大阪高等裁判所 平成14年(ネ)1158号 判決 2003年11月07日
東京都中央区東日本橋1丁目5番6号
控訴人
三貴商事株式会社
同代表者代表取締役
●●●
同訴訟代理人弁護士
●●●
兵庫県●●●
被控訴人
亡●●●訴訟承継人 ●●●
兵庫県●●●
被控訴人
亡●●●訴訟承継人 ●●●
神戸市●●●
被控訴人
亡●●●訴訟承継人 ●●●
兵庫県●●●
被控訴人
亡●●●訴訟承継人 ●●●
上記4名訴訟代理人弁護士
平田元秀
同
山﨑省吾
同
山田直樹
同訴訟復代理人弁護士
川合晋太郎
同
上田序子
同
齋藤護
同
加藤進一郎
同
大神周一
同
大田清則
同
三木俊博
同
松田公利
同
坂下泰啓
同
津久井進
同
十枝内康仁
同
大搗幸男
同
齋藤雅弘
同
大迫恵美子
同
山根良一
同
白子雅人
同
鴇田香織
主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
3 原判決添付別紙「建玉分析表(東工ゴム)」を本判決添付別紙のとおり更正する。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人らの請求をいずれも棄却する。
第2事案の概要
1 本件は,商品取引所の取引員である控訴人との間で商品先物取引委託契約を締結し,東京工業品取引所での白金,ゴム,銀及び綿糸の各先物取引を行い,控訴人に対し委託証拠金等として合計3467万4479円を支払った亡●●●(以下「亡●●●」という。)の相続人である被控訴人らが,上記取引は,控訴人が,その従業員により,亡●●●に委託証拠金等の名目で金員を預託させた上,これを帳尻損金への充当名下に領得することを意図して,同人の意思とは無関係に,過当な建玉を行い,委託者の利益につながらない無意味な売買を繰り返すなどして,同人を損失に導いたいわゆる客殺しと呼ばれる構造的詐欺行為であり,また,控訴人の従業員には,勧誘,受注等に関して,説明義務違反,実質的な一任売買の禁止違反,誠実な情報提供及び助言義務違反等があり,その勧誘,受注等の一連の行為は一体として亡●●●に対する不法行為を構成するなどと主張して,民法709条,715条又は719条に基づき,亡●●●が委託証拠金等として控訴人に交付した3467万4479円,慰謝料100万円及び弁護士費用350万円の合計3917万4479円(亡●●●の妻である被控訴人●●●については1958万7239円,亡●●●の子である被控訴人●●●,同●●●及び同●●●についてはそれぞれ652万9079円)及びこれに対する最終出捐日である平成7年10月20日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
原審は,控訴人に対し,被控訴人●●●については1908万7239円,被控訴人●●●,同●●●及び●●●についてはそれぞれ636万2413円並びにこれらの各金員に対する平成7年10月20日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で被控訴人らの請求を認容し,被控訴人らのその余の請求を棄却すべきものとした。
2 前提となる事実,争点及び争点に関する当事者の主張は,次のとおり訂正,付加するほか,原判決「事実及び理由」の「第2 事案の概要」の「2 前提となる事実」及び「3 争点及び主張」に記載のとおりであるからこれを引用する。
(1) 原判決7頁7行目の「23日」を「3日」に改める。
(2) 原判決7頁16行目の末尾に「亡●●●は,同月21日,委託証拠金として120万円を控訴人に送金し,同人の委託に基づき,別表「建玉分析表(全商品)」番号1の白金20枚買いの新規建玉がされた。その後,控訴人における亡●●●の担当者は海●●●から大●●●に替わった(甲B14,乙B22,証人大●●●)。」を加える。
(3) 原判決7頁19行目の「行った。」の次に「これらの取引のうち同別表の番号1の取引を除くその余の取引について大●●●が控訴人の担当者として関与した。」を加える。
(4) 原判決8頁19行目の「亡●●●は,」の次に「先物取引の基本的仕組みについては一応理解しており,また,」を加える。
(5) 原判決8頁24行目の次に改行の上次のとおり加える。
