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大阪高等裁判所 平成13年(ラ)960号 決定 2002年6月05日

抗告人 白石泰彦

白石篤志

白石昌浩

相手方 白石淳子

深町雅子

白石孝信

関口尚子

被相続人 白石文雄

主文

1  原審判を取り消す。

2  本件を神戸家庭裁判所明石支部に差し戻す。

3  抗告費用は各抗告人の負担とする。

理由

第1抗告の趣旨及び理由

抗告人泰彦及び抗告人篤志は、主文1、2項と同旨の裁判を求めて原審判に対して即時抗告をしたものであり、抗告人昌浩も原審判を不服として即時抗告をしたものである。

抗告人らの抗告の理由は別紙のとおりである。

第2紛争の実情

原審記録によれば、以下の事実が認められる。

1  相続の開始、相続人及び法定相続分

被相続人は、平成5年9月18日死亡し、その相続が開始したが、妻は既に平成元年に死亡しており、子もないから、その相続人は、弟妹である抗告人ら及び相手方ら合計7名のみであり、各当事者の法定相続分率は各7分の1ずつである。

また、本件においては、寄与分の申立てはなく、特別受益のある相続人もいないから、遺産の7分の1の金額が各相続人の相続分となる。

2  遺産の概要

(1)  全般

被相続人の遺産は、平成8年12月末日時点において、おおむね別紙財産目録(以下、単に「目録」という。)記載第1の不動産及び第2の株式等の金融資産であった。

(2)  ○○町物件(土地)

目録第1の1の○○町については、被相続人が死亡直前に第三者と代金7100万円で売買契約を締結していたが(平成10年9月の鑑定価格に照らして時価相場による売買と認められる。)、相続開始後、当事者全員は、協議の上、手付金700万円及び違約金700万円の合計1400万円を支払って売買契約を解約した。

同物件は、その地上建物が兵庫県南部地震で倒壊し、後に解体撤去されたため、平成10年9月ころには更地となり、現在も更地のままである。

平成10年9月時点の同物件の価格は5180万円である。

(3)  △△町物件(土地・建物)

目録第1の2の△△町物件は、収益物件(賃貸用アパート)であり、被相続人の生存中も現在も賃借人に賃貸されている。

相手方孝信は、相続開始後、家賃の収受や様々な経費の支出を含め、△△町物件を管理し、その収入を目録第2の7(5)(6)の○○銀行○○支店の預金口座に入金して管理している。

相手方孝信は、△△町物件の管理の負担の対価というものを考慮した遺産分割を希望していたが、管理の対価として支払うべき金額について当事者全員で合意ができていない。

平成10年9月時点の同物件の価格は3800万円(土地3460万円、建物340万円)である。

(4)  ××町物件(土地・建物)

目録第1の3の××町物件については、被相続人が単身で居住していたが、その死亡後は誰も居住しておらず、地上建物は空き家のままとなっている。

平成10年9月時点の同物件の価格は5380万円(土地4960万円、建物420万円)である。

(5)  金融資産

株式等の被相続人の金融資産については、相続開始当初は、当事者全員が協力し、地元に居住する抗告人篤志、抗告人昌浩及び相手方孝信が中心となり、預貯金等の解約、保険金等の請求受領、相続債務等の支払を行ってきた(したがって、金融資産に関する限り、相続開始時と現在とでは、内容及び金額に変動がある。)。

ところが、相続人間に亀裂を生じ、当事者の話合いで遺産分割をすることができない状況となったため、抗告人泰彦は、平成6年10月3日、神戸家庭裁判所明石支部に被相続人の遺産分割調停を申し立てた。

その申立当時の評価に基づき、目録第2の1ないし6の金融資産(預貯金を除く金融資産)の価額を求めるとおおむね7000万円程度となる。

なお、被相続人の株券や預貯金通帳はおおむね孝信が保管している。

3  遺産分割方法に関する当事者の意向

(1)  当事者全員が、法定相続分率に従い全遺産を7等分すべきであるとの共通認識は存在するが、不動産の取得方法について意見の相違があるほか、遺産の収益及び管理費用の清算についても意見の対立があり、合意による遺産分割は不可能な状況にある。

