大阪高等裁判所 平成13年(行コ)28号 判決 2001年10月19日
控訴人 大阪市
代理人 宮武康 米田文男 磯村良次 ほか2名
被控訴人 甲野太郎(仮名)
主文
1 原判決中、控訴人敗訴部分を取り消す。
2 上記取消部分にかかる被控訴人の請求を棄却する。
3 訴訟費用は第一、二審を通じて被控訴人の負担とする。
事実および理由
第1申立
主文同旨
第2事実
1 本件は、被控訴人が、平成8年4月1日当時被控訴人が要保護状態にあり、同日口頭で生活保護の開始申請を行ったものであるのに、大阪市生野区福祉事務所の所長であるY本は、平成9年4月1日に保護開始日を同年3月24日とする保護の開始決定をするまでの間、保護の開始決定をしなかったとして、控訴人に対し、国家賠償法1条1項に基づき、平成8年4月1日から平成9年3月23日までの生活保護費相当額の150万0025円の損害賠償を求めるとともに、同福祉事務所のケースワーカーであるTが、生活保護開始申請書の交付を拒否したことが、扶養を受けるか生活保護を受給するかを決定する被控訴人の自己決定権を侵害し、被控訴人の迅速適正に生活保護を受ける権利を侵害したものであり、またTが社会福祉法人わらしべ会重度身体障害者更生援護施設わらしべ園に被控訴人の退所の事実等を問い合わせたことは、被控訴人のプライバシーを侵害するものであるとして、控訴人に対し、慰謝料200万円の支払を求めた事案である。
原審は、控訴人の国家賠償法上の責任を認め、被控訴人の請求のうち、平成8年4月1日から平成9年3月23日までの生活保護費相当額の150万0025円の損害、並びに慰謝料30万円についてこれを認容し、その余の請求を棄却したところ、控訴人はこれを不服として、敗訴部分の取消し並びに同部分についての被控訴人の請求を棄却すべきことを求めて本件控訴を提起した。
なお被控訴人は上記国家賠償請求に併合して、生野区福祉事務所長を被告として、同被告が平成9年4月1日にした保護の開始決定を取り消して、保護開始日を平成8年4月1日とする保護決定をすることを求める行政訴訟を提起していたものであるが、原判決は同訴訟についてはこれを不適法として却下し、当該部分についての原判決は確定した。
2 請求原因
(1) 被控訴人(<略>)は、肢体不自由(四肢アテトーゼ、身体障害者障害程度等級表(身体障害者福祉法施行規則別表第5号)による級別一級)、言語機能障害(同三級)、視覚障害(同五級)を持つ身体障害者であり、身体障害者手帳一級一種の交付を受けている。被控訴人は、昭和60年9月22日から、枚方市内の社会福祉法人わらしべ会重度身体障害者更生援護施設わらしべ園(以下「わらしべ園」という。)に入所していたが、平成8年2月28日に退所し(当時29歳)、同月29日付けで施設の措置が解除され、その後は大阪市生野区において一人で生活していた。
(2) 生野区福祉事務所の所長であるY本、同福祉事務所のケースワーカーであるTは、いずれも控訴人の公権力の行使にあたる公務員である。
(3) 被控訴人は、平成8年4月1日、障害者介護人Nを伴い、生野区福祉事務所生活保護課を訪れ、Tに対し、従前から生活保護を受けるために提出することを指示されていた書類(年金証書、年金振込通知書、銀行預金通帳、民生委員通知書、賃貸借契約書のコピー、家主が書いた住宅費証明書)を提示し、同年3月31日をもって父親の健康保険の被扶養者から抜けたことを告げ、生活保護の開始申請(以下「本件開始申請」という)を行った。
(4) 被控訴人は、わらしべ園を退所した後は一人で生活し、重度の身体障害者であることから就労に適した仕事がなく、当時の収入は障害基礎年金しかなかったところ、1か月3万5000円の家賃と介護手当によっても不足する介護料を支払う必要があったため、本件開始申請を行った時点において、保護を開始すべき状態(要保護状態)にあった。
(5) 生野区福祉事務所長は、被控訴人について、平成9年3月24日を保護開始日とする生活保護決定を、平成9年4月1日付で行った(以下「本件開始決定」という)。
(6) 生野区福祉事務所長であるY本は、被控訴人が平成8年4月1日に生活保護の開始申請を行い(本件開始申請)、かつ同時点において被控訴人が要保護状態にあったものであるから、速やかに被控訴人について、同日を保護開始日とする生活保護決定をするべき義務を有していたものであるのに、これを怠り、本件開始決定をするまで、違法に被控訴人についての生活保護開始決定をしなかった。
(7) Y本の前項の違法行為によって、被控訴人は本来支給されるべきであった平成8年4月1日から平成9年3月23日までの生活保護費150万0025円を受領することができず、同額の損害を被った。
(8) 生野区福祉事務所のケースワーカーであったTは、被控訴人が平成8年4月1日に同事務所において、生活保護の開始申請書用紙の交付を求めたのにもかかわらず、被控訴人に対して執拗に親の扶養を受けるように迫り、被控訴人を扶養する意思がない旨の親の回答書を持参しない限り生活保護開始申請書用紙を渡さない等と言って違法に申請書用紙の交付を拒み、また被控訴人の父親を呼び出そうとした。翌2日にもTは、被控訴人が申請書用紙の交付を求めたのにこれを拒否した。
また同月1日、Tは、被控訴人に無断で、違法に、被控訴人がかつて入所していたわらしべ園に被控訴人の退所の事実等を問い合わせ、被控訴人に関する個人情報を収集した。
(9) Tの前項の違法行為によって、被控訴人は親の扶養を受けるか、生活保護を受けるかの自己決定権、並びにプライバシーの権利を侵害され、迅速適正に生活保護を受ける権利を侵害される等、多大の精神的苦痛を受けたが、この損害を金銭に見積もると200万円を下ることはない。
3 請求原因に対する認否
(1) 請求原因(1)(2)は認める。
(2) 請求原因(3)について、被控訴人が、その主張の日に主張の場所において生活保護の申請に必要な書類の一部を提出したことは認めるが、その余は否認する。当日、被控訴人による生活保護の申請がされた事実はない。
福祉事務所のTは、当日被控訴人との間で生活保護申請のための受付面接を行ったが、そのときの経過は請求原因(8)の認否において述べるとおりであって、Tが当日行った受付面接は、生活保護の趣旨、受給要件の説明の段階で中断したものである。
(3) 請求原因(4)は知らない。
(4) 請求原因(5)は認める。
(5) 請求原因(6)は争う。生野区福祉事務所長がした、被控訴人に関する平成9年4月1日付生活保護決定(本件開始決定)は、平成9年3月24日に被控訴人が行った生活保護開始申請に応じて、同所長が生活保護法24条に定める手続に従って行ったものであり、被控訴人が主張する平成8年4月1日の本件開始申請に基づいて行ったものではない。
そもそも本件開始申請など存在しないものであるから、Y本に違法行為は存在しない。仮に上記申請があったと判断されるとしても、Y本としてはそのような申請があったとは認識しておらず、認識しなかったことに過失はない。
(6) 請求原因(7)は否認ないし争う。
<1> 生活保護法による生活保護の給付は、保護実施機関による保護の開始決定に基づいて実施されるものであり(同法19条)、これは同法が行政処分たる保護の開始決定によって、国民に具体的に生活保護を受給する権利を付与する制度を採用していることを意味する。即ち、生活保護を受給する具体的な権利ないし法的利益は、保護の開始決定によってはじめて発生するのであって、申請者が保護開始決定の前に生活保護給付を求める具体的な権利を有するものではない。
本件において福祉事務所長は、被控訴人が本件開始申請を行ったことについての認識はなく、本件開始申請に対する意思表示(決定)は、今日に至るまで何らこれを行っていない。本件開始決定は請求原因(6)の認否において述べたとおり、平成9年3月24日に被控訴人が行った生活保護開始申請に基づく決定であり、本件開始申請に基づく決定ではない。
以上によれば、本件開始申請が存在するとの被控訴人の立場を前提としても、被控訴人に生活保護費相当の損害額が生じているとは言えない。
<2> 生活保護法は保護開始決定について、69条で審査請求前置主義を採用するとともに、24条4項で申請をしてから30日以内に決定の通知がないときには、申請を却下したものとみなすことができる旨の、みなし却下規定を置いており、保護開始の申請をしても行政庁が決定をしない場合には、申請者にみなし却下規定により審査請求をした上で、取消訴訟を提起する方途を認めている(なお、同法65条2項は、審査請求から50日以内に裁決がない場合には、審査請求を棄却したものとみなす旨規定している)。
本件のような、直接金銭上の権利義務にかかる処分(生活保護処分)について、上記のような取消訴訟とは別に、実質的に同一の機能を有する国家賠償請求訴訟を提起し、給付相当額を損害賠償として求めることは、出訴期間や不服申立前置の意義を失わせ、また行政庁の第一次判断権を侵害するものとして許されるべきではない。
(7) 請求原因(8)前段は否認する。Tは被控訴人に対し、民法に定める扶養義務者の扶養は生活保護に優先するものであることを繰り返し説明したが、被控訴人は、親族の扶養を受けるか生活保護を受けるかは、本人の自己決定により選択されるべきものであるとして、譲らなかったのである。Tのかかる対応は、保護開始の申請時における面接員の役割についての指針である、「生活保護実施における標準事務処理方式について」と題する各都道府県知事あて厚生省社会局長通達(昭和28年4月1日付)に則って、これを受け付け面接として行ったものであり、何ら違法ではない。またこの際、Tにおいて親の扶養を受けるように迫ったり、その主張にかかる回答書の持参を求めて申請書用紙の交付を拒否したとの事実はない。
