大阪高等裁判所 平成14年(う)757号 判決 2002年12月03日
主文
本件控訴を棄却する。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人髙見秀一作成の控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官井越登茂子作成の答弁書に、それぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用する。
そこで、記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも併せて検討し、次のとおり判断する。
1 控訴趣意中、訴訟手続の法令違反の論旨について
(1) 所論は、要するに、本件銃刀法違反事件の際、自動車を運転していた被告人が、栗原忠臣から、自動車でわざと追突され、診断書上では、10日間の投薬治療を要する傷害を負わされ、実際には2か月間もの通院治療を要しているのに、栗原が傷害罪等で起訴されずに、被告人のみが本件銃刀法違反の罪で起訴されたとすれば、検察官の有する訴追裁量を逸脱した不平等な起訴であるから、このような措置は、判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反に該当する、というのである。
しかし、当審において取調べた栗原忠臣を被告人とする略式命令謄本(当審検第1号証)によれば、栗原は、本件に接着して発生した被告人に対する傷害事件により、加古川簡易裁判所に略式起訴され、平成13年12月27日、罰金20万円に処せられていることが明らかであるから、不平等起訴をいう所論は、前提を誤っている。ちなみに、本件の罪質、後述するように栗原に対する被告人の挑発行為が顕著にみられる本件犯行に至る経緯及び、傷害、暴力行為等の粗暴犯や銃刀法違反を含む被告人の多数の前科関係等にかんがみると、被告人を本件銃刀法違反の罪で起訴したことが、検察官の有する訴追裁量を逸脱した不当な起訴であるなどということもできず、何ら訴訟手続の法令違反はない。
(2) 所論は、要するに、被告人が、原審において、本件につき、正当行為ないし正当防衛になるべき事実を主張して、銃刀法違反の成立を争っていたという応訴態度にかんがみ、原審裁判官は、検察官請求の書証の採否に際して、原審弁護人の意見のみならず、刑訴規則208条の求釈明権を行使するなどして、被告人からも意見を聴取しなければならなかったのに、原審弁護人から同意意見を聴取したのみで、その証拠能力を認めてこれを採用したのは、刑訴法326条1項に反しており、これが判決に影響を及ぼすことの明らかな訴訟手続の法令違反に該当する、というのである。
そこで、検討すると、原審において、検察官請求の書証につき、被告人側の同意がなされて採用された経緯については、記録からは必ずしも明らかではないが、仮に、所論の指摘するように、原審裁判官が、原審弁護人の同意意見を聴取したのみで、被告人に対して意見聴取をすることなくこれを証拠採用したものであったとしても、被告人は、原審の罪状認否の際、「公訴事実はそのとおり間違いありません。刃物を持っていた理由は、野菜を採るためです。」と述べ、他方、原審弁護人は、「被告人と同旨です。但し、野菜を採るために刃物を持っていたとの主張は、情状として述べるものである。」と意見を述べると同時に、被告人による本件刃物の所持が正当防衛に該当するとの主張をしているのであり、原審弁護人が、検察官の請求書証に全て同意したのは、被告人との事前の打合せ結果を踏まえ、その意向に沿ったものであったことが推認される上、被告人において、原審弁護人が同意意見を述べた際に、その場で特に異論を唱えた形跡も認められないから、このような被告人側の応訴態度を踏まえた原審裁判官が、包括代理権を有する弁護人から証拠意見を聴取した以上に、改めて被告人に対して証拠意見を確認しなかったとしても、そのことが訴訟手続の法令違反に該当するとは考えられない。
2 控訴趣意中、事実誤認ないし法令適用の誤りの論旨について
所論は、要するに、被告人は、畑で野菜を採るために本件刃物を自車に積載していたもので、栗原の攻撃を受けた際、これを護身用に持ち出したとしても、被告人の所為は、刑法35条の正当行為に該当するか、栗原の急迫不正の侵害に対する防衛行為としてなされたもので、同法36条1項の正当防衛に該当するのに、これらに該当する事実関係を認定せず、前記両条をいずれも適用しなかった原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認ないし法令適用の誤りがある、というのである。
そこで、栗原忠臣の警察官調書をはじめとする原判決が挙げる関係証拠及び当審証人栗原忠臣の証言を総合すると、本件に至る経過及びその犯行状況は、概要、以下のとおりであると認められる。
