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大阪高等裁判所 平成13年(ラ)156号 決定 2001年4月26日

抗告人(債権者)

甲野太郎

同代理人弁護士

堅正憲一郎

森川憲一

河端亨

相手方(債務者)

学校法人××学園

同代表者理事

乙川春男

同代理人弁護士

俵正市

坂口行洋

井川一裕

主文

原決定を次のとおり変更する。

1  抗告人が、相手方に対し、○○大学経済学部の基礎演習、演習Ⅰ、演習Ⅱについて、その指導を担当する地位にあることを仮に定める。

2  抗告人のその余の申立てを却下する。

理由

第1  抗告の趣旨及び理由

1  抗告の趣旨

(1)  原決定を取り消す。

(2)  本件を神戸地方裁判所に差し戻す。

2  抗告の理由

別紙即時抗告理由書及び準備書面(平成一三年三月一五日付け)記載のとおりである。

第2  抗告に対する相手方の反論

相手方の別紙答弁書及び準備書面(3)記載のとおりである。

第3  事案の概要

原決定二頁一〇行目<編注 本号一八九頁三段二四行目>の「二回生」を「二年次生」に、一一行目<同一八九頁三段二五行目>の「三回生」及び「四回生」を「三年次生」及び「四年次生」にそれぞれ改め、一七行目<同一八九頁三段三七行目>の「聴取した」の次に「(乙1)」を、同四頁二六行目<同一九〇頁三段一行目>の「債務者間」の次に「の」をそれぞれ加えるほか、原決定の「第2 事案の概要」記載のとおりであるから、これを引用する。

第4  当裁判所の判断

1  申立ての利益及び演習を指導する地位の権利性(争点(1)及び(2)ア)について

(1)  疎明(甲1、2、25、26、31、33、38、乙1)によれば、相手方(債務者・以下「債務者」という。)の設置する経済学部経営学科は、監督庁の認可を得て平成五年四月一日開設されたものであるが、抗告人(債権者・以下「債権者」という。)は、その開設に伴って、同日から同大学経済学部の専任教員(教授)として雇用されたものであること、その雇用に当たり、債権者は、債務者に対し、同学科認可の上は、経営史総論、外書購読Ⅰ・Ⅱ、演習Ⅰ・Ⅱ担当の専任教員として就任することを承諾する旨記載した「就任承諾書」(甲26)を債務者に提出したこと、その後、債権者は、外書購読Ⅰ・Ⅱに代えて国際経営史及び基礎演習を担当するようになったが、その担当変更は予め債権者の同意を得て行われたこと、以上の事実が認められる。

(2)  ○○大学は学校教育法の適用を受ける大学であり、大学は、学術の中心として、広く知識を授けるとともに、深く専門の学芸を教授研究し、知的、道徳的及び応用的能力を展開させることを目的とする学校である(学校教育法五二条)。

このような大学の目的や大学の教員の職務の特質(学問的専門性)に照らせば、大学の教員にとって、学生に対して担当する専門分野の科目において教授・指導することは、その学問的研究の成果を発表する機会であるとともに、更に学問的研究を深め、発展させるための重要な要素をなすものということができるから、大学の教員は担当する科目について学生を教授、指導する特別の利益を有するものといえる。

このような大学の教員の職務の特質に、前記認定の債権者の担当科目決定の経緯を合わせ考慮すれば、債権者が本件演習を担当することは、債権者と債務者との間の雇用契約の重要な要素となっており、それは債権者の義務に止まらず、権利ともなっているものと解するのが相当である。

したがって、債権者の本件演習を担当する地位が、法的に保護される利益を有さず、被保全権利にはなり得ない旨の債務者の主張は、採用できない。

2  本件措置の適法性(争点(2)イ)について

(1)  前記争いのない事実等及び疎明(甲1、2、3の1・2、4ないし20、25、26、31、33、36、37の1・2、38、40、乙1ないし4)によれば、以下の事実が認められる。

ア (経済学部執行部)

丙田経済学部長は、平成九年四月一日に経済学部長に就任して以来、経済学部教授会に付議する議案の作成・準備やその他の案件の処理等について、経済学部の選挙で選出された評議員の丁谷秋男教授及び戊山冬男教授(以下「丁谷・戊山両教授」という。)に相談しその協力を得て行っていたが、このように丙田経済学部長が丁谷・戊山両教授と事実上行っていた執務体制は、経済学部内で「経済学部執行部」(以下「執行部」という。)と呼ばれていた。

イ (丁谷・戊山両教授の調査)

平成一二年三月、一九九九年度甲野ゼミⅠの履修生からセクハラの訴えがあったとして、丁谷・戊山両教授が同ゼミの学生らから事情聴取を始めた。

ウ (調査委員会の設置等)

(ア) 平成一二年四月一〇日午前九時三〇分ころ、債権者は、○○大学学長(以下「学長」という。)に呼ばれ、「防止委員会に対しあなたを加害者とするセクシュアル・ハラスメントの訴えが出ている。防止委員会が今後調査委員会を設置するかどうかを決定することになる。」旨告げられた。それまで、債権者は、セクハラ問題で事情聴取を受けたことはなかった。

(イ) 同日、前記のとおり防止委員会において調査委員会の設置が決定されたところ、丙田経済学部長は、債権者に対し、「執行部は、経済学部教授会が有する教学上の責務にかんがみ、経済学部教授会を開催し、債権者の授業担当に関わる教学上の緊急避難措置を講じるべく、審議を行う必要があると判断した。審議事項は、教授会決議の日より別紙理由書記載の案件に関わる防止委員会の最終審議の結論が出るまでの期間、授業担当を停止すること及びそれに伴う措置についてである。」旨及び債権者の弁明・反論書の提出期限(同月一九日)、教授会開催日時(四月二〇日午後四時)が記載された書面(甲3の1)を交付し、弁明・反論書の提出を求めた。

同書面に別紙として添付されていた「理由書」(甲3の2)には、「執行部(学部長及び評議員二名)は、債権者に関わるセクハラ被害について学生からの相談を受けた経済学部教員の報告に基づき、事態の重大性と緊急性、かつ、セクシュアル・ハラスメント防止ガイドライン制定以前という時期的要因を考慮し、経済学部独自の調査委員会を発足させ、セクハラ被害の実態について調査してきた結果、セクハラ被害の実態並びに被害学生の訴えを検討した結果、防止委員会で取り上げる十分な根拠があると判断し、防止委員会を早期に発足し、当該案件を委員会において取り上げるよう学長に要望した。また、防止委員会の最終審議の結論が下されるまでの期間、教学上の緊急避難措置を講じるべく、教授会の審議の必要があると判断した。」旨の記載及びその判断の根拠となる事項は、① 平成一一年四月からの演習Ⅰ開始前の親睦会の席上での女子学生に対する「手を握る」「体に触れる」などの行為及び② 平成一一年一一月に実施された演習Ⅰ受講者の二泊三日の長崎への甲野ゼミ旅行の際の、女子学生の「手を握る」「体に触れる」などの行為である旨の記載がされていた。

エ (大学の学生への対応等)

平成一二年四月一一日、丙田経済学部長名で、同月一〇日付けの「甲野ゼミⅠ履修者の皆さんへ」と題する書面(甲4)がゼミ生全員に郵送された。

その書面には、「執行部は、甲野経済学部教授に関わるセクハラ被害について相談を受けた経済学部教員の報告に基づき、事態の重大性と緊急性、かつ全学のセクシュアル・ハラスメント防止ガイドライン制定以前という時期的要因を考慮し、経済学部独自の調査委員会を発足させ、セクハラ被害の実態について調査してきた。経済学部執行部は、セクハラ被害の実態、ならびに被害学生の訴えを検討した結果、防止委員会で取り上げるに十分な根拠があると判断し、早急に防止委員会を発足させ当該案件を委員会で取り上げるよう要望した。その結果、四月一〇日に防止委員会が発足し、当該案件について調査委員会が設けられることになった。……執行部は教学上の緊急避難措置として甲野教授の授業担当の是非を審議する手に入った。」旨の記載がされていた。

オ (債権者の抗議)

(ア) 平成一二年四月一二日、債権者は、学長に対し、上記ゼミ生宛文書の内容及びそのゼミ生への送付は不当であると申し出て抗議した。

(イ) また、翌一三日、債権者は、防止委員会に対し、教授会が調査・審議を行い制裁措置を議決することは学内のルールに違反するものである旨及びゼミ生に対する経済学部長名の文書は、債権者の名誉を傷つけるだけでなく、債権者がセクハラ疑惑について有罪であると決めつけてゼミ生に予断と偏見を与えるものである旨申し出て、抗議した。

カ (調査委員会の設置等)

平成一二年四月一四日、防止委員会は調査委員会を設置し、調査委員会は債権者のセクハラ問題について調査を開始し、債権者のセクハラ行為を訴えた学生やそれを目撃したという学生から事情を聴取するともに、債権者からも事情聴取した。

これと並行して、丙田経済学部長ら執行部は、演習Ⅱのゼミ生に連絡をとって集合させ、同ゼミ生と個別面談を行い、同ゼミ生らに「甲野ゼミは続けられない。」旨の話をした。

キ (甲野ゼミ生の学部長預かりの教授会決議)

平成一二年四月二〇日、経済学部教授会が開催され、丙田経済学部長の「ゼミ学生がセクハラ教授の授業は受けたくないと強く要望している。」との提案で、同教授会において「ゼミ学生を学部長預かりとする。」旨の決議がされた。

ク (調査委員会の調査等)

(ア) 平成一二年五月二六日 調査委員会は、丁谷・戊山両教授に対して両名が作成した報告書の提出を要請してその提出を受けた。その調査報告書は、丁谷・戊山両教授が「経済学部調査委員会」の名の下に作成したものであったが、その「経済学部調査委員会」は経済学部教授会の決議に基づくものではなかったし、丁谷・戊山両教授の調査及びその報告書の作成も経済学部教授会の決議に基づくものではなかった。

同日、調査委員会は、債権者に対する面談調査を開始した。

なお、丁谷・戊山両教授らの前記「経済学部調査委員会」は、防止委員会に調査委員会が設置された同年四月一一日以降も、独自に学生から事情を聴取するなどしていた。

(イ) 平成一二年七月五日、調査委員会は、前記のとおり調査報告書(甲11)を防止委員会に提出して報告した。これに基づき、防止委員会は、前記のとおり、同月一三日、債権者の行為は○○大学セクシュアル・ハラスメント防止ガイドラインにおいて定義するセクシュアル・ハラスメントになりうる言動に当たり、就業規則六一条五号の「大学の社会的信用を著しく傷つけたとき」に該当するとして、就業規則六二条一号規定の「訓戒」処分相当と決定した。

(ウ) 平成一二年七月一四日、防止委員会委員長である学長から債権者に対し、「防止委員会最終審議結果報告書」(甲12)が交付されて防止委員会の意見が通知された。これに対し、債権者は、防止委員会委員長に対し、防止委員会において弁明の機会を与えられるべきだと抗議した。

ケ (報道機関への公表)

平成一二年七月一八日、○○大学は、債権者につき制裁(懲戒)を相当とする決議があったことを報道各社に公表した。

コ (債権者に対する制裁等)

(ア) 平成一二年七月二一日、二六日、二八日の三日、経済学部教授会が開催された。債権者は、同月二六日の教授会で弁明の機会を与えられた。

(イ) その後、前記のとおり、平成一二年八月四日に経済学部教授会で債権者につき訓戒の制裁が決定され、同月二四日の評議会及び同年九月二日の理事会においてそれぞれ同様の決定がされ、同月五日、理事長から債権者に対して訓戒処分の告知がされた。

(ウ) この間の平成一二年九月三日付けで、債権者は、学長に対し、「声明」と題する、「理事会の最終決定である訓戒処分は到底承服できない。えん罪だといわざるを得ない。調査委員会による調査方法や防止委員会のあり方等には重大な疑惑がある。」旨記載した書面(乙1添付の別紙file_3.jpg)を提出した。

(エ) その後の平成一二年九月二九日、前記のとおり経済学部教授会において本件措置が決定され、同年一〇月三日、丙田経済学部教授から債権者に対して本件措置の通知がされたが、その通知書(甲14)には、「四月二〇日に経済学部教授会は、防止委員会の決定が下されるまでという期限付きで教務上の緊急避難措置を決定した。その後、防止委員会の結論を受けて、経済学部教授会、大学評議会、法人理事会の議を経て、就業規則上の処分が決定された。これを受け、経済学部教授会は、自らの有する教学上の責務に鑑み、債権者の今回の処分に対する見解を確認した上で、教務上の措置として(本件措置の)決定を下した。」旨記載されていた。

