大阪高等裁判所 平成14年(う)14号 判決 2002年6月12日
主文
本件各控訴を棄却する。
被告人両名に対し、当審における未決勾留日数中各120日を、それぞれその原判決の懲役刑に算入する。
理由
本件各控訴の趣意は、被告人Aについては弁護人浦田萬里作成の、被告人Bについては弁護人西浦克明作成の各控訴趣意書に、被告人Aの控訴趣意に対する答弁は、検察官望田耕作作成の答弁書に記載のとおりであるから、これらを引用する。
1 法令適用の誤りの控訴趣意について
論旨は、原判決は、原判示第1の(1)から(4)、2から5の犯行により、被告人両名が、共犯者Cからヘロインの購入資金及び渡航費等として交付を受けて取得し、全て費消した現金557万円及び往復航空券2冊(時価合計13万4130円相当)(以下「本件現金及び航空券」という。)を国際的な協力の下に規制薬物に係る不正行為を助長する行為等の防止を図るための麻薬及び向精神薬取締法等の特例等に関する法律(以下「麻薬特例法」という)2条3項の規定する「薬物犯罪の犯罪行為により得た財産」に当たるとして、同法13条1項により、被告人両名から、本件現金及び航空券の価額合計570万4130円を追徴すると判示しているが、本件現金及び航空券は、被告人両名が、前記共犯者Cから前記ヘロイン密輸入の資金や必要経費として交付を受けたもので、「薬物犯罪の犯罪行為により得た財産」には当たらないから、前記570万4130円を追徴するとした原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令適用の誤りがある、というのである。
記録を調査して検討すると、関係証拠によれば、原判決が、「弁護人らの主張に対する判断」の項で認定しているとおり、原判示第1の(1)から(4)、2から5の犯行を遂行するに当たり、被告人両名は、共犯者Cからヘロイン等の購入資金及び渡航費等として本件現金及び航空券の交付を受け、これらを取得して全て費消したことが認められるところ、原判決が、同項で、本件現金及び航空券が、麻薬特例法2条3項に規定する「薬物犯罪の犯罪行為により得た財産」に当たると判示しているところはすべて正当として是認することができる。
所論は、本件現金及び航空券は、前記薬物犯罪遂行のため、共犯者間で授受された資金や経費であるところ、麻薬特例法2条3項によれば、「薬物犯罪収益」とは、「薬物犯罪の犯罪行為により得た財産」等をいうと規定されており、罪刑法定主義の趣旨からして、そこにいう「収益」とは「利益」の意味に、また、「得た」とは確定的に所有権を取得したことと解釈すべきであって、「収益」という概念を費用をも含めた収入全体を意味する概念として用いることや、また、共犯者問において薬物犯罪に関する資金や経費が交付された湯合に、交付を受けた者は、いわば使途を限定して金員の保管、管理を託されたにすぎず、いずれその定められた使途のためにその金員を費消することが予定されているのであるから、これをもって、その金員を「得た」ということは、罪刑法定主義(憲法31条)に反する拡張解釈である、というのである。
しかし、「収益」という言葉が「利益」の意味で用いられるのが必ずしも一般的であるというわけではなく、麻薬特例法が規定する「収益」概念が、費用をも含めた収入全体を意味する概念として用いられていることは、同法14条の規定や同法2条3項が、薬物の輸出入の予備罪、大麻栽培罪についても、これらの犯罪行為により得た財産の発生があり得ることを前提にしていることはその規定上から明らかであるが、これらの罪については資金や経費以外に「薬物犯罪の犯罪行為により得た財産」の発生を想定できないことからも明らかであること、また、「得た」とは、所論がいうように、確定的に所有権を取得した場合に限らず、そのほか、単に保管、管理を委託されたにすぎない場合はともかく、形式的には所有権を取得しない場合でも、事実上引渡しを受けて、実質的に自己のものであると同様の支配関係を持つに至った場合も含まれると解されることからすると、所論は採用することができない。
次に、所論は、単独犯として資金や経費を自弁した場合には、その金員が「薬物犯罪の犯罪行為により得た財産」に当たらないことは明らかであるのに、共犯の場合に、共犯者間における費用の分担にすぎない金員の交付をとらえて、たまたま交付を受けた者について、「薬物犯罪の犯罪行為により得た財産」が発生したとみることは、単独犯の場合と対比して明らかに均衡を欠く、というのである。
