大阪高等裁判所 平成14年(ネ)132号 判決 2003年10月28日
控訴人兼附帯被控訴人
A野太郎(以下「控訴人A野太郎」という。)
他5名
控訴人ら訴訟代理人弁護士
蒲田豊彦
同
岩城穣
同
山名邦彦
同
大橋恭子
被控訴人兼附帯控訴人
丸紅株式会社(以下「被控訴人丸紅」という。)
上記代表者代表取締役
西田健一
他2名
被控訴人ら訴訟代理人弁護士
三好邦幸
同
伴城宏
同
山崎優
同
川下清
同
河村利行
同
加藤清和
同
石橋志乃
同
沢田篤志
同
池垣彰彦
同
塩田勲
同
前川直輝
主文
一 原判決を次のとおり変更する。
1(一) 被控訴人らは、控訴人A野太郎に対し、連帯して、四二〇万五〇〇〇円及びこれに対する平成八年一二月二二日以降支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(二) 被控訴人らは、控訴人A野松夫に対し、連帯して、二九四万円及びこれに対する平成八年一二月二二日以降支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(三) 被控訴人らは、控訴人B山竹夫に対し、連帯して、六五七万円及びこれに対する平成八年一二月二二日以降支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(四) 被控訴人らは、控訴人A野花子、同B山梅子及び同B山春夫に対し、それぞれ、四〇万円及びこれに対する平成八年一二月二二日以降支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 控訴人らのその余の請求(当審で訴え変更後のもの)を棄却する。
二 本件附帯控訴を棄却する。
三 訴訟費用は、第一審で生じた分及び本件控訴によって生じた分については、これを五分し、その四を控訴人らの、その余を被控訴人らの負担とし、本件附帯控訴によって生じた分については被控訴人らの負担とする。
四 この判決は主文第一項1に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第一当事者の求めた裁判
(控訴事件について)
一 控訴人ら
1 原判決を次のとおり変更する。
被控訴人らは連帯して、控訴人A野太郎に対し二二五六万四七一三円、同A野花子に対し六四八万三三七五円、同A野松夫に対し一七一七万一五六七円、同B山竹夫に対し三二二九万八三八七円、同B山梅子に対し六四八万三三七五円、同B山春夫に対し六四八万三三七五円及び上記各金員に対する平成八年一二月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え(当審で訴え変更)。
2 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。
3 仮執行宣言
二 被控訴人ら
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人らの負担とする。
(被控訴人ら附帯控訴事件について)
一 被控訴人ら
1 原判決中被控訴人ら敗訴部分を取り消す。
2 控訴人らの請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は、第一、二審とも控訴人らの負担とする。
二 控訴人ら
1 本件附帯控訴を棄却する。
2 附帯控訴費用は被控訴人らの負担とする。
第二事案の概要
本件は、控訴人らが、原判決別紙一物件目録記載1のマンション(以下「本件マンション」という。)が建築されたことにより風害が生じたため、従前近隣の家屋に居住していた控訴人らが同家屋(以下控訴人A野らが居住していた原判決別紙一物件目録記載2(1)(2)の土地建物をそれぞれ「A野土地」「A野建物」、両者を併せて「A野宅」といい、控訴人B山らが居住していた同目録記載3(1)(2)(3)の土地建物も上記同様に呼称する。)での居住が不可能となり転居をせざるを得ず、精神的苦痛や上記家屋や敷地の価格下落等の損害を被ったと主張して、上記マンションを設計(被控訴人竹中工務店及び同都市建)、施工(被控訴人竹中工務店)、販売(被控訴人丸紅)した被控訴人らに対し、共同不法行為による損害賠償(最初の被害が発生した日以降支払済みまでの民法所定の遅延損害金を含む。)を請求するのに対し、被控訴人らが責任原因並びに損害の発生及び損害額を争う事案である。
これに対し、原判決は、被控訴人らの責任原因を認めた上、控訴人一人当たり七〇万円(慰謝料六〇万円と弁護士費用一〇万円)の損害賠償請求を認容したが、その余の請求を棄却した。
その他、本件事案の概要は、後記二のとおり当審における控訴人ら及び被控訴人らの主張を付加し、後記一のとおり訂正するほか、原判決「事実及び理由」中の「第二 事案の概要」に記載されたとおりであるからこれを引用する。
一 原判決の補正
原判決四頁二行目の「居住を始めた。」を「居住を始め、控訴人B山竹夫は、平成七年六月一三日、相続により訴外B山夏夫の持分権を取得し、B山宅を単独所有することとなった。」と、同二五行目の「中低層の建物」を「中低層の建物(その大多数は木造家屋)」と、同五頁五行目から六行目にかけての「第二種中高層住宅専用地域」を「第二種中高層住居専用地域」と、同二五行目の「ある時間内の平均値で表す」を「その程度については一定時間内における平均値によって表すものとされている」とそれぞれ改める。
二 当審における控訴人ら及び被控訴人らの主張
1 当審における控訴人らの主張
(一) 損害
(1) 原判決について
ア 原判決は、控訴人一人当たり六〇万円の慰謝料を認容したが低額に過ぎるし、また、財産的損害にかかる損害賠償請求を認めなかった点は極めて不当といわざるを得ない。
控訴人らは、家が揺れる、歩行中吹きとばされそうになるといったレベルの強風である日最大瞬間風速毎秒一五メートル(レベル二)を超える日数が建築前は年間二日だったのが建築後は年間二六日に、また風のため危険を感じるレベルの強風である毎秒二〇メートル(レベル三)を超える日数が年間〇日から年間六日に増加するという異常な風環境になった結果、控訴人らが自宅で生活を続けようとすれば、永劫に本件マンションによる風害を受け続け、生命、身体の危険すらある状況が続くことを踏まえた判断をすべきである。
イ 原判決は、本件風害により、控訴人らが保有する不動産は無価値になったとまではいえないから、価格下落の事実は認められないとしており、論理の飛躍があることは明らかである。
原判決は、控訴人ら宅が良好な住宅地であるにもかかわらず、本件マンション建築によって人が生活する上で障害のある風環境となったこと、そのため、控訴人らは転居せざるを得なかったこと、上記住宅地が駐車場としての使用や強固な建物による利用等しかできないこと等を認定しているのであるから、控訴人らの土地建物の使用価値が低下し、それに伴い交換価値が下落して控訴人らに財産的損害が発生したことは明らかである。原判決のように、風害に伴う損害の程度について一般的社会的コンセンサスが存在しないこと等を理由に財産的損害を一切認定しないのは不当というほかない。
(2) 慰謝料について
ア 風害による慰謝料を認めた裁判例は、公刊されたものの中には見当たらないが、騒音・振動の事例、日照・通風の事例等の生活妨害について相当額の慰謝料を認めた裁判例と比較して、本件風害がレベル四と等級外の最悪のものであること、被害の日常性、生命身体への現実的危険性、被害の半永久性等を考慮すれば、控訴人らが受けた精神的苦痛の程度が上記裁判例の事案に劣るものとは到底いえない。
イ また、近時、名誉毀損による慰謝料の認容額が低過ぎることから、慰謝料の算定の高額化と判断要素の客観化に向けた試みが議論されており、本件事案は名誉毀損の事例ではないが、営利目的の商業資本と防御手段のない一般市民という対立構図であること、加害者と被害者との間に代替性がないこと等共通する要素があるから、本件においても、名誉毀損同様に慰謝料高額化という問題意識に基づいた判断がなされるべきである。
ウ さらに、本件における慰謝料額を算定する際には以下の各事情を十分に考慮すべきである。
(ア) 被害者側(控訴人ら)の事情
① 本件マンション建築により、控訴人ら宅の風環境はランク四と居住するに耐えないものとなった。
