大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 平成13年(ラ)633号 決定 2001年8月10日

主文

1  本件抗告を棄却する。

2  抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

第1  本件抗告の趣旨等

1  本件抗告の趣旨及び理由

別紙「執行抗告状」(写し)記載のとおり。

2  相手方の反論

別紙「答弁書」(写し)記載のとおり。

第2  当裁判所の判断

1  一件記録によれば、以下の事実を認めることができる。

(1)  原審事件の債務者井上保夫(以下「債務者保夫」という。)の先代井上秋次(以下「秋次」という。)は、株式会社三和銀行(日本一支店取扱い、以下「三和銀行」という。)に対し、平成3年6月、収益ビルを建築するため9億8000万円の融資を依頼し、三和銀行は、秋次に対し、同年7月5日に3億3000万円を、平成4年4月20日に3億3000万円を、同年9月10日に2億9500万円をそれぞれ貸し付けた(以下これらをまとめて「本件消費貸借契約」と、個別に示すときは順に「本件貸金1」などという。)。

(2)  秋次は、三和信用保証株式会社(以下「三和信用保証」という。)に対し、本件消費貸借契約締結に先立ち、秋次の三和銀行に対する本件賃貸借契約に基づく債務について、連帯保証等の委託をし、三和信用保証は、三和銀行に対し、これを連帯保証した(以下本件消費貸借契約と同様に、3件まとめて「本件保証委託契約」と、個別に示すときは「本件保証委託1」などという。)。

(3)  三和信用保証は、本件貸金1及び2に際し、原決定添付別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)の底地(5筆、以下「本件土地」という。)について、所有者である井上窯業株式会社(以下「井上窯業」という。)及び秋次から本件保証委託1及び2に基づく求償権を担保するため、抵当権を設定し、抵当権設定登記も経由した。

(4)  本件建物は、平成4年9月に完成し、秋次の単独所有とされた。そこで、三和信用保証は、平成4年9月10日、本件保証委託1及び2に基づく求償権を担保するため、本件建物について抵当権を追加設定し、さらに、本件保証委託3に基づく求償権を担保するため、本件土地及び建物について抵当権を設定し、その旨の抵当権設定登記も経由した。

(5)  ところで、抗告人は、秋次から、平成4年9月9日、本件建物のうち1階の店舗及び3ないし9階の事務所を一括して、賃料月額586万1730円(消費税込み)、期間同日から平成7年3月31日までとする約定で借り受け(以下「本件賃貸借契約」という。)、これをさらに第三者に転貸している(いわゆるサブリース)。そして、本件賃貸借契約は、その後も約定に従って更新されている。

抗告人は、秋次に対し、平成4年9月9日、本件賃貸借契約の保証金1億2000万円を差し入れた。この保証金については、本件賃貸借契約が解除、解約等により終了すると直ちに返還される約定となっている。

(6)  本件建物の所有権は、平成5年12月27日、真正な登記名義の回復を原因として、特分100分の38が井上窯業に移転された。その後、秋次は、平成6年9月25日死亡し、本件建物の秋次持分全部は、債務者保夫に移転され、また、債務者保夫が秋次の三和銀行及び三和信用保証に対する上記各債務を承継した。

(7)  抗告人と債務者保夫は、本件賃貸借契約の賃料額を減額する合意をし、平成12年4月以降、月額570万5700円(消費税込み)とした。そして、抗告人と債務者保夫は、平成13年4月12日、本件賃貸借契約の平成13年4月分以降の賃料額を月額367万8700円(消費税込み)とすること及び抗告人が本件賃貸借契約解除のおそれがあると判断した場合には、賃料支払に代えて1億2000万円の保証金からその分減額することを合意した。

また、債務者保夫は、本件建物の管理を長谷工コミュニティに委託しているところ、抗告人に対し、同日、その管理費について抗告人が支払う賃料から直接長谷工コミュニティに支払うよう指示した。

(8)  井上窯業は、平成13年3月21日、手形の決済ができず、不渡りとなってその事業を停止し、債務整理手続に入った。

また、債務者保夫も三和銀行に対する本件消費貸借契約に基づく債務弁済を怠ったので、三和信用保証は、三和銀行に対し、平成13年4月26日、本件保証委託契約に基づき9億7780万1659円を代位弁済した。

(9)  抗告人は、債務者保夫に対し、平成13年5月17日付け差入保証金減額通知書により、平成13年5月分以降の賃料について、建物管理費・電気料金・水道料金振込手数料等を控除した残額をもって、保証金と相殺する旨の通知をした。

(10)  相手方は、平成13年6月4日、三和信用保証から債権管理回収業に関する特別措置法に基づき、本件保証委託1に基づく求償金及び損害金合計3億5800万円について、抗告人を第三債務者として、抵当権に基づく物上代位により、本件賃貸借契約に基づく賃料債権を差し押さえ、原決定は、抗告人に対し、同日、井上窯業に対し、同月7日に、債務者保夫に対し、同月8日にそれぞれ送達された。

