大阪高等裁判所 平成13年(行コ)7号 判決 2001年7月31日
控訴人(第1審原告)
甲
被控訴人(第1審被告)
国
代表者法務大臣
森山真弓
被控訴人(第1審被告)
大阪国税局長
金井照久
被控訴人(第1審被告)
芦屋税務署長
近沢撃
被控訴人ら指定代理人
近藤幸康
同上
谷美佐夫
被控訴人国・同大阪国税局長指定代理人
山根百馬
同
辻浩司
同
松谷幸三
被控訴人国・同芦屋税務署長指定代理人
同
時光敏夫
同
水野俊生
同
宮田恭裕
主文
1 本件控訴をいずれも棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 平成4年3月16日付け平成元年分の所得税の修正申告による、控訴人の被控訴人国に対する515万0002円の納税債務の存在しないことを確認する。
3 平成4年3月16日付け平成2年分の所得税の修正申告による、控訴人の被控訴人国に対する3616万3726円の納税債務の存在しないことを確認する。
4 控訴人の平成4年分の所得税について、葛城税務署長が平成5年8月9日付けでした更正処分(異議決定により一部取り消された後のもの)及び過少申告加算税の賦課決定処分を取り消す。
5 控訴人の原判決添付別紙滞納国税の明細記載の所得税について、被控訴人大阪国税局長が行った原判決添付別紙本件差押処分(1)ないし(9)、(11)、(13)記載の債権差押処分及び同(12)記載の有価証券差押処分を取り消す。
6 被控訴人国は、控訴人に対し、1156万2014円及び内82万9534円に対する平成6年12月10日から、内779万6312円に対する同月13日から、内293万6168円に対する同月16日から、それぞれ支払済みまで年7.3%の割合による金員を支払え。
7 被控訴人国は、控訴人に対し、原判決添付別紙株券目録記載の株券を引き渡せ。
[以下、「第2 事案の概要」及び「第3 当裁判所の判断」の部分は、原判決を付加訂正した。ゴシック体太字の部分が、当審において内容的に付加訂正を加えた主要な箇所である。それ以外の字句の訂正等については、特に指摘していない。]
第2事案の概要
1 本件は、控訴人が、
(1) 控訴人の平成元年分及び同2年分の所得税につき、各修正申告をした乙税理士(以下「乙税理士」という。)が控訴人の代理権を有していなかったから上記各修正申告が無効であることを理由に、上記各修正申告による被控訴人国に対する納税義務の不存在の確認(請求の趣旨第1、2項)
(2) 平成4年分の所得税につき、控訴人は居住者であり、又は国内に恒久的施設を有し若しくは代理人等を置く非居住者であるから総合課税をすべきなのに分離課税をしたのが違法であること、更正処分によれば納付すべき税額が零円とされたことを理由に、更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分の取消し(請求の趣旨第3項)
(3) 平成元年分及び同2年分の所得税に係る各修正申告が無効であるから、上記各修正申告を前提にした被控訴人大阪国税局長による債権差押処分及び有価証券差押処分は違法であるとして、その取消し(請求の趣旨第4項)
(4) 上記債権差押処分により取り立てられた金員が過誤納金であるとして,その返還及び充当の日の翌日から支払済みまで国税通則法58条所定の還付加算金の支払(請求の趣旨第5項)
(5) 上記有価証券差押処分により被控訴人国が占有を取得した株券の返還(請求の趣旨第6項)を求めるものである。
原審は、請求の趣旨第4項のうち債権差押処分の取消し及び同第6項の株券の返還を求める訴えをいずれも不適法なものとして却下し、その余の請求はいずれも理由がないとして棄却したため、原告である控訴人が控訴を提起した。
2 前提となる事実(証拠掲記のない事実は、当事者間に争いがない。)
(1) 控訴人は、平成2年3月15日、葛城税務署長に対し、平成元年分の所得税につき、申告還付金額を923万2460円とする旨の確定申告をした(原判決添付別表1のA)。
(2) 控訴人は、平成3年3月15日、葛城税務署長に対し、平成2年分の所得税につき、申告還付金額を1656万8826円とする旨の確定申告をした(原判決添付別表2のA)。
(3) 乙税理士は、平成4年3月9日、当時の控訴人の所得税についての所轄税務署長であった葛城税務署長に対し、乙税理士を控訴人の所得税の納税管理人とする旨の納税管理人選任届出書(乙1)を提出した。
(4) 乙税理士は、平成4年3月16日、控訴人の平成元年分の所得税につき、修正申告により納付すべき税額を515万0002円、平成2年分の所得税につき、修正申告により納付すべき税額を3616万3726円とする旨の各修正申告(以下「本件各修正申告」という。)をした(乙2、3。原判決添付別表1、2の各B)。
本件各修正申告の内容は、次のとおりである。
ア 平成元年分
確定申告では、不動産所得の計算上、不動産の取得費となる仲介手数料(京都市太秦桂ケ原町物件取得の支払手数料)1030万円が必要経費に計上されていたことから、原判決添付別表1④欄記載のとおり、上記金額相当分を加えた。
イ 平成2年分
(ア) 不動産所得金額について、収入金額の計上漏れ及び必要経費の過大計上があったので、原判決添付別表2④欄記載のとおり、4955万7244円を加えた。
(イ) 給与所得金額について、控訴人は、居住者に適用される特定支出の控除の特例[所得税法(以下「法」という。)57条の2]を適用していたが、これを適用しないものとして、原判決添付別表2⑦欄記載のとおり、4433万8621円を加えた。
(ウ) 雑所得金額について、国税還付加算金の申告漏れがあったので、原判決添付別表2⑧欄記載のとおり、7万9300円を加えた。
(5) 葛城税務署長は、平成4年3月31日、本件各修正申告に基づき、平成元年分の所得税につき、過少申告加算税を51万5000円、平成2年分の所得税につき、過少申告加算税を539万9000円とする旨の各賦課決定処分(以下、これらを個別に「平成元年分の賦課決定処分」などと表示し、また、これらを併せて「平成元年、2年分の賦課決定処分」と総称することがある。)をした。
