大阪高等裁判所 平成13年(ネ)2533号 判決 2001年12月27日
主文
1 原判決中控訴人ら敗訴部分を取り消す。
2 被控訴人の控訴人らに対する請求を棄却する。
3 訴訟費用は第1,2審とも被控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1当事者の求める裁判
1 控訴人ら
主文と同旨。
2 被控訴人
本件控訴を棄却する。
第2事案の概要
事案の概要は,次のとおり付け加えるほかは,原判決「事実及び理由」中の「第2 事案の概要」のうち控訴人らに関する部分のとおりであるから,これを引用する。
1 当審における控訴人らの主張
(1) 控訴人らが販売している床下防虫ネット及び床下換気扇は被控訴人が製造した商品ではなく,被控訴人の実用新案権等を侵害していない。
(2) 床下防虫ネット及び床下換気扇をセットで販売する方法は,もともとJが九州で始めたものである。被控訴人代表者は以前広島県でJの社員として勤務し,その知識を得たのであって,被控訴人のノウハウではない。また,販売は常にセットでされているものではない。床下防虫ネットの販売はセールスのきっかけを作るものに過ぎず,床下防虫ネットだけの販売の場合もある。床下防虫ネットの販売をセールスのきっかけにすること自体をノウハウとみることはできない。
2 当審における被控訴人の主張
(1) 被控訴人が販売している床下防虫ネットは,他のメーカーのものと異なり,既存の住宅に合わせて,どのような形にでも速やかに加工して取付けができるように工夫されている。被控訴人が設計した上,特定のメーカーに製造依頼して加工してもらっている商品である。控訴人らは,被控訴人の防虫ネットを加工業者に持ち込んで,全く同じように加工してもらっているのである。床下換気扇も,被控訴人の商品と同一のものである。
控訴人らは,被控訴人の販売代理店として営業することにより知り得た商品や知識等をもとにして,被控訴人独自の商品と同一の商品を販売している。被控訴人の商品や営業の内容が本件競業禁止条項によって保護される利益に当たることは当然である。
(2) 床下換気扇の販売は,主として白蟻消毒を業とする会社が行い,他にはリフォームを行う会社等が行っている。他社の営業方法は,電話でアポイントメントをとって営業するか,訪問販売で直接物品を販売するかのどちらかであり,営業と施工の担当者は異なるのが通常である。また,床下防虫ネットは,各ハウスメーカーが建物新築の際に換気口に取り付けるのが通常である。したがって,床下換気扇と床下防虫ネットとは,取り扱う業者が異なる。
これに対して,被控訴人の販売方法は,まず床下換気口に取り付ける床下防虫ネットを販売し,その後,サービスとして床下点検を行い,これによって判明した個々の家の状況に応じて,床下換気扇の取付けの必要性を説明し,販売活動を行うというものであり,単価の低い商品の販売をきっかけにして単価の高い商品を販売するという点に特徴がある。そこで,被控訴人は,販売実績の向上の鍵を握る床下防虫ネットの販売件数を多くするため,販売しやすい床下防虫ネットを開発し,実用新案権を得ているのである。また,被控訴人の営業方法は,営業と施工とが一人でできるシステムを用いることにより,契約から施工まで短時間ですみ,工事コストを安くすることができる。そして,販売代理店が販売と加工・取付を一人で行うことができるように,教育体制を整えている。
第3当裁判所の判断
1 争点(1)について
控訴人らは,いずれも被控訴人との間で本件の各販売代理店契約という名称の契約を締結しているのであるから,この契約が控訴人らに適用されることは明らかである。販売代理店契約の内容と就業の実態はおおむね原判決が認定するとおりであり(原判決書12頁13行目から同13頁20行目までを引用する。),この事実と,控訴人らが自分の事務所や営業所を持つものではなく,控訴人らがする仕事はほぼ全面的に被控訴人の指揮監督のもとに行われるものであることに照らすと,控訴人らと被控訴人の関係は実質的には雇用契約と認められる面が多分にあり,控訴人らの実質上の地位は従業員とほとんど変わらないと認められるから,本件競業禁止条項の解釈適用は控訴人らのこのような実質的な地位を前提として行うのが相当であるが,そうであっても,本件各販売代理店契約ないしそれに含まれる本件競業禁止条項が控訴人らに適用されないという理由はない。
2 争点2について
(1) 争いのない事実と先に引用して認定した事実及び証拠(甲1ないし7,9の1・2,10ないし16,証人N,控訴人H,被控訴人代表者)によると,争点2に関する事実関係の要旨は次のとおりである。
被控訴人は,平成7年に設立された会社であるが,主として,代表取締役のTがそれまでに修得し,あるいは開発した技術や営業方法を用いて,床下防虫ネット及び床下換気扇の訪問販売と取付業を営んでいる。床下防虫ネットは,建物の布基礎に開けられた換気口に虫や小動物が入らないように張る網であり,床下換気扇は,建物の床下に空気の流れを作る目的で設置する換気扇である。
