大阪高等裁判所 平成13年(ネ)3812号 判決 2002年12月18日
控訴人兼被控訴人(甲乙事件原告)
A野花子
(以下「一審原告A野花子」という。)
他2名
控訴人(甲事件原告)
B山松子
(以下「一審原告B山松子」という。)
他2名
上記六名訴訟代理人弁護士
田中秀雄
同
高橋敬
同
吉井正明
同
松山秀樹
同
辰巳裕規
控訴人兼被控訴人(甲乙事件被告)
富士火災海上保険株式会社
(以下「一審被告富士火災」という。)
同代表者代表取締役
尾田恭朗
他1名
上記二名訴訟代理人弁護士
矢島正孝
同
山内明
被控訴人(甲事件被告)
日動火災海上保険株式会社
(以下「一審被告日動火災」という。)
同代表者代表取締役
樋口冨雄
同訴訟代理人弁護士
安藤猪平次
同
浅田修宏
被控訴人(甲事件被告)
ザ・ロンドン・アッシュアランス
(以下「一審被告ロンドン」という。)
同日本における代表者
イアン・ドリーバ・ファーガソン
他1名
上記二名訴訟代理人弁護士
大川哲次
同
水戸守雅之
同
久保田智志
同
荻原卓司
主文
一 原判決中一審被告富士火災、一審被告ロンドン及び一審被告三井住友に関する部分を次のとおり変更する。
一審被告富士火災、一審被告ロンドン及び一審被告三井住友は、別表一のその左側「一審原告」欄記載の各一審原告に対し「一審被告」欄右側「請求金額」欄記載の各金員及びこれに対する平成一一年七月一日から(ただし別表一の「原審」欄に丸印がある金員に限って平成一一年九月一五日から)各完済まで年六分の割合による金員を支払え。
二 一審原告A野花子、一審原告A野一郎及び一審原告A野二郎の一審被告エース損害に対する控訴並びに一審原告B山梅夫の一審被告日動火災に対する控訴をいずれも棄却する。
三 一審被告富士火災の控訴を棄却する。
四 訴訟費用の負担は、第一、二審を通じて次のとおりとする。
(1) 一審原告A野花子、一審原告A野一郎及び一審原告A野二郎に生じた費用のうち八割を一審被告富士火災、一審被告ロンドン及び一審被告三井住友の負担とし、その余を同一審原告らの負担とする。
(2) 一審原告B山松子及び一審原告B山竹夫に生じた費用は、一審被告富士火災の負担とする。
(3) 一審原告B山梅夫に生じた費用及び一審被告日動火災に生じた費用は、同一審原告の負担とする。
(4) 一審被告富士火災、一審被告ロンドン及び一審被告三井住友に生じた費用は、同各一審被告の負担とする。
(5) 一審被告エース損害に生じた費用は、一審原告A野花子、一審原告A野一郎及び一審原告A野二郎の負担とする。
五 この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 一審原告ら
(1) 原判決を次のとおり変更する。
別表一の「一審原告」欄記載の各一審原告に対し、その右側「一審被告」欄記載の各一審被告は、その右側「請求金額」欄記載の各金員及びこれに対する別表一「備考」欄記載の各金員を支払え。
(2) 一審被告富士火災の控訴を棄却する。
(3) 訴訟費用は第一、二審とも一審被告らの負担とする。
(4) 仮執行宣言
二 一審被告富士火災
(1) 原判決のうち一審被告富士火災の敗訴部分を取り消し、その取消部分に係る一審原告A野花子、一審原告A野一郎及び一審原告A野二郎の請求をいずれも棄却する。
(2) 一審原告B山梅夫以外の一審原告らの控訴をいずれも棄却する。
(3) 訴訟費用は第一、二審とも一審原告らの負担とする。
三 一審被告三井住友、一審被告日動火災、一審被告ロンドン及び一審被告エース損害
(1) 一審原告らの控訴をいずれも棄却する。
(2) 控訴費用は一審原告らの負担とする。
第二事案の概要
一 事案の要旨等
(1) 本件は、自動車自損事故で死亡したA野太郎(以下「太郎」という。)を被保険者とする傷害保険の死亡保険金受取人である一審原告らが、別表一のとおり、保険会社に対し、死亡保険金(及び保険事故発生通知日の翌日以降の商事法定利率による遅延損害金)の支払を求めた事案の控訴審である。
一審被告らは、太郎の死亡が保険事故に該当するとはいえない(死亡事故が偶然な外来の事故とはいえない。)、また、たとえ太郎の死亡が保険事故に該当するとしても、保険契約者の義務違反を理由として保険契約が解除されたと主張し、死亡保険金の支払義務を争った。
(2) 原判決は、別表一の「原審」欄に「○」と記載の請求について請求を認容し(附帯請求を含め全部認容)、一審原告らのその余の請求については全部棄却したため、一審原告ら及び一審被告富士火災の双方が原判決を不服として控訴を提起した。
二 争いのない事実
(1) 本件の保険契約
別表二記載の保険契約者(太郎、一審原告B山松子又は一審原告B山梅夫)は、同表記載の保険会社(一審被告ら)との間で、いずれも、太郎を被保険者として、同表記載のとおりの保険契約を締結した(以下、それぞれの保険契約を同表記載の順に「①保険」などといい、①ないし⑩の保険を「本件各保険」という。①ないし⑨の保険は傷害保険であり、そのうち②保険は交通傷害保険であるが、①ないし⑨の保険を一括して「本件各傷害保険」ともいう。なお、⑩保険は、損害賠償責任保険を主体とする自家用自動車総合保険である。)。
一審原告らは、別表一の「請求に係る死亡保険金」欄に記載の保険金の支払を求めるものである。⑩保険の死亡保険金は、自家用自動車総合保険に附帯する自損事故条項に基づくものである。
一審被告三井住友は、平成一三年一〇月一日、③保険の保険会社であった承継前の一審被告住友海上火災株式会社(以下「旧住友海上」という。)を吸収合併した。
(2) 太郎の死亡等
ア 太郎は、昭和四年三月一六日生まれの男性であるが(①保険申込日において既に六六歳であった。)、平成一〇年七月二八月から九月一八日まで鐘紡記念病院に入院し、その間の八月初旬に、医師から大腸癌であると告げられ、八月二四日には大腸癌による腸閉塞を改善するためのS字結腸を切除する手術を受けたものである。
イ 太郎は、平成一一年五月一五日(土)午前五時ころ、自家用小型乗用車(登録番号《省略》。以下「本件車両」という。)を運転して神戸市須磨区古川町二丁目一番先の国道二号線を走行中、交差点内の中央分離帯のコンクリート擁壁に衝突し、腹腔内出血の傷害を負い(以下、この事件を「本件事故」という。)、同日午前七時五六分、神戸市立中央市民病院において出血性ショックのため死亡した。
(3) 一審原告らの身分関係等
ア 太郎の相続人は、妻である一審原告A野花子並びに子である一審原告A野一郎及び一審原告A野二郎の三名(以下、この三名を「一審原告A野ら」という。)である。
イ 一審原告B山松子は、太郎と内縁関係にあり、昭和五四年ころ以降長年にわたり太郎と同棲していた。もっとも、太郎は、鐘紡記念病院を平成一〇年九月一八日に退院した後は、自宅(一審原告A野らが居住する家)で寝泊まりするようになった。
なお、一審原告B山梅夫及び一審原告B山竹夫は、一審原告B山松子の子であるが、太郎とは、血縁関係も養親子関係もない(以下、この三名を「一審原告B山ら」という。)。
ウ 一審原告B山松子及び一審原告B山梅夫は、一審被告富士火災の保険外交員である。また、太郎自身も、旧住友海上の代理店となったが、さしたる代理店の営業実績もなかったため平成一〇年一〇月にその代理店を辞めていた。
(4) 本件各保険の約款の定め
ア 保険事故に関する約款の定め
本件各保険に適用される保険約款(別表二の右端欄に記載のもの)には、保険金支払義務に関し、「保険者は、被保険者が、急激かつ偶然な外来の事故によってその身体に傷害を被り、その結果死亡したときは、死亡保険金受取人に対し、死亡保険金を支払う。」との内容の定めがある。
イ 重要事項(重複保険に関する事項に限らない。)の告知義務違反に対する解除条項
本件各傷害保険(①ないし⑨の保険)に適用される保険約款には、いずれも、保険契約者又は被保険者が重要事項の告知義務に違反した場合の契約解除に関する定めが設けられている。
すなわち、別表二の右端欄に(告)として記載した条項には、いずれの保険においても、「保険契約者又は被保険者(これらの者の代理人を含む。)が、故意又は重大な過失によって、保険契約申込書の記載事項について、保険者に対し知っている事実を告げなかったとき又は不実のことを告げたときは、保険者は、書面による通知をもって、保険契約を解除することができる。保険者は、解除が傷害の生じた後にされた場合でも、保険金を支払わない。ただし、保険者が告げなかった事実又は告げた不実のことを知った日からその日を含めて保険契約を解除しないで三〇日を経過した場合には、その解除をすることができない。」との内容の定めがある。
