大阪高等裁判所 平成13年(行コ)34号 判決 2003年1月23日
控訴人
甲
同訴訟代理人弁護士
近藤忠孝
岩佐英夫
久保哲夫
高山利夫
同輔佐人税理士
西田富一
被控訴人
東山税務署長 堀内信忠
同指定代理人
近藤幸康
鴫谷卓郎
藤井健市
山岡尚子
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
第一本件控訴の趣旨
一 原判決を取り消す。
二 被控訴人が、平成5年3月9日付で控訴人に対してした平成2年1月1日から同年12月31日までの課税期間(以下「平成2年課税期間」という。)及び平成3年1月1日から同年12月31日までの課税期間(以下「平成3年課税期間」といい、平成2年課税期間と合わせて「本件各課税期間」ともいう。)に係る控訴人の消費税の各決定処分(以下「本件決定処分」という。ただし、異議決定により取り消された部分を除く。)のうち、納付すべき税額が、平成2年課税期間については54万8900円、平成3年課税期間については53万6300円をそれぞれ超える部分、及びこれらに対する平成5年3月9日付で控訴人に対してした無申告加算税の各賦課決定処分(以下「本件賦課決定処分」といい、本件決定処分と合わせて「本件各処分」という。)を取り消す。
三 訴訟費用は、第1、2審とも被控訴人の負担とする。
第二当事者の主張
次のとおり、訂正するほか、原判決の事実摘示のとおりであるから、これを引用する。
一 原判決4頁13行目の括弧部分を削り、24行目の「法30条1項」を「法29条」と、同5頁5行目の「1、2の事実は認める。」を次のとおり、それぞれ改める。
「1の事実及び2(一)の事実、これを前提として控訴人の消費税の課税標準額及び消費税を算定すると2(二)、(三)となることは認め、その余の被控訴人の主張は争う。」
二 同5頁8行目から同6頁14行目までを次のとおり改める。
「1 控訴人は、本件各課税期間中に、本判決別表及び原判決別表<2>にそれぞれ記載するとおりの課税仕入れ(以下「本件課税仕入れ」という。)をした(同金額は、いずれも消費税額を含む金額である。)。
2 本判決別表関係
(一)控訴人は、本判決別表記載の課税仕入れについて、同表の「年月日」、「資産・役務の内容」、「金額」、「作成者名・仕入先」及び「交付を受ける者」欄記載のとおり記載が存する請求書、領収書又は帳簿(同表の「甲号証」欄の証書)を法令の定めに従って所持して保管しており、本件各処分に対する前記の異議申立て手続において書証として提出し、本件訴訟においても、書証として提出している。
(二) 上記各書類のうち、「請求書」及び「領収書」には、「年月日」、「資産又は役務の内容」、「対価」、「作成者の名称」の事項が、「帳簿」には、「年月日」、「資産又は役務の内容」、「対価」、「相手方の名称」の事項が記載されている。
3 別表<2>の関係(ホステス報酬分)
(一) 控訴人は、原判決別表<2>の課税仕入れについて、同表の「帳簿」欄記載の各帳簿(同表の「甲号証」欄の証書)を、いずれも作成の日から所持して保管しており、前記の異議申立て手続において書証として提出し、本件訴訟においても、書証として提出している。
(二) 上記各帳簿には、「年月日」、「課税仕入れ」、「金額」、「仕入先氏名又は名称」の事項が記載されている。
4(一) 上記2、3の請求書や帳簿等(以下「本件帳簿及び請求書等」という。)は、いずれも、法30条8項所定の帳簿(以下「法定帳簿」という。)又は9項所定の請求書等(以下「法定請求書等」という。)に該当し、これらを補完するその他の証拠によって、本件課税仕入れは明らかに認められる。
(二) そうすると、本判決別表、原判決別表<2>にそれぞれ記載する課税仕入れに係る消費税額を控除しないでした本件各処分は違法である。
三 同9頁4行目から15行目までを次のとおり改める。
「2(一) 仮に、被控訴人主張の見解をとったとしても、次の(二)のとおり、控訴人は、被控訴人部下職員の帳簿書類等の提示要求を拒否したことはない。
(二) 丙は、平成4年8月26日、同年9月11日に、事前連絡することなく、控訴人の自宅を訪れたが、控訴人は不在であった。その後、同月28日、事前に連絡することなく、控訴人の自宅を訪れ、在宅中の控訴人と面談したが、丙は、帳簿の指導に来た旨言うのみで、税務調査のために来たことについて何ら説明をしなかった。
