大阪高等裁判所 平成13年(ネ)3191号 判決 2004年2月19日
主文
1 本件各控訴をいずれも棄却する。
2 控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実及び理由
第1控訴人らの申立て
1 原判決主文2,3項中,被控訴人らに関する部分を取り消す。
2 被控訴人らは,控訴人らに対し,各自,別紙請求金額一覧表の各控訴人に対応する請求額欄記載の各金員及び同各金員に対する平成8年12月6日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は第1,2審とも被控訴人らの負担とする。
4 2項につき仮執行宣言
第2事案の概要
事案の概要は,以下のとおり加除訂正するほか,原判決の事実及び理由中の「第2 事案の概要」欄記載のとおりであるから,これを引用する(ただし,原審で確定済の被告A及び同Bに対する請求に関する部分を除く。)。
1 原判決4頁7行目末尾の後に,「また,原告C及び原告Eは,本訴提起後原審口頭弁論終結前(原告Cについて平成11年2月9日,原告Eについて平成12年12月15日)に死亡し,それぞれの被控訴人らに対する本件損害賠償請求権及び本件訴訟上の地位を,原告Cについては,同人の養子であるD(当事者目録第1の328番。なお,同324番と同一人物。)が単独で承継し,原告Eについては,同人の子であるF,G及びHの3名(同451番-1ないし3)が,各1/3の割合で承継した。さらに,控訴人Iは,本件控訴後の平成14年1月18日に死亡し,同人の被控訴人らに対する本件損害賠償請求権及び本件訴訟上の地位をその妻であるJ(同143番)が単独で承継した。」を付加する。
2 同5頁6行目の「本件許可当時」を「同社は,被控訴人県の指導を受けて金融業を分離するにあたって,顧客からの預かり金を単に帳簿上Kファイナンスに移管しただけでその実態は従前と全く変更していなかった。すなわち,L相互住宅は,本件許可申請のために金融業を分離した当時」と改め,同8行目から9行目の「あったものであるから」を「あり,分離後も顧客に対して同積立金の返還義務を負担していたにもかかわらず,許可申請書に添付された分離後の同社の決算書類からはこれらの積立金返還債務の大部分が除去されて,それらは同社の簿外負債となっていたのである。したがって,」と改める。
3 同6頁9行目の「したがって」から同17行目末尾までを以下のとおり改める。
「 仮に,上記のように和歌山県知事がL相互住宅の金融業の分離や積立式宅建業の許可申請に積極的に関与したとまでは認められないとしても,被控訴人県の担当職員は,同許可前から同社が顧客から積立金を預かっていたのを宅建業者に対する一斉調査で認識していたこと,本件許可申請にあたって提出された同社の登記簿や定款には積立式宅建業の業務が記載されていたこと,本件許可申請に伴って提出された同社の金融業分離直前の決算書類には,約12億円の短期借入金がある一方,同様に提出された取引銀行の回答書によれば当時の銀行借入は1億円あまりであり,このことからすれば短期借入金の大部分が積立金として顧客から預かったものであり,金融業分離にあたり同社が顧客との関係でもこの積立金返還債務を免れていなければそれがすべて同社の簿外債務となることは容易に想像がつく事柄であったこと,さらに,同様に許可申請に伴って提出された分離前3年間の比較損益計算書,比較貸借対照表は本法5条1項2号の資産要件をクリアできるか否かに関わる多額の違算や不審点が複数ある杜撰なもので,とりわけ,分離直前の昭和49年5月期の貸借対照表と損益計算書には3800万円もの不一致があって,その内容からも容易に同社の財務内容の健全性に問題があると読みとれることなどの事情に照らせば,同社には許可申請時点で簿外に多額の積立金返還債務があって本法5条1項2号の許可要件を欠くことや,この積立金返還債務について積立金保全措置がなしえないことについて,少なくとも容易に認識可能であった。
