大阪高等裁判所 平成13年(ネ)52号 判決 2003年5月22日
亡A訴訟承継人控訴人
X1
控訴人
X2
外4名
控訴人ら訴訟代理人弁護士
中島俊則
同
三野岳彦
同
武田信裕
被控訴人
国
同代表者法務大臣
森山眞弓
同指定代理人
鈴木和典
外5名
主文
1 本件控訴をいずれも棄却する。
2 控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実
第1 当事者の求めた裁判
1 控訴人ら
(1) 原判決を取り消す。
(2) 控訴人らの主位的請求
それぞれ各控訴人と被控訴人との間で,
ア 控訴人X1が別紙図面(一)ア,イ,ウ,エ,ヒ,アの各点を順次直線で結んだ線によって囲まれた範囲の土地(以下「本件①土地」という。)の所有権を有することを確認する。
イ 控訴人X2が別紙図面(一)エ,オ,カ,ハ,ヒ,エの各点を順次直線で結んだ線によって囲まれた範囲の土地(以下「本件②土地」という。)の所有権を有することを確認する。
ウ 控訴人X3が別紙図面(一)カ,キ,ノ,ハ,カの各点を順次直線で結んだ線によって囲まれた範囲の土地(以下「本件③土地」という。)の所有権を有することを確認する。
エ 控訴人X4が別紙図面(一)キ,ク,ケ,ネ,ノ,キの各点を順次直線で結んだ線によって囲まれた範囲の土地(以下「本件④土地」という。)の所有権を有することを確認する。
オ 控訴人X5が別紙図面(一)ケ,コ,サ,シ,ニ,ヌ,ネ,ケの各点を順次直線で結んだ線によって囲まれた範囲の土地(以下「本件⑤土地」という。)の所有権を有することを確認する。
カ 控訴人X6が別紙図面(一)ス,セ,テ,ト,ナ,スの各点を順次直線で結んだ線によって囲まれた範囲の土地(以下「本件⑥土地」という。)及びソ,タ,チ,ツ,ソの各点を順次直線で結んだ線によって囲まれた範囲の土地(以下「本件⑦土地」という。)の所有権を有することを確認する。
(3) 控訴人らの予備的請求
それぞれ各控訴人と被控訴人との間で,
ア 控訴人X1が本件①土地の地上権を有することを確認する。
イ 控訴人X2が本件②土地の地上権を有することを確認する。
ウ 控訴人X3が本件③土地の地上権を有することを確認する。
エ 控訴人X4が本件④土地の地上権を有することを確認する。
オ 控訴人X5が本件⑤土地の地上権を有することを確認する。
カ 控訴人X6が本件⑥土地及び本件⑦土地の地上権を有することを確認する。
(4) 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。
2 被控訴人
主文と同旨
第2 当事者の主張
当事者の主張は,当審における主張を以下のとおり加えるほか,原判決の「事実」の「第二 当事者の主張」のとおりであるから,これを引用する(なお,物件その他の略称は,原則として原判決のものを用いる。)。
当事者の当審における主張は,いずれも原審の認定判断を批判するものである。
1 控訴人らの当審における主張
(1) 所有権の取得時効について(主位的請求)
原判決は,控訴人らの本件各係争土地に対する取得時効を認めなかった点において,取得時効についての解釈を誤り事実を誤認したものというべきである。
ア 最高裁判所は,「取得時効は,当該物件を永続して占有するという事実状態を,一定の場合に,権利関係にまで高めようとする制度である」と述べ,取得時効の制度につき事実尊重主義の立場を採用している。
そして,民法186条1項は,占有者は所有の意思をもって善意,平穏かつ公然に占有をするものと推定するとしているから,所有権の長期取得時効の要件事実は「20年間その物を占有した」ということのみであるが,本件において控訴人らが20年以上本件各係争土地を占有していることは明らかである。
イ 原判決は,控訴人らが本件各係争土地を売買契約などによって取得したとの事実は認めることができないとし,控訴人らはその性質上所有の意思のないものとされる権原に基づき占有を取得したというべきであるとして,他主占有であると認めている。
しかし,最高裁判所の判例は,取得時効を否定する側が他主占有権原,又は他主占有事情のいずれかを主張立証しない限り,自主占有であることを否定できないと判示している。
ところが,原判決の判断は,売買など所有の意思があるとされる権原に基づく占有であると認められない限り他主占有権原に基づく占有とみなされるというのであり,最高裁判所が述べる主張立証責任を事実上転換するに等しい極めて不当なものである。
ウ また,本件において,他主占有事情が立証されているとは到底いい難い。
エ したがって,自主占有の推定は覆されず,控訴人らは本件各係争土地の所有権を時効により取得したというべきである。
(2) 地上権の取得時効について(予備的請求)
原判決が地上権の取得時効を認めなかった点には,法令の解釈の誤り及び事実誤認がある。
原判決は,控訴人らに地代支払の事実がないなどとし,本件各係争土地の使用が控訴人らの地上権行使の意思に基づくものであることが客観的に表現されているということはできないと判示して,地上権の取得時効を否定した。
しかしながら,地上権は,定期に地代の支払われるものが多いが,必ずしも地代を伴うことを必要としない。いいかえれば地代は地上権の要素ではないのであって,地代の支払がないことをもって地上権行使の意思を否定することは許されない。
