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大阪高等裁判所 平成14年(ネ)3896号 判決 2003年11月26日

主文

1  甲・乙事件についての本件控訴を棄却する。

2  原判決中丙事件に関する部分を以下のとおり変更する。

(1)  控訴人と被控訴人ら及び被控訴人会社との間において、控訴人が原判決別紙相続財産目録記載1の各不動産について36分の1の持分を有することを確認する。

(2)  控訴人のその余の請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は、第1、2審を通じ、控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1  申立て

1  原判決を取り消す。

2  控訴人と被控訴人ら及び被控訴人会社との間において、控訴人が原判決別紙相続財産目録記載1の各不動産について所有権を有することを確認する。

3  控訴人と被控訴人会社との間において、被控訴人会社が原判決別紙相続財産目録記載1(1)の土地及び原判決別紙土地部分目録記載の土地部分について賃借権を有しないことを確認する。

4  被控訴人会社は、控訴人に対し、原判決別紙相続財産目録記載1(1)の土地及び原判決別紙土地部分目録記載の土地部分を明け渡せ。

5  被控訴人会社は、控訴人に対し、平成13年10月1日から上記4の明渡し完了の日まで、3か月当たり92万4500円の割合による金員を支払え。

6  被控訴人らの請求をいずれも棄却する。

第2  事案の概要等

1  事案の概要及び当事者の主張

以下のとおり付加、訂正するほか、原判決の「事実」中「第2 当事者の主張」に記載のとおりであるから、これを引用する。

(1)  原判決7頁3行目の「同人」を「控訴人Y」に改める。

(2)  同10頁20行目末尾を改行して以下のとおり加える。

「なお、亡Aの葬儀の後(平成元年1月ころから平成2年1月ころまでの間)、控訴人Yは「相続人は本来なら叔父達だと叔母(被控訴人X1の妻F)が言っている。」という噂があると聞いたことがあった。したがって、遅くともそのころには、被控訴人X1は自己が亡Aの相続人であることを知っていた。」

(3)  同12頁15行目の「権利濫用」の次に「に当たる」を加える。

(4)  同14頁16行目の「本件遺産」を「本件不動産」に、18行目の「遺言」を「遺言書(甲19、以下「本件遺言書」という。)」に、それぞれ改める。

(5)  同15頁5行目の「本件土地」を「本件不動産」に改め、6行目の「6日に」の次に「平穏・公然に」を加える。

(6)  同頁14行目の「原告ら」の次に「及び被控訴人会社」を加え、22行目の「亡Aの遺言」を「本件遺言書」に改める。

(7)  同頁25行目から末行にかけての「信じていた」を「信じ、そう信じることに過失はなかった」に改める。

(8)  同16頁19行目末尾を改行して以下のとおり加える。

「(予備的請求原因)

仮に控訴人YがC夫婦の子であるとしても、控訴人Yは、亡Aの遺産について36分の1の法定相続分を有するから、本件不動産についても36分の1の持分を有する。」

(9)  同17頁6行目の「本件賃貸借契約」を「本件土地賃貸借契約」に改める。

2  当審における控訴人の新主張(財産逸失)

(1)  控訴人

本件遺産中の不動産以外の財産は、相続税(1億3697万0400円)等の支払のために売却したりして全て控訴人の手元にないから、遺産分割の対象にも、相続回復請求の対象にもならない。

(2)  被控訴人ら

否認ないし争う。

本件遺産中の不動産以外の財産を控訴人が占有・管理等していることについては、裁判上の自白が成立しており、その撤回には異議がある。

3  原審は、控訴人は亡Aの嫡出子、非嫡出子、養子のいずれでもないから、本件遺産について相続権を有していない、控訴人は、本件遺産の占有・管理開始当時、自分が亡Aの子ではないことを知っていたと推認されるから、相続回復請求権の消滅時効を援用できない、亡Aが控訴人に対して本件不動産を遺贈したと認めることはできない、本件不動産の占有開始時において、控訴人が自己の所有不動産であると信じることについて過失がなかったとはいえないから、本件不動産に対する短期取得時効は完成していないなどとして、被控訴人らの請求をいずれも認容し、控訴人の請求をいずれも棄却する内容の判決を言い渡した。