(6) 控訴人は、平成5年2月18日、葛城税務署長に対し、平成4年分の所得税につき、申告還付金額を8145万8700円とする旨の確定申告をした(原判決添付別表3のA)。
(7) 葛城税務署長は、平成5年8月9日、平成4年分の所得税につき、原判決添付別表3「更正決定処分」欄記載のとおりの更正処分(以下「本件更正処分」という。)及び過少申告加算税を1219万2500円とする旨の賦課決定処分(以下「平成4年分の賦課決定処分」といい、本件更正処分と併せて「本件更正処分等」という。)をした。
(8) 控訴人は、平成5年9月14日、本件更正処分及び平成4年分の賦課決定処分に対し、異議申立てをしたところ、同年12月9日付けで原処分を一部取り消す旨の異議決定がされた。控訴人は、平成6年1月10日に国税不服審判所長に対して審査請求をしたが、平成8年3月4日付けで審査請求は棄却された。
異議決定により一部取り消された後の本件更正処分の内容(原判決添付別表3のB記載)は、確定申告においては、控訴人が取得している給与所得、並びにA株式会社、B有限会社及び有限会社C(以下、これらの会社を総称して「関係3社」といい、個別的に称するときは株式会社又は有限会社の表示を省略する。)が金融機関に対して負う債務の代物弁済等についての金融機関との交渉(以下「本件交渉」という。)を控訴人が行い、Aが控訴人に対して報酬を支払う旨の契約(乙10。以下「本件契約」という。)に基づく報酬4億0556万5000円(以下「本件報酬」という。)について、法164条1項を適用して総合課税によるものとして計算していたが、控訴人は同項を適用するいずれの要件も満たしていないとして、同条2項により分離課税によることとしたものである。具体的には、次のとおりである(弁論の全趣旨)。
ア 給与所得について、確定申告においては、総合課税を前提にして646万5000円を計上しているが、法164条2項2号により、分離課税となり、総合課税による申告ができないものとされた。
イ 控訴人が零円であるとする本件報酬に係る雑所得についても、分離課税となる。
ウ 生命保険の解約に係る一時所得について、確定申告においては、総合課税を前提にして224万1240円を計上しているが、本件更正処分においては、法164条2項2号により、分離課税を適用して計算し、零円とされ、異議決定において、法164条1項4号イ、所得税法施行令(以下「施行令」という。)281条5号に該当するとして、総合課税を適用して計算し、448万2480円とされた。
エ 総所得金額(純損失金額)は、不動産所得の損失金額626万9798円と上記一時所得の金額448万2480円を法69条1項に従って損益通算し、178万7318円の純損失となる。
オ 所得控除について、社会保険料控除、生命保険料控除、損害保険料控除及び扶養控除を誤って計上しているので、法165条に従って計算し、基礎控除の35万円のみとした。
カ 源泉徴収税額について、確定申告においては、総合課税を前提にして8149万7000円を計上しているが、法164条2項2号の規定により、分離課税を適用して、零円とした。
(9) 被控訴人大阪国税局長は、控訴人に原判決添付別紙滞納国税の明細記載の滞納があることを理由に、原判決添付別紙本件差押処分(1)ないし(11)及び(13)記載の債権差押処分(ただし、(10)の差押処分は平成7年2月15日に解除された。以下、(10)を除く債権差押処分を「本件債権差押処分」という。)並びに同(12)記載の有価証券差押処分(以下、「本件有価証券差押処分」といい、本件債権差押処分と併せて「本件差押処分」という。)をした。被控訴人大阪国税局長は、本件債権差押処分に基づいて、第三債務者から、原判決添付別紙本件差押処分の配当金額欄記載のとおり債権等を取り立て、充当年月日欄記載の日に控訴人の平成2年分の修正申告に係る所得税に充当するとともに、本件有価証券差押処分に基づき原判決添付別紙株券目録記載の株券(以下「本件有価証券」という。)の占有を取得してこれを搬出した。
(10) 控訴人の納税地を所轄する税務署長の権限は、控訴人の平成7年分の所得税の確定申告書に記載された住所により、平成8年4月2日に葛城税務署長から奈良税務署長に承継され、更に控訴人の住所が平成10年4月6日付けで肩書住所地に移転したことにより、芦屋税務署長に承継された。
3 争点及び当事者の主張
(1) 控訴人の滞納国税の明細記載の所得税について被控訴人大阪国税局長が行った本件債権差押処分の取消しを求める訴え(請求の趣旨第4項に係る訴えの一部)に訴えの利益はあるか。
ア 被控訴人大阪国税局長の主張
行政処分の取消しを求めるためには、その取消しを求める処分が現に有効に存続していることが必要であると解されているところ、本件債権差押処分は、差押えに係る債権の取立手続が終了しているから、目的を完了してその効力が消滅している。
したがって、控訴人は、本件債権差押処分の取消しを求めるについて法律上の利益を有しない。
なお、控訴人は、請求の趣旨第5項において、本件債権差押処分に基づいて徴収し平成2年分の修正申告に係る所得税に充当された金員の還付を求めているが、このような還付請求権は本件債権差押処分が取り消されて初めて発生するものではなく、控訴人が主張するように平成2年分の所得税に係る修正申告が無効であれば国税通則法56条1項に基づく過誤納金として当然還付されるものであるから、上記還付請求との関係でも本件債権差押処分を取り消す利益はない。
イ 控訴人の主張
本件債権差押処分に係る債権の取立手続が終了していることは認め、その余は争う。
(2) 控訴人が被控訴人国に対して本件有価証券の引渡を求める訴え(請求の趣旨第6項に係る訴え)は将来給付の必要性があるか。
ア 被控訴人国の主張