「 もっとも,亡●●●に対しては,各取引の都度,控訴人から,商品名,取引の種類(新規,仕切の別,売付,買付の別),限月,約定年月日,場節,枚数,約定値段,総取引金額,約定差金,取引所税,委託手数料,消費税,差引損益及び振替入出金の額,帳尻残等を明らかにした「委託売付買付報告書および計算書」(以下「取引報告書」という。)が送られてきた(甲B2の1ないし16)。」
(6) 原判決9頁5行目の「取引終了後に,」の次に「本件取引により発生した不足金2135万4479円につき,同月24日に5万4479円,同年8月から平成43年1月まで毎月末日に5万円ずつ返済することを約束する旨の平成7年7月18日付け申出書(乙B6)を控訴人に差し入れ,」を加える。
(7) 原判決9頁8行目の次に改行の上次のとおり加える。
「 亡●●●は,これらの委託証拠金等の支払のうち平成7年1月31日の760万円の支払については,そのうち200万円を株式会社但馬銀行(以下「但馬銀行」という。)から手形貸付を受けて調達し,同年3月23日の820万円の支払については,そのうち500万円を友人および娘からの借入れにより,200万円を但馬信用金庫からの手形貸付により,83万8763円を●●●厚生会からの借入れにより調達し,同年5月1日の500万円の支払については,その全額を妹及び親戚からの借入れにより調達し,同月10日の300万円の支払については,そのうち200万円を親戚からの借入れにより調達するなどした(甲B8,9,20,21)。」
(8) 原判決10頁4行目の「D」を「F」に改める。
(9) 原判決10頁17行目の次に改行の上次のとおり加える。
「本件取引においては,別表「返還可能金額の推移一覧表」記載のとおり,相場益金から委託証拠金への振替え(同表の「益金の証拠金への振替入金額」欄参照)及び委託証拠金による相場損金の充当(同表の「証拠金の相場損金への振替出金額」欄参照)が行われたが,前者については,その都度,控訴人から亡●●●に対して振替え後の委託証拠金の金額を記載した「委託証拠金預り証」が送付され(乙B12の2ないし16,20ないし23,26,27),また,後者については,その都度,控訴人から亡●●●に対して振替金額を記載した「振替通知書」及び振替え後の委託証拠金の金額を記載した「委託証拠金預り証」が送付された(乙B11の1ないし3,乙B12の17,29)。また,控訴人から亡●●●に対し,取引期間中,10回程度,値洗損益額,委託証拠金必要額,預り証拠金現在高,差引損益金及び返還可能額等を記載した「残高照会ご通知書」が送付された(甲B3の1ないし7,乙B9の1ないし10)。」
(10) 原判決11頁10行目の「顧客である亡●●●が自己に依存している状況を悪用して,」を「顧客である亡●●●の相場取引に対する無知に乗じて,売買の一任状態を早い段階で形成した上,亡●●●の再三にわたる手仕舞い要求をその都度威迫と懐柔を交えて巧みにかわしつつ,取引で生じた益金を直ちに相場に再投入し,増し建玉による満玉状態を保って,後述する売(買)直し,日計り,両建を中心とする無意味な反復売買を繰り返すとともに,時に巨大な量の無断売買を行うなどして,まれに見る巨額の手数料損を与えるという,」に改める。
(11) 原判決17頁23行目の次に改行の上次のとおり加える。
「 本件取引においては,別表「返還可能金額の推移一覧表」のとおり,顧客の相場益金を相場に再投入してしまう狭義の利乗せ満玉(同表の「損益金勘定残高」欄及び「益金の証拠金への振替入金額」欄参照)及び顧客の計算で業者に生じている預け金(同表の「返還可能金額」欄参照。この「返還可能金額」は証拠金勘定における相場に拘束されない預け金である「準備金」と損益金勘定における「損益金勘定残高」の合計である。別紙「説明図」参照。)の返還可能金額を相場に再投入してしまう広義の利乗せ満玉がいずれも見事に貫徹されている。このような取引が亡●●●の自主の意思決定を待たずに控訴人担当者(大●●●)の一存で行われてきた事実は優に推認され,一連の取引が控訴人が手数料を稼ぐための客殺し手法の貫徹されたものであったことは明白である。」