その後も、丙は事前に連絡することなく、不在中の控訴人宅を訪れ、平成5年1月22日、連絡せん(乙6)を投函していったので、控訴人は丙に電話して、同月27日午後3時に店舗で調査を受けることを約束した。
上記約束の当日、控訴人は、売上伝票、売上明細表、売掛帳、現金出納簿等、仕入に関する請求書、領収書を入れた紙袋を用意し店舗の客席のソファに置いて用意していたところ、丙とともに税務調査に来た乙は、控訴人が依頼している民主商工会の事務職員が同席していることを問題にし、専らその退席のみを求め、控訴人が帳簿書類等を用意しているので見て欲しい旨言っても、第三者の同席を口実にこれを見ようとしなかった。控訴人の夫である丁の提案によって、奥の客席で、丙と控訴人の二人だけが面談し、その際も控訴人が帳簿書類等を用意しているので見て欲しい旨述べたが、丙はこれを拒否している。また、当日の調査の際、丙や乙は、所得税のほか、消費税のための調査の目的で訪れた旨言ったこともなかった。
平成5年2月4日、控訴人が東山税務署を訪れた際、同月12日、控訴人の自宅での税務調査の際のいずれも、控訴人は、帳簿書類等が入った上記の紙袋を用意して、被控訴人の部下職員に対し、これを見て欲しい旨述べたが拒否されている。
その後、控訴人は、同月15日の丙との電話の際、同月22日に帳簿書類等を東山税務署に持参したい旨言ったが、丙から、申告時期なので忙しいとしてこれを断られ、代わりの日の連絡を待っていたところ、被控訴人から本件各処分を受けたものである。
以上のとおり、丙や乙は控訴人の所得税の調査に来たことはあるものの、消費税の調査に来たことはなく、税務職員として帳簿書類等の確認義務を尽くしていないし、控訴人が帳簿書類等の提示を拒否したことはないから、本件において、控訴人に法30条7項に規定する「帳簿又は請求書等を保存しない場合」に該当するということはできない。」
理由
一 請求原因1ないし5の事実及び被控訴人の主張1、2(一)の各事実は、当事者間に争いがなく、これを前提とする控訴人の本件各課税期間における消費税の課税標準額及び消費税額が同2(二)及び(三)となることも当事者間に争いがない。
二 上記当事者間に争いのない事実、証拠(甲4ないし6、10、13、100、101、200ないし239、乙1ないし6(以上、いずれも枝番を含む。)、証人丙、同丁、控訴人本人(第1ないし3回))及び弁論の全趣旨によれば次の事実が認められる。
1 控訴人(昭和17年生)は、京都市伏見区所在の肩書住所地に居住し、同市東山区祇園町所在のDビル1階の店舗において、「A」の名称で飲食業(ラウンジ)を営む者である。
2 控訴人は、自宅の一室を同店の事務所にもしており、控訴人の夫である丁も同店を手伝っていた。同店の営業に係る売上伝票、売上明細書、売掛帳、出納帳等は、控訴人又は従業員の戊が記載し、控訴人の自宅の事務所に保管していた。控訴人は、民主商工会に属し、所得税の計算等は民主商工会に委ねていた。
3 控訴人は、平成4年3月ころ、被控訴人に対し、控訴人の平成3年分の所得税の確定申告をしたが、本件各課税期間に係る消費税について、法定の申告期間内に確定申告をしなかった。
4 被控訴人の部下職員で国税調査官である丙は、平成4年8月26日、同年9月11日、控訴人が提出した平成元年分ないし平成3年分の所得税の確定申告書に記載された所得金額が適正か否か、控訴人には消費税の申告が必要であったか否かを確認するため、控訴人の自宅を訪れたが、控訴人はいずれの日も自宅に不在であったため、応対した女性に対して東山税務署名等が記載された封筒に担当丙と記載して交付し、連絡を求める旨伝言した。
しかし、連絡がなかったため、同月28日、丙は、控訴人の自宅を同様の目的で訪れ、控訴人に身分証明書を提示して、平成3年分以前の所得税、消費税の調査のため訪れた旨説明し、帳簿書類等の提示を求めた。しかし、控訴人は、「ちゃんと計算して申告しています。」などと答えて、これに応じなかった。また、丙は、控訴人の事業内容につき聞き取りをしようとして、店舗の大きさ、従業員数、ボトルキープの金額、酒類の仕入れ先、取引銀行につき質問したが、控訴人は、その質問に対し、今日は忙しいとして答えなかった。
5 被控訴人の部下職員は、その後、同年9月ころから、控訴人の取引先に対する反面調査を行った。
