大阪高等裁判所 平成13年(ネ)2642号 判決 2001年12月13日
主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1 控訴人ら
(一) 原判決を取り消す。
(二) 被控訴人の請求を棄却する。
(三) 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。
2 被控訴人
主文同旨
第2事案の概要
1 後記2のとおり当審における控訴人らの主張を付加するほか,原判決「事実および理由」中の「第2 事案の概要」のとおりであるから,これを引用する。
但し,原判決6頁21行目の「求めるべき」を「認めるべき」と,同22行目の「原告においても」から同23行目の「求めるのは,とても」までを「被控訴人が上記のように長期間放置しながら,昭和49年当時の代金額のまま所有権移転登記手続を求めるのは,控訴人らにおいて到底」と,それぞれ改める。
2 当審における控訴人らの主張
(1) 本件訴訟において,被控訴人の所有権移転登記手続請求が認められるためには,その要件として契約当事者間における売買契約が積極的に主張・立証されなければならない。
(2) しかし,被控訴人が,Dとの本件契約の根拠として提出する本件公正証書については,①Dが利用したこともない遠隔地の公証人によって作成されていること,②作成に当たり,Dの実印について改印手続がなされていること,③Dとほとんど面識のない人物が代理人となっていること等の不審点があり,売買代金が著しく低廉なものとされ,その代金さえ支払われたことについての立証がないのであるから,Dの意思に基づいて本件公正証書が作成されたとは認められず,本件契約がDの意思によって締結されたとは認められないというべきである。
(3) 本件契約に基づく売買代金の支払については,これを裏付ける証拠はなく,支払を完了したことについての審理は尽くされていない。
第3争点に対する判断
1 本件契約の不成立,公序良俗違反,錯誤無効及び代金の未払(争点(1)ないし(3),(6))について
(一) 引用にかかる原判決認定の事実(前提事実(4))及び証拠(甲2,4ないし25《枝番含む》,乙4ないし19《枝番含む》)によれば,神戸地方裁判所昭和52年(ワ)第875号相続財産確認等請求事件(以下「前訴」という。)は,控訴人らが,①控訴人らと被控訴人及びEとの間で,定期預金債権6口(債権額合計500万円),頼母子講債権48万円,株式が被相続人Fの相続財産であることの確認を,②控訴人らと被控訴人及びEとの間で,本件土地(但し,平成2年9月27日付換地処分前の表示は神戸市l区m町n丁目o番所在の宅地115.70平方メートル)や定期預金債権1口(100万円),頼母子講債権合計156万円,貸金債権150万円,株式5銘柄が被相続人Dの相続財産であることの確認を,③控訴人らと被控訴人,E及びHとの間において,神戸市p区qr丁目s番t所在の土地・建物や頼母子講債権96万円が被相続人Dの相続財産であることの確認を,④控訴人Bが,被相続人F及び同Dの相続人であることとその相続分の確認を,本件土地に設定された所有権移転登記請求権仮登記の抹消登記手続を,それぞれ請求していた訴訟であったこと,前訴における請求原因の中で,控訴人らは本件土地をもとDが所有していたと主張したのに対し,被控訴人及びEは,抗弁として本件契約によって本件土地を被控訴人が買い受けたことを主張し,控訴人らはこれを否認していたこと,前訴の第一審の審理においては,本件契約の成立の経過や代金支払の有無について,当事者双方が十分意識して,関係する証拠を提出の上,被控訴人,Eや控訴人らそれぞれに対する本人尋問,Dの代理人として本件公正証書の作成に関与したG及びDの姪で同人が入院中付添看護に当たっていたIに対する証人尋問が行われたこと,その結果,前訴の第一審判決(神戸地方裁判所昭和63年3月24日言渡し)では,昭和49年8月ころ,Dが,被控訴人に対して本件土地を売ることにして,同年9月4日,Gを代理人として本件公正証書の作成嘱託をし,被控訴人が昭和50年8月ころまでに土地代金の支払を了したと認定し,本件土地がDの相続財産であることの確認請求及び本件土地に設定された上記仮登記の抹消登記手続請求をいずれも棄却したこと,控訴審では,本件公正証書作成の経緯やこれに基づく代金支払の有無を中心に,被控訴人,E及び控訴人Bに対する各本人尋問が行われた上で控訴棄却の判決がなされ,同判決は上告審でも維持されたこと,以上の事実が認められる。
本件訴訟は,被控訴人の控訴人らに対する本件土地についての所有権移転登記手続請求であり,被控訴人が請求原因として本件契約の成立と代金が支払済みであることを主張するのに対し,控訴人らは,これを否認するとともに,抗弁として,①公序良俗違反による無効,②錯誤無効,③登記請求権の失効,④事情変更の原則,⑤代金未払い(同時履行の抗弁)を主張し,当審においても本件公正証書の作成過程には多くの不審点があると繰り返し指摘している。