(12) 原判決18頁12行目の「少なくともゴムの取引で」を「ゴム,銀,綿糸40及び白金のすべての取引で」に改め,同頁20行目の末尾に「これを立会日の場が引けた後の取引員の持ち玉枚数すなわち取組高でみても,これらの全期間,全限月にわたって,取組高の売買差(玉尻)の取組高全体に占める割合は1パーセント以下のものがほとんどであり,取組高が均衡している事実が鮮明である。また,白金の取引についても,ゴムの取引とほぼ同様で,取組高の売買差(玉尻)の取組高全体に占める割合が1パーセント以下のものがほとんどである。さらに,銀及び綿糸40については,限月,商品のいかんを問わず,100パーセント取組高が完全に一致している(甲B36ないし38,甲B39の1,2)。のみならず,亡●●●について銀及び綿糸40の取引が行われた期間(平成7年3月1日から同月8日)についてみると,銀についても綿糸40についても,取引高において差玉向かいではなく全量向かいとなっている上,亡●●●の建玉等に個別に対当した自己建玉等を行っている(甲B40,41)。このことは,控訴人が自己玉の取組みを踏まえてそれと逆方向で亡●●●の建玉を行ったことを示すものであって,銀及び綿糸40の取引で結果として亡●●●に大幅な確定損が生じたことにもかんがみると,控訴人の客殺しの意図が強く推認される。」を加える。
(13) 原判決19頁2行目の「行っていた。」の次に「とりわけ,平成7年3月8日前後のころには,それまで利乗せ満玉で相場を張っていたところに,無断売買である綿糸40及び銀の取引により約2570万円の損金が確定した上,同月2日に建てたゴムの買玉1000枚に大きな値洗い損が生じていたのであるから,全量手仕舞いがふさわしい状態であったにもかかわらず,ゴムの上記値洗い損を完全両建で固定し,追証の一部を借金させてまで入金させ,追証状態継続のまま,なおも亡●●●の出捐金を取り込んで,亡●●●の預け金である証拠金勘定と損益金勘定の合計資金を目一杯相場に投入して取引を拡大し,無意味な反復売買によって手数料を稼ぎながら,亡●●●の投機益を吸収していったものである。控訴人主張の白金取引が行われていた同年5月30日から同年7月18日までの間も一貫して狭義にも広義にも利乗せ満玉が貫かれていた上,同年3月9日以降の建て落ちから生じた損金約1億5341万円のうちゴム取引による損金が約1億1000万円でその約72パーセントを占めており,白金取引による損金は約4340万円でその約28パーセントにすぎないところからも,本件取引の損失が上記白金取引から生じたものであるとの控訴人の見方が誤りであることは明白であり,上記白金取引はそれ以前からの控訴人の亡●●●に対する客殺しの取引の延長にすぎない。」を加える。
(14) 原判決21頁11行目の次に改行の上次のとおり加える。
「オ 誠実な説明,情報提供及び助言義務違反
亡●●●は,取引開始前に把握するべき前記ウの基本的事項に関する理解を欠いており,控訴人の担当者(大●●●)はこのことを十分認識していたのであるから,取引開始後,亡●●●に対し,追証がかかったときなどの典型的事例についての処理方法の基本を習得させる義務があったにもかかわらず,控訴人の担当者(大●●●)は,この義務に違反し(取引継続中の説明義務違反),亡●●●の無知に乗じて同人の実質的一任状況の下に取引を継続した(実質的一任売買の禁止違反)。
カ 控訴人の責任
以上のとおり,本件取引は,客殺しの意図に貫かれた構造的詐欺行為に該当し,一体として亡●●●に対する故意の不法行為を構成するから,控訴人は,亡●●●の被った損害について,民法709条等に基づく賠償責任を負う。また,亡●●●の本件取引を担当した従業員海●●●及び大●●●には,勧誘,受注等に関して,説明義務違反,実質的な一任売買の禁止違反,誠実な情報提供及び助言義務違反等があり,その勧誘,受注等の一連の行為は一体として亡●●●に対する不法行為を構成するから,控訴人は,亡●●●の被った損害について,民法715条又は民法719条に基づく賠償責任を負う。」
(15) 原判決22頁3行目「そして,」の次に「大●●●は,建玉,落玉の際は,亡●●●に連絡して損益状況,資産状況,相場状況,先行き等を報告し,亡●●●の指示に従って建玉,落玉を行っていた。亡●●●は,」を,同頁4行目の「委託し,」の次に「新規建玉,仕切建玉,損益結果,手数料等が記載された」を,同行目の「及び」の次に「返還可能金額等が記載された」をそれぞれ加える。