ウ 重複保険の通知義務違反に対する解除条項
また、本件各傷害保険に適用される保険約款には、いずれも、保険契約者又は被保険者の重複保険通知義務に違反した場合の契約解除に関する定めが設けられている。
すなわち、別表二の右端欄に(重)として記載の条項には、いずれの保険においても、「保険契約者又は被保険者(これらの者の代理人を含む。)は、保険契約締結の後、重複保険契約を締結するときはあらかじめ、重複保険契約があることを知ったときは遅滞なく、書面をもってその旨を保険者に通知し、承認を請求しなければならない。保険者は、重複保険契約の事実があることを知ったときは、その事実について承諾請求書を受領したか否かを問わず、書面による通知をもって、保険契約を解除することができる。保険者は、解除が傷害の生じた後にされた場合でも、保険金を支払わない。ただし、保険者が重複保険の事実を知った日からその日を含めて保険契約を解除しないで三〇日を経過した場合には、その解除をすることができない。」との内容の定めがある(なお、約款には必ずしも明示的には定義されているわけではないが、重複保険は、解除を前提とすると、「同一被保険者についてされた保険者を異にする同種保険」を意味することが約款の当然の前提となっている。本判決においても、原則として、「重複保険」とはそのような意味、すなわち他社保険の意味で使用する。)。
(5) 本件各保険の申込書の記載
ア ②保険(一審被告ロンドン)の申込書
同申込書には、「以下の事項に該当する場合は必ずチェック印をつけて、その内容をご記入ください。」と記載された下に、質問及びチェック記入欄があり、最上段に「現在、ケガや病気で医師の治療を受けている。身体障害がある。過去二年以内に病気で入院したことがある。」との質問及び回答欄が、最下段に「他の傷害保険契約(当社も含めて)の合計が、死亡保険金額一億円以上、入院日額一万円以上になる。」との質問及び回答欄が設けられている。
同申込書には、それ以前に契約された①保険の告知がされていない(この点が告知義務に反するかどうかは、理由中で検討する。)。
イ ③保険(一審被告三井住友)の申込書
同申込書は、「※他の保険契約」欄の「※他の傷害保険契約……はありますか。」との質問の下の「あり」又は「なし」に丸印を記入し、「あり」の場合には、保険会社名、保険種類、満期日、保険金額等をそれぞれ記入するようになっているところ、同申込書には「なし」に丸印が記入されており、重複保険に当たる①②保険の告知がされていない。
なお、同申込書の欄外には「(ご注意)」として、「※の付された欄に事実と異なる記載をしたり、または事実を記載しなかった場合には保険金をお支払できないことがありますのでご注意下さい。」との記載がある。
ウ ④保険(一審被告富士火災)の申込書
同申込書には、「同一被保険者について他の同種保険契約があれば記入ください。」との記載があり、該当する場合には、その下の「あり」に丸印を記入し、その横に保険会社名、満期日、保険種類、保険金額等をそれぞれ記入するようになっているところ、同申込書の「★告知事項」欄には何らの記入もされておらず、重複保険に当たる②③保険の存在は告知されていない(①保険は自社保険である。)。
なお、同申込書の欄外には「(ご注意)」として、「申込書の記載事項(特に★欄)が事実と相違した場合は保険金が支払われないことがあります。」との記載がある。
エ ⑤⑦⑧保険(一審被告富士火災)の各申込書
同各申込書には、④保険の申込書と同様の「★告知事項」欄及び欄外の「(ご注意)」の記載があるところ、同各申込書の「★告知事項」欄には何らの記入もされていない。すなわち、⑤保険との関係で重複保険に当たる②③保険が、⑦⑧保険との関係で重複保険に当たる②③⑥保険が告知されていない(①④保険は自社保険)。
オ ⑥保険(一審被告エース損害)の申込書
同申込書の「※告知事項」欄には、最上段に「現在、ケガや病気で医師の治療を受けていますか? 過去二年以内に病気やケガで入院しましたか? 身体に障害がありますか?」という質問が、最下段に「他の傷害保険(当社を含み)がありますか?」との質問が記載されており、「※告知事項」欄全体の上の「あり」又は「なし」に丸印を記入して、告知を行う様式になっているが、同申込書には「なし」に丸印が記入されており、重複保険に当たる①ないし⑤保険の存在は告知されていないし、平成一〇年八月から九月にかけての入院歴も告知されていない。
なお、同申込書の欄外には「ご注意:申込書記載事項(特に※欄は重要)が事実と相違した場合には、保険金が支払われないことがあります。」との記載がある。
カ ⑨保険(一審被告日動火災)の申込書
同申込書は、「告知事項」「*他の傷害保険契約」欄の「有」又は「無」に丸印を記入し、「有」の場合には、保険会社名、保険種類、保険金額等をそれぞれ記入するようになっているところ、同申込書には「無」に丸印が記入されており、重複保険に当たる①ないし⑧保険の存在が告知されていない。
なお、同申込書の欄外には「ご注意」として、「申込書記載事項(特に*印欄)が事実と相違した場合には保険金が支払われないことがありますのでご注意下さい。」との記載がある。
キ ②⑥保険以外の保険の申込書は、現在治療中の病気の有無や過去の入院歴といった病歴を告知事項としていない。
(6) 本件各傷害保険の契約解除
一審被告らは、別表二の右から二番目の欄のとおり、告知義務違反又は通知義務違反を理由として①ないし⑨保険の契約解除を通知した(以下「本件解除」という。)。なお、一審被告富士火災は、⑩保険については契約解除をしていない。
三 争点及び争点に対する当事者の主張
本件の争点は、次のとおりである。
(1) 本件事故の偶然性の有無
(2) 本件事故の外来性の有無
(3) 重複保険の告知義務違反を理由とする解除の有効性(本件各傷害保険のみ)
(4) 重複保険の通知義務違反を理由とする契約解除の有効性(本件各傷害保険のみ)
争点に対する当事者の主張は、次の四及び五のとおり当審における主張を付加するほかは、原判決一〇頁七行目から一二頁三二行目までと同じであるからこれを引用する。ただし、原判決一〇頁二一行目の末尾に、「また、太郎は、平成一〇年九月一八日に鐘紡記念病院を退院した後、一審原告B山松子方を出て自宅に戻ったが、二〇年も自宅に帰らないで内妻と同居していた太郎と家族の不和は解消されず、家庭の中には冷え切った家族関係しかなかった。」と付け加える。
四 本件事故に関する一審被告らの追加・補足主張
(1) 本件事故現場における中央分離帯手前の衝突直前のタイヤ痕(以下「線状痕B」という。)は、タイヤ模様が路面に明確に印象されているものであり、急ブレーキによって生じるブレーキ痕の特徴を備えておらず、これをブレーキ痕と考えることはできない。すなわち、線状痕Bからは、本件車両には、衝突の直前、車輪の回転を緩やかに制限する何らかの操作が加わった(すなわち、極めて不自然な運転操作がされた)ことが推定されるのであって、原判決のいうように、線状痕Bがブレーキ痕であると認定することはできない。したがって、太郎が本件車両に急ブレーキをかけたという事実を認定することはできないのである。
(2) 本件車両は、本件交差点の東側横断歩道付近にも長さ四・五メートルのタイヤ痕(以下「線状痕A」という。)を残しており、本件車両の走行速度が時速六三キロメートル以上であることからすれば、この線状痕Aを路面に印象させた時間は、約〇・二五秒と計算される。
そして、線状痕A、線状痕Bの位置関係からすれば、本件車両が右折車線を走行していた際、本件車両には、約八度の角度だけハンドルが右に切られるという運転操作がされるとともに、ごくわずか〇・二五秒だけブレーキペダルが踏まれ(線状痕Aの印象)、それから一秒の間に、さらに車両を制動するには不十分な力でブレーキペダルが踏まれる(線状痕Bの印象)という、正に不可思議な運転操作が加わっていると見られるのである。これは意識的な秩序立った運転操作とは到底いえないものであり、どう考えても、なぜ太郎が衝突直前まで急ブレーキを踏まなかったのかという重大な疑問が残るのである。