6 丙は、同年11月18日、控訴人の自宅を訪れたところ、控訴人は不在であったが、折り返し控訴人からされた電話のやり取りで、控訴人に帳簿書類等の提示と説明を求めるとともに、調査を進めているところでは、申告所得金額とかなりの開きがあることや消費税の申告が必要なことを話した。控訴人は、自分一人では十分説明できないので、民主商工会の者を同席させたいと答えたが、丙は第三者の立ち会いは認められない旨述べた。丙は、控訴人が何らかの帳簿又は資料を所持しているのではないかと考えたが、次の調査の日時は決めなかった。
7 丙は、平成5年1月21日、控訴人の店舗を訪れたが、シャッターが下りており、控訴人に会うことができなかったので、「所得税、消費税調査の件でうかがった。」「1月22日午後5時前ころ必ず連絡されたい。」「連絡のない場合は更正処分することになる。」「消費税については、仕入税額控除に関する帳簿書類の提示がない場合は、仕入税額控除は認められない。」旨記載した連絡せん(乙6参照)を投函した。
8 控訴人は、前記の連絡せんを読み、同月22日午後5時ころ、丙に電話し、同月27日午後3時に店舗で調査を受けることを約束した。
9 丙及び上席調査官である乙は、同月27日午後3時ころ、控訴人の店舗を訪れたところ、控訴人が夫である丁、民主商工会の職員である己及び庚を伴っていたことから、乙は、立会人がいたら調査できない、守秘義務違反になる旨述べて、その退席を求めたが、丁において、友人である、何でも相談しているし、みんな知っている人であるからと述べて、同席を求めたため、立会人の退席を巡り乙らと控訴人側が対立し、主張は平行線のままであった。このような状態では話が前に進まないので、店の奥のボックス席で、控訴人と丙の二人だけで話をすることになり、控訴人と丙の2人は店の奥に移動し、丙が控訴人の所得を一応今のところ1000万円位と把握しており、所得税につき修正申告の必要がある旨告げると、控訴人は驚いた様子で、1000万円の所得金額は絶対にない旨答えた。これに対し、丙は、違うのであれば帳簿書類等を提示して控訴人の所得金額について説明して欲しい旨要請したが、控訴人は、帳簿書類等は持参していない、帳面を見せても、間違っているところがあるかもしれない旨答えた。丙はこれに対し、調査の過程であり帳簿の提示があれば変わることがあるが、帳簿書類等の提示がない場合には、連絡せんに記載していたようになる旨答えたが、控訴人から帳簿書類等の提示はなかったので、丙は、後日必ず、帳簿書類等を用意して調査に応じて欲しい、その調査日時を連絡して欲しい旨言って、元の席に戻り、乙とともに控訴人方を去った。
10 丙は、平成5年2月4日、丁から、控訴人が同日午後に税務署に帳簿書類等を持参して出向く旨の連絡を受け、この旨を統括官と乙にも告げ、税務署内で待っていた。
ところが、控訴人は、丁を含む総勢約10名の者と共に、同日午後3時ころ、東山税務署を訪れ、申入書(乙5)を、同税務署の総務課に提出し、抗議した。結局、同総務課は、控訴人らを丙に取り次がなかったので、控訴人らと丙は面会しなかった。上記申入書の内容は、税務署の職員から、一方的に、帳簿がなければ独自調査で得た資料をもとに推計し、更正処分をすると言われ、その内容について詳しいことは説明されなかった、また話し合う機会を設けるための連絡をとったが、税務署に来てもらえなければ話しはしない、店舗には行かない、と言われたとして、こちらの要求を聞き入れない、税務署の都合に合わせるよう求める態度には納得できないというものであった。
11 丙は、その後、控訴人の自宅へ電話し、控訴人に、更に、帳簿書類等の提示がなければ、仕入税額の控除をすることができない旨を告げ、結局、同月12日に丙が控訴人の店舗を訪れて調査することが約束された。
12 丙及び乙は、同月12日午後2時ころ、控訴人の店舗を訪れて調査をしようとした。しかし、控訴人は、丁のほか、前記己を同席させ、丙らに対し、所得が約1000万円となる根拠を示すよう求めた。丙らは第三者の立会の下では調査はできないとしたが、結局、丙は、控訴人と2人で奥のボックス席へ移って話をすることとなり、同所において所得額に関するやり取りや控訴人が提出した消費税の簡易課税の届出の説明等をし、再度、課税仕入額にかかる帳簿書類等の提示がない場合は、消費税の仕入税額控除は認められなくなることもある旨説明して、帳簿書類等の提示を求めたが、控訴人は用意していないと答えた。そこで、丙は、確定申告の時期になるので、当分店舗へは行けないので、帳簿書類等を持参するよう求めたところ、控訴人は、帳簿書類等を持参する日を同月15日に連絡すると言った。