(2)  抗告人篤志の意向の要旨

金銭取得を希望し、不動産は鑑定価額で希望者に取得させるか、任意売却したらとよいとする。ただし、競売による分割は望まず、中間処分としての任意売却が適当であると述べる。

(3)  抗告人泰彦の意向の要旨

△△町物件の取得を希望するが、取得価額については、当初は路線価を、本件鑑定書提出後は、鑑定価額にその後の公示地価変動率を考慮した価額で取得したいとする。不動産を当事者全員の共有とすることについては、強く反対している。

(4)  抗告人昌浩の意向の要旨

当初から、株式等の金融資産の取得を希望し、不動産の取得を希望していない。不動産については、適正価格での取得希望者がいないのなら、早期に任意売却すべきであり、株式等の金融資産については、早期に有利な条件で換金すべきであると主張する。

(5)  相手方孝信の意向の要旨

当初は、△△町物件の取得を希望の意向を示したが、不動産は当事者全員の共有とすべきであるとも主張している。遠隔地に居住する抗告人泰彦が△△町物件を単独取得することには反対である。遺産分割に当たっては遺産管理の負担が正当に考慮されるべきであると強く主張している。

(6)  相手方淳子、同雅子、同尚子の意向の要旨

当初は、△△町物件の取得を希望していた時期もあり、特に、相手方雅子は△△町物件に隣接する土地を所有しているが、現時点では、特段不動産取得の意向は強く示してはいない。

第3原審判及び抗告の理由

1  原審判が命じた遺産分割の具体的内容は、次のとおりである。

(1)  △△町物件を抗告人泰彦の取得とし、この遺産取得の代償として、抗告人泰彦は、その余の各当事者に対し、それぞれ515万7142円ずつを支払え。

(2)  ○○町物件及び××町物件を当事者全員に7分の1ずつの持分により共有取得させる。

(3)  目録第2の1ないし6の遺産(預貯金を除く金融資産)を当事者全員に7分の1ずつの持分割合により共有ないし準共有取得させる。

2  △△町物件について

原審判は、抗告人泰彦が、鑑定評価額を基準として算出される適正価格で△△町物件の取得を希望しているとし、△△町物件の原審判時の価格が3610万円(鑑定価額から時点修正として5パーセントを乗じた額)であると認めた上で、これを抗告人泰彦に単独取得させ、その7分の1ずつの金額の代償金を残余当事者6名に支払うことを命じた。

3  ○○町物件及び××町物件について

原審判は、多数の当事者が競売に反対していること、共有関係の解消も比較的容易と考えられることなど諸事情を考慮すれば、△△町物件以外の不動産については、当事者全員の法定相続分割合による共有取得とすべきとした。

4  預貯金について

原審判は、目録第2の7の預貯金については、本件遺産分割の対象とする必要はないとしている。

5  預貯金以外の金融資産について

原審判は、預貯金以外の金融資産については、売却換金の方向で当事者の意向がおおむね一致しており、不動産の分割方法さえ決まれば金融資産は法定相続分に応じて7等分すれば足り、共有・準共有状態の解消も比較的容易と考えられることから、これを当事者全員に各7分の1の法定相続分割合により共有・準共有取得させるのが相当であるとした。

6  以上が原審判の内容であるが、抗告人泰彦及び同篤志は、共有ないし準共有としたのでは問題を先送りするだけで紛争の解決にならないとして原審判を強く批判し、抗告人昌浩も不動産の換価は容易であるとして共有分割を批判しているとみられる。

第4当裁判所の判断

1  原審判の遺産分割の対象に関する判断について

(1)  前記のとおり、相続開始後しばらくは、抗告人篤志、抗告人昌浩及び相手方孝信が中心となって預貯金等の解約や必要な支払が行われていたのであって、そのころには、当事者間で協議し相続分のとおりに預貯金を分配することも困難ではなかったと思われる。

