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大阪高等裁判所 平成14年(ラ)408号 決定 2002年7月03日

抗告人(申述人) 山賀政彦

山賀たみ子

被相続人 山賀慶次

主文

1  原審判を取り消す。

2  抗告人らの相続放棄の申述をいずれも受理する。

理由

第1  抗告の趣旨及び理由

別紙のとおりである。

第2  当裁判所の判断

1  事実関係

一件記録によれば、次の事実が認められる。

(1)  被相続人(大正9年3月28日生)は、平成10年4月27日死亡し、相続が開始した。

その法定相続人は、妻の抗告人山賀たみ子(以下「たみ子」という。)、長男の抗告人山賀政彦(以下「政彦」という。)及び二男の広瀬保司(以下「保司」という。)の3名である。保司は、妻の実家広瀬家の養子となってさいたま市に住んでおり、抗告人両名が被相続人と同居していた。

(2)  被相続人は、生前、昭和52年ころから大園幹雄(以下「大園」という。)の造園業を手伝っていたが、大園が昭和57年及び昭和59年ころに借入れをした際に、保証人になったことがあった。

昭和61年に大園が倒産して行方不明となったため、被相続人は旧○○信用金庫から保証債務の返済を迫られ、昭和62年2月26日ころ自宅を抗告人政彦に売却してその売却代金の中から1000万円を同信用金庫に返済した。同信用金庫は、被相続人に対し「元金1495万7173円及び利息480万0111円の合計1984万8678円の一部返還金として1000万円を受け取った。同信用金庫は被相続人に対し、残債権については被相続人に対して請求しない。」旨を記載した代位弁済受取証を交付した。その後大園の債務について旧○○信用金庫その他の金融機関や信用保証協会から催告はなく、被相続人も抗告人らも、被相続人の債務は完済したと考えていた。

(3)  前記のとおり、被相続人は平成10年4月27日に死亡し、抗告人らが葬儀を行い、香典として144万円を受領した。

また、被相続人名義で預入金額300万円の郵便貯金(以下「本件貯金」という。)があった(他に被相続人の遺産があったとは認められない。)。抗告人たみ子は、同年5月27日に本件貯金を解約したが、その解約金は302万4825円であった(香典と合わせると446万4825円となる。)。

抗告人らは、これらから、被相続人の葬儀費用等として273万5045円を支出したほか、同年6月に仏壇を92万7150円で購入し、また、抗告人らの家では墓地のみを取得していたことから抗告人たみ子の希望で墓石を127万0500円で購入した。これらの合計は493万2695円となるところ、前記香典及び本件貯金の解約金を充て、不足分46万円余りは抗告人らが負担した。

(4)  その後、平成13年10月になって、○○信用保証協会から、被相続人あてに、「同保証協会が債務者大園分として、あなたに対して有する求債権の残高をお知らせします。」と記載し、求債権2口元金及び損害金総計5941万8010円と記載した同月16日付けの残高通知書が送付された。これにより、抗告人政彦は、初めて被相続人にまだ多額の債務が残っていたことを知った。そして、抗告人政彦は同通知書の件を抗告人たみ子及び保司に知らせた。

(5)  そして、抗告人ら及び保司は、上記の時点から3か月以内である平成13年11月27日、本件相続放棄の申述をした。

原審は、保司の相続放棄の申述を受理したが、抗告人らは、本件貯金を解約して墓石購入費に充てたことは相続財産を処分したときに当たり、単純承認したものとみなされるから、相続放棄をすることはできないとして、抗告人らの相続放棄の申述を却下した(原審判)。

これに対して抗告人らが抗告したのが本件である。

2  検討

(1)  本件貯金を解約して墓石購入費に充てた行為が法定単純承認たる「相続財産を処分したとき」(民法921条1号)に当たるかどうかについて

ア 葬儀は、人生最後の儀式として執り行われるものであり、社会的儀式として必要性が高いものである。そして、その時期を予想することは困難であり、葬儀を執り行うためには、必ず相当額の支出を伴うものである。これらの点からすれば、被相続人に相続財産があるときは、それをもって被相続人の葬儀費用に充当しても社会的見地から不当なものとはいえない。また、相続財産があるにもかかわらず、これを使用することが許されず、相続人らに資力がないため被相続人の葬儀を執り行うことができないとすれば、むしろ非常識な結果といわざるを得ないものである。

したがって、相続財産から葬儀費用を支出する行為は、法定単純承認たる「相続財産の処分」(民法921条1号)には当たらないというべきである。

イ 葬儀の後に仏壇や墓石を購入することは、葬儀費用の支払とはやや趣を異にする面があるが、一家の中心である夫ないし父親が死亡した場合に、その家に仏壇がなければこれを購入して死者をまつり、墓地があっても墓石がない場合にこれを建立して死者を弔うことも我が国の通常の慣例であり、預貯金等の被相続人の財産が残された場合で、相続債務があることが分からない場合に、遺族がこれを利用することも自然な行動である。

そして、抗告人らが購入した仏壇及び墓石は、いずれも社会的にみて不相当に高額のものとも断定できない上、抗告人らが香典及び本件貯金からこれらの購入費用を支出したが不足したため、一部は自己負担したものである。

これらの事実に、葬儀費用に関して先に述べたところと併せ考えると、抗告人らが本件貯金を解約し、その一部を仏壇及び墓石の購入費用の一部に充てた行為が、明白に法定単純承認たる「相続財産の処分」(民法921条1号)に当たるとは断定できないというべきである。

(2)  相続放棄をすべき期間等について

ア 相続人は、自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内に、相続の放棄等をしなければならない。そして、相続人が相続開始の原因となる事実及びこれにより自己が法律上相続人となった事実を知った時から3か月以内に相続放棄等をしなかったのが、相続財産が存在しないと信じたためであり、かつ、このように信ずるについて相当の理由がある場合には、民法915条1項所定の期間は、相続人が相続財産の全部若しくは一部の存在を認識した時又は通常これを認識しうべかりし時から起算するのが相当である。

