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大阪高等裁判所 平成13年(行コ)50号 判決 2003年3月26日

控訴人

同訴訟代理人弁護士

関戸一考

被控訴人

葛城税務署長 赤坂秀利

同指定代理人

吉田栄美

牧英二

池内一幸

福田幸治

吉田昭一

主文

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  控訴の趣旨

(1)  原判決を取り消す。

(2)  控訴人の平成8年分の所得税について、被控訴人が平成10年2月24日付けでなした更正処分(ただし、裁決後の申告納税額3590万4400円と確定申告の申告納税額68万5300円との増差税額3521万9100円)及びこれに伴う同日付けでした過少申告加算税の賦課決定処分(ただし、裁決後の過少申告加算税額523万7500円)を取り消す。

(3)  訴訟費用は、第1、2審とも被控訴人の負担とする。

2  控訴の趣旨に対する答弁

主文同旨

第2当事者の主張

1  当事者の主張は、次のとおり補正し、次項以下を付加するほかは、原判決「事実及び理由」の「第2 事案の概要」欄(2頁3行目から4頁3行目まで)記載のとおりであるから、これを引用する。

(1)  原判決2頁17行目の「負担割合」から同18行目の「発生していない」までを「、控訴人は乙に対して求償権を取得していない(乙の負担割合は零である、仮に、控訴人と乙の負担割合が各2分の1としても、控訴人は自己の負担割合を超える弁済をしていない、本件譲渡代金のうち3億1500万円はC株式会社の免責的債務引受の形で処理している)、求償権を取得したとしても求償権の行使はできない(控訴人とB銀行は代位権不行使の特約を結び免責的債務引受の形で処理している、乙は無資力である)」と訂正する。

(2)  同2頁23行目の「同年8月30日、」の次に「別紙1(本件特例の適用関係)のとおり、」を付加し、同3頁初行の「及ぴ」を「及び」と訂正し、同6行目の「適用されるとして、」の次に「別紙2(原告の平成8年分の所得税の課税の経緯及びその内容)の確定申告欄記載のとおり、」を、同10行目の「2月24日付けで、」の次に「別紙2の更正処分及び過少申告加算税賦課決定欄記載のとおり、」を、同12行目の「4月24日に」の次に「別紙2の異議申立て欄記載のとおり、」を、同13行目の「7月24日付けで、」の次に「別紙2の異議決定欄記載のとおり、」を、同15行目の「8月26日に」の次に「別紙2の審査請求欄記載及び別紙3(譲渡所得金額の計算書)のとおり、」を、同16行目の「7月9日付けで、」の次に「別紙2の裁決欄記載のとおり、」を、同18行目の「過少申告加算税額は、」の次に「別紙1のとおり、」を付加する。

(3)  同3頁24行目から同4頁3行目までを次のとおり訂正する。

「(2) 控訴人は、乙に対して求償権を取得したか(乙が連帯保証人であることを前提とする。)。

ア 控訴人と乙との間で、乙の負担割合は零である旨の明示又は黙示の合意(特約)がされたか。

イ 上記特約が存在しないとしても、控訴人の弁済額は、債務額(7億円)の2分の1に満たないため、求償権を取得しないことになるか。

(3)  控訴人が乙に対して求償権を取得したとしても、その求償権の行使の可能性がないといえるか。

ア 控訴人とB銀行とが代位権不行使の特約をしたことにより、控訴人の求償権行使はできないことになるのか。

イ 乙は無資力か。」

(4)  同5頁20行目の「諸事実」の次に「及び、B銀行は、担保不動産である本件譲渡物件の価値がバブル崩壊により減少する傾向がみられたため、平成3年に至って、乙をも連帯保証人とするよう要請したこと」を付加する。

2  当審における控訴人の主張

(1)  乙に負担割合はないことについて(争点(2)ア)

<1> AのB銀行に対する債務についての乙の連帯保証(以下「本件連帯保証」という。)は、本件譲渡物件及びAが本件連帯保証当時担保提供していた物件を処分しても不足が出た場合に責任を負うという補充的なものである。

<2> 控訴人及び乙の本件連帯保証に関する内部的負担割合は、100対零とする明示又は黙示の合意があった。すなわち、

ア 主たる債務者が法人のとき、その法人の代表者と代表者以外の者が連帯保証人となった場合、代表者と代表者以外の保証人との内部負担割合は、100対零である。

イ 担保を処分した代表者が保証人に求償することは、常識はずれのことである。

ウ 控訴人は、乙に対し、保証の趣旨について、「会社に何かあったときは担保物件を処分して払う、十分な担保提供をしているのでお前に迷惑をかけない」と説明し、乙はそれを了解した。

