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大阪高等裁判所 平成13年(ネ)2299号 判決 2001年12月04日

主文

1  本件控訴をいずれも棄却する。

2  控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  原判決中,控訴人ら敗訴部分を取り消す。

2  被控訴人らの請求をいずれも棄却する。

(以下,「第2 事案の概要」,「第3 争点及び争点についての当事者の主張」及び「第4 当裁判所の判断」の部分は,原判決を付加訂正した。)

第2事案の概要

1(1)  甲事件は,C(平成11年2月9日死亡。以下「C」という。)の相続人(弟妹)である被控訴人らが,Cの遺言執行者である控訴人遺言執行者に対し,Cがした遺言のうち少なくとも原判決添付別紙物件目録記載2の土地の共有持分及び同記載3の建物(以下,併せて「本件不動産」という。また,同目録記載の各不動産については,個別に「不動産2」などという。)の売却代金の遺贈に関する部分が無効であるなどと主張して,この部分の無効確認,本件不動産について被控訴人らが共有持分(被控訴人ら各自,不動産1につき6分の1,不動産3につき3分の1)を有していることの確認を求めるとともに,控訴人遺言執行者が平成11年5月末日までにCの預貯金の払戻しを受け,生命保険の給付金,還付金等の支払を受けたことが被控訴人らに対する不法行為ないし不当利得に当たるとして,上記払戻金及び給付金,還付金等相当額(被控訴人ら各自364万9555円。合計1094万8665円)の損害賠償ないし不当利得の返還並びにこれに対する不法行為の後である平成11年6月1日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を請求する事件である。

(2)  乙事件は,被控訴人らが,上記預貯金の払戻し及び上記生命保険の給付金,還付金等の支払を受けたことによって被控訴人らに対し不法行為に基づく損害賠償又は不当利得の返還の責任を負うのは控訴人Aであるとして,控訴人Aに対し,(1)と同じ損害賠償ないし不当利得の返還及び遅延損害金の支払を求める事件である。

原審は,甲事件について,Cが行った遺言全体が無効であることを前提として,本件不動産について被控訴人らが共有持分を有していることの確認を求める部分について被控訴人らの請求を認容したが,その余の請求部分に係る訴えを却下し,他方,乙事件については,被控訴人らの請求を認容したため,控訴人らが控訴を提起した(なお,控訴人遺言執行者による控訴の適法性については,後記第4の1(3)で判断する。)。

2  争いのない事実並びに証拠及び弁論の全趣旨により容易に認定できる事実

(各項末尾に認定根拠の記載のないものは争いがない。)

(1)  当事者

ア 被控訴人らは,いずれもCの弟妹で同人の相続人であり,それぞれの法定相続分は各3分の1である。

イ 控訴人遺言執行者は,Cの遺言の指定に基づく同人の遺言執行者であり,控訴人Aは,弁護士であって,上記遺言執行者に就職した者である。

(2)  Cの不動産所有等

ア Cは,死亡時,本件不動産2及び同3並びに原判決添付別紙預貯金目録(以下「別紙預貯金目録」という。)記載の預貯金(以下「本件預貯金」という。)を有していた(乙1の5)。

イ(ア) Cは,死亡時,同人を被保険者として,原判決添付別紙保険目録記載のとおり,各保険者と保険契約(以下「本件各保険」という。また,個別の保険契約については,同目録の頭書番号に従い,「保険1」などという。)を締結していた(乙1の5)。

(イ) 保険1の保険契約の約款中には,「保険者は,被保険者が契約日から起算して2年以上経過した保険期間中に,災害死亡保険金の支払事由(不慮の事故による傷害又は伝染病を原因とする死亡)に該当せずに死亡したときには,死亡保険金を支払う。」旨の規定(前文,2条),死亡保険金の受取人の死亡時以後,死亡保険金受取人の変更が行われていない間に死亡保険金等の支払事由が生じたときは,死亡保険金受取人の死亡時の法定相続人で死亡保険金等の支払事由の発生時に生存している者が受取人となる旨の規定(30条3項)がある(乙2)。

