大阪高等裁判所 平成14年(う)554号 判決 2003年2月18日
主文
本件控訴を棄却する。
当審における未決勾留日数中280日を原判決の原判示第3及び第4の罪の刑に算入する。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人伊藤裕志及び被告人各作成の控訴趣意書に記載されたとおりであり、これに対する答弁は、検察官篠﨑和人作成の答弁書に記載されたとおりであるから、これらを引用する。
第1 各控訴趣意中、事実誤認の主張について
論旨は、原判示第1の有印私文書偽造、同行使、公正証書原本不実記載、同行使及び同第2の有印私文書偽造、同行使は、共犯者とされるAが独断ないしは被告人と無関係に行ったもので、被告人が同人と共謀したことはなく、同第3の公正証書原本不実記載、同行使については、被告人は株式会社トーアグリーンピアの当時の役員らが辞任を了承していると認識していたから故意がなく、同第4の各有価証券偽造、同行使については、共犯者とされるBらが勝手に行ったもので、被告人が同人らと共謀したことはないから、いずれも無罪であるのに、上記各罪の成立を認めて有罪とした原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認がある、というものである。
しかしながら、記録を調査して検討すると、原判決挙示の各証拠によれば、原判示第1ないし第4の各事実を優に認定することができ、原判決が補足説明の項で認定・説示するところも正当であって、原判決に事実の誤認があるとは認められず、当審における事実取調べの結果によっても、上記認定判断は左右されない。
以下、所論に則して補足して説明する。
1 原判示第1の事実(株式会社霞台カントリークラブの役員の変更登記に関する有印私文書偽造、同行使、公正証書原本不実記載、同行使)について
所論は、Aが取締役である株式会社コア(以下、「コア」という。)は、サムエンタープライズがCから買い受けた同人保有の株式会社霞台カントリークラブ(以下、「霞台カントリー」という。)の株式1万8000株について、サムエンタープライズからその売却を頼まれていたDとの間で、これを3億円で買い受ける旨の売買契約を結び、その代金の支払期日は平成9年2月28日であったから、本件犯行が行われた同月中旬ころ、役員を変更するなどして株式の譲渡制限を取り除く必要があったのはAであって、被告人には動機がなく、本件犯行はAが独断で行ったものである、と主張する。
しかしながら、関係証拠によれば、霞台カントリーの代表取締役であったCは同社の内紛からその職を解任されたため、平成8年3月ころ、保有していた同社の株式1万8000株(以下、「本件株式」という。)をサムエンタープライズに2億円で売却したが、これに対して霞台カントリーは定款を変更して株式の譲渡には取締役会の承認を必要とするなどとしたため名義の書き換えができなくなり、C及びサムエンタープライズは霞台カントリーに対して本件株式についての名義書換請求訴訟等を起こしたこと、その後、AはDからサムエンタープライズが買い受けた本件株式の購入を持ち掛けられたが、この話を相談した知人に紹介されて被告人を知り、同年11月ころ、被告人に本件株式を5億円で購入する人を探してほしいと依頼したところ、被告人からEが本件株式を7億円で購入するという話が持ち込まれ、同年12月27日ころ、関係者が集まったが、Eがその場に現れなかったため契約には至らなかったこと、このためAはDから激しく責められ、結局、Eの話を持ち込んだ被告人が本件株式購入の資金の面倒をみることや売却することができなかった時は被告人自身が買い取る旨約束したことから、平成9年1月、コアが本件株式を代金3億円、支払期日を同年2月28日として購入することになり、その際、被告人は、上記約束の保証として、売主をコア、買主を被告人とする本件株式についての売買契約を公正証書にするための売買契約書及び委任状をAに渡したこと、この間の同月10日ころ、被告人やAは、当時の霞台カントリーの役員では本件株式の譲渡について承認が得られないことから、霞台カントリーの役員の変更を計画し、Cに対して霞台カントリーの役員の変更をしたいので代