大阪高等裁判所 平成13年(ネ)489号 判決 2002年5月07日
兵庫県姫路市<以下省略>
控訴人兼被控訴人X1株式会社(脱退)引受参加人
Z
(以下「1審原告引受参加人」という。)
同代表者代表取締役
A
兵庫県姫路市<以下省略>
控訴人兼被控訴人(以下「1審原告」という。)
X2
同代表者代表取締役
A
上記2社訴訟代理人弁護士
澤田恒
同
菊井豊
同
中上幹雄
同
山﨑省吾
同
吉田竜一
同
山田直樹
東京都中央区<以下省略>
控訴人兼被控訴人野村ホールディングス株式会社(旧商号・野村證券株式会社)
野村證券株式会社
(脱退)引受参加人(以下「1審被告引受参加人」という。)
(旧商号・野村證券分割準備株式会社)
同代表者代表取締役
B
同訴訟代理人弁護士
高坂敬三
主文
1 原判決を次のとおり変更する。
2 1審被告引受参加人は,1審原告引受参加人に対し,3982万4190円及びこれに対する平成4年10月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を,1審原告X2に対し,567万6427円及びこれに対する平成4年10月23日から支払済みまで年5分の割合による金員をそれぞれ支払え。
3 1審原告引受参加人及び1審原告X2のその余の請求をいずれも棄却する。
4 訴訟費用は第1・2審を通じて4分し,その1を1審被告引受参加人の,その余を1審原告引受参加人及び1審原告X2のそれぞれ負担とする。
5 本判決は,第2項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第1当事者の申立て
以下,控訴人兼被控訴人(1審原告)X1を「X1」ともいい,1審原告X2を「1審原告X2」ともいい,1審原告引受参加人及び1審原告X2を併せて「1審原告ら」といい,X1及び1審原告X2を併せて「X1ら」という。また,引受参加申立て前の控訴人兼被控訴人(1審被告)野村ホールディングス株式会社(旧商号・野村證券株式会社)を「野村證券」又は「1審被告」ともいう。
(1審原告ら)(当審において,債務不履行に基づく損害賠償請求を追加し,かつ,請求を変更した。)
1 原判決を次のとおり変更する。
2 1審被告引受参加人は,1審原告引受参加人に対し,1億5000万円及びこれに対する平成4年10月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を,1審原告Aに対し,2100万円及びこれに対する平成4年10月23日から支払済みまで年5分の割合による金員をそれぞれ支払え。
3 訴訟費用は,第1審及び第2審(引受参加に係る費用も含む)を通じて,1審被告引受参加人の負担とする。
4 仮執行宣言
(1審被告引受参加人)
1 原判決中1審被告敗訴部分を取り消す。
2 1審原告らの請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は,第1審及び第2審(引受参加に係る費用も含む)を通じて,1審原告らの負担とする。
第2事案の概要
1 以下に付加,訂正,削除したうえ,原判決の「第二 事案の概要」の記載を引用する。
(1) 5頁4行目の「以下「Z」という。」を「1審原告引受参加人。以下「Z」ともいう。」と改め,同頁9行目の末尾に「X1は,本件訴訟が当審に係属中の平成14年2月に,同社が野村證券に対して有する本件社債に関する損害賠償請求権を1審原告引受参加人に譲渡した。」を加える。
(2) 5頁最終行の末尾に「野村證券の証券業そのほか証券取引法に基づき営む営業に関する権利義務は,平成13年10月,1審被告引受参加人が承継した。」を加える。
(3) 6頁6・7行目の「被告を通じて」を「1審被告から」と,同頁8行目の「一〇月一四日頃」を「10月22日」とそれぞれ改める。
(4) 8頁3行目以下にある「C」をいずれも「C」と改める。
(5) 10頁6行目の「本件社債取引」を「本件社債の購入」と改める。
(6) 11頁2・3行目の「動向によって、市場価格を大幅に低下させる」を「動向によってその市場価格が大幅に低下する」と改める。
(7) 11頁9行目の「対象不動産」の次に「であるCMEビル」を,同頁最終行の「以下」の前に「の金額」を加える。
(8) 12頁7行目の「著明な」を「著名な」と改める。
(9) 13頁最終行の「当該不動産」を「当該物的担保が設定された不動産」と改める。
(10) 15頁1行目の「本件社債の商品性自体は」を「担保付社債であるという本件社債の基本的性質自体は」と改める。
(11) 18頁8・9行目の「一流企業」の次に「である1審原告引受参加人」を加える。
(12) 20頁8行目の「生じる」を「生じ得る」と改める。
(13) 21頁1行目の「償還期間満了」の前に「本件社債が」を加える。
(14) 22頁3行目の「D課長代理らが」を「D課長代理らにおいて本件社債が」と改める。
(15) 24頁3行目の「(使用者責任)」を削除する。
(16) 25頁8行目の「オーナーサイド」を「CMEビルのオーナーである借主側」と改める。
(17) 29頁3行目の「他の」の次に「社債の」を加える。
(18) 30頁6・7行目の「当該ビルに係る抵当貸付債権」を「当該ビルに対する抵当権」と改める。
(19) 33頁5行目の「(なお」から同頁8行目の「認める。)」までを削除する。
(20) 33頁最終行の「商品性」を「その基本的な性質・内容」と改め,同行の「まともに」を削除する。
(21) 34頁9・10行目の「(被害者側の落ち度)」を削除する。
(22) 37頁3行目の「債権者」を「債務者」と改める。
2 当審における主張(原判決の批判を含む)
以下において,野村證券が本件社債とは別に開発したMAP社債(MAPインベストメント社債米国不動産投資ボンド)及びCMEリミテッド社債(CMEリミテッド社債トランシェボンド)の2社債を併せて「MAP社債等」ともいう。
(1審原告ら)
(1) 説明義務違反
ア 原判決批判
原判決は,野村證券の説明義務について,本件社債の①基本的な商品構成,②リスク要因,③リスクの内容だけでなく,④本件社債の発行会社(発行体)の業務内容・資本金額などその信用力に関する具体的な情報を説明すべきであるところ,D課長代理らにおいて①を説明した以上,②,③の説明義務違反を問うことはできないが,④について説明義務違反があったとする。しかし,リスク要因・リスクの内容の説明が顧客に不測の損害を生じさせないように配慮すべき証券会社の信義則上の義務の内容として把握されるものである以上,発行会社の信用力の説明はリスク要因・リスクの内容の説明そのものである。また,本件社債のように複雑難解で周知性の全く存しない商品については,基本的な商品構成を説明してもリスク要因・リスクの内容を説明しなければ,説明義務違反になるというべきである。
