大阪高等裁判所 平成13年(ネ)2076号 判決 2002年2月27日
主文
1 本件控訴に基づき原判決主文1,3項を次のとおり変更する。
(一) 控訴人は,被控訴人に対し,685万2098円及びこれに対する平成12年2月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(二) 被控訴人のその余の請求を棄却する。
2 本件附帯控訴を棄却する。
3 訴訟費用は,第1,2審を通じてこれを5分し,その4を控訴人の,その余を被控訴人の各負担とする。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1 控訴人
(一) 原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。
被控訴人の請求を棄却する。
(二) 被控訴人の本件附帯控訴を棄却する。
(三) 訴訟費用は第1,2審とも被控訴人の負担とする。
2 被控訴人
(一) 原判決主文1項を次のとおり変更する。
控訴人は被控訴人に対し,892万1942円及びこれに対する平成12年2月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(二) 控訴人の本件控訴を棄却する。
(三) 訴訟費用は第1,2審とも控訴人の負担とする。
第2事案の概要
本件事案の概要は,後記2のとおり当審における当事者の主張を付加し,1のとおり訂正するほか原判決の「事実及び理由」中の「第2 事案の概要」のとおりであるから,これを引用する。
1 原判決2頁末行の「貸金業」から3頁1行目の「という。)」までを「貸金業法」と,同4頁3行目括弧書きの「平成10年7月8日」を「平成10年6月8日」とそれぞれ改める。
2 当審における当事者の主張
(一) 控訴人
(1) 利息天引の場合と本条項適用の可否
①利息制限法2条は利息天引の場合の利率の算出方法及び同法1条1項の制限利率超過分の法的取扱を定めたものであるから,同法1条1項の適用を前提とするものである。本条項は一定の要件のもとに利息制限法1条1項の適用を排除することを定めたものであるから,その要件を充足する限り同条項を前提とする同法2条も適用の余地はない。②また出資の受入れ,預り金及び金利等の取締りに関する法律(以下「出資法」という。)及び貸金業法は利息の支払時期ではなく実質年率で貸金業者を規制する金利体系を取っているもので,みなし弁済を利息後払いについては認めるが,天引の場合に認めないのは公平を欠く。③貸金業法は出資法5条2項に違反する場合を本条項適用の除外事由としているところ,出資法5条4項は利息天引の場合の5条2項の利率の算出方法を交付額を元本額とする旨定めており,利息天引の場合を排除する趣旨は見受けられない。
(2) 貸金業法17条書面及び18条書面の交付など
① 17条書面について
包括契約に基づき貸付を行った場合,包括契約の書面と個々の貸付の書面を合わせ読んで17条の要件を充たせば足りると解される。本件では基本契約の約定書と貸付金明細書(乙1,枝番を含む。以下同じ。)を合わせ読めば17条に規定する要件を充たすといえる。
② 18条書面について
(ア) 利息天引の場合
この場合,貸付と同時に利息の授受があるから,17条の書面によって同時に利息の授受まで明らかになり,同書面は18条書面と一体をなし,一通の書面が両方の機能を果たす。そして貸付金額は乙1の「差引合計」あるいは「手渡金額合計」欄,受取金額及びその利息,賠償金または元本への充当額は「利息合計」欄で利息に充てられたことが明らかとなり,当該弁済後の残存債務の額は「差引合計」あるいは「手渡金額合計」欄から明らかである。また「弁済を受けた旨を示す文字」についても貸付金明細書の「利息合計」欄の記載によってこれが示されている。以上のとおり利息支払については基本約定及び乙1の書面が交付されており,18条書面の交付があったというべきである。しかも利息支払の場で乙1の各書面が交付されたから「直ちに」交付したといえる。
(イ) 利息後払い(平成10年6月8日以降)の場合
