大阪高等裁判所 平成14年(ネ)264号 判決 2003年3月27日
控訴人兼被控訴人(1審原告)
X1(以下「原告X1」という。)
控訴人兼被控訴人(1審原告)
X2(以下「原告X2」という。)
上記両名訴訟代理人弁護士
梅田章二
同
小林徹也
同
村瀬謙一
同
河野豊
控訴人兼被控訴人(1審被告)
Y1(以下「被告Y1」という。)
控訴人兼被控訴人(1審被告)
西日本旅客鉄道株式会社(以下「被告会社」という。)
同代表者代表取締役
A
同訴訟代理人支配人
B
上記両名訴訟代理人弁護士
天野実
同
加納克利
主文
1 原告X1及び原告X2の控訴をいずれも棄却する。
2 被告Y1及び被告会社の控訴をいずれも棄却する。
3 控訴費用のうち,原告X1及び原告X2の控訴に係る費用は同原告らの,被告X1(ママ)及び被告会社の控訴に係る費用は同被告らの各負担とする。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1 原告X1及び原告X2
(1) 原判決中,原告ら敗訴部分を取り消す。
(2) 被告らは,原告X1に対し,各自,143万0650円及びこれに対する,被告Y1については平成12年11月19日から,被告会社については同月18日から,各支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。
(3) 被告らは,原告X2に対し,各自,88万円及びこれに対する,被告Y1については平成12年11月19日から,被告会社については同月18日から,各支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。
(4) 被告会社が,原告X1に対し,平成12年9月5日に行った訓告処分が無効であることを確認する。
(5) 主文2項と同旨
(6) 訴訟費用は,第1,2審とも原(ママ)告らの負担とする。
(7) 仮執行宣言
2 被告Y1及び被告会社
(1) 原判決中,被告ら敗訴部分を取り消す。
(2) 原告らの請求をいずれも棄却する。
(3) 主文1項と同旨
(4) 訴訟費用は,第1,2審とも原告らの負担とする。
第2事案の概要
1 原審における原告らの請求及び原判決の結論等
(1) 本件は,被告会社の吹田工場で勤務する従業員である原告らが,同工場の総務科長である被告Y1から,違法な作業指示を受けたことなどを理由として,被告Y1に対しては不法行為による損害賠償請求権に基づき,被告会社に対しては被告Y1の違法行為による使用者責任あるいは上記作業指示が被告会社による業務指示である場合には,同被告による不法行為責任による損害賠償責任に基づき,原告X1が慰謝料等165万3115円及びこれに対する被告会社につき平成12年11月18日から,被告Y1につき同月19日から,各支払済みに至るまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払いを,原告X2が慰謝料等110万円及びこれに対する被告会社につき平成12年11月18日から,被告Y1につき同月19日から,各支払済みに至るまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払いをそれぞれ請求し,さらに,原告X1が,被告会社に対し,同原告が同被告から受けた訓告処分に関し,同被告が処分理由とした事実は,就業規則上の処分理由に該当せず,また処分としての相当性を欠くとして,同処分の無効確認を請求した事案である。
(2) 原判決は,原告X1の請求につき,被告ら各自に,損害賠償として22万2465円及びこれに対する被告会社につき平成12年11月18日から,被告Y1につき同月19日から,各支払済みに至るまで年5分の割合による金員を(ママ)支払いを命じて,その余の請求をいずれも棄却し,また,原告X2の請求につき,被告ら各自に,損害賠償として22万円及びこれに対する被告会社につき平成12年11月18日から,被告Y1につき同月19日から,各支払済みに至るまで年5分の割合による金員を(ママ)支払いを命じ,その余の請求をいずれも棄却した。原判決に対し,原告ら及び被告らの双方が控訴した。
2 前提事実
次のとおり訂正するほか,原判決「第2 事案の概要」中の「2 前提事実(当事者間に争いのない事実等)」に記載のとおりであるから,これを引用する。
(原判決の訂正)