原判決は,本件社債の将来の不確実でしかない利益を確実なものであると説明した断定的判断の提供ないし虚偽表示がD課長代理らの勧誘の際にあったとするのであるから,原判決がX1らにおいて本件社債の基本的な商品構成の説明を受ければリスク要因・リスクの内容について理解すべきであったとするのは,矛盾している。
原判決は,D課長代理が本件社債のリスク要因・リスクの内容を十分に理解していたことを前提とするが,同人を含めて野村證券内部でこれを理解していた者はおらず,そのため野村證券において本件社債のリスク要因・リスクの内容をE専務らに対して説明しなかったのである。
イ 弁論主義との関係
原判決は,発行会社の信用力の説明を説明義務の独立した内容としたが,発行会社の信用力はリスク要因・リスクの内容に含められ,これを深化したものにすぎないから,1審原告らが発行会社の信用力を直接主張していなかったとしても,弁論主義違反にはならない。
ウ 1審被告引受参加人の主張に対する反論
1審被告引受参加人は,説明義務について顧客属性や証券取引の経験の有無を考慮すべきである旨主張する。しかし,周知性の全くない本件社債の説明義務の有無・程度を判断するに際して,顧客属性や証券取引の経験を考慮することは無意味である。それらを考慮すべきであるとの主張は,本件社債の購入勧誘に際して本件研究資料(甲1)を通じて積極的な断定的判断の提供,虚偽表示を行ったことを覆い隠すものでしかない。
1審被告引受参加人は,最低償還価格以上の額の償還は,発行会社の信用状態が健全であり,CMEビルの担保価値が十分であることが前提であり,E専務もこれを理解したかのごとく主張する。しかし,E専務は,本件研究資料に元本保証としか読みとることのできない最低償還価格の記載があることから,本件社債が安全な商品であることを確信して本件社債の購入を決めたものであるところ,そのような記載の内容が虚偽であったのである。
1審被告引受参加人は,D課長代理らが本件社債のリスク等について十分に説明を行ったと主張する。D課長代理らは,上記の記載のある本件研究資料だけを用いて勧誘したのであるから,勧誘時に元本割れの危険性のあること等リスク要因・リスクの内容を認識・説明していたはずはなく,劣後債であるMAP社債等について元本割れの危険性が説明されていないのに,優先債である本件社債について元本割れの危険性がわざわざ説明されたというのは考え難い。
(2) 損害
ア 弁護士費用
本件社債の購入額と売却額との差額の損害以外に,弁護士費用として,X1につき1500万円が,1審原告X2につき200万円が,野村證券の不法行為と相当因果関係のある損害である。
弁護士費用の損害賠償請求権は,野村證券の不法行為に基づく他の損害の損害賠償請求権と訴訟物が同一であるから,前者についてだけ消滅時効が完成することはない。
イ 社債利息について
本件社債においては利払いが保証されていたのであるから,X1らは保証されていた利息についても損害を被っているのであり,元本部分についての損害賠償を請求している本件訴訟において利息分を控除する理由はない。また,野村證券ないし1審被告引受参加人は,X1らから元本の81パーセントで買い戻しておきながら,分割とはいえ平成16年までに元本全額を回収できる予定であるから,保証された利払いの一部がX1らに支払われたことをもってその損害が減少したとすることは,権利濫用であり,信義則に反するものである。
仮に社債利息を損害について考慮するとしても,社債利息は本件社債についてのものであるから,購入金額と売却金額との差額から受領した社債利息を差し引いた金額がX1らの損害となるのであり,損益相殺の問題とはならない。
ウ 為替の変動について
野村證券において1ドル80円の円高ドル安になっても本件社債が元本割れすることはない旨の断定的判断の提供,虚偽表示を行った以上,為替の変動は損害の算定に際して考慮されるべきではないし,本件社債が元本割れを起こした原因はCMEビルの価値が大幅に下落したことによるものであり,これについて為替の変動の影響はほとんどなかった。
野村證券は,MAP社債等については,為替変動を考慮することなく満額の損失補填をしたのであるから,1審被告引受参加人が本件社債の購入による損害について為替変動を考慮すべきであると主張することは,権利濫用である。
(3) 過失相殺について
原判決は,X1らにおいて本件社債が元本割れしないものと安易に考え,その発行会社の信用力についての十分な説明を野村證券に対して求めず,本件社債の購入にあたって発行会社の信用力を勘案しなかったことを理由に,7割もの過失相殺をした。しかし,本件社債は一般の社債と比べようのないほど複雑難解な仕組みになっており,しかも,野村證券の担当者らは,単に危険性の告知をしなかったのではなく,X1らの自己決定を誤らせかねない断定的判断の提供,虚偽表示をしたのである。また,劣後債であることを除き本件社債と本質的に差異のないMAP社債等について,顧客属性を無視して全員に対して満額の損失補填を実行したのに,本件社債では81パーセントの買戻ししかしていないことも,公平の理念から考慮されるべきである。野村證券ないし1審被告引受参加人は,81パーセントで買い戻した本件社債につき元本全額を回収できるのであり,過失相殺を認めることは野村證券ないし1審被告引受参加人にその差額を超える利得の保有を認めることになる。
投資家の証券会社に対する信頼を保護するために,平成10年法律107号による改正前の証券取引法50条1項,証券会社の健全性の準則等に関する省令1条1号は,断定的判断の提供,虚偽の表示又は重要な事項につき誤解を生じさせる表示等を禁止し,平成4年法律73号で証券取引法54条1項1号が新設されるまでの大蔵省証券局長通達「投資者本位の営業姿勢の徹底について」(昭和49年12月2日蔵証2211号),日本証券業協会の公正慣習規則1号ないし9号も,説明義務,適合性の原則,過当売買の禁止を要請していたところ,証券会社に不当な勧誘があった場合に,それを信じた投資家に落ち度があるとすることは,種々の規制を画餅に帰することになる。
(4) 遅延損害金の起算日
X1らにおいて,平成4年10月21日に野村證券に到達した書面でもって,野村證券から申出のあった本件社債の売却について損害賠償を留保して承諾し,翌22日に売却手続を完了して損害賠償の催促を行ったことが明らかであるから,同年10月23日から遅延損害金が発生する。