② 控訴人らが受けた被害の実際も、ゴーッとうなり声を立てながら風の玉が大砲のように家屋に当たり地響きと共に家屋が揺れるといった状況である。控訴人らは、本件マンションのビル風によって家屋が倒壊するのではないかという恐怖が、屋内に居住する控訴人らに現実感をもって迫ってくる等生命身体に対する危険を感じ、不安感、恐怖感を抱いてきた。
③ 控訴人らは、このような不安感、恐怖感から逃れるため、平成一二年六月、永年住み慣れた住居から転居せざるを得なくなったものであり、その精神的苦痛は、風害にさらされながら上記住居に住み続けることによって受ける精神的苦痛に匹敵する。
④ 上記事態に至ったことについて、控訴人らには全く落ち度がなく、一方的に被害を受けたものである。
(イ) 加害者側(被控訴人ら)の事情
① 本件風害は、被控訴人らが風洞実験を行えば予見できたものであり、そうすれば、計画変更により風害発生を未然に防止できたのに、被控訴人らは費用(上記風洞実験には六〇〇ないし七〇〇万円の費用を要する。)や手間を惜しんで上記実験等を行わず、控訴人らに対し風害が発生したら責任を取る等と断言して本件マンションの建設を強行したものであって、控訴人らには本件風害を発生させたことについて未必の故意又はこれに準ずる重過失があったというべきである。
② 控訴人らは風害の発生を懸念して被控訴人らと誠実に粘り強く交渉していたにもかかわらず、被控訴人らは、そうした近隣住民の不安や反対を押し切って上記のとおり建設を強行したものであるから、これによって生じた損害やリスクは当然被控訴人らが負うべきである。
③ 被控訴人らは、二〇階建の本件マンションの建築、販売によって多額の利益を得たものであり、被控訴人らの上記行為による損害については、いわゆるやり得を許さず、企業による不法行為を抑止する見地から、上記利益を下回らない損害額が認定されるべきであり、また、被控訴人らが経費を惜しんで風洞実験等風害防止の対策を怠った点が十分考慮されるべきである。
(3) 財産的損害に関する控訴人A野らの主位的請求
ア 控訴人A野太郎及び同A野松夫(以下「控訴人A野太郎ら」ということがある。)は、風害発生時点から、同控訴人らが対象不動産を売却した平成一四年六月一〇日までの間に、風害による対象不動産の損傷補修に必要となった費用等についても、被控訴人らに対し、損害賠償を請求しうるところ、控訴人A野太郎らは上記損傷補修のため四万五〇〇〇円を負担した。
イ 控訴人A野太郎らは、本件風害によりA野宅の市場価格下落分及びその他直接間接に負担せざるを得なくなった諸費用に相当する損害を被った。
まず、風害による対象不動産の市場価格の下落額については、風害がない状態での不動産価格から風害が生じた状態での不動産価格を控除して算出することとなるが、前者の風害がない状態での不動産価格は、二一三九万円(土地価格一七四六万円、建物価格三九三万円)である。
また、風害が生じた状態での不動産価格(A野宅が売却され所有権移転登記がなされた平成一四年六月一〇日の時点で損害確定)については、取引事例比較法、収益還元法、原価法の三つの算定方法があるところ、本件では、対象不動産が置かれている環境下での最有効利用を検討し、予想しうる土地の純収益に着目する収益還元法が最も規範性が高いと考えられ、実際の売却価格とも均衡が取れているから、妥当な算定方法というべきである。
そして、収益還元法によれば、風害がある状態での不動産価格は一一一七万円と算定することができるから市場価格下落額は一〇二二万円となる。また、収益還元法により、控訴人A野太郎らが本件風害で直接間接に負担せざるを得なかった費用(対象建物取壊費用、控訴人A野らの対象不動産から移転先への引越費用、新たな同種建物を購入するための資本コスト)は合計二六六万二七四四円となる。
ウ 以上によれば、同控訴人らは、本件風害により合計一二九三万円(千円単位を四捨五入)の財産的損害を被ったというべきである。
(4) 財産的損害に関する控訴人B山竹夫の主位的請求
控訴人B山竹夫は、本件風害により対象不動産の市場価格下落分及びその他直接間接に負担せざるを得なくなった諸費用に相当する損害を被った。
まず、風害による対象不動産の市場価格の下落額については、風害がない状態での不動産価格から風害が生じた状態での不動産価格を控除して算出することとなるが、前者の風害がない状態での不動産価格は、二〇七五万円(土地価格一六三一万円、建物価格四四四万円)である。
また、風害が生じた状態での不動産価格(B山宅が売却され所有権移転登記がなされた平成一四年六月一〇日の時点で損害確定)については、取引事例比較法、収益還元法、原価法の三つの算定方法があるところ、本件においては収益還元法が最も規範性が高く、実際の売却価格とも均衡が取れている等妥当な算定方法といえる。
そして、収益還元法によれば、風害がある状態での不動産価格は一一八〇万円と算定されるからその市場価格下落額は八九五万円となる。また、収益還元法により、控訴人B山竹夫が本件風害で直接間接に負担せざるを得なかった費用(対象建物取壊費用、控訴人B山竹夫の対象不動産から移転先への引越費用)は合計二七八万〇一六三円となる。
以上によれば、控訴人B山竹夫は、本件風害により合計一一七三万円(千円単位を四捨五入)の財産的損害を被ったというべきである。
(5) 財産的損害に関する控訴人らの予備的請求
ア 第一次予備的請求
A野建物及びB山建物を、風害による被害を予防又は軽減しうる強固なものとするために要する補修費用は損害と認定されるべきである。
イ 第二次予備的請求
本件のような過酷な風環境のもとで、A野宅及びB山宅に現実に居住することは著しく困難かつ危険であるから、控訴人らが、かかる困難や危険に耐えて居住していた期間、また、転居後の期間いずれについても、上記建物について居住利益を失ったということができる。
したがって、仮に本件のような風環境の変化がなかったとした場合の居住利益、すなわち、A野建物及びB山建物を賃貸に出した場合の賃料相当額も損害と認定されるべきである。
ウ 第三次予備的請求
本件では、日常生活に困難と危険を及ぼす著しい風環境の変化が生じており、控訴人らに損害が生じたことは明らかである。仮に、上記アないしイの損害が認められない場合は、「損害の性質上その額を立証することが極めて困難であるとき」に該当するから、民事訴訟法二四八条により、裁判所が口頭弁論の全趣旨及び証拠調べの結果に基づき相当な損害額を認定することを求める。
(6) 当審における訴え変更後の控訴人らの損害額
控訴人らは、従前主張していた損害に加え以下の各損害を被った。
ア 控訴人らが本件訴訟において専門家の協力を得るために要した費用(以下「専門家費用」という。)
控訴人らは、本件訴訟を遂行するために原審当審を通じて、不動産鑑定士、建築士、風工学士ら専門家の助言を得るため、等分して以下の費用を負担した(合計二五二万七五〇〇円・控訴人一人当たり四二万一二五〇円)。
そして、本件のように専門性の高い訴訟を遂行する上で、このような専門家の協力は不可欠であり、専門家費用は被控訴人らの不法行為と相当因果関係のある損害に当たるというべきである。
(ア) 平野憲司一級建築士に対して支払った費用
①シャルムもずAブロック住宅調査業務着手金二〇万円、②同調査業務にかかる正本作成費用二万円、③同調査業務着手金残金三一万五〇〇〇円、④A野宅及びB山宅の既設建物解体工事及びガレージ設置工事及び同各邸防風フェンス設置工事の各見積書作成費用五〇万円、⑤意見書(甲一〇一)の作成費用五万二五〇〇円
(イ) 工学博士藤井邦雄に対して支払った鑑定費用等
①証人尋問出頭のための交通費及び日当一〇万円、②甲六〇、甲七〇、甲七一の一・二、甲七七の各作成費用合計三〇万円、③鑑定意見書作成のための現地調査実施のための交通費五万円
(ウ) 中井敬和不動産鑑定士の鑑定書(甲八四、八五)の作成費用八四万円
(エ) 佐野不動産鑑定士の鑑定評価書(甲七六)の作成費用一五万円
イ 控訴人らが本件土地建物を売却して転居したことにより必要となった費用(以下「不動産売却費用等」という。)
(ア) 控訴人A野太郎(持分五分の三)及び同A野松夫(持分五分の二)所有の本件土地・建物について
①不動産売買仲介手数料四〇万三九九五円、②登記費用五万二九〇〇円の合計四五万六八九五円
控訴人A野太郎の負担額 二七万四一三七円
控訴人A野松夫の負担額 一八万二七五八円
(イ) 控訴人B山竹夫所有の本件土地・建物について
①不動産売買仲介手数料三八万一三〇〇円、②登記費用三万九一〇〇円、③引っ越し費用七万円の合計四九万〇四〇〇円を同控訴人が負担
ウ 波板張り替え費用