控訴人が請求の趣旨第4項で求めている本件有価証券差押処分の取消請求が認容され、その判決が確定すれば、徴収職員は、国税徴収法80条4項によって当然に本件有価証券の引渡義務を負う。逆に、本件有価証券差押処分の取消しがされるまでは、同処分の公定力により上記引渡義務が発生しないのであり、控訴人のする本件有価証券の引渡請求は、将来の条件付の請求にほかならない。しかし、本件においては、このような将来の訴えについてあらかじめその請求をする必要はなく、控訴人の上記訴えは訴えの利益を欠くものといわなければならない。
イ 控訴人の主張
争う。
(3) 乙税理士に本件各修正申告についての代理権があったか。
ア 被控訴人国の主張
控訴人は、平成4年3月9日、当時の所轄税務署長であった葛城税務署長に対し、本件各修正申告当時、アメリカ合衆国(以下「米国」という。)に居住していることを理由に、乙税理士を控訴人の所得税の納税管理人とする旨の納税管理人選任届出書(乙1)を提出しており、乙税理士は、本件各修正申告についての代理権を有していた。
イ 控訴人の主張
(ア) 乙税理士には本件各修正申告につき控訴人を代理する権限はなかった。確かに、乙税理士には、平成元年分及び同2年分の所得税につき確定申告を依頼し、税務調査にも対応してもらったが、修正申告については一切依頼していないし、乙税理士から修正申告書を作成し提出する話も一切聞いていない。また、納税管理人に乙税理士を選任した覚えもない。乙税理士は、勝手に控訴人の委任状を偽造して納税管理人に就任し、控訴人に無断で、控訴人の各修正申告書を提出したものである。したがって、乙税理士のした本件各修正申告は無効である。
乙税理士が納税管理人選任届出書を提出しても、葛城税務署長は乙税理士の代理権の有無を確認する義務があったのに、これを怠った。
(イ) 当審における追加主張
葛城税務署職員の辛(以下「辛」という。)は、控訴人の税務調査を通じて、納税管理人の選任及びその届出を乙税理士に依頼し、修正申告を行わなければ更正処分をする旨を直接控訴人に伝えた。ところが、控訴人は、確定申告の内容の正確さに自信を持っていたので、辛の脅しともいえる申し出に屈せず、更正処分もやむなしと考え、断固その場にて辛からの申し出を断った。修正申告の申し出を拒絶した控訴人に対して、乙税理士は、戊(以下「戊」という。)を通じて何回も翻意を促そうとしたが、控訴人はこれを受け付けなかった。むしろ、税務調査を通じて、乙税理士の能力のなさ、いい加減さなどから、乙税理士に対する不信感がみなぎっていたので、控訴人の方から乙税理士との関係を清算したのである。
本件納税管理人選任届出書及び本件各修正申告書は、控訴人の作成によるものではなく、控訴人が第三者にその作成を依頼したものでもない偽造文書である。
それらは、乙税理士が控訴人の許可なく無断で作成して提出したものであり、それらに記されている署名や押捺されている印も、控訴人のものではない。本件各修正申告書の提出は、控訴人のあずかり知らないところで乙税理士によりなされたものである。
(4) 控訴人は居住者に該当するか。
ア 控訴人の主張
(ア) 控訴人は、法2条1項3号にいう居住者に該当するから、平成4年分所得税について総合課税がされるべきであり、分離課税をした本件更正処分等は違法である。
法3条2項を受けた施行令14条1項1号において、その者が国内において継続して1年以上居住することを通常必要とする職業を有する場合は、その者は国内に住所を有する者と推定する旨定められている。控訴人は、平成4年においては、Cの役職員として雇用され、その対価(給与)として年420万円の所得を得ていた。Cには平成4年以前から現在まで勤務している。不動産事業なども別途個人で同様の期間営んでいた。そうすると、控訴人は、施行令14条1項1号により居住者となる。
また、日米租税条約3条3項においては、「双方の締約国の居住者となる個人は、その保有する恒久的住居が存在する締結国の居住者とみなす。その恒久的住居を双方の締約国に有する場合又はこれをいずれの締約国内にも有しない場合には、当該個人は、その人的及び経済的関係が最も密接な締約国(重要な利害関係の中心がある国)の居住者とみなす。その重要な利害関係の中心のある締約国の決定ができない場合には、当該個人は、その有する常用の住居が存在する締約国の居住者とみなす。その常用の住居を双方の締約国に有する場合又はこれをいずれの締約国にも有しない場合には、当該個人は、自己が国民である締約国の居住者とみなす。」と定める。控訴人は、日米両国において恒久的住居を有していたし、人的及び経済的関係においては我が国と米国の双方において経済活動を行っていたため、利害関係の中心となる国をどちらか一つに決めることは不可能である。したがって、最終的には、控訴人の国籍が我が国であることにより、控訴人は我が国の居住者とみなされる。
(イ) 当審における追加主張
居住者の判定について、控訴人の日本における滞在日数は、およそ年間120日強であった。また、その滞在場所は、ホテルの不特定な一室ではなく、特定のホテルの特定の部屋であって、賃貸マンションの一室と何ら変わることがなかった。契約は1年を越える長期にわたっており、控訴人はまさにそこに居住していたのである。住民登録は、居住の客観的な事実になり得ない。また、控訴人には、配偶者及び2人の子供以外の生計を一つにする親族が日本に居住しており、控訴人の資産のほとんどは日本に存在していた。したがって、控訴人は、日本の居住者である。
イ 被控訴人芦屋税務署長の主張
控訴人が居住者に該当しないことについて、自白が成立していた。被控訴人芦屋税務署長は、上記自白の撤回に異議がある。
平成4年当時、控訴人は、我が国に恒久的住居を有していなかったし、同年中に我が国に居住するようになったものでもないから、施行令14条1項の「国内に居住することとなった」という要件を満たさず、同項の適用もない。
(5) 控訴人は、国内に恒久的施設を有し、又は代理人等を置く非居住者に該当するか。
