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大阪高等裁判所 平成14年(行コ)106号 判決 2005年12月08日

主文

1  原判決主文第1,2項に係る関係控訴人らの各控訴をいずれも棄却する。

2  別紙控訴人目録2記載の控訴人らの各控訴に基づき,原判決主文第3,4項に係る同控訴人らに関する部分を次のとおり変更する。

(1)  同控訴人らの被控訴人が平成6年7月14日付けでした国営新愛知川土地改良事業計画の決定に対する異議申立てについての各決定の取消しを求める訴えのうち,それぞれ他人宛の各決定の取消しを求める訴えをいずれも却下する。

(2)  同控訴人らの被控訴人が平成6年7月14日付けでした国営新愛知川土地改良事業計画の決定に対する異議申立てについての各決定の取消しを求める訴えのうち,同控訴人らそれぞれの自己宛の決定の取消しを求める請求をいずれも棄却する。

3  別紙控訴人目録3記載の控訴人らの各控訴に基づき,原判決主文第5項に関する部分を取り消す。

(1)  被控訴人が平成6年7月14日付けでした上記土地改良事業計画の決定に対する異議申立てについてのP1,控訴人P2及び同P3宛の各決定をいずれも取り消す。

(2)  上記目録3記載の控訴人らの被控訴人が平成6年7月14日付けでした上記土地改良事業計画の決定に対する異議申立てについての各決定の取消しを求める訴えのうち,上記(1)以外の部分に係る訴えをいずれも却下する。

4  訴訟費用は,被控訴人に生じた控訴費用の41分の22と別紙控訴人目録1記載の控訴人らに生じた控訴費用とを同控訴人らの負担とし,被控訴人に生じた原審費用の52分の15及び控訴費用の41分の15と同目録2記載の控訴人らに生じた原審費用及び控訴費用とを同控訴人らの負担とし,被控訴人に生じた原審費用の52分の3及び控訴費用の41分の3と同目録3記載の控訴人らに生じた原審費用及び控訴費用とを被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  控訴人ら

(1)  原判決を取り消す。

(2)  被控訴人が平成6年1月24日付けで行った国営新愛知川土地改良事業計画の決定(以下「本件事業計画決定」又は「本件決定」という。)及び平成6年7月14日付けでした本件決定に対する控訴人らの異議申立てについての各決定をいずれも取り消す。

(3)  訴訟費用は第1,2審とも被控訴人の負担とする。

2  被控訴人

(1)  本件各控訴をいずれも棄却する。

(2)  控訴費用は控訴人らの負担とする。

第2事案の概要

1  本件は,滋賀県内の愛知川の下流域の八日市市ほか8町(平成6年当時のもの。以下,市町村については,当事者の住所表示以外は,平成17年3月までの市町村とその名称による。)にわたる水田地域(約7500ha,約9300戸)を施行地域とし,同施行地域の農業用水を確保するために,愛知川の上流に設置されたα1ダムの更に上流の同ダムから北東方向に約7キロメートルの地点に農業用用排水施設としてα1第2ダム(以下「α1第2ダム」又は「第2ダム」ともいう。)を新設することを主な内容とする国営の新愛知川土地改良事業(以下「本件事業」という。)につき,被控訴人が平成6年1月24日付けで事業計画の決定(本件決定)をし(なお,以下,本件決定による事業計画を,「本件事業計画」又は「計画」ともいう。),これに対する異議申立てを同年7月14日付けで却下及び棄却の各決定をしたことについて,第2ダムの建設予定地の下流域に所在するα2東部地区等に居住する控訴人らが,本件決定は,建設予定地周辺の貴重な自然環境を破壊するものであり,それに至る手続には,土地改良法(平成13年法律第82号による改正前のもの,以下「法」ともいう。),同法施行令(ただし,本件決定当時のもの。以下「令」ともいう。)や他の関係法令等に反する違法がある上,本件決定は,令2条各号で規定されたその必要性,技術的可能性,経済性等の基本的な要件も欠き,いずれの観点からも違法であるなどと主張して,被控訴人に対し,本件決定及びこれに対する異議申立てについての各決定の取消しを求めた事案である。控訴人らは,当審において,更に,本件決定には,通達等で定められたボーリング調査等の地質調査を欠くなどしたためダムの規模を誤って設計した重大な瑕疵があるなどの主張も追加した。

2  原判決は,控訴人らの本件決定の取消しを求める部分及び原判決別紙原告目録1記載の控訴人らの上記の異議申立てについての各決定の取消しを求める部分に係る訴えをいずれも却下し(原判決主文第1,2項),同目録2記載の控訴人らの前記の異議申立てについての棄却の各決定の取消しを求める部分に係る訴えをいずれも却下し,前記の異議申立てについての却下の各決定の取消しを求める部分の請求をいずれも棄却すると共に(同主文第3,4項),同目録3記載の控訴人らの異議申立てについての棄却の各決定の取消しを求める請求をいずれも棄却した(同主文第5項)。

3  原判決に対し,原審の原告52名のうちの41名が控訴をし,残りの原審原告ら11名の関係では,訴えの却下又はそれぞれの請求の棄却をした原判決が確定した。その後,当審で控訴人P4の関係の訴えが取り下げられた。

4  基礎となる事実は,原判決の「事実及び理由」中の第2のⅠ(原判決2頁22行目から8頁14行目まで)の控訴人らと被控訴人関係部分記載のとおりであるから,これを引用する。

5  争点

(本案前)

(1) 本件決定に対する取消訴訟を提起できるか否か。

(2) 異議申立てを経ていない控訴人らが異議申立てについての決定の取消しを求めることができるか。

(本案)

(1) 本件却下決定が違法であるか否か。

(2) 本件事業計画を定める手続上,基本的な要件判断の手続過程に重大な瑕疵があるか(当審主張)。

(3) 専門的知識を有する技術者の調査報告(法87条2項,8条2項,3項)は十分なものであるか,調査報告内容の判断過程に重大な瑕疵があるか。

(4) その他,本件決定に至る手続に,事前に環境影響評価をする必要があるか。法85条2項の公告手続及び同意取得手続に違法があるか。同意が錯誤により無効であるかどうか(当審主張)。

(5) 本件事業計画が令所定の基本的な要件に適合しているか否か。

ア 必要性の要件(令2条1号)に適合しているか。

イ 技術的可能性の要件(令2条2号)に適合しているか。

ウ 経済性の要件(令2条3号)に適合しているか。

エ その他,①環境配慮義務を尽くすこと,②周辺住民等の生命,身体,財産に対する配慮義務を尽くすこと,③その他の産業と調和することが実体的要件かどうか,そうであれば,それらに適合しているか。

6  争点に関する当事者の主張

(本案前の争点(1)(2)について)

(1)  原判決の「事実及び理由」中の第2のⅢの1(原判決9頁18行目から11頁17行目まで)の控訴人らと被控訴人関係部分記載のとおりであるから,これを引用する。

(2)  被控訴人の補足主張

控訴人らの本件訴えのうち,控訴人ら全員の本件決定の取消しを求める部分は不適法であり,別紙控訴人目録1記載の控訴人らの各異議決定(各却下決定及び各棄却決定)の取消しを求める部分は,同控訴人らはそもそも異議についての決定を受けていないから不適法である。

(本案の争点について)

(1)  争点(1) 別紙控訴人目録2記載の控訴人らに対する本件却下決定が違法であるか否か。

ア 次に当審主張を付加するほか,原判決の「事実及び理由」中の第2のⅢの2のうち原判決11頁19行目から14頁12行目までの控訴人らと被控訴人関係部分記載のとおりであるから,これを引用する。

イ 控訴人らの補足主張

(ア) 別紙控訴人目録2記載の控訴人P5(原審の原告番号48,以下,「控訴人48」ともいい,他の控訴人についても,別紙控訴人目録記載の原審の原告番号に従って同様に表示することがある。)は,3条資格者である。同控訴人は,昭和35年4月31日に八日市市α33523番・田2287平方メートル(甲195),同α33517番・田781平方メートル,同α43793番畑235平方メートルの所有権を取得した(甲145の2)。同控訴人は,本件決定に対する異議の申立ての時点で,その所有の上記の田の所有名義人であった。同控訴人は,他の土地の所有名義が父のP6であったときからその農地の耕作をし,実質的には父に代わって耕作の業務を営んでいた。

(イ) 別紙控訴人目録2記載の控訴人らは,3条資格者ではなくても,本件事業に関係のある土地又はその土地に定着する物件の所有者,本件事業に関係のある水面につき漁業権又は入漁権を有する者,その他これらの土地,物件,又は権利に関し権利を有する者のいずれかに該当するから,本件決定に対する異議申立適格を有する。

a 法及びその関連規定は,土地改良事業の施行地域の周辺住民の生命,身体,財産に対する配慮義務,他産業との調整義務,環境配慮義務を課している。更に,法は,土地改良区が施行する土地改良事業について,法9条において「土地改良事業に関係のある土地又はその土地に定着する物件の所有者,当該土地改良事業に関係のある水面につき漁業権又は入漁権を有する者その他これらの土地,物件,又は権利に関し権利を有する者」に法8条6項の公告に係る決定に対する「異議の申出」を認め,土地改良事業計画の変更に関して法48条9項においてこれを準用し,換地計画に関して法52条の3において同旨の規定をおいている。また,市町村施行の土地改良事業についての知事の認可について,法96条の5において同趣旨の規定をおいている。国が施行する本件事業の本件決定に対する異議申立適格も同様の範囲の者に認めるべきである。

b 控訴人3,9ないし11,13ないし15,20,33,43,45,47ないし50は,いずれもα1ダムの下流の愛知川沿岸,α1ダムの後背地,第2ダムの下流に当たる愛知川沿岸,又はα5頭首工の下流域に,宅地,建物及び農地などを所有して生活しており(甲80,18の12頁),第2ダムの建設によって,生命・身体,財産等が侵害されるおそれがある。また,控訴人3,9,14,15,20,33は,いずれも,愛知川上流漁業協同組合の組合員であってα1ダムの上流・下流で漁業を営む者であり,本件事業が実施されると河川の流量の減少,富栄養化,濁水及び河川の掘削等による河川環境の悪化により漁業ができなくなり,その利益が侵害される。

ウ 被控訴人の補足主張

別紙控訴人目録2記載の控訴人らの各自それぞれに対する異議決定の取消しを求める請求は,いずれも異議申立適格がないとして却下したそれぞれの異議についての決定が相当であるからいずれも理由がない。

(ア) 控訴人48(P5)は3条資格者ではない。法3条に規定する耕作の業務を営む者とは,当該耕作の業務による損益が自己に帰属する者をいい,同控訴人所有の農地も父のP6が土地改良区の賦課名義人で,農業委員会への農業所得の申告もP6名義でしており,P6が耕作の業務を営んでいた。同控訴人が土地改良区の組合員となったのは,平成9年10月31日をもって組合員資格の得喪の通知をした後である(法43条1項)。

(イ) 河川法23条,24条の各許可について,河川流域の住民等がその取消しを求める法律上の利益を有するとしても,それは河川法において保護される利益であって,法(土地改良法)によって保護される利益ではない。法(土地改良法)上の構造物の新築の場合も,河川流域の住民等がそれを不服とするときは,河川流域内構造物共通の問題として河川法上の処分に関する訴訟で争われるべきである。河川法95条による国と河川管理者との協議の成立が本件決定の要件となっているものでもない。のみならず,第2ダムの建設予定地付近の河川は,河川法の適用を受ける河川ではなく,普通河川である。

(ウ) 控訴人3,9,14,15,20,33は,愛知川上流漁業協同組合の組合員であるから異議申立適格を有すると主張するが,同控訴人らは基礎付ける事実の立証をしていない。

(2)  争点(2) 本件事業計画を定める手続上,基本的な要件判断の手続過程に重大な瑕疵があるか(当審主張)。

ア 控訴人らの主張

(ア) 被控訴人は,本件決定に先立って行われるべきであった計画調査及び全体設計調査において,第2ダムの建設予定地の地形調査及び地質調査について,土地改良事業設計基準(昭和56年4月1日付け農林水産事務次官通達の「設計・ダム」,以下「本件設計基準」ともいう。)に違反して,ダム地点の地形図を作成するための実地測量を怠り,貯水容量の算定の基礎となる池敷については,実地測量も航空測量も実施せず,そもそも測量による地形図の作成をしないままに,既存の縮尺2500分の1のα2作成の公共測量図を使用してその地形等から貯水容量を推認し,更に,ダム地点の地下地質調査としてのボーリング調査,弾性波探査及び横杭の調査もすべて怠った。本件設計基準で定められたこれらの各調査は,貯水容量の算定,ダム規模の設計及び総事業費の算定のためにも必要不可欠なもので,被控訴人自らこれに従うべきことを自認している計画基準・手続準則である。現に,被控訴人も,当初は,実地測量による縮尺500分の1の地形図の作成,弾性波探査(5測線,1.3キロメートル),ボーリング調査及び横杭調査をする予定で,その旨の説明をし,平成4年2月の時点まで,それらの調査が必要であると認識し,それらの調査箇所も具体的に検討し,その準備までしていた。

(イ) にもかかわらず,被控訴人は,結局,それらの調査をしないまま,近畿農政局において全体実施設計の作業を進め,平成5年2月4日付けで京都大学のP7教授及びP8教授に法87条2項,8条2,3項所定の調査とその報告書の作成委嘱をし,同年3月,近畿農政局において全体実施設計書が作成され,その後,前記両教授の「調査報告書」(乙7)が提出され,平成6年1月24日,被控訴人は,本件決定をした。

(ウ) このように,本件事業の全体実施設計は,必要性,技術的可能性及び経済性の各要件の判断に必要不可欠な本件設計基準で定められた前記の各調査をせず,現地の地形,地質に基づかないもので,ダムの規模や貯水容量,建設地点の地質,岩盤の強度,透水性等の基本的な認識を大きく誤り,その結果,令2条所定の必要性,技術的可能性,経済性等の要件の有無について確認されないままされたのであって,全体設計調査そのものがされなかったに等しい。かような瑕疵は,法の定める土地改良事業計画の変更手続では是正できない重大な瑕疵というべきである。

しかも,本件決定に至る手続にこのような重大な瑕疵があった結果,本件決定は,建設予定地の地形及び地質の状況を大幅に誤り,ダムの規模の設計も誤り,その総事業費の算定も大幅に誤った。地形については,ダムの貯水池となる谷部の幅を誤って広く推定し,ダム地点の地形をより急なものと推定するなどの誤った判断をし,ダム地点付近の地盤については,表層部全体に軟弱で透水性の高い地盤が深さ約20メートルにわたって被さっているだけでなく,ダム堤趾部の右岸側には高い透水性を示す地盤が深さ約80メートルまで達し,更にその上流部のダム軸の右岸側にはCM級の軟弱地盤の塊が存在することを看過した。その結果,計画による貯水可能量を確保するためには,ダムの規模を大幅に変更せざるを得なくなり,総事業費は計画よりも大幅に増大することになった。このように,被控訴人は,通達等で定められた各調査を怠ったため,令2条の経済性の要件を算定する際の総事業費をあまりにも過小に算定し,それを前提に本件決定をした。

イ 被控訴人の主張

(ア) 本件決定及びそれに対する各異議についての各決定の違法性の判断の基準時は,処分時である。ダム建設の各段階で実施される調査は,その段階に応じて調査の事項,範囲,方針,精度などが自ずと異なってくるもので,その間の測量技術の向上等に伴う精度の差も生じることから,事業着手の後の工事実施調査で新たな事実が判明したとしても,それらは,計画時点における本件決定の適法性には,何らの影響も及ぼさない。

(イ) 控訴人らが違反していると主張しているのは,本件設計基準の運用通知の解説部分に記載された調査等がその記載どおりに実施されていないというもので,同解説部分は,甲214の1頁にもあるように,あくまで一般的な技術基準であり,個々のダムの設計・施工に当たっては実情に則して,適切にこの基準の運用を図るべきである,とされている。同解説部分は,そこに記載された内容の調査を常に実施することを求めたものではない。

