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大阪高等裁判所 平成13年(ネ)2757号 判決 2002年4月11日

控訴人

森岡孝二

外三一名

控訴人

有限会社山梨化工機製作所

代表者代表取締役

重田実

右三三名訴訟代理人弁護士

松丸正

阪口徳雄

東中光雄

井上二郎

田中俊

河野豊

辻公雄

井上洋子

住川和夫

寺田太

井関和彦

植田勝博

加島宏

鎌田幸夫

財前昌和

澤田隆

城塚健之

関戸一考

田中厚

津田浩克

正木みどり

村松昭夫

村上久德

右三二名(控訴人竹川幸子を除く。)訴訟代理人弁護士

竹川幸子

右三二名(控訴人富﨑正人を除く。)訴訟代理人弁護士

富﨑正人

右三二名(控訴人細見茂を除く。)訴訟代理人弁護士

細見茂

控訴人森岡孝二訴訟代理人弁護士

橋本敦

被控訴人

浦上敏臣

被控訴人

吉田紘一

右両名訴訟代理人弁護士

宮谷隆

松井秀樹

清水真

齋藤美幸

山岸良太

主文

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた裁判

1  控訴人ら

(1)  原判決を取り消す。

(2)ア  被控訴人浦上敏臣は、住友生命保険相互会社(主たる事務所の所在地・大阪市北区中之島<番地略>)に対し、五二七六万円及びこれに対する平成一二年一二月二三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

イ 被控訴人吉田紘一は、住友生命保険相互会社に対し、一五三一万円及びこれに対する平成一二年一二月二三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(3)  被控訴人吉田紘一は、住友生命保険相互会社の代表取締役として、政党、政党の支部、政治資金団体に対し、寄附をしてはならない。

(4)  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

(5)  (2)、(3)につき仮執行宣言

2  被控訴人ら

主文同旨

第2  事案の概要

本件事案の概要は、以下のとおり改めるほか、原判決の「事実及び理由」の「第2 事案の概要」(原判決一頁一九行目<編注 本号一一九頁二段一六行目>から二九頁一〇行目<同一二二頁二段一六行目>まで)のとおりであるから、これを引用する。

原判決二二頁二四行目<省略>の次に行を改めて以下のとおり加える。

「ク 本件政治献金をすることについては、住友生命は、保険料の中から政治献金をする旨を契約者に明示しておらず、その旨の黙示の合意もない。このように、保険契約に違反する政治献金である以上、取締役がその義務に違反して会社資金を出捐することは取締役の善管注意義務に違反する。」

第3  当裁判所の判断

1  当裁判所も控訴人らの請求はいずれも理由がないから、これを棄却すべきものと判断する。その理由は、以下のとおり改めるほか、原判決の「事実及び理由」の「第3 争点に対する判断」(原判決二九頁一二行目<同一二二頁二段一七行目>から三九頁一五行目<同一二五頁四段三二行目>まで)のとおりであるから、これを引用する。

(1)  原判決二九頁末行<同一二二頁三段一一行目>の次に行を改めて以下のとおり加える。

「控訴人らは、法人は政治献金を行う自由を有するとはいえないと主張する。しかし、法人も政治的行為を行う自由を享有すると解されることは前記説示のとおりであるところ、政治献金もその自由の一環としてこれを否定し去ることはできないものというべきである。控訴人らの主張は採用できない。」

(2)  原判決三〇頁六行目<同一二二頁三段二二行目>の次に行を改めて以下のとおり加える。

「控訴人らは、相互会社の政治献金を認めるかどうかは立法裁量の問題ではないと主張するが、採用の限りでない。」

(3)  原判決三〇頁二二行目<同一二二頁四段一八行目>の次に行を改めて以下のとおり加える。

「控訴人らは、違憲審査における「二重の基準論」にみられるように、思想・信条の自由などの精神的自由規定からは立法府の裁量はより強い統制を受ける、また、選挙権の平等の確保については、それが民主主義の根幹をなすものとして「投票箱の過程そのものを阻害するような立法」に対しては、裁判所は厳しい態度で審査に望むべきものであるなどと主張し、したがって、現行の政治資金規正法が企業・団体による政治献金を禁止していないことをもって個々の企業・団体献金がなんの問題もないかのように扱うことは、民主主義過程における裁判所による司法審査の機能を没却するものであると主張する。

しかし、相互会社の政治献金が社員の政治的信条の自由を侵害するものでないことは後記のとおりであるし、相互会社の政治献金が国民の参政権を直接・間接に侵害するものではないことも前記説示のとおりであって、政治資金規正法が「投票箱の過程そのものを阻害するような立法」とはいえないことは明らかである。結局、控訴人らの主張は前提を欠くことに帰するものであって失当というほかない。」

(4)  原判決三一頁二一行目<同一二三頁一段二九行目>の「強制加入団体」の手前に「税理士会のように加入しなければ税理士業務を行うことができない」を加える。

(5)  原判決三三頁九行目<同一二三頁四段三行目>の次に行を改めて以下のとおり加える。

「控訴人らは、政治資金規正法が会社の政治献金を許容していることは、極めて薄弱な根拠のもとに、構造的に社員の政治的思想・信条の自由の侵害を生ぜしめることになり、政治資金規正法そのものの合理性も極めて疑わしいから、保険業を営む相互会社に政治団体・政治家への政治献金を許容することは、その限りにおいて、憲法一五条一項、一九条、一四条に違反する適用違憲の結果を生ずるなどと主張する。