ア 控訴人の主張
控訴人は、国内に法164条1項1号所定の恒久的施設を有し、又は同項3号所定の代理人等を置く非居住者に該当するから、平成4年分の所得税について総合課税がされるべきであり、分離課税をした本件更正処分等は違法である。
控訴人は、平成4年においては米国カリフォルニア州に居住していた。しかし、業務のために毎月3回は日米間を往復しており、日本における滞在日数は約160日に及んだ。その間、控訴人は給与所得を得ていた会社に勤務し、かつ、また本件報酬に係る業務及び不動産事業に従事していた。このような日常生活のため、控訴人はホテルD内の一室(以下「本件ホテル」という。)を借り受けて住居兼事務所として使用していた。また、控訴人は、京都市太秦のマンション「E」の空き部屋を不動産賃貸事業のための事務所として使用していた。したがって、控訴人は、国内に法164条1項1号所定の恒久的施設を有する非居住者に該当する。
また、控訴人は、関係3社と金融機関との本件交渉を請け負い、金融機関に対して金利の減免、債務の免除等々の交渉をし、控訴人の代理人として丙(以下「丙」という。)及び丁(以下「丁」という。)を定め、同人らに契約締結等の権限を与えていた。本件交渉に事業としての一定の営利性、有償性、継続性、計画性等が存在することは、過去の実績、現在に至る金融機関との付き合いや交渉、及び本件交渉における控訴人と依頼者間の契約書等からも明らかである。控訴人は、日本に滞在しているときは、自ら本件交渉の陣頭指揮をとり、日本に滞在していないときは、代理人らに対して事細かな指示を与えて金融機関との交渉を控訴人に成り代わってしてもらっていた。また、控訴人は、丙らに対し、本件交渉以外の代理権として、控訴人が所有する賃貸不動産の契約締結権限などを与えていた。丙らは、平成4年当時、控訴人に成り代わり、およそ10回ほど不動産賃貸契約を締結していた。したがって、控訴人は、国内に法164条1項3号所定の代理人等を置く非居住者に該当する。
イ 被控訴人芦屋税務署長の主張
控訴人は、国内に恒久的施設を有しないし、また、代理人等を置いていない。
関係3社と控訴人との間で作成された確認書によると、控訴人は、単に本件交渉を行うことによって、本件交渉の成否にかかわらず本件報酬の支払を受けることができるのであり、控訴人は、本件交渉によって、何らの危険を負担するものではない。したがって、本件交渉は、「自己の計算と危険において営利を目的として対価を得て継続的に行う経済的活動」(最高裁昭和56年4月24日判決・民集35巻3号672頁)に当たらず、事業とはいえない。控訴人が本件ホテルを賃借していたかどうかも疑わしい。控訴人はA等の内国法人を通じて事業を行い、各内国法人は日本に営業所を有していたのであるから、個人として日本国内で恒久的施設を置いて事業活動を行う必要があったとは認め難く、また、当時、控訴人は平成3年11月ごろを最後に金融機関から一切連絡が取れず、行方不明となっていたのであるから、本件ホテルが事業活動の拠点となっていたとはいえない。さらに、平成4年にEで空き部屋が生じたのは402号室のみであり、その期間もほぼ1か月だけで、入居者の入替えに伴う修繕等も必要であることからすると、空室であった期間はごく短期間にすぎず、その間だけわざわざ事務所として使用していたとは通常考えられない。したがって、控訴人は、国内に法164条1項1号所定の恒久的施設を有する非居住者に該当しない。
また、本件交渉は、事業としての営利性、継続性、計画性等の社会的実態を有していない。控訴人と丙らの代理権授与契約締結の事実はなく、丙らが控訴人の代理人として契約を締結したとか、契約の履行、締結のための重要な行為を行ったという事実もない。仮に代理権授与の事実があったとしても、その内容は、Aから巨額の本件報酬の支払を受けることによって一任された本件交渉を、A側の人物である丙らに担当させる(すなわち、Aは、自己の業務の範囲内の行為を自ら行いながら、控訴人に対してのみ本件報酬を支払ったことになる。)という極めて不自然なものであり、控訴人が源泉徴収税額相当額の不正な還付を受ける目的で仮装されたものであるから、無効である。したがって、控訴人は、国内に法164条1項3号所定の代理人等を置く非居住者に該当しない。
(6) 本件契約は虚偽表示又は公序良俗違反により無効であるか。
ア 被控訴人芦屋税務署長の主張
仮に控訴人が居住者であり、又は法164条1項1号若しくは3号所定の非居住者に該当し、本件契約に係る所得が総合課税となるとしても、(5)イ掲記の事情のほか、本件報酬は4億0556万5000円という巨額であり、Aの当時の経営状態からして、到底支払が不可能な金額であったこと、本件契約締結時には、関係3社の業績は悪化していたのであり、代物弁済を行って経営の立て直しを図り得る状況にあったとは考え難く、本件交渉が成功する見込みは極めて乏しかったこと、本件交渉は、関係3社の業務の範囲内の行為であるところ、控訴人はAの従業員であったにもかかわらず、従業員としての雇用契約とは別個に本件契約を締結して本件交渉を一任されていることなどを総合すると、本件契約は、源泉徴収票さえあれば源泉徴収義務者が源泉税を納めているか否かを問わず、還付申告をすることによってその源泉徴収税額の還付を受けることができる制度(法122条)を利用し、控訴人に架空の本件報酬を創出することにより、控訴人が本件報酬の源泉徴収額相当額について不正な還付を受ける目的のもとに仮装されたものと考えざるを得ず、虚偽表示又は公序良俗違反により無効であるから、本件更正処分は適法である。
イ 控訴人の主張
本件契約は虚偽表示でもなく、公序良俗に反するものでもない。関係3社は業績が悪化していたからこそ、代物弁済でもって経営の立て直しを図ろうとしていたのであり、控訴人は本件以前に代物弁済の交渉を成功に導いていることから適任者であった。また、控訴人は、日米を頻繁に往復して、ほとんど一人で本件交渉を執り行っていたといっても過言でないが、緊急事態を想定して代理人選定を思い立ち、事情をよく理解している丙、丁に代理人を依頼したのである。