しかし、原審記録によれば、平成6年10月に申し立てられた本件の遺産分割調停は、預貯金の任意の分配も困難であることを前提とし、預貯金も含めた遺産の分割を求めるものであったし、その後、長期間にわたって行われた裁判所の手続においても、当事者全員が、相続開始後の利息を含む預貯金も遺産分割の対象とすることを前提とし、不動産を誰にいくらで取得させるのか、あるいは換価するのかを話し合っていた経過が明らかである。

(2)  したがって、預貯金が可分債権であるとしても、被相続人が保有していた金融資産について、預貯金も含めて遺産分割の対象とすることは、少なくとも、当事者全員が黙示的に合意していたものと認めるべきであるから、原審判は、遺産分割の対象を見誤った疑いがある。

(3)  もっとも、前記のとおり、目録第2の7(5)(6)の預金口座は、相続開始後に取得された△△町の家賃が入金されており、その預金の一部又は全部が被相続人の遺産ではない可能性が強い。

そのような預金であっても、相続人全員の合意によって遺産分割の対象とし得るが、本件においては、相手方孝信が△△町物件の管理の対価を考慮した遺産分割を主張しているのであり、管理の対価を考慮すること(管理の対価相当額を遺産から優先的に控除し、相続分を無視する形でこれを相手方孝信に取得させること)は、話合いで行うことはできても、審判において行うことはできない。

したがって、遺産分割が審判で行われる場合には、目録第2の7(5)(6)の預金については、その全部又は一部を遺産分割の対象とすることはできず、相続人間の不当利得の問題として処理されるべきことになる。

(4)  以上のとおりであって、本件では、<1>預貯金のうち被相続人の遺産の性質を有するもの、<2>相続開始後に取得されたものを区分した上、<3>相続開始後に取得されたもののうち遺産分割の対象とすることにつき当事者全員の合意が得られるもの(相続開始後の利息がこれに該当する可能性が高い。)を明確にし、遺産分割の対象を確定した上で、預貯金を含めた遺産分割が命ぜられるべきであったということになる。

2  原審判の共有取得に関する判断について

(1)  遺産分割は、共有物分割と同様、相続によって生じた財産の共有・準共有状態を解消し、相続人の共有持分や準共有持分を、単独での財産権行使が可能な権利(所有権や金銭等)に還元することを目的とする手続であるから、遺産分割の方法の選択に関する基本原則は、当事者の意向を踏まえた上での現物分割であり、それが困難な場合には、現物分割に代わる手段として、当事者が代償金の負担を了解している限りにおいて代償分割が相当であり、代償分割すら困難な場合には換価分割がされるべきである。

共有とする分割方法は、やむを得ない次善の策として許される場合もないわけではないが、この方法は、そもそも遺産分割の目的と相反し、ただ紛争を先送りするだけで、何ら遺産に関する紛争の解決とならないことが予想されるから、現物分割や代償分割はもとより、換価分割さえも困難な状況があるときに選択されるべき分割方法である。

(2)  ところで、本件の遺産は、現在では、1億数千万円から2億円の間の金額の株式や預貯金と合計1億2000万円ないし1億3000万円程度の3か所の不動産であり、ある基準日を定めて、個々の不動産及び個々の金融資産の価格をすべて明確にした上で、7分の1ずつに現物分割することがさほど困難ではない。

したがって、基本的には、当事者の取得希望を考慮した現物分割がされるべきである。

もっとも、不動産の取得を希望する者がいない場合で、中間の換価処分に反対する者があれば、終局審判において、競売による換価分割を命じるのが相当である。

(3)  原判決は、以上と異なり、共有・準共有状態の解消も比較的容易であろうとの理由付けで、ほとんど全部の遺産を共有としたものであるが、共有・準共有状態の解消が比較的容易なのであれば、遺産分割においてその解消を行うべきであるから、原審判の命じた遺産分割は到底容認できるものではない。

3  原審判の命じた代償分割について

本件において代償分割が必要となるのは、ある相続人が、遺産増額の7分の1(相続分)以上の遺産の現物取得を行う場合であるが、本件の遺産総額の7分の1は4000万円を超える金額となるものと思われる。少なくとも、△△町物件が3610万円であり、これを抗告人泰彦に取得させるのであれば、金融資産のうち抗告人泰彦の取得分を減額すれば足りたはずであって、わざわざ抗告人泰彦に代償金支払の負担を背負わせる必要はない。

