大阪高等裁判所 平成13年(ラ)1076号 決定 2002年6月05日
抗告人 横田正人
原審申立人 横田忠久
本人 横田敬治
本人 横田まき
主文
1 原審判を取り消す。
2 本件を神戸家庭裁判所尼崎支部に差し戻す。
理由
第1抗告の趣旨及び理由
抗告人は、主文と同旨の裁判を求めた。
本件抗告の理由は、(1)本人両名が抗告人との間で任意後見契約を締結しているのに、特段の理由を示さないで保佐を開始した原審判は違法である、(2)保佐人に弁護士を選任するとの原審判は、本人両名の財産を減少させ、日常生活や療養看護の費用に不足を来すおそれがあって相当ではない、というにある。
第2抗告に至る経緯
原審記録によれば次の事実が認められる。
1 本人両名の間には、原審申立人(長男)及び抗告人(次男)の2人の子供がある。
2 本人横田敬治(以下「敬治」という。)は、65歳時に心筋梗塞で入院し、以後、入退院を繰り返していたが、平成11年12月以降、○○病院に入院した。
敬治の妻である本人横田まき(以下「まき」という。)は、敬治の見舞いに行く途中で転倒して肋骨を骨折し、平成12年2月以降、やはり○○病院に入院した。
本人両名は、平日は病院に入院し、週末に抗告人に迎えに来てもらって帰宅し、土・日曜日を自宅で過ごして、月曜日に病院に帰るという生活をしており、その保有する不動産や預貯金の管理も抗告人に委ねていた。
3 原審申立人は、平成12年7月5日、神戸家庭裁判所尼崎支部に対し、本人両名につき、保佐の開始及び保佐人の同意を要する行為を定める旨の審判を申し立て、その申立書中において、保佐人候補者として自己が適任である旨を述べた。
4 ○○病院の医師○○○○は、神戸家庭裁判所尼崎支部の依頼を受け、平成12年9月28日、同支部に対し、敬治及びまきの診断名や判断能力判定についての意見を記載した診断書を提出した。
5 敬治と抗告人は、平成12年10月6日、大阪法務局所属公証人○○○○の面前で、敬治を本人(任意後見委任者)とし抗告人を任意後見受任者として、任意後見契約に関する法律(以下「法」という。)2条1号所定の任意後見契約を締結する旨を合意し、同公証人によりその旨の公正証書(平成12年第566号)が作成された。
また、まきと抗告人は、同日、同公証人の面前で、まきを本人(任意後見委任者)とし抗告人を任意後見受任者として、同じく任意後見契約を締結する旨を合意し、同公証人によりその旨の公正証書(平成12年第567号)が作成された。
これら任意後見契約はいずれも同月13日に登記がされた。
6 関西労災病院精神科医師△△△△は、神戸家庭裁判所尼崎支部から鑑定人として指定され、平成13年3月21日、敬治及びまきの精神障害の内容や判断能力に関する鑑定書を提出した。
7 原審裁判所は、平成13年7月2日、敬治及びまき両名につき、保佐を開始し、両名の保佐人として兵庫県弁護士会所属弁護士○○○○を選任するとの審判(原審判)をした。
原審判は、本人両名には民法11条の保佐開始の要件が認められるとした上、原審申立人と抗告人との間に争いがあることを考慮し、中立公正で法律的素養のある弁護士を保佐人に選任したものである。
第3当裁判所の判断
1 任意後見契約が登記されている場合には、家庭裁判所は、「本人の利益のため特に必要がある」と認めるときに限り、保佐開始の審判をすることができる(法10条1項、4条2項)。法は、平成12年4月1日に施行された新しい成年後見制度における自己決定尊重の理念にかんがみ、任意後見を選択した者については、民法所定の成年後見制度を必要とする例外的事情がない限り、任意後見を優先させようとするのである(任意後見監督人が選任されていないために任意後見契約が効力を生じていない場合においても、この点は変わりがない。)。
2 上記のとおり、本人両名はいずれも任意後見契約を締結しており、かつ、その登記がされている。
これら契約が、人違いや行為能力の欠如により効力が生じないのであれば、「本人の利益のため特に必要がある」かどうかについて判断するまでもなく本人両名につき保佐を開始してよいことになるが、原審記録による限り、この契約の無効原因もうかがうことはできないから、本件で、保佐を開始するためには、本人両名について、「本人の利益のため特に必要がある」と認められることが必要である。
3 ここでいう「本人の利益のため特に必要がある」というのは、諸事情に照らし、任意後見契約所定の代理権の範囲が不十分である、合意された任意後見人の報酬額が余りにも高額である、法4条1項3号ロ、ハ所定の任意後見を妨げる事由がある等、要するに、任意後見契約によることが本人保護に欠ける結果となる場合を意味すると解される。