(ウ) 保険2の定期年金保険とは,保険契約の効力が発生した日若しくは被保険者が年金支払開始年齢に達した日から一定の期間又は保険契約者が死亡した日から保険期間の満了までの期間,被保険者の生存中に限り,年金の支払をするものをいい(簡易生命保険法15条),被保険者が死亡した場合には,保険契約者(保険契約者がないときは,その相続人)に還付金が支払われる(同法69条1項)。

(3)  Cの秘密証書遺言

ア Cは,平成10年9月8日,控訴人Aにワードプロセッサー(以下「ワープロ」という。)を用いて遺言書本文を作成させ,この遺言書の末尾に署名押印して遺言書(以下「本件遺言書」といい,本件遺言書によってされたCの遺言を「本件遺言」という。)を作成した。その後,Cは,本件遺言書を封じ,遺言書に用いた印章をもってこれを封印した(甲1,弁論の全趣旨)。

イ Cは,同月21日,本件遺言書の入った封書を公証人のD(以下「D公証人」という。)並びに証人の控訴人A及びEの面前に提出し,自筆による自己の遺言書である旨申述した。そこで,D公証人は,本件遺言書の封紙に,「遺言者Cは,(中略)この封書は自筆による自己の遺言書である旨申述した。」と記載し,C,証人の控訴人A及びEとともに,これに署名押印した(甲1,弁論の全趣旨)。

(4)  本件遺言書の内容

本件遺言書中には,遺言執行者として控訴人Aを指定する旨の記載(七項)があるほか,おおむね次の内容の記載がある(甲1)。

ア 遺言執行者は,本件不動産を含むすべての不動産を売却等する一切の権限を遺言執行者に与える(一項)。

イ 本件不動産は,遺言執行者が換価し,売却代金から遺言執行者の費用及び報酬を控除した上で,遺言執行者の判断に基づき,残額をロータリークラブのG財団及び財団法人Hに遺贈する(六項)。

ウ 遺言執行者において,不動産売却代金を除く,次の(ア)ないし(オ)のとおりのすべての権利等を解約若しくは売却等して換金し,又は名義書換する。これらにより得られた金員の中から未払公租公課等の一切の債務,葬儀費用,永代供養料,遺言執行諸費用・報酬等を控除した残金を,Fほか11名に所定の割合で遺贈する(四項の(3))。

(ア) すべての動産

(イ) 次の預貯金を含む,すべての金融資産

a 別紙預貯金目録記載4の預金

b 同目録記載5の貯金

c I信用金庫の預金

d J事業団の小規模企業共済(共済契約者番号※※※※※※)

(ウ) すべての保険契約の保険金等。ただし,CとK保険相互会社との間の保険契約の保険金は,被控訴人B(以下「被控訴人B」という。)がこれを単独で受領する。また,本件各保険の保険金は,各保険証書の受取人欄に記載のある相続人が受領する。

(エ) すべての株式,公社債等

(オ) Lクラブのゴルフ会員権,Mから受け取るべき精算金等

エ 葬儀主催者及び祖先の祭祀を主宰すべき者として,被控訴人Bを指定する(五項)。

(5)  預貯金,保険契約の解約等

ア 預貯金

(ア) 控訴人遺言執行者は,遅くとも平成11年5月末ころまでに,別紙預貯金目録記載1ないし4の預金を解約し,当該「預貯金の額」欄に記載の金額合計810万5630円の払戻しを受けた(乙6)。

(イ) 控訴人遺言執行者は,同月11日,同目録記載5の郵便貯金を解約し,当該「預貯金の額」欄に記載の金額1万0600円の払戻しを受けた(乙1の5,6)。

イ 保険

(ア) 控訴人遺言執行者は,遅くとも平成11年5月20日に,N保険相互会社から,保険1に基づき,死亡給付金13万7774円,特別保険金86万2226円,前納未経過保険料80万3537円,以上の合計金180万3537円を受領した(乙6,11)。