また、三和信用保証は、平成13年6月28日、本件土地及び本件建物について、抵当権に基づく競売開始決定を得た。

2  抵当不動産の賃借人が、賃貸人との間で、賃貸人に対して有する債権と賃料債権とを対当額で相殺するとの合意をあらかじめしていたとしても、賃借人が上記債権を抵当権設定登記後に取得したものであるときには、抵当権者が物上代位権を行使して賃料債権の差押えをした後に発生する賃料債権については、物上代位をした抵当権者に対して相殺合意の効力を対抗することができない(最高裁判所平成13年3月13日第三小法廷判決・判例タイムズ1058号89頁参照)。

そこで、本件について検討するに、上記認定の事実によれば、抗告人が債務者保夫の先代であった秋次との間で、本件賃貸借契約を締結したのは、平成4年9月9日であり、三和信用保証が本件建物について、抵当権設定を受けたのは翌10日であること、抗告人が債務者保夫との間で、本件賃貸借契約に基づく賃料債務を保証金と相殺するとの予約をしたのが平成13年4月12日であること、この合意に基づき、抗告人が債務者保夫に対して上記相殺する旨を通知したのは、同年5月17日ころであること、相手方が抵当権に基づく物上代位として、本件建物の賃料債権を差し押さえたのは、同年6月4日であり、同日、抗告人に債権差押命令が送達されたことが認められる。したがって、抗告人が本件賃貸借契約により保証金を差し入れたのが、三和信用保証の抵当権設定より前であるとしても、その返還請求権が発生するのは抵当権設定後であること、また、抗告人と債務者保夫との相殺予約及びこれに基づく相殺は、三和信用保証が抵当権を設定した後にされたものであることから、抗告人は、平成13年6月4日以降、債務者保夫との間の相殺を相手方に対抗することはできず、同年6月分以降の賃料債権については相手方の抵当権による物上代位に服すべきものである。

3(1)  抗告人は、相手方の物上代位による差押えの効果が及ぶのは、抗告人が債務者保夫に支払うべき賃料月額367万8700円から、管理費月額120万7500円及び水道光熱費の平均月額約9万3000円を控除した月額237万8200円に限られると主張する。

しかし、管理費用は、債務者保夫と長谷工コミュニティとの間の管理委託契約に基づいて発生するものであり、長谷工コミュニティが原決定に異議を申し立てるのであればともかく、債務者保夫が抗告人に対し、本件賃貸借契約による賃料から支払うよう指示したとしても、抗告人が、この指示を抵当権者に対抗することはできず、管理費用の控除は許されない。

なお、水道・光熱費は、賃料を得るために必要な費用であり、平均月額9万3000円の控除は認められる。

(2)  抗告人は、本件賃貸借契約に基づく保証金が契約終了と同時に金額を返還することを予定されたものであり、しかも、相手方が本件建物に抵当権を設定する前日に授受されたものであるから、この保証金返還請求権は、「相手方が抵当権設定登記の後に取得した賃貸人に対する債権」ではないと主張する。

しかし、本件賃貸借契約締結日が三和信用保証の抵当権設定日より前であっても、抗告人に保証金返還請求権が生じるのは、本件賃貸借契約が終了したときであり、現に本件賃貸借契約が終了していない以上、抗告人に保証金返還請求権は生じていないというほかない。

また、抗告人と秋次との間で、上記保証金返還請求権と抗告人が転借人から預かった保証金との相殺予約が合意されていたとしても、債権契約にすぎない上、公示されているものでないことから、その効力を第三者たる相手方に対抗することはできないというべきである。

(3)  さらに、抗告人は、債務者保夫との平成13年4月12日にした、本件賃借契約解除のおそれがある場合には、賃料支払と保証金返還請求権とを対当額で相殺するとの合意及び同年5月17日付け通知により、同月分以降の賃料債務は、相殺されたから、原決定の効力は、平成13年6月分以降の賃料には及ばないと主張する。

しかし、上記相殺予約の合意及び相殺の通知は、井上窯業が手形を不渡りにした後に締結されたものであり、他の債権者を害する意図があったのではないかと疑われる点をおくとしても、上記相殺予約がされた時期は、三和信用保証が抵当権を設定した後であること、本来、保証金返還請求権が本件賃貸借契約終了時まで発生しないものであることを考慮すると、上記相殺予約及び相殺の通知をもってしても、相手方が抵当権による物上代位権を行使した以上、相手方に対抗することはできない。

4  以上のとおりであって、原決定が抗告人に到達した以後の本件賃貸借契約による賃料債権の差押えを命じる旨の原決定は相当であって、抗告人の主張はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり決定する。

(別紙)

執行抗告状(写し)

抗告の趣旨

原決定を取り消し、申立を却下する旨の裁判を求める。

抗告の理由

1 抗告人は債務者井上保夫の先代亡井上秋次から、平成4年9月9日、別紙物件目録記載の建物(以下「井上ビル」という。)のうち2階を除く1階店舗と3階~9階の事務所を借り受け(乙1、以下「本件賃貸借契約」という。)、転貸に供した。

その際、抗告人が亡井上秋次に差し入れた保証金は1億2000万円であり、(乙1・第3条)上記保証金は本件賃貸借契約の解除・解約と同時に抗告人に返還されることになっていた(乙1・第13条)。