(5) 消滅時効について
ア 時機に遅れた攻撃防御方法
X1らが平成9年12月8日付け訴え変更の申立書により本訴の請求を拡張したところ,1審被告は,これに対して請求の棄却を求めただけで,請求の拡張自体には何ら異議を述べることなく,何ら支障がないのに消滅時効を援用しなかった。それにもかかわらず,1審被告は,当審の弁論終結間近になって突然消滅時効を主張してきたものであり,裁判所においてこれについて判断するには,X1らが損害を知った時期について新たな証拠調べをすることが不可欠であり,本件訴訟の完結が著しく遅延することになる。したがって,1審被告引受参加人の消滅時効の主張は,時機に遅れた攻撃防御方法として却下されるべきものである。
イ 消滅時効の起算点
不法行為の3年の消滅時効の起算点は,損害が確定した時点ではなく,現実的な提訴が可能となった時点とすべきである。本件のような取引的不法行為,特に証券会社の説明義務違反による不法行為の場合,説明義務違反の内容は極めて微妙な問題を含み,事実関係の立証も違法性の判断も極めて困難であり,X1らにおいて提訴が可能であると判断したのは,仲介申立事件を担当した大蔵省の調査官から平成7年5月24日にMAP社債等が購入者の適合性を除いてほとんど大差ないと示唆された時点である。
ウ 権利濫用
野村證券は,X1らに対し,MAP社債等と本件社債との差異を明示しようと思えばいくらでもできたのにこれを怠り,収賄事件に関する元専務の供述調書添付資料を所持していたのにこれを全く開示せず,本件社債もMAP社債等と同様に違法勧誘がなされたと十分に分かっていたとみられるのに全く関係がないとだけ主張してきた。顧客と証券会社との情報量の格差等にかんがみると,時効援用は信義則に反し,権利の濫用であって許されないというべきである。
(1審被告引受参加人)
(1) 説明義務違反について
原判決は,本件社債の発行会社の信用力を説明しなかったことを説明義務違反とする。しかし,本件社債は,CMEビルという不動産の価値を化体した社債であり,発行会社の信用力は問題とされておらず,X1らにおいても,発行会社であるCMEファイナンス社が本件社債の発行のためにだけ設立されたペーパーカンパニーであり,発行会社に固有の信用力がないことは十分に認識していたのであり,それ故,X1らは当初から発行会社の信用力を問題にしていなかった。
X1らが説明義務違反として主張していたのは,担保価値下落によって元本割れが生じ得るという点についてだけであり,原判決は弁論主義に違反するものである。
X1が親会社である1審原告引受参加人と同様に約5億円の規模で国内債,外債,CB,株式,ワラント等の取引を行い,約20億円の資金の運用を野村投資顧問株式会社に一任していたことからすると,X1らは証券取引に関する知識を蓄積したものと理解される。原判決は,「野村を信用してくれ」の言葉からX1らにおいて本件社債の購入を決めたかのように判示するが,X1らが投資に慎重な会社であるというのであれば,1億円単位の商品の購入であるのに,商品の説明に十分納得しないまま本件社債を購入することはあり得ないし,E専務らとしても,野村證券の本社から来訪したD課長代理の説明等をオーナーに報告すべき立場にあったから,本件社債の内容を理解すべく真剣に聞いたと考えられる。
本件社債はCMEビルの価格に連動する社債であるから,本件社債の償還金額はCMEビルの価格の上下に合わせて変動するものであるところ,最低償還価格とは,償還金額の下限,すなわち償還金額がその額を下回ることはないという価格であって,発行会社において最低償還価格以上の金額の償還をするのは,発行会社が健全な信用状態にあることが前提であり,CMEビルの価格が下落し,本件社債の元本の金額を割り込んだ場合には,元本割れが生じる可能性があり,それは通常の社債と何ら異なることはない。本件社債は,償還金額が不動産価格に連動するという単純な商品であるが,国内で一般に流通している定型的な商品とは異なる商品構成であり,周知性に乏しく,為替変動のリスクを伴い,投資金額が巨額になることから,野村證券は,機関投資家を主な販売先として本件社債の購入の勧誘を行い,東京本社からD課長代理を説明者として派遣し,商品説明に万全を期した。
1審原告らは本件社債とMAP社債等とを同一に扱うべきであると主張するが,両者は発行形態やリスク態様,販売の経緯等において全く異なり,MAP社債等については劣後性を十分に説明しないまま多数の一般顧客に販売した結果,顧客に不測の損害をもたらすおそれが生じたために,野村證券は,当局の認可を得て,MAP社債等の顧客に対して全額償還したものである。
(2) 損害について
原判決は,本件社債の購入時の円貨相当額を1審原告らの主張のとおり認定しているが,正しくは,X1の購入額は5億2198万8790円,1審原告X2の購入額は7456円9827円である。
原判決は,本件社債の購入額から売却額を差し引いた額をX1及び1審原告X2の損害額と認定しているが,X1に対して6595万6374円が,1審原告X2に対して942万2339円がそれぞれ第1回と第2回の利払いとして支払われているから,損害額としては購入額と売却額の差額からこの利払額が控除されるべきである。
本件社債売買による損失は,担保価値下落と円高ドル安の進行によりもたらされたものであり,X1らは為替リスクを承知していたのであって,仮に本件社債購入時の為替相場がその後も維持されていたならば,社債の利払いを控除した損失は,X1が721万8958円,1審原告X2が103万0638円にすぎない。
(3) 消滅時効
X1らは,平成4年10月22日に本件社債を売却して損害額を確定させ,平成7年10月9日付け内容証明郵便によってX1につき1億5038万8558円の,1審原告X2につき2148万4079円の各損害賠償を催告した上,平成8年4月5日に本件訴えを提起したが,訴状に記載された請求は,X1につき全損害額1億5038万8558円のうち5000万円,1審原告X2につき全損害額2148万4079円のうち700万円の支払を求めるにとどまっていたから,その余の部分については消滅時効が完成した。1審被告引受参加人は,消滅時効を援用する。
3 債務不履行責任に関する主張
(1審原告ら)
(1) 請求原因
ア X1は,平成2年1月16日,5億2199万3290円で,1審原告X2は,同日,7457万4327円でそれぞれ野村證券から本件社債を購入した。