控訴人らは,本件各係争土地を継続使用しており,その使用については,まさしく地上権行使の意思に基づくものであることが客観的に表現されているといわなければならない。
したがって,控訴人らは,本件各係争土地の地上権を時効により取得したものである。
(3) 控訴人X6の前占有者の本件⑥土地の占有について
原判決は,本件⑥土地につき控訴人X6の前占有者Bの占有を否定したが,Bは,本件⑥土地を昭和23年以降占有しているから,原判決には事実誤認がある。
2 被控訴人の当審における主張(公共用財産の時効取得について)
原判決は,本件各係争土地より北の部分が遅くとも昭和21年ころまでに削り取られ,周辺土地との高低差がほとんど認められない状態となっていること,その後それらの土地が道路と化していることをとらえ,本件付替工事後もなお鴨川の堤防として予定されているとすれば,本件各係争土地より北の土塁を削り取る合理的理由は認め難く,本件各係争土地部分は道路として利用する必要性がないなどの理由で削り取られなかった可能性が高いとして,本件各係争土地について,堤防としての形態も機能も全く喪失したものと判示した。
しかしながら,上記判断は,本件各係争土地部分が削り取られなかった理由などを正解しないものである。
(1) 堤防としての形態について
ア 原審における検証の結果においても,「本件係争地に接して西側と東側に南北に道路が延びている。右両道路は,本件係争地の南側では,建物の一階分くらいの高低差があるが,北端の北側では合流して一本の道路となっている。」とあり,乙34の別図6や別図8に見られるとおり,本件各係争土地の西側の堤内地に比べて東側の堤防天端に当たる部分は「建物一階分の高低差」があり,鴨川の水位が上がった場合に,堤内地である西側に浸水することを防止する堤防としての形態を備えていることは明らかというべきである。
そして,このような形態は,控訴人らが占有を開始したという昭和23年ないし37年当時から変化がないのであるから,本件各係争土地は,控訴人らの占有開始時点において,現状と同じく,堤防の法面であったといえる。
イ また,原判決は,堤防が切り取られたため堤防としての形態がなくなったと判断しているが,本件各係争土地を含む堤防は,もともと河川の流水に沿って築くことによって堤内地と堤外地とを完全に遮断する形態の堤防であったのではなく,土地区画整理図(乙26)が作成された昭和10年2月13日当時でも,堤防の上流端は堤内地で途切れている霞堤のような形態であった。
原審は,本件各係争土地を含む堤防が堤外地と堤内地とを完全に遮断する通常の堤防であったことを前提としていると考えられるが,この点には事実誤認があるというべきである。
したがって,本件各係争土地以北において,土塁が削り取られて高低差がなくなったために,霞堤としての長さが短くなったとしても,そのことから当然に,公共用財産である堤防としての形態が失われたことにはならない。
(2) 霞堤としての機能について
原判決は,乙34(「鴨川における堤防の機能について(2)」及びその補足説明書)を検討しながらも,本件各係争土地を含む堤防が霞堤として機能していたことを裏付けるに足りる具体的な事実を認めることができないと判示した。
ア しかしながら,乙34において,本件各係争土地付近の鴨川の水位を推定するに当たって用いた等価粗度法は,河川の勾配が比較的急で中規模の河川について流量計算を行う場合に適した計算方法である。
イ また,乙34で想定したのは昭和10年以降の最大日雨量を記録した昭和34年8月13日の雨量であり,そこで得られた数値を前提としても,本件各係争土地を含む堤防は市街地への洪水のはん濫を防止し得る高さを備えているのである。これを超える雨量が頻繁に記録されるとは考え難いから,現状の高さをもって堤防としての機能を十分に備えたものというべきである。また,水位が前記堤防より高くなったと仮定したときに浸水が避けられないことをもって,堤防としての機能を有しないと判断することは不当である。
ウ 原審は,本件各係争土地と高瀬川との間に民有地が存在するところから,本件各係争土地につき,その以西の市街地への浸水を防ぐ霞堤としての機能を想定していたかは疑問であると判示している。
しかしながら,前記民有地は,もともと田畑として利用されていたと考えられることから,現状のような宅地等として使用されている場合に比べて浸水による被害は大きくなかったといえる。また,民有地をも含めて,これまで堤防である本件各係争土地と一体として管理の対象になっていたこと,南松ノ木町<番地略>を除く各土地については昭和50年3月28日に河川区域の指定告示を行っていることなどから,本件各係争土地が堤防の機能を有していないとは認められない。
(3) 以上のとおり,本件各係争土地を含む堤防(霞堤)は,現状においても堤防としての形態を備えており,機能においても,市街地への河川のはん濫を防止し,あるいは出水時における穏やかなはん濫により水害を軽減する霞堤としての機能を有するものというべきである。
したがって,本件各係争土地は公共用財産に該当し,時効取得の対象とはならないものである。
理由
第1 主位的請求(所有権確認請求)について
1 控訴人らの請求原因について
(1) 主位的請求の原因に関する当裁判所の判断は,本件⑥土地についての控訴人X6の占有に関する部分を除き,原判決(69頁3行目から70頁9行目まで及び71頁8行目から72頁1行目まで)のとおりであるから,これを引用する。