A野宅のカーポートが本件マンションの風害によって破損したため、その補修のために合計四万五〇〇〇円を控訴人A野太郎が負担した。
エ 弁護士費用
控訴人らは本件訴訟代理人弁護士らに対し、上記損害額の一割を弁護士費用として支払う旨を約した。
オ 訴え変更後の損害額のまとめ
(ア) 控訴人A野太郎について
専門家費用 四二万一二五〇円
不動産売却費用等 二七万四一三七円
波板張り替え費用 四万五〇〇〇円
上記分の弁護士費用 七万四〇三九円
従前の請求額 二一七五万〇二八七円
(合計額) 二二五六万四七一三円
(イ) 控訴人A野花子について
専門家費用 四二万一二五〇円
上記分の弁護士費用 四万二一二五円
従前の請求額 六〇二万〇〇〇〇円
(合計額) 六四八万三三七五円
(ウ) 控訴人A野松夫について
専門家費用 四二万一二五〇円
不動産売却費用等 一八万二七五八円
上記分の弁護士費用 六万〇四〇一円
従前の請求額 一六五〇万七一五八円
(合計額) 一七一七万一五六七円
(エ) 控訴人B山竹夫について
専門家費用 四二万一二五〇円
不動産売却費用等 四九万〇四〇〇円
上記分の弁護士費用 九万一一六五円
従前の請求額 三一二九万五五七二円
(合計額) 三二二九万八三八七円
(カ) 控訴人B山梅子について
専門家費用 四二万一二五〇円
上記分の弁護士費用 四万二一二五円
従前の請求額 六〇二万〇〇〇〇円
(合計額) 六四八万三三七五円
(キ) 控訴人B山春夫について
専門家費用 四二万一二五〇円
上記分の弁護士費用 四万二一二五円
上記分の弁護士費用 四六万三三七五円
従前の請求額 六〇二万〇〇〇〇円
(合計額) 六四八万三三七五円
(二) 被控訴人らの主張に対する反論等
(1) 責任原因
被控訴人らは、本件風害の発生について被控訴人らに責任原因がある旨判示した原判決を批判してるる主張するが失当であり、この点に関する原判決の認定判断は妥当である。
(2) 弁済の抗弁について
被控訴人らが当審で主張する弁済の事実(後記2Ⅲ)は認める。
2 当審における被控訴人らの主張
(一) 責任原因について
(1) 被控訴人らは、本件マンションの計画立案に際し、公法上の規則はもとより、堺市による緑化推進事業に協力して緑化面積を確保するため、建築基準法五九条の総合設計制度を採用し、公開空地の一括指定による隣接公園との一体的利用の確保、歩道状公開空地の確保による敷地周辺道路に高低差を有する歩道の新設、入居数と同数の全面地下駐車場の設置による緑化確保等、開発公園等の設置による敷地面積の一割及び公開空地分三割の合計四割の緑地確保等を行った。
さらに、被控訴人らは、地元住民及び関係行政機関と折衝して本件マンションの最終計画案を確定したものであるが、具体的には、消防当局から各棟それぞれに消防車両の寄り付きスペースを確保するよう要請を受けたり、付近住民の意向を取り入れ、本件マンションの一部階数を変更し、北側公開空地部分を運動公園化し(その結果、控訴人ら建物と本件マンションが近接した。)、開発公園や自主管理公園の設置内容を変更したり、さらには、風対策として、本件マンション壁面のバルコニー設置により剥離流の低減化及び建物周辺手すり部の角部の面落としや、防風林の設置を行い、地元住民と計一三回にわたるマンション建設の説明会を開催しつつ、その後の平成九年二月にはさらなる防風林の追加植栽を実施した。
被控訴人らは、本件マンション計画を営利事業として実施したことは間違いないが、これにより莫大な利益を得たわけでもないし、地元住民の意向を踏まえて計画を変更しており、また、マンション事業自体は地域社会の需要に応じたもので社会的有用性が認められる。
また、本件マンションについて、被控訴人らは、地元住民に対し、工事着手前の説明会、専門家(川村大阪市立大学教授)監修による風環境予測システムによる事前調査、地元自治会、連合会との協定書の締結、着工一年前から二定点での風速・風向観測施設の設置、データの分析結果の地元住民に対する報告、上記三回の説明会等を行っている。
(2) 原判決の全体的な問題点
本件において、本件マンションの建築前後で風速比が一・三倍に増加したとしても、平均風速がその程度増加したのみでは、控訴人ら近隣住民の日常生活上の支障はない。「風害」については、それが強風下に限定されて問題となるいわば非恒常的、非継続的な環境変化であることが重要視されるべきであるが、原判決はこの点について十分な検討を行っていない。
また、控訴人ら地元住民が高風速時に受ける印象は千差万別で客観性に欠ける点があり、被控訴人らは、控訴人らが主張する高風速時の印象については、できるだけ客観的な基準で認定すべきと主張したが、原判決は、殆ど無前提に控訴人らの主観的な感情表現を取り入れ、権利侵害や損害の発生を認定する根拠としている。
本件も損害賠償義務が争われた訴訟である以上、権利侵害や損害の発生の有無についても、損害賠償法理の原則である控えめの認定がなされなければならない。
なお、被控訴人らは、控訴人らが強風が吹いたと主張する日時における気象現象を精査し、当日の最大瞬間風速値等を含めた気象データを提出する等しており、損害の発生の立証は控訴人らに、同損害が本件マンションのビル風によるものでないことの立証は被控訴人らとの本件協定書第六条に関する原審裁判所が示した事実上の見解に沿って立証活動を尽くしてきた。しかるに、原審は、被控訴人側の立証活動を全く無視して、本件マンション建築前後で風速比が一・三倍となったことのみを根拠として、控訴人らの主張を認めたものであり、これは、上記協定書第六条で認められた被控訴人らの立証を一律に許さないという結論と同然であり、極めて不合理である。
以下、原判決における具体的な問題点を指摘する。
(3) 風環境の評価基準の選択及びこれによる評価について
ア 評価基準の選択
本件のような風環境の悪化による権利侵害の有無については、必ずしも社会的普遍性のある判断基準が醸成されるに至っていないから慎重な判断を要する。そして、本件マンション建築により風速の増加があったことから直ちに控訴人らの権利侵害が認定されるものではなく、風工学の知見に基づく環境基準のうちどのようなものを用いて判断するかが大きな問題となる。
この点について、原判決は村上基準を採用したが、同基準は強風領域を評価項目として採用しており、短い観測期間に対して適用すると当該期間における気象条件によって直接影響を受け、観測年ごとに異なった評価結果を招くから、最低一〇年以上の観測データを用い、一年間に平均的に吹く強風の頻度を評価する必要がある。
これに対し、平均風速に関しては年数回の強風の影響が現れにくいから、短い観測期間の風環境評価には、平均風速を基準とした風工学研究所基準が適している。
したがって、本件のような短期間の観測データを適用する際の基準としては、村上基準は不適切であり、風工学研究所基準が採用されるべきである。
イ 上記基準による評価
村上基準と風工学研究所基準のいずれを採用するかは別としても、上記各基準は、住宅地や事務所地として望ましい環境基準は示しているが、同基準をクリアしなければ直ちに控訴人らに対する権利侵害となるはずはなく、望ましい環境か否かを判断する基準とあってはならない環境か否かを判断する基準とは自ずと異なるはずである。
しかし、原判決は、この点に関する明確な判断をすることなく、日最大瞬間風速毎秒一五メートル以上の風の発生頻度が年間二日から二六日に、同風速毎秒二〇メートル以上の風の発生頻度が〇日から六日に増加したことから、控訴人ら建物付近の風環境は、村上基準でレベル四に、風工学研究所基準で領域Cに当たるとして、上記風速毎秒二〇メートル以上の風の増加につき、風台風が二つも近畿圏に上陸した平成一〇年度の特殊な気象条件を一切考慮することもなく、また、風工学研究所基準では事務所地としては許容範囲内であった点も考慮していない。
(4) 権利侵害の存否について
原判決は、六つの点を根拠として控訴人ら主張の権利侵害(違法性)を認めているが、次のとおり失当である。
第一に、風環境基準の判定は、客観的基準により受忍限度を超えるか否かを検討しなければならないのに、原判決は、控訴人らの被害感情という主観的要因を重視して判断している。
第二に、原判決は、本件マンションによるビル風で控訴人らの建物に現実に損害が発生したことを権利侵害の認定根拠とするが、特定できる損害は三つのみであり、そのうち二つは大阪府下で台風等強風が吹いた際のものであるし、残る一つも洗濯干場の波板が一部破損したというものに過ぎず、控訴人らの行為の違法性を根拠づける程度のものではない。