サ (学生の動き)

平成一二年一〇月二五日ころ、経済学部の一部の学生(一八名が署名)が、「甲野ゼミ(演習Ⅰ)存続の要望書」を大学側に提出した。

シ (「経済学部調査委員会」の調査報告書等の無効決議)

平成一二年一一月一〇日、経済学部教授会において、前記丁谷・戊山両教授が名乗った「経済学部調査委員会」及びその名で作成された調査報告書につき、「教授会に諮ることなく設置・作成された経済学部調査委員会及び調査報告書は経済学部教授会としてはこれを無効にする」との決議(乙1添付別紙①)がされた。

ス (本件演習の担当変更)

その後、経済学部教授会は、債権者が担当していた本件演習を他の教授の担当に割り替えて、平成一三年度の講義・指導体制を決定し、現在これに従って本件演習の授業が行われている。

セ (債務者の規約関係)

(ア) ○○大学学則には、大学の各学部に教授会を置く(八条)、各教授会は、学則その他の諸規則に関する事項(九条一号)、研究及び教務に関する事項(同二号)、学長が諮問する事項(同六号)、その他重要な事項(同八号)等を審議するものと規定されている。

(イ) 上記学則に基づいて定められた経済学部教授会規則には、教授会は、教育、研究及び学生の補導に関する事項(三条八号)、その他必要と認められた事項(同一〇号)等を審議する旨規定されている。

(ウ) ○○大学の就業規則は、教員を含む職員に対する制裁につき規定している(第七章)ところ、その制裁事由の一つとして「大学の社会的信用を著しく傷つけたとき」(六一条五号)が規定され、また、制裁は、a 訓戒(文書で行う。)、b 減給、c 出勤停止、d 降職、e 懲戒解雇の五種類が規定されている(六二条)。

(2)  上記認定事実に基づいて、以下本件措置の適法性について検討する。

ア 本件措置は、債権者が所属する教授会において決定され、丙田経済学部長から債権者に告知されたものであるところ、債務者は、本件措置は、教授会の権限に基づく教務上の措置として決定されたものであり、懲戒処分(制裁)ではない旨主張する。

確かに、教授会は、大学の重要な事項を審議するための組織であり(学校教育法五九条)、研究、教務に関する事項を審議する権限を有するものではあるが、その、債務者との雇用契約によって雇用されている各教員による組織体であるという性質上、教授会の上記権限は、各教員と債務者(雇用主)との間の雇用契約に基づいて有する権利ないし法律上の利益には及ばず、その各教員の権利ないし法律上の利益を、教授会が本人の意思を無視して侵害することはできないものというべきである。

そうであれば、債権者が本件演習を担当することは、債権者の債務者との間の雇用契約上の権利ないし法律上の利益と認められるものであることは前記のとおりであるから、教授会の本件措置の決定は違法なものというべきである。

イ のみならず、債権者のセクハラ問題については、債務者の寄附行為や○○大学学則、その他の規則等に根拠を有しない執行部ないし丁谷・戊山両教授の調査活動が先行し、これが組織上の根拠を有する防止委員会の設置後も継続された上、その調査結果が調査委員会に提出されているのであり、その後の債権者に対する訓戒処分決定までの経緯を合わせて考えれば、丁谷・戊山両教授の調査は事実上防止委員会や調査委員会の活動の一部として取り込まれ、同教授らの調査結果は債権者に対する処分の決定に影響を与えた可能性は否定できないところである。そうであれば、債権者に対する訓戒処分の決定手続には、適正手続の観点から疑問を提起されてもやむを得ないところがあり(現に、教授会は、丁谷・戊山両教授が名乗っていた「経済学部調査委員会」及びその名で作成された報告書の無効決議をしているのである。)、債権者がこの点を訓戒処分後に問題としたことには無理からぬところがある。

ウ 債権者は、訓戒処分後の債権者の言動から債権者のセクハラ行為再発のおそれがあり、また、債権者のセクハラ行為により学生の間に生じた動揺や反発から、教務上の緊急措置として本件措置をとる必要性があった旨主張する。

しかしながら、債務者が主張するような債権者の訓戒処分後の言動をもってしても、債権者が訓戒処分の対象となった行為と同様の行為を再び行うおそれがあると認めるのは難しいというべきであるし、もし学生の間に債権者の担当する演習を受けたくないという者が出たのであれば、その者の移籍を認める方法で対処することも可能であったと考えられるのであり、本件措置後に甲野ゼミの存続を望む学生の動きがあったことも合わせ考慮すれば、債務者が主張するような教務上の緊急措置として本件措置をとらなければならないような必要性があったとは考え難い。

エ 以上のところに、本件措置の決定に至る経緯、その理由とされたところ及び本件措置の内容等を合わせ考慮すれば、債権者に対して本件措置をとるべき相当の根拠、理由の存在事態が疑われるものであって、本件措置は、実質的には訓戒処分の対象となった債権者の行為に対する再度の不利益処分と評価せざるを得ない面があり、一事不再理の原則に照らしても、許されないものというべきである。

オ したがって、いずれにしても本件措置は不適法のものというべきであり、債権者主張の被保全権利の存在は肯認できる。

3  保全の必要性について

(1)  債務者が経済学部教授会の決定した本件措置に従って債権者に対応していることは債務者の主張から明らかであるところ、本件措置によって、債権者の大学教授としての大学の内外における信頼・信用が著しく損なわれ、債権者が著しい精神的苦痛を受けることは十分推認されるところであり、これを避けるため、債権者の本件演習の指導を担当する地位を仮に定める必要性はあるものと認められる。

(2)  しかし、債権者が債務者に対して、本件演習の履修生に対する他の演習への移籍要求、債権者が本件演習を担当できない旨の告知、平成一三年度の本件演習への履修申し込みの拒否等の行為の禁止を求める申立の趣旨2の仮処分は、債務者が本件措置を前提とする場合平成一二年度(二〇〇〇年度)内に行うことを要する行為を対象とするものであり、経済学部において既に平成一三年度(二〇〇一年度)の新規の指導体制が組まれてこれが開始されるに至っている現在においては、その対象が存在せず、保全の必要性は認められないものというべきである。

第5  結論

以上の次第で、本件抗告は、主文1掲記の限度で理由があり、その余は理由がないから、原決定を変更し、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官・松尾政行、裁判官・熊谷絢子、裁判官・竹中省吾)

別紙即時抗告理由書

第1 はじめに

原決定は、第3争点に対する判断中、「1申立の利益及び演習を指導担当する地位の権利性について」とする項において、「債権者は債務者に雇用され、○○大学経済学部教授の職にあるものであり、債権者による同学部における演習の指導・担当は、その雇用契約に基づく義務の履行であることは疑いがない」としつつも、「同時に大学教員にとって、学生に講義を行い、あるいは演習を担当して学生に対する指導を行うことは、その学問研究の成果の発現の機会であるとともに、さらに学問研究を深め、発展させるための重要かつ不可欠の要素であるということができるから、大学教員にとって、学生に対する講義及び演習を担当することは、単なる義務に止まらず、権利としての側面をも有すると解するのが相当である」として、この権利性を認め、演習を担当する地位が確認され又は仮の地位を定められるべき対象となる法的地位となり被保全権利となり得ることを正当に認めている。

ところが、原決定は、上記大学における教授の地位の本質を適確に把握する見地に立ちながらも、本件で争点となっている諸事実について十分な考慮を払うことなく、本件措置を適法として抗告人の申立を却下したが、この判断は以下のとおり誤った判断である。

第2 本件演習指導担当停止措置の適法性に関する判断の誤りについて

1 本件演習指導担当停止措置(以下単に本件措置という)を「教務上の措置」としてなし得るとしている点の誤り

(1) 原決定は、本件措置は経済学部教授会において「教務上の措置としてなされたもので懲戒処分としてなされたものではないとして、この「教務上の措置」は本来大学における教育研究が適正になされるための必要な措置として行われるものであり、当該措置の関係者に対する制裁を目的としてなされるものではないとし、また懲戒処分とはその性質、目的を異にするものであるとする。

他方、本件措置は抗告人の権利としての側面も有る演習担当者たる地位を制限する不利益処分的性質を有することも認めている。

この原決定の判断は、不利益処分的性質を有する措置であっても、「教務上の措置」という名目として行なわれるのであれば、教務上の目的で行うものであるから制裁ではないという論旨にでるものといわざるを得ない。

(2) ところで教務上の措置とは、大学教育における教育、研究、学生の補導等に関し、事務的に必要な事項を処理する措置をいうものであって、本来、大学教員の法的地位、権利行使(演習の指導もこれに含まれることは原決定も認めている)を制限する不利益処分的性質の実質を有する措置は、いかに「教務上の措置」という名目によって行われようとも、本人の同意を得るか、または制裁的処分としての適法性の要件を整えなければ許されないものというべきである。

またそれが制裁目的をもって行なわれたか否かを問わず、結果として制裁的処分が教務上の措置として行なわれることも許されない。

このような大学教員の学問、研究の成果の発現の機会である演習指導をする権利、あるいはこのような法的地位を制限するには、被抗告人の設置する○○大学においては、制裁に関する就業規則第五条、第六二条等の規定にもとづくことを要し、あるいはこれに準じた扱いが必要とされるべきである。

(3) 就業規則上定めのない類型の不利益処分がされる場合も一種の制裁的行為として、当該措置に相当な根拠、理由を要するとした平成八年三月二八日、最高裁第一小法廷判決(平成四年(オ)第一〇一一号事件)が、本件において十分に依拠されなければならない。

当該事案は先にも指摘のとおり、「厳重注意」という、企業秩序の維持、回復を目的とする指導監督上の措置と考えられる措置について、これを受けた者の職場における信用評価を低下させ、名誉感情を害するものとして、一種の制裁的行為と判断したのである。

判旨は、使用者が当該措置を執ったことを相当とすべき根拠事実の存在が証明されるか、または、使用者において、そのような事実があると判断したことに相当の理由があると認められなければ違法である旨明確に判断している。

この最高裁判例の判旨を直視すれば、制裁的行為とは、制裁的行為としてする名目ではなく、また、企業秩序維持、回復等の指導監督上の措置を行うという目的によって行われる場合であっても、措置を受ける者の法的利益、権利を制限し侵害する場合、一種の制裁的行為としてその要件を満たすべきことが求められるのである。

従って、そのような制裁的行為は、処分権者である使用者が(就業規則上は規定のない類型の制裁であったとしても、制裁処分としての手続を履践することが必要というべきである)が、就業規則上のその地位にもとづいて最終的に行なうべきである(相当の根拠、理由の有無はこの処分権限者によってなされたことを前提として、更に次にクリアーすべき問題である)。

被抗告人の就業規則第五条によれば、本件措置は、本来経済学部教授会の議を経て、更に○○大学の評議会の議を経、学長の申出にもとづいて理事長が行なわなければならないものであったのである。

(4) このように、制裁は、訓戒と懲戒解雇等不利益制裁の軽重の全く異なるものであっても同様の手続きによることとされており、大学教員の地位にとって重要かつ不可欠な要素である演習指導担当という権利の行使を、二ヶ年という長期間停止するという本件措置は、一種の制裁的措置として、いかに「教務上の措置」という名目が付されようとも、経済学部教授会のみの議決によって処分手続が完了したことにはならないのである。

にもかかわらず、本件措置については、手続未完了の段階で経済学部教授会の決議のみをもって、丙田経済学部長がこの執行を断行したものであって、そもそも就業規則第五条に明確に違反し、重大且明白な瑕疵を有する違法な措置に他ならないものである。

原決定はこの点において、演習担当停止を「教務上の措置」名目で経済学部独自の決議でなし得ることを前提に、手続的要件を満たしているとする点において、重要な判断の誤りを犯している。この点、使用者による企業秩序維持のための指導監督の目的に出た「厳重注意」を一種の制裁的行為であるとして、その適法要件を必要としている最高裁の判旨(この判旨は処分権者による措置であることを当然の前提としているものと解される)に反する判断であることが明らかである。

(5) 更に演習指導担当の停止措置が一種の制裁的行為(制裁目的が明示されているか否かを問わず)であると見られる以上、すでになされていた訓戒処分との関係において、そもそも二重の懲戒処分にあたるというべきところ、これにあたらないとする原決定の判断はこの点においても誤りである。