被控訴人の営業は,ほぼ全部訪問販売により行われる。訪問販売の担当者は当初アルバイトという形で募集されて雇用されるが,基礎的な営業方法や技術の習得期間を過ぎると(基本的な取付方法は1日あれば修得できる。),ごく短期間(1~2週間)の後に,被控訴人との間の販売代理店契約書に調印するよう勧誘される。この契約により販売代理店になった者は,毎朝被控訴人の営業所に集まり,数名で班を作って,被控訴人の商品を携え,被控訴人の車両で,訪問販売に出かける。訪問先では,まず点検をさせてもらい,そのあと床下防虫ネットを売り込む。床下防虫ネットが売れると,これを床下換気口に取り付け,引き続き,サービスという形で床下の掃除を行う。掃除で床下を見た後,床下に建物保存の上で問題点があることを指摘して,床下換気扇の取付を勧め,購入されると,これを設置する。
毎日の営業結果は,基本的には,売上代金から,売れた商品ごとに決められている貸出商品代金という名目の金額を控除して精算され,差額が販売代理店に支払われる。
販売代理店契約書には,本件競業禁止条項が印刷されている。その内容は,「本契約が終了した後3年間は同種商品の販売をし,または,同種商品の販売業務を行う者と共同で営業を行い,もしくは,他者より同種商品の販売業務の受託をしてはならない。」というものである。
控訴人らは,争いのないとおり,販売代理店契約を終了させ,その後J株式会社を共同で運営し,被控訴人の営業地域に含まれる地域で,被控訴人が販売しているのと同様の床下防虫ネット及び床下換気扇の訪問販売をしている。
本件は,被控訴人が,本件競業禁止条項に基づいて,控訴人らに対し,近畿地方において,床下防虫ネット及び床下換気扇の販売を行い,又は上記各商品の販売業務を行う者と共同で営業を行い,もしくは第三者より上記各商品の販売業務の受託をしてはならない旨の裁判を求めるものである。
(2) 本件競業禁止条項のような競業禁止の約束は,憲法22条に定める職業選択の自由を直接制約する約束であるから,合理性,必要性及び相当性が認められない場合には,公序良俗に反して無効というべきである。そして,当該約束が有効といえるかどうかは,その適用を求める者が主張し,立証し得た諸般の事情を総合的に検討して,判断されるべきである。
(3) 被控訴人は,次のように主張して,本件競業禁止条項は有効であると主張している。
① 競業禁止期間は契約終了後3年であり,時間的制約が定められている。
② 禁止の範囲は(被控訴人の販売する商品と)同種の商品の販売及び販売の受託に限られている。
③ 場所に関する直接的な限定はないが,被控訴人の営業範囲が近畿一円であることから,その範囲に限られ,本件でも,その限度で差止めを求めている。
④ 被控訴人が展開している販売方法は,商品及びサービス内容に新規性,固有性,特殊性があり,他社にはない独特のノウハウを用いた訪問販売営業である。本件競業禁止条項があるから販売代理店にこれらのノウハウ等を提供できる。
⑤ 本件競業禁止条項は販売代理店契約の締結時に最初に約束されたものであり,控訴人らが競業禁止を嫌うなら販売代理店契約を締結しないことができる。
⑥ 被控訴人は発展途上の企業であるから,本件競業禁止条項を必要とする。
(4) しかし,本件の証拠からは,本件競業禁止条項を有効と認めることはできない。
① 競業禁止期間は3年であるが,決して短い期間ではなく,むしろ相当長い。
② 控訴人らは,販売代理店と名付けられているが,前記のとおり実態は被控訴人の従業員と変わらない。控訴人らの仕事は,外に出て,家をまわり,床下の開口部に付ける床下防虫ネットと床下等に設置する床下換気扇を売り込み,売れたときにこれを取り付けるというものであり,基本的には単純労働に該当する。控訴人Hの場合には中学を卒業した後高校を中退して最初に就いた仕事であるように(控訴人H),特別の知識経験を必要とするものではなく,基本的なことは1日あれば修得できる程度で,短期間に修得できる仕事である。被控訴人から職を得てこのような仕事の仕方を修得したに過ぎない者が同種の仕事に就くことを禁止される期間として考えると,3年間が短いとは到底認められない。
③ しかも,3年間の競業禁止の代償となるものが見当たらない。被控訴人代表者の供述中には,販売代理店の収入が高いことを強調するような部分があるが,具体性がなく,これを裏付けるに足りる証拠はない。かえって,控訴人らは販売代理店扱いを受けるため,社会保険制度や特別の福利厚生面の提供はなく,退職金もない。
④ 本件競業禁止条項は,販売代理店であった期間の長短を問わずに適用される。控訴人らのうち控訴人Oの販売代理店期間は2か月に過ぎず,控訴人Mは1年8か月程度,同Hでも2年余りに過ぎない。それでも3年間の競業が禁止されるのは,②③と考え合わせると著しく均衡を欠く。
⑤ 本件競業禁止条項による禁止の範囲は,被控訴人の販売する商品と同種の商品の販売及び販売の受託等であるが,被控訴人の営業が床下防虫ネットと床下換気扇の販売業であるように,それ自体が一個の事業の全体となり得るものである。また,被控訴人の販売する床下防虫ネット及び床下換気扇と同種の商品というのは,要するに床下防虫ネット及び床下換気扇一般と言い換えるのとほとんど変わりがない。そうすると,本件競業禁止条項は,床下防虫ネット及び床下換気扇の販売という一個の事業自体を包括的に禁止する趣旨のものといわざるを得ないから,本件競業禁止条項により禁止される営業の範囲は広い。