(2) 本件各係争土地の位置等
上記(1)によれば,本件各係争土地は,鴨川の西側に位置し,京都市南区東九条南松ノ木町<番地略>の土地(住宅・都市整備公団松ノ木団地)の東側に隣接する土地であるが,法務局出張所備付けの旧土地台帳附属地図(乙1ないし3)では地番のない土地として表示されている。なお,本件各係争土地は,鴨川の西側に残っている堤防状の土地の西側の法面である(乙30,乙34の別図8,弁論の全趣旨)。上記堤防状の土地は,ほぼ建物の1階分の高さ(約4m強)となっている(乙47,検証の結果,弁論の全趣旨)。
(3) 本件各係争土地の占有
ア 本件⑥土地以外の土地については,控訴人らの主張する占有等の事実を認めることができる。
イ 本件⑥土地の占有について
(ア) 請求原因(六)(1)について
a 証人C(原告X6の妻)は,同人が本件⑥土地に来る前から,同人の義父Bが養豚用の小屋を建てて本件⑥土地を使用していた旨を供述するが,占有開始の時点や占有開始の状況についての供述はややあいまいである。
b 控訴人X6は当審で甲53(同控訴人の陳述書)を提出したが,甲53には,控訴人X6の父のBが昭和22年ころ(控訴人X6が12歳のころ)C'ことCから本件⑥土地を含む別紙図面(一)シ,ス,セ,テ,ト,ナ,ニ,シの部分及びその西側の道路の一部分を合わせた土地を買い受け,本件⑥土地に養豚用の小屋を,その隣地の同図面のシ,ス,ナ,ニ,シの部分に寝泊まりできる程度の家屋を建てて本件⑥土地を占有するようになった旨の記載がある。
ところで,上記土地の売買契約を裏づける書証は提出されていないから,甲53だけでは上記土地の売買契約が締結された事実を認めることはできない(単に何らかの趣旨の金銭を払って本件⑥土地等を使用するに至ったとしか認められない。)。
しかし,控訴人X6の当時の年齢からして,外形的事実の認識に大きな誤りがあるとはいえない。そして,甲53に照らし,証人Cの前記証言と併せると,控訴人X6の父のBが昭和22年ころに,本件⑥土地に養豚用の小屋を建てて昭和23年1月1日以降本件⑥土地を占有するに至ったこと自体は,これを認めることができる。
(イ) 請求原因(六)(2)の事実(Bが昭和43年1月1日当時本件⑥土地を占有していたこと)は,証人Cの証言及び弁論の全趣旨により認められる。
(ウ) 請求原因(六)(3)中,Bが昭和48年7月15日に死亡し,控訴人X6が同人の権利を相続した事実は,弁論の全趣旨により認められる。
2 被控訴人の抗弁1(公共用財産)及びこれに対する控訴人らの再抗弁(公用廃止)について
(1) 抗弁1(公共用財産)について
当裁判所も,抗弁1は理由があると判断するが,その理由は,原判決の同部分(72頁4行目から75頁6行目まで)のとおりであるから,これを引用する。
すなわち,本件各係争土地は,旧河川法の適用は受けないが,少なくとも昭和10年以降の本件付替工事(高瀬川の合流地点をやや下流に付け替えた工事)以前は,堤防としての形態と機能を備えていたものであって,法定外公共用財産であったと認めるのが相当である。
(2) 再抗弁(黙示の公用廃止)について
ア 公共用財産が長年の間事実上公の目的に供されることなく放置され,公共用財産としての形態,機能を全く喪失し,その物の上に他人の平穏かつ公然の占有が継続したが,そのため実際上公の目的が害されるようなこともなく,もはやその物を公共用財産として維持すべき理由がなくなった場合には,同公共用財産については,黙示的に公用が廃止されたものとして,これについて取得時効の成立を妨げないものというべきである(最高裁昭和51年12月24日第二小法廷判決・民集30巻11号1104頁参照)。
そして,上記黙示の公用廃止が認められる要件に適合する客観的状況は,遅くとも取得時効の起算点である自主占有開始の前に存在しなければならないものというべきである。
そこで,上記の観点から,本件各係争土地につき黙示の公用廃止があったものといえるかどうかを検討する。
イ 本件各係争土地付近の状況
(ア) 昭和10年ころ以前の状況
乙24(昭和13年4月14日付け「堤塘敷及び河川付近地占用工作物設置願」添付の下水道東山幹線一部設計平面図),乙25(同横断図面),乙26(昭和10年2月13日作成の土地区画整理図),乙33添付の別図2(高瀬川平面図)によれば,昭和10年以前における本件各係争土地付近の状況は,次のとおりであったと認められる。
京都市南区付近では,鴨川西岸には,護岸が設けられていたほか,堤防が存在していたが,堤防は連続した1本の堤防ではなく,上流から続く堤防が途中で切れ,その外側に新たな堤防が設けられたりして,霞堤のような形態をしていたようである。
すなわち,乙26等によると,鴨川西岸に北から続いてきた堤防は東山橋付近で終わったような形になり,その西側(高瀬川の東側)に八条通のやや南から始まって南に続く堤防(須原通と表示されているもの)が見られるが(同堤防も北側は連続していない。),その堤防が東九条松ノ木町(当時の町名)の北部付近(乙26上で<番地略>とある付近)で終了していた。
そして,これと別にその西側(高瀬川の西側)に本件各係争土地を含む堤防が存在していた。本件各係争土地を含む堤防は,その東側(高瀬川の東側)にある上記堤防が終わる辺り(乙26で「東九条松ノ木町」の「条」の字のやや西側。<番地略>の辺り)から始まっており,上記東側の堤防とはもともと連続していないものであって,霞堤のような形態をなしていた。そして,本件各係争土地を含む堤防は南に続いて,陶化橋付近で鴨川西岸に接し,鴨川西岸の堤防となって更に南方に続いていた。