しかし、前記説示のとおり、政治資金規正法自体にはその合理性を疑わしめるような点は見い出せないというべきであるし、住友生命のような保険業を営む相互会社に政治献金を許容したとしても、国民の参政権を直接・間接に侵害したり、社員の政治的思想・信条の自由を侵害したりするものではないから、控訴人らが主張するような適用違憲の問題が生じるということもないというべきである。控訴人らの主張は採用できない。」

(6)  原判決三五頁一五行目<同一二四頁三段八行目>の「これは」から一六行目<同一二四頁三段一一行目>の「評価すべきであり」までを次のとおり改める。

「これは、相互会社を含む企業・団体による政治献金について、今なお様々な意見が錯綜している状況の下で、国民の代表の場である国会における議論を経た後にも、相互会社による政治献金を禁止する措置が採られるには至っていないということによるものと評価すべきであり」

(7)  原判決三五頁二二行目<同一二四頁三段二二行目>の「抽象的に観察して、」に引き続き以下のとおり加える。

「後記のとおり、生命保険事業を継続的、安定的に遂行していく上で、社会、経済の安定的な基盤の確保が不可欠の前提となるとの考え方に立って行われたもので、企業体としての円滑な発展を図るうえに相当の価値と効果が認められ、間接ではあっても目的遂行のため必要なものであるとするを妨げず、」

(8)  原判決三六頁五行目<同一二四頁四段四行目>の次に行を改めて以下のとおり加える。

「控訴人らは、企業・団体による政治献金は、政治腐敗や利益誘導に結びつく危険性を有しているなどとその弊害を縷々主張する。しかし、政治献金それ自体は、企業・団体によると個人によるとを問わず、疑獄事件に直結するものではないし、そのような病理現象を抑制するための制度は刑法その他の関係法規に厳として存在するところである。したがって、控訴人ら指摘の弊害を考慮に入れても前記の認定・判断を動かすものではないというべきである。」

(9)  原判決三八頁一六行目<同一二五頁三段二一行目>の「前提としているのであり」に引き続き「(ちなみに、各政治団体は毎年度収支報告書の提出を義務づけられ〔政治資金規正法一二条〕、提出された収支報告書はその要旨が公表されることとされている〔同法二〇条〕。)」を加える。

(10)  原判決三八頁一八行目<同一二五頁三段二五行目>の次に行を改めて以下のとおり加える。

「控訴人らは、政治献金が取締役の善管注意義務に違反するかどうかの重要な判断要素として、①政治献金が現代の時代に必要不可欠かどうか考慮されなければならない、②保険契約の特殊性からくる制約(契約者の思想・信条との抵触)についても考慮すべき事情となる、③仮に政治献金をするとしても、その弊害や政治献金が最終的に何に費消されているのかを考慮すべきであるなどと主張する。

しかし、相互会社の政治献金も事業活動の一環としてなされるものであるから、取締役は会社の規模等に応じて合理的な裁量の範囲内であれば政治献金を行うことができるものというべきである。それが現代の時代に必要不可欠かどうかというような事情は、将来的に企業・団体による政治献金はどうあるべきかといった立法論としてはともかく、これにより当該取締役の具体的な善管注意義務違反の有無を決することは相当でない。このことは政党助成法が制定されて以降、自民党への政治献金の必要性がなお存在するかどうかという事情についても同様である。

また、控訴人らは、保険業を営む相互会社の特殊性を強調するけれども、相互会社も株式会社組織の保険会社と同様、対外的な取引を通じて資産運用を行っているのであり、その経済活動の実体は株式会社組織の保険会社と基本的に異なるものではない。相互会社における退社の制約や、政治献金の原資が付加保険料として予め支払を受けている事業費から出捐されることを考慮に入れても、政治献金が社員の思想・信条の自由を侵害するものではないことは前記説示のとおりである。

さらに、控訴人らが主張するような政治献金に係る病理現象に対処するためには、刑法その他の関係法規を厳正に運用し、あるいは新たな立法措置に俟つべきものであるし(ちなみに、本件政治献金により住友生命に具体的な弊害が発生していると認めるに足りる証拠はない。)、前記説示のとおり、取締役は政治献金の最終的な使途を検討すべき義務を負うものともいえないところである。

結局、控訴人らが主張する判断要素は、政治献金を行った相互会社の取締役の善管注意義務違反の有無を決するについて決め手となるものではない。」

(11)  原判決三九頁八行目<同一二五頁四段二〇行目>の次に行を改めて以下のとおり加える。

「(4) 控訴人らは、住友生命は、徴収した保険料から本件政治献金をする旨を明示せず、控訴人らとの間でその旨の黙示の合意もないから、このような保険契約違反の政治献金を行った取締役はその善管注意義務に違反すると主張する。

しかし、政治献金を行うかどうかは保険契約(約款)の要素ともいうべきものではないし、保険業を営む相互会社が、その事業活動の一環として関係法令に従い事業費から政治献金を出捐することは違法なものではなく、合理的な範囲内における事業費の支出は、政治献金を含め、保険契約(約款)の当然の内容になっているというべきものであるから、契約違反の問題は起こらないというべきである。控訴人らの主張は採用できない。」

2  結論

以上によれば、控訴人らの請求はいずれも理由がないから、これを棄却すべきである。よって、原判決は相当であって、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法六七条一項、六一条、六五条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官・根本眞、裁判官・鎌田義勝、裁判官・松田亨)

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