(ウ) 計画に先立って行われた計画調査及び全体設計調査の段階では,第2ダムの貯水池容量の算定の基にする池敷地形図について,測量を実施してこれを作成せずに,既存のα2の縮尺2500分の1のα1基本図(乙96,以下「本件基本図」という。)を使用した。本件決定の後の工事実施調査において,航空測量により作成された縮尺1000分の1の池敷地形図と現地に立ち入った実地測量の結果,貯水池となる池敷の谷部の幅が計画による推定よりも概して狭く,一方,建設予定地の地形が計画による推定よりも緩やかであったことが判明した。このように相違が生じた原因は,本件基本図の縮尺と航空測量による前記の池敷地形図との縮尺の相違もあるが,農林水産省では平成9年度にその運用基準が制定されたGSP測量やデジタルマッピングの導入,CADによる面積測定などの測量技術の進歩に伴う精度の向上によるものと推察される。

また,全体設計調査の段階では,ダム地点の地下地質調査,すなわち,ボーリング調査,弾性波探査及び横杭も実施しなかった。しかし,これは,地表地質調査を行った結果,河床両岸には連続的に,のり面には散在的に堅固な岩盤が露出していることや,室内岩石試験の結果から,予定地の地質は極めて良好(堅固)であることが確認できたからである。本件設計基準においても,ボーリング調査は,河床部などで明らかに健岩の露頭がみられる場合などは省略されるとされている。後に実施された工事実施調査等においても,建設予定地は,チャート主体の堅固な岩盤であることが判明しており,計画時にはダム軸の河床堆積物を地形勾配等から約5メートルと推定していたが,工事実施調査における弾性波探査の結果でも5メートルを上回ることはないと推定された。また,本件決定の後の工事実施調査において,ダム軸から約40メートル下流の地点でのボーリング調査で河床堆積物の厚さが約10メートルあることが判明し,その結果,設計上の判断から,ダム軸における基礎掘削深を上記地点の河床堆積物の最大の深さに合わせる必要が生じ,基礎掘削深を計画よりも深くすることになった。しかし,全体設計調査の段階で仮にボーリング調査を行うとしても,ダム軸について行うのが一般的であり,それ以外の箇所は,工事実施調査の段階で行われるのが通常の手順であるから,ダム軸でボーリング調査を行わなかったことと基礎掘削深が計画時のそれよりも深くなったことは全く無関係である。また,工事実施調査でも,強度や透水性などの地質性状に問題は認められなかったことが確認されており,結局,地下地質調査を省略したことで何ら不都合は生じていない。第2ダムの計画堆砂量も,全体実施設計書(乙16の1,95頁以下)においては,本件設計基準で定められた100年の堆砂量を見込んでいる。

(エ) ダム地点について,全体設計調査の段階までに実地測量による縦断測量や横断測量も実施しなかった。しかし,本件設計基準においても,事業計画の決定の後に予定されている工事実施調査の段階を含めた調査内容として,ダム地点地形図についての縮尺500分の1から1000分の1などの条件の各地形図の作成が求められ,その図化方法が実地測量によるとされているのであり,必ずしも全体設計調査の段階までにそれらが求められているのではない。被控訴人としては,計画策定の段階では,ダムサイトが強固な岩盤で形成される急峻な地形であり,航空測量により作成した500分の1の地形図(乙16の6・図面番号2-2)により,本件設計基準で定められた全体設計調査の目的が達成可能と判断し,実地測量までは実施しなかった。

(オ) 本件決定の後の平成13年度及び平成14年度の工事実施調査によって,河床部の基礎地盤が決定時の推定よりも一部深かったこと,貯水池となる池敷の谷部が当初推定していた幅よりも狭く,一方,建設予定地の地形が計画による推定よりも緩やかであることが判明し,第2ダムの堤高を9メートル程度(谷幅が狭かったことにより3.5メートル,基礎地盤の一部掘り下げにより5.5メートル)高くすることを余儀なくされた。しかし,本件事業の着手の後に判明した上記事実は,ダム建設の一般的な手順に従って後により詳細で精度の高い調査を実施したことにより判明したもので,本件決定の違法性の判断に何らの影響も及ぼさない。

(3)  争点(3) 専門的知識を有する技術者の調査報告(法87条2項,8条2項,3項)は十分なものであるか,調査報告内容の判断過程に重大な瑕疵があるか。

ア 次に当審主張を付加するほか,原判決の「事実及び理由」中の第2のⅢの2のうち原判決47頁21行目から48頁2行目までの控訴人らと被控訴人関係部分記載のとおりであるから,これを引用する。

イ 控訴人らの補足主張

本件決定の前提となった専門的知識を有する技術者の意見書(乙7)は,法87条2項,8条2項,3項所定の手続,内容に反した重大な瑕疵があり,それゆえ,本件決定には,法8条2,3項に違背する違法がある。

(ア) 法87条2項が準用する法8条2項は「省令の定めるところにより,農用地の改良,開発,保全又は集団化に関し専門的知識を有する技術者が調査して提出する報告に基かなければならない」とし,同条3項は「前項の調査は,当該土地改良事業のすべての効用と費用とについての調査を含むものでなければならない。」と定めているが,これらの規定は,国営土地改良事業の計画決定に際し,その計画決定の適正さ,公正さを担保するため,計画決定権者とは別の専門技術者による調査及び科学的・技術的な検討を実施させ,その結果を記載した調査報告書に基づいて計画決定をすべきことを要求している。

すなわち,土地改良事業は,農業者がその第一次的受益者として事業費用の一部を負担するが(土地改良事業の私的側面),同時に,国土資源の効率的利用を促進するという公益的観点(土地改良事業の共同的,社会的側面)も有し,国及び地方公共団体の公金が投入されることと定められ(法126条),広範囲にわたる土地を対象とし,事業規模も大きく,事業による自然的,社会的,経済的影響を伴うから,事業の直接的受益者のみならず第三者の利害関係に対しても様々な影響を及ぼすので,土地改良事業の実施に当たっては,そもそも,その事業実施の必要性に合理的根拠があるか,事業の実施が技術的に可能か(周辺の住民の生命・身体,財産等の安全性確保を含む。),事業による効果が投入されるすべての費用を上回るか(公金投入について国民経済からみた効率性の確保),事業費用について農業者の負担能力を超えないか(農業者からみた事業費用の負担の妥当性)などが適正に検討されなければならず,法8条4項1号,令2条1ないし6号所定の基本的な要件について,計画決定権者の判断基礎となる事項の範囲や判断根拠となる具体的事実について専門的知識を有する技術者による調査を実施させ,この調査により多面的,かつ,正確で客観的な資料をあまねく収集させ,その分析,検討に基づく適切な評価,比較衡量を専門的,技術的観点から実施せしめ,これに基づく調査報告書を作成して提出させることにして,計画決定権者による客観的な適正妥当と公正な判断に基づく決定処分を担保することとしたのである。

(イ) したがって,国営土地改良事業においては,法8条2,3項の手続規定を形式的に履践するだけでは足りず,手続規定が要求する調査,検討,審査が実質的に行われ,かつ,計画決定がその実質的調査,検討,審理に基づいてなされたものと認め得るものでなければならない。そうすると,法8条2,3項が,計画決定権者による決定に先だって専門的知識を有する技術者の調査及び報告に基づくことを定めた趣旨,目的が上記のとおりであることに照らせば,仮に当該計画決定手続において計画決定が形式的になされたとしても,その手続における決定が専門技術者の調査報告書に基づくことを要求した法8条2,3項の趣旨,目的に反すると認めうる瑕疵があるときは,当該手続は違法というべきである(行政庁の行政処分に先立って諮問機関に諮問し,その決定を尊重して処分をしなければならない等の手続規定がある場合の行政処分の違法性についての最高裁昭和50年5月29日第1小法廷判決・民集29巻5号662頁,最高裁昭和46年1月22日第2小法廷判決・民集25巻1号45頁等参照。)。

そうすると,仮に本件決定に至る手続において専門知識を有する技術者の調査やそれに基づいて作成されるべき調査報告書の作成が形式的にされたとしても,それが法8条2,3項の趣旨及び目的に反すると認めうる場合には,本件決定自体が違法となる。

(ウ) 上記の土地改良事業の各要件,基準を審理するために,専門的知識を有する技術者が調査し検討すべき事項内容は次のとおりであり,土地改良事業に関わる多様で広範囲な利害調整,自然的,技術的,社会的,経済的要素事項にわたっている(同法施行細則(以下「細則」という。)15条)。

① 当該土地改良事業の施行を必要と認める場合には,その理由及び必要の程度,不必要と認める場合にはその理由。

② 当該土地改良事業の施行を技術的に可能と認める場合には,その理由,不可能と認める場合には,その理由,及びこれらの場合において更に適当な方法があると認めるときは,その施行方法。

③ 当該土地改良事業を当該土地改良区が行うことの当否に関する技術的意見。

④ 当該土地改良事業のすべての効用と費用との比較及びこれらの算出根拠。

⑤ 当該土地改良事業が令2条4号の要件に適合しているかどうかについての意見

⑥ 当該土地改良事業が同法7条4項に規定する土地改良事業である場合には,当該土地改良事業計画において定めれた非農用地区域が同法8条5項各号に掲げる要件に適しているかどうかについての意見

⑦ 当該土地改良事業の施行が他の事業と関係があると認められる場合には,関係のある事業間の調整方法についての意見

⑧ その他当該土地改良事業計画書に記載された事項の当否及びその理由並びに不適当とするする場合には,当該事項に代わるべき他の事項

⑨ 当該土地改良事業によって生ずべき土地改良施設がある場合には,その管理方法に関する技術的意見

(エ) ところが,本件決定に至る過程においては,計画調査及び全体設計調査としての第2ダムの建設予定地の地形調査及び地質調査について,本件設計基準に違反して,ダム地点の地形図を作成するための実地測量がされず,池敷については,実地測量も航空測量も実施されずに既存の縮尺2500分の1のα2作成の公共測量図が使用され,更に,ダム地点の地下地質調査としてのボーリング調査,弾性波探査及び横杭の調査も実施されず,このようにして,貯水容量,ダムの規模を大きく誤った全体実施設計がされた。

(オ) そして,平成5年2月4日付けで近畿農政局から委嘱を受けた農業土木の専門家である京都大学農学部農業工学科のP7教授,農業経済の専門家である同大学農学部生物資源経済学のP8教授は,前記のように,本件設計基準に違反して必要な調査をせずに貯水容量やダムの規模を大きく誤った全体実施設計の過程の資料に基づいて調査し,平成5年2月22日及び23日に現地調査を実施し,それに基づく調査報告書を作成して,近畿農政局に提出した(提出年月日不明)。調査報告書の内容も,上記の点についての具体的な言及がなく,法の趣旨及び目的に沿わない不十分なものであった。

(カ) 以上のとおり,本件事業計画には,法が要求している調査,費用,効果の検討を被控訴人が実施せず,現地の地形,地質,地盤の実態と著しく異なる事実を元に決定されたという重大かつ客観的な瑕疵があるところ,これを看過した前記各教授の調査及び調査報告書の作成手続には,法所定の手続違背があり,また,その内容も現地調査に基づかないものであるがゆえに,実態と著しく齟齬した内容となっている。

そうすると,本件決定に先立って作成された調査報告書が形式的に存在するとしても,この専門的知識を有する技術者の調査,検討の手続及び調査報告書の内容には,法8条2,3項が定める本件決定の客観的な適正妥当性と公正さを担保するものと認めることができない重大な瑕疵があるのであって,これを前提とした本件決定それ自体も違法となる。

ウ 被控訴人の補足主張

控訴人らの補足主張は争う。

(4)  争点(4) 本件決定に至る手続において,法85条2項の公告手続及び同意取得手続に違法があるか。同意が錯誤により無効であるかどうか(当審主張)。事前に環境影響評価をする必要があるか。。

ア 次に当審主張を付加するほか,原判決の「事実及び理由」中の第2のⅢの2のうち原判決45頁7行目から47頁19行目まで及び原判決44頁1行目から45頁6行目までの控訴人らと被控訴人関係部分記載のとおりであるから,これを引用する。

イ 控訴人らの補足主張

(ア) 3条資格者から取得された同意書は,本件事業の申請の際に,本件事業の必要性,技術的可能性,経済性等の各要件についての検討がされないままその取得がされたもので,同意をした者らには要素の錯誤があったから,それらの同意は,いずれも無効である。

(イ) 滋賀県の要綱による環境影響評価も,河川法95条による河川管理者との協議も,本件事業計画の決定の前にされるべきであるのに,それが行われなかった。

ウ 被控訴人の補足主張

控訴人らの上記主張は争う。

(5)  争点(5) 本件事業計画が令所定の基本的な要件に適合しているか否か。

ア 次に当審主張を付加するほか,原判決の「事実及び理由」中の第2のⅢの2のうち原判決14頁14行目から43頁24行目までの控訴人らと被控訴人関係部分記載のとおりであるから,これを引用する。

イ 控訴人らの補足主張

(ア) 必要性(令2条1号)について

a 本件事業の計画では,農業用水の必要水量を年間2億0080万立方メートルと予測した上で,現況の水源施設の利用可能量を年間1億7490万立方メートルとし,そのうちα1ダム及びα6頭首工から1億2100万立方メートルが,補助水源から5390万立方メートルが利用可能であるとし,第2ダムと調整池による新規開発水量が年間2590万立方メートルとしている。それらは,昭和30年から昭和62年までの33年間において,有効雨量については2番目に少なく,連続旱天日数については3番目に多かった昭和39年におけるデータを「10年に1回の渇水時」におけるデータとして,同年における水需要を基準に算定された。

b しかし,平成元年から平成11年までの実際の取水実績は,α1ダムでは,年間8143万6000平方メートルから1億0112万2000立方メートルであり,平均すると年間9168万7000立方メートルである。また,年間総取水実績の平均値は,1億4227万7000立方メートルで,旧事業の昭和55年の計画変更時の計画取水量の年間1億7750万立方メートルを大きく下回っている。したがって,毎年の水不足があるとか,通常の年は水不足であるとはいえない。

c また,計画による水需要の予測は,「10年に1回の渇水時」のそれであって,例年のそれではない。実際,本件施行地域の農地に必要な農業用水が,例年,恒常的に不足している状態はない。10年に1度の渇水年以外の通常の年は,年に2500万立方メートルもの水不足はなく,年に2億0080万立方メートルもの用水は必要とならない。通常年の粗用水量は,1億8705万8000立方メートルないし1億7529万4000立方メートルであって,現況の水源施設の利用可能量は,補助水源ベースで2500万立方メートル以上の余裕がある状態である。なお,平成6年のような,異常な渇水時(現況利用可能量の10分の1を超える渇水の時)には,造成された水利施設では対応できなかったもので,土地改良区の組合員が平成6年の渇水時に際して求めた用水量は,そもそも第2ダムが造成されても対応できないものであった。

d 本件事業の施行地域の農地は,年々減少しており,この点からも,計画による水需要の予測は過大である。その農地は,平成14年3月末時点では7190haとなり,本件決定の策定時の7500haよりも少なくとも約4.2パーセント減少しており(甲199),210haの保留地の面積を含めなければ土地改良区の賦課金面積は6980平方メートルにすぎない。実質的には,すでに土地改良事業の計画変更の要件とされる5パーセントを充たす状態になっている。なお,本件事業の施行地域の受益地の算定には,保留地を含めるべきではない。保留地は,α7地区,α8地区,α9地区として固定された地域であり,いずれも地下水が豊富であるなど賦課金を支払ってまでダム用水を使用する必要のない地域である。米の作付面積も,昭和54年は5万0200ha,平成10年は3万8300haと減少しており,施行地域である1市8町の米の生産額も,昭和54年は717億円,昭和58年は693億円,平成10年では511億2000万円と減少している。野菜類も昭和54年から平成10年までに3分の2から2分の1に減少している。

e 本件決定によれば,第2ダムが建設されると,10年に1回の渇水年において,α1ダムからの取水が,9100万立方メートルであったのが9740万立方メートルになり,α6頭首工からの取水が,2200万立方メートルであったのが2360万立方メートルになり,また,補助水源(取水渠,地下水ポンプ,湧水等)からの取水が,2800万立方メートルであったのが5390万立方メートルになるとする。しかし,このメカニズムが不明である。新規開発水量2590万立方メートルでは,本件事業計画の目的である903箇所の既設小揚水場を廃止したり,隔日給水を解消することはできない。