鴨川と高瀬川の旧合流地点付近では,鴨川と高瀬川の間には堤防は存在せず,本件各係争土地を含む堤防が鴨川の堤防となっていた。
(イ) 本件付替工事以降の状況
乙23ないし34,36,39ないし41,44ないし47,検乙1,検証の結果,弁論の全趣旨によれば,本件付替工事以降の状況は次のとおりと認められる。
a 昭和10年6月,鴨川に水害が発生し,この際,陶化橋が流失し,付近の堤防が流水により削られるなどの被害が発生した。
そして,昭和10年11月に鴨川改修計画が策定され,その後昭和21年ころまでの間に施工された。この鴨川改修計画により,高瀬川の鴨川への合流点が,別紙図面(二)のD地点からE地点(陶化橋のすぐ上手)に付け替えられるとともに(以下「新合流地点」という。),高瀬川と鴨川との間(鴨川西岸に沿って)に新たに堤防が設置された。しかし,その堤防は,本件各係争土地の堤防より低く,また,新合流地点の上手で終了していた。
したがって,本件各係争土地付近及びその以南では,本件各係争土地を含む堤防が依然として堤防としての形態を保っていた。
b そして,上記鴨川改修計画と同じ時期に,本件各係争土地付近が土地区画整理事業の対象地とされ,本件各係争土地の北方向に続いていた堤防部分は,昭和11年5月ころから遅くとも昭和21年ころまでの間に,本件各係争土地のすぐ北の箇所(本件①土地のすぐ北)以北の部分の土塁が切り取られ(削り取られた長さは,乙26に照らすと,おおむね200m前後とみられる。),本件各係争土地より北側は,周辺土地との高低差がない平地となり(検乙1,撮影日昭和21年7月24日),その後,道路となった(検乙2,撮影日昭和36年5月1日)。
しかし,本件各係争土地以南の堤防はそのまま残され,従前と同様に陶化橋付近で鴨川西岸に接し,その堤防として南方に続いていた。
c 本件各係争土地以南の堤防がそのまま残された経緯を直接に明らかにする証拠は乏しい。そして,控訴人らが主張し原判決が推測したように,削る必要性がなく,占有者の排除が困難であったなどの理由により削り取られなかった可能性も全くないではない。
しかし,本件各係争土地以南の堤防は全く手が付けられずに南方に続いており,また,乙27(都市計画事業土地区画図。昭和11年5月訂正に係るもの)の不箋等には「鴨川改修計画ニ依リ決定セラレタル堤塘敷」と記載されている。また,乙36等の鴨川改修計画を示す図面には,本件各係争土地以南の堤防の存在を前提とするとみられる記載がある。これらに照らすと,本件各係争土地以南の堤防は,鴨川改修計画上残されたものと認めるのが合理的である。
そして,前掲各証拠(殊に乙24,25,36)によると,昭和10年策定の鴨川改修計画においては,鴨川の各地点における計画洪水水位(背水位)を想定した上で,本件各係争土地を含む堤防のうち,本件各係争土地より北の堤防区間では,西側市街地の地盤(の高さ)の方が,鴨川から逆流する背水位よりも高いため背水位による浸水の被害は生じないが,本件各係争土地以南の堤防区間では,西側市街地の地盤の方が鴨川の背水位よりも低く,堤防がなければ浸水することとなることから,本件各係争土地より北側の堤防が削られ,本件各係争土地以南が存置されたものと認められる。
d 京都府土木建築部河川課が昭和10年の本件付替工事後,本件各係争土地以南の堤防について積極的に堤防としての機能を増進させるための工事等をしたことを認めるべき証拠は見当たらないが,同河川課は,本件各係争土地以南の堤防状部分につき,占有状況の変更を防止するなどして堤防として管理してきたと認められる。
(ウ) 平成5年以降の状況
なお,平成5年以降,鴨川陶化橋上流域環境整備事業の実施に伴い,本件各係争土地付近の状況は変化しているが,その点は,後に触れる。
ウ 堤防としての形態及び機能について
控訴人らは,本件付替工事により,本件各係争土地はもはや鴨川の堤防としての公用が廃止されたと主張するのに対し,被控訴人は,本件各係争土地は,鴨川の霞堤として,依然として堤防の形態及び機能を有していたと主張しているので,検討する。
(ア) 堤防としての形態について
a 前記認定事実によれば,本件各係争土地より北の部分は,区画整理の対象地として,本件付替工事後遅くとも昭和21年ころまでの間に,土塁が削り取られ,周辺土地との高低差がない状態となったことが明らかである。
b しかし,本件各係争土地部分以南については,本件付替工事後も,平成5年ころまでは,従前とその形態にほとんど変化はなく(検証の結果参照),南方に続き,鴨川西岸に接してその堤防となっていたのである。
そうすると,本件各係争土地付近の状況を全体的に観察すれば,本件各係争土地を含む堤防は,従来のものよりやや(約200m前後)短くなったものの,なお旧来の堤防としての形態をとどめていたと認めることができる。
c また,前記のとおり,本件各係争土地を含む堤防は,もともと北は鴨川西側の土地の中から始まっていたものであり,その東側の堤防とは連続していなかったものであって,元来,東九条松ノ木町付近では霞堤としての形態と機能を有していたものである。
