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大阪高等裁判所 平成13年(ネ)752号 判決 2001年12月12日

主文

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は,控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  控訴の趣旨

(1)  原判決を取り消す。

(2)  被控訴人らは,控訴人に対し,各自金5億8317万6624円及びこれに対する平成4年12月31日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(3)  訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人らの負担とする。

(4)  仮執行宣言

2  控訴の趣旨に対する答弁(被控訴人ら)

主文同旨

第2事案の概要

1  事案の概要は,次のとおり付加,訂正し,次項において当審での主張を付加するほかは,原判決「事実及び理由」中の「第二事案の概要」欄(2頁13行目から19頁6行目まで)記載のとおりであるから,これを引用する。

(1)  3頁11行目を,「控訴人は,大阪府堺市内に本店を置き,土木工事,電気工事等を目的とするD株式会社の代表取締役であったが,平成12年11月30日,代表取締役を退任した者である(甲88)。」と訂正する。

(2)  7頁13行目の次に,改行して次のとおり付加する。

「 控訴人は,被控訴人Bから3億8000万円余の返還を受けたことを自認したのは,控訴人が被控訴人Bに対し,24億円以上の金員預託を前提としているからであり,1億5000万円の金員の預託しかないのに,3億8000万円余の返還を受けることは,通常考えられない。少なくとも,被控訴人Bが,平成4年中に控訴人から預託されたことを認めている9億6000万円については,金員預託の事実が認められるべきである。」

2  当審における当事者の主張

(1)  金員預託の有無について

ア 控訴人

(ア) 本件のように,取引経過の中で,全体として一定額の金員が使途を定めて預託された以上,預託の厳密な特定は不要というべきであり,また,控訴人は,記憶等に基づき,原判決添付別紙預託金目録(以下「預託金目録」という。)を作成したのであって,金員預託が同目録記載のころにされたものと主張しているから,少なくとも,被控訴人Bが平成4年中に預かったと自認している9億6819万2871円については,控訴人と被控訴人Bとの間において争いがないというべきである。

また,被控訴人Bの自認する上記金額については,被控訴人会社との関係においても,証拠調べの結果及び弁論の全趣旨から,金員預託の事実が認められるというべきである。

さらに,控訴人と被控訴人Bとの間の金員預託については,EびFが知っている。

(イ) 予備的主張1

控訴人は,被控訴人Bに対し,平成4年9月から同年12月末までの間,合計24億3070万2500円を,被控訴人会社での国債買付代金として預託した。

(ウ) 予備的主張2

控訴人は,被控訴人Bに対し,原判決添付別表預り金・返還金及び商品売買一覧表(以下「一覧表」という。)の「預り日」欄記載のころ,一覧表の「預り金額」欄記載の金額の現金を,被控訴人会社での国債買付代金として預託した。

イ 被控訴人B

(ア) 控訴人は,被控訴人Bに対し,1億5000万円しか交付しておらず,それ以上の金員預託は,証拠上認められない。

(イ) 控訴人の予備的主張1,2は争う。控訴人は,原審において,一覧表の記載を争っていたものであり,ことに,予備的主張2は,時機に遅れた主張であり,かつ,請求の基礎が同一でないというべきで,許されない。

ウ 被控訴人会社

(ア) 控訴人の主位的主張は,甲1ないし50に基づいているものであるから,予備的請求1,2を主張することは,これら領収書が虚偽のものであることを自認しているというべきである。

(イ) 控訴人の主位的請求と予備的請求2を合計すると,控訴人から被控訴人Bに対して交付された金員は,合計34億8195万4351円になる。

(ウ) 被控訴人会社は,①控訴人に損害が発生したこと及びその数額について自白したことはなく,②控訴人と被控訴人Bとの間の金員預託について自白していないし,仮に,被控訴人Bとの間で自白が成立しているとしても,被控訴人会社に対し,その拘束力が及ぶものではない上,③控訴人は,被控訴人Bに対し,預託した金員の出所を明らかにしていないのであって,預託事実は認められないというべきである。

(2)  控訴人の損害について

ア 控訴人

(ア) 甲1ないし6,52,86により,金員の預託は十分裏付けられている。また,甲7ないし50についても,原判決添付別紙取引経過表(以下「取引経過表」という。)とほぼ合致し,被控訴人Bの記憶とも合致するもので,正確性が裏付けられているというべきである。