控訴人は、原審の判断を不服とし、前記第1記載の判決を求めて本件控訴を提起した。

第3  当裁判所の判断

1  当裁判所は、被控訴人らの請求はいずれも認容すべきものであり、控訴人の請求は本件不動産について控訴人が36分の1の持分を有することの確認を求める限度でのみ認容すべきであって、控訴人のその余の請求はいずれも棄却すべきものであると判断する。

その理由は、以下のとおり付加、訂正、削除し、当審における控訴人の新主張(財産逸失)について下記2のとおり判断を加えるほか、原判決の「理由」(ただし、原判決26頁2行目から5行目までを除く。)に記載のとおりであるから、これを引用する。

(1)  原判決18頁18行目の「あるし」の次に「(最高裁昭和38年(オ)第1105号同39年3月17日第三小法廷判決・民集18巻3号473頁参照)」を加える。

(2)  同19頁9行目及び20頁7行目の各「証人」をいずれも削除する。

(3)  同19頁14行目及び20頁11行目の各「証言」を「別件訴訟において証言」にそれぞれ改め、19頁14行目の「しているところ」の次に「(甲65)」を加える。

(4)  同19頁24行目から25行目にかけての「現在まで婚姻関係が継続している」を「その婚姻関係は平成4年7月24日に亡Cが死亡するまで継続していた」に、25行目の「産まれた」を「生まれた」に、それぞれ改める。

(5)  同20頁25行目の「法定の届出によって効力を生じる要式行為である」を「民法799条、739条及び戸籍法の規定に従い、その所定の届出により法律上効力を有するいわゆる要式行為であり、かつ、それらの規定は強行法規と解すべきである」に改める。

(6)  同21頁3行目の「解される」の次に「(最高裁昭和49年(オ)第861号同50年4月8日第三小法廷判決・民集29巻4号401頁、最高裁昭和24年(オ)第97号同25年12月28日第二小法廷判決・民集4巻13号701頁参照)」を加える。

(7)  同頁12行目末尾を改行して以下のとおり加える。

「共同相続人相互の間で一部の者が他の者を共同相続人でないものとしてその相続権を侵害している場合において、相続回復請求権の消滅時効を援用しようとする者は、真正共同相続人の相続権を侵害している共同相続人が、当該相続権侵害の開始時点において、他に共同相続人がいることを知らず、かつ、これを知らなかったことに合理的な事由があったことを立証すべきである(最高裁平成7年(オ)第2468号同11年7月19日第一小法廷判決・民集53巻6号1138頁参照)から、本件では、控訴人Yにおいて、本件遺産の占有・管理開始当時、自己が亡Aの子でないことを知らず、かつ、これを知らなかったことに合理的な事由があったことを立証しない限り、相続回復請求権の消滅時効を援用することはできないと解される。」

(8)  同頁17行目の「しかしながら、」の次に以下のとおり加える。

「本件全証拠を精査しても、本件遺産の占有・管理開始当時、控訴人Yが亡Aの子でないことを知らなかったとの事実を認めるに足りる的確な証拠はない。

かえって、」

(9)  同頁17行目の「66」の次に「、79ないし83、乙54の3」を加え、18行目の「亡Aの葬儀の際、被告YはP」を「昭和63年1月7日、控訴人Yは、亡Aの死を知って焼香に訪れたP」に改める。

(10)  同頁末行の「これらの事実によれば」を「これらの事実と、前記認定のとおり、控訴人Yは、学齢期に達するまではC夫婦の下で養育され、九州で生活していたこと等を併せ考慮すれば、本件遺産の占有・管理開始当時、控訴人Yが亡Aの子でないことを知らなかったと認めることはできず、かえって、」に改める。

(11)  同22頁2行目末尾を改行して以下のとおり加える。

「なお、乙55(Pの回答書)中には前記認定事実(昭和63年1月7日におけるPと控訴人Yとのやり取り)を否定するような供述が存するが、前掲各証拠等に照らせば、Pの前記供述記載を採用することはできない。

したがって、控訴人Yは相続回復請求権の消滅時効を援用することができないというべきである。」

(12)  同22頁3行目から4行目までを以下のとおりに改める。

「(3) 「知った時」について

共同相続の場合において、民法884条所定の「相続権を侵害された事実を知った時」とは、自己が相続人の一人であることを認識し、かつ、相続から除外されていることを認識した時をいうと解するのが相当である。