13 控訴人は、同月15日、丙に電話し、控訴人が同月22日に帳簿書類等を東山税務署に持参する旨告げたが、控訴人は、同日、東山税務署に帳簿書類等を持参することはなかった。
14 被控訴人は、同年3月9日、控訴人に対し、本件決定処分及び本件賦課決定処分をするとともに、控訴人の平成3年分の所得税の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分を行った。
15 控訴人は、同年4月14日、被控訴人に対し、本件各処分について異議申立てをし、更に、上記所得税の更正処分等についても異議申立てをした。
16 控訴人は、同年6月18日、東山税務署に対し、前記異議の手続において帳簿及び請求書等を含む帳簿書類等を提出した。その内訳は、<1>金銭出納帳1冊(平成元年ないし3年)、<2>銀行勘定帳2冊(昭和62年12月から平成4年5月)、<3>ボトル在庫帳1冊(平成3年末から平成4年10月)、<4>売上明細帳40冊(平成元年7月から平成4年12月)、<5>当座預金お取り引き明細表1冊(平成2年1月から平成3年12月)、<6>売掛帳1冊(おおむね平成2、3年分)、<7>収支日計表12冊(平成3年)、<8>賃貸借契約書6通(C駐車場等)、<9>源泉所得税納付書・領収証書2冊(平成3、4年)、<10>出勤時間表、タイムカード一式(平成3年11月26日から平成4年12月25日)、<11>お勘定書・同付属日報一式(平成3、4年)、<12>入出金伝票一式(平成3、4年)、<13>領収証綴り(対従業員用、平成3、4年)、<14>クレジット振込明細一式(平成3、4年)、<15>必要経費に係る領収書、請求書綴り一式(仕入れを含む。平成3、4年)であった(甲4号証参照)。
17 被控訴人は、同年7月26日、控訴人に対し、各課税標準額を計算し直し、本件各課税期間の控除対象仕入税額をいずれも0円としたものの、原判決別紙・課税の経緯の異議決定欄記載のとおり、本件決定処分及び本件賦課決定処分の一部を取り消す旨の異議決定をした。
18 他方、被控訴人は、同日、控訴人に対し、異議申立て手続において提出された前記の各帳簿書類の中身が、控訴人の事業実態に則した妥当なものであるとして、平成3年分の控訴人の所得税更正処分等の一部を取り消す旨の異議決定をした。
以上の事実が認められる。証拠(甲10、13、控訴人本人(第1ないし3回))中、上記認定に反し、控訴人の再反論2(二)の主張に沿う部分が存在するが、連絡せんである乙6には、「・・消費税については、仕入税額控除に関する帳簿書類の提示がない場合仕入税額控除は認められません・・」との記載があり、税務調査の対象が、所得税でなく消費税にも及んでいることが明らかであること、控訴人が平成5年2月4日被控訴人に提出した乙5の申入書には、帳簿書類等を持参した旨の記載はないし、同年1月27日の控訴人店舗の際の税務調査に言及しているものの、その際、帳簿書類等を用意していたとの記載が存在しないこと等や証拠(乙4、証人丙)に照らし、直ちに採用することができない。また、検甲18号証は、本件以外の事例に関するものであり、これに基づいて本件における税務調査の状況を認定することはできず、上記認定を覆すことも難しい。その他、上記認定を覆すに足りる証拠は存在しない。
三 控訴人が主張する仕入に係る消費税額の控除(仕入税額控除)について検討する。
1 仕入税額控除の規定及びその趣旨について
法30条1項は、事業者が国内において課税仕入を行った場合には、当該課税仕入を行った日の属する課税期間の課税標準額に対する消費税額から上記課税仕入に係る消費税額を控除する旨規定している(仕入税額控除)。
そして、同条7項は、事業者が当該課税期間の課税仕入等の税額の控除に係る帳簿又は請求書等を保存しない場合には、当該保存のない課税仕入については同条1項の規定を適用しない、ただし、災害その他やむを得ない事情により上記帳簿書類等を保存しなかったことを当該事業者において証明した場合は、この限りでない旨規定している。
