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大阪高等裁判所 平成14年(う)1465号 判決 2003年2月20日

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人久保陽一作成の控訴趣意書及び控訴趣意補充書に記載されたとおりであるから、これらを引用する。

1  控訴趣意中、法令適用の誤りの主張について

論旨は、被告人がストーカー行為等の規制等に関する法律(以下「ストーカー規制法」という。)2条1項3号、2項、13条の構成要件に該当する行為を行ったことは証拠上明白で、これを争うものではないが、上記条項は憲法が国民に保障する幸福追求権並びに表現の自由を著しく制約する憲法違反の法律であって、これを看過して同法を適用した原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな法令適用の誤りがある、というものである。

確かに、恋愛感情を抱くことは、内心の自由あるいは幸福追求権として、また、この恋愛感情を外部に公表することは、表現の自由として、それぞれ憲法上保障されていることは、所論が指摘するとおりである。

しかしながら、恋愛感情が内心にとどまっている場合はともかく、これが外部に公表される場合には、その内容や方法の如何によっては、相手方の身体、自由、名誉等に危害を生じさせることになり、ひいては、相手方のみならず、その家族等の関係者、更には、相手方の近隣住民等の安全や平穏な社会生活が脅かされることにもなりかねないのであって、他者の人権との調整という観点から、恋愛感情を外部に公表することに対し、必要最小限度の規制を加えることは、表現の自由に対する内在的制約として許容されるべきである。これをストーカー規制法についてみると、同法は、最近、我が国において、悪質なつきまとい行為や無言電話等の嫌がらせ行為を執拗に繰り返す、いわゆるストーカー行為が社会問題化しており、これがエスカレートし、殺人等の凶悪事件に発展する事案が見受けられるようになり、国民から特にストーカー行為を規制して欲しいとの要望が多く寄せられ、また、その初期の段階において法令を適用し、防犯上適切な措置を講ずることが、重大な犯罪の発生を未然に防止するのに極めて有効であると考えられたことから立法されたもので、ストーカー行為等についてこれを処罰する等必要な規制を行うことにより、個人の身体、自由及び名誉に対する危害の発生を防止し、あわせて国民の生活の安全と平穏に資することを目的としており(1条)、それ自体は正当というべきである。のみならず、同法は、8個の行為態様に類型化し、行為の相手方の範囲を特定の者又はその配偶者、直系若しくは同居の親族その他当該特定の者と社会生活において密接な関係を有する者とした上で、これらの行為が「特定の者に対する恋愛感情その他の好意の感情又はそれが満たされなかったことに対する怨恨の感情を充足する目的」で行われたものに限定して、これらを「つきまとい等」と定義し(2条1項)、同一の者に「つきまとい等」を反復し、同項1号ないし4号の事由については、更に、「身体の安全、住居等の平穏若しくは名誉が害され、又は行動の自由が著しく害される不安を覚えさせるような方法」で行った場合に限定して、これを「ストーカー行為」と定義した(同条2項)上、「ストーカー行為」をした者を6月以下の懲役又は50万円以下の罰金に処するものとし(13条1項)、しかも、この罪を親告罪としている(同条2項)のであって、これらの規定に照らすと、同法は、恋愛感情を外部に公表する行為のうち、相手方の人権侵害が重大である場合に限って、これを「ストーカー行為」として規制し、その処罰を相手方の意思にかからしめているといえ、また、これに違反した者の法定刑も、軽犯罪法や刑法等の関係法令と比較して特に過酷であるとはいえないのであって、これらによれば、同法による「ストーカー行為」に対する罰則は、1条に規定する目的のための表現の自由に対する必要最小限度の規制ということができる。

なお、所論は、ストーカー行為は、これを行う者の要求に被害者が誠実に対応することで解決する場合が多く、刑罰をもって禁止するのはかえってこれをエスカレートさせる可能性があるから、ストーカー規制法は効果の不透明な、極めて合理性のない法律である旨主張するけれども、そもそも、被害者がこのような要求に応じなければならない法律上の義務はなく、被害者がこの要求に応じる意思がなければ、ストーカー行為を止めさせるためには、結局、刑罰をもって禁圧するほかない上、これによる威嚇の効果もかなりあると考えられるから、所論は採用できない。

以上によれば、ストーカー規制法の上記各条項が憲法違反であるとはいえず、原判示の罪となるべき事実にこれらの条項を適用した原判決には、所論が指摘するような法令適用の誤りがあるとはいえない。