(イ) 控訴人遺言執行者は,郵政省から,保険2に基づき,平成11年4月27日に被保険者死亡による還付金95万3490円,利息金1万5408円を,同年5月11日に未払年金6万円を,それぞれ受領した(受領金の合計102万8898円。以下,(ア)及び(イ)の保険に基づいて受領し得る金員を総称して「本件保険金等」という。)(乙10の1~3)。

第3争点及び争点についての当事者の主張

1  本件遺言の効力

(1)  被控訴人らの主張

ア 本件遺言書は秘密証書遺言であるから,遺言者が公証人及び証人に対し,筆者の氏名及び住所を申述すること並びに公証人が封紙にその旨の記載をすることが要件となる。ところで,本件遺言書の本文は,ワープロを用いて控訴人Aが作成したものであるから,その筆者は控訴人Aである。しかるに,CはD公証人に対し,本件遺言書がCの自筆によるものである旨申述し,D公証人は封紙にその旨を記載した。すなわち,遺言者であるCは,本件遺言書の筆者について誤った申述をし,D公証人も封紙に誤った記載をしたのであるから,本件遺言は,秘密証書遺言の要件を欠き,その全部が無効である。

イ 本件遺言書中の六項では,不動産について売却,費用・報酬等の控除の方法,受遺者の選定,遺贈額の割当て等が遺言執行者に一任されており,遺言の代理禁止の原則に反する。したがって,本件遺言書のうち,本件遺言書六項に係る部分は無効である。

ウ(当審における控訴人の主張に対する反論)

(ア) 控訴人の主張は,要するに,民法970条の秘密証書遺言は「遺言者が,その証書に署名し,印をおすこと」の要件を満たしてさえおれば,方式違反にならないと解すべきであるというにある。控訴人の主張は,タイプライターやワープロの場合には,同条1項3号及び4号の筆者の氏名及び住所の申述並びにその申述を封書に記載することは方式として必要でないというに帰する。それはあたかも,民法968条の自筆証書遺言につき,全文を自署することを方式として必要でない(遺言者がその証書に署名し,印を押すことで足りる。)というのと同一に帰する。

(イ) 控訴人及びその教示を受けたCは,本件遺言書の「筆者はCである。」と考えているのであるから,その趣旨でアポイントを取ったとしなければならない。けだし,公証人は,筆者の氏名及び住所を確認すれば足りるからである。してみると,アポイントの取り方に間違いがある。公証人は,「筆者はCである。」とのアポイントのもとに「自筆による」との申述を受けたとしなければならない。申述が異なれば,封書の記載も異なることは当然である。

(ウ) また,控訴人は,Cから委託を受けて本件秘密証書遺言を教示した弁護士である。本件遺言の証人であり,遺言執行者でもある。Cの手足とはいえないことが明らかである。

(2)  控訴人らの主張

ア 秘密証書遺言にいう「筆者」とは,遺言書本文を筆記した者を指すのではなく,遺言書に署名,押印をした者をいうと解すべきである。控訴人Aは,Cの指示で本件遺言書の本文をワープロを用いて作成,印字したにすぎず,本件遺言書の本文は,Cの意思に基づいて作成されたものであり,Cが本件遺言書に署名,押印しているから,本件遺言書の筆者はCであって,Cの申述,D公証人の封紙の記載に誤りはない。したがって,本件遺言書の要件に欠けるところはなく,本件遺言書は有効である。

イ 被控訴人らの主張イは争う。

ウ(当審における追加主張)

(ア) 公証人に事務を頼む際には,いつも事前にアポイントを取らねばならないし,その時に既に内容は伝わっている。本件の場合も同じであった。D公証人は,事前に本件遺言書がワープロで打たれたものであること,ワープロは控訴人Aの事務所で打たれたものであること,ただし,署名押印はCが自らの手でしたものであることを事前に知っていた。すなわち,D公証人は,本件遺言書がどのようにして作成されたかについて元々知っていたのである。D公証人は,Cに対し,目の前に差し出された遺言書を手に取りながら,「この中にあなたの遺言書が入っているんですね。」と確認しただけである。それならば,どうして本件遺言書の入った封書の封紙にCを筆者とする文言が記載されていたのか。それは,まず第1にC自身が遺言書の本文が他人の手でワープロによって作成されたものであっても,署名押印が自分自身のものであれば,自筆による自己の遺言書であることを認識していたからに他ならない。そして,控訴人AもD公証人も全く同じ認識だったのである。