また、同条8項は帳簿について、同条9項は請求書等について、その記載しなければならない法定記載事項を具体的に列挙し、同条10項の委任に基づく消費税法施行令(平成7年政令第341号による改正前のもの、以下、「令」という。)50条1項は、仕入税額控除の適用を受けようとする事業者は、法定帳簿又は法定請求書等を整理し、法定帳簿についてはその閉鎖の日の属する課税期間の末日の翌日、法定請求書等についてはその受領した日の属する課税期間の末日の翌日から2月を経過した日から7年間、これを保存しなければならないと規定している。
さらに、法58条は、一般的な事業者の義務として、政令で定めるところにより、帳簿を備え付けてこれに行った資産の譲渡等又は課税仕入に関する事項を記録し、かつ、当該帳簿を保存しなければならないと定めている。
ところで、消費税は、事業者が対価を得て行う資産の譲渡及び貸付け並びに役務の提供に対して課税されるものであることから(法4条)、多段階の取引については、その各段階で課税されることとなる結果、税の累積負担が生じることとなるので、これを是正するために、仕入税額控除がなされるものと解される。そして、多量に生じる課税仕入の存否及びそれに係る消費税の額を迅速かつ正確に把握して消費税に係る事務処理を行うためには、明確な記載内容の帳簿や請求書等の存在が必要となる。もとより、納税者にとっても、明確な帳簿や請求書等の存在は重要ではあるが、多量の消費税の申告に対し、迅速にその内容を確認し、公平かつ適正に課税業務を行わなければならない課税庁にとって、明確な記載内容の帳簿と請求書等の存在は必要不可欠なものである。法30条8項、9項が、仕入税額控除に係る帳簿及び請求書等について、その記載事項を厳格に定めている主たる目的は、課税庁における正確かつ迅速な申告内容の確認と効率的な税務調査の実現にあると解される。そうすると、法30条7項は、税の累積負担の是正を目的とする仕入税額控除について、課税庁における多量の課税仕入の存否及びそれに関する消費税額を迅速かつ正確に把握して事務処理を行う必要性を考慮して、仕入税額控除を求める納税者に対して法定帳簿や法定請求書等の保存を要求し、その保存のない場合には、仕入税額控除を行わないこととして、仕入税額控除の不適用要件を定めたものと解するのが相当である。
したがって、法30条7項の規定は、租税実体要件としての性質を有するのであり、控訴人が主張するように、単に課税仕入の立証方法を限定する意味を有するにすぎないと解することはできない。
2 以上の仕入税額控除の趣旨に照らせば、法30条7項に規定する「保存」とは、法定帳簿又は法定請求書等が単に納税者の下に物理的に存在しているだけでは足りず、法令の規定する期間を通じて、法令所定の場所において、税務職員の質問検査権に基づく適法な調査に応じて提示し、その内容が確認することができるような状態、態様での保存を継続していることを意味するものと解すべきである。
そして、税務職員が適法な税務調査において、法定帳簿又は法定請求書等の保存及びその内容を確認するために社会通念上当然に要求される程度の努力を行ったにもかかわらず、納税者が、正当な理由なく、提示を明確に拒否したような場合には、納税者は、法定帳簿又は法定請求書等を保管していないか、少なくともこれについて法30条7項にいう意味での保存をしていないことが事実上強く推認されるというべきである。
3 そこで、本件について「法定帳簿又は法定請求書等の保存がない」といえるか否かを検討する。
控訴人は、本件調査につき、事前通知をせず、調査の必要性や理由を全く示さないことや、控訴人が依頼している者の立会いがあることを理由に直接の調査をせずに帰るなどしており、税務調査の手続に違法がある旨主張する。
しかし、税務調査について、質問検査の範囲、程度、時期、場所等実定法上特段の定めのない実施の細目については、質問検査の必要があり、かつ、これと相手方の私的利益との衡量において、社会通念上相当な限度にとどまる限り、権限ある税務職員の合理的な選択に委ねられているのであり、事前通知、調査の理由及び必要性の個別的・具体的な告知は、法律上一律の要件とされておらず、また、税理士以外の第三者の立会いを許すか否かは、調査担当者の合理的な裁量に委ねられていると解することができる(最決昭和48年7月10日刑集27巻7号1205頁、最判昭和58年7月14日訟月30巻1号151頁、最判平成5年3月11日訟月40巻2号305頁参照)。したがって、控訴人らの主張事実から、直ちに本件調査が違法であったと認めることはできない。