2 本件措置の「相当の根拠、理由」の不存在と措置の違法性について

原決定は、本件措置に「相当の根拠、理由」があるとし、これに該当する事由として以下種々の事由を指摘するが、いずれも事実認定及び法的判断を誤っている。

(1) 「債権者の被る不利益が格段に大きいものとまではいえない」とする点について

原決定は、本件措置は、債権者の講義や研究に関する活動を制限するものではないし、その身分や給与等にも無関係の措置で、演習担当についてのみの期限を区切った措置であることからすれば、債権者の被る不利益は格段に大きいまではいえないとするが全くの誤りである。

原決定は、大学教員にとって演習を担当して学生を指導することは、学問研究の成果の発現の機会であるとともに、更に学問研究を深め、発展させるための重要なかつ不可欠な要素であるということを極めて正当に認めているのである。このような本質的に重要であり、大学教員の地位、権利行使に不可欠な演習指導を、いかに期限を区切ったといえ二ヶ年という長期にわたり、加えて本件の場合、演習Ⅰ、演習Ⅱ、基礎演習という三つの演習担当を一律に全面停止しているのである。

講義の担当は残っているとはいえ、それ以上に重要な演習の担当という学問研究の成果の発現の機会であるとともに、更に学問教育を深め、発展させる重要、不可欠な機会を奪われたものであって、単に経済的対価の影響の有無に係わらない、大学教員の地位に本質的な権利を大幅に制限され、喪失するという重大な不利益を含むものである。更に大学教員でありながら、その地位に本質的な演習指導担当をなし得る教員に値しないとの大学内外の評価を加えられることは、大学教員としてこれ以上ない不名誉且信用失墜を招く措置であって、抗告人の被る不利益は甚大である。不利益が格段に大きいものとまでいえないという原決定は、大学教員にとって演習指導担当の重要性を認めた前提的論旨に対しても、自己矛盾する全く誤った判断に他ならない。

(2) 「セクハラ問題が学生の告発から惹起し……、学生の不安や動揺等を防ぎ、その勉学環境整備のため……、暫定的、緊急避難的措置をとらざるを得ないとの結論に達し……、ゼミ履修生二一名のうち三名以外は他のゼミに移籍する結果となっており、かつそれらゼミ生が移籍先でのゼミの履修をつづけたい意向であった」とする点について。

① 原決定は、セクハラ問題惹起後の経過については、抗告人が従前の主張及び関係する疎明資料にもとづき、三回生、二回生のほぼ全員と四回生の過半数の学生が、真摯に抗告人のゼミの存続と復活を望んでいる事実を明らかにしている点が一顧だにされず、本件措置を強行した丙田経済学部長と教務委員の陳述書の一方的弁明を、その誇張や不当性を十分吟味することなく、これに依拠して判断したものに他ならない。

② ところで、原決定の判断には、本件セクハラ問題が、事実として懲戒処分の対象となるにふさわしいものとの認識が前提にあると思料されるが、本件疎明資料等によっても、この判断は誤りであることが明らかである。

本件で訓戒処分の対象となったセクハラ問題は、平成一二年四月一〇日以降に問題として表面化するにいたったが、当該事案の一つは、平成一〇年一二月一六日の三宮のロビンソンクルーソーという店舗内において、抗告人が女子学生D子(全学調査委員会報告書のD子、経済学部調査委員会報告書の女子学生A)の「肩を抱く」「手を握る」とするセクハラ行為をしたとされる事案(事件1)であるが、これは当該時期より一年五カ月近く経過していた事案である。

また当該事案は、当人の女子学生D子が、平成一一年一二月提出の抗告人のゼミの提出レポートの中において、「一二月一六日、PM六:〇〇、三宮ハーゲンダッツ前集合……この時先生と初めて会話をしました。成績のことをとても誉められて大変嬉しかったことを覚えています。でもさりげなく肩に手を回されたときはどうしたらいいのか分からず、苦笑いをしていた自分がいたような気がします。あの頃の私は若かったような気がしますね。先生の行動にドキドキして「えっどうなっているの?え?これでいいのかな?まぁいいっか?!」というような感じでした。」と指摘している状況がこれである。

同席した学生の中に、ひやかし半分にセクハラとはやしたてたものがいたが、むしろこのはやしたてられたことに抗告人が気分を害し、その後、その学生らが反省して謝りに来たという事案であった。

この状況とD子自身のゼミレポートにおける表現からしても、D子に悪感情、嫌悪感をいだかせるようなセクハラ行為があったとはいい難いものである。平成一一年一二月の抗告人のゼミのゼミレポート提出のころ、この三宮ロビンソンクルーソーでの件は、何らゼミ学生の間で具体的にセクハラ問題として問題になっていたわけでもなく、D子もその状況に悪印象をもっていたものではないことをゼミレポートにおいて素直に表現していると認められる。

またセクハラ認定のあった事件2は、長崎ゼミ旅行の第一日目のスナックにおける事案であったが、D子はゼミレポート中、一番印象に残ったものとして長崎旅行についても触れているところ、抗告人の知人である社会人で、スナックのコンパに同席したマワタリという者の、女性に対する姿勢に厳しい批判をしているが、このコンパの際、抗告人から何らかのセクハラ行為あるいはこれに類する行為があったことを伺わせるようなことは一切指摘されていない。

D子は、ゼミレポートにおいて、平成一〇年一二月一六日のロビンソンクルーソーにおける件に詳しく触れ、また抗告人の友人に対し抗告人に何の遠慮もなく厳しい批判を表現していることから見ても、D子の抗告人に対する姿勢は、何の気がねもなく思うことを自由に言える雰囲気にあり、またそのように文章を表現していると見られる。長崎ゼミ旅行の一日目のコンパについて、スナック麗花のママのことにも触れながら、当該スナック内で何らかのセクハラ行為があったかの如き状況を伺わせる記載は全くないことから、D子にとってはセクハラと認識される状況がなかったことが十分伺えるのである。

③ 同じ平成一一年一二月のゼミレポートに関し、女子学生B子(全学調査委員会報告書のB子、経済学部調査委員会報告書の女子学生B)は、長崎旅行にふれ、第一日目の事件があった場所とされるスナック麗花のママをまじえ、「おいしいお酒とカラオケを満喫できて旅だーと叫びたくなる位満喫した。しかしお酒を飲みすぎて、周りのみんなに多大な迷惑をかけたのはいうまでもない。あるくこともままならない状態で、いわゆる酔っぱらいだ。意識は飲んでいる途中は多少飛んでいたが、お開きになって外に出た時、○○がタクシーにひかれそうになったのだけは覚えている」という程著しく酔いつぶれたというのである。B子の長崎旅行の思い出の文章から、抗告人からセクハラ被害を受け、悪感情、嫌悪感をもっていたとはとうてい考えられない。

④ C子は、ゼミレポートにおいて、本件に関するようなことは何も触れていない。なおC子は、全学調査委員会の報告書(甲第11号証)中、P四の⑦において指摘されているとおり、演習Ⅰの単位が平成一二年三月に不合格になった後に訴えているが、これは同女がアルバイト等で出席日数が全く足りず、やむなく抗告人が単位不合格としたものであった。

このように、平成一〇年一二月一六日の三宮ロビンソンクルーソーにおけるセクハラ被害者とされるD子、平成一一年一一月四日の長崎ゼミ旅行第一日目のスナックにおける被害者とされるB子、D子のいずれもが、セクハラ被害を受けたとはとうてい考えられないゼミ旅行の思い出を素直にレポートして残しており、重要なことは、レポート提出の平成一一年一二月ころ当時、抗告人のゼミにおいて極めて自然にB子、D子も抗告人に何の遠慮もわだかまりもなく接していたことである。

⑤ セクハラ問題を告発したとされる男子学生A(全学調査委員会報告書のA君、経済学部調査報告書の男子学生A)は、同じくゼミレポートでゼミの運営に関し、ISO一四〇〇一問題をテーマとして取り組んでいたことや、ゼミ生が運営をめぐりバラバラで小グループ方式の方向性をとり入れるよう問題提起する等、今後のゼミ運営に対する意欲等を記載し、またそのようなゼミ運営への悩みも記載している。

同人は三回生の当時、抗告人のゼミの幹事の立場にあり、ゼミ生の活動のまとめ役をしていたが、平成一一年一二月に抗告人が他のゼミ生に幹事を変更した。

男子学生Aは、その後この幹事を交代させられたことへの不満を徐々に強くしていったところ、平成一二年三月になり、セクハラ問題として告発するという行為に及ぶにいたったのである。

⑥ 以上の次第で、長崎ゼミ旅行後も抗告人のゼミは、それまでと雰囲気は変わりなく運営されていた。然るに平成一二年四月一〇日に突然、丙田学部長から抗告人は呼び出しを受け、またゼミ生には「一九九九年度甲野ゼミⅠ履修者の皆さんへ」と題する書面通知がされ、抗告人も学生(被害を訴えた学生以外)たちも驚愕したというのが真実である。

平成一二年度演習Ⅱ(四回生)のゼミ生らは、ほとんどが長崎ゼミ旅行に参加していた者であり、第一日目のスナックにおけるコンパに出席し、その場の状況、雰囲気を知っていた者ばかりであるにもかかわらずにである。

⑦ 平成一二年度の演習Ⅰ(三回生)、演習Ⅱ(四回生)、基礎演習(二回生)の学生らが本件措置後、ゼミの存続と復帰を希望している状況は既に主張のとおりである。

このように、長崎ゼミ旅行後の平成一一年一二月ころの抗告人のゼミにおける学生らの雰囲気と、平成一二年一一月の抗告人のゼミ存続、復活の要望書等(甲第15、16、21、22、23、24、27の1・2号、各証)に表現されている心情を対比すれば、経済学部教授会で緊急避難的措置をとることが決定された平成一二年四月二〇日の直後である四月二四日ころ以降しばらくの間に、演習Ⅱのゼミ生によって大学に提出されたとするゼミ移籍希望に関する書面(乙第2号証添付)は、抗告人に対する予断の影響を受けあるいは誘導的に作成されたと見る他ない不自然極まりないものであって、告発した学生らは別として、学生らが全体として、真意で抗告人のゼミからの移籍を求めていたとするのは断じて事実でない。

いわんや本件措置がされた平成一二年九月二九日開催の経済学部教授会の事前に、「ゼミ生が移籍先でのゼミの履修をつづけたい意向であった」とする原決定の認定は明らかな事実の誤認である。

また平成一二年度の三回生、二回生のゼミ生については、セクハラ問題が四回生に発生しても何ら不安や動揺が生じておらず、何ら暫定的、緊急避難措置もとられず、平成一二年四月以降普通にゼミ指導が行われてきたが、何の問題もなかったものであり、原決定が認定した移籍先でのゼミ履修を続けることを希望していたとする前提事実を明らかに欠くものであって、この点を本件措置の相当性の根拠、理由にあげ得るものでないことが極めて明白である。

このように、平成一二年度演習Ⅰ(三回生)、基礎演習(二回生)にいたっては、移籍の前提事実がないことが明白な本件において、演習Ⅱ(四回生)のゼミ生同様にこれがあるものとして、本件措置の相当性の根拠、理由にあげられている点において、原決定は明白な事実誤認をしている。

⑧ なお、従前本件において抗告人は、セクハラ被害を訴えた個々の学生への批判を加えることは自制するよう配慮してきたが、乙第1号証、2号証の陳述書を根拠とし、抗告人の甲第38号証は原決定の判断内容に一顧だにされないまま、本件決定が出されたという事態にいたり、やむなくセクハラ問題それ自体がいかに不合理、不当な内容経過にあったかを、学生ら自らの資料によって指摘する次第である。

(3) 抗告人が被抗告人から受けた「訓戒処分を冤罪として争う言動を続けていたこと」を根拠の一つとしている点について

① 原決定は、本件措置を適法とする相当の根拠、理由があったと判断する事由の一つとして、抗告人が被抗告人から受けた「訓戒処分を冤罪として争う言動を続けていたこと」をあげており、この前提事由として抗告人が平成一二年九月三日「声明」と題する書面で本件セクハラ問題が冤罪である旨主張し、その処分がなされた後同月一六日の法人評議会において冤罪である旨主張し、インターネットを利用する等して冤罪を主張した等の事実認定をしている。

② ところで、本件セクハラ問題は、「全学の調査委員会で認定された事件1、事件2は、いずれも「肩を抱く」「手を握る」と表現されている行為であり、事件1の「肩を抱く」とは被害者とされる者自身のゼミレポートによって、その状況が前記のとおり示されているもので、事実、性的嫌悪感を与えるセクハラ行為というべきではない行為と思料される。

