大阪高等裁判所 平成13年(行コ)61号 判決 2002年2月15日
主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1 控訴人
(1) 原判決を取り消す。
(2) 被控訴人が,控訴人に対し,原判決の別紙物件目録1及び2記載の不動産の控訴人の持分2分の1について,平成10年8月14日付けでした差押処分及び同年12月3日付けでした参加差押処分をいずれも取り消す。
(3) 被控訴人が,別紙選定者目録記載の選定者Aに対し,原判決の別紙物件目録3及び4記載の不動産のAの持分2分の1について,平成10年10月2日付けでした差押処分を取り消す。
(4) 被控訴人が,別紙選定者目録記載の選定者Bに対し,原判決の別紙物件目録1及び2記載の不動産のBの持分2分の1について,平成10年8月14日付けでした差押処分及び同年12月3日付けでした参加差押処分をいずれも取り消す。
(5) 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。
2 被控訴人
主文同旨
第2事案の概要
本件は,被控訴人がCの相続人である控訴人,A及びBに対して相続税の滞納処分として行った同人らの財産の差押処分等につき,選定当事者である控訴人が,同差押処分等の取消しを求めている事案である。
1 前提事実,争点及び争点に関する当事者の主張は,後記2のとおり付加するほか,原判決の事実及び理由,第2の1ないし3に記載のとおりであるから,これを引用する。
2 控訴人の主張(控訴の理由)
(1)ア 原判決は,「相続税法34条1項の連帯納付義務は,補充的に責任を負わせるものでない点で租税保証債務(通則法50条6号)や第二次納税義務(徴収法32条以下)とは性質が異なるが,本来の納税義務者でない者に納付責任を負わせる点では主たる納税者の納税義務との関係において附従性を有する租税保証債務及び第二次納税義務に類似した性質を有するというべきである。そうすると,連帯納付義務は固有の相続税の納税義務との関係において附従性を有すると解すべきであり,本来の納税義務者に対して生じた時効中断は,連帯納付義務者に対しても効力を生じると解するのが相当である。」と判示している。
イ しかし,このような判断は,租税法律主義,とりわけ課税要件及び租税の確定・徴収の手続はすべて法律で規定しなければならないという課税要件法定主義に反する独自の見解であり,失当である。相続税基本通達38-5(当審準備書面1に「38-4」とあるのは誤記と認める。)に,「法38条の相続税延納の規定は,連帯納付の責に任ずる者のその責に任ずべき金額については適用がないのであるから留意する。」と規定され,担保が保証人の保証である場合でさえ,「保証人の財産の換価は,納税者の財産を換価した後でなければできない(通則法52条5項)。」と規定されていることからしても,本件連帯納付責任額を対象とした差押えは違法である。
(2)ア 原判決は,「本来の納税義務者のうちD,E,F及びG固有の国税の徴収権の消滅時効については,前記(1)イ及びキ記載の督促処分によって,法定納期限である平成3年12月24日から5年を経過していない時点で中断したことが認められる。その後,督促状を発した日から起算して10日を経過した日の翌日から5年を経過していない時点で前記(1)ケ記載の差押処分及び参加差押処分によって,時効は中断し,その中断事由は継続していることが認められる。以上によれば,本来の納税義務者である他の相続人について生じた時効の中断が連帯納付義務者である原告,A及びBに対しても効力を生じたことにより同人らの連帯納付義務について消滅時効は完成していないと認められる。」と判示している。
イ ところで,D,E,F及びG固有の国税の徴収権の消滅時効が完成したか否かはともかく,原判決のいう督促処分は,延納許可取消税額が滞納となった場合の措置であるところ,税務署長は,延納の許可をする場合には,その延納税額に相当する担保を徴さなければならない(相続税法38条4項)ところから,乙7の1ないし4(差押調書・参加差押調書)のとおりの差押え等をしている。そして,徴収法14条には,「国税につき徴した担保財産があるときは,前2条の規定にかかわらず,その国税は,その換価代金につき他の国税及び地方税に先だって徴収する。」との定めがある。また,通則法52条1項は,「税務署長等は,担保の提供されている国税がその納期限までに完納されないとき,又は担保の提供がされている国税についての延納を取り消したときは,その提供された金銭以外の財産を滞納処分の例により処分してその国税及び当該財産の処分費に充て・・・。」旨規定し,また,同4項は,「税務署長等は,担保として提供された金銭又は担保財産の処分の代金が徴収すべき国税及びその処分費に充ててなお不足があると認められるときは,滞納者の他の財産について執行することができる。」旨規定している。
ウ したがって,被控訴人は,上記4名の滞納にかかる相続税の総額が,提供された担保では不足であると認めるときに,滞納者に対して滞納処分をするのはともかく,滞納者でない控訴人(選定者を含む。)に対して,相続税法34条1項の規定による連帯納付責任額を差押財産から徴収することは失当である。