そればかりか、前記認定事実によれば、控訴人は消費税の申告をしていなかったのであり、税務調査の必要性は明らかであるうえ、本件調査においては、被控訴人の部下職員である丙は、当初は、事前通知なしに、税務調査に赴いているものの、その後の調査においては、控訴人と事前の打ち合わせをして、控訴人宅に赴いていること、控訴人は、丙から仕入税額控除に関する帳簿書類の提示がない場合は、仕入税額控除は認められない旨、連絡せん(乙6)で明確に告げられ、その後も何度となく同趣旨の説明を受けていること、丙及び乙は、本件調査において、第三者の立会は認めない旨の一貫した方針をとっているものの、第三者の立会いがあることで、直ちに、調査を打ち切ることをせずに、丙と控訴人の二人だけで、店の奥のボックス席で話し合い、丙は控訴人に対して調査の趣旨や内容を説明し、帳簿書類等の提示を求めていること(平成5年1月27日、同年2月5日)、その話し合いの際、控訴人から帳簿書類等の提示を拒否されたが、丙は、なおねばり強く、後日、帳簿書類等を用意して調査に応じて欲しい旨説得し、本件調査自体を打ち切ることはしなかったのである。これら事実関係に照らせば、本件調査の方法・態様は、社会通念上相当な限度にとどまっており、調査担当者の合理的な裁量の範囲内であることが明らかであり、適法であることが認められる。
そして、上記認定事実によれば、被控訴人の部下職員である丙や乙が、適法な本件調査において、法定帳簿又は法定請求書等の保存及びその内容を確認するために社会通念上当然に要求される程度の努力を行ったにもかかわらず、これに応じなかったものであるから、控訴人は、法定帳簿又は法定請求書等の提示を明確に拒否したものということができる。そして、控訴人がこれの提示を拒否したことにつき、正当な理由があることを認めるに足りる証拠は存在しない。
そうすると、本件においては、控訴人において法30条7項にいう法定帳簿又は法定請求書等の保存がなかったことが強く推認されると言わざるを得ない。
なお、控訴人は、本件各処分や所得税の更正処分等に対する異議の申立をし、平成5年6月18日、同異議手続において、前記二の16記載の各帳簿書類等を提出しており、この提出により、被控訴人は、それらが控訴人の事業実態に即した妥当なものであるとして、平成3年分の控訴人の所得税の更正処分の一部を取り消す旨の異議決定をしており、また、控訴人は本訴において本件帳簿及び請求書等を書証として提出しているから、控訴人が現在物理的に上記帳簿書類等を保管していることは明らかといえる。
しかし、控訴人が上記帳簿書類等を提出したのは、被控訴人による更正処分がなされた後のことであり、被控訴人が控訴人の事業実態に即して妥当なものと認めたのは、控訴人の所得税に関する限りであり、消費税の仕入税額控除に関するものでないことも明らかである。
そして、前記二で認定したように、控訴人は本件調査が開始された後の平成4年11月頃から、丙らから所得税及び消費税の調査のため帳簿書類等の提示を求められ、平成5年1月21日には、連絡せん(乙6)で丙から消費税については仕入税額控除に関する帳簿書類の提示がなければ仕入税額控除は認められないことを明確に告げられ、その後も、同様の説明を繰り返し受け、再三帳簿書類等の提示を求められながらこれに応じていないこと、保存していたのであれば、本件調査の際に、控訴人にその意志さえあれば、これらを提示することは容易であり、また、税務署に持参する機会もあったことが明らかであるだけなく、一旦は持参する旨告げながら結局持参しなかったこと等の税務調査における控訴人の対応に照らすと、上記事実からは、控訴人が税務調査の段階(法定帳簿又は法定請求書等の保存期間中である。)において、物理的な意味での保管はともかく、法定帳簿又は法定請求書等を法30条7項にいう意味で保存していなかったとの前記推認を覆すことは困難であり、その他前記推認を覆すに足りる反証はないと言わざるを得ない。
4 よって、仕入税額の控除をしないでした本件各処分は適法である。
四 以上の次第で、控訴人の請求は理由がなく、これを棄却した原判決は相当であるから、本件控訴を棄却し、控訴費用は控訴人の負担とすることとして、主文のとおり判決する。
(口頭弁論終結日 平成14年8月30日)
(裁判長裁判官 林醇 裁判官 東畑良雄 裁判官 大鷹一郎)
別表
平成3年度分課税仕入れ表
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