また長崎ゼミ旅行第一日目の事件2も、セクハラ行為というべき事実はなかったものである。

これらは、認定された行為自体から見ても微妙な事案である。抗告人がセクハラ行為とされるべきでないと主張した相応の理由と根拠があったものである。

これを書面等で冤罪等と主張すること自体は、表現の自由の保障に含まれるものであって、許されるものというべきである。

③ 関連する判例として、大学教授会において、教員が学校法人と昇任につき紛争を生じ、民事訴訟を提起したことを理由として、訴訟が係属する間、教員の教授会出席停止、講義担当停止、委員会活動停止を決議したことが不法行為を構成するとされた仙台高裁秋田支部平成一〇年九月三〇日判決(判タ一〇一四号二二〇頁)がある。

自らに対する不利益措置につき、表現の自由の枠内で主張、弁明し、あるいは訴訟提起する等の行為は、大学の勉学環境、教育、研究環境を害するものとしてこれを制約する措置をとることは、表現の自由等との関係においても、措置の相当性の根拠、理由とはなり得ないものである。

(4) 「演習に関しては、教員の研究等における個別指導、相談を不可避的に伴い、指導時間も夜間に及ぶこともあることも勘案する」ことから本件措置に必要性があるとする点について

① 原決定は、演習は、教員の研究等における個別指導、相談を不可避的に伴い、指導時間も夜間に及ぶこともあるとして、丙田経済学部長の独断に出る陳述書(乙第1号証)八ページの指摘を根拠に、あたかも演習を担当させるとセクハラ問題が再発するおそれがあるかのごとく見て本件措置の相当性の根拠、理由にしている。

しかし、本件で問題にされたセクハラ事案が、いずれもゼミのコンパの席上、ゼミ生が多数同席していわば公然の場所におけるものであった、それも行為当時の被害者とされる女子学生の意識を素直に見てもセクハラと言えないとするのが自然な事案であった。

演習指導を担当させれば再度セクハラ問題を発生させる恐れがあるかの如く指摘されることは、全く具体的根拠もなく且そのような危険性がないにもかかわらず、誤った事実認識のもとになされる余断によるものという他ない。

② 抗告人は、○○大学の経済学部大学院において、現在も演習指導担当は継続している。何ら問題は生じていないし、平成一二年度の演習Ⅰ、演習Ⅱ、基礎演習においても何ら問題は生じていなかったものである。

にもかかわらず、あたかも再発の防止を本件措置の理由、根拠の一事由とするかのごとく判断するのは何ら合理性がない。

本件措置が、事前の経済学部教授会準備会に出席した自称執行部によって教授会に提案されるにいたったが、このような措置をとることが恣意的に選択されていることからも、いかに制裁的意図で本件措置がなされたかが明らかというべきである。

(5) 「経済学部教授会の審議経過を鑑みても、その審議が教務上の措置を名目として、実質的に債権者に対する制裁を目的として審議、議決されたものであったとうかがわれない」とする点について

① 経済学部教授会の審議経過を詳細に見るならば、まず、本件セクハラ問題の発生自体が、丙田経済学部長及び丁谷、戊山評議員ら執行部が、経済学部の独自の任意の調査委員会の設置と、誇張と不実極まりない同委員会の調査報告書(この任意の委員会と調査報告書はあまりにも問題が多く、さすがに後に教授会で無効とされたことは既に詳細に指摘のとおり)に示される予断をもって、一貫して抗告人に対し不利益を課す対応をした。

② 本件措置についても、教授会の前に準備会を開催し、教授会に提案された決議方法において、現実になされた決議は、三つの演習の無期限停止とする⑤案と、全授業科目の担当を無期限停止とする⑧案がまず決議で除外され、次に非常に重要な点であるが、抗告人の担当の停止をゼミのみとするか講義も含めるかは分かれるとしても、いずれも演習担当を停止することは当然の前提として決議がされた。

このような変則的且当然に演習担当停止を前提とした決議がされたことは、債務者(被抗告人)の準備書面(1)のP二二に自認されているところである。

③ 本件措置の経済学部教授会における決議は、この判断の前提には「学生たちが甲野ゼミに戻ることはあり得ないということが確認された上」でされている。しかし、この前提事実の報告内容は誤りであることはゼミ学生ら自らの本件仮処分申立事件で提出された陳述書、要望書等で明白なことである。

④ 経済学部教授会は、本件措置の判断にあたり、何らの問題すらなかった平成一二年度演習Ⅰ(三回生)、基礎演習(二回生)について、本件措置は明白に必要性、合理性がないにもかかわらず、三種のゼミの類似点や相違点を全く検討もせず、一括して決議を行ったが、原決定は三種のゼミについて、本件措置の相当性の根拠、理由の違いを一顧だにせず、経済学部教授会が行ったのと同様に「教務上の措置」として演習担当停止に必要性があると判断したが、明白な誤りである。

⑤ 本件措置は、丙田陳述書(乙第1号証P七)に自認するとおり、訓戒処分発令後の抗告人の言動から何らかの教務上の措置が必要であると確認され、とられた措置である。つまり、訓戒処分がセクハラ行為の存在を前提とするのは事実の誤認であるとして、抗告人が冤罪である旨主張した言動に対し、措置が必要であり、訓戒処分が正しいものと認めようとしない抗告人に対し、制裁としてなされた措置であることを自認するものといい得るのである。

⑥ 原決定は、上記本件記録に明らかな教授会の審議経過から、本件措置は制裁としてなされたものであることを適確にとらえるべきであったにもかかわらず、教務上の措置を名目としており、実質的に債権者に対する制裁を目的としていないと認定するが、これは、前記最判の「厳重注意」という法的利益を侵害することをもって一種の制裁的行為と認めた判旨にも反することは明らかである。

(6) 本件において、被抗告人自ら「本件措置は本学部教授会における審議と多数決を繰り返す中で決定されたものであるから、その措置を決定した理由を画一的に示すことは難しい」と自認する(債務者の準備書面(1)P二三)。

被抗告人自ら、決定過程に合理的な理由があったといえるか示し得ない旨主張するものであり、極めてあいまい且恣意的な決議であったことを裏づけるものである。

(7) 原決定は、以上のとおり本件措置をするにいたった教授会の審議経過について、この措置の相当性の根拠と理由があるものと重大な事実の誤認をしたものである。

第3 保全の必要性について

(1) 本件仮処分申立において、抗告人が演習Ⅰ、Ⅱ、基礎演習について、大学教員として、基本的な研究、教育の重要、不可欠な要素である演習指導を行う地位、権利を侵害されて、この地位の回復をし難い混乱と不利益を被ることは、従前主張のとおりである。

原決定がなされたことにより、平成一三年一月一九日の○○大学経済学部教授会においては、抗告人の申立が却下されたとする報告がなされ、抗告人の演習指導担当の地位は奪われたままとなっている。

(2) なお、演習Ⅰ(三回生)について、即時抗告の結論が出るまで、一名の教授がゼミ生をまとめて暫定的に指導し、後日本件申立により抗告人の地位保全がなされた場合、同担当教授から抗告人が引き継ぐべく対応がとられている。

ゼミの学生らの抗告人の演習の存続を希望する気持ち、とこれがかなった場合復帰したいとする気持ちは現在でも変わりはない。

とりわけ三回生、二回生については、更には平成一三年度の演習について、抗告人がこの演習指導担当の地位を早期に回復すべき必要性は高く、この点保全の必要性は従来どおりに高いものである。

第4 結び

以上のとおり、本件仮処分申立を却下した原決定は、事実認定を誤り、また本件演習指導停止措置が適法になされたとの誤った法的判断をしているもので、速やかに取り消され、本件申立にもとづく抗告人の地位の保全が図られるべきである。

別紙準備書面

被抗告人の答弁書における反論

1 本件演習指導担当停止措置が単なる教務上の措置であり、制裁措置でないとする被抗告人の主張について

被抗告人の当該主張は全面的に争う次第であるが、以下の諸点を指摘する。

(1) 被抗告人は、本件措置はあくまでセクハラ問題の再発を回避し、学生の適正な勉学環境を維持・確保する目的でとられた措置であり、職場内(学内)の規律秩序維持のために抗告人に対し不利益を課すことそのものを目的として行ったものではないのであるから教務上の措置とし、加えて教務上の措置であるから制裁措置ではないというが、この論理は基本的に誤りである。

(2) 第一に、従前抗告人が指摘する平成八年三月二八日最高裁第一小法廷判決(平成四年(オ)第一〇一一号事件)は、「厳重注意」という措置であっても、その措置によって対象者の職場における信用評価を低下させ、名誉感情を害される場合、一種の制裁的行為として判断し、当該措置を相当とすべき根拠事実の存在が証明されるか、その事実があるとする判断に相当の理由を必要とされ、これが欠ければ違法とする趣旨のものである。

つまり制裁行為であるという名目、目的によるものでなく、企業秩序維持・回復等の指導監督上の措置を行うという目的による場合でも、その実質を考慮し、当該措置によってこれを受ける者の法的利益は、権利が制限されあるいは侵害される場合には、この権利侵害を重視して、措置に相当な理由等の要件を必要とするものである。

被抗告人の主張は、この最判の趣旨が理解できていないといわざるを得ない。職場内の規律秩序維持等の目的のために不利益を課す措置であるならば、一種の制裁にあたるというように、目的により制裁措置にあたる場合を限定しているのではない。セクハラ問題の再発を回避し、学生の適正な勉学環境を維持、確保することを目的としてする措置であるなら、措置を受ける者に対し、どのような不利益が課されても制裁措置とはならないというのではないのである。

つまり、「セクハラ問題の再発を回避し、適正な勉学環境を維持・確保する目的」によるなら、その目的のための必要性の有無、措置の相当な理由を吟味することもなく、どのような不利益が課されてもよいということにはならない。要は、企業内(学内)の規律秩序維持のためであれ、学内における適正な勉学環境維持・確保のためであれ、対象者の権利を侵害する場合は、当該措置は事実としてその目的を達成すべき必要性があり、措置が相当な根拠と理由をもってなされなければならないのである。

(3) 第二に、本件措置については、もともと具体的なセクハラ問題の再発を回避すべき必要性はなかったのである(もともとのセクハラ行為自体も本来セクハラと言われるべき事実でなかったことに加え、問題とされた被抗告人の行為のうち、セクシュアル・ハラスメント防止委員会(以下防止委員会という)が、神戸市三宮のロビンソンクルーソーという店舗において、また長崎ゼミ旅行の際のスナックにおいて「肩を抱く」「手を握る」という行為があったと認定した点についても、大学内の研究室や演習室等勉学環境の場における問題でなく、むしろ抗告人の関係する勉学環境上の場面で問題となることすらなかったことから見ても、「再発」の防止の具体的な必要性は、本件において欠如していたのである)。

更に現実には、平成一二年四月一〇日、「一九九九年度甲野ゼミⅠ履修者の皆さんへ」と題する丙田経済学部長名の書面通知(甲第4号証)が発せられるまでは、甲野ゼミをとりまく勉学、研究環境に何ら問題がなく、平穏にゼミ運営がされていたものであって、三宮のロビンソンクルーソー及び長崎ゼミ旅行の際のスナックにおける抗告人の何らかの行為が抗告人のゼミの適正な勉学環境を損なうというような事情は全く存在していなかったことは、学生らのゼミレポートや陳述書等によって、本件においてすでに明白なことである。

つまり本件措置は、適正な勉学環境を維持するという目的に名を借りてなされたものに他ならない。

(4) 第三に、被抗告人が、教務上の措置としてなされたものであれば、あたかも制裁にはならないかの如くいう点も誤りである。

本来、教務上の措置は、全学の教務部がこれを統括し、学生に対する事務的措置として行うにすぎないもので、その意味で、もともと大学教員の権利侵害性を有してはならない、単なる事務措置なのである。

本件の措置は、例えば特定の学生の希望による演習受講の便宜供与を図る等の単なる事務的な教務上の措置をこえ、抗告人の演習指導を担当する権利を、一定期間一律全面的に奪う措置としてなされたものであるため、その措置が制裁的不利益処分にあたるものとして、相当の根拠と理由の存在が被抗告人によって厳格に立証されることを要したものである。

しかしながら、本件措置を決定したのは、経済学部教授会であり、本来原決定によって正当に認定された大学教員の演習指導を担当する権利を、二回生、三回生、四回生について、全面的に二年間にわたり剥奪するという権利侵害、制裁措置が、何ら制裁措置に関する就業規則上の定めにもよらず、また最終処分権者である理事長の責任において措置されることもなくなされているため、手続上も重大な瑕疵を有するものであることは従前主張のとおりである。

