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大阪高等裁判所 平成14年(ネ)1837号 判決 2003年1月28日

控訴人(第1審原告)

小林製袋産業株式会社

訴訟代理人弁護士

仲田晋

野澤裕昭

宮坂浩

被控訴人(第1審被告)

株式会社星野洋紙店

訴訟代理人弁護士

渡辺隆夫

補佐人弁理士

近藤彰

被控訴人(第1審被告)

株式会社昭和精密製袋機製作所

訴訟代理人弁護士

山上和則

主文

1  本件控訴をいずれも棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1控訴の趣旨等

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人らは,控訴人に対し,連帯して1208万4450円及びこれに対する被控訴人株式会社星野洋紙店(以下「被控訴人星野洋紙店」という。)につき平成10年7月12日から,被控訴人株式会社昭和精密製袋機製作所(以下「被控訴人昭和精密」という。)につき同月14日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  被控訴人星野洋紙店は,原判決添付別紙目録1記載のもも用果実袋を製造する製袋機を用いてもも用果実袋を製造,販売してはならない。

4  被控訴人星野洋紙店は,前項の製袋機及び同製袋機を使って製造されたもも用果実袋を廃棄せよ。

5  被控訴人昭和精密は,第3項のもも用果実袋を製造する製袋機を製造してはならない。

6  被控訴人昭和精密は,第3項のもも用果実袋を製造する製袋機の設計図及び仕様書を廃棄せよ。

7  仮執行宣言

第2事案の概要

事案の概要は,原判決4頁7行目の「平成3年2月」を「平成3年4月17日」と改め,同10行目の「納入した」の次に「(丙10)」を加えるほかは,原判決「事実及び理由」の「第2 事案の概要」(2頁15行目から7頁12行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。なお,以下の略称については,原判決のそれによる。

第3争点に関する当事者の主張

争点に関する当事者の主張は,次のとおり当審における補充主張を付加するほかは,原判決「事実及び理由」中の「第3 争点に関する原告の主張」(7頁14行目から21頁7行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。

1  争点(2)イ(秘密管理性)について

(控訴人の主張)

(1) 控訴人と被控訴人昭和精密との間では,秘密保持に関する文書は存在しないが,口頭で次のような内容の秘密保持協定を結んでいる。すなわち,①製袋機のノウハウは控訴人が保有する,②被控訴人昭和精密は,控訴人に納入した製袋機と同一の製袋機を控訴人以外の第三者に販売しない,③被控訴人昭和精密は,製袋機の製作の過程で知り得た製袋機に関する控訴人のノウハウを第三者に漏洩しないというものである。

契約書を作らなかった理由は,控訴人が製袋機のメーカーを被控訴人昭和精密1社に絞る中で,控訴人と被控訴人昭和精密との信頼関係に基づいて上記協定が維持されてきていたためである。この秘密保持協定の存在については,被控訴人昭和精密の先代社長であるDも当然認識していた。

(2) 本件のような特殊な製袋機については,同じものを競業他社に販売しないことこそが控訴人の営業秘密を保持する上で重要であり,これを商道徳に基づくものと単純に片付けることはできない。すなわち,本件ノウハウは,個々の技術情報ばかりでなく,製造工程全体が重要なノウハウとして保護されているのであり,どの部分が控訴人のノウハウであるかについて具体的範囲を特定するまでもなく,本件製袋機を販売しないことによって本件ノウハウの秘密は保持されるのである。

また,控訴人は,被控訴人昭和精密に本件製袋機の製作を発注した際に,本件製袋機の製作期間中,他社の関係者に見られないような措置を特別に講じさせたわけではないが,もともと被控訴人昭和精密の工場では,競業他社の関係者に本件製袋機の製作現場を見せないことが当然のこととされていた。

(3) また,本件ノウハウは,例えば顧客名簿のように誰が見てもそれが何であるか明確なものと異なり,機械について知識のある者でなければ,それがどのような技術情報に基づくものか判断することはできず,したがって,本件ノウハウについての秘密管理体制(具体的には以下のとおりである。)は,顧客名簿などの場合とはおのずと異なっている。

ア 控訴人の社内においては,営業上の情報と技術上の情報とはおのずと峻別されており,製袋機の技術上の情報については,生産部が管理していた。そして,本件製袋機を含めてすべての製袋機が控訴人会社の手で改造を加えられ,完成された製袋機となっているのであるが,個々の改造点ばかりでなく製袋機の製造工程自体が重要な技術情報として管理されていた。また,本件製袋機を含めて製袋機を改造する場合には,機械について知識を有する生産部が行うが,実際に改造に携わる生産部従業員は,係長以上の管理職に限られ,生産部部長が統括し,改造内容については,実際に改造に携わった従業員及び生産部内において秘密厳守が徹底されている。