同項後段について、Tがわらしべ園に対して、被控訴人が同所を退所していることを確認する目的で電話での問い合わせをしたことは認めるが、このことは生活保護申請の前提となる事実についての確認であり、違法な個人情報の収集には該当しない。Tはわらしべ園から、被控訴人が退所の理由として、家の改造の話があるので実家に戻ると説明したことを聞いたが、それ以上の詳しい事情については何も聞いていない。
平成8年4月1日の受付面接は、最終的には、翌日引き続いて受付面接を行うとすることで被控訴人も納得し、被控訴人は翌日来所することを職員に約束して帰途についたものである。
(8) 請求原因(9)は否認ないし争う。
民法に定める扶養義務者の扶養は、生活保護法における保護に優先して行われるものであって、被控訴人が、親の扶養を受けるか、生活保護を受けるかの自己決定権を有するとするのは、その前提自体が失当である。
被控訴人は生活保護申請についてT相談員に相談をするにあたり、自らわらしべ園を退所したものであることを開示し、T相談員はそれを確認したにすぎないのであり、この行為がプライバシーの侵害となることはあり得ない。
被控訴人が本件開始決定がされるまで生活保護決定を受けられなかったと仮に言いうるとしても、それは平成8年4月17日に申請書用紙の交付を受け、Y本所長やT相談員から申請書の提出を促されながら、親の扶養を受けるか生活保護を受けるかは要保護者が自ら決定できるという被控訴人独自の見解や、T相談員がわらしべ園に電話して被控訴人のプライバシー権を侵害したとの見解を、Y本所長やT相談員に認めさせようとして、被控訴人の見解が受け入れられるまで申請書を提出しなかった被控訴人自身の行為によるものであって、T相談員の行為との間に相当因果関係は存在しない。
4 抗弁
仮に平成8年4月1日に、本件開始申請が存在したと認められるとしても、被控訴人は申請書用紙を受領した同月17日から起算して、申請に要する相当の期間が経過した頃までには、黙示に本件開始申請にかかる申請行為を撤回したものである。
5 抗弁に対する認否
否認する。
第3理由
1 請求原因(1)(2)の各事実については当事者間に争いがない。
2 請求原因(3)について判断する。
(1) 以下のとおり付加訂正するほか、原判決18頁14行目から26頁14行目までを引用する。但し引用箇所に「被告所長」とあるのは、全部「生野区福祉事務所長」と改める。
<1> 原判決19頁4行目を削除する。
<2> 原判決20頁7行目の「障害者手帳を作る」を、「障害者手帳の交付を受ける」と改める。
<3> 原判決20頁13行目、15行目、21頁7行目23頁6行目、同頁末行、24頁6行目の「申請書」を、「申請書用紙」といずれも改める。
<4> 原判決21頁8行目、同頁19行目、22頁3行目の「扶養意思の」の次に、「有無の」をそれぞれ加える。
<5> 原判決21頁18行目の「Tに対し」の次に、「申請書用紙の交付を求めるとともに、」を加える。
<6> 原判決21頁19行目の「Tは」の次に、「、申請書用紙の交付には応じず、」を加える。
<7> 原判決26頁1行目に「保護開始日とする」とあるのを、「保護開始日とし、生活扶助として月額金19万4880円を支給する旨の」と改める。
<8> 原判決26頁10行目に「また、」とあるのを、「被控訴人は平成8年3月から、控訴人の実施する全身性障害者介護人派遣事業(<証拠略>)により、1ヶ月153時間分の介護券の交付を受け、これにより被控訴人の介護人に対し、給付開始月には21万2670円、翌月以降は毎月21万2670円の介護手当が給付されていた。」と改める。
<9> 原判決26頁14行目末尾に、改行の上、以下のとおり加える。
「ツ 被控訴人は、平成9年5月14日、大阪府知事に対し、本件決定について、保護開始日を平成8年4月1日に変更することを要求して審査請求をし(<証拠略>)、同年9月12日、厚生大臣に対して再審査請求をした(<証拠略>)。
大阪府知事は、平成9年9月18日、前記審査請求を棄却した(<証拠略>)。」
(2) 生活保護法(以下「法」という)は生活保護の開始申請を書面によって行わなければならないとするものではなく、同法の委任を受けた施行規則2条1項も、申請書面の提出を申請の要件としているものではないと解される(なお、申請書の作成提出が申請の要件でないことについては、控訴人もこれを争わない)。
法24条1項は「保護の実施機関は、保護の開始の申請があったときは、保護の要否、種類、程度、及び方法を決定し、申請者に対して書面をもって、これを通知しなければならない。」と規定しているが、これは法7条に規定する保護の申請があった場合における保護の実施機関の処理手続を明確に定め、その敏速確実な処理を期するものであると解される。このように、保護の開始の申請は、保護実施機関に一定の作為義務を課するものであるから、保護の開始の申請があったというためには、単に申請者において申請意思を有していたというのみでは足らず、申請者において申請の表示行為を行う必要があるというべきである。
(3) 被控訴人は、平成8年4月1日において(以下年月日の記載は、特記のない限り平成8年である)、被控訴人は要保護状態にあり、生活保護申請後に必要となる年金証書等、従前指示されていた書類を提出して、T相談員に対し生活保護申請書用紙の交付を要求したのであるから、この時に生活保護を受給したい旨の、申請表示行為を行ったものであると主張する。
先に認定したところによれば、被控訴人は4月1日に生野区福祉事務所に赴くに先立ち、既に4度にわたって同事務所を訪れ、相談員から生活保護の開始にあたって必要となる書類を教示されており、当日は年金証書、年金振込通知書、銀行預金通帳、民生委員通知書、賃貸借契約書コピー、住宅費証明書を同事務所に持参し、T相談員に対して生活保護申請のための申請書用紙の交付を求めたのであるから、この時には、被控訴人は生活保護申請をする意思を有していたものと認められる。しかしながらこれらの事情のみでは、被控訴人が当日生活保護申請の表示行為を行ったとまで認めるに足らず、本件に現れた全証拠を検討しても、被控訴人が、当日、申請の表示行為(申請行為)を行ったと認めるに足りない。その理由は以下のとおりである。
<1> 申請書用紙の交付申請は、それ自体は申請行為でないのは明らかである。
<2> 4月1日の面談は、前認定のとおり、生活保護と親族の扶養義務との関係を巡って、そのいわゆる自己決定権を主張する被控訴人とT相談員との間で論争となり、1時間半以上を経て、議論は平行線を辿ったまま終了したものと認められる。そのうえ被控訴人は翌4月2日にもNを伴って生野区福祉事務所を訪れ、前日と同様、申請書用紙の交付を求めている。<証拠略>(平成9年3月21日付被控訴人作成の書面)には同日の訪問について、「生活保護の申請に行きました」との記載が存在するところである。この経過からすれば、T相談員のみならず被控訴人においても、4月1日の面談は途中で終了しており、被控訴人は未だ生活保護の申請をしていないとの認識であったものと認められる。
<3> 被控訴人は4月15日付で生野区福祉事務所長にあて通知書を送付しているが、(<証拠略>)、同書において、生活保護申請書(用紙)を提示すること、4月1日付で生活保護申請を受理すべきことを要求している。同通知書の前書き部分には「T相談員が申請を受け付けない」ことについての抗議もあるが、同書前引用部分の記載によれば、被控訴人としては申請には申請書の提出が必要であり、未だ申請行為は完了していないとの認識であったものと推認される。
<4> 被控訴人は4月17日に生野区福祉事務所において生活保護申請書用紙を受領したものである。若し被控訴人が申請行為は4月1日に完了し、あとは保護実施機関の決定を待つ状態にあったと認識していたのであれば、被控訴人において申請書用紙を受領する理由はなく、却って申請行為は既に終了していること、保護実施機関としては速やかに同申請に対する決定をなすべきことを求めるのが通常であると考えられるが、被控訴人がそのような応対をした形跡はない。
福祉事務所長のY本らは、このとき被控訴人に対し、保護開始日を4月1日とすることを示唆して、申請書の提出を促したにもかかわらず、被控訴人はその提出をしなかった。被控訴人がその理由とするところは、4月15日付の通知書に対する文書による回答があるまでは申請書を提出しない意思であるというところにあり、既に4月1日に申請行為は終了しているという点にあるのではなかった。
<5> 被控訴人は4月17日に生活保護申請書用紙を受領して以後も、翌平成9年3月24日に生野区福祉事務所において申請日を平成8年4月1日とした生活保護開始申請書を提出するまで、これの提出をしなかった。一方被控訴人はこの間、前認定のとおり生野区福祉事務所長、大阪市長らに通知書を送付して、福祉事務所が生活保護についての被控訴人の自己決定権を侵害したこと、またプライバシーを侵害したことなどについての抗議を繰り返し、これについての謝罪を求め続けたものである。この経過に鑑みると、被控訴人は、少なくとも4月17日以降においては生活保護の申請を行う意思を保留し、申請を行うことよりも、福祉事務所からの謝罪若しくは納得のいく回答を得ることを優先させたものと認められる。