これらの違法性が、単に教務上の措置であるから問題にされないということには断じてならないのである。

(5) 第四に、被抗告人は、抗告人が本件措置に関する懲戒処分を冤罪と主張した事実をもって、「セクハラに対する理解、認識に欠けているといわざるを得ず、セクハラ問題の再発が懸念される」という点も不当極まりないものである。この点は原決定の判断についても同様である(原決定は抗告人が訓戒処分を受けたにもかかわらず、これを全面的に争う言動を示していたことが、本件措置の理由の一つとなっていることを認めながら、にもかかわらず制裁目的による措置でないというのは論理矛盾というべきである)。

2 本件措置に相当の根拠と理由があったとする旨の被抗告人の主張について

被抗告人の当該主張も全て争う。本件措置には相当の根拠と理由がないことは従前主張のとおりであるが、以下の点を指摘する。

(1) 被抗告人の指摘する学生らの証言による事実とされる事項は、不実や誇張された事項で占められている。とりわけ経済学部の調査報告書の記載内容により根拠づけようとするのは、同報告書が経済学部教授会において無効と決議されたことを被抗告人も自認しており(答弁書一二ページ、一六行目<編注 本号一八四頁一段三五行目>)、いわば証拠能力のない証拠によって有罪認定をするような議論である。

またセクシュアル・ハラスメントに関する全学の調査委員会の調査報告書(甲11号証)は、その6.「調査内容の詳細」の項で、三宮のロビンソンクルーソーでの事件(事件1)について、目撃して訴えたのはA君とされる男子学生であり、また目撃者は一二項目の事項について、大半が一名であるという指摘があるものの、この一名が複数項目について同一人なのか別人であるのか判然としない。また狭い限定された場所で、多数の学生と抗告人が同席している場面で、ある行為を目撃したとするのであるが、指摘された行為によっては、A君ら学生の他に目撃者が一名かごく少数であったという点も不自然というべきである。

この件における被害者とされた女子学生は、ゼミのレポートにおいて、肩に手を回されて、意識はしたが嫌悪感をいだくような状況ではなかったことを素直に認めているのである(甲第38号証、別添資料(3)、学生D(女子)のゼミレポート一枚目一〇行目以下)。

長崎ゼミ旅行の際の事件2については、より極端である。学生らからの訴えのあった事項は、A君、B子、C子、D子とそれぞれかなりはっきりしたセクハラ行為をされた旨指摘していることに対比し、同時に狭いスナック店内において、二〇名近い多くの学生や抗告人及びその知人らの同席した場所における目撃状況とされるものは、①から⑯までの各項目について、目撃者が一名とあるのは、同一人物が複数項目の目撃をしたとするのか不明である。

また仮に事実とすれば重要と思われる目撃状況が、ごく一部の者による目撃でしかない点も極めて不自然である。これに対比して、ゼミのレポートにおける学生らの長崎旅行の思い出は、全体として楽しいよい思い出であったものとして語られている。

(2) 被抗告人は、平成一二年九月五日に懲戒処分の最終結論が出たことにより、平成一二年九月八日の経済学部教授会において、教務上の緊急避難措置をどうするか審議を行った際、一八名の履修生を受け入れていた三名の教授から、各履修生がそれぞれ受け入れ先の教授の演習に在籍を続けたいとの意向を示しているとの報告がされ、これを勘案して一八名の履修生を移っていた演習に在籍継続することとなった旨主張するが(答弁書一三ページ、一四行目以下<同一八四頁二段三二行目>)、とうてい信用し難い。

これら学生の多くが、現実に甲野ゼミへの復帰を望んでいたことは、陳述書あるいは要望書で明らかである(甲第27号証の1、2等)。

また、九月五日から八日にかけての短期間に、一八名全員から意向確認を実施できたとするのは信用し難い。このころは夏休みであり、学生らとの連絡をとることは至難の時期なのである(甲第39号証)。

本件措置を決定した教授会においては、誤った情報が経済学部長らによって報告され、不当な決定をもたらしたことも、また本件措置の決定にいたる決議方法が、抗告人の演習指導担当停止を当然の前提としていたことが明らかであることも、先に指摘のとおりである。

(3) 本件措置が二回生、三回生、四回生の各演習の区別なく一律決定された点について、被抗告人は、具体的な懸念や現実のゼミ運営環境の悪化の事情等全く存在しないにもかかわらず、実質的には冤罪を主張する抗告人に対する制裁措置として、三つのゼミについて一律に指導担当停止にしたもので、この不合理性、不当性が顕著であることも従前指摘のとおりである。

(4) 被抗告人は、学部における演習は、単に学生に対する教育サービスであって、演習の担当が教員の研究の発展に資することは全くない状況が実情であるといい、演習を担当しなくなると教員の学問研究上の著しい不利益が生じる等あり得ないというが(答弁書一六ページの(四)<同一八五頁一段二四行目>)、大学教育の何たるかまた大学教員の演習を通しての教育研究に携わる立場への全くの無理解な議論である。

また大学院における演習も、学部の演習との間に連続性があり、学部の演習で育成され経験を積んだ学生が、院生として研究教育に係わっていくのである。

(5) 学生の甲野ゼミ受講の要望、意思に関して、被抗告人は、学生が抗告人の演習を特に希望しているという事実は基本的になく、履修生が他の教授の演習へ各自の真意で移籍したもので、学生らの意向をもって本件措置を不合理だとはいえない旨の主張(答弁書一七ページ(五)<同一八五頁二段一五行目>)も争う。

ところで、甲野ゼミの現三回生の学生一九名中一八名は、原決定の後も抗告人のゼミの復活を願い、暫定的に西野教授によるゼミ指導を受けているが、即時抗告審において原決定が是正された場合、共に甲野ゼミへ復帰したい意向を明確に表明している(甲第39号証の1乃至5)。

現在においても、現三回生(演習Ⅰ受講)については、平成一三年四月一日以降四回生になっても、抗告人の演習Ⅱの復活があることを望み、且御庁の決定があれば、その実現は可能な状況にある。この意味で、抗告人において少なくとも現三回生に対し、四月以降演習Ⅱの指導担当をする地位を回復すべき保全の必要性があることはいささかも変わらない。

3 演習担当請求権と被保全権利について

被抗告人は、原決定が、演習担当請求権に被保全権利性を認めている点を首肯できないとするが、全くの誤りである。

原決定のこの点の判断は、高等教育研究機関である大学の教員の地位を的確に把握したもので、極めて正当である。

然るに被抗告人は、従前抗告人が詳述するとおり、憲法及び学校教育法、大学設置基準等の現行法制における大学教育に対する配慮を理解しようとせず、単に私企業の労働者あるいは高等学校等の教育等と同列にしか論じないもので、およそ自らが大学教育の主体であることを忘れたかの議論に終始しており、理解し難いものである。

別紙答弁書

即時抗告の趣旨に対する答弁

1 本件即時抗告を却下する

2 抗告費用は抗告人の負担とするとの決定を求める。

被抗告人の主張

1 原決定が、本件の○○大学経済学部における演習担当停止措置(期間は実質的に一年半程度)(以下「本件措置」という)を教務上の措置であると、正当に判断していることに対して、抗告人は、本件措置を制裁措置(懲戒処分)として捉えるべきであると主張し、それをなすには懲戒処分と同様な手続要件等を備える必要があると主張する(即時抗告理由書一頁<同一七四頁三段七行目>~五頁六行目<同一七五頁三段二九行目>)。

(一) 抗告人の上記主張は、ある措置が実施された場合、対象者に対する何らかの不利益性があれば、それはことごとく制裁措置(懲戒処分)となるという発想に基づくものであるが、かかる抗告人の考え方は誤りである。

当該措置の性格ないし位置づけというものは、当該措置の目的によって規定されるのであって、教務上の措置とは、学校における教育・研究が適正に行われるようにすることを目的として行われるものであり、制裁措置(懲戒処分)とは、職場内(学内)の規律秩序維持等のために、当該対象者の非違行為そのものを理由として、当該対象者に不利益を課すことそのものを目的として行われるものなのである。

そして、本件措置は、あくまでセクハラ問題の再発を回避し、学生の適正な勉学環境を維持・確保する目的でとられた措置であり、職場内(学内)の規律秩序維持等のために抗告人に対し不利益を課すことそのものを目的として行ったものではないのであるから、教務上の措置なのである。

(二) 抗告人は、自己の主張の根拠として、最高裁判所平成八年三月二八日第一小法廷判決を考えているようであるが、同判例は、使用者の労働者に対する指導監督上の措置(厳重注意行為)について、相当な根拠・理由のあることが必要であるとし、相当な根拠・理由を欠くときには、不法行為による損害賠償責任の生じる可能性のあることを判示したものにすぎず、本件とは何ら関係のない判例である。また、同判例は、当該措置に対象者に対する不利益性があれば、全てそれを制裁措置(懲戒処分)と把握すべきだとか、制裁措置としての要件を具備すべきだとかという判断を示しているものでもないのであるから、抗告人の主張を根拠づけるものとはならない。

(三) また、抗告人は、本件措置が、セクハラ行為を理由として行われた懲戒処分を抗告人が冤罪であると主張していた言動に対して制裁的にとられたものであると主張するが(即時抗告理由書一四頁一二行目<同一七八頁四段一〇行目>~一六行目<同一七八頁四段二二行目>)、これは全くの誤解によるものである。

保全命令手続の中でも説明してきたように、抗告人が、懲戒理由にあげられている行為について、学生とのスキンシップであるとかコミュニケーションであるなどと主張し、懲戒処分を冤罪であると主張していたが、かかる事情に鑑みれば、抗告人にはセクハラに対する理解・認識が欠けているといわざるをえず、セクハラ問題の再発が懸念されるため、これを回避するために演習担当停止もやむなしと判断して本件措置がとられたのである。

したがって、本件措置は抗告人の言動そのものを理由に、制裁的にとられたものではなく、制裁措置ではないのである。

(四) したがって、抗告人の前記主張は失当であり、原決定の判断は正当である。

2 次に、原決定が、本件措置を相当の根拠・理由のあるものであると、正当に判断していることに対し、抗告人は、次の諸点の主張をして、原決定を非難している。しかし、これらの主張にもいずれも理由がなく、失当である。すなわち、

(一) 抗告人に対してなされた懲戒処分は違法なものであり、抗告人が懲戒処分について冤罪の主張をすることは正当なものであるとし、(セクハラ問題再発のおそれはなく)本件措置には相当の根拠・理由がないと主張している点について(即時抗告理由書六頁下から六行目<同一七六頁一段三〇行目>~一一頁<同一七八頁一段二行目>)

(1) 抗告人からセクハラの被害を受けたとして、被害学生らから、

① 平成一〇年一二月ころ、飲食店において、抗告人が学生の肩を抱いた、手を握った、肩や腰に手を回した、

② 平成一一年一一月の二日間のゼミ旅行において、抗告人が学生の胸を触った、胸をもんだ、背中を撫でた、手を握った、頬にキスした、おしりを触った、肩や腰に手を回した、

③ 平成一〇年八月ころ、抗告人が学生と食事をした後、「アダルトビデオを見たい。ホテルへ行こう。」と言って誘った、

④ 平成一一年四月ころ、ゼミコンパにおいて、抗告人が学生の肩に手を回して抱いた、

などの被害申告があった。

(2) これらについては、セクシュアルハラスメントに関する調査委員会(以下「本件調査委員会」という)の調査において、

①について… 抗告人が学生の肩を抱いた、手を握った、腰を触った、いろいろなところを触っていた、肩や腰に手を回した、抱きついていたなどという複数の学生の目撃証言や、学生が抗告人に対し「セクハラ」とか「エロおやじ」等と言った事実、

(なお、抗告人は、学生が「セクハラ」「エロおやじ」等と言ったことについて謝罪に来たことを主張しているが、学生からそのようなことを言われた抗告人が「今後の授業に影響が出る」と発言し、これにあわてた幹事役の学生が他の学生に、とりあえず謝罪に行くよう求めたため、学生らは謝罪に行ったのであり(乙1の別紙7・六頁)、抗告人に学生からセクハラと指摘されるような行為がなかったというような状況ではなかったものである。)

