大阪高等裁判所 平成13年(ネ)2309号 判決 2001年12月21日
主文
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,第1・2審とも被控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1申立て
1 控訴人
主文同旨
2 被控訴人
(1) 本件控訴を棄却する。
(2) 控訴費用は控訴人の負担とする。
第2被控訴人の請求及び事案の概要
1 被控訴人の請求
控訴人は,被控訴人に対し,金750万円及びこれに対する平成12年10月31日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
2 事案の概要
本件は,交通事故により死亡した被害者が保険会社との間で締結していた保険契約のいわゆる災害割増特約に基づいて,保険金受取人である被控訴人がその会社から保険契約上の義務を承継した控訴人に対して,特別死亡保険金の支払を求めた事案である。
(1) 前提となる事実
原判決の2頁4行目から3頁13行目までの記載を引用する。ただし,2頁14行目の次に以下のとおり加える。
「災害割増特約についての条項中には,保険金を支払う場合(支払事由)として,「被保険者がこの特約の責任開始期以後に発生した別表1に定める「不慮の事故」を直接の原因として,その事故の日からその日を含めて180日以内でかつ,この特約の保険期間中に死亡したとき」と定めた約定及び支払事由に該当しても保険金を支払わない場合(免責事由)として,「保険契約者または被保険者の故意または重大な過失により支払事由が生じたとき」と定めた約定がそれぞれあり,その別表1では,対象となる不慮の事故とは急激かつ偶発的な外来の事故であるとして,自動車交通事故,自動車非交通事故,その他の道路交通機関事故,他人の加害による損傷等が挙げられている(乙1)。」
(2) 争点及び当事者の主張
ア 原判決の「第2事案の概要」の「2争点」の記載(3頁15行目から4頁23行目まで)を引用する。
イ 当審における控訴人の主張(原判決非難)
原判決の,本件事故が「不慮の事故」に当たるとの判断及び亡Aに重過失がなかったとの判断は,社会通念や経験則に反する。
本件事故は,不慮の事故の構成要素である偶発性を欠いている。亡Aの行動から見て,車両の運転手が驚愕と恐怖心から車両を発進させることは予見でき,さらに,亡Aは,対面信号に背を向けており,泥酔状態であったから,対面信号が赤色表示であることを意識していたはずはないので,B車両が再び発進することは容易に予見可能であった。亡Aは危険な状況に自ら接近して行ったのであり,これは通常人にはあり得ない状況であった。本件事故は,通常の社会通念から見て,極めて特殊な事情のもとでしか発生し得ない事故であったから,多数の保険契約者の負担において填補すべき場合であるといえない。
亡Aは,深夜,泥酔状態で,幹線道路の交差点の中心付近に停車していた10トントラックに絡んで,車両にしつこくしがみつき,その結果転落して轢過されたのであり,被保険者である亡Aに重過失があったことは明らかである。
ウ 当審における被控訴人の主張
本件において,運転者が驚愕と恐怖心から車両を発進させることは通常予見できない。さらに,本件事故の結果については,被保険者である亡Aにとって予知し得ないものであったから,本件事故は「偶発的」なものであったとの原判決の判断は相当である。
訴外Bは,危険が差し迫っていたわけではなかったのに,亡Aに絡まれて足止めをされることをおそれ,亡Aをふりほどこうとして車両を発進させたのであり,轢過されることを亡Aが予見することは不可能だった。
第3争点に対する判断
1 原判決の4頁25行目から6頁13行目までの記載を引用する。ただし,4頁25行目の「甲第2号証」を「甲第1号証」と,6頁12行目から13行目にかけての「被告車両」を「B車両」とそれぞれ改める。
2 本件保険契約の災害割増特約における「不慮の事故」とは,急激かつ偶発的な外来の事故をいうものとされているところ,「偶発的」とは,原因又は結果の発生が被保険者にとって予知し得ない場合をいうものと解するのが相当である。
前記のとおり認定した事実によれば,亡Aは,深夜,交差点内に停車中の10トントラックであるB車両に自ら接近して,助手席側の窓ガラスを叩いたり,運転席外側ステップによじ登って窓ガラスを叩いたりしながら,大声を出すなどの行為を行ったのであり,かかる場合,運転者が驚愕あるいは恐怖心から,これを振り払おうとて,車両を発進させることがあり得ることは通常予知し得ないことではない。確かに,B車両の対面信号の表示が赤信号であったことや,しがみついている者が道路上に転落する危険があったことからして,この場合に車両を発進させることが,道路交通法に違反し,あるいは,業務上過失致死傷罪となる可能性のある行為であるとみることはできる。しかし,車両を発進させればしがみついている者が自ら危険を察知して任意に車両から離れてくれると期待することは,ありがちな発想であって,不自然不合理なものとはいえない。運転者が車両を発進させることが予知できるか否かを判断するのに,それが違法行為であればまったく予知できないというものではない。そして,車両の発進が予知できれば,道路上に転落すること及びそのときの亡Aの体勢や位置によってはB車両の前輪の直前に落下して轢過される可能性があることは容易に予知できる。当時,亡Aは,相当酒に酔った状態であったのであるから,本件交差点に設置された信号機の表示については意識になかったものとみることができ,また,自己が車両にしがみついている体勢や位置等についても正しく認識していなかった可能性が高く,本件事故を現実には予知していなかったといえるが,問題は,亡Aが本件事故を現に予知していたかどうかではなく,同人においてこれを予知し得たか否かである。
亡Aの訴外Bに対する行動は,相当酒に酔っていたとしても,過失行為ではなく故意に基づくもので,何の落ち度もない訴外Bを著しく困惑させるものであったことは明らかで,B車両を発進させて亡Aを轢過した訴外Bの行為に先行しているのであり,本件事故は亡Aの先行した行動がなければ起こり得なかったものである。亡Aの行動は,自ら本件事故を招いたと評価し得るものといってよい。
以上で検討したところによると,本件事故を「不慮の事故」に該当するとみることには疑問があり,仮にこれを「不慮の事故」とみることができるとしても,本件事故の発生について亡Aに重大な過失があったことが明らかである。
第4結論
以上の次第で,控訴人は本件保険契約の災害割増特約による特別死亡保険金の支払義務を負わないことになる。被控訴人の本件請求は理由がないので,これを理由があるとして認容した原判決は失当である。よって,原判決を取り消して,本件請求を棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 妹尾圭策 裁判官 稻葉重子 裁判官 栂村明剛)
<以下省略>