(イ) 控訴人は,被控訴人Bにだまされ,多大の被害を被ったものであって,個人的な信頼関係など全くない。

イ 被控訴人会社

(ア) 甲1ないし6は,被控訴人会社の他の書類の記載と齟齬するものであり,控訴人が被控訴人Bに対し,金員を預託したことを裏付ける客観的証拠とはならない。

(イ) 甲7ないし甲50は,被控訴人Bが控訴人の指示によって作成したものであり,金員預託の裏付けとなるものではない。

(ウ) 控訴人は,被控訴人会社からの金員の出所を問う求釈明に対し,原審終了間際にわずかに一部のみ開示したにすぎず,損害の立証はないというべきである。

(3)  消滅時効について

ア 被控訴人ら

控訴人の主張では,被控訴人Bに対する最終の預託時期が平成4年12月29日であり,その返還日が平成5年1月29日であるから,仮に,被控訴人Bについて不法行為が成立するとしても,平成9年1月31日の本件訴え提起時には,既に不法行為時から3年が経過しており,損害賠償債務は時効消滅しており,被控訴人らは,時効を援用する。

イ 控訴人

控訴人は,大阪簡易裁判所に対し,平成7年8月30日,被控訴人らを相手方として,預託金返還の調停を申し立てたが,平成9年1月17日,不成立となった。そこで,控訴人は,大阪地方裁判所に対し,同月31日,本件訴えを提起した。上記調停は,被控訴人らを相手方としているから,被控訴人Bの不法行為責任及び被控訴人会社の使用者責任を追及する趣旨も含んでいたし,調停期日においても,この旨を明言した。

したがって,被控訴人ら主張の時効は,いまだ成立していない。

第3証拠

証拠は,原審及び当審における証拠関係目録記載のとおりであるから,これを引用する。

第4当裁判所の判断

1  控訴人と被控訴人Bとの関係について

争いのない事実,証拠(甲4ないし53,68〔一部〕,乙6の1及び2,8,29の1ないし113,38,丙1ないし4,原審における控訴人本人及び被控訴人B本人の各供述〔いずれも一部〕)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実を認めることができる。

(1)  控訴人は,平成4年5月ころ,知人のFを介して被控訴人Bと知りあい,被控訴人Bに対し,同年8月ころ,300万円を貸し付け,被控訴人Bは,同年9月中旬ころ,300万円に利息を付して返済した。

(2)  控訴人は,被控訴人Bに対し,被控訴人会社の商品で,利回りの高いものがあれば紹介してほしいと依頼していたので,被控訴人Bは,平成4年9月ころ,日興MMFや日興金貯蓄を紹介し,控訴人が被控訴人会社で取引をすることとなった。

しかし,控訴人は,被控訴人Bに対し,Fほかの名義で取り引きするよう依頼し,被控訴人Bから,そのような取引は会社規則に反すると説明を受けたにもかかわらず,控訴人は,結局,税金対策であるなどとして,被控訴人Bに対し,住所や自宅の電話番号も知らせなかった。そこで,被控訴人Bは,被控訴人会社の規則に反することを十分知りながら,以後F,GほかE,H名義を利用して,控訴人の取引を開始した。

(3)  控訴人と被控訴人Bは,上記(2)の取引開始当初から,意を通じて,被控訴人会社に秘して,他の取引により作成した仮受領書を用いて,控訴人との取引(他人名義を使用)について作成したかのように不正に仮受領書を作成した。その後も,被控訴人Bは,控訴人の指示どおり,作成日を被控訴人会社在籍中の日付とし,住所と肩書を「日興證券神戸駅前支店」として,市販の領収書に金員預託の実態の伴わない虚偽内容を記載した。被控訴人Bは,これらを作成した当時,被控訴人会社を既に退職していたが,控訴人から,他人に見せるためだけに使用するからと依頼されて,やむなくこれらを作成した。

被控訴人Bは,控訴人から,他の証券会社でも株式の取引をしており,良い情報が入れば,控訴人に教えるように依頼され,被控訴人会社の朝礼時に知った情報等を,控訴人に教えていた。そして,控訴人は,自身で購入銘柄,購入単位数を決定していた。

控訴人は,被控訴人Bから金員を交付された際には,一切領収書を作成しなかった。

(4)  ところで,被控訴人Bは,平成4年10月22日,控訴人が出資して,株式取引等の金融取引を目的として,「I」という屋号の個人事務所を設け,それ以後被控訴人会社を退職するまで,病気を理由として被控訴人会社にはほとんど出勤しなかった。被控訴人Bは,被控訴人会社を退職後,控訴人の依頼に基づき,Iの事務所において,控訴人のために株価の情報を得て,これを控訴人に伝えていた。