さらに,L相互住宅は,被控訴人県の指導を受けて金融業を分離するにあたって,顧客からの預かり金を単に帳簿上Kファイナンスに移管しただけでその実態は従前と全く変更していなかったが,被控訴人県の担当職員は,建設省との相談・協議の中で,その趣旨が,積立式宅建業者が金融業を兼業する場合,本法の積立金が金融業の貸付金の原資に流用されるおそれがあるためであることを認識したうえで,金融業の分離を指導したのであるから,この金融業分離が実態を反映し,分離後のL相互住宅に関する許可要件の審査が適正に行われうるものであるかを確認する必要があったのに,分離について形式的に書類を提出させただけで実態を把握しなかったものである。
以上のとおり,本件許可は明らかに許可要件を欠く違法なものであるところ,和歌山県知事はそれを知りつつ,少なくとも,許可要件を欠くことを窺わせる様々な事情から本件許可が違法であることを認識し得たにもかかわらず,何ら実質的な審査をしないまま,これを許可したものであるから,和歌山県知事が本件許可を行ったことは国賠法上も違法であり,本件許可後,同社は許可業者として営業を継続したものであるから,この違法性は許可の取消等があるまで継続するというべきである。そして,以上に指摘した事情によれば,和歌山県知事において,同社が本件許可後も従前と同様の積立金業務を継続し,その顧客獲得のために本件許可を錦の御旗として最大限利用すること,是正について十分監督していなければ,同社が違法な積立金業務を続け,原告らのような被害者が生じることは予見可能で,予見義務もあった。
被控訴人らは,本法の許可制度は,当該許可業者の不正な取引により個々の取引関係者が被る具体的な被害の防止ないし救済を直接の制度目的とするものではないなどとして,仮に本件許可が違法であっても,控訴人らに対する関係で国賠法上も違法性があるとはいえないと主張するが,本法が顧客の保護を目的として前受金保全措置などを導入した宅建業法の改正と抱き合わせで審議・成立したという立法経過や本法の前記立法趣旨を理解しないものである。許可基準に適合していない業者が積立式宅地建物販売のマーケットに参入すれば,マーケットにおいて問題を起こし,消費者に損害を与えることは本法が想定しているところであり,本法はそれを前提に許可基準や監督処分などの制度を制定しているのであるから,本法による権限行使は消費者保護のために行われるものと解すべきであり,したがって,消費者に損害が発生している事態は違法な許可という違法な公権力行使に起因するものであって,許可基準に適合しない業者に許可を与える違法な行為は控訴人らに対する関係においても,国賠法1条1項の違法性があると解すべきである。」
4 同19行目の「『10年間での是正』という脱法行為まで指南して」を「その」と改める。
5 同7頁21行目の「根拠のない推論である。」の後に「L相互住宅について宅建業の一斉調査を行った被控訴人県の担当職員は本来の調査目的外の積立金の内容について十分調査し得たわけではなく,そもそも本件許可申請前に同社が行っていた積立金の預かりは本法に基づくものでなく金融業によるものと認識していたのであり,その後の積立式宅建業の許可申請においても,和歌山県知事はその許可をするか否かを審査したのであって,同社の簿外資産の有無を把握するために審査をしたのではない。したがって,本件許可前の積立金について本法の積立金保全措置を行わなければならないとの認識を持っていたわけではないし,この積立金については,本件許可申請に伴って行われた金融業の分離により,許可後の同社は引き継がないものと認識していたのである。控訴人らは,和歌山県知事が金融業務との分離を指導した以上,知事はそれが実態を反映した適切なものかを調査する必要があったと主張するが,知事は,L相互住宅から金融業を完全に分離した旨の財務諸表の提出を受けていたのであり,分離によりKファイナンスが新たに設立された後は同社に対する調査の権限を有しないのであるから,控訴人らの主張は失当である。」を付加し,同24行目の「おもんばかった」を「慮った」と訂正し,同25行目の「裏付けるものではない。」の後に「控訴人らは,許可申請に添付されたL相互住宅の商業登記簿や定款に記載された目的や,申請に伴って提出された過去の財務諸表に違算等があることを指摘して,同社が本法の許可要件に欠けることを疑わせる事情であるとも主張するが,これらは単なる違算と考えられるし,そもそも本法の許可要件は許可申請時の財務状態について検討すべきものであって,過去3期分の分離前後の財務諸表は念のための参考資料に過ぎず(特に,分離後のものとして作成された部分は,既に分離しない状態で決算を終えたものについて仮に作成されたものである。),これらの財務諸表の内容や登記・定款上の目的の記載から,同社が多額の簿外債務を有しており,本法の許可要件を欠く業者であると認識することはできないというべきである。」を付加する。