しかし、所論は、共犯関係による犯罪の場合、犯罪共同体のようなものを想定して、その内部における財産の移動に収益の発生を認めることはできないというもののようであるが、共犯関係による犯行であっても、収益発生の有無は、個々の犯人についてみるべきである。単独犯の場合、自ら出捐した資金や経費はそのまま犯人の損失になることは当然として、資金や経費を負担する者と共謀し、資金や経費の提供を受けて犯罪を実行した者について、その資金や経費を没収、追徴できないとすると、その者は本来正当に受領できない財産を受領しながら、何ら経済的損失を受けないことになり、単独犯の場合とむしろ均衡を失することになる上、これが共犯関係による犯罪遂行を助長することにもつながりかねず、薬物犯罪収益を徹底的に剥奪し、経済面からも薬物犯罪を禁圧するという麻薬特例法1条が宣明する同法の趣旨にも反することになる。所論は採用することができない。
次に、所論は、原判決に従うと、共犯者間で資金や経費の交付があった場合、交付した者は没収追徴を受けず、交付を受けた者のみが没収追徴を受けることになり、共犯者間においても不公平を生ずる、というのである。
しかし、共犯者間における資金や経費の交付を収益に当たらないとして没収追徴ができないものとすると、本来正当に受け取ることの許されない財産の交付を受けて得た利益を、これを受けた者のもとに止めることになり、かえって共犯者間における不公平が生じることになり、共犯関係における薬物犯罪を助長することにもつながりかねず、麻薬特例法の趣旨に反することは前述のとおりである。所論は採用することができない。
以上のとおり、本件現金及び航空券は、麻薬特例法2条3項に規定する「薬物犯罪の犯罪行為により得た財産」に該当すると認められるから、同法13条1項により、その価額合計570万4130円を追徴するとした原判決に、所論のいう法令適用の誤りはない。論旨は理由がない。
2 量刑不当の控訴趣意について
記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも併せて検討すると、本件は、被告人両名が、共犯者と共謀の上、営利の目的で、輸入禁制品であるヘロイン等を輸入するなどしたという麻薬及び向精神薬取締法違反、関税法違反2件及び麻薬特例法違反6件並びに被告人Aが、覚せい剤を自己使用し所持したという覚せい剤取締法違反2件の事案であるが、原判決が「量刑の理由」で適切に判示するとおり、被告人両名の犯行は、共犯者Cから資金提供を受けたとはいえ、約8か月間に8回にわたり、合計約885グラムもの大量のヘロイン等を、実行担当者が直腸内等に隠匿して本邦内に密輸入した、常習的、組織的な犯行であり、その密輸入の方法も大胆、巧妙で悪質であること、密輸入されたヘロイン等の多くは、国内に流通、拡散していること、被告人両名は、密輸入実行の報酬として、自己使用分のヘロインを多量かつ安価に入手するため、被告人Aが、Cから依頼を受け、密輸入の条件を取り決めた上、被告人Bをタイ王国に渡航させる等し、被告人Bが、7回までも密輸入の実行行為を担当する等し、被告人両名ともそれぞれ重要な役割を果たしていること、被告人両名のヘロイン等の薬物に対する常習癖は極めて強固、深刻であること、被告人Aは、ヘロインが入手できないときには、覚せい剤まで使用していたことなどに照らすと、被告人両名の刑責は、いずれも誠に重いものであり、被告人両名は、自ら積極的な営利目的はなく、密輸入した薬物の一部を報酬として取得した以外にCから利益の配分を受けておらず、ヘロイン常用者であることをCに利用された一面があること、捜査段階の当初から事 実を率直に認め、今後は薬物とは絶縁する旨述べ、反省の情を示していること、被告人Bには前科がないことなど、所論の指摘する各被告人らのために酌むべき事情をすべて考慮しても、被告人Aを懲役9年及び罰金350万円に、被告人Bを懲役8年及び罰金350万円にそれぞれ処した原判決の量刑が重すぎて不当であるとはいえない。論旨は理由がない。
よって、刑訴法396条により本件各控訴を棄却することとし、刑法21条、刑訴法181条1項ただし書を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 西田元彦 裁判官 白神文弘 裁判官 森岡孝介)