大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 平成14年(ネ)3603号 判決 2003年3月18日

控訴人(第1審原告) X

訴訟代理人弁護士 柏木幹正

被控訴人(第1審被告) 信用組合関西興銀

代表者代表清算人 A

訴訟代理人弁護士 洪性模

同 李載浩

同 依田高明

主文

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1控訴の趣旨等

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は、控訴人に対し、1224万1156円を支払え。

3  仮執行宣言

〔以下、「第2 事案の概要」及び「第3 当裁判所の判断」の部分は、原判決「事実及び理由」中の「第2 事案の概要」及び「第3 争点に対する判断」の1ないし3の部分を付加訂正した。ゴシック体太字の部分が、当審において、内容的に付加訂正を加えた主要な箇所であるが、それ以外の字句の訂正、部分的削除等については、特に指摘していない。〕

第2事案の概要

本件は、控訴人が、被控訴人に架空名義でいわゆる自動継続の特約のある2口の定期預金(元利合計1224万1156円)をしたとして、被控訴人に対し、その預金の払戻しを請求する事案である。

原審は、控訴人の請求を棄却したため、控訴人が控訴を提起した。

1  争いのない事実等(認定根拠を示さない事実は争いがない。)

(1)  被控訴人(堺支店扱い)には、いずれも満期が到来するごとに元利合計金を元本とする自動継続の特約のある次の各定期預金(以下「本件各預金」という。)が存在していた。本件各預金の定期預金証書(以下「本件各預金証書」という。)には、いずれも昭和58年4月13日、昭和59年4月13日を満期とする最終の継続の書替えが記載されており、昭和58年4月13日現在の預金金額は、それぞれ次のとおりである。

ア 預金番号 自1-1237

預金名義 B

当初預入金額 244万9384円

預入日 昭和53年4月13日

期間 1年

昭和58年4月13日現在預入金額 295万1645円

イ 預金番号 自1-1238

預金名義 C

当初預入金額 427万8400円

預入日 昭和53年4月13日

期間 1年

昭和58年4月13日現在預入金額 515万5714円

(2)  控訴人は、平成13年11月8日、本件各預金の権利者であるとして、被控訴人に対し、本件各預金の支払を求めて本件訴訟を提起した。(弁論の全趣旨)

2  争点及びこれに関する当事者の主張

(1)  本件各預金の権利者

(控訴人)

本件各預金は、架空名義で設けられたもので、控訴人は、自らの出捐により本件各預金を取得したものであり、本件各預金の権利者は控訴人である。

(被控訴人)

上記事実は知らない。

(2)  払戻しによる弁済の有効性

(被控訴人)

ア 本件各預金は、いずれも昭和63年6月7日、解約されて払い戻されており、その払戻しによる弁済は有効である。

イ 当審における補充主張

預金取引実務において、預金の払戻処理が行われたにもかかわらず、預金証書が回収されない事例は、ままみられるところである。本件においても、預金証書もしくは届出印、又はその双方を喪失した場合として、本件各預金が払い戻されたことは明らかである。

(控訴人)

控訴人は、本件各預金証書及び届出印を一貫して所持しており、本件各預金が解約された事実はない。解約手続がなされたとすれば、被控訴人担当者の何らかの不正行為によるもので、権利者である控訴人に払戻しがなされていない以上、控訴人の被控訴人に対する本件各預金の払戻請求権は消滅していない。

(3)  消滅時効の成否

ア 起算日等

(被控訴人)

(ア) 自動継続の特約が付された定期預金でも、最初の満期日以降は払戻を受けることが可能であるから、本件各預金の払戻請求権については、最初の満期である昭和54年4月13日から消滅時効が進行する。

また、被控訴人による昭和58年4月13日の書替えをもって、預金払戻債務に関する被控訴人の承認に当たるとしても、昭和59年4月13日を起算日として消滅時効が進行する。

本件各預金の払戻請求権は、上記各起算日から5年又は10年の経過によって時効により消滅しており、被控訴人は、上記各消滅時効を援用する。

(イ) 当審における補充主張

B名義の預金(乙1)について預入日「63.4.13」、満期日「64.4.1」との記載があり、C名義の預金(乙2)について預入日「63.4.13」、満期日「64.4.1」との記載があるのは、本件各預金につき、昭和63年6月7日付で払い戻された際に、払い戻すことを前提として、直近の継続日である同年4月13日を預入日として記載したにすぎず、被控訴人において、自動継続による更新時に新たな預金契約がなされたものと取り扱っているわけではない。

