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大阪高等裁判所 平成13年(ネ)2883号 判決 2002年1月31日

主文

1  本件控訴をいずれも棄却する。

2  控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求める裁判

1  控訴の趣旨

(1)  原判決を取り消す。

(2)  被控訴人は,控訴人ら各自に対し,217万2880円及びこれに対する平成12年7月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。(控訴人らは当審において請求の減縮をした。)

(3)  訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。

(4)  仮執行の宣言

2  控訴の趣旨に対する答弁

主文同旨

第2事案の概要

本件は,控訴人らが債務者をA(以下「A」という。),第三債務者を被控訴人とする債権差押命令に基づく取立権により,被控訴人に対し,被控訴人がAに負う手数料債務の支払及び本件訴状送達の翌日である平成12年7月25日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

1  争いのない事実及び前提的事実(証拠により認定した事実については,括弧内に当該証拠を記載する。)。

(1)  Aは,被控訴人との間で,昭和58年4月1日損害保険代理店委託契約(以下「本件代理店契約」という。)を締結した。

(2)  本件代理店契約において,次のとおり定められている。

あ Aは,委託された保険種類について,被控訴人を代理して保険契約の締結等の業務を行う。

い 被控訴人は,Aが取り扱った保険契約について,被控訴人が領収した収入保険料に対し,一定の割合の代理店手数料を支払う(以下「本件手数料」という。)。

(以上,甲1の③)

(3)  控訴人らは,Aを債務者,被控訴人を第三債務者として,平成6年6月2日,大阪地方裁判所に対し,本件手数料債権につき仮差押命令の申立をし(同庁平成6年(ヨ)第1644号仮差押命令申立事件),同日同裁判所において本件手数料債権につき仮差押決定がなされ,同決定正本は,平成6年6月3日に被控訴人に,同月8日にAにそれぞれ送達された(同決定正本のAに対する送達及びその年月日については,甲4)。

(4)  控訴人らは,枚方簡易裁判所平成11年(ノ)第307号事件の執行力ある調停調書正本に基づき,Aを債務者,被控訴人を第三債務者として,大阪地方裁判所に対し,請求債権を別紙請求債権目録記載の債権,差押債権を別紙差押債権目録記載のとおり本件手数料債権として差押命令を申立て,平成12年3月30日,同裁判所において同債権につき差押命令がなされ,同差押命令正本は,同月31日に被控訴人に,同年4月6日にAにそれぞれ送達され(同差押命令正本のAに対する送達及びその年月日については,甲6),その後同月13日が経過した。

2  争点

本件手数料債権の有無

3  当事者の主張

(1)  控訴人ら

あ 本件代理店契約における本件手数料債権と被控訴人のAに対する保険料請求権の精算に関する合意は,交互計算や段階交互計算ではなく,単なる支払方法についての特約にすぎず,包括的な相殺予約である。そして,私人間においてこのような相殺予約をし,その結果として善意の第三者による差押えないし転付を免れようとすることは,民事執行を免れるものとして許されないから,上記相殺予約は脱法行為として無効である。

い 仮に本件代理店契約においていわゆる段階的交互計算が合意されているとしても,段階的交互計算においては,決済の簡易化の機能は認められても,担保的機能や不可分の原則の効力を欠き,その期間中も継続的に決済してその時々に残額債権が発生するから,同債権に対する差押えは可能である。なお,大審院昭和11年3月11日第3民事部判決(民集15巻4号320頁)は,交互計算に組み入れられた各個の債権は個別に相殺等の処分が許されないと判示しているが,上記「各個の債権」に交互計算の期間終了後の残額を含むかどうかについては,何ら判断を示していない。

また,交互計算において,交互計算不可分の原則は第三者に対して効力を有しないから,交互計算に組み入れられた債権に対する差押えは有効である。

(2)  被控訴人

あ 本件代理店契約7条1項によれば,被控訴人は,Aに対して,その取扱いに係る保険契約について,被控訴人がAから領収した収入保険料に対する一定割合の代理店手数料を支払うこととされている。したがって,Aの被控訴人に対する本件手数料債権は当該保険料全額を支払うことによって初めて発生するから,保険料全額の支払までは本件手数料債権は発生しない。

い 本件代理店契約による取引は,継続的な取引であり,被控訴人はAに対し本件保険料債権を取得し,他方,Aは被控訴人に対して本件手数料債権を取得し,その都度両債権につき差し引き計算しその残額が支払われるから,この決済方法は段階的交互計算である。そして,段階的交互計算に組み入れられた個々の債権に対する差押えは許されないと解すべきであるから,本件差押えは無効である。

また,仮に本件差押えが差引計算後の残額を差し押さえたものであるとしても,本件保険料債権は常に本件手数料債権より多額であるから,その残額は常に存在しない。

う 仮に本件手数料債権に対する差押えが許されるとしても,本件保険料債権が本件手数料債権より先履行の関係にあるか又は少なくとも同時履行の関係にある。

したがって,被控訴人は,Aが保険料を支払うまで本件手数料債権に対する支払を拒絶する。

第3当裁判所の判断

1  前記第2の1の事実及び証拠(甲1の③,乙6の①ないし⑥,7)並びに弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