イ 控訴人は,就業規則(甲37)の21条1号において,「自己の所管の有無に関係なく,会社の業務上の機密事項を他にもらさない。」との守秘義務を控訴人の従業員に課しており,業務上の重大な秘密を外部に漏らそうとした従業員について懲戒解雇の対象としている(就業規則81条5号)。

ウ 控訴人の工場の見学者についても,許可する対象は,控訴人の顧客で控訴人の営業担当者が知悉している者が引率する農協の関係者及び農業従事者,そして小中学生に限定されており,競業者や機械関係者が見学する可能性はない。また,製袋機の周囲に記された白線は,製袋機に近づけないことを目的としており,これが重要な意味を持っている。

エ 控訴人の工場内においては,本件製袋機の設置場所について,他の製袋機と区別して特別に区切ったりしていなかったことは事実であるが,これは本件製袋機ばかりでなく,控訴人の有する製袋機すべてが控訴人のノウハウを有する秘密の対象と考えており,したがって峻別していなかったためである。

オ 乾光精機との間では,秘密保持契約が締結されている。

以上からすれば,本件ノウハウについて秘密管理性が認められ,本件ノウハウは不正競争防止法2条4項にいう「営業秘密」に該当する。

(被控訴人星野洋紙店の主張)

(1) 控訴人の主張する「口頭の秘密保持協定」は,内容そのものが,無限定・無内容であって,秘密保持協定といえないものである。すなわち,①控訴人が保有するという当該ノウハウの具体的内容が特定されておらず,②被控訴人昭和精密が控訴人以外の第三者に販売しないという同一の機械が,全く同一のものをいうのか,一部異なれば販売できるのか,どの程度異なればよいのかについて特定されず,特定方法さえも明らかでなく,③製作の過程で知り得たノウハウの特定方法も明らかでない。

このことは,そもそも口頭の約束それ自体が存在しないことを示している。

また,仮に控訴人主張の口頭の秘密保持協定があったというのであれば,被控訴人昭和精密が丙13,14の3のようなカタログを製作し発行することはあり得ない。

(2) 控訴人は,公知技術情報と秘密として管理すべき技術情報を区別していなかった。また,甲37の控訴人の就業規則には,業務上の機密の定義もなく,その指定の方法も定められておらず,現に具体的な秘密指定もされていなかったのであるから,従業員は重大な機密を認識できない。

(3) 控訴人は,本件製袋機を一般見学に供している。「営業秘密たる技術情報」を備えた本件製袋機を不特定の見学者に供覧させたことからして,そもそも控訴人には「営業秘密たる技術情報」という認識がなかったといえる。また,白線ラインは,危険防止の観点から定められているものにすぎず,控訴人の秘密保持の意思を裏付けるものではない。

(4) 被控訴人昭和精密は,製袋機等の機械の専門メーカーであり,製袋機製造に一定の技術を持っていることを控訴人も認めており,独自の技術情報を有している。仮に控訴人が,被控訴人昭和精密に発注する製袋機について,控訴人の営業秘密を提供するのであれば,少なくとも当該秘密とすべき部分と被控訴人昭和精密が自由に使用,開示できる部分を明確にしなければ,被控訴人昭和精密の営業活動を著しく制約することになる。

なお,控訴人が,乾光精機との間でも秘密保持に関する文書を作成していないことは,営業秘密保持の意図を有していなかったことの証左である。

(被控訴人昭和精密の主張)

控訴人と被控訴人昭和精密との間には,秘密保持契約の存在を示す合意書は存在しない。控訴人は,口頭による秘密保持契約が存在する旨主張するが,そのこと自体,かなり異例である。何故なら,営業秘密は,これを保有する企業にとって,その死活,命運を決するほどの重要な財産となることが多く,また,書面によって,営業秘密の範囲,媒体物の管理方法及びその返還方法等について明らかにしておかなければ,トラブルになった場合に有効に営業秘密の不正使用を差し止めることができなくなるため,第三者に開示する場合には,慎重に書面化する例がほとんどであるからである。

控訴人は,口頭の合意について,いつごろ,誰と誰が話し合い,どのような合意内容であったのかを全く明らかにできていない。控訴人は,被控訴人昭和精密のカタログ(又は会社案内)の掲載内容について何ら抗議していないことから,控訴人の権利意識はみじんも感じられない。