霞堤とは,堤防の下流端を解放し,次の堤防の上流端を堤内地(河川と反対の側の土地)に延長して,重複させるようにしたもので,その重複部分を霞堤といい,堤内からの平時の排水の容易さと大規模な出水のときには穏やかなはん濫を生じさせ洪水を貯留して水害を軽減することを目的として設けられるものである(乙34の補足説明書)。
そして,前記のとおり,本件各係争土地より北の部分が削り取られたのは,その部分では,西側市街地の地盤の方が鴨川から逆流する計画洪水水位(背水位)よりも高いため背水位による浸水の被害は生じないが,本件各係争土地を含む南側の堤防区間では,西側市街地の地盤の方が鴨川の背水位よりも低く,堤防がなければ浸水することとなるため,鴨川改修計画において以南の部分のみ残されたものと考えられるのである。したがって,本件各係争土地以南の堤防は,なお,霞堤としての形態を有していると認められ,また,その機能を保持している可能性があるというべきである。
控訴人らは,当審において,本件各係争土地以南の堤防は本来の霞堤でないなどと主張し,甲54ないし59を提出するが,乙34の補足説明書に照らすと,採用し難い。
(イ) 堤防(霞堤)としての機能について
上記のとおり,本件各係争土地以南の堤防は,本件付替工事以後も霞堤としての機能を有していた可能性があるが,被控訴人は,さらに,主として乙34に基づき,水害の状況を想定して計数的な観点から,本件各係争土地は本件付替工事後もいまだ霞堤としての機能を有していたと主張するので,検討する。
a 乙34(鴨川における堤防の機能について(2))の概要
(a) 乙34は,次のように説明する。
大雨等により鴨川の水位が上昇すると,鴨川の洪水流は,本件付替工事後の新合流地点から高瀬川を逆流し,これにより高瀬川の水位も上昇し,高瀬川の両岸(特に西岸)にあふれる可能性があるが,その場合でも,本件各係争土地以南の堤防により本件各係争土地以西の市街地にはん濫することが防がれる。
(b) そして,乙34は,次のとおり,出水の場合の新合流地点の最高水位を想定する。
昭和10年以降において出水時の雨量及び水位が最大であったのは昭和34年8月13日の出水(伊勢湾台風襲来時のもの。以下「昭和34年出水」という。)であることから,昭和34年出水時の状況から,新合流地点の最高水位を想定する。
ところで,昭和34年出水の際,新合流地点では水位の観測をしていなかったことから,乙34は,鴨川荒神橋地点(本件各係争土地から約5.5Km上流の地点)で観測した水位と鴨川流域内の雨量データ等から洪水時の鴨川の新合流地点での最高水位を推定し,本件各係争土地付近の浸水形態を考察している。
その概要は,次のとおりである。
昭和34年出水時における荒神橋地点の水位は2.80mであった。これからH―Q図によって荒神橋地点の流量を推定すると715m3(毎秒。以下同じ)となる(H―Q図とは,定量的に河川断面の水位〔H〕と流量〔Q〕を示した図をいう。H―Q図は,断面積〔水が流れる面積。河川の形状と水位によって算定される。〕と流速を掛けることによって流量が算定されることを基にして作成される。なお,流速はマニングの公式により,河床勾配〔水路の傾き〕と断面形状及び粗度係数〔水と水路の間に生ずるまさつ係数〕等を用いて算出される。)。
次に,荒神橋地点における流量715m3に,その下流域での流入量(下流域で観測した雨量の記録を基に等価粗度法〔特性曲線法〕を用いて169m3と算出される。)を加えると,新合流地点における流量は884m3と算定される。
この新合流地点の流量を基に,H―Q図を用いて新合流地点の水位を推定すると,24.3m(標高)となる。
そして,この水位からすると,本件各係争土地以南の堤防が存在しなければ,昭和34年出水時の出水があった場合に,洪水は合流地点から高瀬川を逆流し,上記水位より低位の周辺市街地に流出する恐れがあるとするのである。
b(a) ところで,控訴人ら提出の報告書(甲50)は,上記計算を批判するが,当裁判所は,上記計算の手法,荒神橋地点及び新合流地点における流量及び水位の算定については,特段の不合理性を見いだすことはできないと考える。
その理由は,原判決の当該検討部分(83頁6行目から88頁7行目まで)のとおりであるので,これを引用する。
(b) もっとも,乙34の数値に不合理性を見いだすことができないとはいっても,これらをいわば計算上の推定にとどまることは否定できない。
しかし,乙34の算定に特段の不合理性が見いだせない以上,河川管理としては,上記程度の水害が発生することを想定して管理を行うべきものと考えられる。
c 本件各係争土地以南の堤防の機能
(a) 以上によれば,乙34による新合流地点の流量及び水位の計算方法に特段不合理な点を見いだすことはできないから,新合流地点の最高水位は,標高で24.3mと想定される。なお,乙36,乙40によると,昭和10年策定の鴨川改修計画における計画背水位は新合流地点で24.151mとされたものと認められるから,乙34の想定水位は,上記計画背水位とほぼ符号するとみられる。
そして,新合流地点の水位が24.3mとなった場合に,乙34の別図6,8,乙47に照らすと,洪水流が高瀬川を逆流することとなる。高瀬川は,鴨川に比べはるかに川幅が狭くかつ河床も浅い河川であり,かつ,高瀬川には高い堤防は設けられていないから(乙25,30),洪水流は高瀬川の両岸にあふれる可能性が高い。そして,本件各係争土地以南の堤防の西側の標高(一部に高い部分もあるが,おおむね23.6mないし23.8m前後。乙47等参照)は上記想定最高水位よりも低いから,同堤防が存在しない場合には,その西側の市街地が浸水する可能性が高いというべきである。
