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大阪高等裁判所 平成13年(ネ)832号 判決 2001年10月04日

主文

1  本件控訴をいずれも棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人らの請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は第1,2審とも被控訴人らの負担とする。

二  被控訴人ら

主文同旨

第二事案の概要

本件は,被控訴人らが,ゴルフクラブからの退会に伴い入会保証金の返還を求めたところ,控訴人は,保証金返還の始期が到来していないとして争っている事案である。

一  争いのない事実等

1  控訴人は,三重県鈴鹿市n町o番地において,「D」という名称の預託金会員制ゴルフクラブ(本件クラブ)を経営している。

2  被控訴人Bは,平成元年12月22日,控訴人との間で,本件クラブへの入会契約を締結し,控訴人に対し,入会保証金2300万円を預託した。

3  被控訴人株式会社辻ダイヤは,平成元年12月25日,控訴人との間で,本件クラブへの入会契約を締結し,控訴人に対し,入会保証金2300万円を預託した。

4  本件クラブの会則8条は,上記預託保証金について,「会員が会員資格を喪失したときには,控訴人は返還するものとする。但し,入会後10年以内の退会,法人会員でその発起人の消滅に該当する場合には,払込日の翌日を起算日として10年が経過したあと控訴人の規定により返還する。なお,天災地変その他の不可抗力の事態が発生した場合及び理事会の決議により措置期間を延長することができる。(以下「8条なお書き」という。)」と規定していた(甲3)。

5  本件クラブの理事会は,平成12年1月16日,上記据置期間について,「10年間延長する。」決議(以下「本件決議」という。)をした(乙10)。

二  争点

(控訴人の主張)

本件決議は,被控訴人らに対しても有効である。

1 会則8条なお書きは,「天災地変その他の不可抗力の事態が発生した場合」とは別に,「理事会の決議」により据置期間を延長することができることをも定めたものである。

即ち,同条なお書きにより,据置期間を延長できる場合を

① 天災地変が発生した場合,

② その他の不可抗力の事態が発生した場合,

③ 理事会の決議がある場合

の3つとしているのである。

「理事会の決議」で据置期間を延長できるようにしたのは,本件クラブのようないわゆる預託金会員制ゴルフクラブの諸施設の設備は,多数の会員からの利払の負担のない資金(保証金)によって可能であるという経済的な実態に照らして,多数の退会者が出現した場合には,その返還請求に応じ得ないため,そのような場合でも本件ゴルフ場を存続させることができるようにするためである(乙14,17)。

本件決議は,前記③の規定に基づきなされたものである。

2 被控訴人らは会則8条の規定を承諾して入会している(乙4)のであるから,理事会の決議により据置期間を有効に変更でき,改めて会員の承諾を得る必要はない。

3 本件決議は,本件クラブの会員総数836名中541名(64.7パーセント)の会員の同意を得てなされた(乙5)。

4 本件クラブの会員が支払った入会保証金はゴルフ場建設資金に支出されたため,被控訴人らの返還請求を許すと本件クラブは倒産状態に陥り,他の会員との関係で不公平となるが,10年間返還が猶予されれば,控訴人は,含み資産を活用して,10年後に確実に入会保証金を全額返還することができる。

(被控訴人らの主張)

本件決議は,被控訴人らに対して効力を有しない。

1 本件決議への同意を得たプロセスが不透明である。また,40パーセント近くの会員は本件決議に同意していない。

2 控訴人に財源がないからという理由で返還義務を免れるものではない。

第三争点に対する判断

一1  争いのない事実等及び証拠(甲3,乙4,17)並に弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

(一) 本件クラブは,控訴人が経営する本件ゴルフ場を利用して会員の健康増進と品位の向上並に会員相互の親睦を図ることを目的として設けられたもので,会則が設けられ,被控訴人らは会則を承認したうえ入会した。

(二) 会則には,次のとおり定められている。

(1) 本件クラブは,特別会員及び正会員によって組織され,入会を希望する者は理事会の承認を得て控訴人が定める入会保証金及び名義登録料を控訴人に払い込むことによって会員資格を取得し,入会保証金には利息を付さない(4条,5条,7条)。

(2) 保証金の返還については前記争いのない事実等4のとおり定められている(8条)。

(3) 会員は,権利としてゴルフ場を利用するほか,クラブの運営に関して理事会に意見を具申することができる(12条)。

会員は,会則等の遵守義務を負うほか年会費等を控訴人に納入する義務を負う(13条)。

(4) 本件クラブに,理事会が設置されクラブの運営に関する基本的な事項等を審議し,理事会を構成する理事は控訴人が会員の中から委嘱し,理事長は理事の中から控訴人が選任する(17条,19条,24条)。

2  以上の事実によれば,本件クラブは,いわゆる預託金会員制の組織であって,控訴人から独立した社団としての実体を有するものではないことが明らかであるから,本件クラブの会則は,これを承認して入会した被控訴人らと控訴人との間の契約上の権利義務の内容を規律し,被控訴人らは右の会則に従って権利義務を有し,入会の際に預託した保証金を会則に定める据置期間の経過後に退会のうえ返還請求することができるものというべきである。