<6> 本件においては、被控訴人が4月17日以降、1年近くにわたって申請を行わなかった理由が、被控訴人が4月1日に既に申請を終えていると考えていたところにあると認めることもできない。蓋し、被控訴人は4月17日以降も福祉事務所に対しては抗議ないし謝罪の要求を繰り返したのみで、保護実施機関による速やかな決定を求めるなど、申請が完了していることを前提とする行動をした形跡は存在しないからである。
法24条4項は、保護の申請をしてから30日以内に、保護の実施機関から同条1項の通知がないときは、申請者は、保護の実施機関が申請を却下したものとみなすことができる旨を規定する。被控訴人に若し4月1日に生活保護申請を行ったとする認識があったのであれば、被控訴人は上記みなし規定により申請の却下があったものとみなし、法64条、行政不服審査法5条の定めによって審査請求をすることができたことになる。ところが被控訴人は、平成9年4月1日付の本件開始決定に対しては審査請求をしているが(<証拠略>)、本件開始申請については、前記みなし規定を適用して審査請求をすることをしていない。被控訴人は、既に4月6日の段階から大阪弁護士会に所属するI弁護士に対して本件の相談をし(証人N)、継続的に同弁護士の助言を得ていたと推認されることをあわせ考えると(なお<証拠略>記載の被控訴人肩書地は、前記I弁護士の事務所である)、被控訴人自身、平成8年4月1日に生活保護開始の申請をしたとの認識は有しなかったと考えられるところである。
(4) 以上を要するに、被控訴人は、平成8年4月1日に生活保護の申請をする目的で生野区福祉事務所に赴いたが、生活保護と親族の扶養義務の関係を巡ってT相談員と論争になり、T相談員から申請書用紙の交付を得ることができず、結局申請を行わないまま同日の面談を終え、4月11日の被控訴人の通知書に対する満足のいく回答を得られなかった同月17日以降は、平成9年3月24日に申請をするまで、申請の意思自体を保留していたものと認められる。
確かに申請書の提出は生活保護開始申請の要件ではなく、一般論としては口頭による保護開始申請を認める余地も存在するものと認められる。しかし生活保護の開始申請を受けた保護実施機関が、前記のとおり法24条1項の対応を要請されることからすれば、保護開始申請がされたかどうかは客観的に明らかである必要があり、その確実性からすれば、生活保護法施行規則2条1項が「保護の開始又は保護の変更の申請は、――(中略)――書面を提出して行わなければならない」と規定して、書面による申請を原則としているのは理由のないことではない。従って口頭による保護開始申請については、特にこれを口頭で行う旨を明示して申請するなど、申請意思が客観的に明確でなければ、これを申請と認めることはできないというべきである。
以上の観点からすれば、平成8年4月1日に、被控訴人が生活保護の開始申請を行ったものとは認められない。そしてこのことは、既にみたとおり、被控訴人自身に同日申請行為を行ったとする認識がないことからも明らかである。申請行為が申請者の申請意思の外部的な表明であることからすれば、申請者自身に申請の認識がないのに、申請行為が存在したものと認めることはできない。この点について、仮に申請者にその認識が欠如していても、客観的に申請行為があったと解する余地が絶無ではないとしても、本件において申請行為があったことを窺わせる事情は存在しないというべきである。
本件においては、被控訴人に対して申請書用紙の交付をしなかったT相談員の行為の当否は別に問題になり得る。しかし、同相談員の4月1日の行為が違法ないし不当と判断されるとしても、生野区福祉事務所においては同月17日に被控訴人に対して申請書用紙を交付し、福祉事務所長らにおいては被控訴人に対し、4月1日を保護開始日とすることを示唆して申請書の提出を促したにもかかわらず、被控訴人は以後も平成9年3月24日に申請書の提出をするまで、申請書の提出をしなかったという前認定の事実に鑑みるときは、T相談員の当該行為によって、被控訴人が同日、口頭による生活保護の申請を行ったと認めるべきものでもない。
以上のとおりであるから、請求原因(3)のうち、被控訴人が本件開始申請をしたとの事実はこれを認めるに足りない。
3 よって、被控訴人が本件開始申請をしたことを前提として、生野区福祉事務所長が、平成9年4月1日に保護開始日を同年3月24日とする保護の開始決定をするまで、被控訴人に対して保護の開始決定をしなかった措置が違法であるとして、控訴人に対し、平成8年4月1日から平成9年3月23日までの生活保護費相当額の150万0025円の損害賠償を求める被控訴人の請求は、その余の点について判断を加えるまでもなく理由がない。
4 請求原因(8)前段について
平成8年4月1日及び2日、被控訴人がT相談員に生活保護申請書用紙の交付を求めたのに対し、Tがこれに応じなかったことは先に認定したとおりである。
ところで、旧厚生省・援護局通達「保護の実施要領(昭和38年4月1日社発第246号、<証拠略>)第9の1は、保護申請における助言指導として、(1) 要保護者が保護の開始の申請をしたときは、保護の受給要件並びに保護を受ける権利と保護を受けることに伴って生ずる生活上の義務及び届出の義務等について十分説明の上適切な指導を行うこと、(2) 要保護者が自らの資産能力その他扶養、他法等利用しうる資源の活用を怠り又は忌避していると認められる場合は、適切な助言指導を行うものとし、要保護者がこれに従わないときは、保護の要件を欠くものとして申請を却下することと定めていたところ、Tは、同要領の定めに従い、生活保護の要件等について説明したうえ、被控訴人の父親の扶養意思の有無の確認を得るため、被控訴人を説得していたものであり(原審における証人T)、先に認定したとおり、同月17日に被控訴人がTから申請書用紙の交付を受けた前後を問わず、平成9年3月24日まで生活保護開始の申請の意思を表示しなかったものである。
平成8年4月1日及び2日にTが被控訴人に申請書用紙を交付しなかったのは、Tの被控訴人に対する行政指導としての説得が続いていた間のものであり(なお、Tが被控訴人の父から被控訴人を援助することが難しいと告げられたのは、先に認定したとおり、同月9日のことであった)、その間、被控訴人が真摯かつ明確に申請の意思を表示していたものではない本件においては、上記の各日にTが申請書用紙を交付しなかったことをもって国家賠償法上、違法であったとすることはできない。
5 請求原因(8)後段について
被控訴人はT相談員がわらしべ園に対して調査を行ったことも違法であると主張するが、同相談員の同行為を違法と解することはできない。その理由は以下のとおり付加訂正するほか、原判決34頁9行目から35頁12行目までのとおりであるから、これを引用する。
(1) 原判決34頁11行目の「2(1)の」を削る。
(2) 原判決34頁15行目の「原告の口頭による保護の開始の申請があった」を「被控訴人から保護申請の意向が示された」と改める。
(3) 原判決35頁2行目の「行為は」の次に「、たとえ保護申請の前であっても」を加える。
6 以上のとおりであるから、被控訴人の控訴人に対する損害賠償請求は、すべて理由がない。
よって原判決中、控訴人敗訴部分を取消し、上記取消部分にかかる被控訴人の請求を棄却することとして、主文のとおり判決する。
(裁判官 太田幸夫 川谷道郎 大島眞一)
<参考>第1審 大阪地裁 平成11年(行ウ)第18号 平成13年3月29日判決
主文
1 原告の被告大阪市生野区福祉事務所長に対する訴えを却下する。
2 被告大阪市は、原告に対し、180万0025円及びこれに対する平成11年3月31日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 原告の被告大阪市に対するその余の請求を棄却する。
4 訴訟費用中、原告と被告大阪市との間に生じた費用の2分の1を被告大阪市の負担とし、原告と被告大阪市との間に生じたその余の費用及び原告と被告大阪市生野区福祉事務所長との間に生じた費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
1 被告大阪市生野区福祉事務所長の平成9年4月1日付け生活保護決定を取り消し、原告に対する生活保護の支給起算日を平成8年4月1日とする旨決定する。
2 被告大阪市は、原告に対し、350万0025円及びこれに対する平成11年3月31日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は、平成9年4月1日付けで同年3月24日を保護開始日とする生活保護法による保護の決定(以下「本件決定」という。)を受けた原告が、平成8年4月1日に口頭で生活保護法による保護の開始を申請し、かつ、その当時要保護状態にあったにもかかわらず、被告大阪市生野区福祉事務所長(以下「被告所長」という。)が同日を保護開始日とせずに本件決定をしたことが違法であると主張して、被告所長に対し、本件決定を取り消して保護開始日を平成8年4月1日とする保護決定をすることを求め(請求第1項)、違法な本件決定のために平成8年4月1日から平成9年3月23日までの間の生活保護費150万0025円を受給することができなかったと主張し、また、大阪市生野区福祉事務所の職員(相談員)が生活保護開始申請書の交付を拒否したことが親の扶養を受けないという原告の自己決定権を侵害し、同相談員が原告のかつて入所していた施設に対して調査をしたことが原告のプライバシー権を侵害したと主張し、被告大阪市に対し、国家賠償法1条1項に基づき、生活保護費相当額の150万0025円及び慰謝料200万円の合計350万0025円並びにこれに対する本件訴状送達の日の翌日である平成11年3月31日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた(請求第2項)事案である。