(イ) 技術的可能性(令2条2号)について

a この要件の判断基準は,全体実施設計要綱(乙60),国営土地改良事業の工事の設計及び施行の基準に関する訓令(乙61)及び本件設計基準に適合しているかどうかだけによるものではない。法及び令2条2号は,農業目的に限定せずに,更に,当該地域の自然的,社会的,経済的諸条件によって事業目的実現の可能性の有無を自然科学的に検証することを求めている。また,水質については,農業用水としての水質を確保すれば足りるのではなく,環境基準(環境基本法16条に基づく昭和46年12月28日環告第59号),排水基準(水質汚濁防止法3条1項に基づく昭和46年6月21日総令第35号)の適用が予定されている(乙45の水質障害対策)。また,第2ダムについては,工学的に建設可能かどうかのみならず,貯水可能かどうかも問題になるというべきである。

b 第2ダムの建設予定地の愛知川水系の環境基本法(平成5年11月19日施行)による環境基準はAAであり,第2ダム建設の後もこの基準を遵守しなければならず,これに違反するのであれば,技術的可能性の要件を欠くというべきである。農業用水としての適応性を充たすだけの同法の環境基準ならばD類型にすぎない。α1ダムによる濁水の発生とそれが長期化する現象は,深刻な問題となっており,愛知川本流全域の環境基準はAA類型であるのに,α1ダムのダム湖の水質はこれを達成できていない。第2ダムの予定地は,濁水発生の可能性の高い流域で,しかも,その湖水交換率が1.5ないし2.7と極めて低く,湖水の滞留期間が長いため,第2ダムの建設により,より深刻な富栄養化が生じることが予想される。その対策として,バイパス水路建設やれきフィルターによる浄化が検討されているが,多額の工事費がかかる上,それによっても上記の環境基準の維持は不可能である。第2ダムが建設されると,その水質は,農業用水としても,その技術的利用可能性を充たさない可能性が高い。

c 第2ダムによる河川水の貯留により,茶屋川や御池川が河川維持流量を維持できなくなり,河川環境が死滅し,その生態系は死滅し,回復不能の影響を受ける。

すなわち,第2ダムから神崎川の合流地点までの約2.8キロメートルの間は,関西電力α10発電所の取水口(水利権による1.59立方メートル/秒)があり,α6地区ダム水収支計算総括表(計画)第2ダム容量及び全体実施設計書(乙16の7)によると,第2ダムの長期貯留が継続する非かんがい期には,ほとんど水が流れない状態になり,河川環境が死滅することは明らかである。また,かんがい期には数年にわたってダム湖に貯留された富栄養化された汚濁水が流下することになる。

また,α5頭首工における取水も,安定水利権の条件,すなわち,基準渇水流量から既存の水利権者の水利権量及び河川維持流量を控除した流量の範囲内であるとの条件を充たす必要がある。しかし,全体実施設計書(乙16の7・111頁)によると,御池川について,α5頭首工地点の基準渇水流量,すなわち10年に1度の渇水年の渇水流量(1年のうちの355日はこれを下回らないという水量)は,0.172立方メートル/秒であり,本件決定による御池川の下流の河川維持流量が0.24立方メートル/秒であるから,安定水利権の設定可能範囲はすでにマイナスである。また,第2ダムへの導水路からの取水は,最大10.0立方メートル/秒とされており,その取水は過大である。御池川は,非かんがい期の間,渇水状態となると予想される。

このように,第2ダムの建設により,茶屋川や御池川は,河川環境が著しい悪影響を受け,それは回復不能となる。

d 第2ダムの建設予定地が河川法の適用のない普通河川であるとしても,「普通河川からの取水行為が同一水系内の下流の河川法の適用のある河川の流況に著しい影響を及ぼす場合等は,取水地点まで河川指定を行い,河川管理者としてのチェックが可能となるようにすべきであろう。」(河川法解説・乙88・113頁)とされている。したがって,本件決定においては,河川指定を前提として,河川法23条の水利使用の許可条件を充たすものでなければ,技術的可能性の要件を充たさないというべきところ,第2ダムの建設によって,茶屋川や御池川は,河川維持流量を維持できなくなり,前記のような状態になるのであるから,同許可条件は充たされていない。なお,平成9年改正の後の河川法は,流水の正常な機能の維持,河川環境の保全も目的に明記した(同法1条)。

e 第2ダムを建設しても,計画どおりに貯水できない可能性が高い。計画基準年とされた昭和39年の第2ダム建設予定地の下流流下量計算書(乙39の2)によっても,第2ダムへの年間流入量の合計(総貯留可能量)は1510万4000立方メートルであって,計画の2450万立方メートルにははるかに及ばないし,大まかな水収支をみても,第2ダムへの総流入量は,4985万2000立方メートルであるのに,その総放流量は,5929万3000立方メートルである。また,乙53の別添4の表のとおり,基準年よりも有利な条件であった昭和62年においても,第2ダムの貯水可能量は1455万1000立方メートルと算出され,基準年のそれよりも更に少ない。このように,第2ダムは1年かかっても計画用水量の2450万立方メートルを貯水できない事態が頻繁に発生する。被控訴人が主張する昭和30年から昭和62年までの降雨実績に基づく水収支計算総括表(計画)α1ダム+第2ダム容量(乙87の1)においても,かんがい期の水収支は,33年間のうちの16年が赤字であり,その不足の程度も100パーセント以上が5年,50パーセント以上が5年にもなる。この計画では,数年に1度の割合で発生する赤字年の不足分を解消するために,前年あるいは前々年の流入水も使用する,すなわち数年間にわたる貯留を状態とするきわどい用水計画となっている。被控訴人が主張する同様のα6地区ダム水収支計算総括表(計画)α1ダム容量においても,かんがい期には,ほぼ毎年,α1ダムが満水でなくなり,ダム貯留水だけが流されることが分かる。このような状態が非かんがい期にまでわたって続く年は,下流には維持流量しか流されなくなり,そのような年が33年間のうち10年もある。同表(計画)第2ダム容量においても,第2ダムが満水でない期間は,α1ダムよりも更に長期間生じる。

f 本件決定の後に実施された工事実施調査等の各調査により,計画におけるダム地点の地下地質の把握が誤っており,岩質が柔らかく,堤体の長さを当初計画よりも大きくしなければならないこと,河床の部分が透水性のある岩質であるため堤体の深さを約6メートル(乙90及び92の各1ないし4)深くしなければならないこと,地形の把握に誤りがあって,貯水池となる池敷の谷幅が計画より狭く,計画で予定していた2480万立方メートル(堆砂量90万立方メートルを除く。)の貯水量を確保するためには,常時満水位(FWL)を計画策定時の標高479.5メートル(乙16の1・104頁)から標高483メートル付近にする必要があり,堤高を約3.5メートル高くし,結局,ダムの堤体の高さを合計約10メートル高くしなければならないことが判明した。このように,計画のままでは,貯水量の確保ができなくなり,第2ダムの基礎地盤の透水性が高いため堤体等の安全性にも重大な問題が生じ,用水計画も達成できず,予定していた効果もないことが判明した。

本件決定による計画は,貯水容量の決定,基礎地盤の設定,ダム規模の設計がいずれも根本的に誤っていたもので,その計画内容は,そもそも実現不可能なものであった。

(ウ) 経済性(令2条3号)について

a 本件決定の経済性の要件は,費用便益分析がされ,投資効率が少なくとも1を上回らなければならない。しかし,被控訴人が主張する経済効果の判断の基礎となった根拠事実や調査過程,論証過程が不明であって,基礎的な数値の信頼性も確認することができない。

b 被控訴人の効果の算定においては,本件事業の年総効果額のうち,更新効果(それまで行われている農業生産を維持する効果)が65.4パーセントであるとされており,維持管理費節減効果が21パーセント,作物生産効果が11パーセントとされていることに比較しても,更新効果が異常に高い割合を占めている。

c 被控訴人の本件事業による効果の算定は過大である。まず,平成3年ないし平成4年に廃止の対象となる揚水機付井戸が903台もあったことはなく,平成4年当時で726台にとどまる。近畿農政局作成の昭和30年から昭和63年までの施行地域内の揚水機付井戸の設置数の集計(乙24)は採用できず,土地改良区の調査の結果を踏まえて,743台しか確認できない。また,揚水機の単独再建設費や揚水機にかかる賦役時間が理解不能なほど過大に評価されている。また,その算定は,控訴人らがした揚水機の現況と稼働実態,揚水機をめぐる賦役の状況及び揚水機の単独再建設費の調査等から明らかである。現在の揚水機の稼働実態や水源計画からみて,903台の揚水機をすべて廃止することは全く現実的ではない。なお,揚水機の再建設費について,渦巻きポンプについてはより効率的な水中ポンプを建設するものとし,瓦葺きの建物をより経済的なコンクリートブロックの構造物に変更することは,すでに一般的であったもので,それを前提に算定すべきである。

d 被控訴人の総事業費の算定は,その後の支出の経緯からみても,過小であることが明らかである。すなわち,総事業費476億円のうち第2ダム本体の事業費が381億円とされており,その工事は未だ着工されていない。しかも,平成13年度までに,α11調整池及びα12調整池の築造費用や環境評価業務等で,前記の総事業費の32.1パーセントに相当する合計153億2710万円が支出された。更に,安全対策費用,環境影響防止費用,濁水対策防止費用,更には濁水対策としてのα13トンネル建設費用(約100億円)も計上されなければならない。このような経緯からも,本件事業の完成までには,事業費は,更に,逐次,大きく増大することが明らかであり,これらの工事費の増加要因も,投資効率の算定において計上すべきである。のみならず,前記のとおり,本件決定の後の工事実施調査等により,ダム地点及び池敷一帯の地形,地質の把握に誤りがあったことが判明し,ダムの規模が計画時から少なくとも約10パーセント大きなものになり,その結果,コンクリート素材等の使用量の増加,工事期間の長期化等のため,総事業費は476億円から1100億円に増加することになった。被控訴人は,計画の後に水事情の変化があったとして,第2ダムの有効貯水量を約30パーセント減少させ,総事業費を約800億円に納めたいとの意向を示したが,いずれにしても,その総事業費が更に膨大に膨れあがることは明らかであった。

このように,いずれにしても,投資効率は,1をはるかに下回ることは確実である。

e また,被控訴人が主張する経済効果の判断においては,代替案,特に琵琶湖逆水案(以下「逆水案」ともいう。)と比較することによる最経済性の検証もされていない。本件事業による投資効果から被控訴人が算定した妥当投資額は497億8100万円であるが,逆水案によると,227億円の投資額をもって同一の効果をあげることができ,投資効率は2.1929となる。逆水案の方がはるかに経済的である。

(エ) その他

本件事業計画の決定の要件として,そのほか,環境配慮義務や周辺住民の生命,身体及び財産に対する配慮義務を尽くすことも含まれるものと解されるところ,それらの義務も尽くされていない。

ウ 被控訴人の補足主張

(ア) 必要性(令2条1号)について

a 土地改良事業計画を策定する際の用水計画の計画基準年は,10年に1回程度発生する干ばつ年を対象とすることが原則とされており(土地改良事業計画作成便覧・乙79・338頁),農業用利水ダムの必要貯水量は,本件設計基準によって,10年に1度の渇水を目処として決定するものとされている(乙80)。本件決定においては,昭和30年から昭和62年までの33年間において第4位になる昭和39年が計画基準年とされ(全体実施設計書・乙16の7・92頁),その総用水不足量は,2590万立方メートルとされた。これは,同期間における降水記録,愛知川の流量記録等を基礎として,α1ダムの貯水量・河川流量・地下水揚水量などの時期別利用可能水量を算出し,上記時期別必要水量を考慮し,これら時期別の不足水量を積み上げる手法で算出したものである。第2ダムの貯水容量は,同期間の愛知川の実測流量,降雨量等を基礎として,連続水収支計算をし,十分用水が供給できるとの結果が得られた。それらの算定の基礎資料は,全体実施設計書(乙16の7)において明らかにされている。α1ダムからの利用可能量が旧事業の昭和63年の変更時に9545万立方メートルであったのが,本件決定による計画では9740万立方メートルになっているのは,第2ダム建設によってその貯水が期待できるため,予測不能な降雨量の減少に備えた節水によるその後の無効放流やかんがい期後の残水などの無駄を減少することができることによる。

b 平成元年から平成11年の取水実績については,基幹水源(α1ダム及びα6頭首工)からの取水実績が計画における計画取水量の年間1億2100万立方メートルを上回る年も多くある。また,補助水源(α1ダムとα6頭首工以外)による取水についても,その量は,計画取水量の年間5390万立方メートルに相当し,これらも異常な水管理及び不安定な揚水機付井戸によって確保されてきた。すなわち,小河川からの取水実績(平均値)は,補助水源に位置付けられている年間699.5万立方メートルのほかに小河川からの反復利用である年間1178.7万立方メートルがあり,揚水井戸による年間1003.8万立方メートルのほかに,既設小揚水機による揚水が年間1662.5万立方メートルある。また,取水渠による取水実績(平均値)は年間528万立方メートルとされているが,これは,計画に位置付けられている7つの取水渠のうちα6とα14の2つが未だ設置されておらず,既設のα15取水渠は地下水位の低下により十分な取水ができない状況下のものであった。

c 本件決定の当時,多くのほ場において極めて深刻な用水不足が生じており,かんがい用水確保のため極めて多大な労力と費用を要していた。施行地域における隔日送水などによる節水管理日数は,昭和58年から平成12年までの間に985日(年平均55日)に及び,かんがい期間の3分の1以上(3年に1度は2分の1以上)の節水管理を行っていた。平成12年は,かんがい期間50日のうち節水管理日数が93日にも及び,土地改良区の4台の車両が用水管理や苦情対応のため1日約300キロ走行する状況であった。また,土地改良区が認定した揚水機付井戸については組合員から徴収する賦課金により助成していたが,水系によっては補助だけではまかない切れない水管管理費用(認定外揚水機付井戸の維持管理費用等)が上乗せされるため,組合員にとっては重い負担となっていた。また,各農家では,転作により水田の基盤が乾燥し,水持ちが著しく悪くなり,復田後に減水深が大きくなるため,代かきを2度行ったり,シートを用いるなどの対策に追われ(乙31の9頁,14頁,32の6頁),各水系の末端農家でも,かんがい期には常時持ち回りで配水管理作業を強いられる状況にあった。また,各農家では,揚水機付井戸約1000箇所に依存せざるを得なかった。揚水機付井戸は,揚水量が不安定で維持管理に多大な労力及び恒常的な出費を要した。更には,水争いが生じたこともあった。このような状況は,水稲収穫と米の品質に影響し,農業の生産性の向上を阻害していた。平成6年の渇水年は,八日市市及びα16において1等米の比率がかなり低下した。

d 廃止が予定されている903箇所の揚水機付の井戸からの用水は,α1ダムからの隔日給水の実施によって不足する用水を補うために必要となっていたもので,新規開発量の2590万立方メートル分があれば,ダムからの送水が24時間可能となり,廃止予定の前記揚水機付井戸からの揚水は必要がなくなる。

e 本件事業の施行地域の耕作放棄率は,全国のそれと比較しても極めて低く,耕作放棄による地域営農への影響はほとんどない。確かに,平成14年3月末の時点の受益面積は7190haとなり,計画策定時の受益面積から約310ha減少した。しかし,このような農地減少があったとしても,それは結果論にすぎず,計画策定の時点でこれを予測することは不可能であった。また,将来,受益面積の変動により事業計画変更の必要が生じた場合には,法の規定に基づき変更の手続を行うことになる。

f なお,平成14年4月1日施行の行政機関が行う政策の評価に関する法律,農林水産省政策評価基本計画(平成14年3月29日農林水産大臣決定),農林水産省政策評価実施計画(同日同大臣決定)に基づき,近畿農政局が同年に第三者委員会(以下「第三者委員会」という。)を設けた。第三者委員会においてまとめた意見でも,本件事業の着手後10年以上が経過し,営農形態の変化や受益面積の減少が生じていることなども踏まえ,環境との調和への配慮や限られた水資源の有効活用の観点などから,節水対策を含めた総合的な検討を行うように求めているものの,本件事業の施行地域で農業用水不足の状況が深刻であることは認めている。