第三に、原判決は、被控訴人らが本件マンションを計画立案する際、控訴人ら建物付近が低層住宅地であったと認識していたことを権利侵害の認定根拠とするが、失当である。むしろ、被控訴人らは、行政法上の規則を遵守して本件マンションの計画立案をしたのであるから、違法性が阻却され不法行為責任を免れるというべきである。
第四に、原判決は、被控訴人らが本件マンションの建築計画を変更して環境悪化を防止する手だてがあったことをも権利侵害の認定根拠とするが、本件マンションが控訴人ら建物に近い敷地南側に寄せて建築される計画となったのは、被控訴人らが、行政機関や地元住民から様々な要望を受けこれを整理したためであり、そのための結果責任を問われることは不当である。
第五に、原判決は、控訴人らが風害によって転居せざるを得なかったことを権利侵害の認定根拠とするが、本件で風害を理由に転居したのは控訴人ら二戸だけであり、このような突出した控訴人らの行動から被控訴人らに違法行為があったとすることは奇異である。
第六に、原判決は、控訴人らは風環境の悪化を危惧しており、これに対し、被控訴人らは環境悪化はなく、仮に風害による損害が発生した場合、被控訴人らにおいて補修や補償をすると度々説明していたことをも根拠として控訴人らによる権利侵害を認定したが、上記事情をもって権利侵害の認定根拠とすることはできない。
(5) 被控訴人らの過失の有無について
ア 原判決は、本件マンションの建築前後で風速の相対倍率が一・三倍となったことを根拠に風速の変化が非常に顕著であるとした上、これを根拠に被控訴人らの過失を認定している。
しかしながら、上記風速比一・三倍は平均風速に対する倍率であり、そのまま高風速で問題となる瞬間風速にはあてはまらず、本件マンション建築前後で瞬間風速は一・二倍となっている。
また、控訴人ら建物について、観測がなされた四年間で吹いた高風速の風は、平成一〇年九月二二日の台風七号以外に日最大瞬間風速が毎秒二五メートルを超えたのは平成八年一二月二二日のみであり、日最大平均風速についても、平成九年一月二日の毎秒七・七メートルが最大であり、台風七号時ですら最大平均風速は毎秒三・三メートルに過ぎない。
イ 原判決は、予め被控訴人らが控訴人らから求められていた風洞実験を行わず、より簡易な風環境予測システムで予測するにとどめ、その結果風環境は悪化しないと判断したことを根拠に、被控訴人らには過失があったと認定する。
しかしながら、本件マンション着工前に、川村教授によって実施された風環境予測システムによる予測は過去の数多くの風洞実験を反映した予測システムであり、簡易な予測方式ではないから、完全に否定されるべきものとはいえない。
また、財団法人日本建築総合試験所西村宏明氏によれば、風洞実験も万能ではなく、特に防風対策に関しては、防風植林の成長過程等模型の精度上の問題と共に、各年の気象条件も予測不可能であるから、実験の目的が達せられるとは限らないとされる。したがって、風洞実験を実施しなかったことをもって、被控訴人らの過失の認定根拠とすることはできないのに、原判決は風洞実験にも限界があることを看過し、同実験を絶対視したものというべきである。
(6) 因果関係の有無について
ア 本件では、控訴人ら建物付近の風速が、本件マンションに起因するビル風によって増加したという因果関係が認められるか否かが問題となる。
この点について、原判決は、専ら本件マンションの建築前後の風速比が一・三であることを根拠に因果関係を認めており、被控訴人らが提出した乙一一、一二の分析結果を尊重せず、また、観測点一と大阪管区気象台のデータを正確に対照していない。また、原判決は、控訴人らに実害が生じた平成一〇年及び一一年は、過去六三年間で一二位ないし一三位に当たる強風が吹いた年であり、他方で、本件マンション建築前の観測数値が同六〇位前後程度のものであったことをも考慮していない点で失当である。
イ さらに問題なのは、控訴人らが風害による実損害が発生したと主張する日時における気象条件に関する原判決の認定判断である。
すなわち、被控訴人らの提出した証拠により、控訴人らが実損害が発生したと主張する上記日時において、大阪府下で台風、突風、低気圧等により大きな損害が生じたことは明らかであるから、上記実損害が本件マンションに起因するビル風によって生じたものとは認め難い。それにもかかわらず、原判決は、上記のとおり風速比が一・三となったことを根拠として因果関係を認定したものであり、かかる認定は、上記風速比が瞬間最大風速ではなく平均風速に関するものであることを看過しており、また、被控訴人らに因果関係に関する反証の機会を認めないのと同じであって不当なものといわざるを得ない。
(二) 損害について
(1) 被控訴人らが控訴人らに支払った一戸当たり七〇万円の金員は、単なる工事迷惑料(通常五ないし一〇万円)を大きく上回る額であり、本件マンション着工前からビル風の発生を強く意識していた控訴人らの行動からすれば、当事者の合理的意思の解釈としても、本件マンションの建築で発生するビル風について金銭的な補償を行う趣旨であったと認定されるべきである。
(2) 当審における控訴人らの主張に対する反論
ア 本件風害による財産的損害に関する控訴人らの主張は不動産鑑定士中井敬和作成の鑑定書(甲八四、八五・以下「中井鑑定」という。)に依拠するものである。
しかし、第一に、A野土地については、住宅用地として売却されているから、本件風環境の変化によっても上記土地は居住可能というべきであって、その意味で風環境の変化による減価は認められないにもかかわらず、中井鑑定は、風環境が正常な場合の土地価格について、売却価格を大幅に上回る額を算定しており不当である。また、原審において提出された鑑定書に記載された土地評価額よりも上記売却価格は低いが、それは、現下の資産デフレに起因するものであって、本件風環境の変化によるものではない。
第二に、中井鑑定は、A野建物について、機能的陳腐化と中古建物の市場性の減退を認定しながら、その経済的耐用年数を三五年、残存期間を一〇年、総合現価率を三二パーセントと評価しているが、木造建物の耐用年数は二五年とみるのが普遍的であり、現価率は〇ないし五パーセントと算定されるべきである。
第三に、中井鑑定は、A野土地について、収益還元法による評価が最も規範性を有するとした上で、収益方法として屋根付き駐車場の利用が最有効使用法と認定して土地価額を算定するが、本件風環境の変化によっても、同土地が居住不可能となったとはいえず、現に宅地として売買されているのであるから、中井鑑定の上記算定は前提を欠くものといわざるを得ない。
また、中井鑑定が、上記収益還元法による評価に際して採用した既設建物解体工事、ガレージ設置工事、防風フェンス設置工事の各見積額は、実際の運用実務から相当かけ離れたものであって是認し難い。
第四に、中井鑑定は、A野土地について取引事例比較法や原価方法による算定もしているが、中井鑑定自身が指摘するとおり、参考資料にすぎないものであって規範性は担保されていない。
そして、B山土地に関する中井鑑定の内容についても、上記と同様の問題点がある。
したがって、中井鑑定に基づいて、控訴人ら主張の損害額を認定することはできない。
イ その他、当審における控訴人らの損害に関する主張についてはいずれも争う。
(三) 弁済の抗弁
被控訴人らは控訴人らに対し、平成一四年一月三一日、原判決認容額である五二七万三五八九円を次のとおり支払った。
(1) 四二〇万円(原判決主文第一項で認容された控訴人一人当たり七〇万円の六人分)
(2) 一〇七万三五八九円(上記(1)に対する平成八年一二月二二日以降平成一四年一月三一日までの年五分の割合による遅延損害金として)
第三争点に対する判断
一 本件の経緯等について
原判決二七頁一三行目の「反証義務」を「立証義務」と改めるほか、原判決二五頁二二行目から同三二頁一九行目までに記載されたとおりであるからこれを引用する。
二 争点(1)(権利義務の有無)について
1 本件マンション建設前後の控訴人ら宅周辺の風環境の変化及びその程度について
上記の点については、次のとおり付加訂正するほか原判決三二頁二二行目から同三八頁九行目までに記載されたとおりであるからこれを引用する。