すなわち、本件賃貸借契約終了により抗告人と転借人との契約は、そのまま賃貸人に承継されるので(乙1・第12条)、保証金返還時期について、いわゆる賃借人の明渡を待つ必要がなかったからである。

また、抗告人も転借人から保証金を預かっているところ、本件賃貸借契約終了に際して、抗告人が将来転借人に返還すべき保証金を賃貸人に承継するために賃貸人に支払う債務と、抗告人が本件契約終了と同時に賃貸人から返還を受けるべき保証金返還債権を相殺して処理しうるようにもなっていたのである(乙1・第13条)。

2 したがって、本件賃貸借契約による当初月額保証賃料等の合計が5,691,000円であり(乙1・第5条)、保証金1億2000万円は、その約21ヵ月分になり、過大なものに思われるが、賃料自動増額条項により4年半後の平成9年4月には月額保証賃料等の合計が778万円程度(保証賃料約560万円・駐車場保証料約56万円・保証共益費約162万円)になる予定であった上(乙1末尾「更新後保証賃料等」)、保証賃料等の保証率は抗告人の転借人への転貸料の85%であることを予定していたため、平成9年4月には抗告人の転借人への転貸料等の月額合計が915万円程度と見込まれたのであり、転借人からの預かり保証金の合計は、月額転貸料等の約13.1ヵ月分となり、大阪圏における店舗・事務所の保証金相場から考えて決して過大な保証金ではなかったのである。

すなわち、抗告人が賃貸人に差し入れた保証金1億2000万円は、本件契約の当初から、本件契約終了の際に賃貸人に対して承継する転借人に返還すべき保証金債務と見合いになる形で担保されていたのである。

3 しかるに、平成4年9月以後、不動産賃貸市況は回復することなく下落の一途を辿り、転借人からの転借賃料が、抗告人の賃貸人に支払う保証賃料を下回る状態が継続し、抗告人は保証賃料等の発生した平成5年4月から逆ざやに悩まされ続けた。

また、同年7月には、賃貸人が支払った井上ビル全体の電気料金を、抗告人が支払い、転借人が専用部分で使用する電気料金を抗告人において徴収すると共に、保証共益費を1,268,000円に減額する旨の合意をした(乙2)。

4 抗告人は、平成7年4月、契約(乙1末尾「更新後保証賃料等」)どおりの増額保証賃料等を支払ったが、平成9年4月からは保証賃料等の増額幅を減少する合意を行い、平成12年4月に保証賃料等の合計を5,705,700円(消費税を含む)減額合意をみたものの、逆ざやは解消されず、抗告人は、平成13年2月にはさらなる保証賃料等の減額の申入れを行なっていた。

また、抗告人は、単に、賃料の逆ざやに悩まされるだけではなく、転借人からの預かり保証金の合計が、抗告人が賃貸人に差し入れた保証金1億2000万円をはるかに下回る事態になっていた。現在、抗告人が転借人から預かっている保証金の合計は約2000万円に過ぎない。

ただ、これでも、本件賃貸借契約終了の際、賃貸人の資力に不安がなければ、抗告人か将来転借人に返還すべき2000万円の保証金分を、1億2000万円の保証金返還請求権と相殺し、1億円を賃貸人から返還をうければ何の問題もなかった。

しかし、賃貸人がその差額1億円を支払う資力が無ければ、抗告人が賃貸人に預けている保証金を、抗告人が転借人から預かっている保証金に見合う程度に減額しないことには、抗告人は本件賃貸借契約締結当時予想だにしなかった損害を被ることになっていた。

5 平成13年3月21日、賃貸人が代表者である井上窯業株式会社は平成13年3月21日に手形を不渡りにし(乙3)、抗告人に対して井上窯業株式会社は事業を廃止し債務整理を行なう旨、代理人弁護士を通じて申入れてきた。

同年、3月30日、抗告人は4月1日以降の保証賃料等の合計を金3,678,700円(消費税金176,180円を含む。)に減額する旨の通知を行なった(乙4)。

そして、その後、平成13年4月12日、賃貸人(債務者)代理人弁護士との交渉によって<1>保証賃料等を金3,678,700円(消費税金176,180円を含む。)に減額すること、<2>抗告人が本件契約解除のおそれがあると判断した場合、抗告人は保証賃料等をもって抗告人が賃貸人に預託している差入保証金を減額して抗告人に返還すること、を合意した(乙5、以下「本件覚書」という。)。

また、同時に、井上ビルの管理は賃貸人と長谷工コミュニティとの契約によっているところ(乙6)、その管理費用を賃貸人が支払うのではなく、抗告人が保証賃料等から直接申立外長谷工コミュニティに支払う旨の指示を受けた(乙7、以下「本件支払指示書」という。)。

本件覚書及び本件支払指示書の作成日付は平成13年3月16日になっているが、実際にはいずれも同年4月12日に作成されている。4月分以降の賃料および3月分の滞納管理費用が問題になっていたので日付を遡らせたのである。

平成13年4月27日、賃貸人は3月分の建物管理費、2月分の電気料金・水道料金も不払であったので、3月分の電気料金の確定を待って、それらを控除し、抗告人は賃貸人に対して金2,402,747円を支払った(乙8)。