(イ) そもそも,当時の公証人役場に本件封紙以外に用意もされていなかったというのが実情である。現実に世の中に広く行われている秘密証書遺言の方式による遺言のうち,ワープロを用いたものは,本人が自らの手で打ったものはもとより,本件のように他人の手で打たれたものであっても,すべて本件封紙と同じものが使われているというのが実情である。他人が打っても本人が打っても全く変わらない文字,すなわち個性がない文字が出てくるというのに,ワープロを誰が操作したかによって差を付けるのはいかがなものであろうか。我々の通常の感覚によれば,他人が打ったかどうかが分からないワープロによる文書の末尾に署名押印があれば,それはその署名をした人が筆者であると認めるのがこの世の中の約束事になっているのである。

たまたま,字に個性が表れる他人の手書きの本文があり,その後に本人の署名があると,第三者からみても,本文の部分と署名の部分の字が違う人の手によるものであることは明らかであるから,その場合には,署名をした人が本文も書いたと考えることは不自然であり,遺言書を開封した段階で,本文の字と署名の字が違うことでその遺言書が本当に遺言者(署名者)のものかどうか疑問が生じる余地もあるので,確認のため,本文の筆者を明らかにすることを求めたものというべきである。

(ウ) 原判決のように解すると,実務上ワープロを用いた秘密証書遺言はできなくなってしまうおそれがある。なぜなら,本件遺言書の場合,Cの意思を聞き,控訴人Aが手書きで書いた遺言書本文の案を最初にワープロで打った控訴人Aの事務所の事務員と,その後に一応本文の案ができあがった段階で更にCと相談をした上で訂正箇所を示してその箇所をワープロで打った事務員が異なっているが,この場合だれを筆者とすべきか必ずしも明らかにならなくなるからである。あるいは,控訴人Aの事務所の事務員は,控訴人Aの意を受けて働く者であるから,控訴人Aの内部機関であるという反論も予想される。それならば,もっと端的に,Cは,控訴人Aを遺言書作成のために自己の手足として利用しただけという方が,すっきりとして法的安定性にも資する。したがって,本件遺言書の筆者はCであるというべきである。

2  生前贈与の有無

(1)  被控訴人らの主張

Cは,平成11年2月2日ころ,被控訴人らに対し,本件預貯金をそれぞれ3分の1ずつ贈与した。

(2)  控訴人らの主張

被控訴人らの上記主張を否認する。Cは被控訴人らを極端に嫌っていたから,被控訴人ら主張に係る贈与の事実があったとは考えられない。

3  本件保険金等の帰属

(1)  被控訴人らの主張

本件遺言が有効であるとしても,前記のとおり,Cは,本件遺言において,本件各保険の保険金等を「保険証書の受取人欄に記載のある相続人」に受領させる旨指定していたところ,本件各保険の証書の受取人欄には,いずれも「C」と記載されていた。そこで,Cの意思を合理的に推測すると,上記指定は,本件保険金等をCの相続人に相続させるとの趣旨と解すべきであるから,いずれにしても,本件保険金等を受け取る権利は,本件遺言の執行を要することなく,被控訴人らに帰属した。

(2)  控訴人らの主張

上記指定についてのCの意思は,次のとおりである。すなわち,Cは,被控訴人らのうちのだれかがCの存命中に特別な好意的行動などをとったときに,保険証券の受取人欄の記載をその者に変更することを予定して,本件遺言書に,保険証書の受取人欄に記載のある相続人に受領させる旨記載した。しかし,そのような特別の好意的行動をとった者はおらず,Cは保険金等の受取人を被控訴人らに指定しなかった。したがって,本件各保険の保険金,還付金は,原則に戻って(前記第2の2(4)ウ(ウ)),控訴人遺言執行者が換金等の上遺贈することとなる。