(1)  被控訴人とAは,本件代理店契約として,自動車損害賠償責任保険代理店委託契約(以下「自賠責保険代理店委託契約」という。)及び損害保険代理店委託契約(火災・自動車・傷害・新種)の2種類の代理店契約を締結した。

(2)  被控訴人は,Aが取り扱った保険契約について,被控訴人が領収した収入保険料に対し,一定の割合の本件手数料を支払い,Aは被控訴人に保険料を納付しなければならないところ,保険料と本件手数料の精算の仕方は,次のとおりである。

あ 自賠責保険代理店委託契約においては,Aは,被控訴人のために領収した保険料から本件手数料を控除した残額を直ちに被控訴人に支払う。

い 損害保険代理店委託契約においては,Aは,被控訴人が毎月の締切日現在をもって作成する代理店勘定請求書により,被控訴人のために領収した保険料から本件手数料を控除した残額を翌月末日までに被控訴人に支払う。

2  上記事実によれば,Aが取り扱った保険契約が成立するに伴い,被控訴人のAに対する保険料請求権が発生する一方,Aの被控訴人に対する本件手数料債権が発生し,そして,その精算は,継続的取引関係を前提として,保険契約の成立に伴って被控訴人とAがそれぞれ相手方に対して取得する債権をそれぞれ別個独立に行使せず,自賠責保険代理店委託契約においてはその都度差引決済され,その残額を直ちに支払うものとされ,損害保険代理店委託契約においては,前月の締切日の翌日から当月の締切日までの期間を単位として,その間は相互に支払を猶予し合い,当月の締切日にそれまでに取得した相互の債権の総額について差引計算し,その差額を翌月末日までに支払うものと認められる。したがって,被控訴人とAの間において,保険料請求権及び本件手数料債権の決済につき,自賠責保険代理店委託契約においては段階的交互計算の合意が,損害保険代理店委託契約においては交互計算期間を1か月とする交互計算の合意がなされたものと認められる(なお,被控訴人は,そのいずれもが段階的交互計算であると主張するが,契約の法的性質は,裁判所が当事者の主張に拘束されずに決定しうるところである。)。

3  控訴人は,本件手数料債権の精算方法は脱法行為であると主張するけれども,本件手数料債権の精算方法は,段階的交互計算あるいは交互計算であり,前記1及び2の事実によれば,被控訴人とAとは,相互に債権債務を生ずる継続的な取引関係を前提としてこのような精算方法を合意する合理的な必要性があったといいうるから,本件における段階的交互計算あるいは交互計算の合意を脱法行為ということはできない。

4  ところで,自賠責保険代理店委託契約においては段階的交互計算の合意がなされたところ,段階的交互計算においては,相互の債権が発生する都度差引精算がなされて残額が確定され,残額は直ちに弁済すべきであるから,このように差引精算されて確定した残額債権は,差押えの対象になりうるものと解される。しかしながら,前記のとおり,本件手数料債権は,Aが被控訴人に支払うべき保険料の一定割合であるから,常に保険料より少額であり,したがって,段階的交互計算の結果,残額債権は常に被控訴人のAに対する保険料請求権であって,本件手数料債権は消滅し,本件差押えの対象となる債権は,現在に至るまで及び将来においても存在しないことは明らかである(この点は,本件仮差押決定がなされたことによっても,異ならない。)。

次に,損害保険代理店委託契約においては交互計算の合意がなされているところ,交互計算は,相互に債権・債務を生ずる継続的取引を行う当事者間において,決済の簡易化をはかる機能を有し,また,交互計算期間中相互に信用を授与しあうことから,担保的機能も有するものであり,そして,交互計算期間中に交互計算に組み入れられた債権を個別に処分しうるとすればこれらの趣旨に反するから,これら債権の個別的な処分は許されないもの,すなわち,交互計算不可分の原則が妥当するものと解される。そして,交互計算不可分の原則をおよそ第三者に主張できず個別的な債権譲渡や差押えが許されるものとすると,交互計算の上記機能は阻害され,交互計算の意義は失われるから,商法529条の合理的解釈として,交互計算不可分の原則は,第三者にも主張しうるものと解するのが相当である。したがって,損害保険代理店委託契約に基づいて発生した本件手数料債権は,交互計算に組み入れられるものであるから,これに対する本件差押えは許されないというべきである。

もっとも,本件交互計算において,交互計算期間毎に差引決済した残額債権は次の交互計算期間に組み入れられず,処分が可能な独立の債権となると認められる余地もあるが,損害保険代理店委託契約においても,自賠責保険代理店委託契約におけるのと同様に,差引決済後の残額債権は本件保険料請求権だけであって,本件手数料債権は常に消滅しているところである。

第4結論

よって,控訴人らの本件請求(当審において減縮後のもの。)は,その余の点について判断するまでもなく,理由がないから棄却すべきであり,原判決は相当であって,本件控訴は理由がないから棄却することとし,控訴費用の負担について民訴法67条1項,65条,61条を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大喜多啓光 裁判官 安達嗣雄 裁判官 橋本良成)

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