1 前提となる事実(争いのない事実及び証拠(書証は枝番を含む。)により容易に認定しうる事実)
(1) 原告(<略>)は、肢体不自由(四肢アテトーゼ、身体障害者障害程度等級表(身体障害者福祉法施行規則別表第5号)による級別一級)、言語機能障害(同三級)、視覚障害(同五級)を持つ身体障害者であり、身体障害者手帳一級一種の交付を受けている。原告は、昭和60年9月22日から、枚方市内の社会福祉法人わらしべ会重度身体障害者更生援護施設わらしべ園(以下「わらしべ園」という。)に入所していたが、平成8年2月28日に退所し(当時29歳)、同月29日付けで施設の措置が解除され、その後は大阪市生野区において一人で生活している。
被告所長は、生活保護法(以下「法」という。)による保護の実施機関である(法19条5項、生活保護法施行令1条、大阪市生活保護法施行細則(昭和31年大阪市規則第63号(<証拠略>)2条1項)。
(2) 原告は、平成8年4月1日当時、障害基礎年金として月額8万1825円を受給しており、同年8月から特別障害者手当として月額2万6230円を受給していた。原告は、平成8年3月から、被告大阪市の実施する全身性障害者介護人派遣事業(<証拠略>)により、1か月153時間分の介護券の交付を受け、これにより、原告の介護人に対し、給付開始月には21万1140円、翌月以後は毎月21万2670円の介護手当が給付されていた。また、原告は、月額3万5000円の家賃を支払っていた。
(3) 原告は、平成8年4月1日、障害者介護人のNと共に、生野区福祉事務所の生活保護課を訪れた。その際、同課の職員(相談員)であるTは、生活保護開始申請書を原告に交付しなかった。
原告は、同年4月17日、同課において、生活保護開始申請書の交付を受けた。
(4) 原告は、平成9年3月24日、生野区福祉事務所生活保護課において、生活保護開始申請書(<証拠略>)、資産申告書(<証拠略>)、収入申告書(<証拠略>)、法29条に基づく調査に同意する旨記載された同意書、(<証拠略>)、扶養義務者の申告書(<証拠略>)及び住宅費証明書(<証拠略>)を提出した。
(5) 被告所長は、平成9年4月1日、原告に対し、障害による生活困窮を理由に、同年3月24日を保護開始日とし、生活扶助として月額19万4880円を支給する旨の保護の開始の決定(本件決定)をし、同年4月1日付け保護決定通知書(<証拠略>)により、原告に通知した。
被告所長は、同年4月1日、同日から生活扶助として月額11万3045円、住宅扶助として月額3万5000円の合計14万8045円を支給することに変更する旨の決定をし、同日付け保護決定通知書(<証拠略>)により、原告に通知した。
(6) 原告は、平成9年5月4日、大阪府知事に対し、本件決定について、保護開始日を平成8年4月1日に変更することを要求して審査請求をし(<証拠略>)、同年9月12日、厚生大臣に対して再審査請求をした(<証拠略>)。
大阪府知事は、平成9年9月18日、前記審査請求を棄却した(<証拠略>)。
2 争点及びこれに関する当事者の主張
(1) 被告所長に対する訴えの適法性(争点1)
(被告所長の主張)
ア 請求第1項のうち、原告が被告所長に対し、生活保護の支給起算日を平成8年4月1日とする生活保護決定をすることを求める訴えの部分は、平成8年4月1日から平成9年3月23日までの間の保護の実施を求めるものであり、いわゆる義務付け訴訟に該当する。行政庁に一定の作為を求める義務付け訴訟は、行政事件訴訟法に明文の規定のない法定外抗告訴訟であり、無条件に認められるものではなく、行政庁が当該処分をなすべきこと又はなすべからざることについて法律上覊束されており、行政庁に自由裁量の余地が全く残されておらず、事前審査を認めないことによる損害が大きく、事前の救済の必要性が顕著であって、他に適切な救済方法がない場合に限られるというべきである。
本件においては、前記いずれの要件も満たしていないから、前記訴えは不適法である。
イ 請求第1項のうち、本件決定の取消しを求める訴えの部分は、生活保護の支給起算日を遡らせることを求める訴えの前提となるものにすぎないから、訴えの利益を欠くものであり、不適法である。
(原告の主張)
争う。
(2) 本件決定の違法性(争点2)
(原告の主張)
原告は、平成8年4月1日、生野区福祉事務所生活保護課において、Tに対し、従前から生活保護を受けるために提出することを指示されていた書類(年金証書、年金振込通知書、銀行預金通帳、民生委員通知書、賃貸借契約書のコピー、家主が書いた住宅費証明書)を提示し、同年3月31日をもって父親の健康保険の被扶養者から抜けたことを告げ、口頭で保護の開始の申請を行った。原告は、わらしべ園を退所した後は一人で生活し、重度の身体障害者であることから就労に適した仕事がなく、当時の収入は障害基礎年金しかなかったところ、1か月3万5000円の家賃と介護手当によっても不足する介護料を支払う必要があったため、平成8年4月1日時点において、保護を開始すべき状態(要保護状態)にあった。しかしながら、被告所長は、不当に保護決定を遅延し、かつ、平成8年4月1日を保護開始日とせず、平成9年3月24日を保護開始日とする本件決定をした。
法24条1項は、「保護の実施機関は、保護の開始の申請があつたときは、保護の要否、種類、程度及び方法を決定し、申請者に対して書面をもって、これを通知しなければならない。」と規定し、同条3項は、「第一項の通知は、申請のあつた日から十四日以内にしなければならない。但し、扶養義務者の資産状況の調査に日時を要する等特別な理由がある場合には、これを三十日まで延ばすことができる。この場合には、同項の書面にその理由を明示しなければならない。」と規定しているところ、本件決定は前記の期間を徒過しており、同条3項に違反する。
(被告らの主張)
保護の開始の申請があったというためには、申請書の作成及び提出は必要ではないが、保護の開始決定を求める申請の意思と、その意思の表示行為は必要である。原告は、平成8年4月1日には、申請の意思もその表示行為もなかったのであるから、同日に保護の開始の申請があったとはいえない。
仮に、同日の相談の初期の段階で申請の意思の表示行為があったとしても、原告とTとの間で扶養義務と保護の関係について見解が異なるために論争になり、相談が翌日以後に持ち越されたことにより、原告は、同日の相談終了時には、黙示に申請行為を撤回したというべきである。
また、同日に申請の意思の表示行為があったとしても、原告は、申請書を受領した同月17日から起算して申請に要する相当の期間が経過したころには、その相当の期間内に申請書を提出しなかったことにより、黙示に申請行為を撤回したというべきである。
原告は、平成9年3月24日、被告所長に対し、保護開始申請書を提出して申請を行い、被告所長は、法24条に定める手続に従い、保護の要否、必要な扶助の種類、程度等を調査の上、同年4月1日、申請日に要保護の状態であったと認定して、保護の開始日を申請日である同年3月24日とする本件決定を行ったものであり、本件決定に何ら違法な点はない。
(3) 生活保護費相当額の国家賠償請求(争点3)
(原告の主張)
本件決定をした生野区福祉事務所長であるY本は、前記(2)原告の主張に記載のとおり違法に本件決定を行ったものであるが、平成8年4月1日に保護の開始の申請があり、かつ、要保護状態にあったから、同日を保護開始日としないことが違法であることを認識し、同日を保護開始日とする保護決定をすべきであったにもかかわらず、これを怠って本件決定を行った。それにより、原告は、本来支給されるべきであった平成8年4月1日から平成9年3月23日までの生活保護費150万0025円を受領することができなかった。
(被告大阪市の主張)
ア 法84条は、「この法律で政令に委任するものを除く外、この法律の実施のための手続その他その執行について必要な細則は、厚生省令で定める。」と規定し、これを受けて生活保護法施行規則(以下「施行規則」という。)2条1項は、「法二十四条第一項又は第五項に規定するところの保護の開始又は保護の変更の申請は、左に掲げる事項を記載した書面を提出して行わなければならない。」と規定し、保護開始の申請は、同項各号に掲げる事項を記載した書面によることを定めている。仮に、原告から平成8年4月1日に保護の申請があったとしても、原告が申請書を提出しなかった本件の場合、生野区福祉事務所の職員やY本は、この法令の規定に従い、保護の申請があったとの取扱いはできなかったのであるから、その職務上の義務に違反しておらず、違法の評価は受けない。