(7) 平成4年分の所得税は本件更正処分によれば納付すべき税額が零円とされたか(請求の趣旨第3項)。
ア 控訴人の主張
平成4年分の所得税は、原判決添付別表3のい欄に記載のとおり、確定申告によれば、所得税額が3万8300円となっていたところ、本件更正処分の結果、零円となっている。更正通知書(甲19)の「新たに納付すべき税額」の「本税の額」の欄に「8145万8700円」と記載されているのは誤りであり、上記本税の額を基準に過少申告加算税を課した平成4年分の賦課決定処分は違法である。
イ 被控訴人芦屋税務署長の主張
控訴人の平成4年分の所得税に係る確定申告は、8145万8700円の還付を求める内容であったが、本件更正処分は、還付金額を上記金額から零円に減少させることを内容とするものである。すなわち、還付を求める内容の確定申告に対して更正処分が行われる場合においては、①既に申告者に対して申告に係る還付金額を還付済みのときには、更正処分によって新たに納税義務が課され、その金額について納付が求められることになり、②本件のようにいまだ申告に係る還付金額が還付されていないときにも、更正処分によって、法律上は上記金額に係る還付請求権が存在していることを前提として、これと並列的に新たに納税義務が課されるが、実際上は前者から後者を控除した残額についてのみ還付に応じることとなるのである。したがって、②の場合においても、更正通知書の「新たに納付すべき税額」の「本税の額」の欄には、申告に係る還付金額の還付請求権が存在することを前提として、更正処分によって新たに課される納付義務の金額が記載されることとされている。よって、更正通知書(甲19)の「新たに納付すべき税額」の「本税の額」の欄に「8145万8700円」と記載されているのは何ら誤りではない。
また、控訴人は、還付金額を8145万8700円とする申告に対し、還付金額を零円とする更正を受けたのであり(国税通則法28条2項3号ロの更正前の還付金の額に相当する税額が減少する更正)、更正に基づき8145万8700円を納付すべき義務が生じるに至っているのであるから、過少申告加算税を賦課する要件(国税通則法65条1項)を満たしており、平成4年分の賦課決定処分に何ら誤りはない。
(8) 徴収の引継手続の瑕疵(請求の趣旨第4ないし第6項)。
ア 控訴人の主張
本件差押処分は、平成元年分及び同2年分の所得税の本税並びにこれに係る過少申告加算税及び延滞税、平成4年分の所得税に係る過少申告加算税が滞納されていることを理由にされたものであるが、被控訴人大阪国税局長は、平成元年分及び同2年分の所得税につきなされた本件各修正申告に係る所得税の本税及び過少申告加算税の徴収については、控訴人に対して引継ぎの通知をしていない。これは国税通則法43条4項に違反するものであり、このような違法な手続により行われた本件差押処分も違法である。納税の引受通知書等の書類に関しては、納税管理人ではなく直接納税義務者に対して送付されるべきであり、郵送による送達が可能な地域は、たとえ送達先が海外であろうとも、直接当事者に対して送付がなされるべきである。
イ 被控訴人国、同大阪国税局長の主張
被控訴人大阪国税局長は、平成元年分及び同2年分の所得税につきなされた本件各修正申告に係る本税3602万8157円については、平成4年5月25日に、本件各修正申告に係る過少申告加算税591万4000円については、同年6月15日に、それぞれ葛城税務署長から徴収の引継ぎを受け、本税に関しては同年5月27日ころ、過少申告加算税に関しては同年6月19日ころ、乙税理士に対して徴収の引受通知書を送付した(なお、控訴人からは、同年3月9日に、葛城税務署長に対し、乙税理士を納税管理人とする旨の届出書(乙1)が提出されていた。)。乙税理士は上記本税に関する引受通知書の送付の直後である同年6月9日に、大阪国税局徴収部に出頭し、控訴人の意向として、賃貸不動産が売却できるまでの間、毎月50万円ずつ納付していく旨、及び毎年確定申告で500万円ほどの還付金が発生するので、これを滞納国税の納付に充てる旨を申し出ているから、乙税理士が引受通知書を受領し、控訴人がそれを知っていたことは明らかである。
なお、徴収の引継ぎとは、引継ぎをする税務署長と引継ぎを受ける国税局長との間における国家機関内部での法律関係であり、納税者としては、徴収事務を行う主体が変わることについて、特段の利害関係を有するものではないから、徴収を引き継ぐ旨の書面が国税局長に到達した時にその効力が発生するものとされており、国税通則法43条4項による通知は便宜上行われる手続にすぎず、仮に上記通知を欠いたとしても、徴収の引継ぎの適法性に影響を及ぼすものではない。
第3当裁判所の判断
1 争点(1)[被控訴人大阪国税局長に対して本件債権差押処分の取消しを求める訴え(請求の趣旨第4項に係る訴えの一部)の訴えの利益]について本件債権差押処分に係る債権の取立手続が終了していることは当事者間に争いがない。そうすると、本件債権差押処分は、その目的を完了してその効力が消滅しているものというべきであり、控訴人には他に本件債権差押処分の取消しを求めるについて法律上の利益を有するものとは認められないから、上記訴えは、訴えの利益を欠く不適法なものとして却下を免れない。
2 争点(2)[被控訴人国に対して本件有価証券の引渡を求める訴え(請求の趣旨第6項に係る訴え)は将来給付の必要性があるか。]について控訴人が請求の趣旨第4項で求めている本件有価証券差押処分の取消請求が認容され、その判決が確定すれば、徴収職員は、取消判決の効力によって当然に本件有価証券の引渡義務を負うものと解されるから、控訴人の本件有価証券の引渡を求める訴えは将来の給付を求める訴えといえる。しかし、上記課税処分を取り消す判決が確定した場合にまで被控訴人国が控訴人に対して本件有価証券の引渡を拒否するとは考えられないし、特に控訴人があらかじめその引渡請求をしておく必要があると認めるに足りる証拠もない。したがって、本件有価証券の引渡を求める訴えについて将来給付の必要性は認められないから、同訴えは、訴えの利益を欠き、却下を免れない。