仮に被控訴人において、昭和64年4月13日を自動継続による最終の満期日とする預金債務を承認していたと認定されても、本件各預金の払戻請求権は、最終の満期日から5年又は10年を経過した時点で、消滅時効が完成したことになる。

(控訴人)

(ア) 本件各預金は、自動継続の特約が付されており、書替え手続がなくても、満期時点で自動的に1年間更新されるもので、更新時に新たな預金契約がなされたものと解すべきである。したがって、当初の満期日及び証書記載の最終満期日は、消滅時効の起算日とはならない。

(イ) 当審における補充主張

被控訴人において、自動更新後の定期預金契約を新たな契約として取り扱っている以上、証書書替え手続がなされない場合に限って被控訴人の利益を保護しなければならない理由は存在しない。預金者からすれば自動継続特約付き定期預金は、時効を理由に解約払戻しを拒否されることはないという信頼感に基づいて銀行との取引をしているのが現実である。自動継続特約付き定期預金の払戻請求権の消滅時効は、解約手続後あるいは特約失効後についてのみ機能するというべきである。

イ 消滅時効援用の権利濫用等該当の有無

(控訴人)

(ア) 被控訴人は、従前から満期から5年又は10年以上経過した自動継続特約付き定期預金の払戻し等に異議なく応じてきており、本件各預金とともに控訴人が有していた架空名義預金については払戻しに応じた。また、被控訴人は、平成14年2月ころ、顧客に対し、自動継続特約付き定期預金で10年以上記帳のない預金(睡眠預金)について、同年6月中に予定される被控訴人から近畿産業信用組合への事業譲渡日の前営業日までに支払、書替えの手続をすることを呼びかける案内書を配布している。さらに、本件各預金については、当時の被控訴人支店長が不正に解約手続をとって横領した可能性が高く、これらの点に照らせば、被控訴人が、本件各預金についてのみ消滅時効を援用するのは信義則に反し、権利の濫用に当たる。

(イ) 当審における補充主張

a 本件各預金の払戻金が、控訴人又は他の正当な受領権限を有する者に支払われた事実が認められない以上、被控訴人の二重払いを防ぐことは何ら法的正当性が認められない。仮に被控訴人担当者の不正行為が認められないとしても、架空名義である本件各預金について預金証書の提示がないまま被控訴人が払戻しに応じた経過において、被控訴人には少なくとも払戻請求者の受領権限の認定について過失があった被控訴人が、何ら過失が介在しない通常の預金について消滅時効を援用することなく解約払戻しに応じているのであれば、被控訴人の過失により解約払戻しがなされて真正な預金者の権利が侵害された本件各預金については、なおさらに消滅時効を援用することは信義則に反する。

b また、被控訴人は、控訴人のような親密な取引先については、架空名義の預金を積極的に勧めてきたばかりか、架空名義の自動継続特約付き定期預金を控訴人に売り、被控訴人の各支店の獲得預金残高の減少を防いできた。このような被控訴人の行為は、被控訴人がいつでも自動継続特約付き定期預金の解約払戻しに応じるとの信頼感があって初めて受け入れられていたものである。このことからしても、被控訴人が消滅時効を援用することは信義則に反し、権利濫用に当たる。

(被控訴人)

(ア) 案内書は、被控訴人から近畿産業信用組合に対し、事業譲渡が予定されており、睡眠預金について近畿産業信用組合に対する払戻請求による混乱等が生じるのを避けるため配布したもので、睡眠預金全部について積極的に払戻しに応じる趣旨で配布したものではない。

(イ)a 消滅時効を援用するかどうかは、援用者が個々具体的な事情を斟酌して決することができるから、被控訴人が、本件各預金以外の、書替え手続のなされていなかった自動継続特約付き定期預金に関して、消滅時効を援用せずに払戻しに応じたことをもって、被控訴人と控訴人との間に新たな預金契釣が成立したとか、被控訴人において一律にそのような預金契約がなされたものと取り扱っていたという控訴人の指摘は失当である。

b 控訴人は、本件各預金についてのみ、被控訴人が消滅時効を援用することが他の場合と比べて権衡を失する旨強調する。確かに、被控訴人は、本件各預金と同時に払戻請求を受けた相当口の架空ないし借名預金について払戻しに応じたが、それは被控訴人において預金債務が現存していると判断したからであって、同債務が消滅している本件各預金と取扱いを異にするのは当然のことである。