②について… ゼミ旅行といっても、飲食店以外ではほとんど抗告人と学生は別行動であり、ゼミ旅行の目的が不可解だったとの学生の証言や、抗告人が学生の胸を触った、背中を撫でた、手を握った、膝に座らせた、頬ずりした、腰に手を回していた、太ももを触った、肩に手を回したりしていた、しりもちをついた学生を後ろから抱きかかえ胸を触っていた、身体を密着させていた、女子学生が泣いていた、男子学生が抗告人のセクハラ行為を制止しようとしていた、あるいは、抗告人が飲食店のママに抱きついてキスしたり、胸を触っていたなどという複数の学生の目撃証言、

④について… 抗告人が学生の肩に手を回して抱いていた行為そのものは見ていないが、ゼミコンパでは毎回、抗告人は学生の腰に手を回しているという学生の証言、

などが出てきており、被害申告にかかる抗告人の行為を裏づけたり、推認させうる証言等が多々認められた(乙1の別紙7・五頁以下)。なお、本件調査委員会の調査の前に、経済学部の丁谷教授らが被害学生や目撃者たる学生の一部に事情聴取を行っているが、本件調査委員会が自身の調査を一通り終えた後に、丁谷教授らによる事情聴取結果を参照したところ、それらの学生の証言内容等にはほとんど変遷がなく、一貫していた(乙1の別紙7・三頁下から三行目以下、乙1の別紙2)。

しかし他方で、抗告人は、学生の手を触ったこと、手を握ったこと、及び肩に手を回したこと、学生の身体と密着した状態にあったこと以外の被害申告事実を否認しており、抗告人の知人等が抗告人の主張に沿った証言をしている部分があったり、被害学生の周囲にいた学生の証言も完全には一致していないなどの事情があった。また、学生に対する調査においては、その心情等に配慮する必要があり、言質の一言一言に踏み込み、その裏付けをとっていくということも差し控えられ、調査・追及にも自ずと限界があった(乙1の別紙7・三頁一〇行目)。

(3) そこで、上記のとおり被害申告事実を裏付ける目撃証言等も多く存在するのであるが、被抗告人(本件調査委員会)としては、とりあげる事実としては、最も確実に認定できる「肩を抱いた」行為と「手を握った」行為に限定してとりあげることとした(乙1の別紙7・下から五行目以下)。

しかし、これらの行為は、被害学生が性的嫌悪感を感じている状況や、学生の目撃証言等に一定の信用性があり、これらの証言等から推認される状況、平成一〇年一二月ころの飲み会で学生が抗告人に対し「セクハラ」「エロおやじ」などと言っている事実などを総合的に考慮すれば、学生に対するセクハラ行為と把握することができるものであり(単なる挨拶行為などではないことは明らかである)、被抗告人(セクシュアルハラスメント防止委員会)は、抗告人がセクハラ行為をしたと判断した。

このように、抗告人に対する懲戒処分は、正当な理由に基づく相当なものであり、適法である。

(4) ところが、抗告人は、上記セクハラ行為の指摘に対し、それらは学生とのスキンシップ等であり、セクハラではない、許されるものであるなどと各所で言明している。

しかし、上記のような複数の学生の証言等が認められる中で、肩を抱いたり手を握ったりする行為が挨拶行為ではないことや、単なるはずみでもないことは明らかである。昨今のセクハラに対する意識の高まりの中で、教員にも学生に対するセクハラ問題について適正な認識を持つことが要求されているにもかかわらず、本件抗告人にはあまりにセクハラに対する適正な認識が欠けているというほかない。

演習は、講義と異なり、昼間に演習室で行われるだけでなく、学生・論文・就職・その他学生生活の様々なことがらについて、教員の研究室で指導・相談等することを不可欠に伴うものであり、それは、教員と学生がマンツーマンで行われることも多く、指導・相談内容等によっては夜間にまで及ぶこともあり、セクハラ問題を誘発しやすい状況にある(このため、大学によっては研究室の扉をガラス扉にしようとしているところがあり、本学人文学部においても既に研究室の扉をガラス扉にしている)。

そして、セクハラ問題は、発生しても、学生と教員の立場・関係上、学生は被害を口しにくく、問題が表面化しにくいという一般的傾向をもっている。

そのような中では、教員自身がセクハラに対し適正に認識を有しているかどうかが非常に重要な問題となる。

ところが、抗告人は、上記のようにセクハラ問題に対する適正な認識に欠けているといわざるをえないのであり、演習を担当させた場合、セクハラ問題が再発するおそれがあると懸念するのは極めて自然で合理的なことである。

そこで、セクハラ問題の再発を防ぎ、学生の適正な勉学環境を維持確保するために本件措置がとられたのであり、本件措置には相当な根拠・理由がある。

(5) 抗告人は、学生のゼミレポートの内容を根拠にして、抗告人によるセクハラ行為があったとは感じられないと主張している(即時抗告理由書七頁五行目<編注 本号一七六頁二段一二行目>~九頁一一行目<同一七七頁一段二二行目>)。

しかし、前記のとおり一般にセクハラ問題は表面化しにくい傾向を持っており、本件調査委員会の調査においても、学生は、コンパの席などでも授業の延長線上のように教員との関係を意識していて、抗告人から触られるなどしても「苦情を言えない」「断れない」「あとで仕返しをされるのが怖い」などと証言しているのであるから(乙1の別紙7・四頁下から一〇行目以下)、ゼミレポートのような、抗告人に直接提出され、成績評価の一資料とされるものの中に、抗告人によるセクハラの被害を直載に訴えるような内容が記載されるはずがないのである。

したがって、抗告人の上記主張は全く失当であるとともに、セクハラ問題に対する適正な理解の欠如していることを、あらためて露呈しているものである。

また、抗告人は、被害学生らが抗告人の演習の単位を取得できなかったことなどの不満から、不当に抗告人のセクハラ問題を訴えたものであるとの主張もしているが、そのような主張は何らの根拠もない悪質な主張というべきである。

したがって、抗告人の懲戒処分を不適法なものであると主張し、本件措置に相当の根拠・理由がないとする主張は、失当である。

(二) ○○大学大学院において抗告人が演習担当を続けていることからすれば、本件措置には相当の根拠・理由がないと主張していることについて(即時抗告理由書一二頁下から一行目<同一七八頁二段一一行目>~一三頁四行目<同一七八頁二段二〇行目>)

大学院の演習においても、前記と同様なセクハラ問題を誘発しやすい状況があることに変わりはない。

ただ、大学院生は、学部の学生と全く異なり、研究者等となることを目指し、指導教授の指導のもとで、特定の専攻分野に関し本格的、専門的な研究を行い、論文作成等を行っている。そのような面からは、大学院に限っては、抗告人が演習担当から外れた場合、大学院生に非常に大きな不利益を与えてしまう危険がある。

大学院においては、演習におけるセクハラ問題の再発の懸念と、大学院生の研究上の便宜とを比較した場合、後者をある程度重視せざるをえないという特殊性があるため、大学院における抗告人の演習担当は継続させているのであり、このことをもって、学部における本件措置に根拠・理由がないと否定されることにはならないものである。

したがって、抗告人の上記主張は失当である。

(三) 以下のように本件措置の審議経過等の不当性を主張し、本件措置には相当の根拠・理由がない等と主張していることについて

(1) まず、抗告人は、当初経済学部執行部が独自に事情聴取した点を不当であると主張している(即時抗告理由書一三頁一二行目<同一七八頁二段三四行目>~一七行目<同一七八頁三段八行目>)。

しかし、既に説明しているように、抗告人によるセクハラ被害を受けていた学生はかねてそのことを教授に相談しており、平成一二年三月ころ、その教授から丙田経済学部長はセクハラ問題について相談を受け、同学部長は、経済学部の教授で本学評議員でもある丁谷教授らに相談した。

平成一二年四月一日からセクシュアルハラスメント防止ガイドライン(乙1の別紙5)が施行になる予定であったが、セクハラ問題は被害者にとって極めて深刻な問題であり、被害学生はかねてから教員に相談もしていたような状況であり、できるだけ早急に対応していく必要があると判断された。他方、セクハラ問題は、加害者及び被害者とされる者双方の名誉・プライバシーに関わる問題であるので、慎重な取扱をする必要があり、安易に問題が公になるような方法をとるのは適当でないとも判断された。

学部長と経済学部選出の評議員は、経済学部教授会の議案を検討したり、緊急事態が生じた場合に対応をするなど、経済学部運営の中心的役割を果たす立場にある。

これらの観点から、学部長の要請により、評議員である丁谷教授と平成一二年度から評議員となる予定だった戊山教授(このセクハラ問題は平成一二年度に入ってからも継続する可能性があることを考慮して、丙田学部長は戊山教授にも相談をもちかけ、同教授も関わるようになった。)が被害学生などから予め事情を聴取し、被害申告の根拠や内容等を確認し、問題のある事案であるなどと判断されたときに、教授会などにかけるなどの具体的対応をとるほうがよいと判断した(保全命令申立手続における債務者準備書面(2)の六頁、乙1の二頁)。

このようにして丁谷教授らによるいわゆる経済学部施行部が、被害学生らから独自に事情聴取を行ったのであり、このことについて何ら問疑される余地はない。

なお、抗告人は、丁谷教授らの事情聴取結果等をまとめた調査報告書(乙1の別紙2)について、平成一二年一一月一〇日の経済学部教授会が無効とする決議(乙1の別紙3)をしたことを強調するのだが、この決議は、同調査報告書が経済学部教授会の審議を経て公式に設置された調査委員会によりまとめられたものではないという意味で、これを無効としたものにすぎず、経済学部教授会がその調査報告書の内容を検討してこれを否定したというものではないし(むしろ内容的には、本件調査委員会が自身の調査を終えたあとに、この調査報告書の内容を検討したところ、自身の調査内容とほとんど同じものであったと認めている。乙1の別紙7・三頁下から三行目以下)、丁谷教授らの事情聴取を非難するなどしたものではないのである。

(2) また、抗告人は、本件措置を審議・決定するにあたっては、演習担当停止とすることが前提だったと主張し、これを不当であると主張する(即時抗告理由書一三頁下から四行目<同一七八頁三段一八行目>)。

しかし、この点も既に説明したとおり、平成一二年四月二〇日の経済学部教授会は、抗告人からのセクハラ被害を受けた学生を含む一九九九年度甲野ゼミⅠ(二〇〇〇年度甲野ゼミⅡ)の履修生について、セクハラ問題に関する最終結論が出るまでの間、暫定的な教務上の緊急避難措置をとることとし、履修生を経済学部長預りとし、具体的には、各履修生の希望を聴取して、そのうちの一八名については他の教授の演習に編入し、その教授の指導を受けるようにとりはからい、残りの三名については丙田学部長の直接の監督下におきつつ、二〇〇〇年度甲野ゼミⅡに在籍継続させるというやり方をとった。

その後平成一二年九月五日、抗告人に対しセクハラ行為を行ったものとして懲戒処分が実施され、最終結論が出たことにより、上記の暫定的な教務上の緊急避難措置をどうするかが問題となった。

平成一二年九月八日の経済学部教授会は、この点の審議を行ったが、上記の緊急避難措置において一八名の履修生を受け入れた教授(丙田、東山、西野)から、各履修生はそれぞれ受け入れてもらった先の教授の演習に在籍を続けたいとの意向を示しているとの報告がなされ、これを勘案して、その一八名の履修生については、既に移っている先の演習に在籍継続することとし、抗告人の演習(二〇〇〇年度甲野ゼミⅡ)に戻すことはしない方がよいとの結論になった。そして、このことをふまえて、具体的にどうするかについては、教授会準備会において案を検討し、これを次回教授会で検討することとした。

教授会準備会では、平成一二年九月二六日に、「現状のままとする案」つまり教務上の緊急避難措置において他の教授の演習に移った履修生については、そのままその演習を継続するが、それ以外の二〇〇〇年度甲野ゼミⅡに在籍している履修生については、抗告人が演習を指導する案、を含む八つの案を作成し、同年九月二九日の教授会に掲示することとした。

そして、その九月二九日の教授会で、抗告人の言動等を考慮しつつ、それらの案について長時間にわたる審議を行った結果、本件措置がとられることになったのである(乙1の六頁~七頁、別紙22)。

このように、九月二九日の教授会には、上記の抗告人が演習を指導するという案も提示され、審議されているのであり、教授会が抗告人の演習担当停止を当然の前提としていたというのは、全く事実に反するものである(保全命令申立手続における債務者準備書面(2)の八頁~九頁参照)。

(3) また、抗告人は、本件措置を審議・決定するにあたって、三つの演習の相違点などを考慮していないと主張し、これを不当であると主張している(即時抗告理由書一四頁七行目<同一七八頁四段二行目>)。