表者になってほしいと頼んだがCから断られたことが認められ、以上の事実よれば、被告人自身、Aに約束した上記の購入資金を調達する必要に迫られており、本件株式によって融資を受けるにしても、新たな買い主を捜すにしても、まず本件株式の譲渡について霞台カントリーの取締役会の承認を得る必要があったところ、上記の経緯からすれば、霞台カントリーの当時の役員がこれに応ずるはずもなく、また、Aらに対し役員を同人らに変更することを同意するような状況ではまったくなかったから、被告人には、本件株式の譲渡につき取締役会の承認を得た形を作り出すために霞台カントリーの役員を変更する必要があったものであり、従って、被告人に本件につき動機があったことは明らかである。所論は採用できない。
所論は、Aは、原審公判廷において、平成9年2月17日朝、コアの事務所で被告人に役員の変更登記に必要な書類をチェックしてもらってから、その指示で東京法務局新宿出張所に登記申請に行った旨供述するが、被告人は同日午後1時に名古屋で知人に会う約束があったから、東京都渋谷区のコアの事務所から東京駅へ行き、そこから新幹線で名古屋まで行くのに要する時間等を考えると、被告人が登記申請書類のチェックをする時間があったとも考えられないことなどからしても、Aの原審公判廷における供述は全体として信用できない、と主張する。 しかしながら、被告人は、捜査段階では、変更登記の申請をした前日の2月16日にFと2人でコアの事務所に行き、Aの作った登記申請書などの書類の内容を確認したと供述し、この供述は被告人が当時つけていた手帳の「大金(原文のまま)確認」「F氏連絡」との記載によっているもので裏付けがあるところ、確認したという日がAと被告人とでは1日異なるけれども、確認したという点では一致しており、さらに、被告人がAに変更登記に必要な書類の書式等を教えていたことは被告人自身も認めるところであるから、被告人が記載内容について確認するのは不自然でないし、また、上記の被告人の手帳の記載が翌日の予定を記載したものであって、確認したのがAの供述どおりであったとしても、被告人がコアに寄ってから午後1時までに名古屋に行くことは不可能とまではいえないし、Aが供述する、被告人から用事があるのでAらで行ってくれと頼まれた、とする状況とも符合する。また、Aは、原審公判廷で供述した当時、すでに自分の裁判については執行猶予付きの判決が出ていたのであるから、ことさら被告人に不利益な虚偽の事実を述べる理由はなかったものであり、その他検討してみてもAの原審公判廷における供述の信用性を否定する事情は見当たらない。所論は採用できない。
その他、各所論がいろいろ主張するところを検討してみても、本件につきAとの共謀を認めて有印私文書偽造、同行使、公正証書原本不実記載、同行使罪の成立を認めた原判決に事実の誤認は認められない。
2 原判示第2の事実(霞台カントリーを債務者とする金銭消費貸借契約証書に関する有印私文書偽造、同行使)について
所論は、被告人は、原判示第2記載の平成9年8月1日に千葉県松戸市の司法書士事務所に行ったことはあるが、被告人は原判示の金銭消費貸借契約証書の作成には何ら関与しておらず、本件は、株式会社日東総合開発(以下、「日東総合開発」という。)からの資金の調達を確実にしたいと考えたAが単独で行ったもので、被告人がAと共謀した事実はない、と主張する。
しかしながら、関係証拠によれば、上記1記載のとおり、AがDとの間で、霞台カントリーを買主として本件株式を3億円で購入する契約をした後、平成9年3月10日ころ、被告人は本件株式の売却先を捜す過程で金融業幸成を知り、幸成から融資の話が出たことから、霞台カントリーを債務者として5000万円借り入れる旨の契約書を作成して、3000万円の融資を受けることにし、担保として霞台カントリーの営業権のほか、被告人の経営するウチダゴルフサービスの約束手形などを提供したこと、その後、被告人らは幸成から取り立てを受けるなどしたが、同年5月ころ、そのころまでに被告人の指示で作成されていたAの知人であるGを貸主、霞台カントリーを借主とする5億円の実体のない金銭消費貸借契約証書を利用し、霞台カントリーがGに営業権を譲渡したことにした上で、この債権を日東総