(16) 原判決26頁10行目から11行目の「続いたのに取引を続け,同月中旬にも合計1220万円もの金を入金した。」を「続いた。すなわち,同月1日から同月8日までの間に行われた綿糸40及び銀の取引並びにゴムの取引の結果生じた損失により追証がかかる状態となったが,同月8日時点において手仕舞いをしても690万3452円の益金の状態で終わっていたところ,大●●●は,亡●●●に対し,損切りをするか追証を入れるか尋ねたのに対し,亡●●●は,追証を入れるので建玉処分は待ってくれとのことであったので,ゴムについて買玉,売玉を建てて1000枚ずつの両建としたのである。さらに,同月10日時点において手仕舞いをした場合には1442万1452円の益金で終わり,同月22日時点において手仕舞いした場合には1492万1452円の益金で終わり,同年4月28日の時点において手仕舞いした場合にも101万1396円の益金で終わり,同年5月9日の時点において手仕舞いした場合には124万3604円の損金で終わっていた。しかるに,亡●●●は,委託証拠金として,同年3月14日に400万円,同月23日に820万円,同年5月1日に500万円,同年5月10日に300万円,同年6月6日に270万円を入れるなどして取引を続けた。」に改め,同頁13行目の「5月」の次に「30日」を,同頁16行目の「いうべきである」の次に「(なお,利乗せで取引を拡大したゴムの取引は1018万2361円の益金で終わっているから,利乗せ満玉自体が本件取引における損金の原因ではない。他方,上記の白金取引は利乗せ満玉の形をとっておらず,被控訴人らの主張する(両建以外の)特定売買もなく,途中両建をしているものの,両建に係る買玉からは手数料を上回る利益が出て損金の拡大を防止している。)」をそれぞれ加える。
(17) 原判決28頁7行目の次に改行の上次のとおり加える。
「オ 誠実な説明,情報提供及び助言義務違反の主張に対する応答
亡●●●は,本件取引を始めて後,綿糸40や銀の取引で損金を経験しているのであるから,その後なお本件取引の危険性を知らなかったとはいえない。したがって,本件取引による損金につき説明義務違反や断定的判断の提供を責任原因とすることはできない。また,仮に一任売買があったとしても,全面的に控訴人の責任とすることもできない。」
第3当裁判所の判断
1 当裁判所も,被控訴人らの本訴請求は,控訴人に対し,被控訴人●●●については1908万7239円,被控訴人●●●,同●●●及び●●●についてはそれぞれ636万2413円並びにこれらの各金員に対する平成7年10月20日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し,その余の請求は理由がないからこれを棄却すべきものと判断する。その理由は,次のとおり訂正,付加するほか,原判決「事実及び理由」の「第3 当裁判所の判断」に記載のとおりであるからこれを引用する。
(1) 原判決28頁の11行目から17行目までを次のとおり改める。
「ア 前記前提となる事実によれば,亡●●●は,元教員であって,控訴人から本件取引の勧誘を受けた当時,●●●事務局長として勤務する傍ら同町デイサービスセンターの施設長及び同町老人福祉センター所長を兼務していたというのであり,控訴人との間で先物取引委託契約を締結するに際して先物取引の仕組み等が記載された「商品先物取引委託のガイド」の交付を受けていたのであるから,その職歴,地位等に照らしても,先物取引の基本的仕組みについては一応理解していたものと認められる。また,前記前提となる事実によれば,亡●●●は,各取引の都度,控訴人から,商品名,取引の種類(新規,仕切の別,売付,買付の別),限月,約定年月日,場節,枚数,約定値段,総取引金額,約定差金,取引所税,委託手数料,消費税,差引損益及び振替入出金の額,帳尻残等を明らかにした取引報告書の送付を受けていた上,相場益金から委託証拠金への振替え及び委託証拠金による相場損金の充当についても,その都度,振替え後の委託証拠金の金額を記載した「委託証拠金預り証」や振替金額を記載した「振替通知書」の送付を受けており,亡●●●がこれらの書類に記載された内容について当時控訴人に問い合わせたり異議を申し出たりした形跡は全くうかがわれない上,亡●●●は,本件取引の終了に当たり,控訴人に対し,本件取引により発生した不足金2135万4479円につき毎月分割返済することを約束する旨の申出書(乙B6)を差し入れ,その後2度にわたり分割金の返済をしているというのである。そうであるとすれば,本件取引については,銀及び綿糸40の各取引並びに平成7年5月30日以降の白金の取引を含めて,いずれも亡●●●の事後の追認すら得ていない完全な無断取引であるとまで認めることはできない。