6 同9頁20行目の「いたことを知り,」の後に「また,前記のとおり,同社が許可当時から健全な財政的基盤を有しておらず,多額の簿外負債も存在し,本法5条1項2,3号の許可要件を欠くことを認識し,少なくとも認識可能性を有していたのであり,さらに,」を付加する。
7 同10頁16行目末尾の後に,行を改めて,以下のとおり付加する。
「 被控訴人らは,本法が定める監督処分権限の行使は知事等の専門的判断に基づく合理的裁量に委ねられている旨主張するが,前記のとおり,本法の重要な目的が購入者等の利益保護にあることや,これを受けて通達(昭和46年12月14日・計宅政発184号・各都道府県知事あて建設省計画局長通達)においても『許可を与えた業者に対しては,その実体を十分把握し,法令違反等の事実がある場合には,許可の取消し,業務の停止等の厳重な処分を行う必要があるが,この業においては,業者の経営が不振となった場合や不健全な業務運営が行われている場合には,相手方が不測の損害をこうむるおそれが特に大きく,許可の取消しや業務の停止処分のみによってはその保護を十分図ることはできないので,このような事態が生じないよう,常時,必要な指導,助言又は勧告を行うとともに,万一業者の財産の状況又は業務の運営につき是正を加えることが必要かつ適当と認められるような事態が生じたときは,すみやかに法第42条に規定する改善命令を行うことができるよう執行体制を整備すること。』と命じていることからすれば,そのように解することは到底できないというべきである。」
8 同11頁6行目の「その旨認識していた」の後に,「又は認識し得た」を付加する。
第3当裁判所の判断
1 当裁判所も,控訴人らの本訴各請求をいずれも棄却すべきと判断するところ,その理由は,以下のとおり付加訂正するほか,原判決の事実及び理由中の「第3 争点に対する判断」欄記載のとおりであるから,これを引用する(ただし,原審で確定済の被告A及び同Bに対する請求に関する部分を除く。)。
(1) 原判決16頁9行目の「甲B3ないし10,」の後に「甲B14,15」を,同11行目の「甲D34,」の後に「甲D42,甲D45」を,同12行目の「証人M,」の後に「当審における証人N,」を,同13行目の「枝番を含む。」の後に「人証については,当審における証人N以外はすべて原審におけるものである。以下同じ。」を,それぞれ付加する。
(2) 同17頁10行目の「被告県の職員は,法令の手付金額」を,「被控訴人県の担当職員Mは,同社が建設大臣からでなく和歌山県知事からの免許しか取得していないにも関わらず,大阪府泉南市にも支店を設置して営業していることや,取引の中に法令で制限されている手付金額」と改める。
(3) 同15行目から16行目の「金融業は建築課の権限の範囲外であるので」を,「同社の説明を信用し,金融業としての積立金ならば積立式宅建業法上の積立金ではなく,建築課の権限の範囲外であると考えて,仮にそれが金融業として行われていれば出資法に違反することなどには思いが至らず」と改める。
(4) 同18行目の「同社は」の前に,「上記調査結果を受けて,同社は,被控訴人県(住宅課)に相談に赴いたところ,法令で制限された以上の手付金の受領をしないことや建設大臣からの免許を取るまで泉南支店での営業を廃止することを指導され,これに従うことを約束するとともに,積立式宅建業の許可を申請したい意向を示し,その後もこの許可申請手続のために複数回住宅課を訪れて担当職員のMらに手続について相談し教示を受けたりした。そのうえで,」を付加する。
(5) 同25行目冒頭から同18頁2行目末尾までを,以下のとおり改める。