4  本件預貯金の払戻金の受領,本件保険金等の受領についての不法行為ないし不当利得の成否

(1)  被控訴人らの主張

本件遺言が無効であるときは,本件預貯金及び本件保険金等を受け取る権利は,被控訴人らが相続したものであり,そうでないとしても,上記のとおり,被控訴人らに帰属するものであるところ,控訴人遺言執行者ないし控訴人Aは,そのことを知っていたか,知らなかったとしてもこれを知り得たのに,本件預貯金を解約してその払戻しを受け,本件保険金等を受領した。したがって,控訴人遺言執行者は遺言執行者として,控訴人Aは上記遺言の執行に当たった個人として,被控訴人らに対し,それぞれ不法行為に基づく損害賠償ないし不当利得の返還として,上記払戻金及び保険金等の各3分の1に相当する金員の賠償ないし返還すべき義務を負う。

(2)  控訴人らの主張

被控訴人らの上記主張は争う。

第4当裁判所の判断

1  本案前の判断

(1)  本件遺言のうち本件遺言書六項部分の無効確認の訴えの利益

控訴人及びその教示を受けた上記訴えは,遺言の一部の無効確認を求める訴えであるところ,遺言無効確認の訴えは,その遺言が有効であるとすれば,それから生ずべき現在の特定の法律関係が存在しないことの確認を求めるものと解される場合で,被控訴人らがかかる確認を求める法律上の利益を有するときに適法となると解すべきである(最高裁昭和43年(オ)第627号,同47年2月15日第三小法廷判決・民集26巻1号30頁参照)。しかし,本件においては,被控訴人らは,上記訴えと併せて,無効確認を求める部分から生じた現在の法律関係である本件不動産の共有持分権確認の訴えを提起しているところ,これによって本件不動産の帰属を巡る紛争の抜本的解決を図ることができ,共有持分権確認に加えて,本件遺言全部の無効確認を求めるのであればともかく,本件遺言のうち本件不動産の売却代金の遺贈に係る部分のみの一部無効確認を求める必要があるとは解されない。とすれば,甲事件のうち本件遺言の一部の無効確認を求める訴えは,その利益があるということはできず,不適法として却下を免れない。

(2)  不法行為ないし不当利得に基づく金員支払請求の被告適格

相続人が,遺言執行者のした事務について,不法行為に基づく損害の賠償ないし不当利得に基づく利得の返還を求める訴訟においては,専ら遺言執行者の職にあった個人が被告となるものであって,遺言執行者がその資格において被告となるものではないというべきである。なぜなら,そのような訴訟において遺言執行者が被告となると,遺言執行者がその事務の執行に当たり加えた損害ないし損失の填補が相続財産からされることとなり,前記訴訟の目的を達成することができなくなるからである。したがって,甲事件のうち,被控訴人らから控訴人遺言執行者に対し,不法行為に基づく損害賠償ないし不当利得の返還を求める訴えは,被告適格を欠き不適法として却下を免れない。

(3)  控訴人遺言執行者による控訴の適法性について

ア 認定事実(本件記録上明らかである。)

(ア) 原判決は,平成13年5月31日に言い渡され,同判決正本は,同年6月5日,控訴人らに交付送達された。

(イ) 平成13年6月6日,原審に提出された本件控訴状には,控訴人(第1審被告)として「A」の名前のみが記載されていて,「C遺言執行者A」は当事者として表示されていない。しかし,本件控訴状には,事件名として「遺言無効確認等請求控訴事件」と「損害賠償請求控訴事件」とが併記されており,甲事件及び乙事件について平成13年5月31日に言い渡された原判決中,控訴人敗訴部分は不服であるから控訴を提起する旨記載され,「第1 原判決の表示」として,甲事件及び乙事件双方を含む原判決の主文全部が記載されている。また,「第2控訴の趣旨」として,前記第1の1,2のほか,「3 控訴費用は,第1・第2審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求める申立てがされている。