ア 被告人の妻は、被告人からの日ごろの暴力等に耐え兼ねて、平成12年4月1日ころ、共通の知り合いであった栗原に相談した上、被告人の元から逃げ出して約20日間にわたってその世話したマンションにかくまわれていたところ、被告人は、その後帰宅した妻からその事実を告白されたことから、妻を栗原に寝取られたと考えて、同人に対して、深い恨みを抱くようになり、その後栗原の自宅等に押しかけたり、同人を追いかけ回すなどして、その度に、剪定はさみの片刃や木刀を示し、「殺してやる、家を燃やしてしまう」などと言っては、脅迫行為を繰り返し、同年8月23日には、喫茶店にいた栗原を待ち伏せて脅迫するに際して、剪定ばさみの片刃を示すなどしてこれを不法に所持したことから、鉄パイプを持ち出してこれに対抗しようとした栗原から被害届が出され、間もなく暴力行為等及び銃刀法違反容疑で逮捕され、同年9月25日には、銃刀法違反の罪で罰金20万円に処せられるに至り、このようにして、被告人と栗原は、いずれも、暴力団組員としての活動歴を有し、同じ兵庫県高砂市内に住んでいたこともあって、本件当時、顔を合わせる度に互いに強く反目し合うような状態となっていた。
イ 平成13年9月4日午後5時30分過ぎ、栗原は、同市春日野町内のカラオケ喫茶「白と黒」から出て、同所の駐車場に立ち、携帯電話で話をしていた際、軽四輪自動車がいきなり突っ込んで来たことから、危険を感じて身をかわしたところ、その運転席から棒状の物を手にした被告人が降りて来たことに気付き、それまでの被告人とのいきさつから危害を加えられると感じて、その場付近に駐車していた自車(トヨタハイラックスサーフ)に駆け寄り、被告人からの襲撃に備えて護身用に所持していたゴルフクラブを持ち出して、被告人に対抗しようとした。これを見た被告人が、自車に戻って60メートル余り走行したところでいったん停車ないし下車し、栗原に対して、「こっち来い」というように手招きをしたのに対し、被告人に挑発されたと感じて憤慨した栗原は、自車を運転して被告人運転車両を追いかけ、同日午後5時50分ころ、同市中筋1丁目10番36号先路上で、同車に自車前部を故意に追突させ、さらに、被告人運転車両を追跡し、同番26号のパチンコ店「高砂プルミエ」東側手前でも、左折しようとしていた同車に再度自車前部を追突させたため、被告人運転車両は、天井を逆さまにしてその付近に転覆した。
ウ 被告人は、身の危険を感じたことから、自車のダッシュボードから本件刃物を取り出して作業服のズボンポケットに入れて自車からはい出したところ、偶然同所を捜査用車両で通りかかって前記事故を目撃していた警察官が間もなく被告人の元に駆け付け、その付近で事情聴取を受けた。これに対し、栗原は、その後も自車で被告人の方に急接近して来たり、下車してゴルフクラブを手にして被告人に駆け寄り、「お前、いてもたろうか」と言いつつ、これを振り回すなどし、言い返す被告人と怒鳴り合う状態となったことから、その場に臨場していた警察官3名や通行人らに、両名はそれぞれ身体を押さえられ引き離されて制止された。
エ 栗原は、興奮状態にあった時から「ポケット見てみー」と繰り返し発言し、落ち着きを取り戻してからも、「そいつのポケットの物を出させ。ナイフ持っとうから。」と被告人を指さしたところ、被告人が顔をしかめたので、栗原の発言に真実味を感じた警察官が、被告人の手を押さえたまま、「何を持っているのか。」と被告人に質問したが、「何も持っていないわい。」などと弁解した。しかし、その場にいた通行人が、被告人に近付いてその作業服のズボンポケットに手を差し入れ、ハンカチに包まれた棒状の物を取り出したことから、同人からこれを受取った警察官がその包みを開けたところ、本件刃物を発見したので、同日午後6時10分、被告人をその場で銃刀法違反容疑で現行犯逮捕した。
オ 本件刃物は、全長約20.1センチメートル、刃体の長さ約11センチメートル、厚み約2.9ミリメートル、幅約14ミリメートルのはさみの片刃を加工したもので、その握り部分には包帯で巻かれ、その上からエンビコードが巻き付けられていた。
以上の事実が認められる。
弁護人は、弁論において、前記栗原の警察官調書中の供述及び当審証言につき、<1>被告人が車から棒状の物あるいは鉄パイプを持って降りてきたという部分は、変遷がみられるし、この点に関する当審証言もあいまいであるから信用できない、<2>被告人が挑発したという栗原供述は、被告人が下車して挑発したのか、自車に乗ったまま挑発したのかに変遷があるから信用できない、<3>被告人が、転覆した自車からナイフをいったん持ち出し、これを隠すのを見た、あるいは栗原が被告人に再度ゴルフクラブで殴り掛かった際、被告人が自車から金づちを持ち出したという栗原証言は信用できない、という。