自ら筆記できない申請者についても代理人又は相談員が申請書に必要事項を記載し、本人に読み聞かせた上でその申請書に記名押印させて受理するとの運用がされているが、原告はNと行動しており、また生野区福祉事務所の職員は申請書を記載することを要求されなかったのであるから、本件につきそのような運用をしなかったことが違法であるとはいえない。
また、本件において、施行規則2条1項が適用されない例外的な事情があったと認められるとしても、本件のような場合が例外に該当することにつき、法的に統一された見解があったわけではないから、後にその行為が違法と判断されたからといって、直ちに過失があったと解することはできない。
イ 一般に国家賠償以外に他の救済手段があり、これに排他性が与えられているときは、国家賠償請求は許されないと解されているところ(最高裁昭和57年2月23日第三小法廷判決・民集36巻2号154頁)、行政処分の取消訴訟一般については、そのような意味の排他性はないとされているが、税務処分や年金支給決定のように、直接金銭上の権利義務に係る処分について国家賠償請求を認めると、出訴期間や不服申立前置の意義が失われることになるので、このような行政処分の取消訴訟とは別に、給付相当額を損害として国家賠償請求訴訟を提起することは許されないというべきである。本件決定も、直接金銭上の権利義務に係る処分であるから、本件決定の取消訴訟とは別に、実質的に同一機能を有する国家賠償請求訴訟を提起し、給付相当額を損害として請求することは許されないというべきである。しかも、この給付請求権は、本件決定が違法とされ、新たに支給に関する処分がされることにより、初めて発生するものであり、それまでは、給付相当額の損害が発生しているということもできない。
ウ 仮に、原告から平成8年4月1日に保護の申請があり、原告に対して同日を支給開始日とする保護を実施するとしても、保護の内容、支給金額は、原告の資産や収入によって変わるものであるから、原告の主張する生活保護費相当額が、直ちに同日を支給開始日とする保護を実施した場合に支給されたであろう金額であるとはいうことができない。
(4) 生野区福祉事務所の相談員の行為の違法性(争点4)
(原告の主張)
ア 申請書の交付拒否について
扶養を必要とする状態にある者は、親族の扶養と生活保護のいずれを受けるかについて選択権があり、生活保護法にいう補足性(私的扶養優先)の原則は、生活保護が選択された場合に扶養義務者に対して償還請求し得ることを意味するにすぎない。原告は、生活保護を受けることを選択し、平成8年4月1日に生活保護開始申請書の交付を要求したにもかかわらず、Tは、執拗に親の扶養を受けるように迫り、原告を扶養する意思がない旨の原告の親の回答書類を持参しない限り生活保護開始申請書を渡さないなどと言って違法に申請書の交付を拒み、また、原告の父を呼び出そうとした。このTの行為は、明らかに指導、説得の限度を越えた違法な申請書の交付拒否であり、そのため、原告は、親の扶養を受けないという自己決定権(憲法13条)を侵害された。
イ わらしべ園に対する調査について
Tは、平成8年4月1日、原告に無断で、原告がかつて入所していたわらしべ園に退所の事実等を問い合わせ、原告に関する個人情報を収集した。
保護の実施機関及び福祉事務所長は、保護開始の申請が受理された後は、保護の決定又は実施のため必要があるときは、要保護者の資産及び収入の状況につき、その他の関係人の報告を求めることができる(法29条)。しかし、Tは、明らかに法上与えられた調査権限を逸脱して前記問い合わせをしたものであり、それにより、原告は、プライバシー権(自己情報管理権)を侵害された。
また、保護の実施責任は、要保護者の居住地又は現在地により定められるから(法19条)、申請後は、居住事実の有無を調査することが許されると解されるが、わらしべ園に照会しなくても、原告は平成8年4月1日までに住民票や賃貸借契約書を提示していたほか、生野区福祉事務所の障害福祉課においては、既に居住事実を確認の上で各種福祉給付の申請が完了していた。したがって、同日の申請時には、居住事実は確認済みの状態であり、わらしべ園に対する問い合わせを行う必要性はなかった。
さらに、入所措置費が要保護者の資産又は収入になるとの見解に立ったとしても、措置解除の有無は、生野区福祉事務所の障害福祉課において把握されていたし、措置権者であった茨木福祉事務所に問い合わせれば足りたはずであり、わらしべ園へ問い合わせる必要性はなかった。
実務上も、照会は、申請者から同意書を得た上で実施されているのであるから、この点でも違法である。
なお、被告らは、平成8年4月1日時点において原告に申請意思及び表示行為がなかったと主張しながら、申請後に必要となる書類の事前提出を求めたり、わらしべ園に問い合わせたりしており、矛盾している。
ウ 損害
Tの前記各行為は、大阪市の公権力の行使に当たる公務員がその職務を行うについてした行為であるところ、原告は、これにより、自己決定権及びプライバシー権を侵害され、計り知れない精神的苦痛を被った。この損害は200万円を下回らない。
(被告大阪市の主張)
ア 申請書の交付拒否について
厚生省社会局長通達「生活保護法実施における標準事務処理方式について」(昭和28年4月1日乙発第48号)及び新福祉事務所運営指針によれば、生活保護の申出又は相談があった場合、福祉事務所の相談員は、まず、申出者の訴えや生活状況を聴取し、保護申請意思があると認められる場合には、法の趣旨、受給要件、被保護者の権利義務等を説明した上で、さらに申請意思の確認を行い、申請意思が確認されれば申請書を交付することとされている。
Tは、これに則り、生活保護の受付面接として、法4条の保護の補足性の原理、保護と扶養との関係及び健康保険法における被扶養者の意義等について、原告に繰り返し説明したものにすぎず、その際、原告に親の扶養を受けることを強制したり、親の回答書を持ってこない限り申請書を渡さない旨の発言をしたりはしていない。したがって、Tの行為は、原告の権利を侵害するものではない。
イ わらしべ園に対する調査について
Tは、原告が厚生援護施設を退所していることが原告の保護開始の前提となる事実であるため、専らそれを確認する目的でわらしべ園に問い合わせたものである。そもそも、およそ人に関する情報すべてがプライバシー権(自己情報管理権)の対象となるのではなく、その中の一定の種類の情報のみがその対象となるところ、退所の事実はプライバシー権の対象となるものではない。しかも、Tは、受付面接において原告自身からわらしべ園を退所したことを聞いており、それを念のために確認したにすぎないから、退所の事実の確認はもはや原告のプライバシー権の侵害とはなり得ない。
また、Tは、退所の事実以外の情報を収集する意図がなかったものであり、たまたま、わらしべ園から、家の改造の話があるため実家に戻るとの理由で原告が同園を退所したとの回答を得たにすぎず、それ以上の話も聞かなかったのであるから、退所の理由が知られたことがプライバシー権の侵害に該当するとしても、Tの行為に過失はない。
仮に、Tの行為が何らかの原告のプライバシー権を侵害しているとしても、その侵害された利益はさしたるものではなく、原告が何らかの精神的損害を受けたとは考えられない。
なお、原告は、被告所長が平成8年4月1日に申請行為がなかったと主張することとTが問い合わせたことが矛盾していると主張するが、Tは、原告が後日に生活保護を申請することが十分に予想されたため、申請行為後速やかに保護開始決定ができるよう、事前に提出書類の準備を求め、また、同園の退所の事実を確認したものであり、矛盾はない。
第3争点に対する判断
1 争点1(被告所長に対する訴えの適法性)について
(1) 原告は、平成8年4月1日に保護の開始の申請を行ったのであるから、被告所長は同日を保護開始日とする保護決定をすべきであり、平成9年3月24日を保護開始日とする本件決定は違法であると主張する。そして、審査請求においても同様の主張をし、本件決定につき保護開始日を平成8年4月1日に変更することを求めている。原告の被告所長に対する訴え(請求第1項)は、文言上は本件決定の取消しと平成8年4月1日を保護開始日とする新たな保護決定処分を求めるもの(処分の取消しを求める抗告訴訟と新たな処分を求める義務付け訴訟)と解する余地があるが、原告の上記の主張に鑑みてこれを合理的に解釈すると、本件決定につき保護開始日を平成8年4月1日と変更することを求める1個の訴え(処分の変更を求める義務付け訴訟)であると解するのが相当である。
行政事件訴訟法が抗告訴訟として取消訴訟、無効等確認訴訟及び不作為の違法確認訴訟を法定し、取消訴訟を違法な処分による権利の侵害に対する主たる救済方法としている趣旨に鑑みれば、行政庁の第一次判断を待つことなくその公権力の行使を求める義務付け訴訟は、<1> 行政庁に第一次判断権を行使させるまでもないほど処分要件が一義的に明確に定まっており、裁量の余地がないなど、第一次判断権を行政庁に留保することが必ずしも重要でないこと(明白性)、<2> 事前の司法審査を認めないことによる損害が大きく、事前救済の必要性が顕著であること(緊急性)、<3> 他に適切な救済手段がないこと(補充性)という要件を満たす場合に例外的に許されると解すべきである。