イ X1は,平成4年10月22日,3億6547万6442円で,1審原告X2は,同日,5221万0921円でそれぞれ野村證券に対して本件社債を売却し,その結果,X1において1億5651万6848円,1審原告X2において2236万3406円の損失を被った。
ウ 本件社債は野村證券が独自に開発した周知性の全くない超ハイリスク商品であったから,野村證券は,X1らに対し,本件社債の基本的な商品構成,リスク要因,リスクの内容,発行会社の信用力に関する具体的な情報を提供する義務を負っていただけでなく,断定的判断の提供や虚偽表示を行ってはならない義務を負っていた。
ところが,野村證券の履行補助者であるD課長代理らは,X1らに対して本件社債の購入を勧誘するに際し,本件社債の基本的な商品構成を説明したものの,発行会社に関する情報を提供せず,本件社債が最悪の場合元本割れの危険性のある超ハイリスク商品であることを全く説明せず,一定の投資経験を有する者であっても元本割れのない商品であるとしか理解できない「最低償還価格」の記載がある本件研究資料を渡し,断定的判断の提供,虚偽表示を行った。
エ X1らは,本件訴訟代理人らに本訴訟の追行をゆだねたところ,これに要したX1について1500万円の,1審原告X2について200万円の各弁護士費用も,本件債務不履行と相当因果関係のある損害である。
オ よって,1審原告引受参加人は,1審被告引受参加人に対し,1億5000万円及びこれに対する平成4年10月23日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求め,1審原告X2は,1審被告引受参加人に対し,2100万円及びこれに対する平成4年10月23日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める。
(2) 債務不履行構成
説明義務違反は,債務不履行構成も可能である。すなわち,証券会社は,専門家として,本件社債のような商品の購入を希望する者に対し,合理的な根拠に基づく助言をなすべき義務を負い,かつ,最低限度法令の禁止する断定的判断の提供,虚偽表示を行ってはならない義務を負うのである。
(3) 消滅時効について
本件損害賠償債務は,本件社債の売買契約関係の外縁部分として認められる債務であり,非定型的で内容の確定も困難であるから,通常の商行為による債務とは異なり,商法522条の趣旨が及ぶものではない。
(1審被告引受参加人)
(1) 基本となる契約の不存在
債務不履行は一定の契約関係にある当事者間において初めて成り立つところ,1審原告ら主張の本件社債の勧誘は,本件社債購入契約以前の何らの契約も成立していない段階の行為であり,それについて債務不履行を主張することは,主張自体失当である。
(2) 消滅時効
前記のとおり債務不履行が成立するためにはX1らと野村證券との間に何らかの契約関係があることが前提であるが,その契約関係が認められるとすると,それは商人間の取引として商法522条の適用がある。
X1らは,平成4年10月22日に本件社債を売却して損害額を確定させ,平成8年4月5日に本件訴えを提起したが,訴状に記載された請求は,X1につき全損害額1億5038万8558円のうち5000万円,1審原告X2につき全損害額2148万4079円のうち700万円の支払を求めたにとどまり,その余の部分については平成9年12月8日に請求を拡張したから,それまでに消滅時効が完成した。1審被告引受参加人は,消滅時効を援用する。
第3当裁判所の判断
1 事実経過
本件の事実経過については,以下に付加,訂正,削除するほか,原判決の「第三 争点に対する判断」の一の記載を引用する。
(1) 38頁2行目の「著明な」を「著名な」と改める。
(2) 41頁5行目の「保有していない」の次に「いわゆるペーパーカンパニーであった」を加える。
(3) 42頁3行目の「乙三」の次に「,証人D」を加える。
(4) 42頁8行目の「なかった」の次に「。野村證券は,本件社債の仕組みを理解することや為替リスクを負担することができる金融法人や事業法人に本件社債の販売先を限り,これを一般投資家には販売しなかった」を加える。
(5) 43頁最終行の「平成二年一月頃も、」を「平成2年6月ころまで」と改める。
(6) 44頁最終行の「Zは、」の次に「昭和60年に3000万ドルのワラント債を発行し,」を加える。
(7) 45頁9行目の「証人」の前に「乙4,」を加える。
(8) 46頁1行目の「うたわれているが、」を「うたわれている。」と改め,同行の「各組合」から同頁3行目末尾までを削除する。
(9) 46頁8行目の「専務取締役」の次に「でありX1の取締役でもあった」を加える。
(10) 48頁6行目の「さらには」を「さらに」と改める。
(11) 50頁5行目の「四から九頁」を「6頁から9頁」と改める。
(12) 53頁1行目の「「本債券の魅力」として、」の次に「不動産の管理等が不要であることなどが記載されているほか,」を加え,同頁4行目の「一〇年度」を「10年後」と改め,次行の「評価額」の次に「(実際の評価から所定の必要経費を引いた額)」を加え,同頁10行目の「最低償還額」を「最低償還価格」と改める。
(13) 55頁7行目の「価格」を「価値」と改める。
(14) 56頁6行目の「ところで」から同頁最終行の「しかし、」まで及び57頁最終行から58頁2行目までをそれぞれ削除する。
(15) 58頁7行目の「訂正」を「確定した。」と改める。
(16) 59頁6行目の「会社」を「いわゆるペーパーカンパニー」と改める。
(17) 59頁9行目の「なお、証拠(証人E)によれば、」を削除し,60頁1行目の冒頭から同頁6行目末尾までを「と言われた。」と改める。
(18) 60頁7行目の「その後」を「平成元年12月25日,1審被告から」と改め,次行の「連絡を受け」の次に「(甲8,乙5の1ないし3)」を加える。
(19) 61頁10行目の「被告を通じて」を「1審被告から」と改める。
(20) 63頁4行目の「原告らは、」の次に「金利の支払ができないなどの事情を早く知らせてもらっていれば損失を少なくすることができたのではないかなどと抗議し,」を,同頁5行目の「右申し出に応じ、」の次に「同月22日,」をそれぞれ加え,同頁8行目の「所有していた」を「保有していた」と改める。
2 不法行為の成否
(1) 勧誘時の注意義務違反
勧誘時の注意義務違反については,以下のとおり付加,訂正した上,原判決第三の二の「1 勧誘時の注意義務違反」の記載を引用する。
ア 69頁最終行から80頁3行目までを以下のとおり改める。
「(三) 説明義務違反について