c 金融機関では、社会的信用等を考慮して、原則として消滅時効を援用せず、例外的に確実に払戻しがなされているのに、その証拠がなかったり不十分であったりしたときにのみ、消滅時効を援用する扱いが慣行化している。被控訴人は、乙1、2により、本件各預金は確実に有効な払戻しがなされたものと考えている。ただ、仮に裁判において、そうした認定がされないことを考慮して、消滅時効を援用したのであって、これはもとより正当な権利行使である。

d 控訴人は、被控訴人が控訴人のような親密な取引先については架空名義の預金を積極的に認めてきたばかりか、被控訴人主張の消滅時効期間が経過したものを含めて架空名義の自動継続特約付き定期預金を控訴人に売り、被控訴人の各支店の獲得預金残高の減少を防いできた経過があるところ、かかる被控訴人の行為は、被控訴人がいつにても自動継続特約付き定期預金の解約払戻しに応じるとの信頼関係があって初めて受け入れられていたと主張する。

しかし、かかる控訴人の指摘は、結局は、およそ金融機関が消滅時効を援用して預金の払戻しを拒むのは不当であるという主張と同義のものにすぎない。

また、仮に控訴人が主張するような経過があったとしても、被控訴人が、本件各預金を取得することを控訴人に強制したわけではなく、控訴人が架空名義である本件各預金を取得したのは、控訴人なりの利害得失を考慮した結果でもある。控訴人の主張は一面的に過ぎる。

(4)  本件各預金の預金金額

(控訴人)

本件各預金の平成13年4月13日現在の預金金額は、原判決添付別紙1及び2記載のとおり、それぞれ445万6637円、778万4519円となり、控訴人は、被控訴人に対し、上記合計1224万1156円の支払を求める。

(被控訴人)

控訴人の主張する計算は、一部源泉徴収税率の適用期間及び利率が異なり、本件各預金の平成13年4月13日現在の預金金額は、原判決添付別紙3及び4記載のとおり、それぞれ444万7040円、776万7793円となる。

第3当裁判所の判断

1  争点(1)(本件各預金の権利者)について

証拠(甲1、2、14、証人D)及び弁論の全趣旨によれば、控訴人は、昭和58年4月13日ころ、自ら出捐して架空名義である本件各預金を取得し、以後、本件各預金証書及びそこに押捺されている届出印を保管していたことが認められる。上記認定事実によれば、本件各預金の権利者は控訴人であることが認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

2  争点(2)(払戻しによる弁済の有効性)について

証拠(甲15、乙1~8、証人E)及び弁論の全趣旨によれば、①本件各預金については、いずれも昭和63年6月7日、解約手続がとられていること、②上記解約は事故扱いとされ、払戻請求者が本件各預金証書又は届出印、もしくはその双方を紛失したとして、その提示を受けることなく解約手続が行われたこと、③通常、事故扱いとなった預金について、被控訴人は、払戻請求者から喪失届を徴求した上、コンピューターに登録し、預金者あてに「喪失届についてのご照会」と題する書面を発送し、最寄りの被控訴人の店舗に来店してもらい、本人確認をした後、預金の払戻しなどの処理を行っていたが、本件のような架空名義預金の場合、預金者として表示されている者に照会することは無意味であるため、上記のような処理は行われず、各支店長の判断によって適宜の処理が行われていたことが認められる。

これと前記1のとおり、本件各預金について、控訴人が取得後継続して預金証書及びそこに押捺されている届出印を保管していることを併せ考慮すると、本件各預金の払戻金が控訴人又は他の正当な受領権限を有する者に支払われたということはできず、ほかに払戻しによる有効な弁済があったことを認めるに足りる証拠はない。

3  争点(3)(消滅時効の成否)について

(1)  起算日等について

自動継続の特約が付された定期預金でも、預金者は、最初の満期日以降、払戻しを受けることが可能であるから、預金払戻請求権の消滅時効が進行すると解されるところ、書替え手続がとられ、新たな満期日が設定された場合には、債務を承認した上、新たな満期を設定したものとして、上記満期日から新たに消滅時効が進行すると解するのが相当である。

控訴人は、自動継続の特約が付されている場合、書替え手続がなくても、満期時点で自動的に1年間更新されるもので、更新時に新たな預金契約がなされたものと解すべきである旨主張するが、これによれば、当事者の特約により永遠に時効にかからない債権を設定することとなり、定期預金の性格からしても相当なものではなく、上記主張を採用することはできない。