⑥ 被控訴人は,本件競業禁止条項には場所的な限定がされていると主張するが,そのようには認められない。被控訴人は,被控訴人が現実に営業している地域に照らすと,禁止場所は近畿一円に限定されていると主張する。しかし,被控訴人が現実に営業している地域というのがどういう場所をいうのかは明確ではない。被控訴人が近畿一円を網羅的に営業範囲としていると認めるだけの証拠はないから,近畿一円を禁止場所とすることが合理的な限定とも思えない。
⑦ 被控訴人は,被控訴人の事業は,商品及びサービス内容に新規性,固有性,特殊性があり,他社にはない独特のノウハウを用いた訪問販売業であるし,本件競業禁止条項があるから販売代理店にこれらのノウハウ等を提供できると主張する。そして,その具体的内容を種々主張している。しかし,顧客へのアプローチの方法や時間配分に関する販売代理店間の受け継ぎ及び指導といわれている点について特に新規性等がある事実を認めるに足りる証拠はない。地域・町内・団地等の風習やしきたり,又はその時々の関心事,他社との契約件数の比率,施工業者の限定情報,平日の留守宅の比率情報等といわれるものの受け継ぎないし指導について,特殊な知識・情報・経験に基づく独特のノウハウがあると認めるに足りる証拠もない。取付方法に独自のノウハウがあると認めるに足りる証拠もない。床下防虫ネットが被控訴人の設計によりメーカーに注文して製造されるものであり立木が実用新案登録を受けていることは認めることができるが(甲11,16,被控訴人代表者),実用新案権に抵触しない床下防虫ネットを製造することが困難であるとは認めがたいし,実用新案権はそれ自体として保護されるのであり,本件競業禁止条項によらなければ保護をはかり得ないものではない。床下換気扇のうちこれに用いられるファンについては株式会社Sが特許出願をし(甲12),換気扇取付パネルについても同社が意匠登録出願をしている(甲13)ことが認められるが,そのような発明等の保護についても,上記と同様である。なお,被控訴人代表者の供述中には,被控訴人の営業の顕著な独自性は床下防虫ネットと床下換気扇のセット販売方法にあるという部分がある。まず安価な床下防虫ネットの取付を勧め,購入してもらって取り付けるが,その後に無料で床下の掃除を行い,これをきっかけとして床下換気扇が必要であると進言して,高価な床下換気扇を売り込むという方法をいうものであり,このように双方の商品を扱い,かつ上記のような手順を踏んで売り込む方法は他社にはない独自性があるというもののようである。しかし,床下防虫ネットの勧誘が後に床下換気扇の勧誘を行う導入に過ぎないことを顧客に内密にしているという意味では秘密情報であるのかもしれないが,上記営業方法が営業上の価値のあるものとして管理されている秘密情報とまでいうことのできるものであるとはにわかに認めがたい。もっとも,被控訴人代表者は,弁論ないし供述では明かせない秘密も無数にあると述べるようでもあるが,そのようなものがほかにあると認めるに足りる証拠はない。そして,仮に重要な秘密情報が販売代理店に開示されているとしても,その保護は,競業禁止ではなく,不正競争防止関連の法律により図ることが可能である。
⑧ 以上によると,本件競業禁止条項は,被控訴人の単純な業務に携わっていた者で,これといった秘訣や秘密を開発ないし管理していた者ではなく,あるいはそのような重要な秘訣や秘密を伝授されたのでもない者に対し,就業期間の長短とは全く無関係に,長期間にわたり,事業内容及び事業場所について相当広範囲な競業を禁止するものであり,禁止の代償としてこれといった利益も提供されていないところ,本件競業禁止条項による制約を課さなければ被控訴人に固有の秘訣や秘密が維持管理できないというような相当強い必要性があることは認めがたいのである。このような本件競業禁止条項は,前記憲法の規定に鑑みると,公序良俗に反して無効と認めるのが相当である。
(5) もっとも,控訴人らの販売代理店契約終了後の営業方法には,少なくとも過去に,信義則ないし不正競争防止の観点から問題があったことを認めることができるから(甲17ないし25,26の1ないし3,27,28,控訴人H),被控訴人が本件訴えに及んだことには理解できる面があるが,このことは本件競業禁止条項の有効性自体の認定判断には直接かかわらないことというべきである。
(6) そうすると,被控訴人の請求は,その余の点を判断するまでもなく,理由がない。
3 以上によると,被控訴人の本件請求は棄却すべきであるから,これと異なる原判決のうち控訴人らに関する部分を上記のとおり変更することとし,訴訟費用の負担について民訴法67条,61条を適用して,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 加藤英継 裁判官 小見山進 裁判官 大竹優子)