したがって、△△町物件の代償分割に関する原審判の判断も容認することはできない。

4  結論

以上の次第で、原審判は、その選択した遺産分割の方法が相当ではないから取消しを免れないが、本件の遺産分割を行うためには、預貯金のうち分割対象とすべきものを特定し、その分割基準日(審判日又は当事者が合意した日)における額を明らかにし、不動産の分割基準日における評価額を確定し(おそらく、鑑定価格を基準にして路線価等の変動率を乗じる方法で合意ができるものと思われる。)、株式等の個々の金融資産についても分割基準日の額を確定し(あるいは、予め全部換金する)、その上で、当事者の取得希望に配慮して、現物分割又は換価分割を行うことが必要である。

当審において、そのような事実認定を行った上で審判に代わる決定を行うことはできないから、本件を原審に差し戻すのが相当である。

よって、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 岩井俊 裁判官 水口雅資 橋詰均)

別紙 財産目録<省略>

別紙 抗告人白石昌浩の抗告理由書<省略>

別紙 抗告人白石篤志の抗告の理由

1 不動産の分割方法について、原審判は、法定相続分による共有としたが、これでは将来共有物分割を行う必要があり、早期紛争解決になりえず相当でない。

2 抗告人白石篤志において、被相続人の永代供養を行うつもりであり、その費用を予め定める必要がある。

抗告人白石泰彦の抗告の理由

1.原審判は、きわめて安易な結論をもって本件遺産分割を処理しようとするものであり、これによっては遺産分割をめぐる当事者間の紛争の解決はまったく果たされず、ただ先送りされるだけのことであって、とうてい適正かつ合理的なものとして容認することはできない。

(1) 原審判の結論は、要するに被相続人白石文雄に属していた全相続財産をただ各相続人の法定相続分に応じて共有または準共有に属せしめただけであり、そこには遺産相続をめぐる相続人間の紛争を解決しようという熱意も工夫もまったく見られない。

原審判は、あるいは別紙遺産目録第1の1の(2)の土地及び同2の建物(以下、△△町物件という)を抗告人泰彦(以下、原審申立人という)の取得としたではないかというかも知れないが、これは全遺産を各当事者の法定相続分に応じて各1/7の共有又は準共有として取得させた上、そのうち前記不動産について原審申立人をして他の当事者より3、610万円の売買代金でもって買い取らせたことに帰するのであって、原審判の基本が全遺産をただ法定相続分どおりの7分の1づつの共有(又は準共有)に帰せしめたものにすぎないことは否定の仕様がない。

なお、原審判は、単に全遺産を法定相続分どおりに共有(又は準共有)に帰せしめたにすぎないというあやまち以外に、原審申立人に△△町物件を買い取らせることによって第二のあやまちを犯しているのであるが、この点については後述する。

(2) 本件遺産分割は遺産の範囲については特段の争いはなく、各当事者のいずれについても特別受益及び特別の寄与は認められず、またこれに居住するなど不動産に特別の利害関係を有する当事者もいない上、預貯金や株式等の金融資産も少なからず存し(このことは当事者間の利害調整を図る材料が豊富なことを示す)、一般的に見れば、遺産分割の案件としては比較的容易に解決し得る部類に属するものと云い得る。

ただ原審判も指摘するように当事者間に感情的対立や人間関係の未熟さが存し、そのために任意の協議による遺産分割が期待できず原審申立人による調停申立となり、さらには審判へと進んだのである。

この事情と経緯に照らせば、審判手続きにおいて審判官がその職権を適正に行使して紛争解決のために熱意と創意工夫をもって本件に当たればもっとすみやかに、しかもより紛争の解決に資することのできる結論を出すことができたはずである。

原審判は、審判書の理由の4.本件紛争の経緯の中で当事者相互の強い不信感と感情的対立は調停申立以来長年を経過するも、沈静化するどころか、ますます激しさを増しているとし、又そのために現時点では、分割方法のみならず分割対象についても当事者全員による合意成立は全く見込めない状況にあるとしている。その指摘は、そのとおりであるが、そのようなことは調停開始後まもなくにして明らかになっていたことであり、本件調停申立以来6年半以上もの長い時日が経過した現在においてあらためて云うようなことではない。