(1) 原判決3頁4行目(労判本号<以下同じ>163頁右段18行目)の「被告西日本旅客鉄道株式会社(以下,「被告JR西日本」という。)」を「被告会社」と,同7行目(163頁右段23行目)の「被告Y1(以下「被告Y1」という。)」を「被告Y1」と,同12行目から13行目にかけて(163頁右段30行目)の「原告X1(以下「原告X1」という。)及び同X2(以下「原告X2」という。)」を「原告ら」と,同17行目(163頁右段37行目)の「被告JR西日本」を「被告会社」と,同20行目(163頁右段41行目)の「別紙図面Ⅰ」を「原判決別紙図面Ⅰ」と,同25行目(163頁右段49行目)の「別紙図面Ⅱ」を「原判決別紙図面Ⅱ」と各改める。なお,以下,当判決において引用する原判決中の「被告JR西日本」を「被告会社」と読み替える。
(2) 同4頁19行目(164頁左段29行目)の「指差確認の徹底が図られていた」を「指差確認の徹底を図ろうとしていた」,同5頁11行目から12行目にかけて(164頁右段5行目)の「平成12年7月9日」を「平成12年7月29日」と,同15行目(164頁右段9行目)の「原告X1及び同X2ら」を「原告ら及び同じ鉄工職場のC(以下「C」という。)ら」と,同19行目(164頁右段15行目)の「原告X1及び同X2ら」を「原告ら及びCら」と,同23行目(164頁右段19行目)の「原告X1ら」を「原告ら,C及び同じ鉄工職場のD(以下「D」という。)」と,同6頁13行目(164頁右段42行目)の「C(以下「C」という。)」を「C」と,同7頁12行目(165頁左段28行目)の「D(以下「D」という。」を「D(」と各改める。
3 争点
原判決「第2 事案の概要」中の「3 争点」に記載のとおりであるから,これを引用する。
4 争点に関する当事者の主張
次のとおり付加,訂正するほか,原判決「第2事案の概要」中の「4 当事者の主張」に記載のとおりであるから,これを引用する。
(原判決の訂正等)
(1) 原判決9頁14行目の「平成12年6月」を「平成12年4月」と改め,同12頁14行目末尾に改行の上,次のとおり加える。
「 なお,原告らは,本件作業が吹田工場におけるすべての作業の中で肉体的に最も過酷であったと主張しているのではない。労働者にとっていかに肉体的に過酷な作業であっても,それが目的遂行のために客観的に必要不可欠で当該労働者もそのことを認識しつつ行う場合に比して,目的との関連性が十分にないまま無意義に行う場合,肉体的な過酷さでは同様であっても,後者の方が精神的苦痛は強いといわなければならない。原告らは,被告らが指摘する廃車解装作業などの作業(イ(オ))については,真実,肉体的に過酷であるか否か自体争うものであるが,これらの作業の過酷さはその目的との関係で合理性を有しているのに比し,本件作業は,単に肉体的に過酷であったのみならず,目的との関連性においてその実施の合理性は全くないのである。」
(2) 同13頁末行末尾に「なお,本件作業の監視時間が従前より長くされているのは,指差確認の励行を徹底する必要性がより高度に存したからである。」を,同14頁13行目末尾に「また,本件作業の実施による実績が京都支社に報告されていないが,本件作業はあくまで吹田工場の施策として位置づけられるものであって,支社に報告すべき「夏期多客輸送における運転事故防止運動」そのものではなく,支社に報告しなければならない性質の事柄ではない。」を各加える。
(3) 同16頁1行目の「真夏の時期」から同2行目の「行われている。」までを次のとおり改める。
「廃車解装作業,ガス解体作業,電気溶接作業,剥離・研磨作業,重量物取扱作業や夏期の炎天下における終日の除草作業など,本件作業より厳しい業務が多数行われている。その他,吹田工場以外の被告会社における作業のうち,保線区の線路巡回作業は長時間,長距離の徒歩による移転を伴う作業であり,夏期の炎天下においては本件作業に比してはるかに負担の大きい作業である。」
(4) 同19頁13行目から同19行目までを次のとおり改める。
