大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 平成14年(う)149号 判決 2002年5月21日

主文

原判決を破棄する。

本件を大阪家庭裁判所に差し戻す。

理由

本件控訴の趣意は,被告人作成の控訴趣意書並びに弁護人相川嘉良作成の控訴趣意書及び同補充書に各記載のとおりであるから,これらを引用する(なお,弁護人は,被告人の控訴趣意は事実誤認と量刑不当の主張に尽きる旨釈明した。)。

まず,弁護人の控訴趣意中,不告不理原則違反(刑訴法378条3号後段違反)の主張についてみるに,その論旨は,原判決は,原審第1回公判期日において,原審弁護人からの本件起訴にかかる児童福祉法違反事件の犯行日に関する求釈明に対し,検察官が「起訴状に8月初めころとあるのは,8月1日から8月4日の間ということで,その間では行為は1回という趣旨です。7月には,行為は合計複数回あります。」と釈明していたのに,あえて,その犯行日を「平成13年7月末前後ころ」とした上で,その余の点については起訴状記載の公訴事実と同じ内容の事実を認定,摘示して被告人を有罪としているが,このように起訴されていない7月中の行為を含む認定は明らかな訴因逸脱であって,原判決には,審判の請求を受けない事件について判決をした違法がある,というのである。

そこで,記録を調査して検討すると,本件起訴状には,公訴事実として,「被告人は,平成13年8月初めころ,大阪市a区b町c丁目d番e号所在のfマンションg号室被告人方において,自己の長女A(昭和63年1月9日生,当時13年)が満18歳に満たない児童であることを知りながら,同女の着衣を脱がせて全裸にした上,自己の陰茎を同女の陰部に押し付け,自己の手指を同女の陰部に挿入するなどして,同女をして自己を相手に性交類似の行為をさせ,もって,児童に淫行をさせる行為をしたものである。」と記載されていること,検察官は,原審第1回公判期日において,原審弁護人からの犯行日に関する求釈明に対し,「起訴状に8月初めころとあるのは,8月1日から8月4日の間ということで,その間では,行為は1回という趣旨です。7月には,行為は合計複数回あります。」と釈明したこと,この釈明を踏まえて,被告人は,罪状認否において,「7月下旬に本件と同様の行為をしたことはありますが,8月以降はそのような行為は一切しておりません。」と陳述し,原審弁護人もまた,「行為をしたことについては認めますが,8月以降はしていない。」と述べて被告人の無罪を主張したこと,ところで,被告人は,捜査,公判を通じ,平成13年7月中に長女に4回くらい性的ないたずらをしたことを認めた上で,同月24日から同月27日までの間に1回起訴状記載のような性交類似の行為をしたのが最後で,その後はしていない旨供述していること(原判決挙示の被告人の警察官及び検察官調書(乙2,6,8)並びに原審公判供述),他方,長女は,被告人から5回にわたり性的ないたずらをされたとした上で,最初は同年7月初めころ,2回目は同月9日か10日ころ,3回目は同月16日から19日までの間,4回目は同月末で,その時は服を無理矢理脱がされ,馬乗りになって姦淫された,最後が同年8月3日で,その被害の内容については公訴事実に沿うものであった旨の供述をしていること(原判決挙示の同女の警察官及び検察官調書(甲1ないし3)),同女のこの供述は,具体的かつ詳細で,関係証拠とも矛盾がなく,信用性が高いこと,ところが,原判決は,犯罪事実として,公訴事実とほぼ同じ内容としながらも,ただ,犯行日については,これを「平成13年7月末前後ころ」と異なる認定,摘示をしたことがそれぞれ認められる。

以上によれば,本件の場合,起訴にかかる「平成13年8月初めころ」の児童福祉法違反事実以外に,これと併合罪の関係となり得る「平成13年7月下旬ころ」の同法違反事実についても,相当程度証明が尽くされているといえるところ,原判決は,検察官が釈明により「平成13年8月1日から8月4日の間」と特定した本件訴因の時間的範囲をあえて「同年7月末前後ころ」まで拡張し,逸脱して犯罪事実を認定したために,その認定した事実が,本来検察官が訴追の対象として指定した犯罪事実であるのか,それ以外の平成13年7月下旬ころの児童福祉法違反事実であるのか,著しく明確さを欠くに至っているもので,しかも,この点について何ら判断を示していないのであるから,結局,原判決は,その判文を見る限り,訴追の対象となった犯罪事実について判断をしないまま,それ以外の事実を認定した可能性も否定できない。そうしてみると,原判決には,所論のいう審判の請求を受けない事件について判決をした違法があるといわざるを得ないし,さらに,その裏返しとして,審判の請求を受けた事件について判決をしなかった違法もあるといわざるを得ない。論旨は理由がある。

したがって,被告人の論旨及び弁護人のその余の論旨について判断するまでもなく,原判決は刑訴法397条1項,378条3号により破棄を免れない。そしてまた,原審及び当審で取り調べた証拠からすると,本件は直ちに控訴裁判所で判決をすることが相当な場合とも認められない。

よって,同法400条本文により本件を原裁判所である大阪家庭裁判所に差し戻すこととし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 白井万久 裁判官 大西良孝 裁判官 磯貝祐一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例