3  控訴人は,会則に従って,理事会が本件決議を行ったから預託金の据置期間が有効に延長された旨主張する。

(一) しかしながら,会則8条の預託金の据置期間の延長に関する定めは,ゴルフクラブ会員にとって預託金返還請求権という会員の基本的な権利に重大な変更を加えるものであるのに,前記のとおり本件ゴルフクラブが控訴人から独立した社団としての実体を有せず,会則の改正につき会員らに議事に参加し,議決権を行使する機会が保障されていないこと,更に会則では「理事長は控訴人が委嘱した理事の中から選任する。」,また「副理事長,並にその他の役員は理事長が理事の中から選任する。」(17条,18条)と定められていることからすれば,理事会の決議は控訴人の意向に沿ってなされる可能性が高いこと等に照らせば,上記定めは入会契約において合意された預託金返還に関する約定を契約当事者の一方的な意向により無限定に変更することを許容するのも同然の規定であるというほかはなく,民法134条の趣旨に照らし,その効力を認めることはできないものというべきであり,もとよりこの理は被控訴人らが会則を承認して入会したからといって異なるものではない。従って,会員の個別的な同意がない限り,会員に対しては据置期間の延長の効力を主張することは出来ないというべきである。

(二) また,乙5,11,12,18によれば,本件決議が,アンケート方式或いは個別訪問により,本件クラブの会員総数836名中少なくとも537名(約64.2パーセント)の会員の同意を得てなされたことが認められるが,預託金会員制ゴルフクラブの会員は,ゴルフ場経営会社に対する債権者の地位にあり,会員の意思,権利が会社の経営に反映されるものではないから会員と会社ないし会社の下で会社に代わってゴルフ場の運営管理を行っているに過ぎないゴルフクラブとが,団体的性格を有するものとみることはできず,会社ないしゴルフクラブが会員全体の利益を考慮し,会員相互間の利害の調整を図るために,預託金返還請求権の据置期間の延長等の団体的措置をとる権限を有するとはいえないから,上記同意のあることのみをもって,本件決議がこれに同意しない会員に対しても効力を有する根拠とすることはできない。

二  控訴人は,本件クラブの会員が支払った入会保証金はゴルフ場建設資金に支出されたため,被控訴人らの返還請求を許すと本件クラブは倒産状態に陥り,他の会員との関係で不公平となるが,据置期間を延長することにより10年間返還が猶予されれば,控訴人は,含み資産を活用して,10年後に確実に入会保証金を全額返還することができる旨主張する。

預託金返還請求が殺到する事態に対して,本件ゴルフ場でのプレーを望む他の会員のプレー権を堅持しつつ,預託金返還請求権を保全するために,緊急措置的に預託金返還請求権の据置期間延長を講じる必要があるとの控訴人の主張も理解できないわけではない。しかし,このような据置期間の延長がこれに反対する会員との関係でも効力を有するためには,少なくとも以下の要件を満たすことが必要と解される。

①  据置期間延長の手続が,ゴルフ場経営会社の意向のみならず,会員の意向をも十分に反映するための手続的保障があるほか,少なくとも会員の過半数の同意があること

②  延長据置期間の定立により,ゴルフ場経営会社の健全な運営が確保されると共に,その期間経過後に預託金返還が可能となることを示す合理的な財政計画が示されること

③  延長期間が不相当に長期に亘らないこと

④  据置期間延長による会員の不利益に対し,相当の代償措置が講じられること

そこで,本件について上記要件を充足するかを調べるに,証拠(乙5,7,11,12)によれば,控訴人は,預託金返還請求権の据置期間を10年間延長することについて平成10年3月8日から本件ゴルフクラブの会員に対してアンケート方式により意向を聴取し,同年12月1日から面談の機会を持つようにし,その結果平成12年1月14日までに,836名の会員中少なくとも537名の会員の同意を得たこと,据置期間延長に伴う既存会員への代償措置として,ファミリー会員の登録権ないしゴルフ会員権の分割制度を提案していること,以上の事実が認められるものの,理事会によって決議された延長期間は10年と長期に亘るものであるところ,その間の財政計画は,平成14年1月から同22年12月までに新たに648口の会員権を販売し,販売代金を積み立てることによって保証金返還資金を確保するというものである(乙11)が,計画通りの販売実績を挙げることができる根拠や,平成21年以降に本件ゴルフクラブの会員権が1800万円以上で販売できるとする根拠は何ら示されていないことからすれば,到底将来の預託金返還のための合理的な財政計画が示されているとは認められず,前記要件②,③を満たすものとは認め難いというほかなく,したがって,本件理事会決議の有効性を認めることはできない。

第四結論

以上によれば,被控訴人らの本件請求は理由があるから認容すべきであり,これと同旨の原判決は相当である。よって本件控訴をいずれも棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 武田多喜子 裁判官 松本久 裁判官 小林秀和)

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