しかし、<1>の点については、なるほど、被告人が自車から降りて来た際、何を手にしていたと認識したのかについては、所論が指摘するように栗原の捜査段階における供述には動揺がみられるが、栗原の当審証言結果をも踏まえて考察すると、栗原は、少なくとも被告人が棒状の物を手にして下車したのを目撃したとする部分については、明確で一貫しているとみることができるから、その限度においては十分信用することができる。<2>の点については、被告人が、栗原を手招きするなどして挑発したのが、自車に乗車した状態であったのか、下車してからのことであったのかについては、所論が指摘するように栗原の供述には、捜査段階から変遷がみられ、当審証言において、改めてこの点を確認されたものの、明確に特定して証言することまではできなかったが、被告人がいったん車を停車させた上、栗原に対して手招きをして挑発したという点に関する限りにおいては、栗原供述は一貫している上、このような被告人の態度に憤激して、被告人運転車両を追いかけ回し、自車を二度も追突させるに至った契機に関する説明部分は、前記カラオケ喫茶駐車場と前記二度の追突現場が近接した場所にあることや、被告人との従前からの対立関係に照らしても自然かつ合理的で十分首肯することができるというべきである。<3>のうち、被告人によるナイフの持ち出しとその後の隠匿の点については、警察官は、追突事故を目撃したものの、交通事情から直ちに被告人の元に駆け付けることはできず、捜査用車両で現場を通り過ぎ、左折を繰り返して、二度目の追突現場付近に赴いた上、周辺に居た者に確認して、パチンコ店「高砂プルミエ」駐車場出入口でやっと被告人を発見したのであるから、この間に、被告人がナイフ(本件刃物)をいったん自車から持ち出した後これを隠すのを栗原が見ていたとしても何ら不自然ではないし、その後、被告人のポケットにナイフが入っていると栗原が指摘した言葉どおりに、被告人のポケットから本件刃物が発見されていることに照らしても、この点の栗原証言は信用することができる。また、被告人が金づちを持ち出すのを見たとする栗原の供述ないし当審証言部分は、警察官作成の現行犯人逮捕手続書及び現認状況報告書(原審検第1号証、第2号証)などにはその旨の記載がみられないことなどから、にわかに信用することはできないものの、少なくとも前記認定にかかるアないしエに関わる栗原の供述部分の信用性までを左右するようなものとはいえない。
叙上認定事実を踏まえて検討すると、被告人が、転覆した自車のダッシュボードから本件刃物を取り出したのは、同車に、栗原がその運転車両を故意に衝突させるなどした直後であり、被告人が、さらなる栗原の攻撃に備えて本件刃物を持ち出したという事実は認められるものの、本件以前から、被告人と栗原は、激しい反目状態にあり、本件と同種の刃物を含む凶器を示すなどして被告人が、栗原を繰り返し脅迫していたことなどに照らすと、被告人が、栗原を脅したり、同人との喧嘩抗争等に備える目的で、自車のダッシュボードに予め本件刃物を入れて保管していたことが十分にうかがえる(なお、もっぱら野菜を採るためだけにこれをダッシュボードに保管していたとする被告人の弁解供述は、本件に至る経緯や、本件刃物の性状等に照らして不自然であり、当審弁第6号証も被告人の前記弁解内容を的確に裏付けるようなものとみることはできないから、信用できない。)上、本件直前にも、前記カラオケ喫茶付近において、もっぱら被告人の方から、私用電話中であった栗原に対し、前記イのように激しく挑発する行動に出たことから、これに我慢し切れなくなった栗原が前記のような一連の行動に出たものであり、栗原の被告人に対する攻撃は、被告人が自ら招いたもので、その予期するところであったというべきである。してみると、車を衝突させた栗原の前記攻撃は、被告人にとっては、正当防衛における急迫性の要件に欠けるものであり、栗原との喧嘩闘争に備えた被告人の本件刃物の持ち出し行為が、正当行為であるとも到底認められないから、被告人の本件刃物の所持は、何ら違法性を阻却するものといえないことは明らかである。
ところで、原判決の(弁護人の主張に対する判断)中における説示は、本件当日、カラオケ喫茶付近における被告人と栗原とのやりとりなどについて言及していないなど、本件に至る経緯についての認定に不十分なところがあり、正当防衛の主張を排斥した理由についても明晰さを欠くところがみられるものの、正当防衛ないし正当行為の成立を否定し、本件銃刀法違反の罪の成立を肯認した結論においては正当である。
その他、所論がるる指摘するところを検討しても、原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認ないし法令適用の誤りがあるとは認められない。
各論旨はいずれも理由がない。
よって、刑訴法396条により本件控訴を棄却し、当審における訴訟費用は、同法181条1項ただし書を適用して、これを被告人に負担させないこととして、主文のとおり判決する。