しかし,本件各係争土地以南の堤防が存在することによって,その東側は湛水するが,同堤防の高さ(おおむね標高27.7mないし28.2m。乙47等参照)からして,その西側の市街地にはん濫することはないと考えられる。なお,水位が乙34の想定を相当に超える事態になった場合には,本件各係争土地以南の堤防の西側市街地にも浸水することはあり得るが,そうだからといって,本件各係争土地以南の堤防に霞堤としての機能がないということができないことは当然である。
(b) ところで,昭和34年出水時における現実の水位及び洪水状況は必ずしも明らかでない。乙34の別図6は,あくまでも想定であって,現実の昭和34年出水時の状況が同別図に記載するような状況であったと即断することはできない。
この点に関し,証人Dは,昭和34年出水について,乙34の水位まで浸水することはなかったと証言し,甲34(控訴人X6の陳述書),甲35(Eの陳述書)等にも同様の趣旨が陳述されている。そして,確かに,昭和34年出水時に高瀬川の水があふれたことを示す的確な証拠が提出されているとはいえない。
しかし,上記証言等の正確性もなお検証を要するのみならず,仮に同証言のとおりであったとしても,乙34は新合流地点より上流において河川の水が河川外に流出することが全くない場合を想定したものであるから,乙34の算定が誤っているとすることはできないし,本件付替工事の状況を想定して堤防の機能を考察するときに,乙34のとおり上流の河川の水が河川外に流出しないで新合流地点に達する場合を想定することは,むしろ正当というべきである。
(c) 次に,その後の状況について検討する。
乙37の1ないし15(写真)によると,昭和58年9月28日の台風10号による出水時には,鴨川の水位が上がり,新合流地点で高瀬川に逆流したことが認められ,また,乙38(東九条松ノ木町<番地略>実態調査報告書)によると,同出水に際し,土木事務所の職員が監視していたところ,午後2時ころに危険水域に達したこと,同日午後6時30分には松ノ木町<番地略>住民に避難勧告が発せられたこと,高瀬川に鴨川の水が逆流し,民家のトイレがあふれそうになったこと等が報告されている。
また,乙37の16によると,平成4年8月の出水の際にも,鴨川の水位上昇により,高瀬川の水が鴨川に流れ込まずに滞留しあるいは逆行していることが認められる。
これらの事実にかんがみると,乙34の想定するような水害がおよそあり得ないとか,本件各係争土地以南の堤防が霞堤として機能しない状態になったとは断定できないというべきである。
なお,本件付替工事前の出来事ではあるが,乙39(昭和10年出水時の水害写真)によると,先にもみたように,昭和10年の出水により,陶化橋が流失しその西詰め堤防が決壊したこと,勧進橋も流失したことが記録されている。
(d) ところで,本件各係争土地と高瀬川の間には,遅くとも昭和30年ころから民有地が存在している(甲33,検乙2)。
本件各係争土地が霞堤としての機能を果たす場合は,上記民有地は一定程度浸水することが前提となる。原判決は,この点をとらえて,被控訴人が,上記民有地の浸水を前提とした上で,本件各係争土地に以西の市街地への浸水を防ぐ霞堤としての機能を想定していたのかは疑問があると指摘するところ,被控訴人はこれに反論しているので,検討する。
検乙1(昭和21年当時の航空写真)によると,本件各係争土地より北側(改修計画で地盤が水位より高いと想定したとみられる地域)には建物が見られるが,本件各係争土地の南側の高瀬川との間には農地が広がっていることが認められる。そうすると,南側に建物が建てられたのは昭和21年より後であり,そのころまでは,洪水により高瀬川の水があふれても,民有地の建物に被害を与えることはなかったと認められる。
また,上記民有地をも含めて,これまで堤防である本件各係争土地と一体として管理の対象になっていたものであり,南松ノ木町<番地略>を除く各土地については昭和50年3月28日に河川区域の指定告示が行われたものである(乙22,23,弁論の全趣旨)。
なお,上記本件各係争土地以南の堤防の東側部分に洪水流があふれても,本件各係争土地以南の堤防が存在することより,その西側の市街地へのはん濫とこれによる甚大な被害の発生を防ぐことができるものである。
これらの点にかんがみると,本件各係争土地の東側に民有地が存在することから本件各係争土地以南の堤防に霞堤としての機能が失われたということはできない。
d 以上によれば,本件各係争土地以南の堤防が,本件付替工事後,堤防(霞堤)としての機能を全く失ったとは認め難い。
(ウ) 平成5年以降の状況について
本件各係争土地を含む堤防の公用が黙示に廃止されたかどうかは,控訴人らの占有開始時点(昭和23年ないし昭和49年)について検討すべきものであるが,同時点で公用が廃止されていたかどうかに関する間接的な事情として,平成4年以降の状況について検討する。
a 乙7,42,43,弁論の全趣旨によると,次の事実が認められる。
被控訴人,京都府及び京都市は,平成5年以降,鴨川陶化橋上流域環境整備事業を実施してきた。