「 被告Y1は,原告らの中でも特に,原告X1がCとともに集団の中で先頭となって踏切を横断してきたものと認められ,かつ,同原告は,被告Y1の注意に対しても正対して聞こうともせず,無視するような態度をとるかと思えば,唐突に指を差してくるなどしたため,事態の収拾を図るべく,同原告を指名して事実確認及び業務指導のため職場事務所への同行を求めた。このような場合,上司として部下に対し注意指導ができないとすれば,職場内の秩序が害され業務遂行に停滞が生じることは必至であるから,被告Y1が原告X1に同行を求めたことは正当な業務指示というべきである。そして,その際,反抗的態度を示す原告X1に対し,被告Y1がその腕をつかみ,同原告がこれを振り払うと改めて被告Y1が同原告の腕をつかむことはあった。被告Y1のこのような行為は,社会通念上許容される範囲内の有形力の行使であり,その結果をみても,痛みの全く感じないような傷害で,その程度も手首の内側に15ミリメートル程度の長さのしわ1本に少しだけうっすらと血のにじむ程度にとどまるのであって,この程度で違法と評価されるべきではない。」
(5) 同20頁6行目の末尾に改行の上,次のとおり加える。
「 以上によれば,被告Y1の行為は賠償責任に発生させるような違法性を欠くか,あるいは原告らの損害賠償請求は権利の濫用に当たり許されないものである。」
(6) 同21頁6行目の「従事させらた」を「従事させられた」と,同22頁14行目の「現場の管理者」を「H係長」と,同17行目の「右管理者において」を「H係長が温度計を取り上げて」と,同20行目の「作業」を「作業場」と各改め,同23頁8行目の「また」の前に「なお,原告X1は,その後H係長に対し素直に温度計を返還している。」を加える。
第3当裁判所の判断
1 争点(1)ア(本件作業の違法性の有無)について
(1) 事実経過
次のとおり付加,訂正等するほか,原判決「第3判断」中の「1 争点(1)ア」(1)に記載のとおりであるから,これを引用する。
(原判決の訂正)
ア 原判決24頁15行目(166頁左段2行目)の「別紙Ⅲ」を「原判決別紙Ⅲ」と改め,同17行目(166頁左段5行目)の「吹田工場では,」の次に「踏切事故ではないが,」を加え,同25頁8行目から9行目にかけて(166頁左段31行目)の「踏切横断についての」を「警報器が鳴っていても踏切を横断できる」と,同13行目(166頁左段37行目)の「毎週1回開催される」を「同月31日に開催された」と,同20行目(166頁左段47行目)の「また,その際,被告Y1から,他組と比較して,」を「他の職場と比較して,」と,同24行目(166頁右段2行目)の「設置することが協議された。」を「設置することとした。」と各改める。
イ 同26頁10行目(166頁右段19行目)の「鉄工職場」から同13行目(166頁右段23行目)の「その際,」までを次のとおり改める。
「 鉄工職場の業務は現在使用中の車両を扱う組と廃車を扱う組に分かれ,さらに廃車を扱う部門(鉄工職場三組)はさらに廃車の解装を行う班と廃車のガス切断業務を行う班に分かれている。E職場長は,助役らと協議し,鉄工職場のうち廃車を担当する三組が他の組より作業工程にゆとりがあり,かつ,当時,前倒し作業を進めていたことなどから,本件作業に従事する者として,三組の廃車解装班とガス切断班から1人ずつ選ぶこととし,廃車解装班から原告X1を,ガス切断班から原告X2を人選した。その際,」
ウ 同26頁末行(166頁右段41行目)から同27頁11行目(167頁左段7行目)までを次のとおり改める。
「 原告らは,平成12年8月1日の午後及び同月3日の終日,本件作業に従事し,同月4日は,原告X2は,本件作業に従事したが,原告X1は,同日年次有給休暇を取得し,同人の代わりにDが本件作業に従事した。同月5日,再び原告ら両名が,終日,本件作業に従事し,同月7日以降,鉄工職場以外の他職場及び関連会社から担当者が人選され,本件作業に従事するようになったが,同月18日の午前に,原告X2が,同日の午後に,原告X1がそれぞれ本件作業に従事し,同月19日の午後は原告らが本件作業に従事した。
原告らの本件作業の時間帯等については,午前8時45分から同12時30分までの約4時間,午後1時30分から同5時15分までの約4時間であり,また,本件作業の実施にあたっては,1時間につき5分の休憩時間が与えられた。この休憩時間のほかに,原告X1は,トイレに行く場合,氷を取りに行く場合,頭を冷やしに行く場合,管理者が原告X2に指示していた内容を確認しに行く場合に枠内から出ており,原告X2は,水筒に水を汲みに行く場合に枠内から出たが,原告らの作業状況を確認にきた複数の管理者に,何故枠内にいないのか質問をされたり,枠内にいるように指示されたりした。また,原告,X2が,午後4時ころに電車の影の所に移動すると,F助役から,どこでしてもいいもんじゃない,枠内でしてもらわなければ困ると言われたり,休憩時間の確認のため記録用紙を見ていたときにも,H係長から枠内に戻るように指示されたこともあった。