なお,Iの事務所は,平成5年6月末ころ閉鎖した。

また,被控訴人Bは,平成5年4月,芦屋市内に店舗を借りて,同年6月,フラワーショップを始めたが,平成6年1月ころ,これを閉鎖した。

(5)  被控訴人Bは,控訴人に対し,平成5年2月ころ,金員を貸し渡し,同年7月ころには,被控訴人B所有のマンションの権利証を預けた。

(6)  控訴人は,被控訴人Bに対し,平成5年,貸金6000万円の返還を求める訴えを提起(大阪地方裁判所堺支部平成5年(ワ)第1393号)し,勝訴判決を得て,上記フラワーショップの保証金を差し押さえ,4000万円を回収した。また,控訴人は,被控訴人Bを兵庫県須磨警察署に告訴しようとしたが,これを受理してもらえなかった。

以上の事実を認めることができ,これに反する甲51ないし53,68,85,乙8,38の記載の一部,原審における控訴人及び被控訴人B各本人の供述の一部は,上記各証拠に照らして採用できない。

2  被控訴人会社との関係

(1)  争点1(控訴人・被控訴人B間の金員預託の有無及び額)について

ア 控訴人は,被控訴人Bに対し,主位的には預託金目録記載のとおり,予備的には,平成4年9月から同年12月末までの間に24億3070万2500円を,又は,一覧表記載のとおり,国債等買付代金として金員を預託したと主張し,甲1ないし50を提出する。

イ しかし,上記1認定の事実によれば,控訴人と被控訴人Bとの関係は,金員の貸借,出資等を含む親しいものであったこと,被控訴人Bは,被控訴人会社の規則に反して,他人名義を,しかも複数使用して控訴人との取引を行っていたこと,被控訴人会社所定の仮受領票を不正に利用して領収証を作成したものがあること,被控訴人Bは,控訴人に指示されるまま,金員預託の伴わない領収証を多数発行していたこと,控訴人は,被控訴人Bから金員を交付されても領収書を一切作成しなかったことが認められる。

その上,弁論の全趣旨によれば,控訴人は,被控訴人会社から平成9年9月3日付け求釈明の申立書において,預託金の原資について釈明を求められたが,釈明に応じたのは,3年以上経過した平成12年11月10日の原審第9回口頭弁論期日であり,しかも,控訴人が預託したと主張する金額のごく一部についてであること,その間,これを明らかにすることを妨げる事情はうかがえないこと,その他の原資については何ら明らかにしていないこと,原審における控訴人本人の供述によっても,原資についてはまことに曖昧で変遷を重ねていること,控訴人は,すべて現金で預託したと主張するが,主張額に照らして,いかにも不自然であること,甲7ないし50について,控訴人主張の預託事実との関係を具体的に説明していないこと,複数の他人名義の取引口座を利用して,口座間で預託金の移動を繰り返せば,多額の金員が預託された外観が作出できることが認められる。そして,証拠(丙1ないし4,原審における控訴人及び被控訴人B各本人の供述)によれば,甲1は,国債等の銘柄,種類,数量,募集期日等の情報を購入前に改めて確認できる資料にすぎず,金員預託の有無には無関係である上,F名義で被控訴人会社において,甲1に見合う取引は行われていないこと,甲2及び甲3は,F及びG名義の口座で入金が行われていることを示すにすぎず,控訴人が金員預託したことは確認できないこと,甲4ないし6は,被控訴人Bが控訴人の要請に基づいて,不正に作成したものであること,甲50は,1億円と記載すべきであったにもかかわらず,10億円と記載されていること,甲7ないし50は,被控訴人Bが控訴人に指示されるまま,金員預託を伴わないにもかかわらず作成したものであることが認められ,また,甲86は,控訴人名義のものではない。

さらに,控訴人は,被控訴人Bに対し,貸金請求訴訟を提起したが,その訴訟では横領を主張したことや,その当時,被控訴人会社に対して,横領の事実を告知したことはうかがえず,これらの事情を総合して考えると,被控訴人会社は,被控訴人Bの訴訟行為には影響されないから(民事訴訟法39条),被控訴人会社との関係においては,被控訴人Bが認めている控訴人との間の金員預託も含めて,控訴人から被控訴人Bに対する金員預託は,一切認定できないというべきである。