(3) 上記のような運転操作は、本件事故が「自殺」を企てたものであって本件事故に偶然性がないことを示すか、あるいは、本件事故が喘息発作による意識混濁に起因したものであって本件事故には外来性がないことを示すかのいずれかである。
したがって、一審原告らにおいて、本件事故が偶然な外来のものであることを積極的かつ合理的に説明しない限り、本件事故には偶然性も外来性も認めることができない。
なお、本件事故が偶然な外来の事故であることを強調する一審原告A野二郎の供述は、太郎と一審原告A野花子や一審原告A野二郎の冷え切った家族関係や太郎の喘息症状を殊更に隠蔽する不自然なものであって、到底信用できない。
五 本件解除に関する当事者双方の追加・補充主張
(一審原告ら)
(1) 解除期限の徒過について
一審被告富士火災は、平成一一年五月一五日には自社保険の重複を知っていたほか、平成一一年五月一八日には一審被告ロンドンからの照会文書により、他社の重複保険の存在を知った。
一審被告らは、互いに保険契約の情報を交換しているはずであるから、一審被告富士火災以外の一審被告らも、平成一一年五月二〇日ころには重複保険の存在を知ったはずである。
したがって、一審被告ら(一審被告エース損害を除く。)の①ないし⑨の保険の契約解除は、重複保険の存在を知った日(当日を含む。)から三〇日が経過した後に行われたものであって、その効力を生じない。
(2) 解除権行使が許される場合に当たらないことについて
重複保険の告知・通知が求められるのは、保険金の不正請求の危険を防止・軽減するためであるから、重複保険の不告知・不通知があった場合でも、保険金の不正請求の目的を欠く場合には、保険会社に解除権を行使させる必要もないし、通常、保険会社による解除権の行使もされないのが実情である。
しかも、我が国の今日の社会経済状況の下では、各種保険商品の開発、普及によって一人の人間が複数の傷害保険に加入する機会が増えているが、保険会社は、重複保険が保険契約解除(保険金支払拒否)という重大な結果を招くことを顧客に知らせていないし、一般にも理解されていない状況にあるから、重複保険の告知義務・通知義務違反を理由として無条件に保険契約の解除を認めることは妥当でも公平でもない。
このような解除権設定の趣旨やその周知状況に照らせば、重複保険の告知義務・通知義務違反を理由とする契約解除が許されるのは、保険金の不正請求の目的が疑われる事案に限定すべきである。
ところで、本件事故は、太郎の不注意によって発生したのであって、不正に保険金を取得するために故意に招致された事故ではないのである。
したがって、①ないし⑨の保険の契約解除は、解除権の行使が許される場合でないのに、解除権を濫用してされたものというべきであり、解除の効力を認めることはできない。
(3) 解除権不可分の原則違反(一審被告エース損害関係)
一審被告エース損害の⑥保険の契約解除の意思表示は、一審原告A野花子に対してだけされ、一審原告A野一郎及び一審原告A野二郎に対して行われていない。したがって、民法五四四条に照らし、その意思表示によっては契約解除の効力が生じない。
(一審被告ら)
(1) 一審被告らが契約解除の原因とする一審原告らの義務違反は次のとおりである。
ア 一審被告ロンドン
①保険の不告知及び③ないし⑨保険の不通知
イ 一審被告三井住友
①②保険の不告知及び④ないし⑨保険の不通知
ウ 一審被告エース損害
①ないし⑤保険の不告知及び大腸癌と診断され入院治療を受けている事実の不告知並びに⑦ないし⑨保険の不通知
エ 一審被告日動火災
①ないし⑧保険の不告知
オ 一審被告富士火災
②③⑥⑨保険の不告知及び不通知
(2) 重複保険の告知義務・通知義務違反を理由とする解除権は、重複保険に関する情報が集約された日から三〇日間行使しない場合に消滅するが、一審被告らが重複保険に関する情報の集約をした日は、一審被告富士火災及び旧住友海上が平成一一年六月一六日、一審被告日動火災が平成一一年六月一七日(《証拠省略》の事故通知受付日)から何日か後であり、一審被告ロンドンが平成一一年七月初めころである。
したがって、一審被告らの①ないし⑨の保険の契約解除の通知は、約款所定の期限を徒過しないで行われている。
(3) 重複保険の告知義務・通知義務違反による保険契約の解除は、保険制度の健全な運営のために保険会社において不正の疑いのある保険契約を廃除するために許されるべきものである。
本件事故は、仮に故意に招致されたことが確定的に認定できないとされるにせよ、事故発生の偶然性を疑うことにも合理性が認められるのであり、しかも、太郎は大腸癌で入院した平成一〇年八月以降にも多数の重複保険に加入している状況に照らせば、本件各保険は、不正な保険金取得の疑いがあると考えても差支えがない状況にあったから、重複保険の告知義務・通知義務違反を理由とする①ないし⑨の保険の解除は有効である。
なお、告知義務・通知義務違反による解除権の行使が許されるかどうかは、この点に関する約款の定めの知・不知によって決定されるわけではないから、この解除権が周知されていないことを理由としてこの解除権が許される場合を制限的に理解しようとする一審原告らの主張は失当である。
(4) 一審被告エース損害の解除権行使の方法に関する主張
一審被告エース損害は、解除の意思表示の当時、太郎の長男である一審原告A野一郎については精神病で対応不可能という情報を得ており、一審原告A野らについては、死亡保険金受取人が二名以上存在する場合で、「代表者が定まらない場合」に該当し、⑥保険の約款三一条二項が適用される場面であった。したがって、民法五四四条にかかわらず、一審被告エース損害の解除権の行使は有効である。
理由
第一⑩保険に係る本件請求(原審の乙事件)の当否(争点1及び2)
一 本件の事実関係
太郎の生活状況、本件事故の状況、保険契約の締結状況等に関する当裁判所の事実認定は、原判決一三頁一行目から一六頁一八行目までと同じであるからこれを引用する。ただし、次のとおり補足する。
(1) 原判決一三頁六行目に「自動車教習所で教習を受けたことがきっかけで、」とあるのを「同じ自動車教習所で教習を受けていたことがきっかけで、」と改める。
(2) 原判決一三頁一一行目から一二行目にかけて「「C川タクシー株式会社」(以下「C川タクシー」という。)」とあるのを「D原タクシー株式会社(以下「D原タクシー」という。)」と改め、以下の「C川タクシー」も「D原タクシー」と改める。
(3) 原判決一四頁一〇行目に「太郎の兄夫婦」とあるのを「太郎の兄A野春夫(以下「春夫」という。)の夫婦」と改める。
(4) 原判決一五頁一行目から二行目にかけて「平成一〇年九月、兄の勧めもあり、一審原告A野花子、一審原告A野一郎及び一審原告A野二郎ら家族のもとへ帰ったが、」とあるのを「平成一〇年九月一八日以降、春夫の勧めもあり、一審原告A野ら家族の住む自宅で寝泊まりするようになった。一審原告B山松子も、太郎との仲が太郎の親戚から認められているわけではなく、太郎の葬式に出席することもはばかられる立場にあったため、大腸癌での入院を契機として、太郎に対し、最期まで同棲してその面倒をみることは良くないことである旨を説明し、太郎もこれを納得して自宅に帰るようになったものである。したがって、」と改める。
(5) 原判決一五頁一五行目に「A野二郎に対し「明日、姫路の兄のところに行って来る」旨告げている。」とあるのを、「翌朝早くに春夫の家に行く旨を告げた。春夫は、太郎からその訪問について電話連絡を受けていたわけではないが、平成一一年一〇月二〇日に行われた保険調査事務所担当者の面談調査の際、「太郎としては、本件事故の当日、春夫の日常生活や出勤状況を勘案して早朝に春夫宅に顔を出そうと思ったのではないか。」と話しており、早朝に訪問しに来ることを特に不思議に思っていない様子であった。」と改める。
(6) 原判決一六頁七行目から一八行目までを次のとおり改める。
「(7) 一審原告B山ら及び太郎の四名は、一審原告B山松子及び一審原告B山梅夫が一審被告富士火災の保険外交員をしていた関係もあって、本件事故当時、いずれも、一審被告富士火災を保険者とする多数の傷害保険に加入していた。
ア 本件事故当時、本件各保険を含め、これと同種の一審被告富士火災の自社保険の契約件数は次のとおりとなっていた。
(ア) 一審原告B山松子が保険契約者となっていたのは、平成二年一二月から平成一一年三月にかけて加入の二六件(一審被告富士火災及び旧住友海上原審平成一二年七月四日準備書面の保険契約一覧表のうち旅行保険を除く件数)であった。