(イ) 技術的可能性(令2条2号)について

a 第2ダムを始めとする本件事業計画における施設については,いずれも,全体実施設計要綱(乙60),本件設計基準の要件,本件訓令に適合しており,令2条2号の技術的可能性の要件も充たしていることは明らかである。

b この技術的可能性の要件は,農業用用排水施設としての機能の発揮の可否という観点から検討されるべきものである。河川維持流量の確保の可否や河川環境への影響の有無は,河川法上の許可の問題とはなり得ても,令の同要件の判断に当たって考慮対象となるものではない。水質が問題になり得るとしても,農業用水としての技術的利用可能性が問題になり得るにすぎない。なお,α1ダムの下流の水質についても,飲料水に使用できる最も厳しい環境基準であるAA類型のもので,α1ダムにより著しい水質汚染は生じていない。

c 第2ダムの貯水容量については,昭和30年から昭和62年までの愛知川の実測流量,降雨量等を基礎として,連続水収支計算をして,十分用水を供給できるとして決定された。連続水収支計算とは,10年に1度程度の渇水年の基準年にはダムの貯水容量の全量を使用することになるが,他の年には全量は使用せず,かんがい期終了時に貯水残が生じるので,そこから貯留を始めることになる関係で,これらを前提として水収支を算定するものである。単年度内の流入のみによる貯留でなければならない理由はどこにもない。昭和39年では,第2ダムへの流入量は年間1510万4000立方メートルであるが,受益農家の需要を充足するための年間1億2192万4000立方メートル(乙87の1ないし3の水収支計算総括表(2)の⑬ダム依存量)は,α1ダム(同表の(22))と第2ダム(同表の(23))の各貯水量によって充足される(乙87の1ないし3,乙16の7・127頁)。

d 茶屋川や御池川の河川維持流量の問題は,河川法の適用がある関係では同法上の許可の要件ではあるが,令2条2号の技術的可能性の概念に含まれるものではない。しかも,第2ダム建設予定地の茶屋川やα5頭首工地点は,そもそも河川法の適用を受けない普通河川である。また,河川環境の問題も同号の要件の問題ではない。しかも,第2ダムは,非かんがい期にはα10発電所の既得水利権量(1.59立方メートル/秒)を超える水量を貯留し,それを下回るときは貯留せずにそのまま下流河川に流すことになり,かんがい期には貯留した水を河川に注入することになる。

愛知川本川の第2ダムからα1ダムまでの約10.5キロメートルの間の流況は,複雑である。すなわち,α10発電所取水口は,第2ダムのダムサイトの下流約500メートル地点にあり,放水口は,第2ダム下流約4.5キロメートルの地点にある。更に,第2ダム下流約1キロメートルに八風谷川(流域面積5.6平方キロメートル)の合流地点が,第2ダム下流約2.8キロメートルの地点に神崎川(流域面積29.2平方キロメートル)との合流地点が,第2ダム下流5.3キロメートルの地点に御池川の合流地点がそれぞれある。同発電所取水口の直下流では,第2ダムの有無に関わらず,年間を通じると,その流況はほとんど変わらない。また,御池川からの導水は,御池川の河川維持流量として0.24立方メートル/秒は頭首工から導水せずにそのまま流下させ,河川流量がそれ以上の時にそれを超過した流量分を第2ダムに導水するものである。御池川の上記の河川維持流量は,本件決定による計画において,昭和30年から昭和62年までの河川流量の実測値を基に算出された渇水流量(1年間で355日はこれ以下とならない流量)の平均値をもって,検討され設定された。

e 本件決定の後の平成13年度及び平成14年度の工事実施調査によって,河床部の基礎地盤が決定時の推定よりも一部深かったこと,貯水池となる池敷の谷部が当初推定していた幅よりも狭く,一方,建設予定地の地形が計画による推定よりも緩やかであることが判明し,前記のとおり,第2ダムの堤高を9メートル程度(谷幅が狭かったことにより3.5メートル,基礎地盤の一部掘り下げにより5.5メートル)高くすることを余儀なくされた。

しかし,前記の工事実施調査やその後のボーリング調査等の結果,建設予定のダム軸においては,CM級岩盤が地表から約10メートル以内の地下浅所に分布しており,ダム軸の右岸に分布する泥岩優勢混在岩層はCM級であり,建設に伴う各種荷重に対して十分な強度を有すること,透水性についても,ルジオン値(Lu)が20を超える部分は浅所のみであり,その大部分は基礎掘削で除去される部分であり,それよりも深い部分も,グラウチング工法による止水(基礎地盤内にセメントミルクを圧入して基礎地盤内の亀裂を充填する工法)等により十分対応が可能であることが確認された(乙90ないし97)。重力ダムは,一般に,CM級以上の等級の岩盤を基礎として利用するとされており,第2ダムの基礎地盤には,十分な強度を持つ堅固な岩盤が浅所に分布している。なお,ダムの堤体の下流側の堤趾部は,通常,堤体の上流側のダム軸の下部に止水ラインが設定される関係で,透水性は問題にならないし,ルジオン値が20を超えるゾーンを有する地盤でも,これまで多くのダムの建設がされている。このように,第2ダムの構造上の安全性に問題はなく,計画どおりの重力式コンクリートダム型式の建設工法は可能である。

本件事業の着手の後に判明した上記事実は,ダム建設の一般的な手順に従って後により詳細で精度の高い調査を実施したことにより判明したもので,本件決定の違法性の判断に何らの影響も及ぼさない。

(ウ) 経済性(令2条3号)について

a 令2条3号は,事業に要するすべての費用が,その結果生ずる直接効果(増産効果,労働力の節減等)及び波及効果(雇用機会が増大し,建設事業の需要を促すなどの経済効果も含む。)によってつぐなわれなければならないことを意味する。それ以上に,その事業が,あらゆる面においてもっとも経済的であることまで要求するものではないことは,文理上明らかである。経済性の要件を充足する複数の方法がある場合にそのうちのどちらを選択するかは,合理的な政策判断に委ねられている。

b 本件事業の経済効果の測定は,「土地改良事業における経済効果の測定方法について」(昭和60年7月1日付け60構改C第688号構造改善局長通達,乙14,以下「測定方法通達」ともいう。乙83は平成6年11月の改訂によるもの。)及び他の関係通達に従って,平成4年に,投資効率を算定する方式で行われ,本件事業による妥当投資額が総事業費を上回って,その投資効率は1.04とされ,本件事業は,令2条3号の経済性の要件も充足することが確認された。なお,平成6年度以降に技術的に算定が可能になった「被害軽減効果」や「地域資産保全・向上効果」等も考慮すれば,投資効率はそれよりも更に大きくなる。いずれにしても,本件事業は,上記の経済性の要件を充足している。

c 被控訴人がしたほ場事業による効果の算定は適正である。平成3年当時の揚水機の数は,近畿農政局作成の乙24があるほか,土地改良区には直接の資料が現存しておらず,土地改良区による把握は不十分なもので一部に過ぎない。土地改良区自身も同趣旨の回答をしている。揚水機付井戸は,更新費や電気代の負担を伴うもので,ダムからの水が十分配水されていれば,廃止に至ると考えるのが合理的であり,旧事業と本件事業との関係についても,本件決定による計画においては,旧事業の事業費と効果を考慮する必要はない。

d 被控訴人がした総事業費の算定も適正である。総事業費は,計画作成時点において,計画された工事を実施するのに必要なすべての費用を実施できる費用として積み上げていくものである。控訴人ら主張の濁水対策防止費用(バイパス)を始めとする計画には含まれていない施設等の費用は,加算すべきではない。計画策定時には想定し得なかった要因で事業費に変動が生じた場合には,法の規定にしたがって土地改良事業計画の変更の手続を行うことになる。

e 逆水案があるとしても,令2条3号の要件の判断には影響がない。のみならず,逆水案と第2ダムの建設を比較しても,現在の水利施設・システムを有効利用できるかどうかの点,用水を安定的に供給できるかどうかの点,用水管理が簡易かつ容易であるかどうかの点,技術的可能性,事業費負担及び管理費負担を受益地全体で均等割で行えるのかの点(逆水案では,受益地をダム掛かり地域と逆水掛かり地域に分断することになり,事業負担金を均等に徴収できなくなる。)等に照らし,第2ダム建設の方が優れていることは明らかである。

(エ) その他

控訴人ら主張の環境配慮義務を尽くすこと,周辺住民等の生命,身体,財産に対する配慮義務は,法(土地改良法)に基づく義務として課せられておらず,それらは本件決定の実体的要件ではない。

第3当裁判所の判断

1  本案前の争点(1)(本件決定に対する取消訴訟を提起できるか否か)について

国営土地改良事業は,3条資格者が,事業施行地域にかかる土地改良事業計画の概要(農業用用排水)を定め(法85条1項,2項),関係市町長の意見聴取を行い(法85条5項,5条3項),計画概要・予定管理方法等を関係市町の事務所の掲示場に掲示することにより公告し(法85条2項,法施行規則55条,8条),3条資格者の同意取得を行って(法85条2項)3分の2以上の同意を得て,公告した事項及び同意があったことを証する書面並びに関係市町長の意見を記載した書面を添付し,滋賀県知事を経由して,農林水産大臣に事業の施行の申請を行い(法85条1項,6項,法施行規則57条の3),農林水産大臣が滋賀県知事と協議した上で国営土地改良事業として実施することの適否の決定を行い,その旨を申請人に通知し(法86条1項,2項。),適当とする旨の決定を行ったときは,省令の定めるところにより,農用地の改良,開発,保全又は集団化に関し専門的知識を有する技術者(以下「専門技術者」ともいう。)が当該土地改良事業のすべての効用と費用とについての調査を含む調査をして提出する報告に基づき(法87条2項,8条2項,3項),法1条の目的及び原則を基礎として定められた政令である令2条1ないし6号所定の基本的な要件に適合するように事業計画を定め(法87条3項,8条4項1号,令2条1ないし6号),官報に公告するとともに関係市町の各事務所において縦覧に供し(法87条5項,法施行規則59条,16条),上記事業計画に対してされた異議申立てにつき専門技術者の意見を聞いて決定し(法87条7項),その後に初めて工事に着手することができ(法87条8項),上記事業計画の施行については行政不服審査法による不服申立てができず(法87条9項),事業計画に不服がある者は上記異議申立てにつきされた決定に対してのみ取消しの訴えを提起することができる(法87条10項)こととされている。

上記によれば,法は,国営土地改良事業計画の決定について行政不服審査法による不服申立てをすることができないものとする一方,農林水産大臣のした事業計画の決定に不服のある者は,これに対する異議申立て及び異議申立てについての決定に対する取消しの訴えを提起することができるとし,しかも,規定の文言からして,行政事件訴訟法10条2項本文の例外としての裁決主義,すなわち原処分である土地改良事業計画の決定の取消しの訴えの提起を許さず,裁決である異議申立てについての決定の取消しの訴えのみを認めていると解するのが相当である(最高裁昭和61年2月13日第1小法廷判決・民集40巻1号1頁参照)。このような不服申立方法を規定したのは,土地改良事業が,各種各様の利害関係を有する自治体,個人の意見を集約する手続の必要性と内容における専門性・技術性のため,最終的に事業の内容を定めることとなる土地改良事業計画の決定について,さらに,専門技術者の意見を踏まえた農林水産大臣の異議の決定を経た上で審理判断されることとする方がより合目的的であるからと解される。そして,このような裁決主義が採られている以上,上記の異議申立てにつきされた決定に対する取消しの訴訟においては,その異議についての決定の固有の違法事由のみならず,土地改良事業計画の決定自体の違法事由も主張することができるものと解され(行政事件訴訟法10条2項の反対解釈),土地改良事業計画の決定自体が違法であることを理由として異議についての決定を取り消す旨の判決が確定したときは,原処分である土地改良事業計画の決定自体も取り消されたものとして,その効力を失うものと解するのが相当である(行政事件訴訟特例法の当時の裁決取消訴訟についての最高裁昭和50年11月28日第3小法廷判決・民集29巻10号1797頁参照)。行政事件訴訟法33条2項の規定は,同法10条2項が適用になるいわゆる原処分主義が妥当する処分の取消訴訟において,裁決がその固有の違法事由によって取り消された場合についての規定であると解すべきであり,裁決主義が採られ,裁決の取消訴訟において原処分に取消事由となる違法があると判断されてその裁決を取り消す判決が確定した場合には,適用がないものと解される。その場合には,原処分に取消事由があるとの司法の判断がすでに確定したことにより,処分庁が更に異議申立てについての判断をするまでもなくなると解される。

したがって,土地改良事業計画に不服のある者が原処分である土地改良事業計画の決定そのものに対して取消しの訴えを提起することはできない。

よって,控訴人らの本件決定の取消しを求める訴えはいずれも不適法であり,却下を免れない。

2  本案前の争点(2)(異議申立てを経ていない控訴人らが異議申立てについての決定の取消しを求めることができるか。)について

前記1についての説示のほか,原判決51頁8行目から54頁3行目までの控訴人らと被控訴人関係部分の記載を引用する。

3  そうすると,控訴人らのうちの別紙控訴人目録1記載の控訴人らについては,いずれも,本件決定に対して異議申立てをしたことも,自己宛の異議についての決定を受けたことも,更には異議についての決定を受けた者の承継人であるとも認められないから,同控訴人らの異議についての決定の取消しを求める部分に係る訴えは,不適法である。また,別紙控訴人目録2及び同目録3記載の各控訴人らの訴えのうち,それぞれ,他人宛の異議についての決定の取消しを求める部分(ただし,同目録3記載の控訴人P9がP1宛の異議についての決定の取消しを求める関係を除く。)は,いずれも不適法である。なお,控訴人P9については,弁論の全趣旨により,P1の承継人として法113条により同人宛の異議についての決定の効力を受ける関係にあったと認められる。

4  本案の争点(1)(本件却下決定が違法であるか否か)について

(1)  本件決定に不服のある者は,前記のとおり,行政不服審査法3,4,6条に基づく異議申立てができるもので,その異議申立適格は,同法に明文規定はなく,不服申立てについての一般原則によるべきであって,行政事件訴訟法(平成17年4月1日施行の平成16年法律第84号による改正後のもの,以下同じ。)9条1項及び2項と同様に,処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者に限られるというべきである(景表法の不服申立てについての最高裁昭和53年3月14日第3小法廷判決・民集32巻2号211頁参照)。そして,法律上の利益を有する者とは,当該処分の根拠法令となった行政法規により法律上保護された利益をその処分によって侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者をいうと解するのが相当である。本件決定に対しては,法3条所定の3条資格者は,法がそれらの者の法的利益を個別的に保護しようとしているものと解され,異議申立適格を有するものというべきであり,3条資格者と認められる別紙控訴人目録3記載の控訴人P2,同P3及びP1は,異議申立適格を有するが,同目録2記載の控訴人らは,いずれも,3条資格者と認められず,異議申立適格を有しないというべきである。同目録2記載の控訴人らは,いずれも自己宛に異議申立ての却下決定を受けたもので,同控訴人らのそれぞれの自己宛の異議申立てについての決定の取消しを求める訴えはいずれも適法である。

