訴人の主張するように、極めて膨大な支給事務を行うためには、画一的な基準で処理する必要があることは否定できないが、そうとしても、住民票の世帯主が誰であるかを基準に、世帯主被災要件を認定することには、合理性があるということはできない。
なお、本件取扱要領第五は、基準日の平成一〇年七月一日以降に世帯主の変更等がある場合には、申立書を提出させて実質的な世帯主の審査することとされている。しかし、世帯主について実質審査が行われるのは、この場合だけであり、基準日以前に結婚等により世帯の変動があった場合でも、基準日における世帯主が被災者であれば世帯主被災要件を満たすのであるから、不合理性が解消されるわけではない。
(d) さらに、控訴人の主張するように、世帯主が、社会生活の中で、また、各種法制度(例えば、災害弔慰金の支給等に関する法律に基づく災害弔慰金や災害障害見舞金、犯罪被害者等給付金の支給等に関する法律に基づく犯罪被害者等給付金等)において、他の世帯構成員とは異なった特別の役割や資格が与えられることがあり、さらに、世帯主であるがゆえに他と異なった取扱いを受けることがあることは確かであるが、これらの社会的事実や各種法制度と本件自立支援金制度の目的・趣旨等の相違を捨象して論じることはできないから、これらも世帯主被災要件の合理性を裏付ける事情ということはできない。
(e) そこで、これらの事情を考え合わせると、控訴人の前記主張は採用できない。
オ まとめ
以上アないしエを総合すると、本件自立支援金制度における世帯主被災要件は、世帯間差別及び男女間差別を招来するものであり、また、これらの差別には合理的理由を見い出すことはできない。
そして、前記のとおり、大震災により甚大な被害が発生し、緊急かつ迅速な各般の施策が必要とされる中で、控訴人が多数の被災世帯の自立生活再建を支援する施策を決定するに当たっては、その支援対象世帯をどのようにするか等について政策的、技術的裁量に基づく判断を行い決定すべきものであり、その決定が公序良俗に違反する無効なものであるというためには、これが著しく合理性を欠き、その裁量権を逸脱・濫用した場合でなければならないというべきであるとしても、以上に説示したところからすれば、控訴人が本件要綱において世帯主被災要件を定めたことは、政策的、技術的要請に基づく裁量権を逸脱・濫用したものと考えられる。
したがって、本件自立支援金制度における世帯主被災要件は、公序良俗に違反した無効なものと解される。
当裁判所は以上のように解するが、仮に世帯主被災要件が常に公序良俗に反した無効のものであるとまではいい難いとしても、少なくとも、本件のように、被災女性が結婚により世帯主でなくなった場合で、他の要件は満たしているような場合に世帯主被災要件を適用することは公序良俗に反し、許されないというべきである。
(3) 贈与契約の擬制
ア 既に述べたとおり、本件要綱その他においては、自立支援金の支給申請が却下された場合における申請者の不服申立手続は規定されていないところ、控訴人は、民法上の財団法人ではあっても、高度の公益目的を有する極めて公共性の強い法人で、法形式はともかく、実質的には地方公共団体に準ずる性質の法人であるというべきであり、また、本件自立支援金制度自体も、高度の公益目的を有するものであり、被災者に自立支援金を適正に受給すべきことを目的とする制度であるから、贈与契約の申込みの意思表示たる自立支援金の支給申請に対して、控訴人が承諾の意思表示をするか否かについて、私人として完全な自由を有しているということは到底できず、公平・平等な取扱いをすることが要求されるというべきである。したがって、例えば、全ての支給要件を満たす者による自立支援金の支給申請を却下することは許されないといわなければならない。
のみならず、当該無効な要件以外の支給要件を満たす者から自立支援金の支給申請がされた場合、控訴人は、当該無効な要件を充足していないことを理由として、自立支援金贈与契約の承諾の意思表示をしないことは信義則上許されないといわざるを得ず、たとえ控訴人が当該自立支援金の支給申請を却下したとしても、当該支給申請がされた後で、それに対する応答をなし得る相当期間が経過した時期に、贈与契約の成立が信義則上擬制されると解するのが相当である。
イ (支給要件の設定権限について)
この点につき、控訴人は、仮に世帯主被災要件が憲法一四条一項の平等原則ないし公序良俗に違反する無効なものであるとしても、前記のとおり、太郎と控訴人との間で贈与契約が成立したものと擬制されるとすれば、控訴人が本件要綱で規定していない支給要件を創設し、これを適用して自立支援金の支給を行うことにほかならないから、控訴人の要件設定権限を侵害することとなって不当である旨主張する。