基礎演習、演習Ⅰ、演習Ⅱは、カリキュラム上の位置付けや演習内容などに違いはあるが、参加学生を少人数にしぼり、担当教員から直接的な密接な指導を受けられるようにしようとする目的は共通であり、昼間演習室で指導がなされるだけでなく、担当教員の研究室において様々な個別的指導・相談等が行われたり、マンツーマンでの指導・相談等が行われたり、指導等が夜間まで及ぶこともありうることなどは共通している。

そのため、いずれの演習もセクハラ問題を誘発しやすい状況にあるのであり、セクハラ問題に関して適正な認識の欠けている抗告人がそれらの演習を担当することにより、セクハラ問題を再発する懸念も共通している。

したがって、特段、各演習ごとにとるべき措置を異にする必要があるということはなく、本件措置に相当の根拠・理由がないとの主張は失当というべきである。

(4) さらに、抗告人は、本件措置を決定する過程について合理性を示しえないことを被抗告人が自認していると主張している(即時抗告理由書一四頁下から二行目<同一七八頁四段三四行目>~一五頁四行目<同一七九頁一段八行目>)。

しかし、抗告人のこの理解は全くの誤りである。

被抗告人は、本件措置が、平成一二年九月二九日の経済学部教授会において審議とこれに基づく多数決の繰り返された結果、決定されたものであり、特定人の単独の意思で決定されたものではないという特殊性を述べているだけである。

既に何度も説明しているとおり、教授会審議における意見を集約すれば、抗告人の懲戒処分後の言動に照らし、抗告人にセクハラ問題に対する認識が欠けていることが明らかであり、演習を担当させることによりセクハラ問題再発のおそれがあることから、これを回避して学生の適正良好な勉学環境を維持・確保すべく本件措置がとられたのであって、本件措置には十分な合理性が備っているものである。

(四) 本件措置により抗告人は重大な不利益を被ると主張し、本件措置には相当の根拠・理由がないと主張していることについて(即時抗告理由書五頁一三行目<同一七五頁四段三行目>~六頁八行目<同一七六頁一段七行目>)

この点も、これまで繰り返し説明しているように、学部における演習は、学生に対する少人数教育という教育サービスを提供するという観点から設定されているものであり、大学が大衆化し、学生の能力・レベルが多様化している中で、担当教員も、自己の研究分野にこだわらずに、一般的な基礎教育や学生の興味に応じた教育を施す内容で実施しているのである。

そのため、演習の担当が教員の研究の発展に資するなどということは全く無い状況なのが実情であり、教員の実感である。

したがって、演習を担当しなくなると、教員の学問研究上の著しい不利益が生じるなどということはありえないことであり(保全命令申立手続における債務者準備書面(1)の六頁~八頁、同債務者準備書面(2)の三頁参照)、本件措置に相当の根拠・理由がないとする抗告人の主張は失当である。

(五) 学生が抗告人の演習を希望していると主張し、本件措置には相当の根拠・理由がないと主張していることについて(即時抗告理由書六頁下から一〇行目<同一七六頁一段二一行目>)

(1) まず学生が抗告人の演習をとくに希望しているという事実は基本的に無い。

ア すなわち、抗告人からのセクハラ被害を受けた学生を含む二〇〇〇年度甲野ゼミⅡの履修生は、平成一二年四月二〇日の経済学部教授会において教務上の緊急避難措置が決定された際、一八名の履修生が他の希望する教授の演習に移り、それ以外の残り三名の履修生は、甲野ゼミⅡの在籍を継続した。そして、平成一二年九月二九日の経済学部教授会で本件措置が決定されたあと、上記三名の学生も、現在、希望する西野教授の演習に移り、学習を行っている。

イ 二〇〇〇年度基礎演習の履修生も、平成一二年九月二九日に本件措置が決定されたあと、全員それぞれに希望する他の教授の演習に移り、学習を行っている。

ウ 二〇〇〇年度甲野ゼミⅠの履修生は、本件位置が決定されたことの説明を受けた際、履修生がばらばらになって他の演習に移る(分属する)ことに強い抵抗感を示し、抗告人以外の教員でかまわないので、誰か他の教員が履修生全員を指導するようにし、履修生が分属しなくていいようにしてほしいということを強く要望した。そこで、教務委員らがかかる要望に応えるべく、教員と折衝していたが、どの教員も履修生全員を引き受けて指導することは困難であり、この旨を教務委員が履修生に説明したところ、同履修生は了解し、平成一二年一一月二四日にどの演習に移籍したいかの希望を提出することになっていた。ところが、その矢先、抗告人が保全命令申立をした関係で、履修生らは、その裁判の結果などが出るまで、希望する移籍先の提出を待ってほしいと要請してきたため、教授会はやむをえずこの要請に応じていた。(なお、二〇〇〇年度甲野ゼミⅠの履修生がこのような要請をしたのは、上記のとおり履修生が分散し他の演習に分属することを嫌う気持ちがあったほか、面白半分な気持ちや、このままずるずると時間が経過すれば簡単に単位を取得できるのではないかという思惑、あるいは抗告人があおっていたことなどによるものと推測できるが、いずれにしても、履修生に抗告人の演習を受講したいという気持ちがあったわけではない。)

その後、平成一三年一月一八日に保全命令申立を却下する決定が出され、翌一月一九日の経済学部教授会において、西野教授が二〇〇〇年度甲野ゼミⅠの履修生全員を指導すること、及び同履修生のゼミⅡも担当することを申し出、これが了承された(乙3)。この後、西野教授は、同履修生に対し補講等を行い、また同履修生のゼミⅡの指導計画も立て、本格的な指導を行っている。

なお、同じ一月一九日の経済学部教授会では、二〇〇一年度において抗告人が演習にかえて「経営学特講Ⅲ」「外書購読Ⅱ」を担当することが、抗告人の同意のもと決定された(乙3)。

したがって、抗告人は、本件即時抗告の結論が出るまで一名の教授が暫定的に甲野ゼミⅠの履修生を指導し、抗告人の地位保全がなされた場合には、抗告人が履修生の指導を引き継ぐ対応がとられている旨主張しているが、そのような事実はない。

エ なお、以上のように、各演習の履修生が他の教授の演習へ移籍したのは、全て各履修生の真意によるものであり、被抗告人が強制等を加えた事実はない(乙2)。

オ 以上のとおり、学生が抗告人の演習をとくに希望しているという事実はないのであり、抗告人の主張は失当である。

(2) また、本件においては、抗告人の演習担当請求権と保全の必要性が問題とされているのであるから、学生の希望を根拠にして、それらの主張をすることはできないものである。

また、前記のとおり客観的に抗告人の演習におけるセクハラ問題再発のおそれが懸念されるのであるから、学生に対する教育的配慮として、本件措置をとって適切に対応しておくべきなのであり、かかる対応をしておかなければ、次にセクハラ問題が再発した場合には、被抗告人は学生らから安全配慮義務違反等を追及されてやむをえない事態となる。仮に学生が抗告人の演習担当を容認していたとしても、それはセクハラ問題等について学生に十分に情報公開のなされていない中での安易なものであって、被抗告人の安全配慮義務を免責させるようなものではない。

(3) したがって、学生が抗告人の演習担当を希望していると主張し、本件措置の不合理性をいう抗告人の主張は失当である。

(六) 以上のとおり、本件措置に相当の根拠・理由がないとする抗告人の主張はいずれも失当であり、原決定の判断は正当である。

したがって、本件即時抗告は、直ちに却下されるべきである。

3 原決定は、本件措置を適法なものであると判断しており、極めて正当な判断がなされているのだが、演習の担当が大学教員にとり権利としての側面を有するとし、演習担当請求権が被保全権利となりうる旨判示している点については、首肯することができないものであり、再考されるべきである。

(一) 雇用契約においては、労働者は使用者に対し就労義務を負い、使用者が労働者に対し賃金支払義務を負うという関係があるにすぎず、これまでの裁判例は、かかる契約論に基づき正当に、ことごとく労働者の使用者に対する就労請求権を否定してきている。

ところが、それにもかかわらず、これに反して、原決定が一般論として大学教員の授業担当請求権の概念を肯認しているのは、憲法二三条の学問の自由(教授の自由)の保障が念頭にあるためではないかと思われる。

しかしながら、憲法上の人権規定が私人間たる学校法人と教員との間に適用される余地のないことは明らかである。

仮にいわゆる人権規定の間接適用説にたつとしても、それは民法一条、九条、七〇九条等の一般条項の解釈適用に憲法の人権保障の趣旨を折り込んでいこうとする考え方にとどまるのであって、具体的な雇用契約関係において、通常の契約論では説明できないような請求権を発生させる根拠を与える考え方ではない。

もとより、教員の使用者に対する就労請求権や授業担当請求権を認める法令上の根拠も皆無である。それどころか、大学設置基準一一条は、学校設置者が授業を担当しない教員を置くことを認めており、現にそのような教員も多く存在している。

したがって、原決定の判断は、法的に合理的な説明のできない判断となってしまっている。

(二) また、憲法二三条の教授の自由を念頭において大学教員に授業担当請求権の概念を肯認するならば(とくに本件のような大学教員の学問研究とは全く関係をもたない現状にある演習についての担当請求権を肯認するならば)、高校教員等にも授業担当請求権を認めることにならざるをえないと思われる。

ところが、公立高校等の教員をその同意を得ずに教育委員会事務局の指導主事等の職に転任させて、学校現場での授業担当職務から外すことは一般に行われており(地方公務員法一七条一項の転任処分に、当該公務員の同意を要しないというのは一般的理解である)、このことは裁判例でも一般的に肯定されているし、最近の新聞報道でも明らかなとおり、このことを法的にも明文化しようとする動きが生じているのであって、ここには、高校教員等の授業担当請求権などという概念はおよそ想定されていないのである。

原決定は、かかる点についても合理的に説明できないものとなっている。

(三) さらに、大学教員の授業担当は就労義務の「面」もあるし、権利の「面」もあるなどという原決定の論は、明快であるべき雇用契約関係の内容に極めて著しい曖昧さをもたらすものであり、かかる観点からも首肯することはできない。

結局、原決定は、学問の自由の保障ということに感覚的に流された結論を示しているにすぎず、法律論としての結論を示していないと言わざるをえないのである。

(四) 教育の特殊性や特別な意義は、教育を受ける「学生の」人格・能力等を形成していくという点にあるのであって、あくまで学生の側に利益や権利性があるものであり、教員の側には、そのような意義からする重い職責こそあれ、利益や権利性があるものではない(ただ、大学院生に対する指導のように教員自身の研究に密接に関連していたり、大学院生と共同実験・共同研究・共同発表等をするような特別な事情があるのであれば、教員の側にも利益や権利性が認められることは否定しない)。

教員の授業担当請求権などを肯認した場合には、学生の学習権等の保護・尊重との相克も来しかねず、教育の意義が没却される危険も懸念される。

(五) 以上により、原決定が一般的に大学教員の授業担当請求権の概念を肯認する判断をしている点については是正されるべきであり、本件即時抗告はかかる観点からも却下されるべきである。

別紙準備書面(3)

1 本件抗告人に対する平成一二年度及び平成一三年度の経済学部の演習担当停止措置(以下「本件演習担当停止措置」という)の法的性格について

(1) 抗告人は、最高裁平成八年三月二八日第一小法廷判決について、最高裁が厳重注意行為を制裁行為としてとらえたものであると主張し、それをもって本件演習担当停止措置も制裁行為であると主張する(平成一三年三月一五日抗告人準備書面二頁<編注 本号一七九頁二段三三行目>)。

(2) しかし、この最高裁判決の意義・主眼は、厳重注意行為について、相当な根拠及び理由もないままそのような措置を執ってはならず、相当な根拠及び理由がない場合には不法行為に基づく損害賠償請求を認めるべきであるとの一般的規範の存在を認めた点、及びその相当な根拠及び理由の立証責任を使用者と労働者のいずれに負担させるべきかという問題について、使用者に負担させるべきであるとの判断を下した点にあるのである(判例タイムズ九〇六―二三一の最高裁調査官《解説》欄参照)。