もっとも,前記前提となる事実によれば,亡●●●は,控訴人から本件取引の勧誘を受けるまで,先物取引はもとより株式投資の経験すらなかったのであり,控訴人やその従業員(大●●●)の相場観を排して独自の判断に基づき取引を指示するに足りる能力を有していたとは認められない。また,前記前提となる事実及び甲B14,20,21,証人大●●●によれば,亡●●●は,当初先物取引をしている事実を妻や職場に知られないように努めていたことから,担当者の大●●●らと電話等により頻繁に連絡を取り合うことが困難な状況にあり,このことは大●●●自身も認識していた事実が認められる。これらに加えて,後に説示するとおり,本件取引においては,平均して1.5日に1回以上という高頻度で新規建玉又は落玉が行われているのみならず,いわゆる利乗せ満玉の方法により著しく多量の建玉がかなりの頻度で行われているのであって(その日の取引終了時点における建玉の合計枚数が2000枚を超える日も少なくない。),不動産を除いて預貯金2500万円程度,給与月額約15万円という亡●●●の資産状態にかんがみても,このようなハイペースでしかも著しく危険の大きい取引が亡●●●の自主的かつ冷静な判断に基づいたものであったとはにわかに考え難い上,前記前提となる事実のとおり,亡●●●は,取引の最終段階においては,委託証拠金の不足に対し,知人や友人から借金までして対処していることをも併せ考えると,亡●●●は,本件取引の初期の段階から,個々の取引についての判断を控訴人の従業員大●●●の判断にゆだね,その結果をやむを得ないものとして追認するといった受動的な態様で本件取引に関与してきたものと認めざるを得ない。また,上記のような本件取引の内容,態様等にかんがみると,ゴム取引で利益が上がっていた平成7年1月ないし2月のころから,大●●●に対し,繰り返し,手仕舞いを要求していたという亡●●●の陳述(甲B12,13の1,2,14,20,21)は,別段不自然,不合理であるとはいえないのであり,証人大●●●の反対趣旨の証言は採用することができず,同陳述どおり,亡●●●は,平成7年1月ないし2月のころから,大●●●に対し,繰り返し,手仕舞いを要求していたものの,大●●●は,「決済するのは惜しいのでもう少しがんばろう。」,「値下がりして決済できなかった。」などといって押し切る形で取引を継続していった事実を認めるのが相当である。
以上によれば,本件取引は,銀及び綿糸40の各取引並びに平成7年5月30日以降の白金の取引を含めて,いずれも亡●●●の事後の追認すら得ていない完全な無断取引であるとまで認めることはできないものの,亡●●●は,本件取引の初期の段階から,個々の取引についての判断を取引開始直後から同人の担当となった大●●●の判断にゆだね,その結果をやむを得ないものとして追認するといった受動的な態様で本件取引に関与してきたのであり,大●●●は,亡●●●からいわば取引を一任された状態で,しかも,平成7年1月ないし2月以降は,亡●●●から繰り返し手仕舞い要求を受けていたにもかかわらず,これを押し切ってまで専ら自らの判断に基づいて取引を継続し,亡●●●にその結果を追認することを余儀なくさせてきたものと認められ,この認定を覆すに足りる的確な証拠はない。」
(2) 原判決28頁18行目の「本件取引において」の次に「控訴人による」を加え,同頁26行目の「しかし,」から29頁9行目の末尾までを削る。
(3) 原判決29頁10行目の「そもそも「客殺し」は可能か。」を「「客殺し」を推測させる要素について」に改める。
(4) 原判決30頁2行目の「顧客に」から同頁4行目の「すなわち,」までを削り,同頁12行目の「当然とも」から同頁15行目の末尾までを「あり得ないではない。」に改める。
(5) 原判決31頁1行目の「確実に」から同頁6行目の末尾までを「顧客に多額の損失を生じさせることとなる危険性が高いといわなければならない。」に改める。
(6) 原判決31頁9行目の「できるので,」から同頁10行目の末尾までを「できるという面もある。」に改める。
(7) 原判決31頁13行目の「いうが,」を「いう。」に,同頁15行目の「なるから,」から同頁16行目末尾までを「なる。」に改める。
(8) 原判決31頁18行目の「構成するとされる」の次に「向かい玉,利乗せ満玉及び無意味な反復売買等の」を加え,同頁19行目の「導くわけではないにしても,」から同頁22行目の「則していえば,」までを「導くわけでもなく,また,」に,32頁3行目の「十分に可能といわなければならない。」を「不可能とまでいうことはできない。」にそれぞれ改める。