原判決三三頁二二行目の「基準ということがいえること」を「基準といいうること」と、同三四頁一〇行目の「《証拠省略》によれば、」を「《証拠省略》によれば以下の事実が認められる。」と、同三五頁四行目の「《証拠省略》によれば、」を「《証拠省略》によれば以下の事実が認められる。」と、同二二行目の「早い」を「速い」と、同三六頁一六行目の「(甲第六〇号証)は妥当である」を「(甲第六〇号証)の記載内容は合理的であって十分信用しうるもの」とそれぞれ改める。
2 権利侵害の有無について
(一) 個人がその居住する居宅の内外において良好な風環境等の利益を享受することは、安全かつ平穏な日常生活を送るために不可欠なものであり、法的に保護される人格的利益として十分に尊重されなければならない。
そして、被控訴人らによる本件マンション建築によって控訴人らの上記人格的利益が侵害された場合、それが、控訴人らとの関係において違法な権利侵害と認められれば、被控訴人らは不法行為責任を負うと解すべきところ、違法な権利侵害の有無については、風環境に関する人格的利益が侵害された程度や態様、被害防止に対する関係者の対応や具体的に採られた措置の有無及び内容、効果、近隣の地域環境等の諸般の事情を総合的に考慮して、風害の発生が一般社会生活上受忍すべき限度を超えるものかどうかにより決すべきである。
(二) 以上を前提に検討するに、引用にかかる原判決認定の事実(原判決二五頁二二行目から同三八頁九行目まで)及び《証拠省略》によれば次のとおり認めることができる(なお、後記争点(3)(因果関係の有無)に関する説示のとおり、本件マンションの建設と本件風環境の変化との間に因果関係があると認定しうる。)。
(1) 本件マンション建築による風環境の変化の程度について
控訴人ら宅付近の風環境は、本件マンション建築前、村上基準によればランク二、風工学研究所基準によれば領域Bであったところ、本件マンション建築後、村上基準によればランク三を超えてランク四に、風工学研究所基準によれば領域Dに近接した領域C(ただし、これは累積頻度九五パーセントの風速であって、累積頻度五五パーセントの風速は領域Bである。)となった。
なお、村上基準の調査によると、日最大瞬間風速が毎秒一五メートルを超えた場合、意思通りの歩行は困難となり、風に飛ばされそうになるため外出ができない状態となり、また、室内においても家屋が揺れる等するとされるが、観測点一において毎秒一五メートルを超える風速が出現するのが、本件マンション建設前は年二回であったのに対し、建設後は年二六回と著しく増加しており、また、村上基準によれば、風のために危険を感じるレベルである毎秒二〇メートルを超える風速が出現する頻度が、本件マンション建設前後で年〇回から六回に増加している。
そして、村上基準では、ランク三を最大限のレベルとして想定し同レベルでも厳しい風環境とされるところ、本件で認定されたランク四はそれを超えており、村上基準が想定さえしていない程に風環境が著しく悪化したことが認められる。また、風工学研究所基準においても領域Dに近接した領域Cと認定されており、人が生活する上で好ましくない風環境となったことは明らかである。
この点、被控訴人らは、村上基準の問題点(日最大瞬間風速毎秒二〇メートル以上の許容頻度のパーセント値が極めて低値であること)を指摘し、本件マンション建築後の本件観測データ(観測点一)に対し、たまたま台風等の強風が吹き、気象現象によってランクが上がった可能性がある旨主張する。
確かに、《証拠省略》によれば、年最大平均風速の比較で見る限り、本件マンションの「建設前」、「建設中一」の観測を行った期間と「建設後」の期間とでは、前者が、過去六三年間の内で六〇番前後に位置づけられる強風の吹かなかった年に該当し、後者が一二、三番前後に位置づけられる強風の吹いた年に該当することは認められる。
しかしながら、そもそもランク三でも風環境としては厳しいとされる上、《証拠省略》によれば、堺観測所の平均風速を一とした場合の観測点一の本件マンション建築前後の風向別風速比(堺観測所の平均風速が毎秒三メートル以上の場合)は、約一・三倍になっており、それが強風等自然現象によるものであるなら、近隣に設置された観測点二においても同様の風速比を呈するはずであるが、観測点二における風速比は一倍未満に留まるから、自然現象によって観測点一における風速比が上昇したとは思われない。
上記の点に後記の争点(3)(因果関係の有無)に関する認定判断を併せ考慮すれば、観測点一における観測データに対する村上基準に基づく評価が、台風等の気象現象によって左右されたものであるとはいい難いから、被控訴人らの主張は採用し難い。
そして、一般に、建物に作用する風圧力は風速の二乗に比例するから、上記風速比の上昇(約一・三倍)によって、控訴人ら宅の建物に作用する風圧は一・六九倍になったことが認められ、これは、木造二階建である控訴人ら建物に対して相当な影響を及ぼす程度の風圧といいうる。
(2) 控訴人らが受けた実際の被害について
控訴らは、本件マンションが二〇階まで建築された平成八年一二月ころ以降、①A野宅で強風のため洗濯物干場のプラスティック製波板が一部破損した、②平成一〇年九月には、強風により、B山宅について、屋根瓦の飛散、トタン屋根や雨樋等の破損、数か所の雨漏り等が見られ、A野宅でも屋根瓦が飛散したり建物数か所で雨漏りが発生した、③平成一一年五月に、強風によりB山宅の屋根瓦や二階ベランダの雨戸がはずれた、④上記以外にも、強風のため、洗濯物が飛ぶため外に干せなかったり、不安のため夜眠れず、また、特に風が強い日は建物自体が揺れたり、地響きや爆風音が聞こえる等強風に起因すると認められる被害を現実に受けており、さらに、平成一二年六月ころには、風環境の悪化が原因で、昭和六一年以来居住していた控訴人ら宅を立ち退いて他所へ転居するに至っている。そして、前記認定の風環境の著しい悪化という客観的事情に照らせば、上記の被害や転居等は専ら控訴人らの主観的事情によるものとはいい難い。
以上の点に上記(1)で認定した風環境変化の客観的な程度を併せ考慮すれば、本件マンション建設により、控訴人らが良好な風環境を享受する人格的利益は社会生活上受忍し得ない程度にまで侵害されたことは明らかである。
(3) 近隣の地域環境について
控訴人ら宅は、都市計画法上第二種中高層住居専用地域、第二種高度地域に含まれ、一定の高層住宅が建築されることも予想される地域ではあったが、他方で、本件マンション建築前は、良好な住宅地でほとんどが三階建以下の木造建物であり風環境の変化が建物に対して相当な影響を及ぼすことが十分予想される地域環境にあったといえる。そして、被控訴らもそのことを十分に認識しており、実際、近隣住民に対し、上記の地域環境に配慮した建築計画を行う旨を約束していた。
(4) 被控訴人らの被害防止に向けた対応、具体的な措置の有無や内容、その効果等について
ア さらに、控訴人らを含む近隣住民は、本件マンション建築前から風環境の悪化を危惧し、被控訴人らに対し再三協議を申し入れていたのであるから、被控訴人らとしては、そうした危惧に十分配慮し、風環境の悪化を防ぐため、建築計画の見直しを含めて種々の措置を講じてしかるべきであった。
この点について、被控訴人らは、近隣住民との協議や説明会を繰り返し、住民の意向を相当配慮して本件マンションの建築計画を変更しており、また、住民らの危惧を受けて本件マンション付近に風環境を調査するため風速計及び風向計を二か所に設置して測定を行った上、専門家による風環境予測システムを用いた調査を実施し、その調査結果に基づいた具体的な改善策を明示する等、本件マンション着工に先立って、風害対策について一定の誠意ある対応を採っていたことが認められる。
イ しかしながら、以下検討するように、被控訴人らが採った風害対策をめぐる対応や措置には万全といえない点があったというべきである。
すなわち、被控訴人らは、付近の住民から、本件マンション着工前に、風害発生の有無、程度を予測するため風洞実験を実施するよう要望を受けたが、本件マンション建築によって生じた損害については全て被控訴人らが責任をもって賠償する旨確約して理解を求めた上風洞実験の実施には応じず、より簡易な前記風環境予測システムによる風害の予測調査をした。
近隣住民は被控訴人らに対し、本件マンション着工間もないころ、上記風環境予測システムによる調査結果は、風速比が一・二以上と測定された地域もあり台風等の強風で被害増大が予想されるのに、強風災害的評価がされていない点、本件マンションによる風速増加予測結果について全風向が検討されていない点で問題があるからさらに第三者による調査をするよう要望した。それと共に、周辺住民らは、上記調査結果が提唱する植栽による防風対策は二次的対策で十分とはいえず、本件マンションの高さや周辺住宅との距離等に関する建築計画を検討するよう被控訴人らに求めた。