(ウ) その後,平成13年7月25日になって,控訴状の「控訴人(第1審被告)A」と記載のあるところを,「控訴人(第1審被告)(亡C遺言執行者兼本人)A」に訂正する旨の同月23日付控訴状訂正申立書が当裁判所に提出された。

イ 上記各事実によれば,原審に提出された本件控訴状に控訴人として「亡C遺言執行者A」の表示がないことをもって,直ちに控訴人Aのみが控訴を提起したもので,控訴人遺言執行者は控訴を提起していないと判断することはできず,かえって,本件控訴状の記載全体の趣旨からすれば,控訴人両名が控訴を提起したもので,ただ控訴人の表示において控訴人遺言執行者の表示を遺脱した誤記があるにすぎないものと解するのが相当である。したがって,本件控訴状が原判決の控訴人らへの送達後適法な控訴期間内に原審に提出されている以上,控訴人遺言執行者の控訴も適法に行われたものであり,前記ア(ウ)の控訴状訂正申立書は,本件控訴状中の控訴人の表示の誤記を訂正したものにすぎないと解するのが相当である。

2  本案の判断

(1)  本件遺言の効力(争点1)

ア 民法が秘密証書遺言の方式として,遺言者が公証人及び証人の前に遺言書を提出して,筆者の氏名及び住所を申述し,公証人が遺言者の申述を封紙に記載することを要求した(970条1項3,4号)のは,後日その遺言について争いが生じた場合に,現実に遺言書の筆記(ワープロを用いる場合には文字を入力して印字した者を指す。以下同じ。)を担当した者を明らかにしておくことによって,この者を尋問して立証の一助とし得る手掛かりをあらかじめ確保する趣旨に出たものと解される。とすれば,民法970条1項3号にいう「筆者」とは,現実に遺言書の本文を筆記した者をいうと解すべきである。

イ この点,控訴人らは,遺言者以外の第三者が遺言者の指示を受けて遺言書の本文を作成し,遺言者が末尾に署名,押印した場合に,遺言者が同号にいう「筆者」に当たる旨主張する。しかし,このように解するときは,秘密証書遺言においては,遺言書に遺言者が署名,押印することが求められる(同項2号)から,筆者は常に遺言者自身であることになり,遺言者に自己の遺言書であることのほかに筆者の氏名及び住所の申述を求めていることは全く無意味となる。さらに,公証人が遺言者の申述を記載した公証文書(封紙)から現実に遺言書の本文を筆記した者を探索する手掛かりを得ることができず,前記趣旨を没却することにもなるから,控訴人らの前記主張は,採用することができない。

ウ また,控訴人らは,本件遺言書の原稿を初めにワープロで打った者と,その後Cと控訴人Aが相談して訂正することとなった箇所をワープロで打った者は,いずれも控訴人Aの事務所の事務員であるが,同一人物ではないから,だれを筆者とすべきか不明となる旨主張する。

しかし,控訴人らの主張によっても,ワープロを操作した者は,いずれも控訴人Aの事務所の事務員であり,事務員らは,Aに指示された内容をそのままワープロで入力して印字することにより,本件遺言書(Cの署名押印部分を除く。)を作成したのであるから,控訴人Aの内部機関にすぎないものと評価することができる。したがって,本件においては,事務員らに対して,本件遺言書の内容となるべきもの又は訂正箇所を伝え,同人らにワープロを用いて本件遺言書の本文を作成又は訂正するよう指示した控訴人Aが,民法970条1項3号にいう「筆者」であるというべきである。この点に関し,控訴人らは,Cが控訴人Aを遺言書作成のためにCの手足として利用しただけである旨主張するが,前記第2の2(3)の事実によると,弁護士である控訴人Aは,Cからの依頼を受け,同人との委任関係に基づいて本件遺言書作成業務を遂行したと考えられることからすると,控訴人らの主張は失当といわざるを得ない。

