大判例

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大阪高等裁判所 平成14年(ネ)1353号 判決 2002年10月31日

控訴人 ○○株式会社

同代表者代表取締役 X

同訴訟代理人弁護士

井上愛朗

飯田耕一郎

被控訴人株式会社日本興業銀行及び同株式会社富士銀行訴訟承継人

株式会社みずほ銀行

同代表者代表取締役

工藤正

同訴訟代理人弁護士

鈴木秋夫

浅井隆彦

被控訴人

株式会社あおぞら銀行

同代表者代表取締役

丸山博

同訴訟代理人弁護士

守山孝三

被控訴人

株式会社新生銀行

同代表者代表取締役

八城政基

同代理人支配人

常峰仁

同訴訟代理人弁護士

松本好史

被控訴人

株式会社大和銀行

同代表者代表取締役

勝田泰久

同訴訟代理人弁護士

待場豊

被控訴人

中央三井信託銀行株式会社

同代表者代表取締役

古沢熙一郎

同代理人支配人

筧正澄

同訴訟代理人弁護士

奥田孝雄

被控訴人

みずほアセット信託銀行株式会社

(旧商号・安田信託銀行株式会社)

同代表者代表取締役

衛藤博啓

同代理人支配人

安達義二郎

同訴訟代理人弁護士

岡本正治

宇仁美咲

被控訴人

富士火災海上保険株式会社

同代表者代表取締役

石塚銃男

同訴訟代理人弁護士

原戸稲男

主文

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1  申立て

1  原判決を取り消す。

2  神戸地方裁判所伊丹支部平成一二年(ケ)第二三三号不動産競売事件について、執行裁判所が平成一三年一一月二七日に作成した原判決別紙配当表のうち、順位番号2の控訴人及び被控訴人らに対する各配当額を、それぞれ原判決別紙配当異議申出書(写し)の「(配当異議の内容)」に記載のとおり変更する。

第2  事案の概要

1  事案の概要は、次のとおり付加、訂正し、次項に控訴人の主張を付加するほか、原判決の「事実及び理由」中の「第2 事案の概要」に記載のとおりであるから、これを引用する。

(1)  原判決二頁一四行目の「被告あおぞら銀行」の次に「(当時の商号・株式会社日本債券信用銀行)」を、同頁一五行目の「被告新生銀行」の次に「(当時の商号・株式会社日本長期信用銀行)」を、同頁一八行目の「被告中央三井信託銀行」の次に「(当時の商号・中央信託銀行株式会社)」を、それぞれ加え、同頁一九行目の「被告安田信託銀行」を「被控訴人みずほアセット信託銀行(当時の商号・安田信託銀行)」と改める。

(2)  同三頁一二行目の「被告安田信託銀行」を「被控訴人みずほアセット信託銀行」と改め、同頁一九行目の「配当異議申出書」の次に「(写し)」を加える。

2  当審における控訴人の付加主張

控訴人は、本件の競売申立てをするに当たり、複数の根抵当権者が同じ第一順位の根抵当権を有するため、自己への配当見込額が不動産売却見込額の一部に限定されることから、申立書に記載する請求債権額(被担保債権額)としては、実体法上認められる債権の一部に限定して競売の申立てをしたものである。このような場合、第一順位の根抵当権者らに配当される金額のあん分計算をするに当たっては、控訴人についても他の同順位の根抵当権者と同様に、請求債権額ではなく、債権計算書によって明らかとなった実体的債権額を基礎として計算をすべきである。あるいは、あん分計算の基礎となる請求債権としては、債権計算書により実体的債権額までその拡張を認めるべきである。ただし、いずれの場合も、配当を受けられる上限は申立時の請求債権額を限度とする。以下、その理由を述べる。

(1)  まず、上記のように解さないと、申立債権者と同順位の債権者がいる場合、不動産の売却見込額からすると、到底債権額全額の配当を受けることは無理であり、配当段階であん分計算が行われることが確実であっても、常に自己の有する債権額全額を請求債権として不動産競売の申立てをしなければならないことになるが、不動産の登録免許税は請求債権額によって決まるので(登録免許税法二条・九条、別表第一の一(五))、それだけの配当が受けられないことが分かっていながら、高額の登録免許税を納めなければならず、不当である。申立債権者が競売対象不動産の売却見込額や他の債権者の債権額を考慮に入れて、自己に対する配当が予想される金額をもって請求債権とすることは、経済合理性の観点から当然のことであり、是認されるべきである。