「 被控訴人県からの上記指導を受けて,L相互住宅の代表者であったOは,金融業を分離させるためにKファイナンスを設立し,従前のL相互住宅の資産・負債を帳簿上同社とKファイナンスとに分け,従前の積立金業務による顧客から預かった積立金はKファイナンスに移管することにしたが,これは,帳簿上の処理のみであって,顧客との関係では,積立金返還債務の債務者をKファイナンスに移転するなどの手続きはとられず,従前のままであり,また,上記分離の結果,L相互住宅の泉南支店は商業登記簿上も閉鎖したものの,Kファイナンスの泉南支店として従前同様積立金業務を行うことになった。」
(6) 同12行目末尾の後に,行を改めて,以下のとおり付加する。
「 これら直前3年間の比較決算書類は,既に分離しないまま決算が終了したものについて,仮のものとして分離後の計算をしたものであったが,比較貸借対照表には,分離前には短期貸付金が約8億円ないし12億円計上されている一方,分離後には2億円ないし3億円しか計上されておらず,銀行取引証明書に記載されている銀行借入は1億円あまりだけであった。また,比較損益計算書,比較貸借対照表には,違算と思われる数値の一致しない部分が複数あり,特に分離直前の昭和49年5月期(14期)には3800万円もの不一致があるうえ,分離により売上高や支払利息が増加しているなど不合理な点が存在するものであった。さらに,実際に分離するにあたっての昭和49年7月期(15期)の財務諸表も,単に帳簿上L相互住宅の資産・負債を同社とKファイナンスに振り分けただけのもので,実態と合致するものではなかった。」
(7) 同19行目の「法的処理はどのようになされたか」の後に,「,分離後のL相互 住宅は従前の積立金の返還債務を負担していないのか」を付加する。
(8) 同19頁10行目の「資金であったので,」の後に「顧客との関係では,L相互 住宅が通帳や証書を発行して積立金を預かるものの,それはそのまま」を付加する。
(9) 同21頁6行目の「しかし,」を,「この事業報告書自体は,L相互住宅の宅建 業及び積立式宅建業の業務が順調に推移していることを示す内容となっていたが,これは,」と改める。
(10) 同19行目末尾の後に,行を改めて,以下のとおり付加する。
「 また,Pに監査証明を依頼したQも,自らは事業報告書に添付する決算書類の作成にもほとんど関与せず,自己の会計事務所の職員であるNに同社から受領した試算表をもとに決算書類を作成させたのみで,同社が作成する試算表の内容やその原資料の確認をしていなかった。」
(11) 同24行目末尾の後に,行を改めて,以下のとおり付加する。
「(5) 以上の認定に対し,控訴人らは,前記のとおり,被控訴人県は,昭和48年に実施した宅建業法に基づく立入調査を契機にL相互住宅が本法に違反して上記認定にかかる積立金業務を行っていることを知り,金融業を分離する段階でも同社には約100億円(帳簿上でも約11億円)の簿外債務があり,本法の資産要件(5条1項2号3号)を満たしていないことを知りながら,同社に本法の許可をとらせる一方で金融業を分離して今後10年間で上記のような業務状態を改善するよう脱法行為を指南した旨主張するところ,平成9年3月27日当時被控訴人県の土木部建築課長であったRが本件許可当時の被控訴人県の担当職員であった前記Mから聞き取りを行った際のメモ(甲B6の4)には,L相互住宅が本法の許可申請を行った経緯について,Mが「同社を宅建業の指導の中で立入検査をし,帳簿か何かを見ていた際,積立式宅地建物販売業と言えるような内容を行っていることを見つけた。社長の解釈では,金を集める方は金融業で,土地を売る方が宅建業だということであったが,そのままの状態では法律違反になってしまうため,是正のため指導し積立式宅地建物販売業法の許可を取らせた。」と,本件許可申請当時,Mが同社を問題のある会社と知りつつ許可が取れるよう指導したとも理解できる記載があるほか,証人S,併合前の証人Aの証言中にもこれに沿う部分がある。