合開発が買い取る形で同社から1億円の融資を受けることにし、同月27日ころ、被告人は日東総合開発の代表取締役Hと会い、霞台カントリーを債務者とする借入れを申込み、被告人、A、Hらは新宿公証人役場で上記の契約について公正証書を作成することになったが、書類の不備などで作成できなかったため、Hは、霞台カントリーの営業権等を担保に同社に1億円の融資を実行することにし、Aに対して現金で5000万円と小切手で5000万円を渡し、被告人はAから一旦上記の現金などを受け取った上、Aに上記小切手を渡して幸成への返済に充てさせ、現金については金融ブローカーに3000万円を渡し、被告人自身が約2000万円を持ち帰り、そのうちの約1400万円をAへ交付したこと、その後、同年8月上旬ころ、AはHから上記貸付けについて金銭消費貸借契約証書や公正証書の作成を求められたため、そのころ、千葉県松戸市にある司法書士事務所に赴いて日東総合開発を債権者、霞台カントリーを債務者とする原判示の金銭消費貸借契約証書等必要書類を作成し、司法書士に公正証書の作成を依頼したが、その際、被告人はAから電話で呼び出されて上記司法書士事務所に同道したこと、上記の金銭消費貸借契約に基づく債務弁済契約公正証書は同月12日司法書士らが取手公証人役場に赴いて作成されたこと等が認められる。以上の事実によれば、本件は、被告人が深く関わっている上記1記載のCが保有していた本件株式の売買をめぐっての一連の金銭の貸借に絡むものであり、とりわけ、日東総合開発との貸借にも関わり、5月27日ころの時点で公正証書を作るために公証人役場まで赴いたりしている被告人が、本件の際、Aから公正証書を作るからと電話で呼び出されて、わざわざ松戸市の司法書士の事務所までAと赴きながら、その用件を聞いていないとか、事務所で何をしたか分からない旨の供述はあまりに不自然であって到底信用できず、また、所論が主張するようにAが日東総合開発からの資金の調達を確実にしたいと考えて上記の金銭消費貸借契約証書や公正証書を作るのであれば、わざわざ被告人を呼び出して一緒に司法書士事務所に行くはずもないから、Aが公判廷で供述するとおり、被告人は上記司法書士事務所にAと赴き、被告人が保管していた印鑑等を使用して本件金銭消費貸借契約書を偽造したことは明らかである。所論は採用できない。
なお、所論は、原判示第1、第2の事実についての被告人の警察官調書(原審検111ないし113号証)は強圧的な取調べにより、被告人の弁解を聞き入れないで強引に作成されたものであるから信用性がない、と主張する。
しかしながら、記録によれば、上記警察官調書のうち原審検111号証は在宅での取調べで、同112、113号証は原判示第3、第4の事実で起訴され、私選弁護人を選任して審理が始まり、事実を争っていたさなかの取調べでそれぞれ作成されたものであること、原審弁護人は、原判示第3、第4の事実についての被告人の捜査段階での供述調書については信用性を争う旨の留保をつけた上で同意しているのに対して、上記警察官調書については何ら留保をつけることなく同意していることなどからすれば、上記警察官調書が所論のような経緯でできたものとは考えれず、所論は採用できない。
その他、各所論がいろいろ主張するところを検討してみても、Aとの共謀を認め、本件につき私文書偽造、同行使罪の成立を認めた原判決に事実の誤認は認められない。
3 原判示第3の事実(株式会社トーアグリーンピアの役員登記の変更に関する公正証書原本不実記載、同行使)について
所論は、株式会社トーアグリーンピア(以下、「グリーンピア」という。)の株主は、株式会社トーア(以下、「トーア」という。)の代表取締役であるI1人であったものであるが、そのIが、平成11年8月28日、トーアからの業務委託によりグリーンピアが運営するバードヒルゴルフクラブを訪れ、グリーンピアの実務を取り仕切っていた同社の取締役で同ゴルフ場の支配人Jらの幹部を前に「現場でやってくれ。仲良くやってくれ。」とJらに同社の業務全てを任せる趣旨の発言をしたことから、これをJらから聞いた被告人としては、グリーンピアの1人株主であるIが、同人及びK(Iの子でグリーンピアの代表取締役、以下「K」という。)を含む役員の変更を了承したものと理解したもので、被告人には、虚偽の役員変更登記をするという認識はなかったから、被告人には、本件公正証書原本不実記載、同行使の故意がない、と主張する。