本件全証拠を精査しても、亡Aが死亡した昭和62年12月26日当時、被控訴人らにおいて、自己が亡Aの相続人の一人であることを認識していたとの事実や、平成2年1月ころ、被控訴人X1において、自己が亡Aの相続人の一人であることを認識していたとの事実を認めるに足りる的確な証拠はない。

かえって、証拠(甲58、67、69、乙42)及び弁論の全趣旨によれば、被控訴人X1において、自己が亡Aの相続人の一人であることを知った時期は、平成6年1月ころであったことが認められる。

なお、乙9(控訴人Yの陳述書)中には「亡Aの葬儀の後に「相続人は本来なら叔父達だと叔母(被控訴人X1の妻F)が言っている。」という噂があると聞いた。」との趣旨の供述が存するが、噂話の類から直ちにそれに沿う事実を認定することはできないし、仮にFがそのような話をしたとしても、その発言内容等に照らすと、被控訴人X1が亡Aの相続人の一人であることを知っていたとまで認めることはできない。

したがって、被控訴人らについて、相続回復請求権の消滅時効は完成していないというべきである。

(4) よって、いずれにしても、相続回復請求権の消滅時効の抗弁に関する控訴人Yの主張は理由がない。」

(13)  同頁15行目の「被告X1」を「控訴人Y」に改め、21行目の「供述」の次に「(甲67)」を加える。

(14)  同頁24行目から25行目にかけての「実子でないことを」の次に「知らなかったと認めることはできず、かえって、そのことを」を加える。

(15)  同23頁18行目から19行目にかけての「相続人たる地位を有しない」を「子ではない」に、19行目の「所有権」を「単独での所有権」に、23行目の「亡Aの遺言書(甲19)」を「本件遺言書」に、それぞれ改める。

(16)  同25頁2行目の「法定相続人たる地位を有せず」を「子とはいえず」に、7行目の「本件土地」を「本件不動産」に、それぞれ改める。

(17)  同頁8行目末尾を改行して以下のとおり加える。

「イ 短期取得時効による所有権取得の可能性について

民法884条は相続回復請求権について特別の時効期間を定めることによって真正相続人と表見相続人との間の利害関係を調整しようとした規定であるというべきであるから、同条所定の消滅時効が完成しておらず、真正相続人が相続回復請求をなし得る間は、同法162条によって所有権を取得することはできないものと解するのが相当である。

本件においては、前記のとおり被控訴人らについて相続回復請求権の消滅時効は完成していないから、控訴人Yは短期取得時効を援用することができないというべきである。」

(18)  同頁9行目の「イ」を「ウ」に改め、10行目の「認定したとおり、」の次に「控訴人Yが本件不動産の占有・管理を開始した当時、控訴人Yは自己が亡Aの子でないことを知らなかったとは認められず、かえって、」を加える。

(19)  同頁14行目末尾を改行して以下のとおり加える。

「エ よって、いずれにしても、その余の点について判断するまでもなく、短期取得時効に関する控訴人Yの主張は理由がない。」

(20)  同頁17行目末尾を改行して以下のとおり加える。

「(予備的請求原因関係)

亡Aの親族関係は原判決別紙<略>家親族図(控訴人Yに関する部分を除く。)のとおりであること(当事者間に争いがない。)、及び前記認定のとおり控訴人YはC夫婦の子であることからすれば、控訴人Yは、亡Aの遺産について36分の1の法定相続分を有しており、本件不動産についても36分の1の持分を有するというべきである。」

(21)  同頁24行目の「地位を」の次に「単独では」を加える。

(22)  同頁24行目末尾を改行して以下のとおり加える。

「ウ なお、控訴人Yが本件不動産についても36分の1の持分を有するというべきであることは前記のとおりであるが、共有物を目的とする賃貸借契約の解除は、共有者によってされる場合には、民法252条本文にいう「共有物ノ管理ニ関スル事項」に該当し、過半数の同意が必要であるから(最高裁昭和36年(オ)第397号同39年2月25日第三小法廷判決・民集18巻2号329頁参照)、仮に本件土地賃貸借契約について解除事由が存するとしても、控訴人Yのみの意思によって解除することはできないというべきである。」