エ 控訴人がB銀行に本件譲渡物件を担保提供するに当たり、物上保証人として債務を履行した場合、B銀行の了解なくしては代位行使しないこと、B銀行に求められればいつでも譲渡することを約していることからすれば、B銀行に対し、他の連帯保証人への求償権を行使しない(代位を行わない)ことを確約するものであり、これによると、控訴人が本件譲渡物件を処分したとき、保証人に対して求償権を行使する意思がなかったことをうかがうことができる。

(2)  連帯保証人間で求償権が成立する要件について(争点(2)イ)

保証人の求償権は、自己の負担部分を超える額を支払ったときに限り許されるところ、仮に、控訴人の負担割合が2分の1であるとしても、債務額は7億円であり、控訴人が代位弁済した額は3億1829万6639円である。したがって、控訴人の代位弁済額は主債務の半分に満たないから、乙に対し、求償権を取得しない。

(3)  控訴人とB銀行間における求償権不行使の合意について(争点(3)ア)

控訴人が乙に求償するためには、B銀行の同意を要する旨の合意が存在するところ(以下「代位権不行使の特約」という。)、B銀行は同意しないので、控訴人は乙に対し、求償できない。

(4)  乙の支払能力について(争点(3)イ)

乙は、次のとおり、支払能力はないから、控訴人は乙に対し、求償できない。

ア 乙は、A等の連帯保証人として、約8億円の債務を負っており、これらの債務の履行を請求されている。

イ 乙は、平成8年8月30日当時、数千万円の負債があった。

ウ 乙は、めぼしい資産を有していない。

エ 乙は、Cから年2100万円位の給与を得ているが、それは、上記借入金の返済分を考慮し加算されたものであり、実際には家族6人が生活を維持していける程度の月70万円しかない。

(5)  求償権行使の相手方について

所得税法64条2項(以下「本件特例」という。)にいう「求償権を行使することができないかどうか」の判断は、主たる債務者を基準に判断すれば足りるものであり、特段の事由がない限り、共同保証人への求償権の存在は考慮する必要がない。

(6)  譲渡所得の不存在について

本件譲渡は、担保付のままでなされたから、控訴人は、売却代金3億4850万円よりCの債務引受額3億1500万円を引いた3350万円を受領したにすぎず、この額から取得額167万5000円の控除、居住用財産に基づく3000万円の控除、売買に伴う経費の控除をすると、譲渡所得はないし、控訴人の乙に対する求償権も存在しないし、求償権を行使することもできない。

第3当裁判所の判断

1  当裁判所も、控訴人の本訴請求は理由がないと判断する。その理由は、次のとおり補正するほかは、原判決「事実及び理由」の「第3 争点に対する判断」欄(4頁5行目から7頁8行目まで)記載のとおりであるから、これを引用する。

(1)  原判決4頁15行目の「甲」を「乙」と訂正する。

(2)  同6頁3行目の「争点(2)」を「争点(2)ア、イ」と訂正する。

(3)  同6行目の「認められるところ」から同8行目までを「認められる。」と訂正する。

(4)  同9行目から同12行目までを次のとおり訂正する。

「控訴人は連帯保証人である乙の負担割合は零であると主張する(当審における控訴人の主張(1))。

当審証人乙は、乙の連帯保証は形式的なものとしてしたにすぎない旨供述し、甲7(控訴人の陳述書)、甲8(乙の陳述書)にも同旨の記載があり、甲10の<1>(平成10年4月18日付の控訴人と乙の合意書)には、控訴人が差入れた担保が不足する場合に限って、乙は連帯保証人としての責任を負い、担保物件たる本件譲渡物件の処分代金の範囲内では乙は一切の責任を負わないと合意した旨記載されている。

しかしながら、上記各証拠をもって、乙の負担割合が零である旨の明示ないしは黙示の合意を認めるに足りないことは、以下に説示するとおりである。

すなわち、乙が形式的なものにすぎないとして連帯保証したことをもって、控訴人主張の合意を認めるに足りないし、本件課税処分後に作成された甲10の<1>はたやすく信用できない。