(1) 投資家の自己責任の原則を前提として証券会社の説明義務をとらえるとすると,金融商品の売主である証券会社において説明すべき内容は,金融商品のリスク判断に必要な商品の特質や危険性に関する主要な事項であるというべきである。しかし,商品の特質等に関する主要な事項について証券会社がどの程度説明すべきかについては,一律に決められるものではなく,当該商品の内容・周知性,買主である投資家の属性・取引経験・認識によって左右されるというべきである。
(2) 説明事項の具体的内容
これを本件についてみると,本件社債はドル建ての担保付き社債であるから,以下の3点を説明さえすれば,証券会社の説明義務を果たしたというべきである。
ア 本件社債は,その償還額が,上限と下限があるものの,CMEビルという不動産の価値に連動して変動するという特殊性を有し,その基本的な性質は,ドル建ての担保付き社債であること(基本的な商品構成)
イ 本件社債に係るリスクは,本件社債の債務不履行の可能性,担保に取っている資産であるモーゲージ・ノートの資産価値及び為替差損に左右されること(リスク要因)
ウ 本件社債において,リスクが現実化したとき,最悪の場合には元本割れの危険があること(リスクの内容)
なお,発行会社の業務内容,資本金の額などの発行会社の信用力に関する個別具体的な情報は,本件社債の債務不履行の可能性の要素として含まれるものであり,これを独立の説明内容とするには及ばないというべきである。
ところで,1審原告らは,周知性のない商品については,購入者の属性等により説明義務は左右されないと主張するが,周知性のない商品であっても,ある特定の事項についての告知内容から購入者において認識・推測することができるリスク要因・リスクの内容は,購入者の属性等によって当然に異なるものであるから,説明義務違反の有無について購入者の属性等は考慮されるべきものである。本件社債はX1らが購入したものであるが,前記認定のとおり,X1らの親会社ないしそれに類する企業というべき1審原告引受参加人が実質上その購入を決定したものである。1審原告引受参加人は,電炉メーカーの名門であり,東京・大阪の両証券取引所の一部に上場する大手の事業会社である上に,タックスヘイブン地域に会社を設立して海外で資産運用を行い,本件社債と同様の経済的効果をねらった金融商品の購入とみることができる野村バブコック・アンド・ブラウン社を通じての任意組合への出資を行うなどの海外投資の経験もあり,野村投資顧問株式会社と投資一任契約を締結して投資を行ったものであり,X1においても同じく投資一任契約を締結して投資を行っており,国内外の投資取引に相当程度経験を積んでいるというべきであり,単なる一般投資家ということはできず,一般大衆投資家に対するリスクの説明としては不十分であったとしても,1審原告引受参加人ないしX1らに対するリスク説明としては十分であるとみることができる場合も存するというべきである。もっとも,1審原告引受参加人は,本件社債の購入当時において余剰資金を相当程度保有していたとしても,証券投資の専門部署があるわけでもなく,銀行等の金融機関,保険会社のようないわゆる機関投資家であるとはいい難い。
(3) 本件での説明義務違反の有無
ア 基本的な商品構成
前記認定のとおり,本件社債のような不動産を証券化した金融商品は,平成元年当時において国内で周知性をもった商品とはいえず,野村證券内部でもなじみのある商品ではなかったが,D課長代理らから,E専務らに対し,「本件社債はCMEビルを担保に発行された社債である」旨の説明がなされており,その上,本件社債がドル建てで発行されていることを含めて,本件社債の基本的な商品構成を説明した本件研究資料が交付されている。したがって,本件社債の基本的な商品構成については,相当な説明がなされたというべきである。
イ 本件社債のリスク要因
(ア) モーゲージ・ノートの価値
担保になっているモーゲージ・ノートの価値は,結局のところCMEビルの価値に依存するところ,CMEビルの入居率,主要テナントの概要,竣工年等の概要,当時の推定時価,担保掛目について本件研究資料に記載され,これらが虚偽の事実であることを窺わせるような証拠は全くなく,E専務は,本件社債が実質的にはCMEビルの価値が担保になっていること,担保掛目が8割程度であることを認識していたであるから,この点に関するリスク要因の説明がなされたとみるのが相当である。
もっとも,前記のとおり,本件研究資料には,CMEビルの評価額が上昇した場合の償還価格が示されているが,CMEビルの評価額の下降については本件研究資料中に触れられていない。しかし,前記のとおり,E専務において担保掛目以下になった場合の担保割れを認識していたのであるから,CMEビルの評価額の下降の可能性について殊更説明がなかったとしても,それをもって担保の価値についての説明が不十分であったということはできない。
なお,前記のとおり,CMEファイナンス社及び野村證券は,平成4年に買戻しを申し出るまでCMEビルの価格が下落し,入居率が下がっていることを告げなかった。しかし,このことは勧誘時の説明義務懈怠とは別問題でもあるし,このことが直ちに不法行為責任に結びつくものともいえない。
(イ) 為替差損
前記のとおり,本件社債がドル建てであることは説明されているから,本件社債のような金融商品の市場価格が国際金融市場の動向によって変動することも,1審原告引受参加人が上場企業であって海外投資を行った経験があるから,1審原告引受参加人の経理担当役員であるE専務らにおいて為替変動によるリスクのあることは当然に認識していたはずであり,殊更為替差損の説明がなかったとしても,何ら説明義務に違反するものではないというべきである。
(ウ) 債務不履行の可能性
証人D及び同Cは,D課長代理らにおいて債務不履行の可能性を十分に説明したかのごとく供述するが,そうであれば後述の「最低償還価格」の文言との関係が話題になっているはずであるのに,そのような形跡がなく,これらの供述はにわかに信用し難い。その他に,D課長代理らにおいて,債務不履行の可能性のあることを具体的に説明したことを認めるに足りる証拠はない。また,本件研究資料中にも本件社債の利払いや満期の際の償還について債務不履行の可能性のあることは直接的には明示されていない。しかし,前記のとおり本件社債が社債であることの説明がなされており,社債が投資家からの資金調達によって生じた債権であって一般論として債務不履行の可能性のあることは,上場企業の経理担当役員であるE専務としては当然に理解できたはずのところである。また,本件研究資料のモーゲージ・ノートの説明中に,資金の借入者が債務不履行を起こした場合には,抵当権を執行することにより貸付金の回収を図るとの記載がある。それらにかんがみると,D課長代理らにおいて本件社債について債務不履行の可能性のあることについての十分に説明しなかったことをもって,直ちに説明義務違反があったと即断することはできない。