(イ) 一審原告B山梅夫が保険契約者となっていたのは、平成七年一〇月から平成一一年三月にかけて加入の八件(同表のうちスキー保険及び自動車保険を除く件数)であった。
(ウ) 一審原告B山竹夫が保険契約者となっていたのは、平成六年一月から平成一〇年六月にかけて加入の一二件(同表のうち旅行保険と自動車保険を除く件数)であった。
(エ) 太郎が保険契約者となっていたのは、平成八年七月から平成一〇年一〇月にかけて加入の六件(同表のうち旅行保険と自動車保険を除く件数)であった。
イ 上記四名が一審被告富士火災と保険契約を締結した上記合計五二件の保険のうち、上記四名を被保険者とする保険は三六件あり、その三六件を被保険者別に死亡保険金の額をみると次のとおりとなる。
(ア) 一審原告B山松子を被保険者とする保険が一一件であり、その死亡保険金の合計額は六四九九万九〇〇〇円であった。
(イ) 一審原告B山梅夫を被保険者とする保険が一三件であり、その死亡保険金の合計額は五四三八万二〇〇〇円であった。
(ウ) 一審原告B山竹夫を被保険者とする保険が一二件であり、その死亡保険金の合計額は四〇二五万八〇〇〇円余りであった。
(エ) 太郎を被保険者とする保険が五件(①④⑤⑦⑧保険)であり、その死亡保険金の合計額は三一五九万五〇〇〇円であった。
ウ ところで、⑤⑧保険と同じく「積立青年アクティブライフ総合保険」という名称で死亡保険金額を六一二万円、保険期間を三年とする一審被告富士火災の傷害保険は、⑤⑧保険以外にも、
(ア) 一審原告B山梅夫が自己を被保険者として平成一〇年八月に加入したもの、
(イ) 一審原告B山松子が一審原告B山梅夫を被保険者として平成一〇年一一月に加入したもの、
(ウ) 一審原告B山松子が自己を被保険者として平成一〇年六月に加入したもの、
(エ) 一審原告B山松子がその他の者を被保険者として平成一〇年六月に加入したもの、
の合計四件があり、それら保険料は、いずれも、⑤⑧保険と同額の月額三〇〇〇円である。
エ また、⑦保険と同じく「積立青年アクティブライフ総合保険」という名称で死亡保険金額を九二五万円、保険期間を三年とする一審被告富士火災の傷害保険は、⑦保険以外にも、一審原告B山竹夫が自己を被保険者として平成一〇年六月に加入したものがあり、その保険料は、⑦保険と同額の月額五〇〇〇円である。
オ 一審原告B山ら、訴外亡E田夏夫(一審原告B山松子の子である。)及び太郎の五名を被保険者とする一審被告富士火災の傷害保険については、昭和五八年から平成八年までの一四年間に、合計一六回の保険事故があったとされ、合計一六七九万〇〇一九円の保険金が支払われているところ、そのうち八六九万五二〇〇円は、平成七年九月二六日の訴外亡E田夏夫の死亡事故に係る保険金である。
また、上記一六回の保険支払のうち太郎を被保険者とする保険事故は平成四年一〇月八日及び平成八年一二月一五日の二回であり、支払保険金額は七一万七〇〇〇円である。」
二 争点1(本件事故の偶然性)について
(1) はじめに
ア 車両が中央分離帯に衝突するという態様の自損事故は、事故の軽重様々なものを含めると全国的に多数発生しているものであり、その事故の態様をみる限り、本件事故は、自動車運転者の不注意によって起こることがまれではない態様の事故であって、本件事故の発生は不自然とか不可解な態様の事故ではない。
しかも、本件事故の現場には、約三メートルの短いものではあるがブレーキ痕と認められる本件車両のタイヤ痕(中央分離帯直前のもの―一審被告らのいう「線状痕B」)が残されているのであって、太郎は、本件車両が中央分離帯に衝突する寸前ではあるが急ブレーキをかけているものと認められる(この点については後になお検討する。)。このことは、何らかの不注意による事故である可能性を物語るものである。
イ そうすると、保険事故が偶然な外来の事故であることは、保険金請求者である一審原告らが主張立証責任を負う要件事実ではあるものの(最高裁判所平成一三年四月二〇日第二小法廷判決・民集五五巻三号六八二頁参照)、太郎が自殺を意図して故意に本件事故を発生させたのではないかと疑うべき相当の事情が肯定されない限り、居眠り、脇見運転又はその他の何らかの運転操作の過誤によって、太郎にとって予想外の事故として発生したもの、すなわち偶然に発生した事故であるとの事実上の推認をしても差支えがないと考えられる(もっとも、居眠り、脇見運転等の可能性についても、後に検討する。)。
(2) 事故態様において自殺を疑わせる事情について
ア 本件車両は、交差点の直前でわずかに右に方向を転じて、その後は時速六三ないし六八キロメートル以上と推定される速度のまま中央分離帯の擁壁に向かって直進し、そのまま擁壁のほぼ中央部に激突している。この点からすると、自殺の可能性も全くないではない。
イ しかしながら、本件事故現場には中央分離帯手前の衝突直前のタイヤ痕(一審被告らのいう「線状痕B」という。)が残されている。
一審被告らは、このタイヤ痕について、急ブレーキによるブレーキ痕ではないとして、これを前提に、衝突直前の太郎の運転操作が理解不可能なものであるかのように主張している。
しかし、上記タイヤ痕が急ブレーキによるブレーキ痕であることは、原審及び当審において一審原告ら一審被告らの双方から提出された工学鑑定の鑑定書においても特に否定されていないのであり(一審被告らの主張が自動車工学上の根拠を有するのであれば、当然に、それら鑑定書において指摘がされているものと思われる。)、また、同タイヤ痕はブレーキ痕以外には想定することができない。
したがって、一審被告らの上記主張は、その前提を欠くものであって採用できない。
ウ そうとすると、太郎が自動車を擁壁に衝突させて自殺しようとしたのであれば、衝突直前に急ブレーキをかけることは考えにくいところである(覚悟の上の自殺であっても、衝突直前になって恐怖心からブレーキを踏むことは全くあり得ないではないが、やはり考えにくいところである。)。
エ また、太郎は相当の高速で走行していたとうかがえるが、猛スピードで運転していたとまでは認められない。そうとすると、コンクリート擁壁に衝突しても、確実に死に至るとはいえない(なお、一審被告らは、傷害の場合でも高額の入院給付金等が得られることを指摘するが、入院給付金を得ようとして事故を起こすのであれば、むしろ比較的軽い事故を装うものと考えられる。)。
オ なお、太郎は早朝春夫に知らせずに春夫方に向かったものであるが、春夫の言では特に不自然ではないというのであり(前記一(3))、本件事故現場はその経路に該当している。
カ 以上のとおり、本件事故の態様等からすると、自殺の可能性は少ないというべきである。
(3) 動機等において自殺を疑わせる事情について
そこで、次に、本件事故の態様以外の点において、太郎が自殺を意図して本件事故を招致したのではないかと疑わせる事情があるかどうかについて検討する。
ア 一審被告らは、①太郎が大腸癌、糖尿病、気管支喘息を患っており、大腸癌にかかっていることのみならず余命についても告知を受けていたから、太郎が自身の病気について悩んでいた、②家族関係が冷え切っていたことを悩んでいたなどと主張し、このような悩みは太郎に自殺を企てさせる大きな要因となっていたはずであり、したがって、太郎の自殺が疑われると主張する。
(ア) ①についてみると、まず、太郎が医師から大腸癌の告知を受けたが、その際に余命の告知まで受けていたわけではないことは前記一に認定(引用した原判決の説示)のとおりである。
もっとも、前記認定(引用部分)のとおり、太郎に対しては、余命は告知されていなかったものの、癌が肝臓に転移していること、これに対しては抗ガン剤等によって対応していくことが告知されており、太郎は、S字結腸の切除によって完治したものでないことは知っていたものである。そして、本件事故直前には、腹水の貯留、黄疸、下肢の浮腫が進行していたことが認められる。
しかし、太郎は、平成一〇年八月五日に癌の告知を受けた際には力を落としていたが、《証拠省略》に照らすと、S字結腸の切除手術後の経過は良好で、同年八月一八日の退院間近には看護婦とも比較的明るく対応していたことがうかがえるし、その後、通院を続け、医師から処方された薬をきちんと服用していたことがうかがえ、また、本件事故直前にも前記のような状況にはあったものの、癌に伴う激しい痛みや肝機能障害に伴う強い脱力感等を訴えていた形跡はないのである。