しかしながら,Mは,その証人尋問において,上記立入調査当時L相互住宅が行っていた積立金業務について,同社から金融業の積立だと説明を受けてそのように理解したと証言していること,同メモの記載とMの証言との相違は当時のMの認識という微妙な言い回しによってニュアンスが大きく変わる点であるところ,上記Rのメモは,L相互住宅が倒産し,その違法な積立金業務が明るみに出た後に,Rが,本件許可申請当時の事情を聞き取るために呼び出してヒヤリングを行い,後になってMの説明に関する自らの理解したところを記載したもので,正式な報告文書でもなく,Mに見せたり読み聞かせたりして確認したものでもないことからすれば,上記Rのメモの記載の信用性を特に高く評価することはできないというべきであるし,そもそも,同メモの記載内容は,控訴人らの主張するような被控訴人県の行為全部を裏付けるものとは到底解されない。また,上記証人S及び同Aの証言部分についても,両名の刑事事件における捜査段階の供述と一致しない部分が散見され(被控訴人県から『10年以内で業務状態を改善せよ』と指導されたとの部分は捜査段階では全く供述していない。),その一致しない部分の多くは自己の責任を回避する方向に変遷していることや,証言内容自体,死亡したOからの伝聞であることに照らせば,その信用性を高く評価することはできない。さらに,本件全証拠に照らしても,被控訴人県には,L相互住宅が本法の許可要件を欠いていることを知りながら,敢えて同社に本件許可を与えなければならない特段の事情も認められない。これらによれば,上記Rのメモや証人S及び同Aの証言から控訴人らの上記主張事実を認定することはできず,他にこれを認めるに足りる証拠はない。」
(12) 同22頁1行目の「2条」を「2章」と,1行目,4行目(2か所),6行目,8行目から9行目,10行目,13行目,19行目,24行目及び25行目の「免許」をいずれも「許可」と改め,同20行目から21行目の「許可を付与した業者の人格,資質等を一般的に保証し」を「許可を付与した業者の業務内容の適正さや財務内容,財産的基礎等を個々の取引関係者に対して一般的に保証し」と,同23行目の「解しがたく」を「にわかに解しがたく」と,それぞれ改める。
(13) 同23頁3行目末尾の後に,行を改めて,以下のとおり付加する。
「 これに対し,控訴人らは,前記のとおり,本法における許可官庁及び監督官庁は積立式宅建業者により一般的消費者が被る被害について保証人的立場に立つ,などとして,許可基準に適合しない業者に許可を与える行為は,そのことをもって控訴人らに対する関係においても国賠法1条1項の違法性があると解すべきであると主張し,本法の立法趣旨や,本法が,許可基準に適合していない業者が積立式宅建業を行った場合に個々の取引相手に不測の損害を与える危険性があることを想定して許可基準や監督処分などの制度を設けていることからすれば,これらは積立式宅建業というシステムの不可欠の前提であって,それが十分審査され厳格な権限行使ができないのであれば,そのこと自体が本法に違反するのであり,むしろ積立式宅建業自体を禁止すべきであったとも主張するが,個々の取引関係者の利益保護の側面のみを過度に強調する見解であって採用できない。」
(14) 同4行目冒頭から同24頁10行目までを,以下のとおり改める。
「② 以上の見地から,本件について判断する。
上記1で認定した事実関係によれば,控訴人ら主張のとおり,L相互住宅は,積立式宅建業の許可申請前から,顧客から『短期積立金』『長期積立金』の名目で金員を預かる積立金業務(その実質は銀行等の定期預金と同じで,正確には本法の積立金ではないが,長期積立金は積立の形式において本法の積立金に類似する。)を行っており,それが業務の大部分を占めていたため,これに応じた多額の積立金返還債務を負っていたこと,Oは同社が本件許可申請をするにあたり,被控訴人県の指導を受けて金融業を分離するためにKファイナンスを設立し,帳簿上,従前のL相互住宅の資産・負債を同社とKファイナンスに分けた結果,これらの積立金返還債務の大部分はKファイナンスの債務とされ,同許可申請時点でL相互住宅が被控訴人県に提出した分離後の同社の決算書類においては,負債として計上されていなかったこと,ところが,この金融業の分離は帳簿上の操作を行っただけのものであり,顧客との関係では分離後のL相互住宅も上記積立金返還債務を負担していたため,これらは同社の簿外債務となり,これを正規に負債に計上すれば,許可申請当時のL相互住宅は本法5条1項2号,3号の要件を満たさない状態であったということができる。