これに対し、被控訴人らは、植栽により強風時における風速は増大せずかえって低減するから強風災害的評価は不要であり、その他の建築計画の変更等も必要ないと回答した上、近隣自治会との間で、本件マンション建築後に風害が発生した場合は損害賠償をする旨の協定を締結し、建築続行に理解を得ようとした。
その後、被控訴人らは、控訴人ら住民から強風が発生して被害を受けているので協議をして欲しいと申し入れを受けたが応じず、その後設けられた協議の席でも、暴風対策としては植栽の追加を挙げるに留まり、実害が発生した場合に損害賠償する旨を再度約した。
しかしながら、本件マンション竣工後一年以上経過した平成一〇年八月八日、被控訴人らは控訴人ら住民に対して、可能な限り防風林を植栽したが有効な防風効果が得られなかったことを認めた上誤解を与える説明をしてきたことを謝罪し、今後有効な予防策は採れないので風害の直接的影響を受けた住民については金銭的解決をするとの意向を明らかにした。
そして、被控訴人らは、専門企業として設計変更等により風害防止の措置を講じることが可能だったと思われるのに対し、控訴人らには、上記措置を講じる方策はなかったというべきところ、上記のとおり、被控訴人らは、控訴人らから風害発生の危険性やその対策について具体的な問題点を再三指摘され、建築中にも風害発生の苦情を受け善後策について検討を求められていたにもかかわらず、結局は、植栽による防風対策の強調と金銭賠償の約束を繰り返すのみで、建築計画の検討等積極的な対応を採らなかったものであり、しかも、本件マンション完成後に、防風林の植栽が所期の防風効果を有しないことが明らかになったものである。
なお、被控訴人らは、当審で主張するとおり、本件マンションの計画立案に際し、公法上の規則はもとより、堺市による緑化推進事業に協力して緑化面積を確保するため、建築基準法上の総合設計制度を採用した上種々の方策を採っていること、付近住民の意向を採り入れ、本件マンションの一部階数を変更し、北側公開空地部分を運動公園化したこと(その結果、控訴人ら建物と本件マンションが近接した。)、さらに、風対策として、本件マンション壁面のバルコニー設置により剥離流の低減化及び建物周辺手すり部の角部の面落とし等を行ったことは認められ、被控訴人らは周辺地域や住民に対する配慮を相当程度行っていたということはできる。
しかしながら、被控訴人らが行った上記各方策が、本件マンションによって生じる風害に対して抜本的な対策となりうるものであったとはいえず、実際に一定の防止効果があったとは認め難いから、この点を過大に評価することは相当でない。
ウ 上記各点に照らせば、被控訴人らが風害防止のために採った対応や措置は万全なものであったとはいい難く、その結果発生した風害について、控訴人らがこれを社会生活上受忍すべきであるとはいえない。
(5) 以上を総合考慮すれば、控訴人らは、本件マンションによって生じた風害により、一般社会生活上受忍すべき限度を超える程度にまで、良好な風環境を享受する人格的利益が侵害されたものと認められるから、被控訴人らによる本件マンションの設計、建築は、控訴人らに対して違法な権利侵害を行ったものといわざるを得ない。
3 当審における被控訴人らの主張について
(一) 風環境の評価基準の選択について
被控訴人らは、本件のような短期間の観測データに基づいた判断をする場合、強風領域を評価項目として採用する村上基準は当該期間における気象条件によって直接影響を受けやすいから不適切であり、平均風速を評価項目とする風工学研究所基準が採用されるべきであると主張する。
しかしながら、前記認定のとおり、観測点一の本件マンション建築前後の風向別風速比は、約一・三倍になっており、それが強風等自然現象によるものであるなら、近隣に設置された観測点二においても同様の風速比を呈するはずであるが、観測点二における風速比は一倍未満に留まるから、本件における風環境の変化に対する評価が強風等の自然現象によって左右されたとはいい難い。また、本件における村上基準による評価は、本件マンション建設前から建設後の約四年間にわたる観測データに基づいてなされており、短期間の観測に基づくとまでいい得るかも疑問である。
そうとすると、本件において、村上基準に基づいて判断することが不適切とはいい難いから、被控訴人らの主張は採用し難い。
(二) 風環境評価基準による評価について
被控訴人らは、村上基準及び風工学研究所基準は、いずれも住宅地や事務所地として望ましい環境基準は示しているが、同基準をクリアしなければ直ちに控訴人らに対する権利侵害となるはずはないから、控訴人ら宅付近の風環境が、村上基準でレベル四に、風工学研究所基準で領域Cに当たることから直ちに権利侵害があったとはいい難く、また、被控訴人らは、控訴人ら建物付近の風環境の変化は、風工学研究所基準によると事務所地としては許容範囲内のものであった点も考慮されるべきと主張する。
しかしながら、村上基準におけるレベル四の評価が、風環境の著しい悪化を示すものであり、この点に、風工学研究所基準による評価結果、控訴人らが現実に被った被害、周辺の環境等諸般の事情を併せ考慮すれば、控訴人ら宅周辺の風環境変化が受忍限度を超えるものであったことは前記認定に照らして明らかであるから、被控訴人らの主張は採用し難い。
(三) 権利侵害の判断について
(1) 被控訴人らは、本件マンションの建築前後で風速比が一・三倍に増加したとしても、控訴人ら近隣住民の日常生活上の支障はなく、「風害」については、強風下に限定されて問題となるいわば非恒常的、非継続的な環境変化である点が重視されるべきであると主張する。
しかしながら、前記認定のとおり、そもそも風速比が一・三倍になれば風圧は一・六九倍に増加するから、上記風速比の変化自体が日常生活上看過し難いものであることは明らかである。被控訴人らの上記主張は、要するに、個々具体的な強風とそれによって生じる個々の損害を重視して受忍限度を超えるか否かを判断すべきとの趣旨と解されるが、前記のとおり、人が良好な風環境の利益を享受することは、安全かつ平穏な日常生活を送る上で不可欠な人格的利益であって、そのような人格的利益について受忍限度を超える侵害があったか否かは、単に個々の強風とそれによる個別の損害の有無等に留まらず、日常生活上、どの程度の恒常的かつ継続的な風環境の変化があったかを検討した上で判断するのが相当である。
したがって、被控訴人らの上記主張は採用し難い。
(2) 被控訴人らは、風環境の変化に対する評価は、客観的基準により権利侵害の有無や受忍限度を超えるか否かを検討しなければならないから、控訴人らの被害感情という主観的要因を重視して判断すべきではないと主張するが、控訴人らが本件風環境の変化によって被った被害は専ら主観的なものではなく、客観的物理的な風環境の変化に裏付けられたものであったことは前記認定判断のとおりである。
(3) 被控訴人らは、被控訴人らが本件マンションを計画立案する際、行政法上の法規を遵守して本件マンションの計画立案をしたのであるから、違法性が阻却されると主張する。しかしながら、行政法規の遵守は、直ちに被控訴人らの行為について違法性を阻却するものでなく、違法性ないし権利侵害の有無程度を評価する際の一要素に留まることは明らかである。
(4) 被控訴人らは、本件で風害を理由に転居したのは控訴人ら二戸だけであり、このような突出した控訴人らの行動を理由として被控訴人らに権利侵害にあたる違法な行為があったとすることは奇異であると主張するが、この点についても、前記認定のとおり、控訴人らの転居には本件風環境の変化の程度に照らしてやむを得ないものであったというべきであるから失当である。
(5) その他、被控訴人らは、本件マンションの設計建築が控訴人らに対する権利侵害には当たるとした原判決の判断を批判してるる主張するが、前記認定判断のとおりであっていずれも採用し難い。
三 争点(2)(過失の有無)について
1 次のとおり付加訂正するほか原判決四一頁一二行目から同四二頁二四行目までに記載されたとおりであるからこれを引用する。
原判決四一頁二〇行目の「観測」から同二三行目の「以上、」までを削除し、同四二頁八行目から同九行目の「シュミレーションされたにすぎず」を「シミレーションされたものに過ぎず」と改め、同四二頁二四行目末尾に改行の上「以上によれば、被控訴人らには、本件マンションの設計、建設に当たり、控訴人ら主張の過失があったというべきである。」を加える。