3 争点(3)(乙税理士に本件各修正申告についての代理権があったか。)について
(1) 認定事実
前記第2の2の前提となる事実に証拠(各項末尾掲記のほか、甲17の1・2、37、52、証人乙、同戊、同丙。なお、控訴人が成立を否認する書証のうち、乙1は乙の証言及び弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められ、乙2ないし4については、これらの控訴人名下の印影が控訴人の印章によるものであることは争いがなく、これらの印影は控訴人の意思に基づいて顕出されたものと推定されるから、真正に成立したものと推定される。)及び弁論の全趣旨を総合すると、次の各事実を認めることができる。
ア 控訴人は、関係3社等の会社を経営し、これらの会社の実質的オーナーであったが、米国における事業活動のため、我が国と米国を頻繁に行き来する生活を送るようになり、平成2年8月26日には、我が国における住民登録を廃して米国に住所を移し、平成4年当時は控訴人の配偶者及び2人の子は米国に居住しており、平成4年の1年間に控訴人が我が国に滞在した日数は117日であった。(甲4、乙32)
イ 控訴人は、平成2年6月5日、自分がオーナーである有限会社Fの税務及び会計について、乙税理士との間で顧問契約を締結した。(甲13)
ウ 乙税理士は、控訴人個人の所得税の申告につき、平成元年分の確定申告については税務代理の委任を受けていなかったものの、平成3年3月15日にされた平成2年分の確定申告については税務代理の委任を受けていた。(甲5、7、乙9)
エ 一般に、確定申告について税務代理を委任した場合は、特段の留保のない限り、修正申告についても税務代理を委任したものとされている。
オ 戊は、平成4年3月末までAの取締役(経理責任者)を務め、その後、同じく控訴人がオーナーであり代表取締役を務めるG株式会社(以下「G」という。)の日本における名目的代表者を平成6年4月8日まで務めたが、控訴人とは常に連絡を取っており、控訴人は、戊や、当時Aの取締役であった丙に自己又は関連企業の印鑑を保管させ、必要に応じて同印鑑により押印をさせていた。(乙12の1~6、13)
カ 葛城税務署の担当者であった辛は、平成3年8月20日ころ、乙税理士に対し、控訴人の平成元年分及び同2年分の所得税について調査する旨通知し、同月21日、乙税理士に対し、控訴人が国内に住所を有しないので、納税管理人の選任が必要である旨説明した。
キ その後、辛は、平成3年9月ごろから、控訴人に対する税務調査を実施し、乙税理士及びAの従業員である庚から控訴人の所得税に関して説明を受けるなどしていたが、同年11月27日、控訴人がオーナーである有限会社Hにおいて控訴人と面談し、控訴人に対し、納税管理人選任届出書の用紙を交付し、その届出書の提出を依頼した。
ク その後、辛は、平成3年12月19日、控訴人と乙税理士が立ち会う中、臨場による税務調査を実施したが、控訴人は途中で席を外し、ロサンゼルスに向けて出国した。そのため、辛は、乙税理士に対して控訴人の修正申告を促し、これに応じなければ更正処分をすると告知したので、乙税理士は、Aの戊を通じて控訴人にその旨を伝え、更に日本に居住しない控訴人の納税の便宜のために、辛から受け取った納税管理人選任届出書の用紙を戊を通じて控訴人に送付し、控訴人において納税管理人を選任するよう申し伝えた。すると戊から、控訴人の意向として、乙税理士に控訴人の納税管理人になってほしいとの依頼があったため、乙税理士は、結局これを承諾し、上記届出書用紙の所定欄のうち、乙税理士が把握していなかった控訴人の国外の住所を除くその余の事項を記入した上で、平成4年3月6日、戊を通じて控訴人に送付したところ、控訴人の国外の住所が記入され、控訴人の印章が押印された納税管理人選任届出書が返送されてきたので、同年3月9日、これを辛を通じて所轄税務署長に提出した。(乙1、14の1・3)
ケ 乙税理士は、平成4年3月2日、修正申告書に数字を記入して平成元年分と同2年分の各修正申告書の予定原稿を作成した上、戊を通じて控訴人に交付し、特に資料がない限り原稿どおりの内容になる旨説明したところ、控訴人から、控訴人の押印のされた各修正申告書が返送されてきたので、これに基づき、同月16日、本件各修正申告をした。本件各修正申告書に押印された控訴人の印影は、控訴人がGに預けていた実印によって顕出されたものであり、乙税理士が控訴人の納税管理人を解任された以降に提出された、控訴人の平成4年分及び同5年分の各確定申告書でも、同一の印章が使用されている。(甲6、8、乙2、3、7、8、14の2・4)
コ 控訴人は、乙税理士が本件各修正申告をしたことについて、当初異議を述べず、乙税理士は、自ら納税管理人の辞退を申し出て平成5年2月18日に納税管理人解任届出書を提出するまで、控訴人の税務代理業務を行い、その後も控訴人の妻己の納税管理人及び控訴人の関連企業の納税管理人を務めていた。乙税理士が控訴人の納税管理人を辞退したのは、一方でAの税務処理において、本件報酬に関する控訴人の所得税の源泉徴収納付書が同社から交付されず、実際には納付が行われていないのではないかとの疑いを抱きながら、他方で、控訴人の納税管理人として、上記源泉徴収を前提として多額の還付申告をすることが、税理士の職業倫理にもとると考えたためであった。(甲9~12、乙4、5)以上の事実を総合すると、控訴人は、乙税理士を納税管理人として選任し、本件各修正申告についても乙税理士に代理権を授与していたものと認められる。控訴人は、葛城税務署長は乙税理士の代理権の有無を確認すべきであった旨主張するが、上記認定の事実によれば、葛城税務署長において乙税理士の代理権の存在を疑うべき事情があったとは認められない。