この場合,控訴人は被控訴人に乙52の内容の各領収書を乙53の様式の書面で交付しており,所定事項のうち,貸付金額は「貸付元金」欄で,受取金額は「ご入金金額」,その利息,賠償金または元本への充当額は「計算基礎元金」,「利息」,「値引き額」の各欄で,受領年月日は「支払期日」欄で明らかとなる。「直ちに」の要件については弁済が振込送金の方法によって行われたときは,貸金業者が振込を確認して18条書面を送付するまでに相当の日数を要することは当然予想され,本件では概ね入金後1週間で領収書を発行しているから上記要件を充たすというべきである。なお仮にこれら貸付が利息後払いでなく利息天引の方法によるものであるとしても,上記(ア)のとおり本条項の適用がある。
③ 任意性について
本条項に規定する「利息として任意に支払った」とは,債務者が利息の契約に基づく利息または賠償額の予定に基づく賠償金の支払に充当されることを認識した上,自己の自由な意思によって支払ったことで足りると解される(最高裁平成2年1月22日判決)。本件では被控訴人に利息の支払に充てる認識は十分あり,控訴人が被控訴人の意思を抑圧した事情はないから任意性は認められるべきである。
利息天引の場合についても,貸金業法43条,出資法5条2項,4項も条文上当然これを前提としているから,利息天引の場合一般的に任意性がないということは各規定の内容と矛盾することになるし,そもそも利息天引の条件を付して手形貸付をしたとしても,契約自由の原則の問題であり任意性は問題とならない。
(3) 過払分の別口債権への充当の可否
①民法489条及び491条は,当事者の意思が不明な場合の意思補充規定であるが,本件で債務者は当該手形で決済される債務の支払をする意思しかなかったのであり,過払いが発生したからといって他の債務の支払に充てる意思はなかったから,同条の要件を欠くし,②本件で過払分につき別口債権への充当を認めると,複数の貸付がある場合,別個の取引によって生じたものであっても,同一当事者間で発生したというだけで事実上常に弁済充当されてしまうことになり,明らかに当事者の意思に反する結果となる。
また仮に法定充当の規定が適用されるとしても,まず数個の債務のうち全ての利息に充当し,残額があれば元本に充当されるべきである。
(二) 被控訴人
(1) 貸付の個数及び利率について
①本件取引の基本約定には貸付極度額の定めがあるほか,高額の極度額を定めた包括根保証人を徴求しているが,各貸付が別個独立ならば,その都度貸付契約書を作成すべきであるし,極度額の定めや包括根保証人を徴求する必要はない,②控訴人が貸付の対象としているのは中小零細業者であり,高額な貸付を高利息で行えば各手形の決済日に自力で決済できる筈はなく,多くの顧客が各手形の決済資金を決済日直近に控訴人から当座入金を受けてまかなっていて,各入金額は直ちに控訴人の元に環流する仕組みとなっており,しかも基本約定で,各手形のうち1通でも支払停止になれば他の手形貸付についても全て期限の利益を失い一括請求が可能となる旨が定められていることから,倒産を覚悟しない限り顧客の自由となる資金ではない,③そして(ア)各手形取引ごとに利率に差があるとしても,利率の変動は一個の貸付期間中でもあり得ることであり,別口となる根拠たり得ず,(イ)また各手形取引ごとに控訴人の社内稟議がなされていたとしても,稟議は手形の切り返しを行うか否かを判断するために行ったものとみることもでき,現に稟議書の欄に「別口」「継続」のいずれかに丸を付ける扱いとなっているところ継続にチェックされ(乙8ないし10),継続回数の欄もあること,稟議は前紙の引き写しや,各紙毎に数回の取引が列挙されるなど継続時に実質的に稟議がなされたとはいえない,以上の点から,控訴人及び被控訴人間の取引は長期間にわたり基本契約のもとで手形切り返しによる貸し増しを予定して行われた一連・一体の取引というべきであるから,利息制限法の適用において基礎とすべき貸付金額は,貸付元本金額の合計金額となる。
仮に貸付の一体性が否定されるとしても,貸付の複数小口化による利息制限法の脱法を防止する観点からは,形式的に新たな貸付であっても実質的には従前の債務の借り増しにすぎないとみるべきであるから,各貸付日における残元本額と当該貸付にかかる交付額の合計額を基準として利息制限法所定の制限利率を定めるべきである。
また,原判決は現実の交付額を基準に利率を定めているが,貸付元本額は利息天引前の金額を基準とすべきである。
(2) 過払金発生後の新たな貸付について
過払金発生後に新たに貸付がなされた場合でも,公平の見地及びその時点で別口債権が存在する場合には過払金を法定充当する処理との均衡上,過払金額を上記貸付額から控除すべきである。その場合,法定充当あるいは相殺(新たな貸付債権との相殺の黙示的な予約)によるか,あるいは新たな貸付金として借主に交付された金員のうち過払額に達するまでの金員は過払金の返還として交付され,その残金が新たな貸付の元金として交付されたとみるべきである。