原審申立人としては、当事者間の合意による解決が全く期待できない状況の中で裁判所の主導による適正かつ合理的な紛争解決を期待して辛抱強く待ってきたのである。原審申立人が期待した審判が、全遺産をただ法定相続分に応じて共有(又は準共有)させるという内容のものであるはずがない(他の心有る当事者も同様であろう)。

相互不信と感情的対立の中にある当事者に法定相続分そのままの共有(又は準共有)関係を維持させるというのはどう考えても是認しうるものではない。

審判手続の当事者主義的運用ということが云われるが、場合によっては事案に応じた修正や変容が期待されるはずである。

(3) 本件調停を申し立てた原審申立人が、調停および審判手続きの中で終始云い続けてきたのは、不動産を各当事者の共有にすることの弊害である。

それは本件各当事者間に存する不信感や感情的対立のために、これらの当事者間において不動産を共有とすることは将来的にもその管理(さらには処分)をめぐって無用の対立や争いが生起することが予想されるため、これを回避する必要のあったことによる。さらに××町の土地、建物について云えば、同不動産は居住用の建物およびその敷地であり、各当事者の共有となるときは、その管理の上で困難な課題が生じるものと見られたからである。すなわち、これを管理するとなれば他に賃貸するか、当事者のうちの誰かが居住するか、それとも空家のままにしておくかの選択肢が考えられるが、第三者に賃貸するのは、将来における売却処分を考えればとり得ないし、現に自らそこに居住しようとする当事者も見られない。とすれば空家のまま放置せざるを得ないこととなるが、それでは建物の老朽化をはやめるばかりであり、最悪の選択となるので、それはとるべき道ではないとして、原審申立人においてある程度合理的な評価のもとにであればこれを取得してもよいとしてその評価の仕方について、提案を何度か行ってきたのである。原審申立人が××町の物件について、これを自ら単独で取得してもよいとしたのは、このようにこれを各当事者の共有とすることから生じる弊害をおもんばかり、これを防がんがためであったのであり、又、遺産のうちの不動産について共有関係のものは極力生じないようにしたほうがよい(共有とすることは問題の先送りに過ぎず、紛争の解決に資することとはならないからである)との考えに基づくものであり、××町の物件を取得することが自らの利益になるとの発想に出たものではない(と云っても不合理な不利益を受ける理由もないので、そういうことのない歯止めとして評価方法についての提案を行ってきたにすぎない)。

原審判はその理由の5分割方法についての各当事者の意向等のところで、「申立人泰彦は、当初から、不動産ことに△△町物件の取得を希望するが」と述べているが、これは正確な把握ではない。原審申立人としては当初管理上もっとも問題の多い××町の物件を取得することを考えてきたのであり(この点については口頭のみならず何回にもわたって書面を提出してある)、原審申立人の提案する評価額では他の当事者の同意が得られそうにない情勢に照らして、△△町の物件を取得してもよい(評価額の上で多少の不利益には目をつぶっても)との意向を表明するにいたったのである。

この間原審申立人は××町の物件の再鑑定の必要なことを何回となく力説したが、審判官のとるところとならなかった。××町の物件の鑑定評価額は原審申立人が複数の地元の不動産業者を通じて行った調査結果に照らしても明らかに高きにすぎる。このことは当初どういうわけか土地と建物を一括した評価が行われず、土地のみの評価が行われ、後で追加的に建物の評価が行われたため全体として高目の評価になってしまった経過がある。この建物は大震災の被害でそれ自体はとうてい評価するに価しない(当該鑑定士より原審申立人代理人が直接聞いた話である)のに、追加的に出された鑑定書ではそれなりの評価額となっている。

このような事情もあり再度の鑑定をすれば、原審申立人において提案していた評価額の正当性が明らかになり、原審申立人がこれを取得する道(ということは不動産の共有関係を減らすことになる)が開かれると思い、再鑑定すべき旨を求めてきたのである。もちろん他の物件についても再鑑定することは全体のバランスを見る上でも有益かつ必要であるので、あわせてこれも主張してきた。