しかしながら,上記認定にかかる,和歌山県知事は,本件許可申請にあたり,L相互住宅に対し,本法にのっとった業務が行われるべく,金融業務の分離及び約款の内容等に関する指導を行っており,同社も(その真意はともかく)指導に従う姿勢を見せており,同社が本件許可申請に際して提出した資料においては,同社が本法5条1項各号の積極的要件を満たしていて,6条の消極的要件に該当する事由はなかったことや,本件許可後同社が平成8年に破産するまで,同社の顧客から被控訴人県への苦情やトラブルの報告はなかったこと,控訴人らが行った積立は,被控訴人県に提出されていた同社の約款の内容とは異なるもので,高金利がうたい文句となり,控訴人らが積立をする動機となったと思われること(なお,積立式宅建業の場合,利息をつけての払い戻しなどは予定していない。違約金をつけて返還することはあるが、それは契約が解除になり、その責任や原因が業者側にある場合だけである。)などの事情に照らせば,上記のとおり本件許可自体は本法所定の許可基準に適合しないものであったとしても,本件許可の概ね15年以上後に同社と取引関係を持つに至った控訴人らに対する関係で,これが直ちに国賠法1条1項にいう違法な行為にあたるものではないというべきである。
これに対し,控訴人らは,和歌山県知事はL相互住宅の多額の簿外負債の存在,すなわち同社が本件許可基準を満たしていないことを認識していながら,脱法行為を指南し敢えて本件許可を行ったものであり,少なくとも同社が本件許可要件を欠いていることを容易に認識し得たものであるから,本件許可は国賠法上も違法である旨主張する。
しかしながら,和歌山県知事が,L相互住宅が本件許可基準を満たしていないことを認識していながら,脱法行為を指南し敢えて本件許可を行った事実が認定できないことは前記のとおりである。
また,上記認定にかかる,被控訴人県は,その内容の詳細はともかく,本件許可申請当時,L相互住宅が積立金業務を行っていることを認識していたこと,積立式宅建業者が金融業を兼業する場合本法の積立金が金融業に流用されるおそれがあるため,同社に金融業を分離するよう指導していたこと,本件許可申請に伴って提出された同社の分離前3年分の比較決算書類には,計算の不一致や不合理な点が複数存在していたことなどの事情に照らせば,確かに,被控訴人県が,これらの事情を端緒として,同社の本件許可前の積立金業務の内容を調査確認し,金融業分離及び本件許可申請の際に,提出された財務諸表の内容を精査し,帳簿上の金融業分離が実態に合致しているか否かや分離後の同社に関する計算書類の内容が真実か否かについて踏み込んだ調査を行い,同社がこれに正直に応じていれば,同社が従前の積立金返還債務という多額の簿外負債を負担していて本法の資産要件を満たさないことが判明し,和歌山県知事が本件許可をしなかった可能性はあったと考えられる。しかしながら,被控訴人県がL相互住宅の積立金業務の存在を認識したのは宅建業に関する立入調査においてであり,上記認定にかかる同調査の目的・調査対象からすれば,同調査の時点で帳簿類を見るなどして同社の積立金業務の内容や規模の実態を認識し得たとは認めがたいし,それを把握するための調査を行うべき義務も認めることはできない。また,金融業分離については,金融業を完全に分離した旨を記載したO名義の説明書が提出されており,控訴人らが指摘する金融業分離前3年間の比較決算報告書の計算の不一致や不審点も,それらの決算書類は,そもそも既に分離しない状態で決算がなされた同社の会計について,以前に分離がなされていた場合を仮定して仮に計算し直した計算上のものであるうえ,同社の積立金業務の実態を把握していない当時の被控訴人県の認識に立ってこれを検討した場合にも,その記載から容易に分離後の同社の簿外負債の存在を推認させるようなものとはいえないというべきである。これらの事情をも併せ考えれば,上記の事情から,和歌山県知事が,本件許可当時同社に許可要件が欠けていたことを容易に認識し得たとまで認めることはできず,本法において業者の財産的基盤に関する許可要件が設けられた趣旨やその重要性を十分考慮しても,なお,和歌山県知事の本件許可行為をもって,控訴人らに対する関係で国賠法上違法な行為にあたるとまで解することはできないというべきである。