しかしながら、関係証拠によれば、当時、被告人はグリーンピアの総務経理課課長代理Lから相談を受けてゴルフ場の経営をトーアから独立させようと企ててIらと対立し、平成11年8月20日付けで、Lらの名義でIやKら経営陣に対し、放漫経営の責任を追及するとともに、即刻辞任を求めることなどを内容とする通知書を送り、これに対し、Iは、同月25日付けで、同月23日、24日にLらと話し合いをすべく努力したが徒労に終わったので回答するとした上で、営業に没頭できる状況を作って貰えれば期待に応えられる、などとする内容の回答書を送付しており、Iは、Lらと対立するなかで、辞任の意向を示していないこと、グリーンピアの経営をトーアから独立させる目的の一つは、グリーンピアはトーアとの業務委託契約に基づき業務受託料としてグリーンフィーの50パーセントを支払うことになっていたが、実際にはそれ以上の利益を吸い上げられ、従業員の給料の遅配等が生じていたため、これを断ち切ることにあったところ、当時、多額の負債を抱えていたトーアの代表者であるIが、その重要な収入源を失うことになるグリーンピアの役員変更に同意するはずもないことが認められ、これらによれば、仮に、Iが「現場でやってくれ、仲良くやってくれ。」などと言ったとしても、それが役員変更に同意する趣旨でないことは明らかであり、このことは、同年9月2日付けでグリーンピアの役員変更登記がなされるや、Kらによって、1週間も経たない同月8日付けで真正な登記の回復がなされていることによっても裏付けられ、また、上記の経緯からすれば、被告人においてIが役員変更を了承していないことを知悉していたことは明らかであって、このことは、もしIが了承しているとすれば、容易に適式な手続きがとれたはずであるのに、原判決も指摘するとおり、被告人の主導で、開いてもいない株主総会や取締役会の虚偽の議事録を作成するなどしていることからも裏付けられる。これらに照らすと、被告人の捜査段階での、I親子が役員変更に同意しているとは思わなかった旨の供述を待つまでもなく、所論に沿う被告人の原審及び当審における弁解は信用できず、所論は採用できない。
その他、被告人の供述調書の信用性の点を含め各所論がいろいろ主張するところを検討してみても、本件について被告人の故意を認めて公正証書原本不実記載、同行使罪の成立を認めた原判決に事実の誤認は認められない。
4 原判示第4の事実(トーア代表取締役I振出名義の白地小切手に関する有価証券偽造、同行使)について
所論は、額面30億円のトーア振出の白地小切手2通(以下、「本件小切手」という。)の偽造と行使については、平成12年1月3日、4日の被告人とBらとの相談の際には、別のトーア振出の白地小切手に額面1500万円と1億円を記入してこれを取立に回す話は確定していたが、本件小切手に額面30億円と記入して取立に回すことは未だ確定していなかったもので、上記小切手は、被告人が知らない間に、Bらによって勝手に30億円と記入され、銀行に取立に回されたものであるから、本件有価証券偽造、同行使について、被告人とBらとの間に共謀があるとはいえない、と主張する。
しかしながら、関係証拠によれば、原判決「補足説明」の項(8頁14行目から9頁10行目)記載の事実が認められるほか、被告人は、平成11年12月末ころまでには、トーアを倒産させるための方法として、Lが入手したトーア振出の白地小切手におよそ決済できない金額を書き入れ、2回続けて取立に回して不渡りにすることを考えつき、また、白地小切手に書き入れる金額も、トーアの土地・建物に三井建設と村本建設が各30億円の抵当権を設定していることから、この債権の回収を代行するという形をとることでトーアと対抗でき、計画どおりに不渡りにできると考えて30億円にしたものであって、いずれも被告人の発案によるものであること、最初に取立に回った1500万円の小切手については、被告人らは、トーアが不渡りを出す前に、トーアの白地小切手を使って資金を得ようと考え、平成12年1月8日からの3連休の間の売り上げを見込んで上記の額面にしたものであり、これが決済されることを期待していたのであるから、連続して2回トーアに不渡りを出させるには、1億円の小切手のほかに確実に不渡りになる額の小切手が必要であったことなどからすれば、遅くても同月4日の時点では白地小切手に30億円の金額を書き入れることは確定していたものと認められる。