エ また,本件では,上記4名が延納許可取消税額を滞納したことから,同人らに督促状が発布されたものであるところ,徴収法47条には,滞納者の所有に絶対属していないことが明白な第三者所有,つまり控訴人(選定者を含む。)所有の不動産に対する差押・参加差押処分は常に無効である旨規定されているから,本件連帯納付責任額による本件各差押・参加差押は違法である。
(3) 評価通達の違法について
ア 原判決は,「相続税法22条は,相続財産の価額は特別に定める場合を除き,当該財産の取得の時における時価によるべき旨を規定しているところ,この時価とは,相続開始時における当該財産の客観的な交換価値をいうと解される。」と判示しているところ,相続税評価額に関する基本通達では,時価とは,課税基準時において,「不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額」をいうと規定されている。地価公示法上も,公示価格は,「正常な価格」を意味し,「正常な価格」とは「自由な取引が行われるとした場合におけるその取引において通常成立すると認められる価格をいう。」とされている。
イ 他方,相続税評価額に関する基本通達は,時価について,「この通達によって評価した価額による(倍率方式により評価する宅地の固定資産税に地価事情の類似する地域ごとに,その地域にある宅地の売買実例価額,精通者意見価格等を基として国税局長の定める倍率に乗じて計算した金額によって評価される。)。」と規定している。
ウ この点について,原判決は,「このような倍率方式による評価方法は,土地の評価方法として合理性を有すると解される。そして,本件全証拠によっても,同倍率方式を適用することにより実質的な税負担の公平を著しく害することが明らかな特別の事情は認めることができない。」と判示している。
エ しかし,平成2年度と本件相続が開始した平成3年度の公示価格をみると(前記アのとおり,地価公示法上の「正常価格」と相続税評価額に関する基本通達にいう客観的交換価額評価額とは同一の概念である。),平成3年の公示価格は,平成2年から4パーセント上昇し,平成3年の相続税評価額は92パーセント上昇している。そして,相続税評価額が1年で約2倍になったことから,相続税総額は2.5倍になり,公示価格の上昇率と相続税評価額の上昇率を比較すると,1年で25倍になっている。公示価格の上昇が4パーセントであるのに,相続税評価額の上昇が92パーセントであるというのであるから,この相続税評価額が不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額でないことは明白である。
オ 本件において,相続税評価額が公示価格の25倍の上昇率になった原因は,倍率方式による評価は精通者意見価格等を基にするものであるところ,精通者として,実務経験の乏しい特例組の「OB不動産鑑定士」が優遇されているためであり,これらの評価は,「公的評価に信ぴょう性が乏しい」とされている(税務事例VoL30No.8)。
カ なお,倍率方式による評価では,「地価事情の類似する地域ごとに,その地域にある宅地の売買実例価額」が必要となるが,取引事例がほとんどない地域で,類似性に乏しい取引事例による評価は,不動産鑑定士が鑑定していても信用性がなく,時価ともかけ離れたものとなる。ましてや,将来時点の鑑定評価は,対象不動産の確定,価格形成要因の把握,分析及び最有効使用の判定についてそのすべてを想定もしくは予測しなければならず,資料的にも限定されることは明白である。
キ したがって,相続税評価額の上昇率が公示価格のそれと比較して25倍になるような本件において,具体的な判断も示さず,証拠申出も採用しないで,控訴人の主張を排斥した原判決には,審理不尽,理由不備の違法がある。
ク 以上のとおり,いずれの点からも相続税財産評価は,違法・無効であり,控訴人の各相続税ないし修正申告書記載の国税の徴収権は,5年の経過により時効消滅している。
第3当裁判所の判断
1 当裁判所も,控訴人の本訴請求はいずれも理由がなく,これらを棄却すべきであると判断するが,その理由は、後記2のとおり付加するほか,原判決の事実及び理由,第3の1ないし3に記載のとおりであるから,これを引用する。
2(1) 原判決の事実及び理由,第3の1,(3)アの15行目の末尾に続けて改行のうえ,「これに対し,控訴人は,租税法律主義,とりわけ課税要件法定主義に反する旨主張するが,連帯納付義務は,相続税法34条1項に規定されているし,その手続は,相続税法並びに通則法及び徴収法等に規定されていて,租税法律主義や課税要件法定主義に背馳するものではないことは明らかであり,また,連帯納付義務が本来の納付義務(固有の相続税の納税義務)と別個に独立して時効消滅することがないのは,連帯納付義務が相続税法34条1項に基づき本来の納税義務を担保するために課された特殊な義務であり,本来の納付義務が消滅しない限り,これを担保するため存続するものと規定されていること(補充性がなく,取得した利益の限度で本来の納税義務者と同列の全面的責任を負うものの,内部的な負担部分がないという,連帯保証人の責任と類似した特殊な法定の人的担保の性格を有する。)から当然に演繹されるものであって,法律解釈の問題にすぎず,したがって,控訴人の上記主張は理由がない。なお,控訴人は,前記控訴の理由(1)イのとおり,相続税法基本通達38-5及び通則法52条5項の規定に言及するが,いずれの規定も,消滅時効の成否に消長を及ぼすものとはいえないから,上記主張は失当というほかない。」を加える。