2 当審における被控訴人らの主張について
(一) 被控訴人らは、風洞実験は風環境予測のために万全なものとはいえないし、風環境予測システムによる予測も数多くの風洞実験の結果を反映したものであるから完全に否定されるべきものではないとして、被控訴人らが、控訴人らの求めた風洞実験を行わず、風環境予測システムで予測したことを根拠として被控訴人らに過失があったと認定することはできないと主張する。
しかしながら、《証拠省略》によれば、①いわゆるビル風に関する長年の研究の中で、風洞実験による予測方法はほぼ確立したといえること、②風速増加領域を予測する場合、被控訴人らが採用した風環境予測システムは、風洞実験や流体シミレーション等に比較すれば精度が高いといえないこと、③東京都における技術指針では、風害の予測方法として風洞実験が挙げられており、その精度の高さが前提とされていることがそれぞれ認められ、上記によれば、風洞実験は、風環境予測システムに比してより精度が高い手法であったというべきである。
さらに、前記認定のとおり、本件マンション建築に当たっては、控訴人らから、風環境の悪化を懸念して調査結果に対する具体的な問題点も指摘されており、それが不合理なものであったとはいい難い。
以上によれば、被控訴人らとしては、本件マンション建設に際し、風環境予測システムのみならず、控訴人らが要求した風洞実験による調査をも実施すべきであったということができる。
したがって、被控訴人らの主張は採用できない。
(二) その他、被控訴人らは過失の有無についてるる主張するが、前記1の引用にかかる原判決の認定判断のとおりであって、いずれも採用し難い。
四 争点(3)(因果関係の有無)について
1 次のとおり付加訂正するほか原判決四二頁二六行目から同四六頁四行目までに記載されたとおりであるからこれを引用する。
原判決四三頁一行目から四行目までを「上記一で認定した事実によれば、被控訴人らは、控訴人ら宅の風環境が受忍限度を超える程度にまで悪化した場合、それが本件マンション建設によるものでないこと(因果関係の不存在)を立証する責任を負うものと認められる。」と、同一八行目の「上記二(2)イのとおり、」から同二二行目の「増強しているのであるから」までを「《証拠省略》によれば、堺観測所の平均風速を一とした場合の観測点一の本件マンション建築前後の風向別風速比は、約一・三倍にもなっていることが認められ、同比率の大きさに照らしてもそれが専ら気象現象に起因するものとはいい難いから」と、同四五頁二五行目を「、仮に、台風等の自然現象によって本件マンション付近の風速が増強されたのであれば、観測点一のみならず観測点二についても上記同様の風速比となるはずであるが、観測点二の風速比は前記認定のとおり一未満に留まること等を考慮すると、上記」とそれぞれ改める。
2 当審における被控訴人らの主張について
被控訴人らは、因果関係の有無についてもるる主張するが、前記のとおり、被控訴人らは、控訴人らの損害が本件マンション建築によるものでないことを立証すべき責任を負うところ、本件全証拠によるも上記の点について立証されたとは認め難く、その他、前記認定の各事実、上記1の引用にかかる原判決の認定判断に照らしても、控訴人らの損害と本件マンション建築との間に因果関係は認められるというべきであるから、この点に関する被控訴人らの主張は採用できない。
五 争点(4)(損害及び損害額)について
1 慰謝料
以上によれば、控訴人らは、当時居住していた居宅周辺の風環境が受忍限度を超えて悪化したことにより精神的苦痛を被ったことが認められる。
そして、前記認定の各事実によると、①本件マンション建築後、村上基準にいうレベル二の日数が年間二日から二六日に、住宅地としては許容されないレベル三の日数が年間〇日から六日に増加しており、総合的には村上基準が想定しないレベル四に達するなど風環境が著しく悪化したこと、②控訴人らは、平成八年秋、遅くとも平成八年一二月二二日以降、強風が吹く度に相当な不安感を抱いて生活しており、そのような状態が転居した平成一四年までの約六年間にわたり継続したこと、③実際に控訴人ら建物には強風による物理的被害が発生していること(ただし、平成一〇年九月二二日の台風七号による被害については、被控訴人丸紅において補修済み)、④控訴人らは、結果的に、風環境の悪化から逃れるため長年住み慣れた居宅からの転居をせざるを得なかったこと、⑤被控訴人らが、本件マンション建設前から竣工後までの間に、風害防止のために採った措置や対応が必ずしも十分なものではなかったことが認められる。
上記各点及び本件にあらわれた一切の事情を総合すれば、控訴人ら宅が、都市計画法上、第二種中高層住居専用地域(建ぺい率六〇パーセント、容積率二〇〇パーセント)、第二種高度地域に含まれていること、被控訴人らにおいても、近隣住民の意向を聴取したり協議会を開催したり、専門家による風害に関する調査をする等風害防止に向けた一定の努力が見られること等、被控訴人らに有利に斟酌すべき事情を十分考慮しても、控訴人らが本件マンション建設による風環境悪化によって被った精神的苦痛に対する慰謝料としては、控訴人ら各自につき一〇〇万円が相当というべきである。
2 財産的損害
(一) 控訴人らは、本件マンションによる風環境の変化によって控訴人ら宅の不動産価値は無価値になったと主張して、控訴人ら宅の不動産価格全額を財産的損害として請求するが、上記主張事実が認められないことは証拠上明らかである。
他方で、被控訴人らは、本件で控訴人ら宅の各不動産について何らかの損害が発生したことが認められるとしても、それは建物部分に限られ、土地については価格下落等の具体的な損害は発生しておらず、このことは、A野土地及びB山土地(以下併せて「控訴人ら土地」ということがある。)が住宅用地として売却されており、風環境の変化後も居住可能な土地であると認められることからも明らかであると主張する。
しかしながら、前記各事実によれば、控訴人ら宅周辺の風環境の悪化には著しいものがあり、これによって控訴人らに現実に生じた被害にも看過し難いものがあること、上記風環境やこれによる生活被害は本件マンションが存在する限り長期間継続すると思われるところ、控訴人ら宅は本件マンションから約二〇メートルと至近距離に存在することが認められる。そして、控訴人ら土地は住宅地であるから、住宅周囲における風環境の悪化が継続する場合、建物のみならずその敷地の価格が下落するのが自然というべきであり、控訴人ら土地が宅地として売却されたからといって、直ちに、風環境の変化による価格下落がないとはいい難いから被控訴人らの主張は採用し難い。
(二) そこで、進んで本件マンション建築によって、控訴人ら宅の不動産価格がどの程度下落したか検討する。
(1) まず、《証拠省略》によれば、本件マンション建築による風環境の変化がなかった場合における平成一四年六月時点でのA野土地及びB山土地の価格は、それぞれ一七四六万円及び一六三一万円であると認定することができ、同認定を覆す証拠はない。
次に、平成一四年六月時点における、控訴人ら建物の風環境の変化が存在しなかった場合の価格について検討するに、《証拠省略》によれば以下のとおり認定しうる。
A野建物は、昭和五二年四月に新築された木造瓦葺二階建のべ床面積七二・二二平方メートルの居宅であり、B山建物は、昭和五二年八月に新築された木造瓦葺二階建のべ床面積八一・五四平方メートルの居宅であり、その一平方メートル当たりの建築費は一六万五〇〇〇円と認められる。そして、木造建物の一般的な経済的耐用年数は二五年とされるが、A野建物及びB山建物については三〇年と認めるのが相当というべきである。
上記を前提に算定すると、平成一四年六月一〇日時点において(経済的耐用残年数五年)、風環境の悪化がなかった場合のA野建物及びB山建物の価格は、それぞれ198万6050円(16万5000円×72.22×5/30),224万2350円(16万5000円×81.54×5/30)となる。
以上によれば、平成一四年六月時点における、風環境の悪化がなかった場合におけるA野宅及びB山宅の不動産価格は、それぞれ、一九四四万六〇五〇円、一八五五万二三五〇円と算定される。
(2) 風環境の変化が生じた状態でのA野宅及びB山宅の土地建物の価格について、控訴人らは、中井鑑定(甲八四、八五)が採用する取引事例比較法、収益還元法、原価法の三つの価格算定方式のうち、収益還元法が最も規範性が高いとし、これに基づいて上記価格を算定するべきであると主張する。