仮に上記控除がされないのであれば,控訴人は被控訴人に対し,不当利得金について利息制限法所定の上限金利を付して返還すべきである(民法704条)。
(3) 乙52,53号証について
控訴人は,当審において,上記書面を被控訴人に交付したと主張立証するに至ったが,原審段階から18条書面の交付の有無などが争点となっていたことからすれば,時機に遅れた攻撃防御方法であるから却下すべきである。
第3争点に対する判断
当裁判所は,被控訴人の本件請求は主文1項(一)の限度で理由があると判断するが,その理由は後記2のとおり当審における当事者の主張に対する判断をし,1のとおり付加,訂正,削除するほか原判決の「事実及び理由」中の「第3 当裁判所の判断」のとおりであるから,これを引用する。
1(一) 原判決8頁末行の次に改行の上「控訴人は平成10年6月8日以降の取引は利息後払いによる貸付であると主張し,乙52(控訴人作成の平成10年6月8日から平成11年9月11日までの間の領収書データ)にはこれに沿う記載(利息額も約束手形の額面ではなく,貸付元金欄の金額を基礎に算出している。)があるが,乙1の1ないし27(ほぼ同期間内の控訴人作成の貸付金明細書)では,貸付元金欄には利息を控除した後の金額が形式的に記載されているものの,計算された利息額は被控訴人が発行した約束手形の額面金額を貸付額として利息天引したことを前提とした記載となっていることに照らして採用できない。」を加え,同9頁14行目の「本条項」を「本条項(及び貸金業法43条3項)」と改め,同23行目の「契約書面」の次に「(以下「17条書面」ともいう。)」を,同行目の「受取証書」の次に「(以下「18条書面」ともいう。)」をそれぞれ加える。
(二) 同10頁1行目括弧書きの「(平成10年7月8日以降の貸付け)」を削り,同3行目の「確かに,」の前に「しかしながら,前記のとおり平成10年6月8日以降の貸付は利息天引の方法で行われたものであるから,本条項の適用はない。それ以外の平成2年4月24日までの貸付については,」を加え,同12頁9行目の「相殺に」を「相殺の」と改め,同行目の「必ずしも」を削り,同11行目の「そして」から同15行目までを削り,同13頁4行目の「争いのない事実で認定した」を「争いのない事実の」と改める。
(三) 同13頁6行目から7行目にかけての「別紙計算書3」を「別紙計算書(但し,原判決別紙計算書3の違算を訂正し,閏年について計算の起算日から数えて向こう1年の間に2月29日が入る場合に年利の366分の1として日数を乗じる立場により利息金額を算出したもの。)」と,同10行目から12行目までを次のとおりそれぞれ改める。
「① 過払金返還請求権の合計金額 693万1403円
② 貸付金残債権 7万9305円
③ ①から②の金額を控除すると,685万2098円 となる。」
2 当審における当事者の主張に対する判断
(一) 利息天引の場合と本条項適用の可否について(控訴人の主張)
控訴人は,①利息制限法2条は利息天引の場合の利率の算出方法及び同法1条1項の制限利率超過分の法的取扱を定めたものであるから,同法1条1項を前提とするものであり,他方本条項は一定の要件のもとに利息制限法1条1項の適用を排除することを定めたものである,②貸金業法は利息の支払時期ではなく実質年率により貸金業者を規制する立場を取っているもので,みなし弁済を利息後払いについては認めるが,利息天引の場合に認めない根拠はない,③貸金業法43条2項に定められた同条1項の除外事由には利息天引の場合を規定しておらず,除外事由である出資法5条2項に違反する貸付について,出資法5条4項は利息天引の場合の利率の算出方法を交付額を元本額とする旨定めているから,本条項に利息天引の場合を排除する趣旨は窺えない,以上の点から利息天引の場合にあっても,本条項の適用は否定されないと解すべきであると主張する。
しかしながら,(ア)本条項(及び貸金業法43条3項)は,利息制限法の制限利率を超える無効な利息につき,政策的見地から例外的に一定の厳格な要件のもとに有効な債務の弁済とみなす規定であるところ,例外規定としては利息制限法1条1項,4条1項のみを挙げ,利息天引に関する同法2条については敢えて触れていないこと,(イ)実質的にも,利息天引は借主が貸金業者から金員を受領する際に貸付条件として行われるもので,これを拒絶すれば通常貸付が拒否される関係にあり,支払の際に弁済者が利息制限法に従って元利充当すべき旨などを主張することが可能な利息後払いの場合とは異なるものであることからすれば,上記条項は利息制限法2条の特則ではなく,利息天引による貸付の場合,本条項の適用は否定されるものと解するのが相当である。