審判官はこれを採用しそうもない姿勢を示していたので、原審申立人としては△△町の物件の取得に方向を転ずることとなったのである。

(4) 以上の次第で××町の物件にせよ、△△町の物件にせよ、原審申立人がこれを取得することを希望したのは全体の利益のために本件遺産分割において、各当事者の共有となる不動産をできるだけなくしたいということと、自らこのいずれかを単独取得することによって他の不動産(○○町の物件を含む)についての他の当事者との共有関係のわずらわしさから免れたいと思ったからである。実際他の当事者はすべて地元の明石を中心とする地域に居住しているが、原審申立人は一人関東に生活の基盤を有し、共有物件の管理をめぐる諸問題に十全に対応することのできない不便さもある。

しかるに原審判は△△町の物件を原審申立人に取得させることとした上で、他の二つの不動産についても他の当事者と全く同じ共有持分で共有関係に組み込もうとするものである。

これでは原審申立人の意思が全く汲み取られていない。

原審申立人にとっては全く最悪の結果である。

そしてこの結論は単に原審申立人の意思に反したというのみならず、すべての遺産について法定相続分どおりの共有・準共有の関係をつくり出すことですべてを終わりにしたという点で全体の利益にも反しているというべきである。本件相続をめぐる当事者間の紛争は云わば何一つ解決されることなく先送りされたのである。これが6年半以上もの年月を費やした上での結論であるとは容易に信じ難い。

2.原審判が犯したもう一つの誤りは、原審申立人に△△町物件を単独取得させるに当たり、原審申立人にその代償金の支払を命じている点である。

(1) これでは原審申立人は、その代償金の支払にあてるべき資金の調達を強いられることとなる。しかも悪いことに原審判は本件遺産の中に存する預貯金、有価証券等の金融資産については、あるいは遺産分割の対象とする必要はないとし、あるいは当事者全員の共有又は準共有にするのみで具体的な分割の方途を定めておらず、すべて今後における分割の手続きに委ねているので、原審申立人の代償金支払原資の調達の問題は原審申立人にとってきわめて深刻な問題である。実際問題として原審申立人には現在その支払能力はない。

原審における審判手続きにおいて(それに先立つ調停手続きにおいても同様であるが)、原審申立人は家事審判官より代償金の支払能力ないしは調達能力について全く質問を受けたことがないのである。この点の調査を全くしないで、原審申立人に対し3、610万円という金額の代償金の支払義務を課すのは不当である。

(2) 本件遺産分割においては三カ所の不動産が存し、かつ相当額にのぼる預貯金、金融資産の類が存するのであるから、原審申立人に△△町物件を取得させるに当たり、原審申立人に代償金の支払をさせないですむ弾力的な調節方法があったはずである。

原審申立人に△△町物件を取得させるかわりにその評価額に相当する分だけ、原審申立人の取得する他の不動産についての共有持分を零にしたり、他の当事者より少なくしたりするとともに預貯金や株式等の金融資産についての原審申立人の取得分を他の当事者より少なくすることによって、当事者間における遺産配分のバランスを取ることができるし、又そうすべきであった。

そのためには遺産全体のバランスをはかるために資産の評価が必要となるが、それは当然なすべきことであって、あえてその労を省き、安易な処理で全てをすませようとしたところに本件審判の不当性があると云うべきである。

(3) 原審判は、預貯金については、本件遺産分割の対象とする必要はないと云うが、その必要はあるのであり、又全当事者が同意するときは預貯金についても遺産分割の対象とすることができると解されるところ、本件各当事者のうち、これに反対する者は見られないのであるから当事者全員の合意があるものとして(もし確認の必要があると云うのであれば確認すればよい)預貯金についても具体的な分割方法を示すべきである。

このことは相続開始後の法定果実等についても同様に云えることである。

以上により、本件遺産相続をめぐる当事者間の紛争の終結を目指すべきものである。

以上をもって、本件即時抗告の理由とする。

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