ところが、原審判は、この点について何も判断を示していないし、原審記録を検討しても、この点の積極的な審理・調査が尽くされたとも認められない(なお、本件においては、平成12年7月5日に本件保佐開始の申立てがされ、原審の家庭裁判所調査官が調査のため同年9月12日に抗告人と面接した後で、かつ、同調査官が本人両名の担当医師から同年9月28日に診断書を受理した後に、任意後見契約が締結され、登記されたことが認められるが、保佐開始の申立て後であっても、任意後見契約が登記されたときは、保佐開始の審判をするためには本人の利益のため特に必要があることを要するのであり、また、上記の経過のみから、本人の利益のため特に必要があると認めることはできない。)。
4 したがって、原審裁判所は、本人両名につき、保佐を開始するための要件の有無の審理を尽くしていないことになるから、原審判を取り消した上、本件を神戸家庭裁判所尼崎支部に差し戻すこととし、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 岩井俊 裁判官 水口雅資 橋詰均)
参考 原審(神戸家尼崎支 平12(家)666号、667号、675号、676号 平13.7.2審判)
主文
1 本人らについて保佐を開始する。
2 本人らの保佐人として
住所 兵庫県西宮市○○町×番××号
事務所 兵庫県尼崎市○○×丁目×番
○○第2○○ビル×××号
弁護士 ○○○○
昭和23年9月6日
を選任する。
3 別紙同意行為目録記載の行為をするにもその保佐人の同意を得なければならない旨の申立はこれを却下する。
理由
1 本件記録によれば以下の事実が認められる。
(1) 申立人は本人横田敬治、同横田まき(以下「本人ら」という。)の長男である。
(2) 本人横田敬治は、65歳時に心筋梗塞で入院し、以後入退院を繰り返していた。平成11年10月に大腿骨頚部内側骨折したため入院し、同11月からリハビリを開始した。その後、徐々に痴呆症状が現れ、同12月から○○病院に入院し現在に至っている。本人横田まきは平成12年2月に右肋骨を骨折したため同病院に入院し、現在に至っている。なお、週末は、二男である横田正人が本人らの自宅に連れて帰り、介護している状態である。
鑑定の結果によれば、本人横田敬治は、身近な日常的な生活は介助を要する場面もあるが一応でき、意思疎通も可能であるが、計算力、見当識に中等度障害が認められる。知能検査では、長谷川式簡易知能評価スケール改訂版で11点である。本人横田まきは、入浴に介助を要するほかは、身近な日常的な生活は自力でできるが、計算力、見当識に著しい障害がある。前記知能検査では9点である。本人らはいずれも脳血管性痴呆による理解判断力障害、記銘力障害が認められ、そのため社会生活状況に即した合理的判断をする能力が低下しており、自己の財産を管理・処分するには常に援助が必要であるとされる。
(3) 本人らには、資産として不動産、預貯金、有価証券等がある。今回、申立人は、本人らに財産管理能力がなく、売却などの不利益な財産行為を行う危険性が高いことと、本人らの入院費の支払い、その他介護サービス契約締結及びその費用支払いにも援助が必要と考え、本件申立てをした。
(4) ところで、申立人は、別紙同意行為目録記載の行為を保佐人の同意を要する行為として定める旨の審判も求めている。しかしながら、同目録記載の1は、具体的には、預入、払戻、融資等が考えられるが、これらは民法第12条1項1号の「元本を領収し又は之を利用すること」もしくは同項2号の「借財又は保証を為すこと」に、同目録記載の2ないし5及び7は、同項3号の「重要なる財産に関する権利の得喪を目的とする行為を為すこと」に、また、同目録記載の6については、同項5号の「贈与を為すこと」に該当するものと解される。
よって、同目録記載の行為については、本人らが前記同意権の拡張につき反対していることをも考え合わせると、保佐を開始することで足り、別途同意権を付与する必要がない。
(5) 本人の保護を図る者として、本人らの長男もしくは二男が考えられるが、本件につき同人らの間で争いがあるため、中立公正かつ法律的素要のある第三者の弁護士を保佐人に選任するのが相当である。
2 以上によれば、本人らはいずれも民法11条にいう「精神上の障害に因り事理を弁識する能力が著しく不十分なる者」にあると認められ、本人らにつき保佐を開始することは相当であるから保佐開始の申立てについてはこれを認容し、保佐人については、弁護士○○○○を選任し、保佐人の同意を要する行為の定め申立てについては理由がないから、これを却下することとし、主文のとおり審判する。
(別紙)
同意行為目録
1 金融機関とのすべての取引
2 担保権の設定契約の締結・変更・解除
3 保険契約の締結・変更・解除
4 保険金の受領
5 介護・福祉サービス契約等の締結・変更・解除及び費用の支払
6 生活費の送金
7 医療及び病院への入院に関する契約の締結・変更・解除及び費用の支払