控訴人の主張する①及び②については,上記(ア)及び(イ)に説示したところから採用できないし,③については,出資法は専ら刑事罰の対象としての高利の約定とその受領を禁止しているもので,その趣旨からすれば,利息天引の場合も包含することはむしろ当然であり,これと上記のとおり政策的見地から貸金業者に有利な特例を設けた本条項とを同列に扱うことはできず,上記主張も採用できない。
以上のとおりで,利息天引の場合は,本条項のその余の要件を具備しているかについて判断するまでもなく,本条項を適用する余地はなく,この点の控訴人の主張は採用できない。
(二) 利息後払いの場合における,17条書面及び18条書面などについて
(控訴人の主張)
前記判示及び引用にかかる原判決9頁22行目から同10頁13行目までのとおりであるほか,控訴人は,18条書面について,乙52と同内容の書面(乙53)を受領後約1週間後に被控訴人に宛てて郵送していると主張するが,前記のとおり乙52は利息天引により貸付がされた期間内にかかるものであるほか,乙1の1ないし27と内容においても合致せず,また特段の事情も窺えないのに当審に至って提出された経緯に照らしても,これら書面が被控訴人が手形金額を支払った都度直ちに被控訴人に交付されたとは考え難く,まして利息後払いによる貸付期間中にこれらと同様式の書面が被控訴人に交付されたことを認めるに足りる証拠もない。したがって,控訴人の上記主張は採用できず,本条項の定める他の要件について検討するまでもなく,利息後払いの場合についても,本条項を適用する余地はなく,この点の控訴人の主張も採用できない。
なお被控訴人は上記書証の提出は時機に遅れたものであるから却下すべきであると主張するが,さらに証人などの尋問を必要とするものとは認められないから,これにより訴訟の完結を遅延させることになるとは認められず,上記主張は採用できない。
(三) 貸付の個数及び利率について(被控訴人の主張)
(1) 被控訴人は,①本件取引の基本約定には貸付極度額の定めがあるほか,高額の極度額を定めた包括根保証人を徴求しているが,各貸付が別個独立ならば,その都度貸付契約書を作成すべきであるし,極度額の定めや包括根保証人を徴求する必要はない,②控訴人が貸付の対象としているのは中小零細業者であって各手形の決済日に自力で決済できる筈はなく,控訴人からの各入金額は直ちに控訴人の元に環流する仕組みとなっており,しかも基本約定で,各手形のうち1通でも支払停止になれば他の手形貸付についても全て期限の利益を失い一括請求が可能となる旨が定められているから,顧客の自由となる資金ではない,③そして(ア)各手形取引ごとに利率に差があるとしても,利率の変動は一個の貸付期間中でもあり得ることであり,別口となる根拠たり得ず,(イ)また各手形取引ごとに控訴人の社内稟議がなされていたとしても,稟議は手形の切り返しを行うか否かを判断するために行ったものとみることもでき,継続時に実質的に稟議がなされたとはいえない,以上の点から,控訴人及び被控訴人間の取引は長期間にわたり基本契約のもとで手形切り返しによる貸し増しを予定して行われた一連・一体の取引というべきであるから,利息制限法の適用において基礎とすべき貸付金額は,貸付元本金額の合計金額となると主張する。
しかしながら引用にかかる原判決判示(原判決10頁18行目から11頁10行目まで)のとおりであるほか,被控訴人の主張する上記①,②の事情があるとしても(もっとも,②の点については,貸付金が現実に被控訴人の預金口座に振り込まれる以上,被控訴人がこれを予定された手形の決済以外の用途に充てることを防止することは不可能である。),継続的貸付が当然に1個の貸付になるものということはできず,被控訴人の上記主張は採用できない。
(2) 被控訴人は,仮に貸付の一体性が否定されるとしても,貸付の複数小口化による利息制限法の脱法を防止する観点からは,形式的に新たな貸付であっても実質的には従前の債務の借り増しにすぎないとみるべきであるから,各貸付日における残元本額と当該貸付にかかる交付額の合計額を基準として利息制限法所定の制限利率を定めるべきであると主張する。
