大阪高等裁判所 平成13年(ラ)618号 決定 2001年6月22日
抗告人(債権者) 朝銀近畿信用組合
同代表者金融整理管財人 嶋楠男
同 岩城本臣
同 清水明
同代理人弁護士 村野譲二
相手方(債務者) A野花子こと A花子
主文
原決定を取り消し、本件を奈良地方裁判所へ差し戻す。
理由
第一本件抗告の趣旨及び理由
別紙「執行抗告申立書」(写し)記載のとおり。
その要旨は、「相手方と第三債務者(大同生命保険相互会社・奈良支社取扱い)間の平成二年九月二五日付け個人年金保険契約(以下「本件年金保険契約」という。)は、貯蓄型保険契約であり、いまだ年金が開始されていないから、差押禁止債権に当たらず、したがって、控訴人が相手方に代位して、本件年金保険契約の解約権を行使することを妨げる事情はない。本件年金保険契約の解約返戻金請求権に対する差押命令申立てを却下した原決定は、民事執行法一五二条一項の解釈を誤ったものであるから、取り消されるべきである。」というものである。
第二当裁判所の判断
一 抗告人は、奈良地方裁判所に対し、相手方が第三債務者との間で契約した本件年金保険契約の解約返戻金請求権の差押えを求めた(以下「本件差押えの申立て」という。)。
原決定は、本件年金保険契約の普通契約約款において、老後の生活安定を図るという目的を規定していること、個人年金保険が差押禁止債権とされていることから、本件年金保険契約が保険金受取人である老齢者の生活保障という性質を有するとした上、本件年金保険契約の解約権が保険契約者の行使上の一身専属的権利であり、抗告人が代位行使することはできないとして、本件申立てを却下した。
二 しかし、原決定の判断は、以下の理由から是認できない。
(1) 本件年金保険契約の性質
ア 一件記録によれば、本件年金保険契約は、平成二年九月二五日に締結されたもので、保険料四九七万六二一一円は一括前払されていること、保険料の一括前払の場合は、第三債務者が定めた率の割引があること、年金保険の内容は、年金開始日が平成二六年九月二五日であり、一〇年保証期間付終身保険(定額型)で、保証期間中及び保証期間経過後も年間一〇〇万円が支払われること(したがって、年金保険は少なくとも合計一〇〇〇万円となること)、保証期間中に死亡した場合には、その期間中の年金のうち、まだ支払われていない年金の現価が一時に支払われること、年金開始日前に死亡したときは、死亡給付金が支払われること、保険契約者(相手方)は、年金開始日前に限り、いつでも将来に向かって契約を解約し、解約返戻金の支払を請求することができること、第三債務者は、仮差押事件の陳述書において、解約権の代位行使による解約ができることを前提とした回答をしていること、解約返戻金は、経過した年月数により計算され、平成一二年一〇月二六日現在、本件年金保険契約の解約返戻金として七八三万〇三二六円が見込まれていること、相手方は現在四六歳であり、年金開始日までには一三年以上あること、以上の事実を認めることができる。
イ 民事執行法一五二条一項に定める継続的給付に係る債権には、生命保険会社等との私的年金契約による継続的収入も含まれるが、生計維持に必要な限度で、現に年金として支給が開始されているものに限られると解するのが相当である。けだし、差押禁止債権は、債務者の最低生活を保障するという社会政策的配慮に基づいて、その限りにおいて債権者の権利の実現を後退させて定められているものであるから、生活保障に最低限必要なもの以上に差押禁止の範囲を広げることは、一方的に債務者の責任を限定し、著しく債権者の権利を害することになるからである。
そこで、本件年金保険契約の性質について検討するに、上記認定の事実によれば、本件年金保険契約は、いわゆるバブル経済の最盛期に締結されたものであり、保険料に比して高額の年金保険が給付されること、保険料も一括前納されており、保険料総額は月払契約に比べて相当程度軽減されていることが認められるのであって、本件年金保険契約の普通契約約款に「老後の生活の安定をはかることを目的とした保険」との記載があることを考慮しても、まさに貯蓄目的の保険契約であると認められる。
(2) 本件年金保険契約の解約権の性質
上記認定・判断のとおり、本件年金保険契約は、貯蓄目的の保険契約であり、本来の年金保険の給付についても、そのすべてが差押禁止財産に当たるとは考えられない上、本件申立てにおいては、年金給付そのものではなく、年金開始日前の解約返戻金請求権を差押えの目的とするものである。そして、上記認定のとおり、本件年金保険契約上、解約権は年金開始日前であれば、いつでも行使することができるものであり、したがって、身分法上の権利などとは違い、解約権行使を保険契約者のみの意思にゆだねるべき事情はなく、行使上の一身専属的権利とは解されない。
そうすると、抗告人は、条件付権利ではあるが、権利として特定がある本件年金保険契約の解約返戻金請求権を差し押えた上、民事執行法一五五条の取立権に基づき解約権を行使することによって、自己の債権の満足を得ることができるというべきである。
三 以上のとおり、本件年金保険契約の解約返戻金請求権は、被差押適格を有するものであり、これと結論を異にする原決定は不相当であり、取消しを免れないものである。
よって、本件抗告には理由があるから、原決定を取り消した上、本件を原裁判所に差し戻すこととし、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 見満正治 裁判官 辻本利雄 下村眞美)
<以下省略>