そして、このことは、Mが同月3日に書き留めたメモ及び被告人が遅くとも同月6日までに書き留めたノートのほか、白地小切手をトーアから入手したLが、自己に対するトーアからの追及を心配したのに対してNが書き記したLを守る趣旨の誓約書等の存在や、同月11日、被告人の指示で身を隠すためグリーンピアから出たLが、同日夜、被告人から、1500万円の小切手が不渡りになった、明日以降順次小切手が回る、全部で4通回す、などと連絡を受けていること、Bが本件について警察の事情聴取を受けたことから同月23日に被告人らが集まった際、被告人はBらに対して本件小切手を取立に回したことについて抗議した形跡はなく、そこでは、警察の取調べに対しては、Nが勝手にやったことにして口裏を合わせることにし、また、被告人は自分の名前を出さないように頼んでいること等の事実から裏付けられている。所論は採用できない。
所論は、被告人のノートやMのメモに上記のように本件小切手に関して30億円という具体的な記載が存したとしても、<1>Lは、原審において、1月3日にはトーア振出の小切手を使って何かするという話は出なかったし、1月4日には、10億円という話は出たが、30億円という金額は出ていないと供述していること、<2>Nは、原審において、1月3日、4日には金額の案は出ていたが、金額は確定していなかったと供述しているところ、Nのメモには、「小切手1750~2000万で取立」と記載され、30億円の金額の記載はなく、白地小切手を取立に回す日についても「1/11~1/12」と記載されていて、被告人のノートやMのメモとは異なっていること、<3>Mのメモにも、1/12という記載の横に(30億)、1/13という記載の横に(30億)という記載のある個所と、同月12日の欄に1億円、同月13日の欄に30億円、同月14日の欄に30億円という異なった記載があることなどから、1月3日、4日の時点では、額面を30億円とすることやこの小切手を取立に回す日については流動的で確定していなかったもので、本件小切手の偽造、行使はB兄弟が独断で行ったものである、と主張する。
しかしながら、<1>については、Lは1月3日に被告人らと会った際は、途中で妻からの電話で呼び出されて中座していることが認められるから、当日の話を全部聞いていなかったとしても不自然ではないし、同月4日については、Xデーを何時にするかという話が出た、10億円という話は聞いたかもしれないと供述していることや、その日に上記の誓約書をNに書かせていることなどからすれば、所論指摘のLの供述から、直ちに、その日に30億円の話が出なかったとはいえない。<2>については、Nは、公判廷においても、1月3日、4日の時点までに小切手に記入する金額について、1500万円、5000万円、1億円、30億円とすると聞いていた旨供述しており、また、Nのメモについても、「小切手¥1750~2000万で取立(振込)1/7金」の記載のほかに、「矢継早に振込Xデー 1/11~1/12」の記載があることからすれば、当時、Nらが何通かの小切手を連続して取立に回し、これを不渡りにすることを企図していたことが窺えることや、上記の最初に取立に回った1500万円の小切手を取立に回したのが1月7日であることからすれば、上記の「小切手¥1750~2000万で取立(振込)」等の記載は上記の1500万円の小切手についての予定を書いたものと認められ、また、この1500万円の小切手を取立に回すことが決まっていたことは被告人も公判廷で供述するところであるから、上記メモはこれが決まる以前、すなわち、1月4日以前に予定として書かれたものと解され、従って、このメモに30億円の記載がないからといって、同月4日までに小切手の額面を30億円として取立に回す話が確定していなかったとはいえない(なお、Nの捜査段階の供述には、Bをかばってのことと思われる虚偽の供述部分があるが、公判廷における供述も、客観的事実に明らかに反する供述が多いことや、N自身の本件についての裁判において、1、2審では事実を認めておりながら、上告審に至り否認に転じ、原審で証言した当時は上告審に係属中であったことなどからすれば、公判廷における供述の方が捜査段階での供述より信用できるとはいえない。)