(2)  上記の点の理由説示は,原判決54頁4行目から58頁24行目までの控訴人らに関する説示と同じであるから,これを引用する。

(3)  控訴人48のP5の異議申立適格について補足すると,次のとおりである。甲145の2,187の15の1,195,乙66ないし68及び弁論の全趣旨によると,同控訴人は,平成6年3月,本件決定に対して同控訴人が異議の申立てをし,同年7月にその却下決定を受けたが,当時,同控訴人が所有する農地についての土地改良区の組合員で賦課名義人であったのは,その父のP6で,それらの農地の農業所得の申告もP6がしており,同控訴人は,土地改良区の組合員ではなく,その賦課名義人でもなかったこと,同控訴人が所有していた農地についても,それを耕作の業務の目的にしていたのはP6であって同控訴人ではなかったこと,同控訴人が土地改良区の組合員となったのは,その後の平成9年10月31日からであったことが認められる。そうすると,前記の異議の申立てやそれについての決定当時,同控訴人が所有する農地は法3条1項1号所定の所有権に基づき耕作の業務の目的に供されていたものとはいえず,また,同控訴人が同条1項2号所定の本件事業に参加すべき旨の申し出等の手続をしたことも認められず,他に同控訴人について法3条1項各号所定の事由は認められないから,結局,同控訴人は,3条資格者とは認められないというべきである。

(4)  なお,更に補足すると,本件係属中の平成17年4月1日施行された平成16年法律第84号による行政事件訴訟法9条2項によれば,前記の異議申立適格についても,同項の趣旨を踏まえて解すべきことになると解される。また,法は,1条において,「この法律は,農用地の改良,開発,保全及び集団化に関する事業を適正かつ円滑に実施するために必要な事項を定めて,農業生産の基盤の整備及び開発を図り,もって農業の生産性の向上,農業総生産の増大,農業生産の選択的拡大及び農業構造の改善に資することを目的とする。」(1項),「土地改良事業の施行に当っては,その事業は,国土資源の総合的な開発及び保全に資するとともに国民経済の発展に適合するものでなければならない。」(2項)と規定しており,これらの規定によれば,法は,農用地の改良等に関する事業を適正かつ円滑に実施することで農業生産の基盤の整備や開発を図り,農業の発展,効率化を促すことにあるとともに,併せて土地改良事業が国土資源の総合的な開発及び保全に資するとともに国民経済の発展に適合することを目的とするということができ,法に基づく土地改良事業は,地域の土じょう,水利その他の自然的,社会的及び経済的環境上,農業生産の増大,選択的拡大,生産性の向上,構造の改善に資することが必要であると解される。これらの諸点にかんがみると,法3条所定の3条資格者は,法90条,91条等により事業の費用の一部を負担するなどの関係にあることから,事業計画の決定によって法(土地改良法)により保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者に該当することは明らかであるが,事業計画に対する異議申立適格は3条有資格者に限定すべきであるとまで断定できるか否かについては明らかではない。しかしながら,法(土地改良法)が改正されて事業の施行に当たって「環境との調和に配慮しつつ」との文言が追加されたのは平成14年4月1日施行の改正法の後であって,少なくとも本件において,法の趣旨や行政事件訴訟法9条2項の趣旨,更に控訴人らの当審における主張・立証に照らしても,別紙控訴人目録2記載の控訴人らそれぞれについて,本件決定によって,法によって保護された漁業による営業上の利益を侵害され,あるいは愛知川の沿岸に居住することその他法によって保護されたその生命,身体,財産その他生活上の利益を侵害されるおそれがあることまでの具体的な主張・立証はなく,結局,前記の判断を左右するに足りないというべきである。

5  本案の争点(2)(本件事業計画を定める手続上,基本的な要件判断の過程に重大な瑕疵があるか)について

(1)  農林水産大臣は,国営土地改良事業として実施することを適当とする旨の決定を行ったときは,省令の定めるところにより,専門技術者が当該土地改良事業のすべての効用と費用とについての調査を含む調査をして提出する報告に基づき令2条1ないし6号所定の基本的な要件に適合するように事業計画を定めなければならず,令2条は,土地改良事業の施行に関する基本的要件として,次のとおり規定する(5,6号省略)。

① 当該土地改良事業の施行に係る地域の土じょう,水利その他の自然的,社会的及び経済的環境上,農業の生産性の向上,農業総生産の増大,農業生産の選択的拡大及び農業構造の改善に資するためその事業を必要とすること(1号,必要性)。

② 当該土地改良事業の施行が技術的に可能であること(2号技術的可能性)。

③ 当該土地改良事業のすべての効用がそのすべての費用をつぐなうこと(3号,経済性)。

④ 当該土地改良事業の施行に係る地域内にある土地につき法3条に規定する資格を有する者又は当該土地改良事業の施行により造成される埋立地若しくは干拓地につき農業を営むこととなる者が当該土地改良事業に要する費用について負担することとなる金額が,これらの者の農業経営の状況からみて相当と認められる負担能力の限度をこえることとならないこと(4号,費用負担の妥当性)。

(2)  上記②の技術的可能性の要件として,土地改良事業のうち本件事業のようないわゆるかんがい排水事業(農業用用排水施設の新設変更を行うもの)でダムの建設を伴う場合,地質・地形等の自然的条件を基礎とした工学的な見地から見てダムの建設予定位置が適切か,当該地域の気象条件や流域の地形条件等から見て当該土地改良事業計画で要求される農業用水の水量が当該ダムに安定的に貯留することができるのか,当該ダムに貯留される水が農業用水として適切な水質基準を満足するものとして確保できるのか,当該ダムに貯留した水が既往のあるいは当該事業で新設又は改良される農業用水路等を通じて農用地に適切に配水されるのか等の農業用用排水施設としての技術的問題が解決され得ることが必要であり,その科学的検証が要求される。

また,上記③の経済性の要件は,事業に要するすべての費用がその結果生ずる直接効果(増産効果,労働力の節減等)及び波及効果(土地改良事業の施行によって雇用機会が増大し,建設事業の需要を促す等の国民経済的効果を含む。)によってつぐなわれなければならないことをいう。

次に,上記④の費用負担の妥当性は,総事業費額,国及び地方自治体の負担割合を基礎に,受益者の農業経営の状況からみて相当と認められる負担能力の限度を勘案して定められる。

(3)  そして,通常,法に基づく手続の前に,土地改良事業計画直轄調査実施要領(昭和27年地局第686号)に基づき,都道府県知事から国営事業を前提とした調査を希望する旨の申請が行われ,農林水産省地方農政局長が調査及び全体実施設計(土地改良事業計画の案における工事計画に係る詳細な設計)を行うところ,これらの手続や経済性の要件についての通達の定め等については,甲212ないし214,乙8,14,15,19,31,59ないし63,80,82(7頁),95,129,証人P10の証言及び弁論の全趣旨によると,次のとおり認められる。

ア 「国営かんがい排水事業実施要綱の制定について」(事務次官通達,甲213,乙59,以下「本件次官通達」という。)では,その第1の2において,国営かんがい排水事業(本事業)は,法,令,法施行規則その他の法令に定めるもののほか,この要綱に定めるところによる,その第3「調査及び全体実施設計」において,地方農政局長は,本事業の採択に先立ち,原則として,次により調査及び全体実施設計を行う,とされ,更に次のとおり定められている。

(ア) 調査は地方農政局長の上申に基づき,構造改善局長が別に定めるところにより,本事業の実施の必要性,技術的可能性,経済的妥当性について検討を行うものとし,本事業の土地改良事業計画の案を作成するものとする。調査に必要な経費は,本事業の事業費には含まれないものとする。

(イ) 全体実施設計は,構造改善局長が別に定めるところにより,前記の土地改良事業計画の案における工事計画に係る詳細な設計を行うものとする,全体実施設計に必要な経費は,本事業の事業費に含まれるものとする。

その上で,農林水産大臣は,調査及び全体実施設計の結果に基づき,予算の範囲内において,本事業の採択を行うものとする(第5),などとされている。

イ 全体実施設計要綱(構造改善局長及び畜産局長通達・甲212,乙60,以下「本件局長通達」という。)においては,全体実施設計は,土地改良事業計画における工事計画に係る詳細な設計であって,これに基づき直ちに工事に着手できるような精度を有するものを作成して,事業着手後の総事業費の著しい変動を防止し,事業の円滑な進展に資することを目的とするとされ(第1),国営事業については,地方農政局長が全体実施設計を行い,構造改善局長の承認を受けるものとするとされ(第4),第3「全体実施設計の作成」において,土地改良事業の全体実施設計は,国営事業にあっては土地改良事業計画書(案)(国営土地改良事業地区調査実施要領(平成元年7月7日付け元構改C第717号構造改善局長通達の第9)等に準拠して行う(1),全体実施設計は,土地改良事業計画設計基準(本件設計基準)及び関係法令等に準拠して行うものとする(3),全体実施設計を行った結果,土地改良事業計画書(案),土地改良事業計画概要書等で定められた重要な事項に変更をきたす場合は,別途事業計画の再検討を行うものとするとされ,その重要な事項の変更とは,(ア) 事業計画全体又はその大部分に対して影響を及ぼす事業計画の基本となるべき事項の変更,(イ) 物価変動以外の理由で事業費に相当な変動をきたす場合,とされている(4)。その上で,国営事業については,地方農政局長が全体実施設計を行い,構造改善局長の承認を受けるものとする(第4・1),などとされている。

ウ 本件設計基準(土地改良事業計画設計基準(設計ダム))は,土地改良事業の工事の設計及び施行の基準に関する訓令に基づいて発せられた昭和56年4月1日事務次官通達(昭和56年構改D第233号)と同日付の構造改善局長の「土地改良事業計画設計基準(設計ダム)の運用について」を,条文化した箇所とその解説部分とで構成した内容になっている。本件設計基準は,ダムに関する専門的知識を有する学識経験者からなる委員及び幹事によって数次にわたる改定案の作成や検討がされ,昭和56年3月のかんがい排水審議会の答申を経て改定されたもので,本件設計基準(以下,特に断らない限り,解説部分も含む。)は,昭和56年7月25日発行の構造改善局の出版物としても公表されている(甲214,乙62,80,95,129)。本件設計基準では,次のとおり定められている。

(ア) 「基準」とは,ダムの設計及び施工において,準拠すべき基本的な事項並びにこの基準で取扱う用語の定義等を条文化したもので,「解説」とは,基準の内容を更に詳しく,具体的に記述するものであって,基準の根拠,現在定説となっている設計及び施工の方法,その他の注意事項等を列挙したものである(甲214のvi,以下,同様に同甲号証の箇所を示す。)。

(イ) 調査の段階をダムの建設段階に対応させて,それぞれの段階で区分し,まず計画調査,次に全体設計調査,そして工事実施調査,そのほかに補足調査を行うものとし(iii),事業計画の決定までに計画調査と全体設計調査を行う(6頁)。

計画調査の次に行われる全体設計調査は,ダム建設の可能性が十分あると判断された段階から,ダム建設に当たっての技術上の基本的な事項,即ち基本的な設計,施工,及び概算工事費等の検討を行うため必要な資料を収集するもので,通常この段階で検討された技術上の基本的な事項によってダム建設の最終的な計画が策定される。今後必要な事項に対して行われる工事実施調査や補足調査によりこの段階での計画の変更や修正が行われるであろうが,少なくとも基本的な設計については変更を来さないよう十分な調査を行う必要がある(8頁)。

全体設計調査の後に行われる工事実施調査は,基本的な設計に基づいて詳細な設計,工事費の算定及び施工の検討に当たっての必要な資料を収集するもので,全体設計調査の結果を基礎として更に質,量ともに精度を深めていくものであるので,全体設計調査に基づいて検討された基本的な設計はあくまでも途中段階の域を出ないから,工事実施調査は,この設計をできるだけ確実なものにするため,計画調査及び全体設計調査の結果を踏まえ,観念的には,「点」の資料を「線」に結び更に「面」的な資料に拡大するための調査と考えられる(9頁)。

(ウ) 地形は,貯水容量やダムの諸元決定とダムの安全確保に関連する基礎地盤の問題点の早期把握の面から重要である。地形調査は,全体設計調査の段階で,計画調査で決められた地点の概略調査を行い,ダムタイプ,各諸元を決め,構造物のレイアウトと概略設計を行う。トラバース測量,三角測量,水準測量が挙げられる。

貯水池及びその周辺については,計画調査の早い時期に,貯水池容量算定,ダム諸施設の配置,代替道路及び工事用道路計画等のため,貯水池を中心とする十分な広さをもった地域の測量を行い,設計に必要な精度をもった計画用基本地形図を作成しなければならない。その測量の最小限度の範囲として,ダム堤頂標高に堤高の20パーセントを加えた標高を含む地域,ダム取付け部の外方約50メートル,ダム上下流端から約100メートルを含む地域(地形が緩やかで影響が下流に及ぶときには更に適宜延長する。),掘削長大斜面が予想される地域が挙げられる。池敷地形図については,その縮尺は池敷面積が50~100haの場合には1000分の1~2000分の1のものとすべきで,その等高線の主曲線は1,2,5メートル間隔をとる(16頁)。

ダム地点については,縦断測量,横断測量を行い,全体設計調査及び工事実施調査の段階まで含めて,縮尺500分の1~1000分の1で1メートルないし2メートル等高線の地形図を実地測量により作成する。ダム地点縦断図は縮尺200分の1~500分の1,ダム地点横断図は縮尺200分の1~500分の1,池敷地形図は縮尺500分の1ないし5000分の1で,コンター間隔は平地1.0メートル,その他2.0~5.0メートル,図化方法は原則として航空測量による(15頁)。

地点調査は,貯水池周辺,ダム地点及び材料採取地点について行う。

(エ) ダム地点の地質調査の全体設計調査の段階までの目標は,ダム築造の可能性を明確にし,概算工事費を算定することである。十分な耐荷力をもつ地盤であるかどうかの検討,堤体あるいは洪水吐等の基礎掘削線の概定,基礎処理計画の概定を行わなければならない。全体設計調査の段階までに,地表地質調査のほか,地下地質調査として一般的に,弾性波探査,ボーリング調査,横杭を行う。弾性波探査は,弾性波の伝播速度から土被りの厚さ,亀裂や風化の程度,断層の存否等を知ることができるもので,広域の地質状況を比較的短日時で経済的に知ることができ,初期の調査に適しているが,種々の適用性の限界もあり,その測線の配置は,ダム軸方向に3測線,これと交差して河川方向に河床部で1測線,両側斜面で各1測線程度とする。ボーリング調査は,地下地質状況を直接観察でき,孔内で種々の試験を行うことができるので,最も有効な地下地質調査の手段であり,その配置は,堤軸に沿って両岸斜面部で各2本,河床部で2~3本(50メートル間隔に1本)程度とする。河床部などで明らかに健岩の露頭がみられる場合などは省略する。河床が狭く河川沿いに断層が推定される場合は,両岸から傾斜ボーリングを斜交させる。その他,重力ダムの堤趾部等に追加する(ボーリングはすべて透水テストを含む。)。横杭は,最も調査費を要する手段なので,効果的に行わなければならず,特に地盤強度を重視しなければならないようなコンクリートダム等の調査に用いられる。左右両斜面で各1~2杭(コンクリートダムの場合)程度とし,坑内で変形・剪断試験を行う(21頁)。そして,更に地盤試験も実施し,それらの成果として,地質地形図,同断面図(縮尺500分の1~1000分の1)を作成し,地質状況の他,透水度弾性波速度値を盛込み,計画基礎掘削線を入れる(22頁)。

