大阪高等裁判所 平成13年(行コ)8号 判決 2001年5月30日
控訴人
甲
訴訟代理人弁護士
中村宏
同
若林正伸
被控訴人
東大阪税務署長
中川靖雄
指定代理人
近藤幸康
同
上谷美佐夫
同
吉良賢司
同
島村茂
同
今井景子
主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1 控訴人
(1) 原判決を取り消す。
(2) 被控訴人が、控訴人の平成6年7月12日相続開始に係る相続税について、平成9年9月25日付けでなした更正のうち、課税価格4億4632万6000円、納付すべき税額1億5644万0200円を超える部分を取り消す。
(3) 訴訟費用は第1、2審とも被控訴人の負担とする。
2 被控訴人
主文同旨
第2事案の概要
1 本件事案の概要は、原判決の「事実及び理由」の「第二 事案の概要」(原判決3頁3行目から45頁7行目まで)を引用するほか、後記2のとおりである。
2 当審における新たな主張
(1) 控訴人
農地の相続人は当該農地に賃借権が設定されていない場合には、当該相続人が農業を継続する限り納税猶予を受けることができる(租税特別措置法70条の6)。控訴人は、本件の農地については賃借権が設定されているとの認識で評価減を行い課税対象額を決定したが、この賃借権が認められないとすれば、本件農地部分に課せられる相続税については納税猶予の申告をしてその猶予を受けることができる立場にあった。被控訴人は、この納税猶予の制度を熟知していた訳であるから、賃借権を否定して更正処分をするについては、控訴人にこれを説明し納税猶予を選択する機会を与えるべきであった。被控訴人がこのような措置を採ることなく、控訴人に対し、不当に高額な納税負担を強いる更正処分を一方的にしたことは違法であり、この点においても本件更正処分は取消しを免れない。
(2) 被控訴人
租税特別措置法70条の6の納税猶予を受けるためには、当該相続に係る相続税の申告期限までに納税猶予分の相続税額に相当する担保を提供し(同条1項)、納税猶予の対象となる農地等が共同相続人によって分割されていることを要する(同条4項)。本件では、担保の提供がないばかりか、相続税の申告期限までに本件農地について遺産分割協議が成立しなかった。このように、本件農地については租税特別措置法70条の6が適用される余地はなかったから、被控訴人が本件更正処分をするに当たり、控訴人に対して納税猶予を説明せず、これを選択する機会を付与しなかったからといって、本件更正処分が違法性を帯びることはない。
第3当裁判所の判断
1 当裁判所も控訴人の請求は理由がないからこれを棄却すべきものと判断する。その理由は、原判決の「事実及び理由」の「第三 当裁判所の判断」(原判決45頁9行目から88頁8行目まで)を以下のとおり改めて引用するほか、後記2のとおりである。
(1) 原判決50頁9行目の次に行を改めて以下のとおり加え、10行目の「ただし」を「また」に改める。
「もっとも、前記(二)(原判決48頁1行目から9行目まで参照)のとおり、評価通達は、農地法20条1項の適用を受ける賃借権が宅地や雑種地の賃借権と比較して極めて強固に保護され、取引上も一定の価額で評価されている事情に鑑みたものである。そうであるならば、農地法3条1項による許可を受けない耕作権、いわゆる事実上の耕作権であっても、評価通達が予定している耕作権と同視し得る場合には、その評価についても農地法20条1項による保護を受ける耕作権の目的となっている農地と同様の評価をし、控除の対象となる耕作権に当たると解すべき余地はあるものというべきである。」
(2) 原判決51頁8行目から10行目までを以下のとおり改める。
「そこで、以下、①本件相続開始時点において、本件農地に農地法3条1項の許可を受けた賃借権が存在したか否か、②そうでなくても、農地法20条1項による保護を受ける耕作権の目的となっている農地と同様の評価をし、控除の対象となる耕作権に当たると解すべき余地があるか否か、③本件農地について賃借権の時効取得が認められるか否かについて、順次検討する。」
(3) 原判決54頁3行目の「主張するのみである。」の次に以下のとおり加える。