なお,被告Y1は,原告らの人選に具体的に関与したとまではいえないが,吹田工場の労災事故防止等安全衛生関係業務を主管する総務科の責任者及び安全衛生管理者副総括として,原告らが本件作業に従事することや本件作業の内容については把握し,本件作業の実施全般の業務に当たっていた。」
エ 同27頁22行目(167頁左段22行目)から同28頁6行目(167頁左段37行目)までを次のとおり改める。
「 原告らは,前記アの認定に関し,平成11年度における鉄工職場の場内踏切における指差確認の実施率が100パーセントであることからも,従前の指差確認の実施率に問題がなかった旨主張し,吹田工場の平成11年度夏期多客輸送点検整備表(<証拠省略>)には鉄工職場における場内踏切横断時の指差し,声出し確認につき100パーセントの実施率である旨の記載がある。しかし,上記の指差し等の確認は,点検者がおり,しかも1日だけ実施されたにすぎないのであって,この記載は指差確認の実情を反映しているとはいえず,他に原告らの上記主張に沿い前記アの認定を左右するに足りる証拠はない。
他方,被告らは,本件作業の実施場所として設定された白線枠について,作業の目安にすぎないと主張するが,前記カのとおり,複数の管理者が頻繁に本件踏切に来て枠内にいるよう指示するなどしており,管理者から明確に枠から出てはいけないという指示がなされていなかったとしても,原告らは実際上立ったまま枠内で監視業務を行わざるを得なかったもので,単なる作業の目安ではなく,被告らの主張は採用することができない。
なお,被告らは,原告らは,ほとんど枠内にいなかったと主張するが,前述のように頻繁に管理者が行き来する状況下では,常に枠外にいることは困難であると推認されるから,被告らの主張は採用することができない。
また,被告らは,原告X1については,数十分も持ち場を離れていたと主張し,<証拠省略>にはその旨の記載もあるが,これはF助役が本件踏切を通り,その後15分位して再度通ったときにいなかったというものにすぎず(証人F),原告X1が数十分も持ち場を離れていたことを認め得る的確な証拠はないといわざるを得ない。」
(2) そこで,本件作業の違法性について検討する。
ア 前記認定事実によれば,吹田工場では,平成12年4月以降,踏切事故ではないものの労災事故が多発し,また,京都支社の車両課長から厳重注意を受け,特別な施策の実施が求められていたものであって,特に,安全確保が要請されている状況下にあり,その必要から本件作業が指示されたものであると認められる。そして,指差確認は安全の確保のための最も基本的な動作であり,踏切における指差確認の徹底のために定点監視を実施することは,踏切横断だけではなく吹田工場全体における安全確保のための有効な方法であるということができる。
この点につき,原告らは,本件作業指示が,被告Y1の私怨を晴らす目的でなされたと主張し,本件作業を命ぜられた原告ら及びDは,本件踏切横断に関する被告Y1とのトラブルに関与した者である。しかし,本件作業指示が人選を含め決定されるには,その過程で多数の者が関与し,被告Y1の独断で決まるものではなく,また,当初より原告らの所属する鉄工職場以外の職場や被告会社の関連会社の社員も本件作業を担当することが予定されており,加えて原告らの具体的な人選自体も合理性を欠くとまではいえない上,安全確保のための方策の必要性があり,その方策として踏切における指差確認の徹底のための定点監視が有効であることにかんがみると,原告らの上記主張は採用することができない。
イ しかしながら,本件作業は,最高気温が摂氏34度から37度という真夏の炎天下で,日除けのない約1メートル四方の白線枠内に立って,終日,踏切横断者の指差確認状況を監視,注意するという内容のものであって,1時間に5分という休憩時間が与えられ,随時,トイレに行ったり氷を取りに行くこと等が可能であり,半日の日もあったとはいえ,肉体的,精神的に極めて過酷なものであり,労働者の健康に対する配慮を欠いたものであったといわざるを得ない。身体障害者であるDは,本件作業に従事して半日で足がしびれ作業の継続が困難となり,また,原告X1も立っていることが困難となったことがあること(原告X1),原告X2も,4,5時間経つと紫外線で目が痛くなって頭がぼんやりとしたこと(原告X2)が認められるが,これらは本件作業が,労働者の健康に対する配慮に欠けるものであったことを裏づける。そして,上記の過酷さに,本件作業が従前吹田工場内で行われていた定点監視作業とは,監視時間の長さや白線枠の設定の点でその内容を異にするものであること,原告らが従事した本件作業の実施については,本来,京都支社に報告されるべきものであるにもかかわらず,実際は報告されていないこと(<証拠省略>,被告Y1)を合わせ考慮すれば,本件作業は,その内容が単に肉体的,精神的に過酷であるのみならず,合理性を欠き,使用者の裁量権を逸脱する違法なものであったといわざるを得ない。