また、太郎は、平成一〇年九月一八日に退院した後、D原タクシーに復職し、平成一一年三月末に満七〇歳で定年退職するまで平常どおり勤務し、定年退職後も嘱託社員として同社で働いていたのであって、体調不良とか闘病の苦痛とかのために勤労の意欲も生き甲斐も失っていたというわけではない。
そして、太郎が気力を失って自殺を考えていたのであれば、そのことを周囲にもらすとか、遺書を残すとかすることが想定できるが、太郎についてはそのような形跡はなかったものである。
以上によってみると、太郎が病気を苦にして自殺を企てたとは考えにくいところである。
(イ) 次に②についてみると、確かに、太郎が鐘紡記念病院を退院した後に一審原告A野らの住む自宅に帰ったとしても、前記認定のとおり家族との不仲が解消したわけではなく、家族が暖かく迎え入れてくれることはなかったと認められ、その点で太郎に悲哀の気持ちがなかったとはいえないであろうが、一審原告A野花子らと特に喧嘩をしている状況であったとは認められず、他方、太郎は一審原告B山松子と別れていたわけではなく、自宅に帰った後も一審原告B山松子宅に通って食事をし、一審原告B山松子と旅行に出かけるなどして生活を楽しむ機会はあったと認められるのであり、家庭生活を悲観して自殺を企てたと考えることも無理がある。
(ウ) さらに、生きる気力を失って自殺するのであれば、他の方法もあるし、事故の前日に一審原告A野二郎に対しわざわざ翌朝に兄のところに行くと告げることは不自然である。
これらによると、太郎が病気等を苦にして生きる気力を失い、その結果自殺を図ったとは考えにくいところである。
イ 一審被告らは、大腸癌の告知の後に⑥ないし⑨保険に加入するという太郎の傷害保険の加入の仕方が異常であるから、太郎には保険金不正取得の目的が疑われ、したがって、本件事故にも自殺の疑いがあると主張するようである。
(ア) 確かに七〇歳前後に達してしかも癌の告知を受け、今後社会において積極的な活動をすることが見込まれない者が新たに相当額の保険金の傷害保険に加入することはやや異常である。
(イ) しかし、急激かつ偶然な外来の事故による受傷(及びこれに引き続く死亡)を保険事故とする傷害保険の場合には、生命保険の場合と異なり、年齢や健康状態によって保険事故発生率が異なるとは考えられないし、事実、一審被告富士火災の傷害保険の保険料が被保険者の年齢によって変動しないことは前記認定のとおりである。すなわち、傷害保険においては、基本的には被保険者の年齢や健康状態によって保険料が左右されるものではなく、保険加入の際、必ずしも病歴に関する告知が求められるわけではないから(本件各保険のうち病歴告知を求めるのは、他の保険と比較して保険料が割安な②⑥保険のみである。)、大腸癌告知の後の保険加入が異常であるというのは、生命保険とは異なる傷害保険の場合には当然には当てはまらないものと思われる(病歴告知が求められているのにその告知をしなかった場合に、告知義務違反の点が非難されるのは別の問題である。)。
(ウ) 一審被告らは、太郎が癌の告知後に、自殺を企図して保険に加入したことを示唆するものとも解される。
しかし、⑥ないし⑨の保険(特に⑦ないし⑨の保険)の加入手続には一審原告B山らが関与しているとうかがえるから、これらの保険については一審原告B山らと協議して、交通事故を装った自殺を図ることを互いに了解して保険加入をしたことを意味する。しかし、その事実を認めるだけの証拠があるとはいえない。のみならず、太郎が内心で、自殺により遺族等に保険金を残そうと考えて保険に加入したということは想定できるにしても、一審原告B山らと自殺について互いに了解して保険加入したとは、実際にも考えにくいところである。
(エ) したがって、保険加入の時期という点から、本件各保険の加入状況が異常であって、自殺を企図していたとまではいえない。
ウ 一審被告らは、また、太郎が多数の保険に加入していることを問題とするごとくである。
(ア) そして、五年ほどの間に太郎を被保険者とする①ないし⑨の保険(九件)への加入があったことは事実であり、一般的には、短期間に多数・多額の傷害保険に重複加入することは、その直後に発生した事故の故意招致性を推認させる有力な事情となり得ることは否定できない。
しかし、これらの保険の中には、内妻の一審原告B山松子が一審被告富士火災の保険外交員をしていたことから加入したものも多く、太郎自身が一審被告三井住友の代理店をしていた関係で加入したものもあり、他のものも、太郎や一審原告B山らが保険の知識を持っていたことから加入の利益を考えて契約したとうかがえるのであって、多数の保険に加入したこと自体が著しく異常であるということはできない。
(イ) なお、一審被告富士火災及び旧住友海上の平成一二年三月二八日準備書面の八ないし一一頁には、太郎が、癌の告知を受けた無職・無収入の老人であったとの指摘があり、そのような者が多額の保険料を支払って保険に加入することは異常であるとの指摘がある。
真実、太郎がそのような老人であるならば、本件各保険の加入状況が異常であって、本件事故の故意招致性も疑われると考えても良いかもしれないが、実際には、前記のとおり、太郎には、D原タクシーを退職するまでは月額五〇万円ほどの収入があり、その後も年金と嘱託としての謝礼程度の給与を合わせると一定の収入があったものであるから、上記指摘は事実に基づかないものである。
(ウ) そうしてみると、保険の重複加入の件数・金額からみても、本件各保険の加入状況が異常であり、さらにそのことから本件事故が自殺であることが疑われるとはいい難い。
エ 前記のとおり、一審被告らは、本件事故が交通事故を装っての自殺であると示唆するものと考えられるが、その場合になお大きな疑問となるのは、太郎に、自殺をしてまで保険金を不正取得し、遺族等に受領させようとするだけの動機があったといえるかどうかの点である。
(ア) 太郎のような者が交通事故を装って自殺を図るのは、通常は、多額の借金の弁済資金を得るため(保険金によって債務を弁済し遺族や債権者に迷惑をかけないようにするため)であるのが最も多い例であるが、太郎には、保険金で償わなければならないような多額の借金があった事情をうかがうこともできない(《証拠省略》によると、太郎が本件事故の直前にサラ金から借入れをしたこともうかがえるが、それまでに多額の借入れをしていてそのために苦しんでいたとは認められないし、前記のとおり平成一一年三月までは月額五〇万円以上の、それ以降も二五万円を超える収入があったものである。)。
(イ) そうすると、本件事故が自殺であるとするためには、太郎は、一審原告A野らや一審原告B山らに多額の保険金を取得させたいため、交通事故を装って自殺をしたということになるが、太郎が自ら自動車をコンクリートの壁に激突させるという恐ろしい思いをして命を絶ってまで一審原告らに保険金を取得させたいと思ったかどうか、言い換えると、果たして、太郎はそれほどまでに一審原告らに対して恩義や罪の意識を持っていたかについてみると、その点は疑問である。すなわち、太郎と一審原告A野らの関係は、太郎が自宅に戻ってからも冷え切った関係にあったことは一審被告らの主張するところであるし、一審原告B山らとの関係も、一審原告松子が太郎を自宅に帰したのは生活費も十分入れない太郎にいわば愛想をつかした面もあるのであって、本件事故当時はそれほど深い愛情を抱く関係にあったとは認められない。
オ 以上によれば、動機等の点においても、太郎が自殺を意図して本件事故を招致したのではないかと疑わせる事情は乏しいというべきである。
(4) なお、本件事故の原因につき、他の可能性についても検討する。
ア 本件事故のような事故が生じやすい場合として居眠りによる場合が考えられるところ、一審被告らは、太郎は出発して間もなく本件事故現場に差しかかっているから、居眠りするような状況にはないと主張する。
一審被告が出発したその住所(神戸市中央区港島中町)と本件事故現場(神戸市須磨区古川町)の距離関係に照らすと、確かに、出発してからさほどの時間がたっているとは考えられないから、長時間運転を継続して疲労したという状況にはないと考えられるが、一審原告二郎の供述等によると、太郎は前夜は特に早く寝たわけではないと認められるにもかかわらず、早朝に出発しており、十分な睡眠をとったとは認め難く、また、当時の年齢、体調等に照らすと、一時的に居眠りないし注意力の散漫な状況に陥ったことを否定するのは困難であると考えられる。