本件についてみると、法8条(平成12年法律第111号による改正前のもの)は、1項において「保護は、厚生大臣の定める基準により測定した要保護者の需要を基とし、そのうち、その者の金銭又は物品で満たすことのできない不足分を補う程度において行うものとする。」、2項において「前項の基準は、要保護者の年齢別、性別、世帯構成別、所在地域別その他保護の種類に応じて必要な事情を考慮した最低限度の生活の需要を満たすに十分なものであって、且つ、これをこえないものでなければならない。」とそれぞれ規定し、それに基づき、厚生省告示「生活保護法による保護の基準」(昭和38年4月1日第158号)の1項において、法11条に定める各扶助についての保護の基準が定められている。また、法9条は、「保護は、要保護者の年齢別、性別、健康状態等その個人又は世帯の実際の必要の相違を考慮して、有効且つ適切に行うものとする。」と規定し、前記告示2項は、「要保護者に特別の事由があって、前項の基準によりがたいときは、厚生大臣が特別の基準を定める。」と規定している。生活保護法による保護の要否及びその内容は、これらの規定、基準に従い、様々な事情を総合的に考慮して決定されるべきものであり、保護の決定については、その要件が法令により一義的に定められているとはいえず、保護の実施機関に一定の裁量が与えられていると解される。したがって、保護決定の変更を求める訴えは、<1>の要件を欠くものといわざるを得ない。
また、法24条1項は、保護の申請をしてから30日以内に決定の通知がないときは、申請者は保護の実施機関が申請を却下したものとみなすことができると規定していることから、法は、申請に対する実施機関の決定がない場合の不服申立ての手段として、申請者の意思によってみなされた却下処分に対する審査請求及び取消しの訴えを予定していると解するのが相当である。そうすると、義務付け訴訟のほかに他に適切な救済手段があるというべきであるから、前記<3>の要件も欠くと解される。
したがって、被告所長に対する訴えは、義務付け訴訟が許容される要件を欠き、不適法であるといわざるを得ない。
(2) なお、被告所長に対する訴えにつき、本件決定の取消しの訴え(取消訴訟)の部分と被告所長が平成8年4月1日を保護開始日とする生活保護決定をするよう命ずる訴え(義務付け訴訟)の部分から成ると解するとしても、行政事件訴訟法9条により処分の取消しの訴えを求めるにつき法律上の利益を有する者とは、当該処分の直接の法律上の効果として自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され、又は必然的に侵害されるおそれのある者をいうと解すべきであるところ、本件決定の取消しの訴えの部分についてみれば、本件決定以後は、原告に対する保護は実施されており、かつ、原告はその保護の内容については何ら変更を求めていないから、本件決定により、原告は何らの不利益も受けず、また不利益を受けるおそれもないというべきであり、この訴えの部分は訴えの利益を欠き、不適法であるといわざるを得ない。そして、義務付け訴訟の部分が不適法であることは、前記(1)の判断のとおりである。
(3) したがって、いずれにしても、被告所長に対する訴えは不適法である。
2 争点3(生活保護費相当額の国家賠償請求)について
(1) 前提となる事実、<証拠略>によれば、次の事実が認められる。
ア 原告<略>は、体と手足の機能の麻痺による肢体不自由(四肢アテトーゼ)、言語機能障害、視覚障害を持ち、電動車椅子を利用している身体障害者障害程度等級一級の身体障害者であり、昭和60年9月22日から、枚方市内の重度身体障害者更生援護施設であるわらしべ園に入所していたが、わらしべ園の職員からいじめを受けたことがきっかけで平成8年2月28日に退所し(同月29日付けで施設への入所措置が解除された。)、その後は大阪市生野区において一人で生活している。
被告所長は、保護の実施機関である。
イ 原告は、同年3月1日、Nと共に生野区福祉事務所の障害福祉課に行き、住民登録、身体障害者手帳の住所変更手続を行い、特別障害者手当の申請について相談した後、生活保護課において生活保護の申請について相談し、同課の相談員のI田から、保護の開始に必要となる書類(年金証書、年金振込通知(同年2月分)、銀行預金通帳、民生委員通知書)を持参するよう指示された。
ウ 原告は、同年3月7日、Nと共に生野区福祉事務所の生活保護課に行き、相談員のTに対して年金振込通知書と銀行預金通帳を提示したところ、Tは、預金残高が15万3698円であるから直ちに保護が必要な状態とはいえないと指摘し、生活保護制度、保護の要件等の説明をした。Tは、原告に対し、同人が父親の被扶養者であることにより、父親が受けている税制上の優遇分を仕送りに充てさせるべきであると告げるとともに、父親の健康保険の被扶養者の資格を喪失しないように勧めた。また、Tは、扶養義務者申請書と扶養義務照会回答用紙を交付し、これらを親に書いてもらうように指示し、新たに5点の書類(賃貸借契約書のコピー、住宅費証明書、太陽生命の精算書、扶養義務者名簿、扶養義務照会回答書)を持ってくるよう指示した。
原告は、同年3月12日、医療券の発布を受けるために生野区福祉事務所の生活保護課に行き、その際、父親の健康保険の被扶養者の資格を喪失する手続をしたと主張したが、社会保険事務所に対する照会の結果、依然として被扶養者の資格を有することがわかった。Tは、原告に対し、被扶養者の資格を喪失する手続をしないよう重ねて指導した。
原告は、同年3月26日、介護人のO川と共に、障害者手帳を作るために生野区福祉事務所障害福祉課に行ったところ、Tは、原告に対し、「お金がなくなったらおいで。」と言った。
エ 原告は、同年4月1日、Nと共に生野区福祉事務所の生活保護課を訪れ、Tに対し、以前に指示されていた書類(年金証書、年金振込通知書、銀行預金通帳、民生委員通知書、賃貸借契約書のコピー、住宅費証明書)を提出し、生活保護を申請するため申請書の交付を求めた。これに対し、Tは、原告の親族による扶養義務者申告書と扶養義務照会回答用紙の提出を求め、扶養義務者の回答が確認できない限りは申請書を交付することができないと述べたが、原告は、書いてもらわなかったと告げた。原告は、当時29歳であり、親に面倒をかけるのではなく、経済的に自立した生活を送りたいという希望を持っており、親族の扶養を受けることが生活保護の受給に優先するとは考えていなかったため、20歳を過ぎてまで親の扶養を受けたくないなどと言った。これに対し、Tは、民法や生活保護法の条文を示しながら、生活保護が扶養義務との関係において補足性を有することを説明し、原告との間で議論となった。原告は、議論の中で、申請を受け付けてもらうため、父親から一方的に健康保険の被扶養者の資格を喪失されたとか、父親が扶養義務照会回答書に記載してくれなかったなどと述べ、実家に確認の電話をするよう依頼したが、Tが電話をかけたところ、結局連絡はとれなかった。原告とTとの議論は1時間半以上続いたが、依然として平行線をたどり、この間、原告及びNは申請書の交付を何度も求めたが、Tはこれに応じなかった。Tは、父親の扶養意思の確認が取れれば同年4月1日付けで申請を受理して保護を開始する旨説明したので、原告は、Tに対して、そのことを書面により明らかにするよう求めたが、Tは、Nが証人であると述べ、書面の作成は拒んだ。原告は、長時間の議論で疲れており、Tが4月1日付けでの申請の受理を明確に約束したので、帰宅した。
Tは、原告が生野区福祉事務所から帰った後、原告の承諾を得ていなかったが、わらしべ園に電話をかけ、原告が正式に退所したかどうかを問い合わせ、正式に退所したとの回答を得たが、その際、わらしべ園からは、原告の実家の改造の話があることを理由に退所したことを告げられた。
オ 原告は、同年4月2日、Nと共に生野区福祉事務所に行き、Tに対し、原告の父に扶養意思の確認の電話をするよう求めた。Tは原告の父に電話をかけた後、原告に対し、原告の父は原告が施設を出たことは知っているが、どこに住んでいるかも知らないから心配している、お金に困っているなら仕送りをしてもよいと言っていたと説明し、同月9日に原告と原告の父とで面接することを提案した。原告は、Tが扶養意思の確認が取れ次第、同年4月1日付けで申請を受理して同日から保護を開始すると述べたため、帰宅した。
原告は、同月2日ころ、原告の母と電話で話した際、父も母も同月9日に生野区福祉事務所に行く必要がないと述べた。
カ 原告の母は、同年4月9日午前、Tに電話をかけ、原告の父が生野区福祉事務所に行けなくなったと告げた。Tは、その後、原告の父に電話をかけたが、同人から、別居している原告を援助することは難しいと告げられた。
キ 原告は、同年4月15日、被告所長に対し、「本年4月1日付けで、私、Xが生活保護の申請をするために、3月1日から再三大阪市生野区福祉事務所の生活保護係をたずねているにもかかわらず、T相談員が申請を受け付けないことに抗議します。一、速やかに生活保護申請書を提示し、T相談員が約束した4月1日付けで私の申請を受理するよう要求する。二、即に私が以前入所していた施設などに、T相談員は問い合わせをしているが、法的に申請受理前に個人のプライバシーを調査する権限はどこにあると考えているのか、回答していただきたい。三、福祉事務所相談員の法的地位及び権限について、回答していただきたい。」と記載した通知書(<証拠略>)を郵送した。
Tは、同月16日、原告宅を訪問したが、原告が不在であったため、生野区福祉事務所に連絡をするように書いた紙を投函して帰った。