この点,被告らは,吹田工場その他被告会社では,廃車解装作業やガス切断作業など,本件作業より厳しい業務が多数行われており,本件作業は過酷なものではなかった旨主張する。しかしながら,これらの作業はもともと十分な必要性,合理性を有しており,作業内容の過酷さについても休憩時間,継続時間,作業人数などの点で労働環境衛生上の配慮がなされているのに対し(弁論の全趣旨),本件作業はその内容が過酷なだけではなく合理性を欠くものであって,被告らの主張は採用することができない。
なお,被告らは,従業員に対する業務命令の違法性が争われた最高裁判所判決(国鉄鹿児島自動車営業所事件判決 平成5年6月11日第2小法廷判決判例時報1466号151頁)を引用して,本件作業が適法である旨の主張を展開しているが,そもそも同判決と本件とは事案を異にしており,同列に論ずるのは相当ではなく,被告らの主張は採用することができない。
2 争点(1)イ(被告Y1による原告X1に対する暴行行為の有無及びその違法性の有無)について
次のとおり訂正するほか,原判決「第3 判断」中の「2 争点(1)イ」に記載のとおりであるから,これを引用する。
(原判決の訂正)
原判決30頁5行目(168頁左段8行目)の「これを無視して」を「「事実上の取扱い」に従い」と,同31頁3行目(168頁左段43行目)から同6行目(168頁左段47行目)までを次のとおり各改める。
「(2) 前記認定事実によると,被告Y1は,上司に対する原告X1の態度を質すため事務所へ連れて行こうとしたものであるが,嫌がる同原告の腕を3回も引っ張って事務所へ連れて行こうとする被告Y1の行為は,正当な業務指示とはいえず,暴行行為として違法であるというべきである(以下,この暴行行為を「本件暴行」という。)。」
3 争点(1)ウ(損害額)について
(1) 原告X1
原告X1については,まず,被告Y1の本件暴行により負った傷害の治療に要した治療費等2465円は,本件暴行による損害と認められる(<証拠省略>,原告X1)。
他方,タクシー代については,原告X1の負傷の部位が左手首であること,擦過傷であり,直ちに受診しなければならないものではないこと,済生会吹田病院は,歩いても15分くらいの距離であること,駅とは方向が違うにもかかわらず,駅まで行ってタクシーに乗務していること(原告X1)からすれば,タクシー利用の必要性は認められないから,本件暴行による損害とは認められない。
慰謝料については,本件暴行に至る前の原告X1と被告Y1の言い争いは被告Y1が「事実上の取扱い」を知らずに横断を制止しようとしたことに端を発しており,被告Y1の原告らに対する注意の方法も適切さを欠いていたが,本件暴行は,直接には原告X1の「あんた」という上司に対し用いるには不相当な発言に被告Y1が憤激したことから発生したものであること,本件傷害は,全治5日の擦過傷であり傷害の程度は比較的軽いものであること,被告Y1は,本件暴行の違法性を争っているが,事情聴取の際に,被告Y1は,原告X1に対し「事実上の取扱い」を知らなかったこと及び傷害を負わせたこと自体は謝罪していること(原告X1)などを総合考慮すれば,本件暴行による慰謝料としては,5万円が相当である。また,本件作業に従事したことによる慰謝料としては,前述のとおり,本件作業の内容が過酷で合理性を欠くものであること,原告X1が本件作業に従事した期間等を総合考慮すれば,15万円が相当である。
さらに,弁護士費用としては,2万円が相当である。
(2) 原告X2
原告X2についても,本件作業の内容に加え,原告X1よりも1日多く本件作業に従事していることなどを総合考慮すれば,慰謝料額としては,20万円が相当である。
また,弁護士費用としては,2万円が相当である。