イ また、脇見運転その他の運転ミスないしは老齢による運転ミスの可能性も高い。
本件において、車内の状況を示す証拠は残っていないから、脇見をしたことの具体的状況は明らかでなく、また、衝突直前にハンドルを切った形跡はないが、時速六三ないし六八キロメートルと推定される比較的高速で一般国道を運転していたことからすると、わずかな脇見その他の不注意で運転を誤って進行を誤り、衝突の直前に急ブレーキは踏んだもののハンドルを切るには至らなかったことは十分考えられるところである(なお、《証拠省略》中のD原タクシー社長からの聴取、一審原告松子の供述等によると、太郎は元々運転はあまり上手でなく、一審原告松子と同乗するときは一審原告松子が運転することが多かったというのであり、この点に加えて七〇歳という年齢をも考えると、前記のような高速運転であったことと相まって、運転ミスにより進路を誤った可能性も相当高いというべきである。)。
ウ なお、一審原告は、右折すべき交差点を間違えて、本件事故に至ったのではないかというが、右折しようとしたのであれば、速度を落としていたと考えられ、交差点に進入してからハンドルを右に切った形跡がないから、この可能性は低いと考えられる。
(5) 以上のとおりであって、本件においては、太郎の自殺を疑わせる事情は肯定できないのであり、他方、居眠り、脇見運転その他の通常の不注意による事故の可能性は高いのであるから、本件事故は、偶然に発生したものというべきである。
三 争点2(本件事故の外来性)について
太郎に大腸癌、糖尿病、気管支喘息という持病があったことは前記のとおりであるが、それら持病が、突如として運転操作を不可能にするほどの発作(意識混濁)を生じさせる病気であることや本件事故直前にその種の発作が起きた可能性を示唆する医学的資料は見当たらず、本件事故の外来性を疑う根拠はない。
なお、一審被告らは、太郎の気管支喘息を問題にするが、太郎は、平成一一年二月一〇日以降は気管支喘息の発作を起こして外来治療を受けていたわけではないから、本件事故当時その発作に悩まされていたとは考えにくいし、気管支喘息の発作(気管支収縮による呼吸困難)は、これが長時間続けば患者の意識を混濁させる可能性もあろうが、自動車運転中に突然の意識混濁を発生させる類の疾患とも考えにくい(そう認めるための医学的資料が見当たらない)のであって、本件事故が気管支喘息の発作を原因とするのではないかと疑う根拠はない。
四 まとめ
以上のとおりであるから、本件においては、⑩保険に係る保険事故の発生が認められ、かつ、⑩保険については契約解除もされていないので、一審原告A野らの一審被告富士火災に対する⑩保険に係る死亡保険金の支払請求は理由があり、この点に関する原判決の結論は相当である。
第二⑥保険(一審被告エース損害)に係る本件請求の当否
一 前記第一のとおり、本件事故は⑥保険の保険事故に該当するものと認められ、一審被告らの保険契約の解除に関する主張のうち、重複保険の告知義務又は通知義務違反を理由とするものについては、後記第三において検討するが、⑥保険については、まず他の告知義務違反の有無を検討する。
二 平成一〇年八月二〇日に申込みがされた⑥保険については、「現在、ケガや病気で医師の治療を受けていますか? 過去二年以内に病気やケガで入院しましたか?」という質問に対し、大腸癌と診断され入院中であることの告知がされていない(②保険の申込書も、同様の病歴告知を求めているが、②保険加入時点では、気管支喘息の治療を含めて当該告知事項に対する該当事項がなかったものである。)。
三 急激・偶然な外来の事故による受傷や死亡を保険事故とする傷害保険の場合には、生命保険におけるとは異なり、基本的には年齢や健康状態による保険事故発生率の差異は大きいとは考えられないが、偶然の事故が生じた場合、疾病や障害がある被保険者の入院日数が長引く可能性がある点においては、入院期間を含めた危険測定にある程度の差異が生じるものと思われる。
そして、⑥保険の申込書においては、現在治療中のケガや病気の存在又は過去二年以内の入院歴は、保険を引き受けるかどうかの判断基準とする旨を明示し、これを重要事項として告知を求めたものと解されるから、もし一審被告エース損害において、太郎が大腸癌で入院中である旨の告知を受けていたなら、⑥保険の引受けを拒否したものと推認するのが相当である。
したがって、太郎は、故意に、病歴告知をしないで⑥保険に加入したものといわざるをえないから、一審被告エース損害は、⑥保険の約款一一条に基づき、⑥保険の契約解除をすることができる。
四 なお、一審被告エース損害の契約解除の意思表示は、重複保険の告知・通知義務違反のみを理由とする通知しかしていない。しかしながら、告知義務違反の事柄ごとに別個に解除権が発生すると解すべき根拠もないから、その解除の意思表示は、病歴告知懈怠による解除の意思表示としても援用することができるものとしなければならない。
五 ところで、一審被告エース損害の意思表示は、太郎の相続人である一審原告A野ら全員にあてたものであるが、意思表示の受領権者を「相続人代表者」である一審原告A野花子としている。本件においては、一審原告A野花子が、一審原告A野一郎及び一審原告A野二郎に代わって⑥保険の契約解除の意思表示を受領する権限を有していたかどうかは不明である。
しかしながら、《証拠省略》によれば、一審原告A野らは同居の家族であり、いずれも、一審被告エース損害から解除通知を受けたことを前提として、平成一一年六月三〇日までに一審被告エース損害に対して⑥保険の保険金の支払を求める文書を差し出し、平成一一年七月三〇日には、神戸地方裁判所に対し、⑥保険の保険金の支払を求める本件訴訟を提起していることが明らかであるから、一審被告エース損害の《証拠省略》による契約解除の意思表示は、その通知の日付け(平成一一年六月一〇日)の二、三日後には、一審原告A野花子以外にも、一審原告A野一郎及び一審原告A野二郎に現実に到達していたものと推認すべきである。
六 以上のとおりであるから、⑥契約は有効に契約解除がされており、一審原告A野らの一審被告エース損害に対する⑥保険に係る本件請求は理由がない。
第三⑥⑩保険以外の保険に係る本件請求の当否
一 前記第一のとおり、本件事故は本件各傷害保険の保険事故に該当するものと認められる。
二 争点3(重複保険の告知義務違反を理由とする解除の成否)について
(1) 重複保険の告知義務の当否・有効性については、過去に学説上様々な議論がされていたところである。
ところで、傷害保険のような定額給付方式の保険にあっては、保険事故による具体的な損害額とは関係なく契約所定の一定金額が支払われることになるので、同種の保険契約が複数存在し、支払われる保険金額が多くなるときは、一般に不正な請求の誘因となり、不正な保険金請求に対して保険の支払を余儀なくされる危険(道徳危険)が増大するから、これを防止・低減するため、約款の定めにより、保険契約者側に重複保険の告知義務が設けられたものと解される。
このような告知義務を定める約款には合理性があり、有効と考えられる。
(2) しかしながら、今日においては、多種多様な保険商品が開発され、様々な方法で保険加入のための宣伝活動がされているのであって、顧客が重複して傷害保険に加入することは珍しくない。特に、自動車保険やクレジットカードのカード保険に附帯する傷害保険と通常の傷害保険が重複加入となっている例は非常に多いと考えられる。
ところが、一般の保険契約者には、重複保険の不告知が契約の解除という重大な不利益をもたらすと意識されているとは思われない。また、約款上も、解除することができるとされていて、保険金の不払事由とはされていないのみならず、実際にも、重複保険があるから常に保険契約の解除がされるわけでもないのが実情と考えられる(本件においても⑩保険は解除されていない。また、重複保険の告知がされていないが保険者がこれを認識していると考えられる場合でも、保険事故の発生する前に解除がされることがほとんどないことは、識者の指摘するところである。)。そうすると、重複保険の不告知を理由に解除するかしないかが、ひとえに保険者の意向次第というのでは、保険契約の附合契約的な性質にそぐわないし、通常の保険契約者の保護にも欠けることとなることは明らかである。