被控訴人昭和精密の前代表者Dが第三者に本件製袋機と同一の製袋機を第三者に販売しようとしなかったのは,単に控訴人への義理に基づくものであり,控訴人との約束を前提にするものではない。

控訴人会社には,秘密を管理する体制が用意されておらず,秘密情報に接する可能性のある控訴人の役員又は従業員について,指導教育が行われた形跡が全くない。唯一,就業規則によって守秘義務が課せられているが,控訴人の役員や従業員は,どの情報が秘密情報であって,第三者に開示,漏洩してはならないのか全く理解できないであろうし,どのように機密を守るべきなのかも分からないであろう。

控訴人は,すべての製袋機が営業秘密に属するような主張を展開しているが,そうであれば,部外者を工場内に立ち入らせること自体が問題である。控訴人は,秘密が充満している工場に部外者が立ち入ることを許しているのであって,その際に,秘密保持に関する念書を作成していない。

2  争点(4)(被控訴人星野洋紙店には,営業秘密の開示を受けることについて故意又は重過失があったか。)について

(控訴人の主張)

被控訴人星野洋紙店が,製袋機に果実袋メーカーのノウハウが存在することを認識していた事実は,被控訴人星野洋紙店が機械について特許の出願や実用新案登録の申請を行っている事実からも裏付けられる。しかも,一般的に機械メーカーが果実袋メーカーとの間で,同じ機械を他の果実袋メーカーに販売しないとの約束が存在することの認識を有していたのであるから,たとえ控訴人と被控訴人昭和精密との間の秘密保持協定の存在について知らなかったとしても,被控訴人昭和精密から本件製袋機を購入するに当たり,控訴人に対してそうした協定が存在するかどうかを問い合わせることが簡単にできたはずであり,それをしなかったことについて,被控訴人星野洋紙店に重過失が存在する。

(被控訴人星野洋紙店の主張)

被控訴人星野洋紙店が,被控訴人製袋機が被控訴人星野洋紙店にとって特異な構造であるとは認識していないこと,あらかじめ被控訴人昭和精密に対して控訴人との間に特別な契約が存在するか否かを確認していたこと,特許等の存在及び抵触について十分に検討していたことからすると,被控訴人星野洋紙店には,被控訴人製袋機を被控訴人昭和精密に発注したことについて重大な過失はない。

第4当裁判所の判断

当裁判所も,本件ノウハウのうち,控訴人と乾光精機による改造によって加えられた部分(外袋用紙の給紙方法の変更部分を除く。)は,控訴人に帰属する技術情報であり,その中には個々の技術情報として非公知性を有するものもあり,更に個々の技術の組合わせ全体を1個の営業秘密とみる余地も否定できず,かつ法的保護に値する有用性も認め得るが,控訴人においては,本件製袋機を秘密として管理していたとは認められないから,本件ノウハウについても秘密管理性がなく,不正競争防止法2条4項の「営業秘密」に該当しないと判断する。

その理由は,次のとおり原判決を付加,訂正等し,本件ノウハウの秘密管理性に関する控訴人の補充主張に対する判断を付加するほかは,原判決「事実及び理由」中の「第4 当裁判所の判断」の1,2(21頁9行目から38頁下より4行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。

1  原判決の訂正等

(1)  26頁15行目の「「小林製袋との間に契約関係は」を「小林製袋との間に被控訴人昭和精密が格別の守秘義務を負わされる契約は」と改め,同17行目「買って欲しい。」と」を「買ってほしい旨」と各改める。

(2)  35頁6行目の「果実袋製造業者に」の次に「対し,控訴人に販売したものと同一の」を加える。

(3)  35頁18行目の「掲載している」の次に「(丙14の3)」を加える。

(4)  37頁2行目の「上木戸鉄工所」の前に「有限会社」を加え,同14行目の「従業員に守秘義務を課する規定を備えておらず,」を削除する。

2  当審における補充主張に対する判断

(1)  控訴人は,被控訴人昭和精密との間で,本件ノウハウはすべて控訴人に帰属することや,被控訴人昭和精密は製袋機の製作の過程で知り得た製袋機に関する控訴人のノウハウを第三者に漏洩しないことなどを内容とする秘密保持協定を口頭で結んでいた旨主張し,証人E(同人の陳述書である甲28の記載を含む。)及び控訴人代表者(第1,2回。同人の陳述書である甲27,32を含む。)もこれと同旨の証言ないし供述をし,Fの陳述書である甲39にも同旨の記載がある。