貯水池周辺の地質調査では,全体設計調査の段階で,表層地質調査によって5000分の1の地質図を作成し,透水性地盤の分布を明らかにし,漏水量を概算する。

エ 土地改良事業における経済効果の測定方法については,「土地改良事業における経済効果の測定方法について」(昭和60年7月1日付け60構改C第688号構造改善局長通達,乙14,測定方法通達),諸係数についての「土地改良事業における経済効果の測定に必要な諸係数について」(同日付け60構改C第690号構造改善局長通達,乙15,「係数通達」という。)及び「経済効果の測定における年効果額等の算定方法及び算定表の様式について」(同日付け60構改C第689号構造改善局長通達,乙19,以下,測定方法通達及び係数通達と共にこれらの各通達を一括して「測定方法等の各通達」という。)によって算定する扱いになっており,そこでは,経済効果の測定方法として,投資効率による測定方法と所得償還率による測定方法の2つが挙げられ,令2条3号所定の経済性の要件の関係では,国民経済的側面からの評価として,投資効率による測定方法によって評価する扱いになっていた。そして,後記の方法によって算出された投資効率が1.0以上であれば事業計画は妥当性を有し,令2条3号の要件を充たすものとされ,更に,その大きさは,経済的優位性の順位を示すものとされていた(乙63・農林水産省構造改善局計画部監修・解説土地改良の経済効果)。

投資効率方式とは,土地改良事業を経済的な投資事業とみなし,これを擬制的に経済的側面から評価するするもので,その事業及び関連事業の実施に必要な費用(事業費)の総額と,妥当投資額,すなわち事業により生ずる年効果額をその事業の耐用年数間に生じる総効果額に換算した額を対比することにより,投資効率を測定するものである。妥当投資額は,年総効果額を資本還元(将来収益を生むと予想される資産の価値を評価するため,出資元本に対する配当や利子など予想収益を利子率で除して現在の価値価格を算定すること)したものである。具体的には,次の算式により算出される。

file_2.jpgBRE B4R = RSRRe RRR EET RAL — REA REX (1+RRNRF年総効果額は,当該事業及びその関連事業の実施後に発生することが見込まれる作物生産効果,営農経費節減効果,維持管理費節減効果及び更新効果のそれぞれについて算出した年効果額を合算して算出するものとされ,廃用損失額は,事業により既存の施設が廃用されることに伴う損失額で,還元率及び建設利息率は,係数通達により算定される。

(4)  本件決定に至るまでの経緯,手続,近畿農政局における各種調査及び全体実施設計書の作成等については,前記の基礎となる事実(原判決2頁22行目から8頁14行目),前記認定事実,甲1,4,17ないし20,227ないし229,乙1の7,16ないし18,20,25,31ないし34,96(いずれも枝番を含む。),証人P11及び同P10の各証言並びに弁論の全趣旨を総合すると,次のとおり認められる。

ア 本件施行地域一帯においては,すでに昭和27年から昭和58年までの間に,昭和43年と昭和55年に計画変更を経て,農業用水の不足を解消するために,α1ダムの建設や配水のための幹線用水路の建設等を内容とする国営愛知川土地改良事業(旧事業)が施行され,α1ダム等の農業用用排水施設が完成した。

イ しかし,昭和60年12月ころ,本件施行地域における農業用水の更なる安定的な水源確保のため,α6土地改良区から,滋賀県に地区調査の陳情がされ,昭和61年3月,関係市町からも完了地区調査の要望書が提出され,同年4月,滋賀県知事から農林大臣(当時)に完了地区調査の申請がされた。そして,昭和62年2月,関係9市町長や土地改良区理事長らで構成する新α6地区用水事業推進協議会が設立され,同年5月,同協議会及び愛知川沿岸土地改良区の要望を受けて,滋賀県知事は,農林大臣(当時)に対し,第2ダム建設のための国営土地改良事業計画地区調査の申請をし(同月27日付け滋耕第630号),昭和63年4月,予算措置がされて,同年度から,近畿農政局において土地改良事業計画直轄調査が実施されることになった。その調査の一つとして,第2ダム調査計画として,ダムサイト候補地を実地測量して縮尺500分の1の地形図を作成すること(約60日),有力候補地1箇所でボーリング調査(約60メートル,約60日)を実施し,ボーリング調査ができない場合には弾性波探査(約10日)を実施することが予定された(甲227の3枚目には,「地形図作成の場合,測量のための雑木の刈払いが必要である。」と記載されており,現場に立ち入って測量する実地測量が予定されていたことが明らかである。)。その後も,地区調査として,ボーリング調査(1孔・ダム軸河床部)及び弾性波探査(1測線・ダム軸)を行うこと,全体実施設計において調査ボーリング(5孔)及び弾性波探査(4測線)を実施することが予定されていた。このことは,前記協議会やα2議会への資料でも示されていた(甲227~229)。

ウ なお,事業概要の中の第2ダムの規模は,平成元年3月時点では,堤高90メートル,堤長190メートル,有効貯水量2000万立方メートルであり,平成2年3月時点では,堤高90メートル,堤長約200メートル,有効貯水量約2300万立方メートルであった(甲228,229)。

エ 以上のような経緯で,近畿農政局において,昭和63年から平成4年までに,本件事業に係る地区調査及び全体実施設計がされ,平成5年3月付けで全体実施設計書(乙16の1ないし7,以下「本件全体実施設計書」という。)が作成された。

オ その過程で,建設予定地及びその周辺について計画調査及び全体設計調査が実施された。しかし,地形調査は,ダム地点の地形につき,航空測量がされて縮尺500分の1のダム地点地形図(乙16の6・図面番号2-2)が作成されたが,ダムサイトが強固な岩盤で形成される急峻な地形であり,前記のダム地点地形図によりダムタイプの決定やレイアウト及び概略設計ができるとされ,実地測量による縦断測量及び横断測量とも実施されず,それによる地形図は作成されなかった。更に,貯水池全体にわたる広範囲の池敷予定地については,実地測量も航空測量もされず,貯水池の容量の算定のための測量による池敷地形図(貯水池を中心とする十分な広さをもった地域の測量によって作成される地形図)は作成されず,昭和53年に国土地理院に承認された既存のα2の縮尺2500分の1の公共測量図であるα2の本件基本図(乙96,昭和53年近公第86号,6枚)を利用して貯水池周辺の地形を把握し,その貯水池容量の計算も,本件基本図を用いて計測・算出し,これに基づいて全体実施設計書が作成された(乙16の1・103頁)。

そして,地質調査は,露頭調査等の地表地質踏査がされたほか,昭和62年においてダムサイトにつき0.5平方キロメートルの(縮尺1000分の1),池敷(原石山を含む。)につき2.5平方キロメートルの(縮尺2500分の1)各地表地質調査が,平成4年においてダムサイトにつき0.2平方キロメートルの(縮尺500分の1,1000分の1),池敷(原石山を含む。)につき2平方キロメートルの(縮尺2500分の1)各地表地質調査が実施された(乙16の1・50頁)。また,室内岩石試験として,昭和62年と平成4年にそれぞれ,建設予定地と原石山から岩塊を採取して円筒コアをくり抜いて供試体とし,比重試験,吸水試験,安定性試験(昭和62年のみ),一軸圧縮強度,超音波伝播速度(平成4年のみ),圧裂試験(平成4年のみ)が行われた(乙16の1・50頁以下)。しかし,ダム地点における地下地質調査としてのボーリング調査,弾性波探査及び横杭は,全体設計調査の段階で,昭和63年当時から具体的に予定されていたにもかかわらず,地表地質調査を行った結果,河床両岸には連続的に,のり面には散在的に堅固な岩盤が露出していることや,室内岩石試験の結果から建設予定地の地質は極めて良好(堅固)であると確認できたとして,いずれも実施されず,これらを実施しないまま,本件全体実施設計書が作成された。

また,第2ダムの規模についても,前記のとおり,堤高については地区調査の段階から一貫して約90メートルとされていたほか,各種調査結果による大きな変更はなかった。

カ 本件全体実施設計書は,Ⅰ事業計画概要,Ⅱ工事の実施設計,Ⅲ工事費明細及び数量計算書,Ⅳ添付図面,Ⅴ添付資料から成る書面で,それぞれ極めて詳細な内容で,Ⅱの工事の実施設計だけでも668頁にわたる相当大部なものである。そして,Ⅰ事業計画の概要として,第2ダムの規模について,堤高90メートル,堤長205.0メートル,堤体積34万7000立方メートル,総貯水量2570万立方メートル,有効貯水量2480万立方メートル,満水面積96ha,洪水量毎秒730立方メートル,総事業費を476億円とするなどの内容を掲げ,Ⅱ工事の実施設計として,第1章 主要構造物及び施設概要,第2章 工事の実施設計,第3章 施工,第4章 工事の年度割予定,第5章 効用,第6章 権利関係及び他の事業との関係に区部されている。

(ア) そのうち,Ⅱの第2章の工事の実施設計においては,第1節コンクリートダムとして,ダムサイトの選定理由,ダム型式の選定理由,計画洪水量の決定,堤高の決定,堤体の設計,洪水吐の設計,付帯構造物の設計等が詳細に示されており,その中で,地形としてはコンクリートダムが有利であり,地質について,ダムサイト付近は,愛知川層群箕川層の砂岩,泥岩(ホルンフェルス化)及びチャートが分布する,これらは,いずれもCM級以上の堅固な岩盤であるため,左右岸とも,急峻な地形を呈する,河床部では,φ10~50ミリの砂岩,粘板岩,チャート,花崗岩の円礫及び砂が堆積しているが,ダム軸付近での堆積物の厚さは5メートル程度と推定される,いずれにしても,今後の調査を要するが,現在のところダム基礎として良好な地盤が得られ,重力式コンクリートダムもフィルダムも共に建設が可能であるが,築堤材料の供給の面からコンクリートダムが有利である(乙16の1・58頁以下),透水性について,両岸とも急勾配の支沢が発達するが,EL500メートル付近でも流水が確認されることから地山地下水位は概して高く,透水性に対して不安はなく,貯水深が約80メートルに及ぶものの,セメントグラウトによる通常の工法にて十分対処可能であるとなどとされている。その上で,地質,基盤の透水性等から,最低床掘標高を現況河床より約5メートル掘り下げてEL394.5メートルとし,右岸アバットの掘削線を現況地盤より約5メートルの位置に求め,計画洪水位,余裕高,それに本件設計基準や河川構造令施行規則12条に従うなどして,非越流部天端標高をEL484.5メートルとし,非越流部天端標高と最低床掘標高の差の90メートルを堤高としたこと(乙16の1,112ないし117頁)等が説かれている。

(イ) 更に,詳細設計に当たって留意すべき事項として,今後の調査測量及び試験の項目があり,測量として,ダムサイト平面測量ならびに縦横断測量,貯水池内平面測量(航測),工事用道路及び付替道路路線測量等が挙げられ,地質調査として,ボーリング調査及び孔内載荷試験,透水性試験,弾性波探査,調査横杭の掘削及び岩盤試験等が挙げられ,弾性波探査については,位置,測線長,優先度が,ボーリング調査については,位置(30箇所),深度,ルジオン試験(9回~25回),孔内載荷試験(4箇所各9回),岩石試験(4箇所各6回),優先度が,横杭調査については,位置(3箇所),延長,平板載荷,ブロック剪断,優先度がそれぞれ具体的に挙げられている(乙16の1・246頁以下)。

(ウ) Ⅱの第5章効用等においては,経済性の要件審査のための測定方法通達による前記の記算式において,作物純益額を3億5033万7000円,営農経費節減額を8640万2000円,維持管理費節減額を6億2811万9000円,更新効果を19億1591万円とし,資本還元率を0.0561,建設利息を0.0650,廃用損失額を1億4855万1000円として,妥当投資額を497億8100万円と算出した。また,ダムの規模を堤高90メートル,堤長205メートル,堤体積34万7000立方メートルとして,Ⅲの工事費明細及び数量計算書において,その工事費を合計300億6600万円,そのうち第2ダム本体の工事費を234億0400万円,幹線水路付帯工事を62億1100万円,水管理施設費用を3億0100万円,雑工事費用を1億5000万円とし,更に,測量及び試験費,用地買収及び補償費,船舶及び機械器具費,営繕費,宿舎費,工事諸費を合算した上,関連事業のほ場整備事業費3億円を加えた総事業費を479億円と算定し,投資効率を1.04(正確には約1.0392)とした。

なお,維持管理費節減効果の額については,近畿農政局が本件全体実施設計をする過程で,揚水機の維持管理費の算定において揚水機場の数ないし揚水機付井戸の台数を誤ったため,この関係で,本件全体実施設計書における上記の6億2811万9000円は誤りで,被控訴人主張の算定に従っても6億2666万2000円であることが,原審係属中に判明した(乙16の2,20,31,54の6の各該当部分の数値には誤りがある。被控訴人の原審の最終準備書面56頁参照)。これにより投資効率を修正すると,約1.0387となる。

キ 本件施行地域の土地改良区や市町においては,平成4年2月ころから同年12月ころまでの間に,本件事業の概要を記載したパンフレットの配布や事前説明会の開催によって,本件施行地域内の農家に対し,本件事業計画の概要が説明されると共に,本件事業計画に対する同意のとりまとめ作業がされた。

そして,本件施行地域の法3条の資格者であったP12ら24名は,平成5年1月18日,本件事業の申請をする予定であるとして,法85条2項により,本件事業の事業計画概要書,本件事業によって造成された施設の予定管理方法等,事業費の負担区分の予定及び地元負担の予定基準を,同日から同月22日まで,八日市市,α2,α17,α18,α19,α20,α21,α16,α22の各役場の掲示場に公告をした(乙1の2,1の7)。

ク 被控訴人は,平成5年2月4日,法87条2項,8条2項所定の専門的知識を有する技術者として,農業工学専攻の京都大学教授のP7及び農業経済専攻の同大学のP8教授を選定し,両教授に対して本件事業についての調査と報告書の作成の委嘱をした(乙31・33頁)。

ケ 前記のP12ら24名は,平成5年3月8日,それまでに本件施行地域の3条資格者9273名のうちの95パーセントに当たる8820名の同意が得られたとして,その同意があったことを証する書面等を添えて,被控訴人に対し,本件事業の申請をした(乙1の1)。

コ 平成5年3月17日付けで,被控訴人に対し,近畿農政局から,本件事業の事業計画書(案)(乙8)が提出され(5近計第25号(事)),被控訴人は,平成5年10月25日ころ,滋賀県知事と協議をし,平成6年1月21日,本件事業を実施することが適当であるとの決定をし,申請者らに通知し(乙5の1~4,6の1,2),P7及びP8の両教授は,被控訴人からの前記の委嘱に基づき,本件事業についての報告書(乙7,調査報告書)を提出し,被控訴人は,平成6年1月24日付けで,本件決定をした。

サ なお,その後,P13らは,同年2月23日から同年3月10日までの間に,本件決定に対し,289件の異議申立てをし,被控訴人から異議の判断についての報告を求められたP7及びP8両教授は,平成6年3月28日付けで,報告事項については問題がないと考えられる旨の報告書(乙13)を提出した。