しかるに,Cは,控訴人Aが筆者であると申述すべきところ,C自身が筆者である旨申述したというのであって,秘密証書遺言のうち「筆者」の氏名及び住所の申述という要件に欠けるものであるところ,民法970条1項3号が筆者の氏名及び住所の申述を要求した趣旨からすると,その要件の欠缺は軽微な方式の瑕疵とはいえず,本件遺言の全部が無効となるといわざるを得ない。

エ 以上によれば,本件遺言は無効であり,前記第2の2(1)アのとおり,被控訴人らはCを相続分各3分の1の割合で相続したから,被控訴人らは,不動産1の共有持分各6分の1,不動産3の共有持分各3分の1を有するものというべきである。

(2)  本件保険金等の帰属(争点3)

前記第2の2(2)イ(イ)及び(ウ)の事実に照らすと,保険1の死亡保険金及び保険2の還付金は,いずれも保険契約上,C自身が受取人になっているが,Cの死亡によって,この保険金請求権等,すなわち本件保険金等を受け取る権利は,前者については災害死亡保障付特殊養老保険普通保険約款30条③⑤(乙2)により,後者については簡易生命保険法69条1項によって,いずれも同人の法定相続人である被控訴人らに固有財産として帰属することとなり,被控訴人らがこれを3分の1ずつ取得したものというべきである。

(3)  控訴人Aの不法行為等(争点4)

前記(1)のとおり,本件遺言は無効であるから,Cの死亡により,同人の相続人である被控訴人らは,Cの遺産である本件預貯金及び本件保険金等を受け取る権利を各3分の1の割合で相続したことになる。また,本件遺言が無効である以上,控訴人Aは,Cの遺産に関し,遺言執行者として管理処分する権限を有していなかったものである。

それにもかかわらず,控訴人Aは,前記第2の2(5)のとおり,Cの遺言執行者として,被控訴人らが権利を有する本件預貯金の払戻しを受け,また本件保険金等の支払を受け,被控訴人らのこれらの金員の支払を受ける権利を消滅させ,少なくともその権利を行使することを著しく困難ならしめ,これらの金額相当の損害を被控訴人らに被らせたといわざるを得ない。

ところで,控訴人Aは,法律の専門家である弁護士として,前記(1)のとおり,民法970条が遺言者の署名,押印のほかに遺言書の筆者の氏名及び住所の申述を要件としていること,その立法趣旨に照らすと,同条1項3号の「筆者」について現実に遺言書の本文を筆記した者をいうと解釈すべきことを容易に知り得たというべきである。そして,控訴人Aは,本件遺言書の本文作成に関与した上,CがD公証人の面前で申述した際にも証人となっているのであるから,前記の解釈によると,本件遺言書の筆者はCではなく,Cのした申述が事実と相違することを知り得たはずである。したがって,控訴人Aは,本件遺言が無効であることに気づくことなく本件遺言書の内容どおりCの遺産の処分を行ったことについて過失があったというべきである。

また,本件保険金等を受け取る権利については,前記(2)のとおり,相続人である被控訴人らの固有財産に帰属するところ,弁護士である控訴人Aとしては,これについても容易に知り得たと認められる。しかるに,控訴人Aは,権限がないにもかかわらず本件保険金等を受領したのであるから,この点でも控訴人Aに過失があったと認められる。

そうすると,控訴人Aは,これらの過失行為の結果,被控訴人らに前記損害を被らせたのであるから,被控訴人らそれぞれに対して,不法行為に基づく損害賠償として,364万9555円(控訴人Aが受領した本件各預貯金の払戻金及び本件保険金等の合計額1094万8665円の3分の1)及びこれに対する不法行為の後である平成11年6月1日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を支払うべき義務を負う。

第5結論

以上の次第で,被控訴人らの甲事件請求中,不動産1,3について被控訴人らがそれぞれ共有持分を有することの確認請求は理由があるが,甲事件のその余の請求に係る訴えはいずれも不適法であり,被控訴人らの乙事件の請求はいずれも理由があるところ,これと同旨の原判決は相当であり,本件控訴はいずれも理由がない。

よって,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹原俊一 裁判官 小野洋一 裁判官 西井和徒)

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