また、重複保険は、道徳危険以外の保険の危険測定と直接には関係しないのであり、重複保険の告知義務は、保険者が保険契約者側の道徳危険の程度を考慮して保険引受けの諾否の判断ができるようにするための義務にすぎないのであるから、重複保険の告知義務が自己目的化するような解釈運用も妥当ではないと考えられる。
(3)ア 思うに、重複保険の告知義務違反を理由とする解除は、本来は、不慮の事故を装った保険金の不正請求(道徳危険)に対する予防策なのであって、保険事故発生前にも、道徳危険をもたらす場合には積極的に解除することが前提とされていると考えられる。換言すると、事故の故意招致(保険金詐欺)を保険者が立証できない場合の予備的な保険金支払拒否事由とするのは相当でないというべきである。加えて、事故の偶然性・外来性が保険金請求者側において主張立証すべき要件事実であると解される以上(前掲の最高裁判所平成一三年四月二〇日第二小法廷判決・民集五五巻三号六八二頁参照)、この解除権が予備的な保険金支払拒否事由として機能することを目処として、解除の有効要件を検討するのは相当でない。
イ そうとすると、約款上は重複保険の告知義務違反があれば解除できるとされているものの、この解除権が必要とされている根拠に照らすと、同告知義務違反を理由とする解除は、事故の偶然性が肯定される場面にあっても(現実に保険金の不正請求が行われているとは認められない場面にあっても)、なお保険者の利益を優先させるべき理由があるときに許されるものと解すべきであり、そのような場合というのは、結局、基本的には、保険契約者側が故意又は重大な過失によってその重複保険を告知しなかった場合であって、保険者が重複保険の存在を知っていたならば、当該保険の加入を拒否したであろうと考えられる場合であるとすべきである。
したがって、逆に、保険者が重複保険の存在を知っていても保険加入を拒否しなかったであろうと考えられる場合(当該重複保険が保険加入の諾否を判断する際の重要事項と考えられない場合)には、基本的には、重複保険の告知義務違反を理由とする解除は許されないと解すべきである。
そして、保険者が重複保険の存在を知っていても保険加入を拒否しなかったであろうと考えられる場合(当該重複保険が保険加入の諾否を判断する際の重要事項と考えられない場合)に当たるかどうかは、重複契約の数、その保険金額等の客観的事実を基本として判断すべきものと考えられる。
ウ もっとも、約款上、保険者側に重複保険の告知義務違反を理由とする解除権が与えられていることにかんがみると、イを基本としつつも、保険解約者側に、契約締結の状況等において、保険者が契約を解除することを正当化するだけの著しく信義に反する事情がある場合にも、解除が許されるものとするのが相当である。
(4) 以下、本件について検討する。
ア ①保険(一審被告富士火災)について
①保険については告知すべき先行の重複保険は存在しないから、その告知義務違反は問題とならない。
イ ②保険(一審被告ロンドン)について
②保険の申込書には、告知事項として「重複保険を含めた死亡保険金一億円以上、入院日額一万円以上になる。」場合に告知すべきものとされているところ、②保険加入時にこの基準を充足するだけの重複保険が存在したとは認められないから、②保険については、明確な告知義務違反がなく(仮にあったとしても解除を相当とする場合に当たらない。)、重複保険の告知義務違反を理由とする解除が許される場合に該当しない。
なお、②保険には、他の告知事項として、(ア)「現在、ケガや病気で「医師の治療を受けていること、身体障害があること、過去二年以内に病気で入院したことがあること」及び(イ)「過去三ケ年間に、傷害保険(五万円以上)を請求または受領したことがあること」が記載されているが、これらについては該当する事実があったことを認めるべき証拠がないし、本件において、これらにより解除を正当化することはできないというべきである(《証拠省略》の解除通知書も重複保険の告知義務通知義務を挙げるにとどまる。)。
ウ ③保険(一審被告三井住友)について
③保険の申込書には、②保険のような保険引受けの諾否を検討するための基準に関する事項は記載されておらず、重複契約をすべて告知することを求めているものである。
そして、③保険の申込みの時点では、①保険と②保険に加入していただけであり、その死亡保険金額は合計五五〇〇万円であって、これらの重複保険を一審被告三井住友が知った場合に、保険加入を拒否したとは認めることができない。
なお、③保険については、太郎が他の重複保険契約の有無について「なし」に丸印を付しており、太郎は一審被告三井住友の保険代理店をしていて重複事項の告知義務については認識していたと認めるのが相当であるが、その点を考慮しても、上記の告知義務違反につき特段信義に反する状況があったとはいえず、一審被告三井住友が引受けを拒否していたとは考えられない(なお、③保険は、一審被告三井住友の保険代理店をしていた太郎が自らの営業成績を上げ、一審被告三井住友の売上げを増すために加入したものと推認される。)。
したがって、一審被告三井住友は、重複保険の告知義務違反を理由として③保険を解除することが許されるということはできない。
エ ④⑤⑦⑧保険(一審被告富士火災)について
(ア) これらの申込書にも、②保険のような保険引受けの諾否を検討するための基準に関する事項は記載されておらず、重複契約をすべて告知することを求めているものである。
ところで、⑧保険加入の時点では太郎は既に①ないし⑦及び⑩の保険に加入していたものであり、その死亡保険金額は⑩を加えると、一億三五四七万五〇〇〇円に達していたものであるから、これらがすべて他社保険であれば、保険者として保険加入を引き受けるかどうか疑問もあり得るところである。
また、これらの保険のうち⑦⑧保険については、太郎が癌の告知を受けた後で、その後の社会活動がそれほど期待できない段階で締結されたものであり、その点においてやや異常である。
しかし、これらの重複保険の多くは、同じ一審被告富士火災のものであり、同社の分については一審被告富士火災は重複保険を容認していたものと解さざるを得ないものである。そのような一審被告富士火災の対応からすると、他社の重複保険加入があり得ることを認識し得たのではないかと考えられるし、自社の重複保険はいわば無制限に加入を認めながら、他社の重複保険があることを理由に解除することは信義にも反するというべきである。
(イ) また、一審被告らは、太郎及び一審原告B山らが一審被告富士火災について多数、多額の傷害保険に加入し、相当額の保険金を受領していることを指摘する。
確かに、そのような事実がうかがえるが、一審原告B山松子及び一審原告B山梅夫は一審被告富士火災の保険外交員をしてきたものであり、その関係から、キャンペーン期間を含め親族を被保険者とする保険に多数加入して自らの営業成績を上げ、一審被告富士火災の売上げを増すためにしたと考えられるし、保険金を受け取った事例をみても、不正請求を疑わせるものは見当たらない(なお、太郎を被保険者とする傷害保険で保険請求がされたのは、工事現場で転倒したことを原因とするもの一件のみである。)。そして、(ア)で触れたように、一審被告富士火災はこうした自社の重複保険加入を容認し、保険金請求に対しても特に問題とせずに支払ってきたものであって、本件に至ってはじめてこの点を問題としているものである。
(ウ) これらの事情を総合してみるとき、一審被告富士火災は、重複保険の告知義務違反を理由として前記保険契約を解除することは許されないとするのが相当である。
オ ⑨保険(一審被告日動火災)について
(ア) ⑨保険の申込書にも、保険引受けの諾否を検討するための基準に関する事項は記載されず、他のすべての重複保険について告知を要求しているものである。
(イ) ところで、《証拠省略》によると、⑨保険の加入時の状況は次のとおりと認められる。
太郎及び一審原告B山らは、それまで一審被告日動火災の傷害保険に加入したことはなかったごとくであるが、平成一一年四月九日(太郎が大腸癌の告知及び手術を受け退院した後で、D原タクシーを定年退職した後)、一審原告B山松子は特に知人の紹介によることなく、一審被告日動火災の保険代理店の保険事務所を一人で訪れ、担当者(所長)に対し、傷害保険の申込みをした。
一審原告B山松子は、当初、同人自身が契約者及び被保険者となり、一審原告B山梅夫を受取人とする傷害保険の申込みをした。そこで、担当者は当時のキャンペーン商品である夢サポート傷害保険を勧めたところ、一審原告B山松子はその申込みをした。