(9) 原判決32頁6行目の「30」の次に「,34」を加える。
(10) 原判決32頁7行目の「取組高」を「取引高」に改める。
(11) 原判決32頁15行目の「12パーセントである。」の次に「また,証拠(甲B35)によれば,東京工業品取引所における控訴人のゴム取引について,亡●●●の取引期間(平成7年1月11日ないし同年7月18日)に対応する各取引日における平成7年5月限月ないし同年9月限月及び同年11月限月の各建玉(取組高)の売買の枚数差(玉尻)のその日の取組高全体(売玉と買玉の合計)に占める割合をみても,それが1パーセント以下の取引日は72パーセントないし97パーセント,上記割合が10パーセント以下の取引日は同年6月限月のものを除いていずれも100パーセントとなっていて,全期間,全限月にわたって売買の取組高がほぼ均衡している。さらに,証拠(甲B36ないし38,39の1,2)によれば,東京工業品取引所における控訴人の銀,綿糸40及び白金の各取引についても,控訴人の取引期間(銀につき同年3月1日ないし同月8日,綿糸につき同月2日ないし8日,白金につき同年5月30日ないし同年7月18日)の前後の期間における売買取組高もほぼ完全に均衡している事実が認められる。」を加える。
(12) 原判決32頁の21行目から22行目までを削る。
(13) 原判決33頁25行目の「取引番号」を「別表「建玉分析表(全商品)」の」取引番号(以下「取引番号」という。)」に改める。
(14) 原判決35頁24行目の「推移することになり,」の次に「取引によって確定益金が発生するたびに委託証拠金への振替えがされた上,」を,36頁1行目の「入金した」の次に「(前記前提となる事実のとおり,同年3月23日の820万円の支払については,そのうち500万円を友人及び娘からの借入れにより,200万円を但馬信用金庫からの手形貸付により,83万8763円を●●●厚生会からの借入れにより調達し,同年5月1日の500万円の支払については,その全額を妹および親戚からの借入れにより調達し,同月10日の300万円の支払については,そのうち200万円を親戚からの借入れにより調達するなどした。)」をそれぞれ加え,同頁3行目冒頭の「かったこと,」を「かったが,それにもかかわらず,同年3月20日の取引終了時点で2000枚の建玉が,同年4月20日の取引終了時点で1995枚の建玉が,同年5月20日の取引終了時点で2200枚の建玉が,同年6月20日の取引終了時点で2650枚の建玉がされ,全量建玉を仕切った同年7月18日の直前である同月13日の取引終了時点で2340枚の建玉がされていたこと,」に改める。
(15) 原判決37頁15行目から38頁13行目までを次のとおり改める。
「(ウ) 売買の頻度
本件取引においては,取引を開始した平成6年11月21日から平成7年7月18日の取引終了までの240日間に,別表「建玉分析表(全商品)」記載のとおり166回の取引(新規建玉又は落玉)が行われており,1.5日に1回以上の頻度である。
ウ まとめ
(ア) 以上の事実によれば,控訴人においては,本件取引期間を通じて,本件取引の対象とされたゴム,銀,綿糸40及び白金のすべてについて,毎日の取組高が売り買いほぼ同数となるように調整していたものと推認され,少なくともこれらの商品の取引においては,控訴人は,自己にとって相場の変動によるリスクが軽減されるのみならず,顧客の損失が自己の利益につながる状態にあったものということができる。また,以上のような本件取引の経過を通覧すれば,1.5日に1回以上という高頻度で,しかも,取引によって確定益金が発生するたびにその益金を委託証拠金に振り替えて限度一杯の玉を建てるいわゆる利乗せ満玉を繰り返すことにより,亡●●●に高額の手数料の負担を生じさせたのみならず,亡●●●を相場の変動により一挙に多額の損失を生じさせる著しく危険な状態に置いていたものということができる。