(二) 以上によれば,前訴は本件土地に関する相続財産確認請求と仮登記抹消登記手続請求訴訟を含む多くの債権等の相続財産確認等請求訴訟であったのに対し,本件訴訟は,本件土地のみについて,本件契約に基づく所有権移転登記手続を請求する訴訟であるから,訴訟物を異にする訴訟であるだけでなく,訴訟の対象となる財産の範囲についても前訴は本件訴訟に比して複雑多岐にわたるものであった。
しかし,前訴の審理過程において,訴訟当事者であった控訴人らや被控訴人,E以外にも,証人としてDの代理人となったG等の尋問が行われ,さらに控訴審でも本件契約の成否や代金の支払関係を中心として本人尋問が行われるなど,本件土地に関する請求の当否は主要な争点の一つとして争われていたというべきであり,その当否の判断は,被控訴人が抗弁として主張していた本件契約が成立し,その後代金が支払われたことによってDの所有権が喪失したか否かの認定にかかっていたというべきである。
そして,前訴は,上告審において平成7年9月19日に上告棄却の判決がなされて確定に至るまで約18年の長期間に及ぶ審理がなされたことからすれば,本件契約の成否及びその代金支払の有無については,前訴において十分に主張,立証が尽くされたと認められ,そこで控訴人らが明示的に前記①公序良俗違反による無効,②錯誤無効,⑤代金未払の主張をしていなかったとしても,引用にかかる原判決摘示の控訴人らの主張によれば,各主張の基礎となる事実関係はいずれも控訴人らが本件契約の成立を否認する事由として主張する事実と重複しており,これを前訴で主張することには何らの支障もなかったといえるから,本件訴訟において,改めて控訴人らが本件契約の成立や代金支払を否認するとともに上記①,②,⑤の主張を行うことは,実質的に同一の紛争を恣意的に分断して蒸し返すことを許すことになり,これは長期にわたる審理を経て確定判決を得ることによって,本件契約の成否については実質的に決着済みであるとの被控訴人の合理的な期待と信頼に反することになるというべきであるから,本件訴訟において,控訴人らが本件契約の成立及び代金支払の事実を否認し,前記①,②,⑤の主張を行うことは,訴訟上の信義則に照らして許されないものと解するのが相当である。
(三) これに対し,控訴人らは,前訴の判決の効力として本件契約の成立という積極的な事実認定を行うことは認められない旨を主張するが,前示(二)で判示したところは,前訴の審理経過に照らして,控訴人らの主張の一部を信義則に反するものとして制限するにとどまるのであって,前訴の確定判決の効力として一定の事実を認定するものではないから,控訴人らの上記主張は理由がない。
また,控訴人らは,前訴においては,本件土地が相続財産に含まれるか否かについて着眼した審理がなされたにすぎず,本件契約成立のための要件事実である代金の合意やその支払について十分な審理,判断はなされていないとも主張するが,前記認定の前訴の審理経過に照らして採用できない。
(四) なお,本件訴訟における控訴人らの主張のうち,前記③登記請求権の失効,④事情変更の原則については,本件契約が成立していることが前提となっても,その後の事実関係に基づいて主張される抗弁であるから,前記のような訴訟上の信義則に反するものではなく,有効に主張し得るものであるから,以下,これらの点について検討する。
2 登記請求権の失効,事情変更の原則(争点(4),(5))について
(一) 前記認定の前訴の経緯のほか,証拠(甲17の1,甲19の1ないし4,甲22)及び弁論の全趣旨によれば,前訴の判決確定後も,Eと控訴人らとの間で,D及びFの遺産分割調停がされており,平成12年3月に調停不成立となったこと,被控訴人は,昭和30年ころから本件土地上に建物を建てて,自宅や店舗(喫茶店)として使用していたことが認められ,これによれば,本件土地の帰属については前訴の上告審判決がなされた平成7年9月には一応の決着がついたものの,その後も遺産分割における本件土地の取扱いをめぐって議論が続けられていたのであって,その間,本件土地は被控訴人によって使用されてきたことからすれば,平成12年8月に本件訴訟を提起するまで本件土地の所有権移転登記手続を求めなかったことをもって,同登記手続請求権が失効したと解することはできない。
(二) また,控訴人らは,本件土地の所有権移転登記手続請求を認めるとしても,本件契約が成立したとする昭和49年から長期間が経過していることから,改定(増額)した代金額と元の契約代金(234万3000円)との差額の支払と引換えとされるべきであると主張する。
しかし,前訴において認められたとおり,本件契約に基づく代金は,昭和50年8月までに全額支払われており,その後,前記のとおり,本件土地の帰属やD及びFの遺産分割をめぐって,当事者間に紛争が生じていることからすれば,本件契約から長期間が経過し,その間に本件土地の評価額が1188万円余に上昇していること(乙3の1,2)等の事情の変更をもって,契約代金の改定をすべきものとは解されず,控訴人らの主張は採用できない。
第4結語
よって,被控訴人の本件請求は理由があるから,これを認容すべきであり,これと同旨の原判決は結論において相当であるから,本件控訴を棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 武田多喜子 裁判官 松本久 裁判官 森木田邦裕)