(23)  同頁末行の「からすれば、」の次に「その余の点について判断するまでもなく、」を加える。

2  当審における控訴人の新主張(財産逸失)について

本件遺産全部を控訴人が占有・管理等していることについては、裁判上の自白が成立しているところ、当該自白が真実に反し、かつ、錯誤に基づくものであったことを認めるに足りる証拠はないから、控訴人の主張(財産逸失)は理由がない。

3  当審における控訴人の主張に対する判断(補充)

(1)  控訴人は、当審においても、「控訴人は亡A・亡B間の嫡出子又は亡Aの非嫡出子である。」旨主張する。

しかしながら、控訴人を産んだのはDであって、亡Bではないから、控訴人は亡A・亡B間の嫡出子ではないこと、及び控訴人の自然的血縁上の父は亡Cであるとの法律上の推定を覆す事情は認められないから、控訴人と亡Aとの間には実子としての法的な親子関係がないことは、引用に係る原判決のとおりである。

よって、控訴人の前記主張を採用することはできない。

(2)  当審において、控訴人は「虚偽の嫡出子出生届には、養子縁組届以上に強い親子になろうとする意思、すなわち縁組意思が含まれている上、親子であるという公示の要求にも欠けるところがないこと、明治31年の民法施行によっていわゆる「藁の上からの養子」が法的に禁圧防止されるべきものとされた後も、その慣習は根絶されず、かえって、社会に厳然として存在している実子・養子についての差別感から養子を擁護・保護する民間の知恵と対策に対する弾圧・禁圧であるとして禁止に対する怨嗟の声が世に満ちており、「藁の上からの養子」のための違反行為に対する社会の倫理的非難は皆無に近いこと、「藁の上からの養子」のための虚偽の嫡出子出生届について、養親死亡後に養子以外の者が同出生届が虚偽であることだけを理由として親子関係を否定することができるとすると、養子には責任が全くないにもかかわらず、養子はそれまで築いてきた養親との身分関係と養親が残した遺産に対する権利とを全て失うことになるが、そのような結果は関係者間の公平を著しく害するものであること、親族法上の要式行為の目的は、意思表示がされたことを確実にするため及びこれを公示することにあるから、虚偽の嫡出子出生届に養子縁組届としての効力を認めても差し支えないこと、家庭裁判所による許可のない養子縁組届も、それが受理されれば一応有効に成立し、取消しの対象となるにすぎないから、その点も無効行為の転換を否定する絶対的な根拠にはならないこと、養子縁組関係法令は、登記・登録の各事務と同様に民事行政部門に属する戸籍事務に関するいわゆる行政法上の取締法規であって、狭義の強行法規であるとする必要はないこと等に照らせば、虚偽の嫡出子出生届に養子縁組届としての効力を認めるべきである。これを否定する最高裁判例は、法の解釈を誤ったものであるから、変更されるべきである。したがって、A夫婦が控訴人を嫡出子として行った虚偽の出生届は、控訴人をA夫婦の養子とする養子縁組届としての効力を有するというべきであるから、控訴人は亡A・亡B間の養子である。」旨主張する。

しかしながら、養子縁組は、民法799条、739条及び戸籍法の規定に従い、その所定の届出により法律上効力を有するいわゆる要式行為であり、かつ、それらの規定は強行法規と解すべきであるから、養子とする意図で他人の子を自己の嫡出子として出生届をしたとしても、上記出生届をもって養子縁組届とみなして有効に養子縁組が成立したものとすることはできないことは、前記のとおりであり、控訴人の前記主張を考慮しても上記結論が覆ることはないというべきである。

よって、控訴人の前記主張を採用することはできない。

(3)  当審において、控訴人は「本件遺産の占有・管理開始当時、自己が亡Aの子でないことを知らず、かつ、これを知らなかったことに合理的な事由があった。なお、証拠(乙9、55)に照らせば、亡Aの葬儀のころに、Pが控訴人に対して「本当のおじいさん、おばあさんが九州で生きていることを控訴人の息子に話しているのか」と尋ね、控訴人が「息子には話していないから」と言って話を遮ったという事実がないことは明らかである。また、亡Aが死亡した昭和62年12月26日当時、被控訴人らは自分たちが亡Aの相続人であることを知っていたし、仮にそうでないとしても、遅くとも平成2年1月ころには、被控訴人X1は自己が亡Aの相続人であることを知っていた。したがって、被控訴人らについて、相続回復請求権の消滅時効は完成している。」旨主張する。