(5)  以上の認定事実によると,被控訴人側の通達とその解説部分である本件設計基準においては,ダム池敷の地形調査として,計画調査の早い時期に,ダムの貯水池容量の算定等のため,貯水池を中心とする十分な広さをもった地域の測量を行い,設計に必要な精度をもった計画用基本地形図を作成しなければならないとされ,更に,ダム地点の地形調査としても,全体設計調査の段階で実地測量による地形図を作成すべきものとされていたものと解される(実地測量によるダム地点の地形図の作成については,甲214の15頁の表2・2・3-1には工事実施調査までの段階での記載となっているが,同甲号証の15ないし18頁の記載及び前記認定のように近畿農政局が昭和63年度に予定していたことが明らかであるから,このように解される。)。更に,ダム地点の地質調査として,地表地質調査のほか,地下地質調査として,弾性波探査,ボーリング調査及び横杭を行い,その成果として,地質平面図,断面図を作成し,地質状況の他,透水度弾性波速度値を盛り込み,計画基礎掘削線を入れること等が明確に定められ,それらによって,ダムの規模,貯水池容量を算定すると共に,概算工事費の算定をすることとされ,これらの各調査の結果をも踏まえて,全体実施設計がされ,必要性,技術的可能性,経済性,負担の妥当性の基本的な要件適合の判断がされ,事業計画の決定がされる手順となっていたことが明らかである。前記のとおり,本件全体実施設計に至る調査においても,当初,実地測量による地形図の作成とダム地点のボーリング調査及び弾性波探査が具体的に予定され,α2議会への資料でもそのことが示されていたのである。

しかし,本件全体実施設計に至る前記の調査では,まず,ダム地点については,航空測量がされて縮尺500分の1の地形図(乙16の6,図面番号2-2)が作成されただけで,実地測量はされず,それによる地形図,縦断図及び横断図も作成されなかった。また,貯水容量の算定の基礎となる貯水池の範囲となるダム池敷全体については,そもそも航空測量も実地測量も全く実施されず,本件設計基準で定められた設計に必要な精度をもった測量による地形図も作成されず,昭和53年に国土地理院に承認された既存のα2の2500分の1の本件基本図により地形を推認して第2ダムの貯水容量を算定してダムの規模を決定し,更に,ダム地点の地下地質調査については,ボーリング調査,弾性波探査及び横杭のいずれも全く実施されないまま全体実施設計がされ,本件決定に至ったことになる。これらは,本件設計基準において,ダムの規模,貯水容量,更に総事業費を算定し,必要性,技術的可能性,経済性,負担の妥当性の基本的な要件を判断するために,全体設計調査の段階で行うべきものとされたうちの極めて重要な調査を省略して実施しなかったことを意味し,本件設計基準に反するものであり,また,そのまま全体実施設計をした点で本件局長通達にも反するものであったといわざるを得ない。

被控訴人は,全体設計調査の段階で前記の各調査をしなかったことについて,ダム地点の実地測量をしなかった理由は,ダムサイトが強固な岩盤で形成される急峻な地形であり,航空測量により作成した地形図により全体設計調査の目的が達成可能と判断したからであり,貯水池の予定地全体の池敷について航空測量も実地測量も実施しないでそれによる地形図も作成しなかった理由について,本件基本図があり,それは,測量法に基づき国土地理院の承認を得た公共測量に係る公共測量図であり,高度の精度を備えたものと思料されたからであるとし,ダム地点の地下地質調査をすべて実施しなかった理由は,地表地質調査の結果,河床両岸に連続的に,のり面に散在的に,それぞれ強固な岩盤が露出していることや,室内岩石試験の結果から,予定地の地質は極めて良好(堅固)であることが確認できたからである,本件設計基準においても,河床部などで明らかに健岩の露頭がみられる場合などはボーリング調査は省略されるとされている,と主張する。しかし,被控訴人のこれらの主張内容自体,いずれも,自らが定めた本件設計基準が求める前記各調査を省略する合理的な理由になるとは考えられない。被控訴人がボーリング調査が省略されるとして指摘する本件設計基準の箇所(甲214の21頁)は,ボーリングの配置を省略する箇所についての記載と解され,しかも,被控訴人は,前記の主張をしながら,ボーリング調査を省略する判断をした際の資料や判断過程等について,具体的な主張・立証をしておらず,むしろ,乙16の各写真や乙17,甲222からすると,ダム地点付近で川は蛇行しており,両岸の地形は単純な地形ではなく,河床部などもそのような状況ではなかったのではないかと推認される。被控訴人は,ボーリング調査以外の前記の各調査をしなかった合理的な理由があったことについても,更に具体的かつ的確な主張・立証をしていない。

本件決定は,ダムの規模,貯水容量の算定,総事業費の算定に必要不可欠なものとして,本件設計基準で定められた極めて重要な調査である前記各調査を欠いたままの全体実施設計に基づくものであったといわざるを得ない。

(6)  ところで,本件設計基準は,通達とその運用についての解説にすぎず,そこに定められた計画調査や全体設計調査は,法律で要求されたものではないから,被控訴人側で本件設計基準で定められた実施測量や地形図の作成,地下地質調査を前記認定のように実施しなかったことそれ自体が直ちに違法になることはない。

しかし,本件設計基準は,本件次官通達及び本件局長通達によって,土地改良事業計画の工事計画に係る詳細な設計である全体実施設計をする際に各地方農政局長が準拠すべき統一的な手続準則として農林水産省自らが決定したもので,前記認定のとおり,その解説部分も含めて構造改善局の出版物として公表されたものである。しかも,本件設計基準は,前記認定のとおり,学識経験者からなる委員等による検討やかんがい排水審議会の答申を経て改定されたもので,「基準」,「解説」についての前記認定の説明や甲214の「改定の要旨」の内容に照らし,解説部分も通達と実質的に一体となるものとして決定されたことが明らかである。そして,そこに定められた各調査は,被控訴人が土地改良事業の実質的要件を審査してその施行の可否を判断する際の前提となる事実関係を把握するためのものであり,各調査の手順や内容についての定めは,地方農政局長が行うこれらの調査の統一的,具体的な手続準則となり,土地改良事業の手続がこれに従って統一的に行われることにより,その後にされる本件決定等の処分の適正が保障されるものといえる。また,令2条3号の経済性の要件についての測定方法等の各通達も,被控訴人側自らが設定した経済性の要件を具体化した基準・指針であって,同様に,それらの各通達に従って経済性の要件が統一的に審査されて手続が進められることにより,その後にされる本件決定等の処分の適正が保障されるものといえる。

すなわち,これらの各通達に従った統一的審査により,前記技術的可能性の要件につき,地質・地形等の自然的条件を基礎とした工学的な見地から見てダムの建設予定位置が適切か,当該地域の気象条件や流域の地形条件等から見て当該土地改良事業計画で要求される農業用水の水量が当該ダムに安定的に貯留することができるのか,当該ダムに貯留される水が農業用水として適切な水質基準を満足するものとして確保できるのか,当該ダムに貯留した水が既往のあるいは当該事業で新設または改良される農業用水路等を通じて農用地に適切に配水されるのか等が科学的に検証され,令2条所定の基本的な要件である経済性の要件については,前記のようにして設計されたダムの規模や貯水容量を前提として,前記の測定方法等の各通達により算定した妥当投資額や総事業費が算出されて,それらの各通達による投資効率が1.00以上となるか否かによって審査されることになる。

そうすると,合理的な理由がないのに本件設計基準で定められた極めて重要な調査を省略するなどして手続を進めた場合には,それにより土地改良事業計画の内容に誤りが生じ,更にそれを前提とする令2条所定の基本的な要件の審査に誤りが生じることがあるし,また,土地改良事業計画決定に至る手続が適正でないとの評価を受け得ることもあるものというべきである。

(7)  しかるところ,前記の認定事実と証拠(甲203,211,215ないし221,227ないし230,232,乙16,82,90ないし99,102ないし106,109ないし117,128(いずれも枝番を含む。))及び弁論の全趣旨によると,本件決定の後に判明した事実関係等として,次のとおり認められる。

ア 環境影響評価法が,平成11年6月12日に施行され,本件事業については,平成12年12月15日,近畿農政局建設部長と,α1町長との間で,① 近畿農政局は,第2ダム建設工事について,環境アセス調査を実施し,環境アセスに係る所用の手続を了した後,地元(東部地域)の同意を得た上で着工するものとする,② α1町長は,近畿農政局が行う環境アセス調査の実施に協力するものとする,③ 近畿農政局は,環境アセスの実施に際して土地の立ち入り等を行う場合は,α1町長の協力のもと,土地所有権者及び地上権者等関係者の同意を得た以降,実施するものとする,との合意がされ,その旨の覚書(甲234)が作成された。

イ 近畿農政局において,平成13年度から平成15年度まで,本件事業の工事実施調査等が行われ,ダム池の範囲となる広い範囲の航空測量が実施されて1000分の1のダム敷池地形図(乙97)が作成され,更に現地の実地測量も実施された。そして,地質調査については,本件決定までに実施されなかったボーリング調査,弾性波探査等の地下地質調査も実施され,平成14年3月にその報告書である「第二ダム地質調査その3業務」(甲215)が作成され,平成15年2月に「平成13年度 新愛知川農業水利事業基幹施設技術調査(第二ダム地質調査その4)」(甲216),「同(第二ダム地質調査その5)」(甲217)及び「同(第二ダム地質調査その7)業務」(甲219)が,平成15年3月に「同(第二ダム地質調査その6)」(甲218)がそれぞれ作成され,その後も同様の報告書が平成16年3月まで次々に作成された。これらの調査の結果,第2ダム建設予定地の地形,地質がより明らかになった。

ウ それらの結果によると,建設予定地の地形について,ダム貯水池の範囲となる広い範囲についての前記の航空測量によって新たに作成された池敷地形図(乙97,第二ダム地形図と題する8枚)と,現地に立ち入って実地測量を行ったことにより,昭和53年の承認番号のα2の縮尺2500分の1の本件基本図による等高線による地形の把握は一部不正確であり,本件全体実施設計書における推定よりも,貯水池となる谷部の幅がより狭く,一方,建設予定地の地形がより緩やかであることが判明した。更に,ダム軸から約40メートル下流地点のボーリング調査により,同地点の河床堆積物の厚さが約10メートルあって,それを除去する必要があり,河床部の堤体を支持できる基礎岩盤が策定時の推定よりも深い部分にあることが判明した。そして,ダムの設計上,ダム軸における基礎掘削深をこの地点の河床堆積物の最大の深さに合わせる必要が生じ,それにより,本件決定の当時に前記のように策定されたダムの規模や形状は,相当程度の変更を余儀なくされることになった。すなわち,上記のとおり,河床部の基礎岩盤が計画策定時の推定よりも一部更に深かったことから基礎地盤を一部より深く掘り下げる必要が生じ,それによりダムの堤高は約5.5メートル高くなることになり,また,貯水池となる谷幅の地形が計画策定時の推定よりも狭かったことにより,計画による総貯水量2570万立方メートルを確保するためには,堤高を更に3.5メートル高くする必要が生じ,結局,第2ダムの堤高を約9メートル高くし,それに応じて堤長も相当長くする必要があり,ダムの規模は,少なくとも約10パーセント以上は大きくなることが判明した。そして,それに伴ってダム建設のための総事業費も大幅に増大することになった。

エ 近畿農政局は,平成16年2月10日,関係市町等に対し,総合的検討の結果を説明した。その説明では,受益面積が計画時から減少し,営農形態も変化したことを踏まえた粗用水量,地下水の取水状況等からの現況利用可能量を基に,貯水容量を算定して検討するなどし,第2ダムの規模等について「貯水容量20パーセント以上の増減」に該当する変更事由があると共に,新たに判明した予定地の地形及び地質調査の結果を踏まえると,ダム建設費についても,増嵩して「労賃又は物価変動を除く事業費の10パーセント以上の増」に該当することが確実になり,本件事業の計画変更の必要があると判断した,ということであった(甲203)。また,同年3月12日,α2の町議会においても,本件事業の再評価の結果,必要とされる用水量が減少し,第2ダムの予定貯水量の20パーセント以上が必要でなくなること,ダム本体建設地のボーリング調査等の地質調査の結果,側面において岩質が柔らかいため堤体の長さをより長くする必要が生じ,河床部が透水性のある岩質のためより深くする必要が生じ,貯水池の谷幅が計画時よりも狭いことが判明したこと等から,ダムの規模を大きくする必要が判明し,ダムの建設費が倍増し,約1100億円となるとの試算もされたこと,国は,今後,事業計画の変更について関係機関と協議をしながら進める方針である等の説明がされた。

オ 今後,被控訴人側において,本件事業の施設計画案について更に検討が進められる予定であるが,その内容はまだ定まっていない。また,事業費がどれだけ増大するのか,被控訴人としても明確に主張できる状態ではない。

(8)  以上の認定事実,前記(7)掲記の各証拠及び弁論の全趣旨を総合すると,このように現場の地形及び地質等からダムの規模が本件決定の内容よりも少なくとも約10パーセント以上大きくならざるを得なくなったのは,前記のとおり,被控訴人が自らが定めた本件設計基準で極めて重要なものとされていた測量に基づく地形図を作成せず,ボーリング調査,弾性波探査及び横杭の地下地質調査に基づく地質図を作成するなどして予定地の地形や地質を正解に把握してダムの規模と貯水容量等を設計しなかったためであって,これは,本件決定においてダムの規模を誤ったことにほかならず,本件決定の当時,本件決定の内容には,すでにこのような瑕疵があったものというべきである。

(9)  被控訴人は,貯水池となる谷部等の地形が計画策定時と一部異なることが判明したのは,本件基本図と工事実施調査の段階で作成された航空測量による池敷地形図との縮尺の相違もあるが,測量技術の進歩に伴う精度の向上によるものである,ダム軸における基礎掘削深が計画よりも深くなったのは,ダム軸から約40メートル下流の地点のボーリング調査の結果から同地点の河床堆積物の高さが約10メートルあると判明し,設計上の判断から河床堆積物を除去する必要が生じたためであり,全体設計調査の段階で仮にボーリング調査を実施していたとしても,それはダム軸の地点で行うのが一般的であり,ダム軸における河床堆積物の厚さを推定した判断は覆っていないから,結局,ボーリング調査や弾性波探査を行わなかったことと基礎掘削深が計画よりも深くなったこととは無関係である,また,基礎地盤を掘り下げる要因は,設計上の判断から河床堆積物を除去する必要が生じたためであって,透水性の対策によるものではない,などと主張する。

しかしながら,貯水池となる谷の地形については,そもそも本件設計基準によって測量を実施することにより地形図を作成することが求められていたもので,それが実施されずに既存の本件基本図によったために計測を誤ったものといわざるを得ない。本件基本図は,昭和53年に国土地理院で承認された地図であり,全体設計調査の段階でも既に相当期間が経過したものであった。しかも,被控訴人は,DSPやデジタルマップ等で測量技術が向上したと主張するが,本件基本図との関係で,それがどのように池敷の地形の把握に影響したのかについての具体的主張・立証はない。また,本件設計基準による全体設計調査におけるボーリングの配置は,堤軸に沿って両岸斜面部で各2本,河床部で2~3本(50メートル間隔に1本)程度であり,本件設計基準どおりにそれが実施されていれば前記のような結果は生じていなかったといえる。しかも,被控訴人は,当審における第6回口頭弁論期日において,控訴人らから釈明を求められていたこの点に関し,被控訴人第5準備書面で,河床部のダム基礎地盤が計画時の推定よりも一部深かったことが認められたと主張しただけであったが,その後,第7回口頭弁論期日において,被控訴人第7準備書面において,ダム軸における河床堆積物の厚さは計画時の推定とその後の工事実施調査による結果と変わっていないとし,ダム軸から約40メートル下流の地点でのボーリング調査の結果で同地点の河床堆積物の厚さが約10メートルあることが判明し,その結果,設計上の判断から,ダム軸における基礎掘削深を上記地点の河床堆積物の最大の厚さに合わせる必要が生じて,ダム軸における基礎掘削線が当初よりも深くなった,などと主張し,その設計上の判断については更に具体的に主張していない。むしろ,前掲の甲215ないし221や弁論の全趣旨によると,本件設計基準どおりに,河床部で2~3本(50メートル間隔に1本)のボーリング調査がされ,弾性波探査や横杭も実施されていれば,基礎掘削深についても,策定時により精度の高いものになっていたものと推認され,被控訴人の主張は採用できない。