「しかも、昭和28年当時、控訴人は20歳の公務員であり、亡乙と同居し未だ独立の生計すら営んでいなかったのであって、このような控訴人が、いくら急遽頼まれて農家の跡を継ぐことになったからといって、一家の支柱でありなお働き盛りの亡乙(当時51歳)と対等の立場で賃貸借契約を締結するなどということはおよそ考え難いというべきである(現に、父親とその跡を継ぐ息子との間で農地の賃貸借契約を締結することなど多分ないということは控訴人自身も自認するところであるし〔控訴人本人尋問の結果[原審]〕、弁論の全趣旨によれば、当時もそのような契約は世上行われていなかったことがうかがわれる。)。しかも、控訴人は、賃貸借契約締結の動機として、亡乙が控訴人を後継者とすることについていつ心変わりするか心配であったからというのであるが、もしそうであるならば、公務員であった控訴人が賃借権の設定について紛れようもない形で書面に残しておくことにさほど困難があったとは思われないのにそのように図ろうとした形跡がないことや、農地法の諸手続も専ら本家の丙に任せ切りにし、後記のとおり、その履践の有無について自らは明確な形で確認も取っていないことは不可解・不自然というほかない。さらに、後記四2(一)、(二)(原判決83頁末行から86頁1行目まで参照)のとおり、控訴人の主張する賃料の支払も明確に賃料としての形態をとったものではないし、本件農地を使用する対価としての性質にも疑問がある。また、亡乙の遺産分割協議(甲第54号証)に至るまでの経緯をみても、控訴人と他の共同相続人間において、本件農地に関し、離作補償が当然に問題となるべき控訴人の賃借権を前提として交渉がなされた形跡がまったくない(甲第69号証ないし第71号証第77号証、乙第1号証の1ないし3、第2号証、第26号証、弁論の全趣旨)。」
(4) 原判決58頁9行目の「農地の賃貸借契約許可」を「農地の賃貸借契約解除の許可」、59頁6行目の「いわゆるヤミ小作であっても」から7行目までを「いわゆるヤミ小作であったとしても、賃貸人と賃借人が連名で解約したいと申請するのであれば、許可しても別に問題はないので許可する取扱いであった旨供述している(乙第7号証)。」とそれぞれ改める。
(5) 原判決62頁9行目の「矛盾し」から63頁1行目までを次のとおり改める。
「矛盾する。そのような誤った記載がなされた経緯は明らかではないが、この事実から丁市長が前記の契約書を作成するに当たり、登記簿や小作台帳等の資料を確認の上で作成したものであるということはできないし、これをもって控訴人を小作権者であることを認めていた証左であるということもできない。」
(6) 原判決80頁3行目から82頁3行目までを以下のとおり改め、82頁4行目の「三」を「四」と改める。
「三 次に、本件農地が、農地法20条1項による保護を受ける耕作権の目的となっている農地と同様の評価をし、控除の対象となる耕作権に当たると解すべき余地があるかどうかについて検討する。
後記四2(原判決82頁9行目から87頁1行目まで参照)のとおり、控訴人と亡乙は、同一家屋に居住する親子であり、控訴人の主張する賃料の支払も明確に賃料としての形態をとったものではなく、本件農地を使用する対価としての性質にも疑問があるものである。また、農地等の賃貸借契約については、農地法25条1項の規定により、当事者は、書面によりその存続期間、小作料の額及び支払条件等を明らかにしなければならないとされており、事実上の耕作権を農地法による保護を受ける耕作権と同視し得るためには、少なくとも当該規定に従い書面による契約をするなど厳格な取決めがされている必要があると解されるところ、本件賃貸借契約についてはそのような契約書が作成された形跡はない。
これらの事情に鑑みるならば、本件相続開始時点でA市農業委員会の農家台帳に控訴人が本件農地の小作者として登載されているとしても、控訴人の主張する本件賃借権の経済的価値は極めて希薄なものであるというべきである。したがって、本件農地には、農地法20条1項の保護を受ける賃借権と同視し得る程度の事実上の耕作権が存在するということはできない(関係機関から直接控訴人宛てになされていた各種通知・照会の類〔甲第37号証ないし第42号証、第47号証、各枝番を含む。〕も、後記四2(四)〔原判決86頁7行目から10行目まで参照〕のとおり、いずれも控訴人が事業主体として農業経営に従事していたことを基礎付けるものではあっても、本件農地の使用権原の性質決定に当たり決め手となるものではないから、前記の認定を動かすものではない。)。