6 しかるに、平成13年5月9日、(株)三友システムアプレイザルなる会社が井上ビルの各転借人を訪問し、各転借人を賃貸借契約の内容を「調査」すると称して訪問し、聞き取りに回るという事態になり、抗告人に転借人らからの問い合わせが相次いだ。

抗告人としては、いよいよ井上ビルの任意売却・競売または賃料への物上代位が準備されていると予測し、平成13年5月17日、賃貸人は4月分の建物管理費を不払にしていたので、4月分・5月分の建物管理費および5月分の電気料金を控除し、賃貸人に対して支払う予定であった金1,337,070円(乙9)について、本件覚書<2>に基づく措置をした(乙10)。

抗告人は、平成13年5月25日、法務局天王寺出張書において井上ヒルの登記簿謄本を請求したところ「事件中」とのことで入手できなかった。

7 平成13年6月4日、抵当権に基づく物上代位によって抗告人を第三債務者として、賃貸人の賃料債権が差し押さえられた。

判例(最判平成13年3月13日・金融法務事情No.1611)によれば「抵当権者が物上代位を行使して賃料債権の差押えをした後は、抵当不動産の賃借人は、抵当権設定登記の後に賃貸人に対して取得した債権を自動債権とする賃料債権との相殺をもって、抵当権者に対抗することはできない。」とされている。

したがって、抗告人が6月17日に賃貸人に支払うべき保証賃料等金3,678,700円(消費税金176,180円を含む。)は、差押債権者に支払うべきかのように見える。

しかし、井上ビルからの収益は抗告人が賃借している部分の転借人からの賃料・共益費・水光熱費収入だけである。債務者が代表者である井上窯業(株)が使用していた井上ビル2階部分は現在空屋のまま放置されている。

債務者は、賃貸人としての責任を一切放棄し、管理業者である長谷工コミュニティに月額1,207,500円のヒル管理費用を支払わず、水道光熱費も支払わない。

井上ビル全体の電気料金は一ヵ月平均640,172円であり、抗告人が徴収する転借人の専用部分の電気料金の合計は一ヵ月平均584,250円であるので、ビル共用部分の電気料金一ヵ月平均約56,000円である。また、水道料金は一ヵ月平均約37,000円である。

これらの費用は、それを支払わなければ、井上ヒルの賃貸ビルとしての営業が不可能となるものである。物上代位は、抵当目的物の「具体化された交換価値である代位物」の上に効力を及ぼすものであるから、賃料収益のために必要な管理費用・水道光熱費(1ヵ月平均93,000円)の上にはそもそも効力が及ばない筈である。

また、定期的に発生するわけではないが建物の補修費用についても同様である。

したがって、物上代位による差押の効果が及びうるのは、多くとも(建物補修費用がないとして)抗告人が賃貸人に支払うべき月額保証賃料等金3,678,700円から上記の費用を控除した月額2,378,200円に限られる。

8 次に、抗告人が賃貸人と平成13年4月12日に締結した覚書第3条の相殺予約および同年5月17日付保証金減額通知により、抗告人が賃貸人に支払うべき月額2,378,200円について、平成13年5月度以降相殺により消滅している。

上記平成13年判例は、抵当権に基づく物上代位が相殺に優先する根拠として 「けだし、物上代位権の行使としての差押えのされる前においては、賃借人のする相殺は何ら制限されるものではないが、上記の差押えがされた後においては、抵当権の効力が物上代位の目的となった賃料債権にも及ぶところ、物上代位により抵当権の効力が賃料債権に及ぶことは抵当権設定登記により公示されているとみることができるから、抵当権設定登記の後に取得した賃貸人に対する債権と物上代位の目的となった賃料債権とを相殺することに対する賃借人の期待を物上代位権の行使により賃料債権に及んでいる抵当権の効力に優先させる理由はないというべきである。」としている。

しかし、本件賃貸借契約における抗告人の賃貸人(債務者)に対する保証金返還請求権は「抵当権設定登記の後に取得した賃貸人に対する債権」ではない。

敷金返還請求権の発生時期に関する判例(最判昭和48年2月2日・民集27巻1号80頁)によれば「家屋賃貸借契約における敷金は、賃貸借契約終了後家屋明渡義務履行までに生ずる賃料相当損害金その他賃貸借契約により賃貸人が賃借人に対して取得する一切の債権を担保するものであり、敷金返還請求権は、賃貸借契約終了後家屋明渡完了の時においてそれまでに生じた右被担保債権を控除しなお残額がある場合に、その残額につき具体的に発生する」とされているが、本件賃貸借契約における抗告人の賃貸人(債務者)に対する保証金返還請求権はこの判例での敷金返還請求権とは異なる。本件賃貸借契約においては「賃貸借契約終了後家屋明渡義務履行までに生ずる賃料相当損害金」はありえないからである(乙1・第12条)。

本件賃貸借契約において、賃貸人が抗告人からの保証金によって担保する賃借人(抗告人)に対する債権は、契約終了により、賃貸人が抗告人と転借人との賃貸借契約を承継するに際して抗告人が転借人から預かっている保証金を引き渡せという債権である。