そして、その判断・結論を導く論理として、厳重注意行為は一種の制裁的行為であるなどと述べているにすぎないのである。

(3) このように、上記最高裁判決の、厳重注意行為が一種の制裁的行為であるとしている判示部分は、不法行為損害賠償問題の領域での立証責任の分配に関する結論を導くための媒介項にすぎず、厳重注意行為の法的性格そのものを制裁行為であるとして位置づけたものではない。このことは、「厳重注意は、企業秩序の維持、回復を目的とする指導監督上の措置と考えられる」とか、「使用者の右権能(労働契約関係に基づいて企業秩序維持のために必要な措置を講ずる権能)の行使としての措置」などと判示し、あくまで厳重注意行為が指導監督上の措置であるとの位置づけを大前提にしていること、また、「『一種の』制裁『的』行為」などといった曖昧な表現を用いていることなどからも、明らかである。

(4)したがって、不法行為による損害賠償請求以外のことがらが問題となっている場面において、当該行為の法的性格が争点となっている場合には、あくまで当該行為者がどのような目的で当該行為を行ったかによって、その法的性格が決せられるのである。仮に当該行為により対象者に対し反射的に、また事実上の不利益が生じることがあったとしても、そのことから即その行為の法的性格が制裁行為となるわけではない。

そして、本件演習担当停止措置は、あくまで学生の適正な勉学環境の維持の目的で執られたものであるから(抗告人がセクハラ行為を理由とする懲戒処分を受けたことに対し争う言動を示したこと自体について阻止したり制裁を加えたりする目的でとられたものではない)、教務上の措置なのである。

原決定は、この点について極めて正しい理解に立つものであり、正当である。

2 本件演習担当停止措置の合理性及び相当性について

(1) 学長は校務を掌り職員を統督する地位にあるが(学校教育法五八条三項)、学長ひとりが校務全体及び職員全体の管理を行うことは実際上不可能であり、それらの管理を適正かつ合理的、実効的に行うためにも、各学部長及び各学部教授会に対し、各学部ごとの校務及び職員の管理を包括的に委任している関係にあることはごく当然のことである。

そして、本学の経済学部教授会は、研究及び教務に関する事項及びその他の重要な事項等(○○大学学則九条)、教育、研究及び学生の補導に関する事項、その他必要と認めた事項等(○○大学経済学部教授会規則三条)を審議することとされ、経済学部長が教授会の審議に基づき学部運営の執行にあたっている。

したがって、学生の適正な勉学環境を維持確保することを目的とする教務上の措置についても、経済学部教授会が審議し、これに基づいて経済学部長が執行するものである。(なお、抗告人は、教務上の措置とは授業上の事務を言うと述べているが、教務上の措置の国語的意義にこだわっても、本件において意味はない。)

そして、その教務上の措置が、職員の管理面に関わり、反射的に対象者に不利益的な影響を及ぼす可能性を有しているとしても、その教務上の措置に合理性及び相当性がある限り、経済学部教授会がこれを審議し経済学部長が執行しうることは、学部長及び学部教授会が学生の適正な勉学環境の維持確保について責務を負っていること、また、授業科目の担当者の割当及び担当者の変更、授業時間割の編成及び変更の審議・決定等は、学部教授会及び学部長が全面的に行ってきていることなどからして当然である。

そして、本件演習担当停止措置という教務上の措置に合理性及び相当性のそなわっていることは、これまで被抗告人において主張し、原決定の認定するとおりである。

(2) この本件演習担当停止措置の合理性及び相当性に関して、抗告人は、①乙1・別紙7の五頁以下の目撃証言が同一学生によるものなのか複数学生によるものなのか判然としないと主張し、また、②狭い飲食店においてセクハラ行為を目撃した学生と目撃していない学生が混在することが不自然である旨主張する(平成一三年三月一五日付準備書面四頁下から二行目以下<編注 本号一八〇頁三段一行目>)。

しかし、①については、当然のことながら多数の学生による目撃証言が存在するものであるし、②については、学生は飲食店においてそれぞれ自由に飲食したり雑談をしたりしていたのであって、全員が抗告人の方を注視していたのではないのであるから、抗告人によるセクハラ行為を目撃した学生と目撃していない学生の双方が混在しているというのは、むしろ状況として自然である。

(3) また、抗告人は、①抗告人が学生の肩を抱いたり手を握ったりする行為は、大学の研究室や演習室等の勉学環境の場でのできごとではないから、セクハラ問題再発防止の必要性はないと主張し、また、②平成一二年四月一〇日に甲4の通知が出されるまでは、抗告人のゼミの勉学環境が損なわれていたような事情は存在していなかった旨主張する(平成一三年三月一五日付準備書面三頁二行目<同一七九頁四段一三行目>~一三行目<同一七九頁四段三七行目>)。

しかし、①については、現実に学生が嫌悪し苦情申立をするような抗告人のセクハラ行為が存在していること、それにもかかわらず、抗告人の言動からすれば、セクハラに対する適正な理解・認識の欠けていることが明らかに認められること、また、ゼミの担当教員と所属学生との間には密接な交流関係が生じ、卒論、就職その他様々な事項にわたる相談・指導・助言が行われており、その中で教員の研究室等における個別相談・指導が行われ、指導時間等が夜間に及ぶことも往々にしてあること、また、学生はゼミ担当教員との間に指導者・被指導者の関係を常に意識しており、ゼミ担当教員からセクハラ被害を受けても「断れない」「あとで仕返しが怖い」などといった状況に置かれていること(乙1・別紙7の四頁⑥項参照)などからすれば、抗告人によるセクハラ行為の生じた場所のいかんにかかわらず、セクハラ問題再発防止の必要性があると判断されたことは当然のことであり、合理的な判断である。

②については、一九九九年甲野ゼミⅠの履修生は、抗告人からの年末の忘年会の話のもちかけに対し、口実をつけて拒否したり、二〇〇〇年度甲野ゼミⅡの受講を拒否しようとする動きを持っていたのであって(乙1・別紙2の一〇頁参照)、勉学環境が損なわれている状況にないと思っていたのは抗告人だけであるということができる。それらの履修生は、抗告人に対し上記のような立場ないし意識にあったため、抗告人に対して直接的に苦情申立等をすることはできず、平成一二年四月ころまでは、表面上は何らの問題もないかのような状況を呈していたのかもしれないが、そのようなセクハラ問題に特徴的な状況を逆手にとって、ゼミの勉学環境は損なわれていないなどと主張し、抗告人によるセクハラ問題再発防止の必要性はないと主張しても、合理性のないことは明らかである。

(4) また、抗告人は、懲戒処分されたセクハラ行為について、学生とのスキンシップであるとかコミュニケーションであるなどと主張したことは無いと主張する(甲40の二頁、三項)。

しかし、学生は、抗告人によるセクハラ行為があったと問題にされているゼミ旅行において、女子学生の手を触りながら「これはセクハラではなくスキンシップだ」との趣旨のことを言っていたと証言しているし(乙1・別紙2の五頁下から二行目、同一一頁以下、乙1・別紙7の七頁の目撃者欄⑫)、抗告人自身も、セクハラ問題の調査過程において、「(ロビンソンクルーソーでのゼミコンパの席で)『日本人は体がちょっと触れるとすぐにセックスと結びつけてしまう。イギリスでは僕はたくさんの女性と握手してきた。みんなニコッとしながら、手を差し延べてくるんだ。これが、日本だったらすぐに勘違いしてしまうかもしれないな』というような内容のことを周りの学生に話し、『たとえば、君らどう思う?』と言いながら、女子学生の膝の上に置かれていた左手に上からそっと触れるようにした。すると、周りの学生の一人がすかさず『ダメ、ダメ』を連発した」などと述べているのである(乙1・別紙7の二頁七行目参照)。

また、甲37の1の新聞記事にも、抗告人が学生の肩や手に触ったことはスキンシップであると弁明している旨記述されているが、抗告人は経済学部教授会における弁明の際などに、この記事の内容について特段反論したこともない。

これからわかるとおり、抗告人は、懲戒処分されたセクハラ行為についてスキンシップであるなどと弁明等しているのである。

ゼミコンパなどの席で女子学生の肩や手に触れたりすることが、単なる挨拶としての握手や、教員・生徒間の親睦を深めるコミュニケーションなどとは全く異なるものであることは自明であり、抗告人にセクハラに対する適正な理解・認識の欠けていることは明らかである。セクシュアルハラスメント防止委員会委員長宛ての公開質問状(乙1・別紙25、26)などからも、そのことは認められるものである。

(5) また、抗告人に対する懲戒処分が行われた後の平成一二年九月八日の経済学部教授会において、二〇〇〇年度甲野ゼミⅡの履修生について執られた緊急避難的な教務上の措置等をどうするかの審議をするにあたり、緊急避難的教務上の措置により他のゼミに移籍した学生の、そのまま移籍先のゼミで指導を受け続けたいとの意向が報告されたことについて、抗告人は、同年九月五日から八日までの期間にゼミ学生の意向を確認することは困難であり、誤った情報が教授会に報告されたものである旨主張する(平成一三年三月一五日付準備書面六頁五行目<編注 本号一八〇頁四段二五行目>~九行目<同一八〇頁四段三四行目>)。

しかし、九月八日の経済学部教授会で報告された上記学生の意向というのは、緊急避難的教務上の措置によるゼミ移籍後のゼミ活動の中で、担当教員が当該学生に確認し、また当該学生自身が繰り返し述べていた希望内容であり、九月五日から九月八日の短期間に聴取されたということではない。そして、それらの学生は移籍先のゼミの履修単位を取得し、何らの不満等もなく平成一三年三月に卒業したのである。

したがって、経済学部教授会に学生の意向に関する誤った情報が報告されたということはない。

(6) また、抗告人は学部の演習と大学院における演習とに連続性があると主張する。(平成一三年三月一五日付準備書面六頁下から二行目<同一八一頁一段二四行目>)。

上記主張における「連続性」の意味は明確ではないが、これまで繰り返し説明してきたように学部の演習は、学部のマスプロ教育に不足している教育サービス(小人数教育サービス)を提供しようとするものであり、演習内容も担当教員の研究領域にこだわることなく、基礎的教育を施すようなものとなっており(甲29など参照。とくに抗告人の演習〔甲29の四三頁〕などはその典型である。)、高度な学問研究活動が行われているわけではないのが実情であり、大学院の演習との間に連続性はない。

また、本学においては、学部の学生が大学院に進学することも極めて少ないし、本学の大学院には税理士資格の取得を目的とする学生が多い実態(大学院において財政論や会計学を修得することにより税理士資格試験の科目免除が受けられるため)などからしても、学部の演習と大学院の演習とに連続性は認められない。

したがって、本件演習担当停止措置により抗告人が学部の演習(のみ)を担当しなくなっても、抗告人の学問研究活動を制約することは一切無いのである。

(7) また、抗告人は、二〇〇〇年度甲野ゼミⅠの履修生について西野教授が暫定的にしかゼミ指導をしていないかのように主張している(平成一三年三月一五日付準備書面七頁五行目以下<同一八一頁二段一行目>)。

しかし、これは全く事実に反する。

平成一三年一月一九日の経済学部教授会が、西野教授が二〇〇〇年度甲野ゼミⅠの履修生全員を担当することを決定した後(乙3)、西野教授は平成一三年一月末までにその履修生全員と面談し、上記教授会決定の内容、補講の実施、平成一三年度におけるゼミ(演習Ⅱ)の西野教授の指導方針等を説明し、履修生全員の了解を得た。

そして、平成一三年二月初めころ、履修生全員の出席のもとで合計一五時間の補講が実施され、その中で各履修生が平成一三年四月から卒論作成にむけて取り組む仮テーマも決定し、さらに平成一三年度の演習Ⅱの開講時間も月曜日五時限目とすることが了解され、平成一三年度の演習Ⅱに臨む準備作用が整ったのである(乙4)。

このように、西野教授は二〇〇〇年度甲野ゼミⅠの履修生全員について、平成一二年度分の補講をするだけでなく、平成一三年度にもゼミを担当すべく、本格的な準備・取組みを行ってきており、西野教授が暫定的にしか履修生を指導していないように言う抗告人の主張は、全く事実に反するのである。

なお、二〇〇〇年度甲野ゼミⅠの履修生が甲39の1~5に署名しているのであるが、上記の状況に照らせば、履修生が自発的にこのような署名集めをしたとは考えられない。結局のところ、抗告人が、本件即時抗告審の審理を少しでも有利にしようとして、西野教授と履修生らの上記真剣な取組み等を無視して、履修生に対し不当な働きかけをしているものではないかと推測されるところである。(甲40の陳述書六頁下から八行目以下において、抗告人は自己の研究室を訪れる履修生がいることを自認している。)

(8) 以上により、抗告人の主張にはいずれも理由がなく、本件演習担当停止措置の合理性及び相当性は明らかであるから、本件即時抗告は棄却されるべきである。

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