本件社債に関する債務不履行は,直接的には本件社債の発行会社であるCMEファイナンス社の支払不能によるものであるが,その原因は同社の貸付先であるCMEビルのオーナーの債務不履行であるところ,本件研究資料は,一般論として米国のオフィスビル市場の投資適合性,シカゴのオフィスビル市場の魅力性を示し,原判決別紙一記載のとおりのCMEビル所有者の概要を記載するだけであり,その限りでは具体的に債務不履行の可能性を示す記載はなく,かえって,その部分の記載は債務不履行の可能性がないかのように読めないわけではない。しかし,E専務としては,一般大衆の投資家と異なり,前記のような抽象的な債務不履行の可能性が示されている限り,このような記載があっても債務不履行に陥る可能性のあることは当然に理解できたはずであり,このような記載のあることをもって,債務不履行の可能性について説明義務を怠っていたということはできない。
本件社債の発行会社であるCMEファイナンス社については,前記認定のとおり,タックスヘイブン地域に設立され,モーゲージ・ノートの保有以外に一切の業務をすることを禁止された非常に安全な会社であると本件社債について説明されていただけであり,同社の業績,収益力,資産状態について触れられていない。しかし,1審原告引受参加人は,場所が異なるとはいえタックスヘイブン地域に法人を設立して海外投資を行っていた経験を有するのであるから,CMEファイナンス社が実態のない会社であることは容易に理解できるところであり,前記のような記載があったとしても,何ら説明義務に違反するものではない。
ウ リスクの内容
野村證券はE専務らに対して本件社債が担保付きの社債であることは説明しており,E専務らにおいて本件社債の償還につき元本割れの生じ得ることは理解できるところである。
本件研究資料中には,10年後の評価額が7億5000万ドルである場合の償還価格が113.32パーセントと記載され,その数字が最低償還価格であると注記されており,後日これが111.0489パーセントに確定されたとの連絡を野村證券から受けたことから,1審原告引受参加人側では,元本割れという事態は起こり得ないものと誤信して本件社債の購入を決定したことは,前記認定のとおりである。
最低償還価格が111.0489パーセントあるというのは,不動産価格と連動して償還価格が変動する本件社債の償還価格のうちその下限が111.0489パーセントあること,すなわち満期である10年後に,手数料,税金,為替損益の点を別として,少なくとも購入額の111.0489パーセントの金額の金員を返還する債務を負う旨記載しているにすぎないとみることもできる。そして,そのことは,E専務において,本件社債が不動産価格と連動すること,すなわち固定した額を償還するのではなくて償還時の不動産価格に応じて上下することを認識していたのであるから,上場企業の経理担当役員として,満期に償還金額を返還する債務の下限を示したものにすぎないことの理解が不可能であるとはいえない。
しかしながら,「最低償還価格」という文言は,元本割れはないとか保証されたかのごとき誤解を生じる可能性の文言であることは明らかであり,現に,X1らはそのような誤解をして本件社債の購入を決定したのである。E専務は,上場企業の経理担当役員であり,いかに海外投資の経験があるとはいえ,これと同様の記載のある金融商品を購入したことはなく,1審原告引受参加人は機関投資家のように専門の部署を置いているわけではないから深い調査も困難であり,特に最低償還価格についても債務不履行があり得るとか,この金額を保証するものではないとの説明がなされない限り,このような誤解をしたとしても無理からぬところがあったというべきである。
したがって,野村證券においては,機関投資家以外の者に本件社債の購入を勧誘する場合には,「最低償還価格」という文言を示して説明する以上は,購入者にこのような誤解が生じることのないように,その意味について,債務不履行があり得るとか,この文言は元本額による償還を保証するものではないことを説明する義務があり,そのような説明がなされていない以上,元本割れの可能性についての説明義務に違反したといわざるを得ない。
(4) 説明義務違反についての1審原告らの主張について
ア 1審原告らは,為替変動のリスクや国際金融市場の動向によって本件社債の市場価格が変動するリスクがあるにもかかわらず,このようなリスクについて説明するのを怠ったと主張する。
しかし,前記のとおり,D課長代理らにおいて本件社債がドル建てであることを説明したのであるから,1審原告引受参加人の経理担当役員であるE専務らにおいて為替変動によるリスクのあることは当然に認識していたはずであり,殊更為替差損の説明がなかったとしても,何ら説明義務に違反するものではないというべきである。」
イ 82頁9行目から89頁10行目までを以下のとおり改める。
「(四) 不当勧誘について
(1) 1審原告らは,D課長代理らにおいて,本件社債がCMEビルへの抵当権を担保として一定の利益を享受しながら最後に不動産の値上がり益を債券の償還差益として享受できるものとして,その購入を強く勧誘し,本件研究資料を示して償還価格が最低でも113.32パーセントあり,元本割れの危険はないと説明しており,このような説明は断定的判断の提供,虚偽の説明に当たると主張する。
そして,前記認定のとおり,X1らは,最低償還価格というD課長代理らの説明や本件研究資料の記載に基づき元本割れという事態は起こり得ないものと誤信した結果,本件社債を購入することを決定したものである。
(2) 最低償還価格の文言が本件研究資料に記載されていたが,その文言は,手数料,税金,為替損益の点は別として,満期の10年後に少なくとも最低償還価格の金員を返還する債務を負う旨記載しているにすぎないことは前記認定のとおりである。そして,D課長代理らにおいて,その説明以上に,債務不履行はあり得ないとか,元本割れはないと断定して述べたわけではないから,断定的判断の提供があったということはできない。また,同様に,最低償還価格の表示が虚偽表示であったということもできない。