その後、一審原告B山松子は、もう一件別に保険加入したいと希望し、契約者及び受取人を一審原告B山梅夫、被保険者を太郎とする⑨保険の加入を一審原告梅夫の代理人として申し込んだ。その際、担当者が他の傷害保険加入の有無を尋ねたところ、一審原告松子は「他の傷害保険には加入していない。」旨を答えた。なお、太郎は途中で電話をかけて保険加入を了解している旨を告げた。
(ウ) ところで、当時、太郎は①ないし⑧及び⑩の保険に加入しており、それらの死亡保険金は⑩保険を含めると合計一億四一五九万五〇〇〇円に及んでいたものである。
そして、⑨保険が太郎が癌の告知を受けた後であることの異常さは別としても、上記のごとき多数多額の保険に加入していながら、それまでとは別の保険会社に保険加入をし、かつ多数の他社保険に重複加入していた事実を否定する発言をして加入の申込みをしたものである。
これらの事情を総合すると、一審被告日動火災は、これらの事実を認識していれば、保険加入を断ったことも十分あり得るのであって、本件事故発生後ではあっても、一審被告が重複保険の告知義務違反を理由に⑨保険を解除することも許されるというべきである。
(5) 以上のとおりであるから、重複保険の告知義務違反を理由とする解除は、⑨保険については許されるが、①ないし⑤、⑦⑧保険については、許されないというべきである。
三 争点4(重複保険の通知義務違反を理由とする解除の成否)について
(1) 重複保険の通知義務は、告知義務と同様に、不正な保険金請求に対して保険の支払を余儀なくされる危険(道徳危険)を防止・低減するため、保険契約者側に課される義務であり、保険者が保険契約者側の道徳危険がどの程度増加したのかを知ることができるようにし、保険契約の継続の諾否の判断ができるようにするための義務である。
(2)ア ところで、重複保険の告知義務は、申込書に告知に関する事項の質問が記載され、それに逐一回答する仕組みになっているが、これに対し、重複保険の通知義務は、申込書には記載がなく、約款において、既に傷害保険に加入している者が他の傷害保険等(重複保険)に加入するときはあらかじめ、重複保険があることを知ったときは遅滞なく、書面でその旨を既加入の保険会社に通知してその承認を得るべきものとする旨が記載されているものである。したがって、一般の保険契約者にとって、通知義務を尽くすことは相当に困難であり、その履行が失念され易いことは明らかである(実際にも通知義務が履行されることは少ないと考えられる。)。しかし、約款上は、通知義務違反によって保険者は契約解除権を得、解除したときは保険金の支払を免れるという重大な結果が生じるものである。
そして、今日においては、傷害保険の重複保険加入はかなり行われている状況にあるから、一方で、前記のような保険者の道徳危険の防止・低減の要請に応えつつも、他方で、重複契約の通知義務違反を理由とする解除権の行使によって、不正な保険金請求を意図しない一般の保険契約者に過酷な結果を招来しないようにするのが相当である。すなわち、この解除権が道徳危険の防止という本来の目的に沿った適用がされるような解釈が要請され、その要請は、告知義務違反による解除の場合よりも大きいというべきである。
イ そうすると、重複契約の通知義務違反を理由とする解除が許されるのは、(ア)保険者が重複契約を知ったならば保険契約を継続しなかったであろうと考えられる場合(重複契約の重要事項性)のみでは足りないと考えられるのであって、これに加えて、(イ)保険契約者側に、保険請求に不正請求の疑いがあるような場合や通知をしなかったことに著しく信義に反する状況があることをも要すると解するのが相当と考えられる。
(3) 本件について検討する。
ア ②保険(一審被告ロンドン)について
(ア) ②保険では、前記のように重複保険の告知義務に関し一定のしぼり(死亡保険金一億円以上等)をかけており、これが通知義務により契約を継続するかどうかの判断の基準とも考えられる。そして、②保険との関係では、⑩保険を除いても、⑥保険加入時点で死亡保険金が一億円を超えているから、太郎は、②保険との関係では、⑥⑦⑧⑨保険を通知することが求められていたということができる(なお、一審被告ロンドンの場合には、引受基準に該当すると考えられる事項を明示しており、したがってまた、事後の重複保険についても審査を厳格にすることがうかがえるから、これらの通知を受ければ、②保険の継続をしなかった可能性がある。)。
そして、太郎や一審原告B山松子及び一審原告B山梅夫は、傷害保険の保険外交員をするなどして保険に相当程度通じていたことが明らかであり、通知義務及びその違反が解除原因となることも知っていたと考えられる。
(イ) また、⑥ないし⑨保険が癌の告知後に契約されたものであって、やや異常な点があることも前記のとおりである。
しかし、それ以上に、②保険加入後の重複保険の加入(特に⑥ないし⑨保険の加入)が不正な意図の下に行われたとか、何らかの不正な意図の下にあえて通知をしなかった等の著しく信義に反する事情は見いだすことができない(そして、太郎らが保険に相当程度通じていたとしても、太郎らのような立場の者を含め、実際に通知義務が書面で履行されることは少ないと考えられるし、また、これを期待することも困難と考えられる。)。
また、既に第一においてみたとおり、本件事故は自殺の可能性が全くないとはいえないものの、諸事情を勘案すればやはり偶然かつ外来の事故と認められるのであって、一審原告らの保険金請求には不正請求の疑いがあるとも認められない。
(ウ) そうとすると、結局のところ、②保険についても、重複保険の通知義務違反を理由とする解除は許されないとするのが相当である。
イ ③保険(一審被告三井住友)について
③保険についても、後に太郎を被保険者とする相当数の保険加入が行われ、その額も相当多額に及んでいて、一審被告三井住友がこれらを知った場合に③保険の継続をしたかは疑問の余地もあり、また、太郎らは、重複保険の通知義務を知っていたとうかがえる。
しかし、②保険の場合と同様に、太郎らの事後の保険加入や太郎らが通知義務を怠ったことに特に信義に反する事情は見いだせないし、一審原告らの保険金請求には不正請求の疑いがあるとも認められない。
したがって、重複保険の通知義務違反を理由とする一審被告三井住友の③保険の解除は許されないとするのが相当である。
ウ ①、④⑤⑦⑧保険(一審被告富士火災)について
これらの保険についても、その後、自社保険として重複保険の加入がされているし、他社保険として②③⑥⑨保険の加入がされている。しかし、太郎らに事後の保険加入や通知義務を怠ったことについて特に信義に反する事情は見いだせないし、一審原告らの保険金請求には不正請求の疑いがあるとも認められない。
そして、先にも見たように、一審被告富士火災は、自社保険につき多数の重複保険を容認していたものであって、他社保険についても後の加入があることを想定できたともいえるし、自社保険について容認していながら、他社保険のみを理由として解除することにも問題があるということもできよう。
したがって、重複保険の通知義務違反を理由とする一審被告富士火災の解除は許されないとするのが相当である。
(4) 以上のとおりであるから、①ないし⑤、⑦⑧保険について、重複保険の通知義務違反を理由とする解除は許されないとするのが相当である。
第四結論
以上の次第で、(1)一審原告B山梅夫を除く一審原告らの一審被告富士火災に対する請求並びに(2)一審原告A野らの一審被告ロンドン及び(3)一審被告三井住友に対する請求は、いずれも理由があるから認容すべきであるが、一審原告A野らの(4)一審被告エース損害に対する請求及び(5)一審原告B山梅夫の一審被告日動火災に対する請求は、いずれも理由がないから棄却すべきである。
よって、原判決のうち(1)の請求の一部のみを認容した部分、(2)及び(3)の請求を棄却した部分は相当でないから、これを変更するとともに、一審被告富士火災の控訴は理由がないから棄却すべきであり、また、(4)及び(5)の請求を棄却した部分は相当であって、これに対する各一審原告らの控訴は理由がないから棄却すべきである。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 岩井俊 裁判官 水口雅資 橋詰均)
<以下省略>