そして,事後的,結果的にみれば,平成7年2月27日時点において手仕舞いしていれば,5005万5928円の益金で終わっていたところ(別表「帳尻勘定・投機損益分析表」参照),前記認定のとおり,同年1月ないし2月以降,亡●●●から繰り返し手仕舞い要求を受けていたにもかかわらず,これを押し切る形で取引が継続されたことにより,同年3月1日から同月8日の間に行われた銀及び綿糸40の取引で損失が生じ,また,ゴムの取引で高額の値洗い損が生じ,銀及び綿糸40の取引による損失については建玉が仕切られて損失が現実化され,約7700万円の値洗い損となったゴムの建玉については完全両建とされてその損失が固定された上,大幅な証拠金不足を来たし常に追証がかかった状態のまま,さらに高頻度,利乗せ満玉の取引が継続され,その過程で同年5月30日から始められた白金の取引により新たに多額の損失が発生し,他方で,亡●●●は,借金をしてまで証拠金(追証)を追加することを余儀なくされたということができる。
これら一連の取引経過等を事後的,結果的にみれば,控訴人が,その従業員らをして,先物取引の経験に乏しい亡●●●からの一任状態に乗じて,高頻度,利乗せ満玉の危険な投機取引を行って,亡●●●の手数料負担を増大させつつ,相場で大きな損が出るまで手仕舞い要求を無視して取引を継続し,亡●●●の拠出金を返還不能の状態に至らせたという疑いも生じなくはない。
(イ) しかしながら,そもそも,先物取引は,顧客の委託を受けた商品取引員(ないしその従業員)が,その有する情報に基づきその専門的知識と経験に照らしてそれぞれの時点における相場の動きを予測しながら,顧客に対し相場に関する情報を提供するとともに専門的知見と経験に基づく適切な指導,助言等を行った上で,最終的には顧客の判断により行うべきものであるところ,相場の変動が本質的に不確実で予測困難なものである上,相場の動きに関する判断(相場観)は専門的知識と経験に基づいたものであってもなお個々の商品取引員ないしその従業員によって異なり得るものである。そして,被控訴人らが「特定売買」として問題視する直し売買,途転,日計商い,両建等の取引も,それらの取引を個別的にみれば,当該時点の相場の状況等の下における判断として必ずしも不合理とはいえない場合もある。これらのことを併せ考えると,商品取引員ないしその従業員が,顧客から委託証拠金等の名目で預託された金員の返還を免れることをあらかじめ意図して,その専門的知見,判断に基づく助言,指導を装って,顧客を意のままに操縦し,利乗せ満玉やいわゆる「特定売買」等の手法を駆使して,最終的に顧客を損失に導くいわゆる「客殺し」を行うことは,必ずしも不可能とまではいえないものの,ある一連の取引がその当初からこのような客殺しの意図の下に行われた構造的詐欺行為であったと認められるためには,相応の根拠が必要というべきであり,たとい当該取引において結果的に顧客に多額の損失が生じ,当該取引の全期間を通じて利乗せ満玉やいわゆる「特定売買」が多用され,かつ,当該取引員が当該取引の期間中常時その総取組高を均衡させていたといった事情が認められたとしても,そのことから直ちに,当該顧客に対する取引が全体としてみて相場の動きや当該取引員ないしその従業員のいわゆる相場観とは無関係に行われた構造的詐欺行為であったということはできない。これを本件についてみても,本件取引において上記(ア)において説示したような事情が認められるとしても,そのことから直ちに,最終的に亡●●●に高額の手数料負担と巨額の投機損失をもたらすこととなった個々の取引が,控訴人の従業員(大●●●)の当該時点における相場の読み違い等その誤った投機判断に基づく指導,助言等によるものではなくて,それとは無関係のいわゆる客殺しの一貫した意図に基づくものであったと推認するのは困難であり,また,控訴人の1顧客にすぎない亡●●●について上記のような事情が認められたからといって,そのことから直ちに,控訴人が組織的にその従業員等をして被控訴人らの主張するような構造的詐欺行為をさせていたものと推認することもできないというべきである。
(ウ) 以上によれば,本件取引が構造的詐欺行為に該当することを理由とする被控訴人らの不法行為の主張は,その余の点について判断するまでもなく,理由がない。
(4) 控訴人従業員らの本件取引に関する一連の行為は不法行為を構成するか。