上記昭和48年判例のように「賃貸借契約終了後家屋明渡完了の時において」敷金返還請求権が具体的に発生するとすれば、実際上の、賃借人の明渡義務の履行を促進するという効果もあろう。賃借人自身による明渡がない限り、敷金の返還請求権が発生しないからである。

しかし、本件賃貸借契約においては全く異なるのである。

約定どおり、本件保証金返還請求権は平成4年9月9日に「預託(乙1・第3条)」した時にすでに発生しており、「井上が長谷工から預かっている差入保証金は、全額を直ちに長谷工に返還する(乙1・第13条)」と規定されているとおり、本件契約終了時に弁済期が到来すると解さなければならない。

9 また、本件保証金は、抗告人の保証賃料等が未払になった場合、未払保証賃料等を担保するものであり、敷金(保証金)は「その他賃貸借契約により賃貸人が賃借人に対して取得する一切の債権を担保する」以上、抗告人と賃貸人との賃貸借契約継続中には敷金(保証金)返還請求権が認められない余地はある。

しかし、本件では抗告人は1億2000万円の保証金全額を相殺によってゼロにしようとするものではない。あくまで「抗告人が転借人から預かっている保証金に見合う程度に減額」しようとするものであって、いわば保証金一部返還請求権の行使なのである。

そして、本件賃貸借契約においては期間内解約ができない旨の条項が定められているが、その例外として「井上又は長谷工若しくはその両者から解約をなさざるを得ない状況が生じたときは、その時点で井上、長谷工別途協議して処理するものとする。」と規定されている(乙1・第10条(2))。

本件覚書<2>はこの条項に基づき、本件賃貸借契約は継続しつつ、保証金一部返還請求権の弁済期を「乙は、甲に対し原契約の解除のおそれがあると判断した」時とする合意がなされているのである。そして、その時以降、その保証金一部返還請求権と将来賃料とを相殺する旨抗告人と賃貸人が予約しているのである。

すなわち、平成13年5月17日の差入保証金減額通知書によって、本件相殺の自動債権である保証金一部返還請求権の弁済期が到来したのである。

10 上述のとおり、抗告人は、本件賃貸借契約締結当初から、賃貸人に預託した保証金と、転借人とから預かった保証金との相殺の期待を有していた。

「賃貸人に預託した保証金」と「転借人とから預かった保証金」との金額が乖離したため、その相殺の期待を回復させるため、平成13年4月13日、将来保証賃料との相殺の予約をし、同年5月17日、相殺の意思表示をしたのである。

この相殺は有効であり、平成13年6月度以降の井上ビルの賃料に債権者の差押えの効力は及ばない。

債権者の債権差押命令申立を認容した裁判は速やかに取り消されるべきである。

平成4年9月9日締結の本件賃貸借契約による、抗告人の上記の相殺期待が、同年9月10日に登記された抵当権による物上代位に基づく差押えに劣後し、平成13年6月度以降の井上ビルの賃料が抵当権者に奪われるような事態になれば、もはやサブリース事業を行なう事業者は存在しえなくなるであろう。

以上

疎明資料

乙1 賃貸借契約書

乙2 電気料金支払いに関する覚書

乙3 帝国データバンク情報

乙4 賃料減額通知

乙5 本件覚書

乙6 ビル管理契約書

乙7 支払指示書

乙8 4月分支払明細書

乙9 5月分支払明細書

乙10 保証金減額通知書

添付書類

1 乙号証写し 各1通

2 資格証明   1通

3 委任状    1通

物件目録

所在   大阪市天王寺区生玉町21番地、20番地、77番地7、41番地2、19番地2

家屋番号 21番の2

種類   事務所・車庫

構造   鉄骨鉄筋コンクリート造陸屋根9階建

床面積  1階     257.67m2

2階     240.61m2

3階~9階 各242.77m2

(別紙)

答弁書(写し)

第1 抗告の趣旨に対する答弁

1 本件抗告を棄却する。

2 申立費用は、抗告人の負担とする。

第2 抗告の理由に対する答弁

1(1) 抗告の理由1項第1段落記載の事実のうち、抗告人主張の建物(以下「井上ビル」という)にかかる抗告人主張の賃貸借契約(以下「本件賃貸借契約」という)の締結の日が平成4年9月9日であることは不知。その余の事実は認める。

(2) 同1項第2段落記載の事実のうち、抗告人が差入れた保証金が1億2000万円であることは認めるが、その余は争う。

(3) 同1項第3段落ないし第4段落記載の事実は、いずれも争う。

2(1) 同2項第1段落記載の事実のうち、本件賃貸借契約による当初の月額保証賃料等が合計569万1000円であること、保証金額が1億2000万円であること、平成9年4月には月額保証賃料等が778万円程度になる予定であったことは認めるが、その余は不知。