ところで、中井鑑定が採用する収益還元法は、控訴人ら土地が居住に適さない風環境下に存在するため、居住用建物としての賃貸を想定することが現実的でないとして、土地の最有効使用方法を風環境に耐えうる駐車場設備を備えた駐車場であると判断し、これを前提に収益を検討するものである。しかしながら、控訴人ら宅周辺の風環境が、前記認定のとおり相当程度悪化したとしても、それが居住を不可能ならしめ、最有効使用方法が宅地ではなく駐車場であることは、中井鑑定によっても直ちには認め難く、その他にこれを認定しうる的確な証拠もない。
したがって、中井鑑定の収益還元法を採用することはできないといわざるを得ない。
(3) そもそも、風環境の悪化によりどの程度不動産価格が低下するかについて鑑定例や専門家の確たる知見があるとは証拠上認められず、上記各手法の判断の合理性には疑問があるといわざるを得ない。
そこで検討するに、本件では控訴人ら宅が平成一四年六月に売却されており、その価格は、A野宅が一一四六万六五〇〇円、B山宅が一〇七一万円であること、中井鑑定の取引事例比較法による試算価格は、A野宅が一一四六万六五〇〇円、B山宅が一〇七一万円であること、他方で、バブル経済崩壊後の土地価格の下落傾向が続く等(顕著)、風環境の変化以外にも重要な価格下落要因が存在することがそれぞれ認められる。
以上の点を踏まえ、本件で現れた一切の事情を総合すれば、本件マンションによって生じた風環境の変化により、平成一四年六月時点における控訴人ら宅の不動産価格は、A野宅について五六〇万円、B山宅について五五〇万円下落した(いずれも、上記(1)の風環境の変化がなかった場合の各宅の不動産価格から実際の売却価格をそれぞれ差引いた各額につき、上記風環境の変化以外の価格下落要因をほぼ三割と見てこれを控除したもの)と認めるのが相当であり、上記各不動産を所有する控訴人A野太郎ら及び控訴人B山竹夫は、それぞれ上記下落額に相当する財産的損害を被ったというべきである。
(4) 次に、控訴人A野太郎は、平成一四年六月一〇日までの間に、本件風環境の変化によりA野建物に損傷が生じこれを補修するため、控訴A野太郎が四万五〇〇〇円を負担したことが認められるから、上記補修代金相当額についても損害賠償を請求し得る。
また、控訴人B山竹夫は、風環境の変化によりB山宅から転居せざるを得なくなったから、同転居に要した引越費用(《証拠省略》によれば、七万円と認められる。)についても損害賠償を請求しうるというべきである。
(5) なお、控訴人らは、財産的損害について、前記のとおり予備的請求(第一次ないし第三次)をするが、以上のとおり、主位的請求が認められるべきであり、また、上記各予備的請求にかかる損害及び損害額を認めうる的確な証拠はない。
3 その他の、当審における訴え変更後の控訴人らの損害額に関する主張について
(一) 控訴人らは、本件のように専門性の高い訴訟を遂行する上で、専門家の協力は不可欠であり、専門家費用は被控訴人らの不法行為と相当因果関係がある損害というべきであると主張するが、本件事案の内容や上記損害の認定等に鑑みれば採用し難い。
(二) 控訴人らは、控訴人ら宅を売却したことにより必要となった不動産売買仲介手数料、登記手続費用等についても、被控訴人らの不法行為と相当因果関係がある損害と主張するが、前記認定の各事実に照らし、被控訴人らの不法行為によって控訴人ら宅を売却せざるを得なかったとまでは認め難いから、控訴人らの主張は採用し難い。
4 被控訴人らが控訴人らに対して支払った金員(一人当たり七〇万円)の趣旨について
被控訴人らは、控訴人らに対して支払った一戸当たり七〇万円の金員は、単なる工事迷惑料(通常五ないし一〇万円)を大きく上回る額であり、本件マンション着工前からビル風の発生を強く意識していた控訴人らの行動からすれば、当事者の合理的意思の解釈としても、本件マンションの建築で発生するビル風による影響にかかる補償を行う趣旨であったと認定されるべきと主張する。
そこで検討するに、前記認定によれば、被控訴人らは控訴人らに対し、平成七年一二月ころ、一戸当たり七〇万円を支払ったことが認められる。
しかしながら、領収書(甲一一)には、本件建築工事に伴う「振動・騒音・塵埃飛散等に対する」「補償金として」と明記されており、風環境の変化による損害賠償については何ら記載がない。また、被控訴人らが主張するとおり、近隣住民に対する分配金の額に差があることは認められるが、本件建築工事の振動、騒音等による影響は各住民の居宅と本件マンションとの距離等に応じて異なるから、上記金額の差異が存在することをもって、ただちに金員交付の趣旨が被控訴人ら主張のとおりであったとはいえない。そして、控訴人らは、当時、ビル風を非常に危惧して被控訴人らと交渉を継続しており、ビル風に関する賠償金の趣旨で上記金員を受領したとは考えにくい。
以上によれば、上記七〇万円は、本件建築工事に伴ういわゆる迷惑料の趣旨で支払われたものと解すべきであって、風環境の変化による損害賠償をする趣旨とは到底いえないから、被控訴人らの主張には理由がない。
5 弁護士費用
以上認定の各損害総額、本件訴訟の難易、訴訟遂行の経緯その他一切の事情を総合すると、控訴人らの弁護士費用は以下(ゴシック体で表記)のとおりとなる。
(一) 控訴人A野太郎
(1) 慰謝料 一〇〇万円
(2) 財産的損害
ア 不動産価格下落分 三三六万円(持分五分の三)
イ 波板補修費用相当分 四万五〇〇〇円
(3) 小計 四四〇万五〇〇〇円
(4) 弁護士費用 五〇万円
(5) 合計 四九〇万五〇〇〇円
(二) 控訴人A野松夫
(1) 慰謝料 一〇〇万円
(2) 財産的損害(不動産価格下落分) 二二四万円(持分五分の二)
(3) 小計 三二四万円
(4) 弁護士費用 四〇万円
(5) 合計 三六四万円
(三) 控訴人A野花子
(1) 慰謝料 一〇〇万円
(2) 弁護士費用 一〇万円
(3) 合計 一一〇万円
(四) 控訴人B山竹夫
(1) 慰謝料 一〇〇万円
(2) 財産的損害
ア 不動産価格下落分 五五〇万円
イ 引越費用相当分 七万円
(3) 小計 六五七万円
(4) 弁護士費用 七〇万円
(5) 合計 七二七万円
(五) 控訴人B山梅子
(1) 慰謝料 一〇〇万円
(2) 弁護士費用 一〇万円
(3) 合計 一一〇万円
(六) 控訴人B山春夫
(1) 慰謝料 一〇〇万円
(2) 弁護士費用 一〇万円
(3) 合計 一一〇万円
6 弁済
被控訴人らが控訴人らに対し、平成一四年一月三一日、原判決認容額である五二七万三五八九円について、次のとおり弁済した事実については当事者間に争いがない。
(一) 四二〇万円(原判決主文第一項で認容された控訴人一人当たり七〇万円の六人分)
(二) 一〇七万三五八九円(上記(一)に対する平成八年一二月二二日以降平成一四年一月三一日までの年五分の割合による遅延損害金として)
7 損害額の小括
以上を前提に算定すると、控訴人A野太郎については四二〇万五〇〇〇円、同A野松夫については二九四万円、同B山竹夫については六五七万円、同A野花子、同B山梅子及び同B山春夫については各四〇万円及び上記各金員に対する平成八年一二月二二日(前記認定事実によれば被控訴人らの不法行為開始日と認められる。)以降支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金が損害額の合計となる。
六 まとめ
上記認定のとおり、本件マンションの設計、建築等により、控訴人らの権利(人格的利益)が侵害され損害が発生したことが認められ、被控訴人丸紅は、本件マンションの事業主であり、被控訴人竹中工務店及び被控訴人都市建は、共同して本件マンションを設計し(前者は施工者でもある。)、被控訴人丸紅と共に控訴人ら住民に対する説明会に関与する等しており、民法七一九条一項本文にいう共同の不法行為によって他人に損害を与えた者と認めることができるから、連帯して、控訴人らに対し、上記認定の損害について賠償すべき義務を負うというべきである。
第四結論
以上によれば、控訴人らの本件請求は主文の限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却すべきである。よって、以上と一部異なる原判決は一部理由がないから主文のとおり変更し、本件附帯控訴は理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 武田多喜子 裁判官 山下満 青沼潔)