(2)  したがって,その余の点について判断するまでもなく,控訴人の被控訴人会社に対する請求は,何ら理由がない。

3  被控訴人Bとの関係

(1)  争点1(控訴人・被控訴人B間の金員預託の有無及び額)について

ア 控訴人は,被控訴人Bに対し,主位的には預託金目録記載のとおり,予備的には,平成4年9月から同年12月末までの間に24億3070万2500円を,又は,一覧表記載のとおり,国債等買付代金として金員を預託したと主張し,甲1ないし50を提出する。

イ 被控訴人Bは,控訴人の主張に対し,一覧表のとおり,金員の預託及び返還があったこと,及び控訴人の予備的主張1及び2について,時機に遅れたものであり,また,請求の基礎に同一性がないと主張する。

そこで,検討するに,弁論の全趣旨によれば,控訴人は,原審において,甲号証に基づき主位的主張をし,被控訴人Bの主張する一覧表の取引については,これを争っていたことが認められるが,他方,控訴人の予備的主張は,預託日及び預託金額が一致しないため,預託の事実が認められなかったことを踏まえてのものであることが認められる。そうすると,控訴人の予備的主張1及び2は,被控訴人Bが主張するように,時機に遅れたものであるとか,請求の基礎に同一性がないとまではいえない。

ウ 証拠(甲80,乙1の1,8ないし11,13ないし19,21ないし27,30,38,39,原審における被控訴人B本人の供述)及び弁論の全趣旨によれば,控訴人と被控訴人Bとの間で,一覧表記載のとおり,金員の預託及び返還があったものと認めることができる。

控訴人は,3億8501万6247円の返還を受けたことを認めているが,それ以外の金員を返還されたことはないと主張し,これに沿う供述をする。しかし,上記1認定の事実によれば,控訴人は,被控訴人Bに指示して,被控訴人Bが担当していた複数の名義人の口座を使用して取引をしていたこと,被控訴人Bから金員の交付を受けても,一切領収書を作成しなかったこと,被控訴人Bに対し,当初,6000万円の貸金返還請求をしていたことが認められ,したがって,控訴人が作成した領収書がないことをもって,被控訴人Bから金員の返還がなかったとはいえない。控訴人の上記主張は,理由がない。

(2)  争点2(被控訴人Bの横領行為の有無)について

上記(1),ウ認定のとおり,被控訴人Bは,控訴人から平成4年9月11日から平成5年6月24日までの間に12億0125万1851円を預託されたが,控訴人に対し,平成4年9月11日から平成5年7月9日までの間に14億0102万2097円を返還したことが認められるから,被控訴人Bが控訴人から預託された金員を横領した事実は認められない。

(3)  したがって,その余の点について判断するまでもなく,控訴人の被控訴人Bに対する請求も理由がない。

4  消滅時効の主張について

被控訴人らは,控訴人の請求に対して,消滅時効が成立したと主張するので,なお,念のため,検討するに,証拠(甲90,91)及び弁論の全趣旨によれば,控訴人は,大阪簡易裁判所に対し,平成7年8月30日,被控訴人らを相手方として,調停を申し立てたこと(大阪簡易裁判所平成7年(ノ)第2623号),調停の申立てにおいては,紛争の実情として,控訴人が被控訴人Bに対し,国債等買付代金として26億余円を預託したから,この返還を求める旨記載されていること,上記調停は,平成9年1月17日不成立となり,控訴人は,同月31日,本件訴えを提起したことが認められる。

控訴人は,上記調停事件において,被控訴人Bの横領行為を原因とする不法行為責任を追及する趣旨であることを述べたと主張するが,それがいつのことであるか,どのような事実を述べたかについては主張しない。

そうすると,上記調停の申立てにより,預託金返還請求権については,民法153条所定の催告がされたというべきであるが,被控訴人Bの横領を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求権については,何ら時効中断の効力はないというべきである。けだし,預託金返還請求権と不法行為に基づく損害賠償請求権では,事実関係及び経済的目的に同一性が認められるとしても,それぞれの成立要件を異にするものであって,実体法上,別個独立の請求権と解するのが相当であり,控訴人が主張すべき事実の範囲も異なるからである。

なお,控訴人が引用する最高裁判所平成10年12月17日第一小法廷判決(裁判集民事190号889頁)は,不法行為に基づく損害賠償請求と不当利得返還請求との関係が問題となったもので,本件とは事案を異にするものであり,当てはめることはできない。

したがって,この点からも,控訴人の請求は理由がない。

5  よって,控訴人の被控訴人らに対する請求を棄却した原判決は相当であり,本件控訴は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 見満正治 裁判官 辻本利雄 裁判官 下村眞美)

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