(2)  仮に、一般的に上記のように解することができないとしても、本件においては、特別の事情があり、上記のように解すべきである。すなわち、本件においては、第一順位の根抵当権者及び他の担保権者間で、何度も協定書や合意書が取り交わされており、最終的な合意文書である平成一〇年六月三〇日付け「担保に関する協定書」(甲22の1)において、抵当権設定登記の有無にかかわらず、各債権者の順位と極度額又は債権額につき合意をし、競売手続等で配当金等を受領したときは、その合意に基づいて清算する約定になっているのであるから、これと異なる配当をすることは不合理、不公平である。

また、控訴人が幸和不動産に対し六三億円余の債権を有していることは、原判決も認定するところであり、申立時に請求債権を八億円に限定したために、本来受けられるべき配当金が約三億円減少するということは、経済合理性の観点に則って行動し、不動産競売申立ての労をとり、登録免許税等の手続費用の資金負担をした控訴人の犠牲の下に、他の根抵当権者である被控訴人らが偶発的に利益を得ることになり、不公平、不合理であることは明らかである。

第3  当裁判所の判断

1  当裁判所も、控訴人の請求は理由がなく、棄却すべきものと判断する。その理由は、次項に理由を補足するほか、原判決の「事実及び理由」中の「第3 争点に対する判断」に記載のとおりであるから、これを引用する。

ただし、原判決五頁一二行目から一三行目にかけての「請求債権を拡張する場合を除き、」を削り、同六頁一八行目の「個別の論点」から同頁一九行目の「ところ」までを「論点について判示したものであり」と改める。

2  控訴人の当審における主張に鑑み、以下のとおり理由を補足する。

(1)  民事執行の申立ての際、債権者が自己の債権額の一部に限定して申立てをしておきながら、配当段階で債権額を拡張するいわゆる請求債権の拡張は、許されないと解されている。それは、請求債権が限定されていることを前提として行動した他の債権者らの信頼を裏切り、信義誠実や禁反言の原則に反すること、配当段階で請求の拡張を認めると、超過売却の判断が違ったものとなる可能性があり、期日の取消し、手続の後戻りなどが生じ、手続の安定を害すること、登録免許税を安くするためにこうした申立てがされるおそれがあることなどを理由とする。

(2)  ところで、本件で控訴人が求めているのは、上記のいわゆる請求債権の拡張とは異なり、同順位の(根)抵当権者間でのあん分計算の基礎となる債権額につき、実体的債権額によるべきであるというものであり、受けるべき配当額の拡張を求めるものではない。例えば、A、B、C、Dがそれぞれ一〇億円の債権を有し、A、B、Cが同順位の抵当権者、Dが一般債権者である場合、Aが五億円を請求債権として不動産競売の申立てをし、不動産の売却価格が三〇億円であったとすると、配当は、Aが五億円、B、Cが各一〇億円、Dが五億円となる(手続費用等は考慮外とする。)。これにつき、配当段階でAが一〇億円まで請求債権を拡張すると、Aは一〇億円の配当を受けることができるが、他方、Dの配当がないことになり、請求債権が五億円であると信頼して行動したDの利益を害することになるし、超過売却の判断も違ったものになる可能性があり、こうした請求債権の拡張は許されない。これに対し、控訴人の上記見解は、Aが配当を受ける上限は、申立時の請求債権の五億円であり、それを拡張することはできないので、Dの利益を害することにならないし、上記設例で、不動産売却価格が一五億円であったとすると、従来の考え方であれば、配当額は、Aが三億円、B、Cが各六億円であるところ、控訴人の見解は、あん分の計算の基礎となる債権額はAについても一〇億円と考え、配当はA、B、Cとも五億円になる、というものである。

(3)  上記見解は、請求債権の拡張は認められないとされる理由のうち、配当の上限額は変わらないので、超過売却の判断が後に異なることにはならず、仮に、他の債権者らが、申立時の請求債権が配当の上限を意味するものであり、あん分計算の基礎となる債権額は別であるという認識を有しているのであれば、他の債権者らの期待を裏切ることにもならない。競売申立時に必要とされる登録免許税の額を抑えて、かつ、希望する配当額は受けることができるという意味で、新しい一つの見解であるということはいえよう。