既に説示したとおり,亡●●●は,先物取引の基本的仕組みについては一応理解していたものの,先物取引はもとより株式投資の経験すらなかった上,当初先物取引をしている事実を妻や職場に知られないようにしていたこともあって,控訴人の担当者と電話等により頻繁に連絡を取り合って個々の取引につき担当者の指導,助言等を受けたり担当者に指示を出したりすることが困難な状況にあったため,本件取引の初期の段階から,個々の取引についての判断を専ら控訴人の担当者(大●●●)の判断にゆだね,その結果をやむを得ないものとして追認するといった受動的な態様で臨んでいたものと認められるのであり,控訴人の担当者である大●●●は,このように亡●●●からいわば取引を一任された状態で,しかも,平成7年1月ないし2月以降は,亡●●●から繰り返し手仕舞い要求を受けていたにもかかわらず,これを押し切る形で,自らの判断に基づいて取引を継続し,1.5日に1回以上の高頻度で建玉又は落玉を行って亡●●●の委託手数料の負担を増大させたほか,いわゆる利乗せ満玉を繰り返すなどして,不動産を除いて預貯金2500万円程度,給与月額約15万円という亡●●●の資産状態に比して著しく多量の建玉及び落玉を行って,亡●●●をして相場の変動により一挙に巨額の損失を生じさせる著しく危険な状態に置き,同年3月1日から同月8日の間に行われた銀及び綿糸40の取引並びにゴムの取引により高額の損失及び値洗い損が生じた後も,亡●●●の手仕舞い要求を無視する形で,常に追証がかかった状態のまま,さらに高頻度,利乗せ満玉の取引を継続し,亡●●●にその結果を渋々追認させた上,借金をしてまで証拠金(追証)を入金することを余儀なくさせ,結果的に,亡●●●に,売買差益5475万7000円,委託手数料負担合計1億0713万1980円を生じさせ,取引所税及び消費税を含めて差引5582万4479円という,同人が控訴人に支払った委託証拠金の総額を大きく上回る巨額の損失を生じさせたということができる。また,大●●●は,亡●●●が海●●●の勧誘により先物取引委託契約を締結し,取引番号1の白金20枚買いの新規建玉がされた後,海●●●に替わって亡●●●の担当となり,以後,本件取引の終了まで一貫して亡●●●の担当者として本件取引に関与したものであり,しかも,大●●●は,亡●●●から,同人の給与月額が15万円であることを聞かされて知っていたというのである(同人自身の認めるところである。)。
ところで,本件のような商品先物取引は,商品市場全体の動向を見極めた上での迅速かつ適切な判断が必要とされ,その円滑な遂行のためには専門的な知識と豊富な経験が求められ,一般投資家がたやすく行い得るものではないところ,商品取引員は,商品取引の専門家として,その受託等業務を公正かつ的確に遂行することができる知識及び経験並びに社会的信用を有するものとされているのであるから,商品取引員の助言,指導等に対する一般投資家である顧客の信頼は保護されるべきであり,顧客から商品先物取引の委託を受けた商品取引員並びにその役員及び従業員は,顧客に対し,その有する市場情報,専門知識,経験等を駆使して,必要かつ適切な指導,助言等を行うべく最善の努力を尽くし,誠実かつ公正にその業務を遂行すべき義務を負うものというべきである。
しかるところ,以上説示したとおり,控訴人従業員の大●●●は,先物取引の経験のない亡●●●からいわば取引を一任された状態で,しかも,亡●●●の度重なる手仕舞い要求を押し切ってまで,自らの判断に基づいて,高頻度で著しく危険性の高い取引を継続し,亡●●●にその結果を追認することを余儀なくさせたというものであって,このような大●●●の本件取引に関する一連の行為は,委託の趣旨を著しく逸脱し,商品取引員の従業員の上記義務に違反することが明らかであって,全体として亡●●●に対する不法行為を構成するものというべきである。被控訴人らの本訴における不法行為の主張には,上記趣旨の主張が含まれていることは明らかであり,控訴人は,民法715条に基づき,本件取引により亡●●●が被った後記損害を賠償する義務を負うものというべきである。」
(16) 原判決38頁16行目の冒頭に「以上説示したところによれば,本件取引は,その全体が違法性を帯び,本件取引に基づいて」を,同頁17行目の「認める」の次に「(また,以上説示したところによれば,本件において亡●●●の過失をしんしゃくするのは適当でないというべきである。)」をそれぞれ加える。
(17) 原判決38頁19行目の「前記認定事実」から同頁20行目の「行わないことからすれば,」までを「以上説示したところによれば,」に改める。
2 よって,本件控訴は理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 岡部崇明 裁判官 岸本一男 裁判官 西川知一郎)
<以下省略>