さらに、上記(原判決5頁13行目から同22行目まで)のとおり、乙が平成3年に至って、控訴人とともに連帯保証人となり、2分の1の負担割合を負うことに何らの不自然はない。

したがって、上記の乙とAの関係からすれば、乙がAの連帯保証人となった当時、乙がAの代表者でなかったとしても、そのことから乙の負担割合が零であったと推認することはできないし、控訴人が乙に対し保証の趣旨について、「会社に何かあったときは担保物件を処分して払う、十分な担保提供をしているのでお前に迷惑をかけない」と説明していたとしても、乙の負担割合を零とする明示ないしは黙示の合意があったということにはならない(なお、当審における控訴人の主張(1)<2>ア、イは独自の主張であって、採用できない。)。

また、上記(原判決4頁9行目から同25行目まで)のとおり、乙はA振出にかかる受取人をB銀行とする約束手形24通の連帯保証をし、この連帯保証には何ら限定は付されておらず、また、B銀行御所支店長が乙に対し平成5年3月6日到達の書面で上記手形の全額について連帯保証人としての履行を請求していること(乙3)に照らし、本件連帯保証が、本件譲渡物件及びAが本件連帯保証当時担保提供していた物件を処分しても不足が出た場合に責任を負うという補充的なものであったとは認められない。なお、甲10の<2>(平成10年4月13日付B銀行作成の書面)は、物的担保のみでは債権全額の弁済を受けられない場合に備えて、本件連帯保証を徴した旨記載されており、本件連帯保証が本件譲渡物件及びAが本件連帯保証当時担保提供していた物件を処分しても不足が出た場合に責任を負うという補充的なものであったことを証するものとは認められない。

そして、控訴人がB銀行に本件譲渡物件を担保提供した際に、同銀行との間で、控訴人が物上保証人として債務を履行した場合、B銀行の了解なくしては代位行使しないとの特約をしたからといって、後記3のとおり、共同保証人に対する求償権の行使が制限されることにならないし、この特約をしたことが乙に対して求償権を行使しない意思の表明であるとみることもできない。」

(5)  同6頁末行の次に改行して次のとおり付加する。

「控訴人は、保証人の求償権は、主債務の額に自己の負担割合を乗じた額を超える額を支払ったときに限り許されるところ、控訴人は、額面7億円の手形貸付についてAの連帯保証人であり、控訴人がB銀行に支払った金額は3億1829万6639円であって、主債務の2分の1に満たない額を支払ったにすぎないから、乙に対し、求償できない旨主張する(当審における控訴人の主張(2))。

上記(原判決4頁9行目から同25行目まで)のとおり、控訴人はA振出の約束手形のうち9通の手形金3億1500万円及びこれらにかかる遅延利息157万6380円と別の約束手形1通の遅延利息金172万0259円をB銀行に弁済したものであり、乙はこれらの手形につき連帯保証したのであるから、控訴人は乙が連帯保証していた上記手形債務の全額をB銀行に弁済したことになるのであって、控訴人の乙に対する求償権は上記個別の手形債務の弁済による消滅によって発生していることになる。したがって、控訴人の上記主張は理由がない。」

(6)  同7頁1、2行目を次のとおり訂正する。

「3 争点(3)アについて

甲26の<1><2>及び弁論の全趣旨によれば、控訴人は、B銀行との間で、本件譲渡物件につき、債務者をA、根抵当権設定者兼連帯保証人を控訴人、根抵当権者をB銀行とする根抵当権設定契約を締結したこと、同契約には控訴人が本件物件の処分、保証債務の弁済等により、代位によって取得した権利は、B銀行の同意がなければ行使しない旨の条項があること、B銀行は控訴人に対し上記同意を与えたことがないことが認められる。しかし、上記代位権不行使の特約は、代位によって取得した権利に関するものであり、控訴人が保証債務を弁済したことによる乙に対する求償権は、民法465条1項、442条1項に基づくものであって、代位によって取得した権利ではないから、上記代位権不行使の特約により制限されない。したがって、控訴人はB銀行の同意がなくても乙に対し求償権を行使することができる(よって、当審における控訴人の主張(3)は理由がない。)。