同環境整備事業に伴い,①高瀬川の鴨川への合流地点を新合流地点から上流約250mの地点(昭和10年までの旧合流地点の付近に相当すると考えられる。以下「新々合流地点」という。)に移動させ,②鴨川西岸の堤防(護岸)を新々合流地点を挟んで接続させ,③また,出水時に鴨川の水位が上昇することを抑制するために,鴨川の河床を掘り下げることを実施した。④さらに,高瀬川への逆流防止施設を設置することを計画している。
そして,鴨川陶化橋上流の環境を整備するために,本件各係争土地以南の堤防のうち陶化橋に近い部分を削り,市営住宅を建築した。
b 同環境整備事業により,本件各係争土地を含む堤防は,本件各係争土地の南側でも部分的に削り取られることとなったから,そのことだけをとらえると,もともと霞堤としての機能を有していなかったのではないかと考えられなくもない。
しかし,上記aで認定したように,その代替措置として上記①ないし④の対策をとったものであるから,むしろ,本件各係争土地以南の堤防が本件付替工事後も霞堤としての形態と機能を有していたことを前提にして,前記環境整備事業を行っているものと考えられる。
エ まとめ
(ア) 以上によれば,本件各係争土地は,昭和10年以降の本件付替工事の後,控訴人らの占有開始時点である昭和23年ないし昭和49年ころまでの間に,霞堤としての形態と機能を全く喪失したとは認め難い。
確かに,前記のとおり,本件付替工事の後,堤防の機能を維持.向上させるための工事が施されたとは認め難いが,堤防としての管理は行われてきたものである。また,本件付替工事後,鴨川に大規模な洪水がなかったために,現実に霞堤としての機能を果たす結果が生じたことはないが,それは結果であって,そのために,霞堤としての機能を失ったとは断定できない。
(イ) また,本件各係争土地に他人の平穏かつ公然の占有が継続しても,霞堤としての形態及び機能そのものを著しく阻害するまでのことはないが,控訴人らの占有開始のころまでに,本件各係争土地を霞堤(公共用財産)として維持すべき理由がなくなったと断定することは困難である。
そうすると,本件各係争土地の堤防につき,黙示的に公用が廃止されたとはいまだ認め難いというべきである。
(ウ) したがって,控訴人らが占有を始めたころまでに,本件各係争土地が取得時効の対象となり得るものとなったと解することは困難である。
3 抗弁2(他主占有)について
当裁判所は,上記のとおり,本件各係争土地につき黙示的に堤防としての公用が廃止されたとは認め難いと判断するが,なお,念のため抗弁2(他主占有)についても検討する。
(1) 所有の意思
民法162条1項の所有の意思は,占有者の内心の意思によってではなく,占有取得の原因である権原又は占有に関する事情により外形的客観的に定められるべきものであるから,①占有者がその性質上,所有の意思のないものとされる権原に基づき占有を取得した事実が証明されるか,②又は占有者が占有中に,真の所有者であれば通常はとらない態度を示し,若しくは所有者であれば当然とるべき行動に出なかったなど,外形的客観的にみて占有者が他人の所有権を排斥して占有する意思を有していなかったものと解される事情が証明されるときは,占有者の内心のいかんを問わず,その所有の意思を否定し,時効による所有権取得の主張を排斥しなければならない(最高裁昭和58年3月24日第一小法廷判決・民集37巻2号131頁,同平成7年12月15日第二小法廷判決・民集49巻10号3088頁,同平成8年11月12日第三小法廷判決・民集50巻10号2591頁参照)。
被控訴人は,控訴人ら(前占有者も含む。)の各占有は,不法占有であって他主占有権原に基づく占有であり,さらに他主占有事情があるから所有の意思を欠くと主張するので,検討する。
(2) 控訴人らの本件各係争土地の占有状況
この点についての当裁判所の判断は,本件⑥土地以外の土地については,原判決の同部分(94頁8行目から110頁5行目まで)のとおりであるから,これを引用する。ただし,原判決98頁6行目から101頁末行まで(控訴人X2に対する京都府からの勧告に関する事実)を削る。
本件⑥土地については,先に認定したとおりである。
(3) 他主占有権原について
ア 上記認定事実に照らして検討するに,控訴人らないしその先代が,売買により家屋を取得するなどして,本件各係争土地の占有を開始したことは認められるが,本件各係争土地を売買等により取得したことは認められない。
そして,本件各係争土地はもともと国有地であったところ,被控訴人(国)が控訴人らやその先代を含む私人に対し本件各係争土地を売却するなどしてその所有権を譲渡したことは全く存在しないのであるから,控訴人らないしその先代が売買契約等により本件各係争土地を取得した事実はないし,被控訴人(国)から売買等により所有権を取得した者から控訴人らないしその先代が所有権を承継した事実もあり得ないのである。
そうすると,結局,控訴人ら及びその先代は,いずれも,本件各係争土地の所有権を取得すべき法律行為が全くないまま,その地上家屋のみを購入するなどして,本件各係争土地を占有するに至っているものであるから,本件各係争土地については不法占拠者であるといわざるを得ない(さらに,控訴人らは,敷地の所有者である国との間で賃貸借契約等の占有を正当化させるべき契約を締結しないままに取得時効期間が経過していることとなる。)。
そうすると,控訴人らないしその先代は,本件各係争土地を不法占有するものであり,その性質上,所有の意思のないものとされる権原に基づき占有を取得したというべきであって,他主占有であると認めるのが相当である。