もっとも,X1らが「最低償還価格」の記載によって元本割れがないものと誤信したことは前記のとおりであるが,野村證券においては,「最低償還価格」の記載が償還金額を示したものにすぎないとの認識のもと,X1らがそのような誤解をしていることを知っていたともいえないから,前記のとおり最低償還価格の説明について怠りがあったとはいえ,そのような不作為をもって断定的判断の提供があったとか,虚偽表示があったということはできない。
(3) ところで,本件で現実化したリスクは,本件社債の発行会社であるCMEファイナンス社の信用力が欠如したことにより現実化したとみることもできる。すなわち,CMEビルのオーナーが利払いや借入金の返済を怠った場合,抵当権を実行して貸金の回収を図り,本件社債の償還原資を確保することになるが,抵当権を実行しても回収できない分について,CMEファイナンス社が資産を有し,リスク負担能力があれば,CMEビルの価格変動による担保割れのリスクは本件社債の購入者である投資家の負担にならないから,CMEファイナンス社の信用力の欠如により最低償還価格の不履行が現実化したとみることができる。
CMEファイナンス社の信用力について十分な説明がなされとは言い難く,この点に限ってみれば前記のとおり説明義務の違反になることはないにしても,これについての説明が不十分なまま「最低償還価格」を契約内容として表示し,しかも前記認定のとおり「野村證券を信用してください」といわれたことと相まって,1審原告引受人ないしX1らにおいて,不動産価格下落による担保割れがあったとしても,最低償還価格がCMEファイナンス社により引き受けられるかのように誤解するおそれがあったものである。特に,本件社債は,周知性のない金融商品であり,投資家の誤解を招く危険はそれだけ高く,1審原告引受参加人ないしX1らはいわゆる機関投資家ではないことから,野村證券としては,投資家の誤解を招かないよう慎重な配慮が求められていたというべきであり,X1らが元本割れする可能性のあることを認識していたかを文書又は口頭により容易に確認することができたはずである。
したがって,野村證券としては,断定的判断の提供や虚偽表示の意図がなかったにしても,上記のような誤解を招くおそれのある「最低償還価格」を特段の説明のないまま記載することは,勧誘をするについて落ち度があったといわざるを得ない。
(4) 「最低償還価格」のような表示は,E専務やX1ら代表者をして,元金及び金利相当額の支払が確保されているものとの安心感から,本件取引の種類やその具体的内容及び本件取引に伴う損失の危険に関する認識・判断はもはや不要であるとしてこれを放棄させる危険を有するものである。前記の表示は,Z側において本件社債の重要事項に係る的確な認識を形成するのを妨げるものであったから,その結果,X1らが本件社債のリスクについて誤認し,その誤認に基づいて投資を行って不足の損失を被った場合,その損失を直ちにX1らの自己責任に帰することはできないというべきである。したがって,前記の表示は,投資家の自己決定を誤らせかねないものであるから,違法性を帯び不法行為を構成するというべきである。なお,野村證券は,前記のとおり断定的判断の提供,虚偽表示の意図を有したのではないが,前記のとおり,たやすくZ側の誤解を知り得たものであり,それをしないまま放置したことについては,不当な勧誘として違法性を帯びるものである。」
(2) 買戻し時の情報提供義務違反について
買戻し時の情報提供義務違反については,原判決第三の二の「2 買戻し時の情報提供義務違反について」の記載を引用する。
(3) 平等取扱義務違反について
平等取扱義務違反については,原判決第三の二の「3 平等取扱義務違反について」の記載を引用する。
ただし,93頁5行目の「証券取引法」の前に「平成10年法律107号による改正前の」を加え,94頁2行目の次に改行して以下のとおり加える。
「 また,MAP社債等は基本的に本件社債と仕組みが同じであるが,デフォルトになった場合に,MAP社債等の購入者は別途発行されている社債の権利者に劣後してしか資金の回収をすることができないのにもかかわらず,野村證券は,その点を説明しないまま一般大衆投資家にも販売したことから,MAP社債等の購入者に全額損失を補填したものであり(甲6の3ないし9,24,25,乙3,証人D,同C1),本件社債とは事情が異なるというべきである。なお,1審原告らは,全額損失補填を受けたMAP社債等の購入者の中には一般投資家以外の者がいたことを指摘するが,MAP社債等の購入者の中で損失補填について一般投資家とそれ以外の者を区別することはかえって不平等な取扱いをすることになるから,1審原告ら指摘の点をもって本件社債の購入者についてMAP社債等の購入者と区別することが平等取扱義務に反するということはできない。」
3 不法行為に基づく損害
(1) 1審原告らの損害
X1らは,本件社債の購入金額から本件社債の売却価格を控除した金額相当の損害を被ったというべきであるから,前記争いのない事実によれば,X1は1億5651万6848円の,1審原告X2は2236万3406円の損害をそれぞれ被ったものである。
なお,1審被告引受参加人は,本件社債の購入時の円貨相当額について,X1の購入額は5億2198万8790円,1審原告X2の購入額は7456万9827円であると主張する。しかし,1審被告は,原審においてX1ら購入の円貨相当額を明らかに争わなかったものであり,1審被告引受参加人の主張が事実に沿ったものであるとの立証も特にないから,前記のとおりの損害があったというべきである。
本件社債に係る第1回と第2回の利払いとして,X1に対して合計6595万6374円が,1審原告X2に対して合計942万2339円がそれぞれ支払われたことは,1審原告らにおいて明らかには争われず,本件不法行為によって本件社債を購入しなければX1らはこの利払いを受けることはなかったのであるから,上記の損害額から利払い額が控除されるべきである。
1審被告引受参加人は,本件社債売買による損失は,担保価値下落と円高ドル安の進行によりもたらされたものであり,X1らは為替リスクを承知していたのであり,仮に本件社債購入時の為替がその後も維持されていたならば,社債の利払いを控除した1審原告らの損失は,X1について721万8598円,1審原告X2について103万0638円にすぎないと主張する。しかし,証人Dの証言によっても,本件において為替リスクが顕在化したわけではないことが認められる上に,1審被告引受参加人主張の損害額の計算の根拠が明らかではなく,1審被告引受参加人の主張は採り得ない。
したがって,上記の利払い額を控除した後に残存する損害額は,X1について9056万0474円であり,1審原告X2について1294万1067円である。