しかしながら、上記のとおり、控訴人が本件自立支援金制度における要件設定について政策的、技術的要請に基づく裁量権を有しているとしても、その裁量権が憲法一四条一項の平等原則ないし公序良俗に違反しない範囲で認められるべきものであることは明らかであるから、前記アのとおり解したからといって、控訴人の要件設定権限を侵害したものということはできず、控訴人の上記主張は採用できない。
ウ そして、前記(2)に述べたように、世帯主被災要件は、公序良俗に反し、無効であるといわざるを得ないから、控訴人は、他の要件を満たしている申請に対しては、信義則上自立支援金の支給を拒否することはできず、所定の贈与契約の成立が擬制されるというべきである。仮に世帯主被災要件が常に無効であるとまではいえないとしても、本件において世帯主被災要件を適用して申請を却下することは公序良俗に反し、許されないというべきである。
(4) まとめ
ア 以上のとおり、基準日を平成一〇年七月一日とした上での世帯主被災要件は、合理的な理由のない差別を設けるものであり、公序良俗に違反する無効なものといわざるを得ず、少なくとも、本件のような場合に世帯主被災要件を適用することは許されないと解すべきところ、太郎の世帯に属する者全員(太郎と被控訴人)の総所得金額の合計額(三三一万九二〇〇円)は、世帯主である太郎の同日時点での年齢(五八歳)に応じた総所得金額の要件(五、一〇〇千円以下)を満たし、太郎自身は、大震災に被災していないものの、同人と同一世帯に属する被控訴人は、大震災に被災し、被災当時、一人暮らしで世帯主であったものであり、神戸市長田区長から住宅全壊のり災証明書の交付を受けているから、本件要綱四条二項に基づき世帯主である太郎からされた自立支援金の支給申請に対し、控訴人は、無効な世帯主被災要件を充足していないことを理由として、自立支援金贈与契約の承諾の意思表示をしないことは信義則上許されないといわざるを得ず、たとえ控訴人がその自立支援金の支給申請を却下したとしても、贈与契約の成立が信義則上擬制されると解するのが相当である。
したがって、受贈者である太郎は、贈与者である控訴人に対し、贈与金たる自立支援金の請求権を取得したものといわなければならない(なお、被控訴人が被災後結婚していなければ、単身世帯としての支給しか得られなかったから、世帯主被災要件が無効であって、申請に基づく贈与契約の成立が擬制されるといっても、単身世帯の支給額しか支給を受けられないのではないかとの考えもあり得る。しかし、本件は太郎の申請に基づくものであるところ、本件自立支援金制度のうち世帯主被災要件のみが無効となるのであり、他の要件を満たしているのであるから、申請のとおりの贈与契約が成立したものと擬制されるというべきである。)。
イ そして、前記のとおり、太郎世帯の総所得金額の合計額は三四六万円以下に該当していたので、本件要綱六条一項の「表一」(本判決別紙三の上段)の区分(A)「同一世帯に属する者全員の総所得金額の合計額が三四六万円以下の世帯」の「複数世帯」に該当するから、一括支給の場合(太郎の請求の趣旨に照らし、一括支給を求めるものと解される。)の支給額は「一、〇〇〇千円」であり、したがって、贈与金たる自立支援金の金額は一〇〇万円ということになる。
ウ また、前記のとおり、太郎は、平成一一年三月二九日に自立支援金の支給申請を行い、同年五月一九日ころに控訴人からこれを却下されたから、本件要綱七条、八条の規定に照らして、太郎は、遅くとも同月中には自立支援金の支給を受けることができたものと認めるのが相当であるから、同年六月一日から、上記の贈与金たる自立支援金一〇〇万円に対し、民法所定の年五分の割合による遅延損害金を請求することができるというべきである。
エ なお、太郎が平成一三年六月四日に死亡し、その相続人は、同人の兄弟姉妹と被控訴人であったところ、同年八月二七日に相続人間で遺産分割協議が行われた結果、被控訴人が本件自立支援金に関する権利を単独で相続することが合意されたことは、前記のとおりである。
オ したがって、被控訴人の主位的請求は理由があるといわなければならない。
四 結論
以上によれば、被控訴人の主位的請求は、理由があるからこれを認容すべきである。よって、原判決は相当であり、控訴人の本件控訴は理由がないからこれを棄却した上、上記のとおり、当審において太郎が死亡したため、被控訴人が本件自立支援金に関する権利を単独で相続し、訴訟上の地位も承継したことに伴い、原判決主文第一項を本判決主文第二項のとおり変更することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 岩井俊 裁判官 髙橋善久 裁判官大出晃之は、転補のため署名押印することができない。裁判長裁判官 岩井俊)
<以下省略>