(2) 同2項第2段落記載の事実は争う。

3(1) 同3項第1段落記載の事実のうち、平成4年9月以後、不動産賃貸市況が回復することなく下落の一途を辿ったことは認めるが、その余は不知。

(2) 同3項第2段落記載の事実は認める。

4 同4項記載の事実は、いずれも不知。

5(1) 同5項第1段落記載の事実のうち、賃貸人が井上窯業株式会社(以下「井上窯業」という)の代表者であること、井上窯業が平成13年3月21日に手形の不渡処分を受けたことは認めるが、その余は不知。

(2) 同5項第2段落ないし第4段落記載の事実は、いずれも不知。

(3) 同5項第5段落記載の事実のうち、本件覚書(乙5)及び本件支払指示書(乙7)の作成日付が平成13年3月16日であることは認めるが、その余は不知。

(4) 同5項第6段落記載の事実は不知。

6 同6項記載の事実は、いずれも不知。

7(1) 同7項第1段落及び第2段落記載の事実は、いずれも認める。

(2) 同7項第3段落ないし第5段落は争う。

(3) 同7項第6段落記載の事実は不知。

(4) 同7項第7段落ないし第9段落は争う。

8 同8項ないし10項は争う。

第3 相手方の主張

1 抗告人は、物上代位による差押の効果が及びうるのは、抗告人が賃貸人である井上保夫(以下「保夫」という)に対して支払うべき月額保証賃料等367万8700円から管理費用月額120万7500円及び水道光熱費平均月額約9万3000円を控除した月額237万8200円にすぎないと主張する。

確かに、賃料に対する物上代位権は、抵当不動産の使用対価についてしか効力が生じないのであるから、共益費用、光熱費用は、当然には物上代位の対象とはならないということはできる。

しかし、抗告人が主張する管理費用は、保夫と抗告人との間の管理委託契約にもとづいて発生するものではなく、保夫と株式会社長谷工コミュニティ(以下「長谷工コミュニティ」という)との間の管理委託契約(乙6)にもとづいて発生するものであるから、抗告人の立場から、保夫の長谷工コミュニティに対する管理費用を控除することは許されないことは明らかである。

したがって、物上代位による差押の対象から保夫の長谷工コミュニティに対する上記管理費用を控除することはできないのであって、物上代位による差押が及ぶ範囲は、上記月額保証賃料額等から光熱費等を控除した残額であることは明らかである。

2 抗告人は、本件賃貸借契約における抗告人の保夫に対する保証金返還請求権は、「抵当権設定登記の後に取得した賃貸人に対する債権」ではないと主張する。

しかしながら、本件賃貸借契約においては、契約終了に際して、「転借人のないときは原状に回復して、直ちに本物件を井上秋次に引渡すものとする」と規定されている(乙1・第12条)。したがって、本件賃貸借契約がいわゆるサブリースであったとしても、本件賃貸借契約終了後に抗告人が原状回復義務を負担することや抗告人が賃料相当損害金を負担することが当然に想定されているのである。特に、抗告人としても、本件賃貸借契約の対象となる全室を常時転貸することができるとまで想定していないことは確実であるから、本件賃貸借契約終了の時点で、何室かが空き部屋となっていることも当然想定しているのである。そうすると、その場合、抗告人は、本件賃貸借契約第12条にもとづき、その空室部分を原状に回復して保夫に明渡義務を負うことになるが、空室部分の原状回復を行うには、少なくとも数日間の期間が必要である以上、抗告人は、本件賃貸借契約終了後明渡完了時までに発生した賃料相当損害金、原状回復費用等を控除した残額についてしか、差し入れた保証金の返還を受けることができないことを当然に覚悟しているのである。

よって、本件賃貸借契約における保証金返還請求権は、いわゆる通常の敷金、保証金と同様に、本件賃貸借契約終了後家屋明渡完了の時においてそれまでに生じた被担保債権を控除し、なお残額がある場合に、その額に具体的に発生するものであることは明らかである。

3 また、抗告人は、本件賃貸借契約書第13条1号が「(本件賃貸借契約が終了したとき)井上秋次は株式会社長谷工ライブネットから預かっている差入保証金は、全額直ちに株式会社長谷工ライブネットに返還する」という規定の存在を根拠に、保証金返還請求権は、抗告人が保証金を預託したときに発生し、本件賃貸借契約終了時に弁済期が到来する旨主張する。

しかし、前記のとおり、抗告人としては、本件賃貸借契約終了時において、一部の部屋が空室となっていることを当然想定しているのであるが、その場合、抗告人は、空室部分を現状回復させたうえで保夫に明け渡さなければならず、したがって、保証金返還請求権は、抗告人が空室部分の原状回復を行ったうえで保夫に明け渡した段階で初めて金額が特定されるのである。

その意味で、本件賃貸借契約第13条1号の「井上秋次が株式会社長谷工ライブネットから預かっている差入保証金は、全額を直ちに株式会社長谷工ライブネットに返還する」という規定は、抗告人が空室部分の原状回復を行って保夫に明渡を完了した段階で、保夫は、直ちに抗告人に対して差し入れた保証金額から賃料相当損害金、原状回復費用等を控除した残額を支払わなければならないということを定めた規定にすぎないのである。