したがって、本件各修正申告は有効であり、これによって、控訴人は、平成元年分の所得税につき515万円、平成2年分の所得税につき3616万3700円の納税義務(国税通則法119条1項により、100円未満切捨て)を負うことが確定しているから、請求の趣旨第1、2項に係る請求は理由がない。
4 争点(4)(控訴人は居住者に該当するか。)について
控訴人は、本件訴訟において、当初、自らが法2条1項3号にいう居住者に当たらない旨を主張していたにもかかわらず、後に、居住者に当たる旨、主張を変更した。これについて、被控訴人芦屋税務署長は、自白の撤回に当たるとして、上記主張の変更に異議を述べる。しかし、法2条1項3号にいう居住者に当たるか否かは、一般的な意味における「居住」の事実の問題ではなく、同号所定の要件に該当するかどうかという法的評価を含む問題であるから、自白の対象とはなり得ないものというべきである。
ところで、法2条1項3号によれば、居住者とは、国内に住所を有し、又は現在まで引き続いて1年以上居所を有する個人をいうものとされている。国内に住所すなわち生活の本拠を有するか否かについては、我が国に現実に滞在した日数、職業、生計を一にする配偶者その他の親族の居住地、資産の所在等の客観的事実から判断すべきである。
これを本件についてみると、前記3(1)のとおり、控訴人は、平成4年当時、米国と我が国を頻繁に往来していることは認められるものの、控訴人が主張するように我が国において控訴人が専ら本件ホテルの一室に滞在していたとまでは証拠上認めるに足りない(後記5(1))。また、前記3(1)のとおり、控訴人は、我が国において住民登録をしておらず、自らが代表取締役を務めるGについても、戊を日本における代表者としていたこと、控訴人は乙税理士を納税管理人として選任していたこと、控訴人の配偶者及び2人の子は米国に居住していたことに照らせば、控訴人は、国内に住所を有していたものということはできないし、また、控訴人が国内に引き続いて1年以上居所を有していたということもできない。したがって、控訴人が平成4年当時、法2条1項3号所定の居住者であったとは認められない。
また、控訴人は、平成4年当時Cの役職員として雇用されており、別途不動産業等をも営んでいたから、施行令14条1項1号にいう「継続して1年以上居住することを通常必要とする職業を有する場合」に当たる旨主張する。しかし、施行令14条1項は、国内に居住することとなった個人につき同項各号のいずれかに該当する場合には、国内に住所を有するものと推定する旨の規定であり、控訴人が平成4年中に国内に居住することとなった事実は、本件全証拠によるもこれを認めるに足りないから、上記規定の適用の前提を欠く。ちなみに、平成4年1月1日付けで、控訴人とC等との間において取り交わされた確認書(乙10)においては、控訴人が米国に居住していることを前提に所得税を源泉徴収することなどが合意されている。
さらに、控訴人は、日米租税条約3条3項により居住者とされる旨の主張もするが、同項は、双方居住者に関する調整規定であり、国内法(所得税法)上、非居住者となる者が同条約の規定により居住者となることはないから、この点に関する控訴人の主張も採用することができない。
なお、控訴人は、配偶者及び2人の子供以外の生計を一つにする親族が日本に居住しており、控訴人の資産のほとんどは日本に存在していたとして、控訴人は日本の居住者である旨主張するが、控訴人の主張を裏付ける証拠はなく、また、上記検討結果に照らすと、仮に控訴人指摘の事実が存するとしても、そのことのみから直ちに控訴人が法2条1項3号所定の居住者に該当すると判断することはできない。
5 争点(5)(控訴人は、国内に恒久的施設を有し、又は代理人等を置く非居住者に該当するか。)について法2条1項5号によれば、居住者以外の個人を非居住者というものとされており、前記4のとおり、控訴人は平成4年当時、非居住者であったと認められる。
控訴人は、関係3社から金融機関に対する債務の返済交渉を請け負う旨の本件契約を締結し、本件報酬を得たと主張する。本件報酬は、法161条8号イにいう「給与その他人的役務の提供に対する報酬」に該当すると解されるから、非居住者が国内に法164条1項1号所定の恒久的施設を有し、又は同項3号所定の代理人等を置いていれば総合課税の方法により課税されることとなり、そうでなければ分離課税となる(法164条1、2項)。
(1) まず、控訴人が国内に法164条1項1号所定の恒久的施設を有するか否か、すなわち、国内に支店その他事業を行う一定の場所で政令(施行令289条1項3号)で定めるものを有するか否かについて検討する。
控訴人は、平成4年において、本件ホテルを借り受け、住居兼事務所として、本件交渉及び不動産事業等のために使用していた旨、また、京都市太秦のマンションをも事務所として使用していた旨をそれぞれ主張する。
乙10によれば、本件契約は、関係3社の実質的オーナーである控訴人が、同社の従業員として本件交渉を請け負い、従業員の給与とは別に4億円を超える報酬を、その仕事の完成、未完成を問わず受領できるというものであり、通常考え難い内容の契約といわざるを得ない。そして、本件報酬による所得が総合課税の対象になるとすると、本件報酬支払後、同社が源泉税を納付していない場合であっても、控訴人がその還付を受けられることになるから、自らの支配する企業を利用して、その企業には源泉税を納付させずに控訴人がその還付を受けるという事態を生じさせるものである。
このような内容の本件契約に基づく業務が、総合課税を認めるための法164条1項1号にいう事業に該当するとすることは、所得税法の趣旨に反するものではないかとの疑問が生じるところである。