4  争点(3)イについて

本件特例が定められた趣旨は、保証債務の履行のためやむを得ず資産を譲渡し、所得を得た者が、求償権行使の相手方が無資力その他の理由で求償権の全部又は一部を行使することができないこととなったときに、事実上、上記所得を保持することができないため、上記所得に対して課税しないことにしたものであるから、課税の公平上、求償権の全部又は一部を行使することができないこととなったときとは、求償権の相手方が、破産宣告を受けるか、債務超過の状態が相当期間継続して金融機関や大口債権者の協力が得られない等の事情により、求償権を行使してもその目的が達成されないことが確実になったことを要すると解すべきである。すなわち、求償権を行使してその目的が達成される可能性がある以上、資産を譲渡した者は上記所得を保持し得るということができるからである。

これを本件についてみるに、当審証人乙によれば、乙は、B銀行に対し毎月5万円を弁済し、その他の負債についても滞納することなく弁済していること、相続評価1300万円の不動産を所有していること、Cから年額2600万円の収入があること、Cに対し毎月30万円ずつ貸し付けていること、今後も破産申立てをすることなく、他債務の弁済を続けることができることが認められ、これらを総合すると、控訴人が乙に対して求償権を行使してもその目的が達成されないことが確実であるということはできないから、本件特例にいう「求償権の全部又は一部を行使することができないこととなったとき」には当たらないというべきである(よって、当審における控訴人の主張(4)は理由がない。)。

5  控訴人の当審における主張(5)について

所得税は、国内の居住者のすべての所得について課せられるのが原則であるが(所得税法7条1項)、所得税法64条2項は、『保証債務を履行するため資産の譲渡があった場合において、その履行に伴う求償権の全部又は一部を行使することができないこととなったときは、その行使することができないこととなった金額を回収することができないこととなった金額とみなして、同金額は、所得の金額の計算上、なかったものとみなす。』旨規定していることからすれば、本件特例が定められた趣旨は、保証債務の履行のためやむを得ず資産を譲渡し、所得を得た者が、求償権行使の相手方が無資力その他の理由で求償権の全部又は一部を行使することができないこととなったときは、事実上、上記所得を保持することができないので、その行使することができないこととなった金額は、所得の金額の計算上、なかったものとみなすことにより、保証債務の履行のための資産譲渡に係る所得に対して課税しないことにしたものであると解すべきである。そうすると、共同保証人について求償権が行使できる場合には、計算上、上記譲渡所得を保持することができるのであるから、本件特例の適用を受けることができないと解するのが相当であり、本件特例の適用に際し、求償権を行使することができないかどうかの要件は、主たる債務者のみならず、共同保証人についても必要であるというべきである。

したがって、控訴人の上記主張は理由がない。

6  控訴人の当審における主張(6)について

甲8、12の<3>、31の<1>ないし<6>、乙7の<1>、<2>、12、13、及び弁論の全趣旨によれば、控訴人は、平成8年4月1日本件譲渡物件をCに対し3億4850万円で売却し、同日付で土地建物売買契約書が作成されたこと、この売買代金のうち、3億1500万円については、B銀行がCに貸付け(証書貸付)たこと、Cはこの3億1500万円を控訴人の口座に振り込み、控訴人はこれを出金して、本件手形債務の支払いに充てたこと、本件譲渡物件について、上記売買を原因として、平成10年3月4日付でCに対する所有権移転登記が経由されていること、AとCは平成8年8月30日、CがAの確定根抵当権債務を免責的に引き受ける旨の契約を締結し、同日、本件譲渡物件につき債務者をAとして設定されていた根抵当権を免責的債務引受を原因として債務者をCに変更する旨の登記を了したことが認められる。

以上に認定したところによれば、控訴人が本件譲渡物件を平成8年4月1日、Cに上記代金で売却したことは明らかであり、その後、上記免責的債務引受契約を締結して、Cは、AがB銀行に対して負担していた債務を免責的に引き受けこの債務を担保するために、本件譲渡物件につき設定されていた抵当権の債務者をCに変更したことが認められる。

そうすると、控訴人が本件譲渡による所得を得たことは明らかであり、求償権が存在し、求償権を行使できることも明らかである。

したがって、当審における控訴人の上記主張は理由がない。」

(7) 同7頁3行目冒頭の「(4)」を「(7)」と訂正する。

(8) 同6行目の「すると、」の次に「別紙1、別紙2の審査請求欄記載及び別紙3のとおり、」を付加する。

2 結論

よって、本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 下方元子 裁判官 森本翅充 裁判官 一谷好文)

別紙1

本件特例の適用関係

<省略>

別紙2

原告の平成8年分の所得税の課税の経緯及びその内容

<省略>

別紙3

譲渡所得金額の計算書

<省略>

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