しかしながら,各貸付日における残元本額と新規の貸付にかかる交付額の合計額をもって,改めて消費貸借ないし準消費貸借の目的とする新たな合意がなされたと認めるに足りる証拠はないから,貸付としては別個とみるほかはなく,同合計額を基準として利息制限法所定の制限利率を定めるべきであるとする上記主張は採用できない。
また被控訴人は,各貸付の利率について,利息天引前の貸付元本額を基準とすべきであると主張するが,天引額と比較すべき金額は受領額を基準として算出された弁済期までの利息額であると解すべきことは利息制限法の規定及び趣旨から明らかである。なお,弁済期後の遅延損害金については契約金額を基準に利率を定めることになるが,別紙計算書のとおり本件ではこのような事例はないから,上記主張は採用できない。
(四) 過払分の別口債権への充当の可否(控訴人の主張)
控訴人は,民法489条及び491条は,当事者の意思が不明な場合の意思補充規定であるが,本件で債務者は当該手形で決済される債務の支払をする意思のみを有し,過払いが発生したからといって他の別口債務の支払に充てる意思まではなかったから,上記の要件を欠くものであり,その場合でも法定充当を認めることになると,複数の貸付がある場合,別個の取引によって生じたものであっても,同一当事者間で発生したというだけで事実上常に弁済充当されてしまうことになり,明らかに当事者の意思に反する結果となると主張する。
しかしながら,前記のとおり,本件の各貸付は基本約定に基づき継続して行われ,かつ新規の貸付金をもって旧債務を弁済することが当事者間で予定された一連の取引であって,このような貸付取引においては準消費貸借契約を締結するなどして貸付債権を一本化することも通常行われている実態(当裁判所に顕著な事実)や,被控訴人自身も単に期限の猶予を得ていたという認識で取引を続け,その都度貸付債権が成立することについては厳密に意識していなかったこと(被控訴人本人)に照らせば,債務者が特段の意思表示をしない限り,過払分については当時存在する別口の貸付債権に充当されるとみるのが債務者の通常の意思や利息制限法2条の趣旨に合致するというべきである。控訴人の上記主張は採用できない。
また控訴人は,仮に法定充当の規定が適用されるとしても,まず数個の債務のうち全ての利息に充当し,残額があれば元本に充当されるべきであると主張する。
しかしながら,本件は数口の債務のうちの1つについて指定してなされた過払利息が,指定された元本に充当され,なお過払いとなった場合の処理に関するものであるから,控訴人の上記主張とは前提を異にし同主張は採用できない。
(五) 過払金発生後の新たな貸付について(被控訴人の主張)
(1) 被控訴人は,過払金発生後に新たに貸付がなされた場合でも,公平の見地及びその時点で別口債権が存在する場合には過払金を法定充当する処理との均衡上,過払金額を上記貸付債権に充当すべきであると主張するが,引用にかかる原判決判示のとおり,過払を生じた時点で別口の債権が存在しなければ充当の問題は生じないと解すべきであり,上記主張は採用できない。
(2) 被控訴人は,過払金返還請求権と新たな貸付債権との相殺を主張するが,同主張が採用できないことは,引用にかかる原判決判示のとおりである。また,被控訴人は新たな貸付債権との相殺の黙示的予約の成立も主張するかのようであるが,この事実を認めるに足りる証拠はない。
(3) 被控訴人は,新たな貸付金として借主に交付された金員のうち過払額に達するまでの金員は過払金の返還として交付され,その残金が新たな貸付の元金として交付されたとみることもできると主張するが,控訴人がそのような意思のもとに貸付金を交付したことを認めるに足りる証拠はない(なお被控訴人は,仮に上記充当ないし相殺などがされないのであれば,控訴人は民法704条に基づき不当利得金について利息制限法所定の上限金利を付して返還すべきであるとも主張するが,附帯控訴の趣旨と整合しないし,これが民法704条の悪意の受益者が負担すべき不当利得により被った損害に該当しないことは明らかであるから,同主張は採用できない。)。
第4以上によれば,被控訴人の本件請求は上記の限度で理由があるから認容し,その余は失当として棄却すべきである。よって,これと一部異なる原判決を変更し,本件附帯控訴は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 武田多喜子 裁判官 松本久 裁判官 小林秀和)
<以下省略>