(4)  しかしながら、控訴人の上記見解は採用することができない。以下、その理由を述べる。

ア  まず、民事執行法、同規則において、控訴人の上記見解のように、「配当の上限としての請求債権」と「あん分計算の基礎となる請求債権」とを区別する考え方は全く採られていない。すなわち、民事執行規則一七〇条は、担保権の実行としての競売等の申立てをするにつき、申立書に、担保権及び被担保債権の表示(二号)、被担保債権の一部について担保権の実行又は行使をするときは、その旨及びその範囲(四号)を記載しなければならないものとしており、申立書に記載する請求債権(被担保債権)は、当該民事執行手続において、申立債権者が権利行使をする債権の趣旨で規定されているのであり、配当の上限額にすぎないものと解することはできない。

イ  さらに、本件の不動産競売申立書(甲1)を見ても、「被担保債権及び請求債権」として、「金八億円 但し、債権者(控訴人)が債務者(幸和不動産)に対して有する下記債権のうち、下記記載の順序にしたがい上記金額(八億円)に満つるまで。」と記載があり、それに続けて控訴人が幸和不動産に対して有する各債権の順位が付されているものであって、通常の一部請求による競売申立ての記載と異なるところはない。その申立書からは、上記被担保債権及び請求債権が配当を受ける上限額の意味であり、同順位根抵当権者間におけるあん分計算の基礎となる債権としては、被担保債権全額である、あるいは配分段階でそこまで拡張できるという趣旨であると解することはできない。

ウ  また、本件競売手続に参加する債権者らにおいて、本件の不動産競売申立書に記載された被担保債権及び請求債権が配当を受ける上限額の意味であると理解することは、従来の執行実務の観点からも、申立書の記載からも無理なことであり、配当段階で、根抵当権者間のあん分計算の基礎となる控訴人の債権額として、当然にあるいは拡張によって、実体的債権額とすることは、他の債権者らの期待を裏切ることにもなる(同順位の債権者らも、競売手続で満足が見込めない部分は、他の債権回収手段を検討する必要があり、控訴人のあん分計算の基礎となる債権額が拡張されると、配当見込額も違ったものになる。)。

エ  控訴人は、金銭債権のうちの一部が訴訟上請求されているいわゆる一部請求の事案における最高裁判所(最高裁昭和四八年四月五日判決・民集二七巻三号四一九頁、同平成六年一一月二二日判決・民集四八巻七号一三五五頁)を根拠として上げるが、民事執行手続は、多数の利害関係人が存在し、手続が積み重なっていくものであり、明確性が要求されるのであって、訴訟上の一部請求と同列に論じることができるものではない。

オ  申立債権者が競売開始決定後に被担保債権の全部について権利を行使したいと考えた場合には、二重開始決定を求めれば目的を達するのであるから、そうした手続をしない申立債権者に対し、あん分計算の基礎となる債権額につき、被担保債権全額であると認める、あるいはその拡張を認める必要があるとは解されない。

カ  控訴人は、請求債権全額の配当が受けられないことが分かっていながら、高額の登録免許税を納めなければならないのは不当である旨を主張するが、登録免許税等の手続費用は、最優先で配当を受けることができるものであることからすると、控訴人の主張する見解を採る必要性があるとは解されない(不動産競売申立てにおける登録免許税につき、請求債権を課税標準としていることやその額が高すぎるというのは、立法政策の問題であるといえる。)。

(5)  また、控訴人は、本件においては、控訴人の上記見解を採用すべき特別な事情がある旨を主張するので、更にこの点を検討する。

控訴人は、第一順位の根抵当権者ら及び他の担保権者との間で、各(根)抵当権者の順位と極度額又は債権額につき合意をし、競売手続等で配当金等を受領したときは、その合意に基づいて清算する約定になっているのであるから、これと異なる配当をすることは不合理、不公平であると主張する。しかし、民事執行法は、配当期日にすべての債権者間で合意が成立しない限り、法律の規定に基づいて配当をすることが定められているのであり(民事執行法一八八条、八五条五項)、たとえ債権者間で民事執行手続外で法律の定めと異なる合意が成立していたとしても、執行裁判所としては、配当期日にすべての債権者間で合意が成立しない限り、法律の定めに従って配当をするほかはない。仮に控訴人が主張するような合意が成立しているのであれば、控訴人としては、民事執行手続外で、しかるべき請求をする以外にはない。

また、控訴人は、控訴人の犠牲の下に、被控訴人らが偶発的に利益を得ることが不公平、不合理である旨を主張するが、いかなる債権に基づいて競売の申立てをするかは、申立債権者に委ねられているのであり、被担保債権の一部に限定して申立てをした以上、上記結論はやむを得ないものである。

3  よって、控訴人の請求を棄却した原判決は正当であるから、本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官・太田幸夫、裁判官・川谷道郎、裁判官・大島眞一)

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