論旨は理由がない。

2  控訴趣意中、事実誤認の主張について

論旨は、被告人は、本件当時、心神耗弱の状態にあったのに、その当時の被告人の責任能力について何ら判断することなく被告人を有罪とした原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認がある、というものである。

そこで、記録を調査し、当審における事実取調べの結果を併せて検討すると、関係証拠によれば、被告人は、現在、心因反応による抑うつ状態との診断を受け、通院して投薬治療を受けているものの、もともと被告人には精神病の素因があることは窺われず、原判示の各行為当時もこれに罹患していた形跡がないこと、原判示の各行為当時の被告人の意識も清明で、被告人は、その当時の記憶をよく保持していること、被告人は、自分との交際を拒否する被害者の歓心を買い、あるいは、被害者に別れる理由を説明させることに託けて被害者との面談を求め、被害者との交際を継続しようとし、原判示の各行為に及んだものであって、本件の動機は十分了解できること、被告人は、平成13年5月11日に兵庫県西宮警察署長よりストーカー規制法4条1項により警告が発せられた後、暫くは同法による処罰を恐れて被害者に対し目立った接触を行わなかったが、その後、原判示1記載のとおり、被害者の誕生日に合わせてその年齢に相当する本数のバラの花束を配達させ、被害者がこれを送り返してくると、再びこれを送りつけるといった行為に及んだり、原判示2記載のとおり、被告人の手紙の受け取りを拒否するといった被害者の行動に対応するなどして、被害者の態度を非難したりその歓心を買おうとしたりするような内容の手紙を書いており、被告人は自己の行為の意味を十分にわきまえて行動しているといえることなどの事情が認められ、これらに照らすと、被告人は、本件当時、事理の是非善悪を認識し、これに従って行動する能力が著しく減退していたとはいえない。

そうすると、本件当時の被告人の責任能力について特に判断することなく、これがあることを前提にした原判決に、所論が指摘するような事実の誤認があるとはいえない。

論旨は理由がない。

3  控訴趣意中、量刑不当の主張について

論旨は、被告人を懲役6月、4年間保護観察付執行猶予に処した原判決の量刑が重過ぎる、というものである。

そこで、記録を調査し、当審における事実取調べの結果を併せて検討すると、本件は、被告人が、かつて交際していた被害者に対し、好意の感情を充足するなどの目的で、2度にわたってバラの花束を送り、義務のないその受け取り方を要求するとともに、5度にわたって郵便物を送り、義務のない被告人との接触、連絡方を要求し、被害者の身体の安全が害され、または行動の自由が著しく害される不安を覚えさせる方法により、つきまとい等を反復して行い、ストーカー行為をしたというという事案であるところ、本件の罪質、動機、態様、結果等、とりわけ、被告人は、性行為を強要するなどの被告人の言動に嫌気がさした被害者がこのことをメール等で十分説明しているにもかかわらず、被害者の歓心を買い、あるいは、被害者に別れる理由を説明させることに託けて被害者との面談を求め、なおも被害者との交際を継続しようとして本件に及んだもので、その動機は自己中心的で酌量の余地がない上、本件の態様は陰湿かつ執拗で、これにより被害者に多大な精神的苦痛を与えており、その結果も軽視しがたいこと、被告人は、上記のとおり、ストーカー規制法に基づく警告を受けたのに、敢えて本件犯行に及び、現在でもストーカー規制法が悪法で、自分は無実であるなどと述べ、また、現在被告人の立場に置かれているのももっぱらその原因は被害者にあるとして反省の態度を示しておらず、今後も被害者と接触することを匂わせているのであって、被告人の規範意識の鈍麻は顕著で、再犯の虞れも危惧されることなどの事情に照らすと、犯情は甚だ芳しくなく、被告人の刑事責任を軽視することはできない。それ故、被告人の母親が当審公判廷において被告人の更生に助力する旨供述していること、被告人には前科がないことの他、被告人の供述によって認められる被告人の反省状況及び更生の意欲の程度や被告人の健康状態等、被告人のために酌むことのできる所論指摘の諸事情を十分考慮しても、刑期、執行猶予期間、保護観察をつけたことのいずれの点においても、原判決の量刑が重過ぎて不当であるとはいえない。

論旨は理由がない。

よって、刑事訴訟法396条により本件控訴を棄却することとし、当審における訴訟費用を被告人に負担させないことについて刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して、主文のとおり判決する。

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