しかしながら、控訴人において、本件遺産の占有・管理開始当時、自己が亡Aの子でないことを知らず、かつ、これを知らなかったことに合理的な事由があったことを立証しない限り、相続回復請求権の消滅時効を援用することはできないものであるところ、本件遺産の占有・管理開始当時、控訴人は自己が亡Aの実子でないことを知らなかったと認めることはできないこと、亡Aが死亡した昭和62年12月26日当時、被控訴人らにおいて、自己が亡Aの相続人の一人であることを認識していたとの事実や、平成2年1月ころ、被控訴人X1において、自己が亡Aの相続人の一人であることを認識していたとの事実を認めるに足りる的確な証拠はないから、被控訴人らについて、相続回復請求権の消滅時効は完成していないというべきであること、結論として、いずれにしても、相続回復請求権の消滅時効の抗弁に関する控訴人の主張は理由がないことは、前記のとおりであり、控訴人の前記主張を考慮しても上記結論が覆ることはないというべきである。

よって、控訴人の前記主張を採用することはできない。

(4)  当審において、控訴人は「被控訴人X1は、亡Aの死亡後間もなくから、控訴人の追出し行為等を露骨に始めており、また、控訴人は、亡Aの死亡後間もなくから、被控訴人X1に対して私的な直接交渉を幾度も呼びかけたが、被控訴人X1がこれに応じなかったため、控訴人はやむなく別件訴訟の提起に及んだのであって、これは被控訴人X1が自招した結果である。したがって、被控訴人X1による本件相続回復請求は、権利濫用に当たるというべきである。」などと主張する。

しかしながら、結論として、被控訴人X1による本件相続回復請求が権利の濫用に当たるといえないことは、引用に係る原判決のとおりであり、控訴人の前記主張を考慮しても上記結論が覆ることはないというべきである。

よって、控訴人の前記主張を採用することはできない。

(5)  控訴人は、当審においても、「本件遺言書作成当時、亡Aは控訴人のことを法定相続人と認識していたこと等に照らせば、本件遺言書第4項の「法的に定められたる相続人」が控訴人を指すことは明らかである。」旨主張する。

しかしながら、亡Aは、本件遺言書において、第1項ないし第3項では特定人を名指しして記載しているのに対し、第4項では、特定人を名指しせず、あえて「法的に定められたる相続人」という表現を用いていること等に鑑みると、「法的に定められたる相続人」とは、単に法定相続人を指すものと解すべきことは、引用に係る原判決のとおりであり、控訴人の前記主張を考慮しても上記結論が覆ることはないというべきである。

よって、控訴人の前記主張を採用することはできない。

(6)  控訴人は、当審においても、「亡Aが死亡した昭和62年12月26日以降、10年間にわたり、控訴人は本件不動産を自己の所有不動産と信じて平穏・公然に占有してきた。また、被控訴人ら周囲の人間からも控訴人が亡Aの唯一の相続人であるとして扱われていたこと等に照らせば、控訴人が本件不動産の占有開始時にこれを自己の所有不動産と信じたことについて過失はなかったといえる。したがって、平成9年12月26日の経過をもって、控訴人は本件不動産の所有権を時効により取得した。」旨主張する。

しかしながら、民法884条所定の消滅時効が完成しておらず、真正相続人が相続回復請求をなし得る間は、同法162条によって所有権を取得することはできないから、被控訴人らについて相続回復請求権の消滅時効が完成していない本件において、控訴人は短期取得時効を援用することができないというべきこと、本件遺産の占有・管理開始当時、控訴人は自己が亡Aの実子でないことを知らなかったと認めることができず、かえって、控訴人は亡Aの実子でないことを知っていたと認められる本件事情の下では、控訴人が本件不動産の占有開始時にこれを自己の所有不動産と信じることについて過失がないとはいえないこと、結論として、いずれにしても、短期取得時効に関する控訴人の主張は理由がないことは、前記のとおりであり、控訴人の前記主張を考慮しても上記結論が覆ることはないというべきである。

よって、控訴人の前記主張を採用することはできない。

4  以上のとおり、原判決は、甲・乙事件については相当であるが、丙事件については一部変更すべきであるから、訴訟費用の負担につき民事訴訟法67条2項、61条、64条ただし書を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 太田幸夫 裁判官 川谷道郎 細島秀勝)

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