よって、保証金返還請求権は抗告人が保証金を預託したときに発生するという抗告人の主張は、明らかに失当なのである。

4 抗告人は、本件賃貸借契約締結当初から、保夫に預託した保証金と転借人から預かった保証金との相殺の期待を有していたことを理由に、抗告人の保夫に対する保証金返還請求権と保夫の抗告人に対する賃料債権との相殺予約が有効であると主張する。

しかし、抗告人が、保夫に預託した保証金と転借人から預かった保証金との相殺の期待を有していたのであれば、保夫から預託した保証金と転借人から預かった保証金との相殺予約の有効性を論じることは可能であるが、かかる相殺の期待を根拠に、当初から相殺の期待を有していなかった保証金返還請求権と賃料債権との相殺予約の有効性など論じることは許されない。

かえって、抗告人と保夫との相殺予約の合意は、三和信用保証株式会社(以下「三和信用保証」という)が井上ビルに抵当権設定登記を受けた平成4年9月10日以後に締結されたものであるうえ、その締結の時期(平成13年4月12日)は、保夫が代表者を務める井上窯業が手形の不渡り処分を受けた平成13年3月21日(乙3)の直後であり、保夫が実質的に支払不能の状況に陥った段階で行われたものであることは明らかである。

そうすると、抗告人と保夫との前記相殺予約の合意が「債権者を害する行為」(民法424条、破産法72条1号)に該当するといわざるを得ず、したがって、相手方の物上代位権の行使に優先するか否かの問題以前として、無効と判断せざるを得ないのである。

5 抗告人は、前記相殺予約の合意が、保証金の一部返還請求権の行使にすぎないと主張する。

しかし、賃借人が預託している保証金の減額請求は、法律上当然に認められた賃借人の権利ではなく、あくまで賃貸人の承諾がなければ発生しないものである。確かに、本件賃貸借契約において、「井上秋次又は株式会社長谷工ライブネット若しくはその両者から解約をなさざるを得ない状況が生じたときは、その時点で井上秋次、株式会社長谷工ライブネット別途協議して処理するものとする」(乙1・第10条第2項)と定められているが、この規定から、抗告人の保証金一部返還請求権が認めることは不可能であるし、仮に、この規定が保証金一部返還請求のことを含むと解釈することができたとしても、あくまで、保夫と抗告人が協議することができることを規定したにすぎないのである。

したがって、前記相殺予約の合意が保証金の一部返還請求権の行使であるという抗告人の主張を前提としても、保証金一部返還請求権が、平成13年4月12日になされた抗告人と保夫の合意によって、はじめて発生したものなのである。

6 以上からすれば、抗告人が主張する反対債権は、いずれも、相手方が井上ビルについて抵当権設定登記を受けた平成4年9月10日以降に発生したものであることは明らかである。

すなわち、本件において抗告人が反対債権として主張している保証金返還請求権は、上記のとおり「賃貸借契約終了後家屋明渡義務履行までに生じる賃料相当損害金その他賃貸借契約により賃貸人が賃借人に対して取得する一切の債権を担保するものである」(最高裁昭和48年2月2日判決・民集27巻1号80頁)から、本件賃貸借契約終了後家屋明渡完了後の時点においてそれまでに生じた被担保債権を控除しなお残額がある場合に、その残額につき具体的に発生するものである。本件では、現時点においても、抗告人は、井上ビルの賃借部分の明渡を完了していないのであるから、保証金返還請求権は具体的に発生しておらず、このような保証金返還請求権を自働債権とする相殺が許されないことは明らかである(東京地裁平成12年3月27日判決・金融商事判例1097号36頁)。

また、抗告人と保夫の平成13年4月12日の合意によって、保証金返還請求権と賃料債権との相殺予約が成立したとしても、保証金返還請求権は、同合意の時点において初めて具体的に発生したことが明らかである。

この点、最高裁平成13年3月13日判決(金融法務事情1611号92頁、判例タイムズ1058号89頁)は、「抵当権者が物上代位権を行使して賃料債権の差し押さえをした後は、抵当不動産の賃借人は、抵当権設定登記の後に賃貸人に対して取得した債権を自働債権とする賃料債権との相殺をもって、抵当権者に対抗できないと解するのが相当である」「抵当不動産の賃借人が賃貸人に対して有する債権と賃料債権とを対当額で相殺する合意を上記両名であらかじめ合意していた場合においても、賃借人が上記賃貸人に対する債権を抵当権設定登記の後に取得したものであるときは、物上代位権の行使としての差押えがされた後に発生する貸料債権については、物上代位をした抵当権者に対して相殺合意の効力を対抗することができないと解するのが相当である」と判示している。

そうすると、抗告人の主張は、上記最高裁平成13年判決に照らすと明らかに失当といわざるを得ないのであって、抗告人は、相手方申立にかかる物上代位権にもとづく差押がなされた平成13年6月8日以後に発生する賃料債権について、保証金返還請求権を反対債権とする相殺をもって、相手方に対抗できないのである。