なお、控訴人は、使用貸借という不安定な権利でこのような独立の農業経営が行われるはずがないとも主張するが、控訴人の農業経営の推移をみると、控訴人は、前記二1(二)(2)(原判決56頁末行から60頁2行目まで参照)のとおり、昭和41年に甲B農地が大阪府に買収されて、当時としては巨額の資金(2200万円)を得て以降、相次いで貸し文化住宅や貸しガレージを建築し、既に昭和42年ころには不動産収入が家計の中心を占め、農業経営は経費を差し引くと赤字であったのであり(稲作のほかは家で食べるための野菜作りが中心であった。)、そのような状態は現在に至るまで続いているのである(甲第69号証、第72号証、乙第1号証の1ないし3、第2号証、弁論の全趣旨)。そうすると、独立の農業経営とはいっても、不動産経営に比べればその比重は相当低く、その実態は、使用貸借という不安定な権利では続けることができないとか、賃借権の設定が必要であるとかいうことはおよそできないものであったと認めるのが相当である。控訴人の主張は採用できない。」
(7) 原判決85頁7行目の次に行を改めて以下のとおり加える。
「控訴人は、控訴人が公租公課として負担してきた金額は、昭和49年、昭和50年及び昭和61年における小作料の最高統制額ないし標準小作料を超えるものであったとして、このような支出は使用貸借における「通常の必要費」を遙かに超え、優に賃料として評価できると主張する。
しかし、たとえ控訴人の支払ってきた公租公課の金額が小作料の最高統制額や標準小作料を超えるものであったとしても、前記のとおり、控訴人は、亡乙と父子の関係にあって、農業経営の後継者として亡乙と同居しており、かつ、他の兄弟もそれぞれその使用する亡乙の土地について同様に固定資産税(一部)を分担していたことなどの事情に照らすならば、控訴人による公租公課の出捐に、負担付き使用貸借の負担の域を超えて、本件農地の使用・収益に対する対価的な意味合いを持たせることは困難であるというべきである。控訴人の主張は採用できない。」
(8) 原判決88頁6行目の次に行を改めて以下のとおり加える。
「ちなみに、控訴人の主張するように、耕作権不存在確認請求訴訟の訴状(乙第26号証)が控訴人に送達された平成10年1月24日(乙第27号証)を基準として、その前10年間ないし20年間の本件農地に係る控訴人の占有状況を考えてみても、前記説示のとおり、昭和56年よりも前の占有には賃借の意思の客観的な表現を見い出すことはできないし、昭和56年ころから新たに賃借の意思に基づく占有が開始されたとしても、それは有過失のものというべきであって、未だ長期20年の時効期間は経過していないかち、いずれにせよ時効は完成していないことに帰する。」
2 控訴人の新たな主張に対する判断
控訴人は、被控訴人は、租税特別措置法70条の6所定の納税猶予の制度を熟知していたのに、控訴人にこれを説明し納税猶予を選択する機会を与えることなく、本件農地に係る賃借権を否定して不当に高額な納税負担を強いる更正処分を一方的にしたことは違法であり、本件更正処分は取消しを免れないと主張する。
しかし、前記の納税猶予を受けるためには、相続税の申告期限までに納税猶予分の相続税額に相当する担保を提供し、納税猶予の対象となる農地等について遺産分割協議が調っていなければならないが(同法70条の6第1項、4項)、本件では、そのいずれもが満たされていないのであるから(甲第54号証、第69号証、第77号証、弁論の全趣旨)、結局、前記の納税猶予の制度を適用すべき前提を欠くものであった。したがって、たとえ被控訴人が本件更正処分に当たり控訴人に納税猶予の制度を説明しなかったとしても、本件更正処分が違法性を帯びるとはいえない。控訴人の主張は採用できない。
3 結論
以上によれば、控訴人の請求は理由がないからこれを棄却すべきである。よって、原判決は相当であり本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき行訴法7条、民訴法67条1項、61条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 根本眞 裁判官 鎌田義勝 裁判官 松田亨)