(2) 過失相殺
前記のとおり,「最低償還価格」との文言を記載し,その金額の償還に関して債務不履行の可能性のあることを説明しなかったことについて野村證券に不法行為責任があるとはいえ,E専務らにおいて,本件社債が不動産価格に連動してその償還価格が変動することを理解していたのであるから,最低償還価格が単にその下限を意味するものにすぎないとの理解に至ることは困難ではなかったというべきである。また,自己責任の原則からも,E専務らにおいて,本件社債に投資しようとする者として,購入を勧誘してきた野村證券の担当者らに対して本件社債の内容,本件研究資料の内容について十分な説明を求めるべきであった。さらに,1審原告引受参加人は,本件社債の購入前に本件社債と同様の経済的効果をねらった金融商品の購入と評価することができる野村バブコック・アンド・ブラウン社を通じての任意組合への出資を行ったことがあり,そのパンフレットには不動産が値上がりをしない場合は10年目に元本をお返ししますとの記載があり,これは元本保証がうたわれているとみられるが,本件研究資料はそのような元本保証をするような記載がなかったのであるから,E専務らにおいて,「最低償還価格」という記載が元本割れをしないことを意味するという自分たちの理解が正しいものか否かを確認すべきであり,また確認することは容易であったと考えられるのに,そのようなことをした形跡が一切ないから,1審原告引受参加人ないしX1らにおいても相当の過失があったというべきである。また,D課長代理らにおいて,断定的判断の提供や虚偽表示をしたわけでもなく,故意に1審原告引受参加人ないしX1らの誤認を誘発したということもできないことは,前記のとおりである。
なお,1審原告らは,劣後債であることを除き本件社債と本質的に差異のないMAP社債等について顧客属性を無視して全員に対して満額の損失補填を実行したのに,本件社債では81パーセントの買戻ししかなされなかったことを考慮すべきであるとする。しかし,MAP社債等については,劣後債であることの説明をしないまま一般大衆投資家に売却したこと,一般大衆投資家以外の投資家に販売していたとしても,一般大衆投資家にだけ満額の損失補填をし,それ以外の投資家には満額の損失補填をしないというのでは,両者に不平等が生じるのであるから,一般大衆投資家以外の投資家にも満額の損失補填をしたことは特に留意すべき事情とはいえないことから,本件社債と事情を異にする。また,野村證券ないし1審被告引受参加人は,81パーセントで買い戻した本件社債につき,分割とはいえ平成16年に元本全額の回収をできるものの,このことはいわば結果論でしかなく,しかも,未だ全額を現実に回収できたわけではないし,また,上記事実が本件不法行為の時点において過失相殺に当たって考慮すべき事情であるということはできない。
これら諸般の事情を斟酌すると,X1らの損害のうち6割を減じるのが相当である。したがって,野村證券において賠償すべき損害額は,X1につき3622万4190円,1審原告X2につき517万6427円となる。
(3) 弁護士費用
1審原告らが本件訴訟を弁護士に委任したことは明らかであるところ,本件事案の内容,性質,審理の経過及び認容額等にかんがみると,本件不法行為と相当因果関係がある弁護士費用についての損害額は,X1につき360万円,1審原告X2につき50万円とみるべきである。
(4) したがって,X1の本件損害賠償請求権を承継した1審原告引受参加人の1審被告引受参加人に対する請求は,3982万4190円及びこれに対する不法行為の日の後である平成4年10月23日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の,1審原告X2の1審被告引受参加人に対する請求は,567万6427円及びこれに対する不法行為の日の後である平成4年10月23日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の各支払を求める限度で理由がある。
4 消滅時効について
1審被告引受参加人は,X1の不法行為に基づく損害賠償債権ににつき5000万円を超える部分について,1審原告X2の不法行為に基づく損害賠償債権につき700万円を超える部分について,消滅時効の完成を主張する。
1審原告らはこれが時機に遅れた攻撃防御方法であると主張するが,訴訟の完結を著しく遅延させるものではないから,却下するには及ばないというべきである。
また,1審原告らは,消滅時効の援用が権利濫用に当たると主張するが,野村證券において時効の中断を積極的に妨げたとの事情が認められない以上,消滅時効の援用を権利濫用であるということはできない。
1審被告引受参加人は,X1ついて5000万円を超える部分,1審被告X2について700万円を超える部分について消滅時効を主張するところ,前記のとおり,X1らについて認められる損害額はいずれも上記の範囲内にあるから,1審被告引受参加人の主張は理由がないというべきである。なお,遅延損害金については,元本と同時でなければ時効消滅しない。
5 債務不履行責任について
野村證券の1審原告引受参加人ないしX1らに対する本件社債の購入方の勧誘時においては,それ以前に何らの契約も締結されていないが,本件社債のような金融商品を事業会社に売却する場合には,売却の申込みがあって即時に購入の承諾があるということはなく,商品について興味を持つかどうか感触を探るための電話での勧誘,面談の約束,内容に関する説明や補足説明などの何段階にもわたる手順を経てようやく契約締結に至るのであって,最終的な契約成立に至るまで徐々に形作られていくものといえるから,最終的な契約成立の前の段階であっても,一定の信義則上の義務を負うことがあるというべきである。1審原告らの債務不履行の主張も,その趣旨をいうものと解される。
その点はさておき,1審原告らは,消滅時効の抗弁がなされたために当審において債務不履行責任に基づく損害賠償請求を追加したが,選択的併合の趣旨であるとみられ,不法行為に基づく損害賠償請求が認められる以上,これに加えて債務不履行に基づく損害賠償を求めるものではないと解される。
6 まとめ
したがって,1審原告らの請求は主文第2項掲記の限度で認容すべきところ,これと結論を異にする原判決は不当であるから,これを変更して前記の限度で認容することとし,その余の請求を棄却し,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 妹尾圭策 裁判官 稻葉重子 裁判官 栂村明剛)