(2) 原判決の事実及び理由,第3の2,(1)の25行目の末尾に続けて改行のうえ,「控訴人は,前記控訴の理由(3)エ記載のとおり,「平成2年度と本件相続が開始した平成3年度の公示価格をみると,平成3年の公示価格は,平成2年から4パーセント上昇し,平成3年の相続税評価額は92パーセント上昇している。そして,相続税評価額が1年で約2倍になったことから,相続税総額は2.5倍になり,公示価格の上昇率と相続税評価額の上昇率を比較すると,1年で25倍になっている。公示価格の上昇が4パーセントであるのに,相続税評価額の上昇が92パーセントであるというのであるから,この相続税の評価額が不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額でないことは明白である。」旨主張する。しかし,平成3年当時,固定資産税の土地評価額が,税負担の急増を避けるために低く抑えられ,実勢価格との間に大きな格差があったところから,平成3年1月に「総合土地政策推進要綱」が閣議決定され,「固定資産税評価について,平成6年度以降の評価替えにおいて,土地基本法第16条の規定の趣旨を踏まえ,相続税評価との均衡にも配慮しつつ,速やかに,地価公示価格の一定割合を目標に,その均衡化・適正化を推進する。」とされていたことは,公知の事実であること(日経新聞等)にかんがみると,控訴人主張のように,単純に公示価格の上昇率と相続税評価額の上昇率のみを比較して,その比率に大きな差があるからといって,直ちに倍率方式による相続税評価額が不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額(時価)でないということはできないし,また,仮に,公示価格と相続税評価額との間に控訴人主張のような上昇率の開きがあったとしても,そのことをもって,直ちに倍率方式による相続税評価額が時価を超えるものであるということもできないから,控訴人の上記主張は理由がない。前記控訴の理由
(3) オないしク記載の主張は,前記説示に照らし,いずれもその前提を欠く控訴人独自の見解に基づくものというほかないから,採用の限りでない。」を加える。
(3) 原判決の事実及び理由,第3の3の16行目の末尾に続けて改行のうえ,「控訴人は,前記控訴の理由(2)イ,ウ記載のとおり,徴収法14条,通則法52条1項及び4項に言及し,「被控訴人は,D,E,F及びG固有の滞納にかかる相続税の総額が,提供された担保では不足であると認めるときに,滞納者に対して滞納処分をするのはともかく,滞納者でない控訴人(選定者を含む。)に対して,相続税法34条1項の規定による連帯納付責任額を差押財産から徴収することは失当である。」旨主張する。しかし,相続税法34条1項の連帯納付義務については,保証人や第二次納税義務者の場合(通則法52条4項,5項,徴収法32条4項)とは異なり,補充性を認める規定を全く設けていないから,補充性はないものと解するのが相当であり,したがって,連帯納付義務に補充性があることを前提とする控訴人の上記主張は理由がない(なお,徴収法14条,通則法52条1項及び4項の規定が連帯納付義務に補充性を認める根拠とならないことは言うまでもない。)。ちなみに,控訴人は,前記控訴の理由(1)イのとおり,通則法52条5項に言及して,「この規定からしても本件連帯納付責任額を対象とした差押えは違法である。」旨主張するが,連帯納付義務は保証人とはその性格を異にするものであるから,連帯納付義務に通則法52条5項が準用あるいは類推適用される余地はなく,したがって,控訴人の上記主張は失当というほかない。また,控訴人は,「徴収法47条には,滞納者の所有に絶対属していないことが明白な第三者所有,つまり控訴人(選定者を含む。)所有の不動産に対する差押・参加差押処分等は無効である旨規定されているから,本件連帯納付責任額による本件各差押・参加差押は違法である。」旨主張するが,被控訴人が連帯納付義務者である控訴人(選定者を含む。)に督促し,その督促にかかる国税を完納しないため,上記差押等に及んだことは前記認定事実(原判決の事実及び理由,第3の1,(1))により明らかであり,何ら違法の廉はない。ちなみに,控訴人は,前記控訴の理由(1)イのとおり,相続税法基本通達38-5に言及し,「この規定からしても,本件連帯納付責任額を対象とした差押えは違法である。」旨主張するが,同通達38-5の定めは本件差押等の適否に関係があるとは認められないから,主張自体失当というほかない。」を加える。
3 結語
以上のとおり,控訴人(選定者を含む。)の本訴請求はいずれも理由がなく,これを棄却した原判決は相当である。よって,本件控訴は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大谷種臣 裁判官 佐藤嘉彦 裁判官 和田真)