7 そもそも、本件賃貸借契約の対象物件である井上ビルは、以下の経緯で建築されたものである。

(1) すなわち、保夫の実父である井上秋次(以下「秋次」という)は、収益ビルを建築するため、平成3年6月、株式会社三和銀行(日本一支店扱い。以下「三和銀行」という)に対して、9億8000万円を融資することを依頼した(甲2)。これに対して、三和銀行は、秋次の依頼を受け入れたが、秋次は、同収益ビルの建築請負代金を平成3年7月に3億5500万円、平成4年4月に3億3000万円、同年9月に2億9500万円支払う予定であったことから、三和銀行は、秋次の建築会社に対する支払期日にあわせて3回に分割して融資することとし、秋次に対し、平成3年7月5日に3億5500万円を(甲1)、平成4年4月20日に3億3000万円を(甲5)、同年9月10日に2億9500万円を(甲9)をそれぞれ貸し付けた。

(2) 三和信用保証と秋次は、各金銭消費貸借契約締結に先立ち、秋次の三和銀行に対する同貸金債務につき三和信用保証が連帯保証することなどを内容とする保証委託契約をそれぞれ締結した(甲2、甲6、甲10)。

(3) 三和信用保証は、平成3年7月の融資及び平成4年4月の融資に際して、井上ビルの底地について、所有者である井上窯業及び秋次から、平成3年7月5日付保証委託契約にもとづく求償権及び平成4年4月20日付保証委託契約にもとづく求償権を担保するため、それぞれ抵当権の設定を受け(甲3の1、甲7の1)、平成3年7月5日及び平成4年4月20日に各抵当権設定登記を具備した(甲13の1ないし5)。

(4) その後、平成4年9月に井上ビルが完成した(甲13の6)ことから、三和信用保証は、平成4年9月10日、平成3年7月5日付保証委託契約及び平成4年4月20日付保証委託契約にもとづく各求償権を担保するため、完成した井上ビルについて抵当権の追加設定を受け(甲3の2、甲7の2)、抵当権設定登記を具備した(甲13の6)。さらに、三和信用保証は、同日、平成4年9月10日付保証委託契約にもとづく求償権を担保するため、井上ビル及び同ビルの底地についても抵当権の設定を受け(甲11)、同日、抵当権設定登記を具備した(甲13の1ないし6)。

(5) 平成6年9月25日に、秋次が死亡したことから、保夫は、秋次の三和銀行及び三和信用保証に対する上記各債務を承継した。

(6) 保夫は、三和銀行に対する上記各貸金債務の支払を怠ったことから、三和信用保証は、平成13年4月26日、保夫の三和銀行に対する上記各貸金債務について、三和銀行に対して、合計9億7780万1659円を代位弁済した(甲4、甲8、甲12)。

(7) ところで、抗告人は、秋次が三和銀行に対して9億8000万円の融資を求めた段階から、完成する収益ビル(井上ビル)を一括して借り上げることを決定していたのである。そうすると、抗告人は、秋次が三和銀行から三和信用保証の保証付きで9億8000万円の融資を受けることによってはじめて井上ビルの建築が可能となることを当然に認識していたのであり、融資対象物件である井上ビルについて、三和信用保証の抵当権が設定されることを当然の前提としていたことは、明らかである。

以上からすれば、抗告人は、三和信用保証が井上ビルについて抵当権登記を具備する以前に、本件賃貸借契約を締結し、1億2000万円の保証金を差し入れたかどうかにかかわらず、抗告人は、保証金を差し入れた段階で、三和信用保証が井上ビルについて抵当権が設定されることを予測していたことは、明らかである。

(8) 抗告人は、保証金を差入れた当初から、保証金返還請求権と賃料債権とを相殺できるとの期待は有していなかったのであり、保夫が支払不能の状態に陥った段階にいたるまで、1億2000万円もの保証金返還請求権を保全する措置を講じていなかった。ところが、保夫が支払不能の状態に陥ることを察知し、相手方をはじめとする抵当権者から、井上ビルの賃料債権について、物上代位権の行使を受けることを予測するや、平成13年4月12日に突如として保夫との間で相殺予約の合意をしたにすぎないのである。

かかる事情に、抗告人が保証金を差入れる際に、井上ビルについて相手方のために抵当権が設定されることを予期していたことを考え併せると、抗告人が行った相殺予約は、相手方からの賃料債権についての物上代位権の行使を不当に免れるために行ったものと評価せざるを得ない。

(9) 井上ビル建築に関する以上の経緯からしても、抗告人の保証金返還請求権を自働債権とする相殺が、相手方の物上代位権にもとづく賃料債権の差押に優先する理由はないのである。

第4 疎明資料

1 甲第1号証        三和ローン契約書

2 甲第2号証        保証委託申込書兼保証委託契約書

3 甲第3号証の1、2    抵当権設定契約証書、同追加設定契約証書

4 甲第4号証        代位弁済金領収書

5 甲第5号証        三和ローン契約書

6 甲第6号証        保証委託申込書兼保証委託契約書

7 甲第7号証の1、2    抵当権設定契約証書、同追加設定契約証書

8 甲第8号証        代位弁済金領収書

9 甲第9号証        三和ローン契約書

10 甲第10号証        保証委託申込書兼保証委託契約書

11 甲第11号証        抵当権設定契約証書

12 甲第12号証        代位弁済金領収書

13 甲第13号証の1ないし6  不動産登記簿謄本

以上

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例