ク 原告は、同年4月17日、Nと共に生野区福祉事務所に行き、T及び生野区福祉事務所長のY本と面談をした。T及びY本は、原告に生活保護開始申請書を交付し、同月1日から要保護状態にあったことを認めて同日から保護を開始する旨を示唆して、申請書を提出するよう求めた。しかし、原告は、送付した前記通知書に対する文書による回答を求め、その回答が得られるまで申請書を提出しない意思であったため、申請書を提出しなかった。
ケ Tは、同年4月30日、原告に対し、原告が回答を求めた事項の二項と三項につき、「二、福祉事務所に於て、今後各種のサービスを提供していくに際して、より良いサービスを提供するため、施設を退所した経緯を承知したいため。三、社会福祉事業法上は、法第16条に掲げる現業を行う職員に当ります。また、身分は、大阪市職員として、生野区福祉事務所主査を命ぜられ、生活保護の受付面接相談を行っている。」と文書で回答した(<証拠略>)。
コ 原告は、同年5月29日、生野区福祉事務所長に対し、同年4月15日付けの原告の通知書に対する回答書が来ない理由、同月17日まで生活保護開始申請書を交付しなかった理由、民生委員通知書等の書類を事前提出された理由、施設に問い合わせたことがプライバシー権の侵害になるのではないかということ、生野区福祉事務所が原告の親に扶養を迫る理由などについて質問を記載した通知書(<証拠略>)を送付した。
その後、原告は、同年6月10日付けの生野区福祉事務所長名の文書回答を受領したが、謝罪の意思がみられないと判断し、同年7月13日、生野区福祉事務所長に対し、同年4月1日に申請書の交付を拒否したことの謝罪等を文書により求めた(<証拠略>)。
サ 原告は、同年7月31日、Nと共に生野区福祉事務所に行き、文書による回答を要求したが、同福祉事務所の副所長のO本から、今後は一切文書回答はしないと告げられた。原告は、O本に対し、保護開始日が同年4月1日となるかどうかを確認したところ、O本は、「今なら4月1日付けで保護を開始するから、早く申請するように。」と述べた。
シ 原告は、同年8月15日、厚生省社会援護局O沼係長に対し、本件の問題を取り上げた同年5月19日付け毎日新聞の記事に厚生省保護課が生野区福祉事務所による事前調査が事実であれば指導すると回答した旨記載されていたことにつき、どのような指導をしたのかを回答するよう求めた質問状を送付した。
原告は、同年8月22日、Nと共に、厚生省社会援護局に行ったところ、O沼は、原告が同年4月1日と2日に十分に説明を受け、納得して帰ったと大阪市から報告を受けていると説明した。
ス 原告は、同年9月6日、被告所長に対し、<証拠略>により回答を求めた事項及び厚生省に対する報告の件につき文書による回答を求めた(<証拠略>)。
原告は、同年9月25日、Nと共に生野区福祉事務所に行き、同年3月1日からのケース記録の開示を要求したが拒否された。また、保護開始日が同年4月1日になるかどうか確認をしたところ、Y本から、今となっては生野区福祉事務所だけでは判断しかねると告げられた。
原告は、同年10月4日、原告のケース記録につき、公文書公開請求と個人情報開示請求として開示を求めた。そして、個人情報の開示として、部分的な開示を受けた。
セ 原告は、平成9年3月21日、大阪市長に対し、<証拠略>により被告所長に対して回答を求めた事項につき、文書による回答を求めた(<証拠略>)。
ソ 原告は、同年3月24日、回答書を待っていてもこのままでは埒があかないと考えたため、生野区福祉事務所において、申請日を平成8年4月1日と記載した生活保護開始申請書(<証拠略>)、資産申告書(<証拠略>)、収入申告書(<証拠略>)、法29条に基づく調査に同意する旨記載された同意書(<証拠略>)、申請者の住所及び氏名以外記載のない扶養義務者の申告書(<証拠略>)及び貸主であるMが記載した住宅費証明書(<証拠略>)を提出したが、扶養義務照会書及び回答書は提出しなかった。
タ 被告所長は、平成9年4月1日、原告に対し、障害による生活困窮を理由として、同年3月24日を保護開始日とする本件決定をし、同年4月1日付け保護決定通知書により、原告に通知した(<証拠略>)。
被告所長は、同年4月1日、同日から生活扶助として月額11万3045円、住宅扶助として月額3万5000円の合計14万8045円を支給することに変更する旨の決定をし、同日付け保護決定通知書により、原告に通知した(<証拠略>)。
チ 原告は、平成8年4月1日当時、障害基礎年金として月額8万1825円を受領していたが、就労が困難であったため無職であった上、預金もほとんど残っていなかった。他方、原告は、月額3万5000円の家賃を支払っていた。また、原告は、24時間の介護を受ける必要があったところ、受領していた介護券は1日当たり5時間分にすぎなかったため、それ以上の介護を受けるためには別途介護料が必要な状況にあった。
原告の父は、定年退職後、再就職し、高速道路の料金所で働いていたが、給料は多くなく、原告に仕送りをする余裕はなかった。
(2) 以上の事実を前提として、生活保護費相当額の国家賠償請求につき検討する。
ア 平成8年4月1日における申請の有無
前記(1)の認定事実のとおり、原告が、平成8年4月1日、生野区福祉事務所において、扶養義務者申告書と扶養義務照会回答用紙以外の書類を提示し、生活保護開始申請書の交付を要求したことに鑑みれば、原告は、同日、保護の開始を申請する意思を有し、かつ、申請意思を表示したものと認められる。
被告大阪市は、同日、原告が生野区福祉事務所から帰宅する時点までに、相談が翌日以後に持ち越されたことにより、黙示に申請行為を撤回したと主張する。しかし、原告は、Tとの間で議論となった後においても申請書の交付を求め続けており、その後も一貫して4月1日に申請をしたと主張し、同日付けでの申請の受理及び保護の開始を求めていることに照らせば、原告は生野区福祉事務所から帰る時点においてもなお申請意思を有していたものと解するのが相当であり、申請行為を黙示に撤回したとの主張は認めることができない。
生活保護法には、保護の開始の申請について書面によらなければならない旨の規定はなく、同法の委任を受けた施行規則2条1項も、後記のとおり申請書面の提出を申請の要件とするものではないと解される。申請書の作成及び提出が申請の要件でないことは被告らも認めるところである。したがって、前記のとおり、原告は申請意思を有してTに対してその意思の表示行為をしたのであるから、原告は、平成8年4月1日に保護の開始の申請をしたと認められる。
イ 平成8年4月1日時点の要保護状態の有無
前記(1)の認定事実によれば、原告は、平成8年4月1日時点において、障害基礎年金のほかには収入がない上に預金もほとんど残っておらず、今後原告の両親からの扶養を受けることも困難な状況にあったところ、生活費のほかに、家賃や介護料の支払が必要な状態にあったのであるから、同日の時点において、客観的にみて生活保護法による保護を要する要保護状態にあったと認められる。
ウ 国家賠償法1条1項の違法、過失
前記(1)(特にキ、ク)の事実によれば、生野区福祉事務所長のY本は、遅くとも平成8年4月17日の時点では、原告が同月1日に口頭で保護開始の申請をしており、同日の時点で原告が要保護状態にあったことを認識していたものと認められる。したがって、Y本としては、4月1日に申請がされたことを前提として、速やかに同日を保護開始日とする保護決定を行うべき職務上の義務を負っていたというべきであり、にもかかわらず、同月17日に原告に申請書を交付してその提出を促しただけで、平成9年3月24日付けの申請に基づいて本件決定を行うまで、保護決定の措置をとらなかったのであるから、Y本は、職務上の義務に違反し、かつ、そのことにつき少なくとも過失があると認められる。
被告大阪市は、施行規則2条1項に「法二四条第一項又は第五項に規定するところの保護の開始又は保護の変更の申請は、左に掲げる事項を記載した書面を提出して行わなければならない。」と規定されていることを根拠に、本件では原告が申請書を提出しなかったから開始の申請があったとの取扱いができなかったとして、Y本は職務上の義務に違反しておらず、過失もないと主張する。しかし、施行規則2条1項は、保護開始の申請の事実及び申請内容を書面により明らかにすることによって、保護の要否の審査及び保護の実施の事務を円滑に進めることを目的とする規定であり、書面の提出を申請の要件とするものではないと解される(書面の提出が申請の要件でないことは、被告大阪市も認めるところである。)。また、本件においては、原告が申請の意思を表示して申請書の交付を求めたにもかかわらず、Tが申請書を交付しなかったというのであるから、申請書の提出のないことについて生野区福祉事務所の側に帰責事由があり、申請書の提出のないことを理由として4月1日に申請があったと取り扱うことができないと主張することは許されないというべきである。したがって、被告大阪市の主張は採用できない。
したがって、原告は、前記のとおり、Y本の職務上の義務違反により、保護開始日を平成8年4月1日とする保護決定を受けることができず、同日から平成9年3月23日までの生活保護費を受領することができなかったものと認められる。