(10)  以上の認定・判断を総合すると,本件決定は,それまでの手続に本件設計基準によって極めて重要なものとされていた調査等をしなかったことにより,ダムの規模を誤って設計した瑕疵があるというべきで,それは,本件決定の基本的な要件である経済性の要件について,測定方法等の各通達による審査に極めて重大な影響を与えるほどのものであったといわざるを得ないのであって,この瑕疵は極めて重要であって,本件決定は取消しを免れないというべきである。

ア 被控訴人は,本件決定の違法性の判断の基準時は,あくまで処分時であって,ダム建設の各段階で実施される調査は,その段階に応じて調査の事項,範囲,方針,精度などが自ずと異なってくるもので,その間の測量技術の向上等に伴う精度の差も生じることから,事業着手の後の工事実施調査で新たな事実が判明したとしても,それらは,計画時点における本件決定の適法性には,何らの影響も及ぼさないし,令2条3号所定の経済性の要件は,「当該土地改良事業のすべての効用がそのすべての費用をつぐなうこと」とあるだけで,その内容自体からも,相当に広い政策判断も予定され,被控訴人の裁量判断に委ねられる部分も相当あると主張する。

イ 確かに,前記認定のとおり,本件設計基準においても,全体設計調査に基づいて検討された基本的な設計はあくまでも途中段階の域を出ないもので,その後に実施される工事実施調査や補足調査により計画の変更や修正が行われるものとされており,本件全体実施設計においても,本件決定の後の工事実施調査においてより詳細な各調査が予定されており,また,令2条3号所定の経済性の要件は,被控訴人の政策的な裁量判断に委ねられる部分も相当あるもので,測定方法等の各通達による投資効率の算定は,被控訴人の裁量判断の基準・指針であって,しかも,その算定には事業による間接効果を含まないから,前記各通達による投資効率の算定結果が1を下回る結果となっても,法と令の関係では直ちに前記要件を欠いて違法ということにもならない。

ウ しかしながら,本件決定における前記の瑕疵は,前記のとおり,本件設計基準に従ってダムの規模や貯水容量等の基本的な設計をするために極めて重要な調査をしなかったためにダムの規模を誤って設計したというもので,当然に,本件決定当時の本件決定内容の瑕疵といわざるを得ない(なお,本件決定の違法性の判断の基準時は処分時であり,それと異なる控訴人らの主張は採用しない。)。また,法及び令が定めた経済性の要件自体については,政策的な裁量判断に委ねられる余地が相当あるとしても,その審査の基準として測定方法等の各通達を定めたのは被控訴人側であって,それによる投資効率の算定式は,事業による間接効果を含まない一方,総事業費の算出が現実に生じる総費用を完全に把握する算定方法でもないことを考慮すると,総体的に,経済性の要件の審査基準として合理的であるというべきである。そして,前記認定事実によれば,測定方法等の各通達は,被控訴人が事業計画の策定をする際の経済性の要件の審査基準として,極めて重要なものとして取り扱われていたことが明らかである。

そして,本件決定当時,仮に本件設計基準で定められた前記の各調査等がされて第2ダムの規模が前記のとおり少なくとも約10パーセント大きくすべきであることが判明していたとして,それに基づいて前記の測定方法等の各通達に従って妥当投資額を総事業費で除した計算式で投資効率を算定し直すと,妥当投資額の算定は,基本的には本件施行地域に予定された新規開発貯水量の農業用水を安定的に供給できることによる効果として評価され算定されるものであり,これらが被控訴人主張のように各通達に従って適正に算出されたものであったとしても前記のとおりダムの規模が大きくなったことにより特に増大することがなく,本件事業の総事業費の方は,それによって増大する関係になると考えられる(なお,控訴人らは,経済性の要件について,被控訴人の妥当投資額の算定は過大な算定であり,総事業費は過小な算定であると主張して争っているが,その点を判断するまでもなくこのようにいえる。)。そして,本件決定当時において,本件全体実施設計によるダム本体の工事費234億0400万円だけに限ってこれを単純にダムの規模の拡大に伴って10パーセント増加するとしてその他の点は被控訴人主張のとおりの算定であるとして試算したとしても,その投資効率はすでに1を下回ることになり,実際には,前記のとおりのダムの規模の拡大により,事業費は更に増大するものと推定される。本件決定の時点で,前記の算式による投資効率が1を下回ることがほぼ確実であると判明していれば,前記の乙63の文献によっても,被控訴人側において本件決定の内容について根本的な再検討を迫られる事態になっていたものと推察される。

エ のみならず,土地改良事業を開始する際の基本的な要件についての法の定めをみると,土地改良区の施行する事業についての法8条4項が令2条所定の前記の基本的な要件を適否の決定の消極的要件とする旨を規定し,農業協同組合等の行う事業や市町村の行う事業において同項が準用されているのに対し(法95条3項,96条の2第5項),国営及び都道府県営の土地改良事業についての法87条3項は,前記の基本的な要件に「適合するものとなるように定めなければならない。」と前記の基本的な要件を積極的要件として規定しており,土地改良事業の事業計画の変更についての法の定めをみると,土地改良区の行う事業についての法48条9項,農業共同組合等が行う事業についての法95条の2第3項,市町村が行う事業についての法96条の3第5項,48条9項がいずれも法8条の規定を準用し,法8条4項によって,都道府県知事が事業計画の変更の適否を決定するに際して令2条所定の経済性の要件その他の前記の基本的な要件に適合するものでないときを除いて適当とする旨の決定をすべきものとして,それらを事業計画変更の要件としているのに対し,国営又は都道府県営の土地改良事業計画の変更に関する法87条の3は,法8条4項や開始の場合の法87条3項を準用しておらず,国営事業である本件事業計画の変更をする場合には,経済性を含む前記の事業計画の基本的な要件は,その法律上の要件とされていないことになる。これらの法の各規定に照らすと,国営及び都道府県営の土地改良事業については,令2条各号所定の基本的な要件は,事業の開始の際の積極的要件とされているのみならず,事業計画の変更の際には最早基本的な要件とはされていないのであるから,当初の事業計画の策定の際の基本的な要件の審査は特に重要なものとして位置付けられているといわなければならない。

そうであれば,国営の土地改良事業に係る本件決定に前記のような瑕疵があり,本来は経済性の要件の審査において測定方法等の各通達によれば投資効率が1を下回ることがほぼ確実になって,被控訴人においても本件決定内容の根本的な再検討を迫られるような計画内容であるのに,後に事業計画の変更があり得る,あるいは予定されているとして,その瑕疵が本件決定の取消事由とまではならないと解するのであれば,本件事業について,遂には,経済性等の基本的な要件を適正に審査する機会が喪失されてしまい,法が87条3項で経済性の基本的な要件を規定した趣旨も,それに応じて被控訴人側で測定方法等の各通達を定めた趣旨もいずれも没却されてしまうことになりかねず,そのようなことになれば,国や地方自治体の多額の公金を含む多額の費用の投入が予定されている大規模な国営の土地改良事業である本件事業について,法及び令が国民経済的な観点から規定した経済性の基本的な要件が無意味になってしまいかねないというべきである。

オ このようにみてくると,本件決定には,前記のとおりダムの規模を誤って設計した瑕疵があったというべきであり,その瑕疵は,令2条3号所定の経済性の要件の審査について極めて重要な影響を与えるほどのものであって,これらの手続経過も適正手続に反するものとして違法といわざるを得ず,本件決定には取消事由となる瑕疵があるというべきである。

6  本案の争点(3)(専門的知識を有する技術者の調査報告(法87条2項,8条2項,3項)は十分なものであるか,調査報告内容の判断過程に重大な瑕疵があるか。)について

(1)  被控訴人は,土地改良事業計画を法8条4項1号の政令で定める基本的な要件に適合するものとなるように定めなければならないところ,法87条2項が準用する法8条2項は,「省令の定めるところにより,これを定めるにつき,農用地の改良,開発,保全又は集団化に関し専門的知識を有する技術者が調査して提出する報告に基かなければならない」とし,事業計画の決定自体がこの報告に基づかなければならないものとされている。そして,法8条3項は「前項の調査は,当該土地改良事業のすべての効用と費用とについての調査を含むものでなければならない。」とし,「専門技術者委嘱の要領について」(昭和40年12月25日・40農地B第4184号通達,乙25)では,専門的知識を有する技術者の資格,委嘱の範囲,調査及び報告についての要領が定められており,その中で,専門的知識を有する技術者の資格として,当該事業計画の樹立に携わり又は関係し,更に関係すると予想される者については,特に法令上の制限はないが,専門技術者の委嘱の趣旨からして避けるのが望ましいとされている。前記の法の各規定の趣旨は,土地改良事業について施行者側で各種調査等が進められ,全体実施設計に至る資料等が作成されていても,専門的知識を有する技術者が,第三者的な立場でそれらを審査し,調査が不備なところを指摘し,検討を加えるべきところには時には批判的に検討を加え,別の観点からも検討すべきところは更に調査・検討の上,その内容を報告することにし,事業計画の決定がそれに基づかなければならないとして,第三者による実質的審査を経ることを法律上の手続要件として,事業計画の決定が適正に行われるようにしたものと解され,前記通達の専門的知識を有する技術者の資格についての前記の定めも,同趣旨に基づくものと解される。

したがって,法8条2,3項による専門的知識を有する技術者による調査報告の手続は,形式的に履践されるだけでは足りず,実質的に履践されなければならず,当該調査報告が,手続規定の要求する調査,検討,審査に基づかないとか,その判断が事実的基礎を欠くとか,事実の誤認があるとの事由がある場合には,その土地改良事業計画決定は,法8条2,3項が定める専門技術者の調査報告を経たものといえず,違法というべきである。

(2)  前記の認定事実と証拠(乙7,13,31,証人P10の各証言)及び弁論の全趣旨を総合すると,次のとおり認められる。

ア P7及びP8の両教授は,被控訴人からの前記の委嘱に基づき,近畿農政局において作成された本件事業計画書(案),本件全体実施設計書(乙16の1ないし7,作成中のものも含む。),本件事業によって造成された施設の予定管理方法等を記載した書面(乙2の2),事業費の負担区分の予定及び地元負担の予定基準を記載した書面(乙2の3)等の基礎資料に基づき調査し,更に2日間の現地調査を行い,更に近畿農政局からの説明に基づいて調査に当たり,審議の上,調査報告書(乙7,B5判で本文9頁)を提出した。

イ 同調査報告書は,細則15条の各項目に沿って記載され,その内容の概略は,本件事業が,社会経済的にも必要性が十分あると認められ,河川流量,地区内雨量,地形・地質状況,現況施設の実態及び実情を加味したもので,自然的条件からみても,社会経済的条件からみても,その施行が十分可能で妥当なものと認められ,本件事業及び関連事業の施行後に見込まれる年増加見込効果額を基に妥当投資額と総事業費とを対比し,投資効率を算定すると妥当投資額を総事業費で除した投資効率が1を上回り,更に本件事業によって社会経済的に及ぼす間接的な効果も考えられるので,本件事業は国家投資の面からみても妥当なものであると認められる,などとした上で,「その他土地改良事業計画書に記載された事項についての技術的意見」として,ダムの形式,座取り及び減勢工等の基本的な構造及び形式については,地形条件等から適切と考えられるが,実施にあたって,地質調査の精査を行い,ダム軸,基礎処理等について検討の上細部設計等を行うことが指摘され(8頁),結論として,この事業の技術的,経済的な必要性及び可能性について検討を加えた結果,この事業の必要性は十分認められ,その可能性についても支障となるべき事項は考えられないことから,早急に施行されるべきである,などと記載されている。また,勧告として,環境保全については,適切な自然環境保全上の配慮に努められたい旨,事業効果について,本事業は本地区における農業生産基盤の基幹事業であり,可及的速やかに事業効果を発揮させる必要があり,関連事業を含めて強力に事業を推進し,早期完成が望まれる,とされている。

(3)  しかし,前記認定と乙7によると,調査報告書には,前記のように,本件設計基準で定められた池敷について測量による地形図が作成されなかったことやボーリング調査等の地下地質調査が実施されず,それによりダムの規模や総事業費が相当に変わり得ること等の記載はない。のみならず,他の事項についても,独自に具体的な検討を加えた形跡も見当たらない。経済性の要件について,総事業費やダムの規模との関係での明確な考察も見られない。

また,被控訴人からも,P7教授らの前記の調査や報告について,総事業費やダムの規模について,具体的な資料や数値に基づいてどのような検討や調査がされたのかについて,更に具体的な主張・立証もない。

(4)  そうすると,前記の調査報告書は,近畿農政局において作成された本件事業計画書(案),本件全体実施設計書(作成中も含む。)等の基礎資料に基づいたものであって,本件設計基準で定められた池敷についての地形図が作成されなかったことやボーリング調査等の地下地質調査が実施されない状況で把握された誤った事実を前提にしたものであり,それによりダムの規模や総事業費が相当に変わり得ること等についての検討や考察がされず,その点において,法令上要請される専門家としての必要な調査・報告を欠いたというべきである。

(5)  前記の認定判断を総合すると,調査報告書の作成やそのための調査も,法87条2項,8条2,3項の前記のような趣旨を実質的に充たさないものであるといわざるを得ず,本件決定は,この観点からも,法の前記各規定に実質的に反するもので,違法であるというべきである。

7  以上のとおりであり,本件決定には取消事由である瑕疵があるというべきであり,P14,別紙控訴人目録3記載の控訴人P2及び同P3の本件決定に対する異議の申立てはいずれも理由があり,異議の判断についてのP7及びP8両教授の前記の報告内容も誤ったものといわざるを得ず,これらの異議申立てを棄却した異議についての各決定も違法であって,取消しを免れない。

そうすると,同目録3記載の控訴人らの請求のうち,控訴人P2及び同P3については,それぞれ自己宛の,控訴人P9については,P1宛の異議についての各決定の取消しを求める部分は,その余の諸点について判断するまでもなく,本件決定に取消事由である瑕疵があるから理由があり,それぞれの上記異議についての各決定を取り消すべきである。

8  結論

(1)  別紙控訴人目録1記載の控訴人らの各請求は,いずれも不適法である。

(2)  同目録2記載の控訴人らの各請求のうち,本件決定の取消しを求める部分に係る訴え,並びに,それぞれ他人宛の異議についての各決定の取消しを求める部分に係る訴えは,いずれも不適法であり,それぞれ自己宛の異議についての決定(いずれも却下決定)の取消しを求める請求は,これを却下した異議についての決定が相当であるから,いずれも理由がないことに帰する。

(3)  同目録3記載の控訴人らの各請求のうち,控訴人P2及び同P3については,それぞれ自己宛の,控訴人P9については,P1宛の異議についての各決定の取消しを求める部分は,理由がある。しかし,同控訴人らのその余の請求に係る訴えは,いずれも不適法である。

(4)  上記(1)ないし(3)の判断によると,次のとおりになる。

ア 控訴人らの関係の原判決の主文第1,2項に関する部分は,相当であるから,同部分に関する控訴人らの各控訴を棄却すべきである。

イ 原判決主文第3,4項の別紙控訴人目録2記載の控訴人らに関する部分は,同目録2記載の控訴人らがそれぞれの自己宛の異議決定の取消しを求める部分の請求を棄却した判断は相当であるが,それぞれの他人宛の異議決定(却下決定)の取消しを求める部分に係る訴えは,不適法であるから,同控訴人らの各控訴に基づいて,その趣旨に原判決を変更すべきである。

ウ 原判決主文第5項の別紙控訴人目録3記載の控訴人らに関する部分については,同目録3記載の控訴人らの各控訴に基づき,同控訴人らの各請求を棄却した原判決を取り消し,控訴人P2及び同P3については,それぞれ自己宛の,控訴人P9については,P1宛の異議についての各決定をいずれも取り消し,同控訴人らのその余の請求に係る訴えをいずれも却下すべきである。

(5)  訴訟費用については,行政事件訴訟法7条,民訴法61条,64条ただし書,65条,67条に従って,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 若林諒 裁判官 八木良一 裁判官 三木昌之)

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