(3) 前記1(1)及び2(1)の認定事実によると,本件作業は,吹田工場内の安全意識向上のための被告会社の会社施策として行われたものであるが,被告Y1は総務科長として本件作業を提案してその実施に当たり,原告らに本件作業を行わせたものと認められ,私怨によるものとは認めがたいものの,被告Y1の行為は故意による不法行為を構成し,この行為は原告らの主張している不法行為の範囲内の行為と解され,弁論主義にも違反しない。また,本件暴行は,被告Y1の総務科長としての職務に関連して行われたことが明らかである。
したがって,前記(1),(2)の損害につき,被告Y1は不法行為責任を,被告会社は使用者責任をそれぞれ負う。
4 争点(2)(本件訓告処分の有効性)について
(1) 証拠(<省略>)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
ア 原告X1が持ち出した温度計(以下「本件温度計」という。)は,廃車から取り外されたものであるが,廃棄物ではなく,吹田工場の部外公開時等に売却することが予定されており,経済的価値のある会社財産であって,コンテナ等に収納されるまで一時的に作業場に置かれていた。
なお,温度計売却の過去の実績は,平成10年度が単価500円で数量10個,平成11年度が同単価で数量2個であり,本件温度計もその後の平成13年の工場公開の時に売却されている。
イ 原告X1は,平成12年8月3日,本件作業の際,温度を測る目的で,G社員に頼んで,管理者の承諾を得ることなく本件温度計を持ち出してもらい,温度の計測に用いた。他方,F助役は,I係長から,原告X1がG社員から温度計を受け取っていたとの報告を受け,原告X1に本件温度計が会社財産であると告げ,事実関係を問い質したが,原告X1はこれを否定した。さらに,F助役は,G社員に確認した後,再度,原告X1に確認しても,同人はこれを否定し,踏切の警報器がなっているのに事寄せて,「何言うとるのか聞こえん,耳悪うなったのかな。」などと発言し,真面目に応答しなかった。その後,H係長が,原告X1が本件温度計を所持しているのを発見し,原告X1に本件温度計を返還させた。
なお,以上の認定に対し,原告X1は,本件温度計は廃棄される予定のものであり,被告会社に何ら財産的損害を与えるものではない旨主張するが,温度計が吹田工場においてコンテナ等に保管され,従前からも売却の実績があることから,原告X1の主張は採用できない。
(2) 前記認定事実によると,本件作業はその内容が過酷で合理性を欠き違法ではあるものの,温度については新聞等の気象情報などにより十分把握できること(<証拠省略>)からすると,本件温度計の持出し行為はやむを得ない行為とは解されず,原告X1は,本件温度計を管理者に無断で持ち出した上,二度にわたり持出しを否定して隠匿したものであって,結果的に返還されているから被告会社に財産的損害が発生していないとしても,原告X1の上記行為は,就業規則第146条3号所定の「職務上の規律を乱した場合」に該当するというべきである。そして,被告会社が原告X1に対し上記行為が就業規則第147条第2項所定の「懲戒を行う程度に至らないもの」として訓告処分を行うことにつき,処分の均衡を疑わせるような事情もなく,処分としての相当性を欠くとはいえない。
したがって,被告会社が原告X1に対して科した本件訓告処分は有効である。
5 その他,原審及び当審における原告ら及び被告ら提出の各準備書面記載の主張に照らして,原審及び当審で提出,援用された全証拠を改めて精査しても,当審の認定判断を覆すほどのものはない。
第4結論
以上によると,原告X1の請求は,被告ら各自に対し,それぞれ22万2465円及びこれに対する被告会社につき平成12年11月18日から,被告Y1につき同月19日から,各支払済みに至るまで年5分の割合による金員を(ママ)支払いを求める限度で理由があり認容すべきであるが,その余の請求はいずれも理由がなく棄却すべきであり,また,原告X2の請求は,被告ら各自に対し,それぞれ22万円及びこれに対する被告会社につき平成12年11月18日から,被告Y1につき同月19日から,各支払済みに至るまで年5分の割合による金員を(ママ)支払いを求める限度で理由があり認容すべきであるが,その余の請求はいずれも理由がなく棄却すべきところ,これと同旨の原判決は相当であるから,原告らの控訴及び被告らの控訴をいずれも棄却することとし,主文のとおり判決する。
(当審口頭弁論終結日 平成14年12月6日)
(裁判長裁判官 竹原俊一 裁判官 小野洋一 裁判官 黒野功久)