エ なお、被告大阪市は、直接金銭上の権利義務に係る処分については、その処分の取消訴訟とは別に給付相当額を損害として国家賠償請求訴訟を提起することは、不服申立前置主義や出訴期間の意義が失われることになるから許されないと主張する。しかし、取消訴訟と国家賠償請求訴訟とは、いずれも違法な行政処分に対する救済手段として位置づけられるものの、その要件、効果を異にするものであり、一般に国家賠償請求訴訟は取消訴訟の排他的管轄に服さないと解されている。金銭給付を内容とする処分の場合について、処分の内容の違いから直ちに給付相当額の国家賠償請求が許されないと解することはできない。また、本件においては、原告は、本件処分に対して審査請求及び再審査請求を行った上、再審査請求に対する裁決の前に本件訴訟を提起して、(訴えの適否はともかく)抗告訴訟として本件処分の変更を求めるとともに国家賠償を求めているのであり、国家賠償請求訴訟の提起を認めることが抗告訴訟につき不服申立前置主義や出訴期間を定めた趣旨を没却することになるとはいえない。したがって、被告大阪市の主張は採用できない。
オ 損害
(ア) 前提となる事実、証拠(<証拠略>)及び弁論の全趣旨によれば、平成8年4月1日に保護が開始されていたならば、原告が同日から平成9年3月23日までの間に受給し得たであろう生活保護費の額は、別紙記載のとおり、合計150万0025円を下回ることはないと認められる。その算定の基礎となる数値は以下のとおりである。
a 最低生活費
居宅(第1類)の年齢区分20歳~40歳 3万9310円
居宅(第2類)の世帯人員別1人 4万1810円
地区別冬季加算額(Ⅵ区・世帯人員別1人) 3020円
(11月から3月まで加算)
期末一時扶助費(居宅) 1万3950円
(12月のみ加算)
障害者加算(居宅) 2万6420円
重度障害者加算 1万4270円
他人介護料の一般基準額 7万0050円
住宅扶助費 3万5000円
b 収入認定
障害基礎年金 8万1825円
特別障害者手当(平成8年7月からの収入認定) 2万6230円
(イ) 原告は、生野区福祉事務所長のY本の前記義務違反により、平成8年4月1日から平成9年3月23日までの生活保護を受けることができなかったものであるから、前記義務違反により、前記生活保護費相当額の150万0025円の損害を被ったものと認められる。
3 争点4 (生野区福祉事務所の相談員の行為の違法性)について
(1) 申請書の交付拒否について
ア 前記2(1)に認定の事実によれば、Tは、平成8年4月1日に原告が保護の開始の申請の意思を表示して申請書の交付を求めたにもかかわらず、親族の扶養義務と生活保護の関係についてのTの説明に原告が納得せず、長時間議論となったことから、原告に申請書を交付せず、原告の申請を受理しなかったことが認められる。
厚生省社会・援護局長通達「保護の実施要領」(昭和38年4月1日社発第246号、<証拠略>)第9の1は、保護申請時における助言指導として、(1) 要保護者が保護の開始の申請をしたときは、保護の受給要件並びに保護を受ける権利と保護を受けることに伴って生ずる生活上の義務及び届出の義務等について十分説明のうえ適切な指導を行うこと、(2) 要保護者が自らの資産能力その他扶養、他法等利用しうる資源の活用を怠り又は忌避していると認められる場合は、適切な助言指導を行うものとし、要保護者がこれに従わないときは、保護の要件を欠くものとして申請を却下すること、を定めている。したがって、保護の開始の申請をしようとする要保護者に対し、保護の実施機関の担当者が生活保護の要件等について説明するとともに、保護の補足性の観点から、要保護者が扶養等の資源の活用を図るよう助言指導を行うことは、保護の要否や付与すべき保護の程度、内容の審査及び保護の実施を円滑に行うために必要な範囲で許されるものと解される。しかし、前記通達においても、要保護者が指導助言に従わない場合に保護開始の申請を受理しないことができるとはされていないのであり、要保護者が実施機関の担当者の説明や助言指導に対して納得せず、これと異なる見解を主張したとしても、これを理由として生活保護開始申請書を交付せず、保護開始の申請を受理しないことは、保護申請時の助言指導として許容される範囲を明らかに逸脱するものであり、申請書の交付拒絶、保護開始申請の受理拒絶の行為は国家賠償法上違法というべきである。
したがって、Tの前記行為は、保護の実施機関の担当者としての職務上の義務に違反する違法な行為であり、かつ、その点につき過失があるというべきであり、原告は、Tの前記行為により、迅速・適正に保護を受ける権利を侵害されたと認められる(Tの申請受理拒絶行為による損害に関する原告の主張は、この点の主張を含むものと解される。)。
なお、原告は、親の扶養を受けるか生活保護を受けるかは要保護者が自ら決定することができるのであり、Tの前記行為によって親の扶養を受けないという原告の自己決定権が侵害されたと主張する。しかし、法4条2項は、民法に定める扶養義務者の扶養が生活保護法による保護に優先して行われるべきである旨定めており、民法上の扶養義務者による扶養が現実に期待できる場合にこれが生活保護法による保護に優先すべきであることは、明らかである。扶養が現実に期待できるか否かは、扶養義務の程度、扶養義務者の生活、資産状況等の諸要素を総合的に考慮して判断すべきであり、扶養義務者の扶養を受けることに対する要保護者の意見も判断の一要素として考慮されるべき事項ではあるが、要保護者が扶養を受けない意思を持っていることから直ちに扶養が現実に期待できないということはできず、要保護者が扶養を受けるか否かにつき原告主張のような自己決定権を有すると認めることはできない。したがって、この点に関する原告の主張は採用できない。
イ <証拠略>によれば、原告は、迅速・適正に生活保護を受ける権利を侵害されたことにより、平成8年4月1日から本件決定に基づく保護を受けるまでの間、満足な介護を受けることができず、食費や医療費を節約し、介護人から借金をすることを余儀なくされたなど、多大な精神的苦痛を被ったものと認められる。これらの事情を考慮すれば、原告の精神的損害に対する慰謝料としては、30万円が相当であると認められる。
(2) わらしべ園に対する調査について
原告は、Tがわらしべ園に問い合わせ、原告に関する個人情報を収集したことが原告のプライバシー権(自己情報管理権)を侵害したと主張する。
前記2(1)の認定によれば、Tは、平成8年4月1日にわらしべ園に電話をかけ、原告の正式退所の有無を尋ね、退所した旨の回答を得たほかに、わらしべ園から、実家の改造の話があるためという理由で原告が退所したことを告げられた事実が認められる。
Tの前記行為は、原告の口頭による保護の開始の申請があった後に行われたものであるところ、保護の実施機関が保護を実施すべき責任を負う範囲は要保護者の居住地又は現在地により定められ(法19条)、また、保護の実施機関は、保護の法定又は実施のために必要があるときは関係人に報告を求めることができる(法29条)。原告がわらしべ園を正式に退所したかどうかは、原告が生野区内に居住していることを裏付ける事実として重要な事項であり、かつ、保護の要否の判断に関わる事項であるから、Tが問い合わせた行為は保護の実施機関が行うべき調査の範囲に属するものとして適法であったと解される。原告は、住民票や賃貸借契約書の存在を根拠にわらしべ園に対して問い合わせる必要がなかったと主張するが、それらの書類が存在しても原告が生野区内に居住していない可能性も否定できず、一時退所をしたにすぎない場合は保護の要件を欠くこともあり得るから、調査の必要性がなかったとはいえない。
また、Tは、上記問い合わせの際、原告がわらしべ園に対してどのような理由を告げて退所したかという事実を知ったのであるが、この程度の事実を知ったことにより、原告のプライバシー権(自己情報管理権)が侵害されたものと認めることはできない。
したがって、原告の主張は認められない。
4 結論
以上によれば、原告の請求のうち、被告所長に対する訴えは、不適法であるから却下すべきである。また、被告大阪市に対する請求は、生活保護費相当額150万0025円及び慰謝料30万円の合計180万0025円及びこれに対する弁済期経過後である平成11年3月31日(本件訴状が同被告に送達された日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余は理由がない。
よって、主文のとおり判決する(なお、仮執行宣言については、相当でないから、これを付さないこととする。)。
(裁判官 山下郁夫 青木亮 山田真依子)
別 紙
生活保護費の算定
1 平成8年4月から6月までの各月(月額)
(最低生活費)(収入認定)(生活保護費)
226,860-81,825=145,035円
2 平成8年7月から10月までの各月(月額)
(最低生活費)(収入認定)(生活保護費)
226,860-108,055=118,805円
3 平成8年11月、平成9年1月及び2月(月額)
(最低生活費)(収入認定)(生活保護費)
229,880-108,055=121,825円
4 平成8年12月
(最低生活費)(収入認定)(生活保護費)
243,830-108,055=135,775円
5 平成9年3月
(最低生活費)(収入認定)(支払済保護費)(生活保護費)
229,880-108,055-33,375円=88,450円
以上により算定した平成8年4月1日から平成9年3月23日までの生活保護費の総計は、1,500,025円である。