イ 抗告人らは、本件貯金があることは相続開始後まもなく知ったが、被相続人には債務はないと信じていたものであって、債務があることを知ったのは、前記○○信用保証協会からの残高通知書に接した時であり、前記認定の事実関係からすれば、それはやむを得ないことというべきである。そして、被相続人には本件貯金のほかに積極財産はなかったのであるから、抗告人らは、本件債務のように多額の債務があることを知っておれば、相続開始後すぐに相続放棄をしたはずであることは明らかである。

そうとすれば、抗告人らが被相続人の死亡及び自己が相続人であることを知った時から3か月を経過した後に本件相続放棄の申述をしたのは、やむを得ないものであり、民法915条1項所定の期間は、抗告人らが○○信用保証協会からの残高通知書に接した時から起算すべきものと解する余地がある。

したがって、抗告人らの相続放棄の申述が明白に民法915条1項所定の期間を経過した後にされた不適法のものであるということもできない。

(3)  相続放棄の申述の受理について

ア ところで、相続放棄の申述の受理は、家庭裁判所が後見的立場から行う公証的性質を有する準裁判行為であって、申述を受理したとしても、相続放棄が有効であることを確定するものではない。相続放棄等の効力は、後に訴訟において当事者の主張を尽くし証拠調べによって決せられるのが相当である。

したがって、家庭裁判所が相続放棄の申述を受理するに当たって、その要件を厳格に審理し、要件を満たすもののみを受理し、要件を欠くと判断するものを却下するのは相当でない。もっとも、相続放棄の要件がないことが明らかな場合まで申述を受理するのは、かえって紛争を招くことになって妥当でないが、明らかに要件を欠くとは認められない場合には、これを受理するのが相当である。

イ そして、前記のとおり、抗告人らの相続放棄の申述が明らかにその要件を欠く不適法のものと断定することはできないから、家庭裁判所としては、これを受理するのが相当である。

3  結論

よって、抗告人らの本件相続放棄の申述をいずれも却下した原審判は相当でなく、抗告人らの抗告はいずれも理由があるから、原審判を取り消し、相続放棄の申述の受理は公証的性質を有する準裁判行為と認められ(なお、家事審判法9条1項は相続放棄の申述の受理についても「審判」を行うものとしている。)、本件ではみずから審判に代わる裁判をするのを相当と認めるから、抗告人らの相続放棄の申述をいずれも受理することとして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 岩井俊 裁判官 水口雅資 高橋善久)

別紙 抗告の趣旨

京都家庭裁判所平成13年家イ第11784号、11785号相続申述事件の平成14年3月27日付「申述人らの相続放棄の申述はいずれも却下する」との審判(同年4月4日送達)は、これを取消し、本件を同裁判所に差し戻すとの裁判を求める。

抗告の理由

1 本件は、相続が開始した平成10年4月27日から相当期間経過した平成13年10月17日ころ、○○信用保証協会○○支所から被相続人の保証債務を示す通知があり、相続放棄の申述をなしたものである。3年余後の申立にもかかわらず、その間の事情については良く審理され申述者らの主張を容れられたことは感謝している(次男の広瀬保司については申述は受理された)。

ただ、原審が却下した理由として、墓石代の支払金127万0500円の支払いを相続財産の処分と認定された点については、その社会的見地から相当なものと考える次第であって、この点は再考されんことを希望する。

2 抗告人らは「遺族として当然営まざるべからざる葬式費用に相続財産を支出する如きは道義上必然の行為である」として、相続財産の処分にはあたらないとする判例(東京控訴院判例昭和11・9・21・新聞4059・13)を挙げ、前記判例で言う「葬式費用」の範囲については古い判例であるので明確ではないが、葬儀自体が被相続人に対する祭祀行為である以上、その一環である祭祀供用物である仏壇や墓石に関する費用と、葬儀の直接費を区別しなければならない理由はないと考えられるし、また、本件で購入した仏壇及び墓石は社会的相当の範囲内のものであると主張した。

これに対し原審判は、前判決の趣旨とするところは、葬儀は社会的儀式として必要性が高く予期せざる時期に生じて必ず出費を伴うものであること、相続財産をもって葬儀費用に充当しても社会的見地からして不当とはいえず、これが使用できないとすればむしろ非常識な結果となること、葬儀が円滑に行えることなど、と理解し、

本件墓石の購入は<1>葬儀費用ほどに急ぐ必要性のあることではなく<2>相続財産をもって墓石を購入することが遺族として道義上当然の行為と言うこともできないこと<3>葬儀と異なり墓石の購入は必ずしも被相続人のためにのみ必要なものでもないから、葬儀のための支出と同様には論ぜられないとする。

3 しかしながら、<1>本件墓石は、相続が開始した約2ヶ月後の平成10年6月18日に支出されているが(平成13年12月10日付意見書添付の領収書)実際には法事が終わるころ○○石材株式会社に注文しており、支出が特に遅れているわけではない。<2>抗告人らからすると、葬儀自体が被相続人に対する祭祀行為である以上、その一環である祭祀供用物である仏壇や墓石の購入は当然行われるべきものであって、道義上も当然の行為といえる。<3>墓石には「山賀家之墓」を刻まれているが抗告人らとしては直接には被相続人を祀るために立墓したものであり、将来この墓石がいかに使われるかは副次的効果でしかないのである。

抗告人らとしては、前記判例が古いものであり、現今の葬儀立墓には相当の費用がかかることより、この際、その趣旨を拡大され本件にも適用すべきと考える次第である。

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