上記の点をしばらく措くとしても、控訴人が本件ホテルを本件交渉その他の控訴人の事業のために恒常的に使用していた事実は、証拠上認めるに足りない。すなわち、控訴人は、本件ホテルを賃借していた証拠として賃貸借契約書(甲2)をあげるところ、上記契約書は、控訴人がCからホテルDの7階スイートルーム及び会議室を平成4年1月1日から1年間賃借することを内容とするものである。しかし、①控訴人は、当初は法164条1項3号該当性のみを主張し、同項1号該当性の主張をしていなかったところ、平成9年12月19日に上記主張を付加するとともに上記契約書を提出したこと、②賃貸人であるCは、控訴人が実質的オーナーの会社であること、③ホテルの部屋につき1年間(合意により更新可能)という長期間にわたる賃貸借であり、通常の家屋の賃貸借契約と同様の契約書が作成されていること、④賃料は1泊合計12万円で、長期契約により30%割引と定められており、1月(30日)当たり252万円にも及ぶこと、⑤上記賃料支払の領収証であるとして提出された甲50は、貼付されている印紙が平成5年以降に発行されたものであること(乙35の1ないし5)に照らして、平成4年当時に作成されたとは認められないこと、以上の点にかんがみると、甲2は本件ホテルの賃貸借の外形を作出するために作成された疑いが極めて強く、賃貸借の事実を裏付ける証拠として採用し難いというべきである。そして、他に控訴人が本件ホテルを控訴人の事業のために恒常的に使用していた事実を認めるに足りる証拠はない。したがって、本件ホテルは、法164条1項1号所定の恒久的施設に当たるとはいえない。
また、控訴人は、京都市太秦のマンションについても同号にいう恒久的施設に当たると主張するが、上記マンションの使用の実態についても控訴人の主張を裏付ける的確な証拠はない。
(2) 次に、控訴人が国内に法164条1項3号所定の代理人等を置いているか否か、すなわち、国内に自己のために契約を締結する権限のある者その他これに準ずる者で政令(施行令290条)で定めるもの(代理人等)を置いているか否かについて検討する。
控訴人は、丙及び丁に対し、本件交渉に係る日本国内の代理人として契約締結権限を授与した旨主張し、証人丙は上記主張に沿う証言をする。
しかし、ここにいう代理人に当たるというには、常習的にその事業に関し契約を締結するための重要な行為をすること(施行令290条3号)が必要であると解されるところ、証人丙の証言によっても、丙が金融機関とどのような交渉を行っていたかについては極めてあいまいで、丙がAの代表取締役として交渉したとも証言したり、控訴人の代理人として行ったのは不動産賃貸契約の締結のみであると証言するなど首尾一貫せず、丙が控訴人の事業に関して契約締結のための重要な行為をしていたとは認めるに足りず、かえって、甲18、53などによると、本件交渉等における重要な法律行為は必ず控訴人が自ら行い、丙や丁は、補助的な行為をするにとどまり、重要な意思決定を独自に行うことはなかったことが窺えるから、丙らに代理権限を授与した旨の控訴人の主張は採用することができない。したがって、控訴人が国内に法164条1項3号所定の代理人等を置いていたとはいえない。
6 争点(7)(平成4年分所得税は本件更正処分によれば納付すべき税額が零円とされたか。)について
控訴人は、本件更正処分によれば、所得税額が当初3万8300円となっていたところ、本件更正処分の結果、零円となったから、過少申告加算税は課されない旨主張する。
しかし、甲19(同書証の添付別表ぐ欄、ご欄、し欄)及び原判決添付別表3ぇ欄によれば、控訴人の平成4年分の所得税に係る確定申告は8145万8700円の還付を求める内容であったが、本件更正処分は還付金額を上記金額から零円に減少させることを内容とするものであると認められ、更正通知書の「新たに納付すべき税額」の「本税の額」の欄の記載に誤りはなく、上記の本税の額を基準にされた平成4年分の賦課決定処分は適法である。
7 争点(8)(徴収の引継手続の瑕疵)について
控訴人は、平成元年分及び同2年分の所得税につきなされた本件各修正申告に係る所得税の本税及び過少申告加算税の徴収について、控訴人に対して引継ぎの通知をしていないから、本件差押処分も違法である旨を主張する。しかし、弁論の全趣旨によると、被控訴人大阪国税局長は、本件各修正申告に係る本税3602万8157円については、平成4年5月25日に、本件各修正申告に係る過少申告加算税591万4000円については、同年6月15日に、それぞれ葛城税務署長から徴収の引継ぎを受け、本税に関しては同年5月27日ころ、過少申告加算税に関しては同年6月19日ころ、乙税理士に対して徴収の引受通知書を送付したことが認められる。そして、乙税理士が本件各修正申告について納税管理人として控訴人から代理権を授与されていたことは、前記3のとおりであって、被控訴人大阪国税局長は、控訴人の納税管理人である乙税理士を通じ、控訴人に対して、本件各修正申告に係る徴税事務の引継ぎ通知を発しているというべきであるから、控訴人の上記主張は採用することができない。また、控訴人は、納税の引受通知書等の書類に関しては、納税管理人ではなく直接納税義務者に対して送付されるべきであると主張するが、控訴人の独自の見解にすぎず、これを採用することはできない。
第4結論
以上の次第で、その余の争点について判断するまでもなく、控訴人の請求のうち、被控訴人大阪国税局長に対して本件債権差押処分の取消しを求める訴え(請求の趣旨第4項に係る訴えの一部)、及び被控訴人国に対して本件有価証券の引渡を求める訴え(請求の趣旨第6項に係る訴え)は、いずれも不適法であるからこれを却下すべきであり、また、本件各修正申告は有効であり、本件更正処分等及び本件有価証券差押処分は適法であるから、控訴人のその余の請求は理由がなく、これを棄却すべきである。したがって、これと同旨の原判決は相当であって、本件控訴はいずれも理由がない。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 竹原俊一 裁判官 小野洋一 裁判官 西井和徒)