ところで、証拠(乙1、2)によると、本件各預金については、定期預金・通知預金取引月報上、預入日が昭和63年4月13日、満期日が昭和64年4月13日とされており、その期間中である昭和63年6月7日に中途解約された旨記載されていることが認められる。そして、これによると、本件各預金については、本件各預金証書に最終の継続の書替えの満期日と記載された昭和59年4月13日以降も昭和63年4月13日まで、被控訴人において、1年ごとの書替え手続が行われたものとして処理されていたものと推認できる。

また、中小企業等協同組合法に基づいて設立された信用協同組合である被控訴人は、商法上の商人に当たらず(最高裁判所昭和48年10月5日第二小法廷判決・判例時報726号92頁参照)、かつ、控訴人も株式会社等ではないため、控訴人の被控訴人に対する預金は商行為とはいえないから、本件各預金の払戻請求権の消滅時効期間は10年というべきである。

したがって、本件各預金の払戻請求権については、最終の書替えの満期日である昭和64年(平成元年)4月13日から10年後である平成11年4月13日の経過により消滅時効が完成することとなる。

そして、控訴人が被控訴人に対し本件各預金の払戻しを求めて本件訴訟を提起したのは、平成13年11月8日であって、それより前の時点における時効中断事由の主張立証はない。

(2)  消滅時効援用の権利濫用等該当の有無について

控訴人は、被控訴人が、控訴人が有する他の架空名義預金(甲4~13の各1・2)や他の一般の睡眠預金の払戻しに応じていることをもって、本件各預金について消滅時効を援用することが信義則に反し、権利の濫用に当たる旨主張するが、被控訴人において、払戻しに応じる場合を、預金が存在することが確定できるときに限定し、本件各預金のように、被控訴人の取扱い上、既に解約手続がとられており、預金が現存するかどうかが疑わしい場合については、二重払いを防ぐため消滅時効を援用することも、正当な権利行使というべきである。

次に、控訴人は、消滅時効の援用が権利濫用に当たる理由として、被控訴人が案内書(甲3)を配布したことを挙げるが、同案内書の内容は、顧客に対し、自動継続特約付き定期預金で10年以上記帳のない預金(睡眠預金)について、平成14年6月中に予定される被控訴人から近畿産業信用組合への事業譲渡日の前営業日までに支払、書替えの手続をすることを呼びかけるものであり、上記案内書が、事情の如何を問わず睡眠預金すべてについて払戻しに応じることを表明したものとは認めることができない。

さらに、控訴人は、本件各預金の解約手続における被控訴人担当者の不正行為を主張するが、上記不正行為を認めるに足りる証拠がないのみならず、控訴人の主張する不正行為は、控訴人の本件各預金の払戻請求を何ら妨げるものではなく、これを理由に被控訴人の消滅時効の援用を信義則に違反し、権利濫用に該当するものということはできない。

また、控訴人は、被控訴人が、控訴人のような親密な取引先について、架空名義の預金を積極的に勧めてきたばかりか、架空名義の自動継続特約付き定期預金を控訴人に売り、被控訴人の各支店の獲得預金残高の減少を防いできたところ、このような被控訴人の行為は、被控訴人がいつでも自動継続特約付き定期預金の解約払戻しに応じるとの信頼感があって初めて受け入れられていたと主張し、Fも陳述書(甲15)において、被控訴人における架空名義の自動継続特約付き定期預金の取扱いの実情に関し、同旨の供述をする。しかしながら、仮に被控訴人において、架空名義の自動継続特約付き定期預金に関し、上記のような取扱いがされていたとしても、そのことから直ちに、被控訴人によっていつでも自動継続特約付き定期預金の解約払戻しに応じることが約束されたとか、預金者においてその旨信頼させるような事情が生じたものとみることはできない。したがって、これを根拠として被控訴人の消滅時効の援用が信義則違反ないし権利濫用に当たるとする控訴人の主張は、失当といわざるを得ない。

そして、ほかに、被控訴人の消滅時効の援用が信義則に違反し権利の濫用に該当することを窺わせるような事情を認めるに足りる証拠はない。

4  その他、原審及び当審における当事者提出の各準備書面記載の主張に照らし、原審及び当審で提出された全証拠を改めて精査しても、前記1ないし3の認定、判断を左右するほどのものはない。

第4結論

以上の次第で、その余の争点について判断するまでもなく、控訴人の請求は理由がなく、これを棄却した原判決は正当であって、本件控訴は理由がない。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹原俊一 裁判官 小野洋一 西井和徒)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例