イ (控訴人らの当審における主張について)
控訴人らは,原判決は控訴人らに売買など所有の意思とされる自主占有が認められない限り他主占有権限に基づく占有とみなされると判断したものであり,最高裁判所の判決における主張立証責任を転換するものであって,不当であると主張している。
しかしながら,占有者は所有の意思をもって占有するものと推定される(民法186条1項)ものの,土地の占有者が建物のみを買い受け,土地については何の権原も取得していないことが立証された場合,すなわち不法占拠であることが立証された場合には,占有者がその性質上所有の意思のないものとされる権原に基づき占有を取得した事実が立証されたものと解すべきである。そして,本件において,被控訴人がその占有の推定を覆す事由として他主占有を主張し,その立証として,控訴人らあるいはその先代が本件各係争土地上の建物を購入するなどしたものの,本件各係争土地自体については所有者である被控訴人(国)からの売買契約などによって所有権を取得・承継した事実あるいは貸借権等の設定あるいは承継を受けた事実が全くないことを立証したのであるから,所有の意思の推定は覆されたものというべきである。
上記の認定判断につき,主張立証責任を転換して時効取得を否定したとの控訴人らの主張は当たらない。
(4) 他主占有事情について
ア さらに,念のため他主占有事情の有無について検討する。
前記認定事実によれば,控訴人らは,本件各係争土地における占有開始後,建物については表示登記などをしているのに,土地については何の登記もしていないし,建物の表示登記をする際に,所在地を官有地と記載して登記の申請をしたものである。また,控訴人らは,建物の表示登記をする前には,本件各係争土地についての払下げを求めていたものである。(以上につき,下記イで引用する原判決の部分に掲げられた証拠及び弁論の全趣旨)
そうとすると,控訴人らは,真の所有者であれば通常とるべき行動に出なかったというべきであり,また,真の所有者であれば通常はとらない態度を示したというべきである。
したがって,この点においても,自主占有の推定は覆されるというべきである。
イ ところで,控訴人らは,控訴人らには,他主占有であることと相反する事情が存在する旨を主張するところ,当裁判所も,原判決の111頁9行目から118頁7行目までのとおり,同主張は採用し難いものと判断する。
(5) むすび
以上によれば,控訴人ら(前占有者を含む。)の占有態様は,占有開始当時から,他主占有であるといわざるを得ず,その後自主占有に変更したとの事情を認めることもできない。
したがって,被控訴人の抗弁2は理由があり,控訴人らが本件各係争土地を時効取得したとはいえない。
第2 予備的請求(地上権確認請求)について
1 予備的請求の請求原因について
この点については,原判決の同部分(119頁1行目から120頁2行目まで)のとおりであるから,これを引用する。
2 上記認定事実に照らして控訴人らに地上権の時効取得が成立するかを検討する。
(1) 地上権の時効取得が成立するためには,土地の継続的な使用という外形的事実が存在するほかに,その使用が地上権行使の意思に基づくものであることが客観的に表現されていることを要する(最高裁昭和45年5月28日第一小法廷判決,同昭和46年11月26日第二小法廷判決参照)。そして,土地の使用が地上権行使の意思に基づくものであることが客観的に表現されているというためには,単に占有者が地上権に基づくものであるとの内心の意思を有しているのみでは足りず,当該土地の所有者等占有をさせる権限のある者に対して,地上権行使の意思を表示したか,あるいは地上権を取得し得る権原に基づいて占有を始めたことを要するというべきである。
(2) 上記各認定事実に照らすと,控訴人らにおいて,それぞれ被相続人の占有も含めて,本件各係争土地の継続的使用という外形的事実は認められるものの,上記各土地上に建物を建て,京都市との間に給水契約を締結して水道を敷設し,建物につき表示登記ないし所有権保存登記を経ているというにすぎず,地代支払などの地上権行使の意思の表示であると認められる行為は全くされていない。したがって,本件各係争土地の使用が被控訴人らの地上権行使の意思に基づくものであることが客観的に表現されているということはできない。
よって,その余を判断するまでもなく,控訴人らの地上権の時効取得の主張は理由がない。
(3) 控訴人らの当審における主張について
控訴人らは,原審が地代の支払がないことなどをもって控訴人らの地上権の時効取得の主張を認めなかったことは法令の解釈を誤り事実を誤認したものであると主張している。
確かに地代の定めのない地上権設定契約もあり得るが,控訴人らは,単に地上建物の表示登記や保存登記をしていることのみを主張立証するにとどまり,地代の約定のない特段の事情等については主張立証をしないから,本件各係争土地の使用が,控訴人らの地上権行使の意思に基づくものであることが客観的に表現されているとはいえないといわざるを得ない。
第3 結論
以上によれば,控訴人らの主位的請求及び予備的請求は,いずれも理由がない。
したがって,原判決は結局において相当であり,本件控訴はいずれも理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官・岩井俊,裁判官・水口雅資,裁判官・髙橋善久)
別紙<省略>