③ さらに,上記②に検討した事情によれば,和歌山県知事において,L相互住宅に本件許可を付与することが控訴人らの損害を生じさせることを予見し,または予見可能性があったとも認められないというべきであるから,和歌山県知事に過失を認めることもできない。
④ 以上の次第で,和歌山県知事がL相互住宅に本件許可を付与したことについて国賠法上の違法性も過失も認められないから,控訴人らの主張する本件許可付与による賠償責任はこれを認めることができない。」
(15) 同25行目末尾の後に,行を改めて,以下のとおり付加する。
「 この点,控訴人らは,前記のとおり,本法の重要な目的が購入者等の利益保護にあることや,これを受けて通達(昭和46年12月14日・計宅政発184号・各都道府県知事あて建設省計画局長通達)が『常時,必要な指導,助言又は勧告を行うとともに,万一業者の財産の状況又は業務の運営につき是正を加えることが必要かつ適当と認められるような事態が生じたときは,すみやかに法第42条に規定する改善命令を行うことができるよう執行体制を整備すること。』と命じていることからすれば,和歌山県知事の監督処分権限の行使がその合理的裁量に委ねられているとは解されない旨主張するが,既に認定,判断したとおり,本法が許可制度を設けた趣旨は,直接的には相当な財産的基礎と適格な人的構成を有しない業者の関与を未然に排除することにより,積立式宅建業務の適正な運営と積立式宅建取引の公正を確保することにあり,本法における監督処分権限の趣旨がこの許可制度及び法の定める各種規制の実効を確保する趣旨のものであることや,本法における監督処分権限に関する規定の内容に照らし,採用できない。」
(16) 同25頁20行目の「何らの非も認められない」を「格別の落ち度があるとまではいえない」と改め,同26頁9行目末尾の後に,行を改めて,以下のとおり付加する。
「 これに対し,控訴人らは,L相互住宅は,本件許可当時から本法の許可要件を欠いていたところ,和歌山県知事はそのことを認識し,少なくとも認識可能性を有していたものであり,また,本件許可後においても同社は許可要件が欠け続けていたのであるから,もともと許可をすべきでなかったし,許可を与えた後は許可の取消しや契約締結禁止命令を発するべきであったと主張するが,本件許可当時,和歌山県知事が同社に本件許可の要件が欠けていたことを認識し又は認識し得たと認められないことは,既に認定,判断したとおりである。
さらに,控訴人らは,和歌山県知事は,本件許可にあたって,積立金の金融業への流用のおそれがあることから,同社から金融業を分離させて許可以前からの積立金をKファイナンスに移管させたのであるから,そのような流用が行われないよう,常時,より厳格な形で監督を行うべきであったとも主張するが,上記に認定した諸事情(和歌山県知事は,本件許可当時金融業は分離されたものと認識しており,Kファイナンス設立後,同社とL相互住宅とは帳簿類も別々に作成され,同社が毎年提出していた事業報告書上,同社の状況について格別問題性は見あたらず,同報告書には公認会計士の監査証明が添付されていたこと)に照らせば,本件許可当時,同社に金融業を分離させたことから,和歌山県知事に控訴人ら主張のような厳格な監督義務までを認めることはできないというべきであるから,控訴人らの上記主張も採用できない。」
2 以上によれば,原判決は相当であって,本件各控訴はいずれも理由がないからこれを棄却し,民事訴訟法302条,67条,61条,65条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 横田勝年 裁判官 松本哲泓 裁判官 末永雅之)
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