。<3>については、Mのメモには所論指摘の記載があるが、これは被告人のノートにも記載があるように1日遅い日付は小切手の交換日と認められるから、このことから30億円の小切手を取立に回すことが確定していなかったとはいえない。以上のとおり所論はいずれも採用できず、本件がB、Mの独断で行われたものとはいえない(なお、B、Mの公判供述にはそのまま信用できない部分もあるが、上記M作成のメモや被告人作成のノート等客観的証拠と符合する部分は信用できるといえる。)。所論は採用できない。
その他、被告人の供述調書の信用性の点を含め各所論がいろいろ主張するところを検討しても、被告人とBら共犯者との間に本件についての共謀の事実を認めて、有価証券偽造、同行使罪の成立を認めた原判決に事実の誤認は認められない。
以上のように、被告人につき原判示第1ないし第4の事実を認定した原判決に事実の誤認があるとはいえない。
論旨は理由がない。
第2 弁護人の控訴趣意中、量刑不当の主張について
論旨は、原判決の刑が重いというものである。
そこで、記録を調査し、当審における事実取調べの結果を併せて検討すると、原判決が量刑の理由の項で説示するところにより被告人を原判示第1、第2の罪につき懲役1年6月に、同第3、第4の罪につき懲役4年に処したのは相当であって是認できる。本件は、いずれも他の共犯者と共謀の上、定款により株式譲渡に取締役会の承認を要する旨の制限のあるゴルフ場経営会社の株式を売買等するため同社の代表取締役及び取締役全員の変更を企て、取締役等の変更に関する登記申請書類を偽造して行使した有印私文書偽造、同行使と商業登記簿の原本にその旨の不実の記載をさせた公正証書原本不実記載とその行使(原判示第1)、上記のゴルフ場経営会社の代表取締役について変更登記ができたのを利用し、金銭消費貸借契約証書を偽造して行使した有印私文書偽造、同行使(同第2)及び別のゴルフ場経営会社の経営権を握るため、取締役等の変更登記を企て、商業登記簿の原本にその旨の不実の登記をさせた公正証書原本不実記載とその行使(同第3)、同じ動機から、親会社の代表取締役振出名義の白地小切手を利用し、これに補充権限を遙かに越える決済不可能な金額を記載して不渡りにさせ、親会社を事実上倒産させようと企て、額面30億円の小切手2通を偽造して行使した有価証券偽造、同行使(同第4)の各事案である。本件各犯行は、ゴルフ会員権販売などをしていてゴルフ場経営等に知識のある被告人が主導的に計画して行ったもので、いずれの犯行においても被告人の果たした役割は大きいこと、本件各犯行によって被害会社に対してその信用を失わせるなどの損害を与えたばかりでなく、私文書、商業登記簿、有価証券等の社会的あるいは経済的な信用を著しく損ねたものであって、極めて悪質であること、加えて、被告人は、本件とは別のゴルフ場経営会社の不実の役員変更登記を行ったとして、平成9年9月、公正証書原本不実記載、同行使の各罪により懲役1年6月、執行猶予3年に処せられており、原判示第1の犯行は上記事件で警察の取調べを受けた後の犯行、同第2の犯行は上記事件の公判中の犯行であり、また、同第3、同第4の各犯行は上記事件の執行猶予中の犯行であって、被告人の規範意識の欠如は顕著であること、被告人には十分な反省の態度が認められないこと等に鑑みると犯情は悪く、刑事責任は重いといわざるを得ない。してみると、被告人の家庭の状況、共犯者との刑の権衡等所論指摘の諸事情を十分考慮しても、原判決の各刑が重すぎて不当であるとはいえない。
論旨は理由がない。
よって、刑事訴訟法396条により本件控訴を棄却することとし、当審における未決勾留日数の算入について刑法21条を、当審における訴訟費用を被告人に負担させないことについて刑事訴訟法181条1項ただし書をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。