しかしながら,控訴人代表者(第1回)自身,製袋機製造等に関する被控訴人昭和精密との取引は,基本的に信頼関係で成り立っており,本件製袋機に関する本件ノウハウの帰属を取り決めた書面もない旨を自認しており,そのほか,本件紛争が顕在化するまで,本件ノウハウが控訴人と被控訴人昭和精密のいずれに帰属するかについて当事者間で取り決めていたような形跡は,証拠上窺えない。

しかも,引用に係る原判決「事実及び理由」第4の1(2)のとおり,本件製袋機に関するノウハウには,その内容上,被控訴人昭和精密に帰属すると考えられるものも少なからず存するところ,これらのノウハウをすべて控訴人に帰属するものとするためには,明示の書面による取決めが行われてしかるべきであるが,本件では,控訴人と被控訴人との間で,本件製袋機に関し書面による取決めは一切行われていない(控訴人代表者第1回)。

さらに,仮に控訴人が主張するように,控訴人と被控訴人昭和精密との間で本件ノウハウに関する秘密保持協定がたとえ口頭ででも結ばれていたのであれば,引用に係る原判決「事実及び理由」第4の2(2)ア(ア)のように,被控訴人昭和精密が自社カタログに本件製袋機(2号機)の写真を掲載することは考え難いというべきである。なお,丙13の1ないし6,丙14の1ないし7は,「カタログ」というよりも,むしろ被控訴人昭和精密の「会社案内」とも思えるが,当該文書の性質いかんで前記判断が左右されるものではない。また,控訴人代表者(第2回)は,控訴人側では丙13の1ないし6,丙14の1ないし7をこれまで見たこともなく,そこに掲載されている2号機の写真撮影を許可したこともない旨供述するが,これらの文書は,その体裁上いずれも第三者に配布されることを前提としたものであり,当然,控訴人側の者の目に触れることも予想したものであると考えられることや,被控訴人昭和精密が秘密保持の必要があると判断した機械の場合には,その旨断って写真を掲載していないこと(丙14の7)からすると,被控訴人昭和精密は,2号機について秘密管理の対象となっているとの意識を有することなく,その写真を前記各文書に掲載したものと推認することができ,控訴人代表者の上記供述は,上記各文書の2号機の写真が控訴人と被控訴人昭和精密との秘密保持契約の存在を否定する状況証拠であることを左右するものではないというべきである。

(2)  また,Fの陳述書(甲39)には,控訴人工場の鍵の保管場所は控訴人会社の宿直室にあり,その宿直室に入るためにはごく限られたものしか知らない暗証番号を入力しないと入室できないようになっているため,休日でも夜間でも社員が自由に工場内に出入りできる状況にはないとの記載があり,控訴人はこれを裏付ける写真(甲38)を提出している。しかし,上記暗証番号付きの鍵の取付時期が証拠上明確でなく,被控訴人昭和精密が被控訴人製袋機を製造した時点で既にかかる体制がとられていたとは認めるに足りない上,仮に甲39のとおりの鍵の管理体制がとられていたとしても,これは控訴人工場全体の防犯体制に関するものと思われ,本件製袋機自体の秘密管理を裏付けるものとはいい難い。

以上に加えて,引用に係る原判決「事実及び理由」第4の2(2)ア(ア)の認定事実に徴すると,控訴人と被控訴人昭和精密との間で本件ノウハウに関する秘密保持協定が口頭で結ばれていた旨の控訴人の主張を採用することはできない。

(3)  さらに,控訴人は,就業規則(甲37)の21条1号において,「自己の所管の有無に関係なく,会社の業務上の機密事項を他にもらさない。」との守秘義務を控訴人の従業員に課していることを本件ノウハウを秘密として管理していたことの根拠に挙げている。

しかしながら,控訴人が指摘する就業規則の条項は,控訴人の業務上の機密事項に関する従業員の守秘義務を一般的に定めたものにすぎず,それ以上に控訴人において本件ノウハウに関する秘密保持の方策を個別具体的に採っていたことを認めるに足りる証拠はない(当審において提出されたFの陳述書である甲39によっても,上記判断は左右されない。)から,控訴人の上記主張も採用することはできない。

3  その他,原審及び当審における当事者提出の各準備書面記載の主張に照らし,原審及び当審で提出された全証拠を改めて精査しても,当裁判所のこれまでのの認定,判断を左右するほどのものはない。

第5結論

以上の次第で,その余の点について判断するまでもなく,控訴人の被控訴人らに対する請求はいずれも理由がなく,これを棄却した原判決は相当であって,本件控訴はいずれも理由がない。

よって,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹原俊一 裁判官 小野洋一 裁判官 西井和徒)

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