大阪高等裁判所 平成14年(行コ)94号 判決 2003年6月27日
控訴人
堺税務署長元 木 茂 喜
同指定代理人
小 林 邦 夫
外3名
被控訴人
甲 山 太 郎
同訴訟代理人弁護士
木 村 保 男
同
大 川 治
同
的 場 悠 紀
同
川 村 俊 雄
同
中 井 康 之
同
福 田 健 次
同
青 海 利 之
同
飯 島 奈 絵
同
柴 野 高 之
同
野 村 祥 子
同
小 関 伸 吾
同
山 本 淳
同
西 谷 敦
主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1 控訴人の申立て
1 原判決中,主文第2項を取り消す。
2 被控訴人の請求のうち,原判決主文2項に関する部分(控訴人が平成11年11月15日付けで行った,被控訴人の平成10年分の所得税更正処分について,納付すべき税額531万8500円を超える部分及び過少申告加算税の賦課決定処分の取消を求める部分)を棄却する。
3 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。
第2 事案の概要
事案の概要は,原判決の事実及び理由中の「第2事案の概要」欄記載のとおりであるから,これを引用する。
第3 当裁判所の判断
1 当裁判所も,被控訴人の本訴請求を原審が原判決主文2項において認容した限度において認容すべきと判断するところ,その理由は,以下のとおり付加訂正するほか,原判決の事実及び理由中の「第3 争点に対する判断」記載のとおりであるからこれを引用する。
(1) 原判決12頁4行目末尾<編注 本号209頁左段35行目>の後に,行を改めて以下のとおり付加し,同5行目<同209頁左段36行目>から同17頁23行目<同211頁左段26行目>までの「ア」ないし「ツ」の項目の記載を順次繰り下げる。
「ア 被控訴人の本件譲渡土地の取得及び同土地における特別養護老人ホーム建設計画の存在
被控訴人は,もともと堺市高倉台所在の宅地を所有していたところ,平成5年ころ,同土地を特別養護老人ホームの敷地としたいと考え,堺市保険福祉局保険推進部高齢福祉課に相談したところ,特別養護老人ホームを設置するならば堺区域(堺市北西部区域)内で行って欲しい旨の回答を受け,そのころ,堺区域内に本件譲渡土地を所有していた廣野元吉から上記高倉台の宅地を所望されたため,将来社会福祉法人を設立して,そこに寄付をして特別養護老人ホームの敷地とするために,平成5年12月27日,上記廣野との間で,被控訴人所有の上記高倉台の宅地と廣野所有の本件譲渡土地とを等価交換した。
その後,被控訴人は,堺市(高齢福祉課)と相談しながら,本件譲渡土地において特別養護老人ホームを建設するための事業計画を作成し,地元住民の同意をとりつけるべく説明会を開催するなどの作業を進めたが,地元住民から強い反対を受けたため,平成8年8月以降に本件譲渡土地における特別養護老人ホームの建設を断念し,代替土地を探すようになっていたところ,平成9年になって本件取得土地を紹介された。」
(2) 同17頁24行目<同211頁左段27行目>から22頁6行目<同212頁右段32行目>までを以下のとおり改める。
「(2)ア 譲渡所得に対する課税は,資産の値上がりによりその資産の所有者に帰属する増加益(キャピタル・ゲイン)を所得として,その資産が所有者の支配を離れて他に移転するのを機会に,これを清算して課税する趣旨のものであり,法33条1項にいう「資産の譲渡」とは,有償無償を問わず資産を移転させる一切の行為をいうものと解すべきであって,交換も資産を移転する契約の一類型であるから,売買等と同様にこれに含まれ,交換によって生じた譲渡益は,譲渡所得として課税の対象となるのが原則である。
もっとも,従前から所有している固定資産を同種の固定資産と交換し,交換取得資産を交換譲渡資産と同様の用途に供しているような場合には,実質的には同一の資産を継続して保有しており,経済的には資産の移転がなかったと同様の状態が継続しているものとみられるため,課税の機会とみるのが適当ではないということがある。また,担税力の観点からみても,交換によってキャピタル・ゲインに相当する金銭を取得したわけではない当事者に譲渡益について課税することは,酷な結果をもたらすこともありうる。本件特例は,このような趣旨から,①1年以上所有している同一種類の固定資産の交換であること,②交換取得資産が交換のために取得されたものでないこと,③居住者(所有者)が交換取得資産を交換譲渡資産の譲渡直前の用途と同一の用途に供したこと等の要件を満たす交換につき,譲渡がなかったものとみなして,譲渡益に対する課税を繰り延べ,その時点では課税を行わないこととしたものと解される。
このような本件特例の制度趣旨(同一資産の継続保有)に照らせば,法58条にいう,居住者(所有者)が交換取得資産を交換譲渡資産の直前の用途と「同一の用途に供した場合」には,原則として,一時的・暫定的な資産の保有・供用は含まれないと解するのが相当であり,居住者(所有者)が交換取得資産を交換後に他に譲渡する目的で資産を交換し,交換取得資産を一時的・暫定的に保有したにすぎない場合には,特段の事情のない限り,本件特例の適用はないものと解するのが相当である。
イ そこで,これを本件についてみるに,上記の前提事実及び認定事実によれば,被控訴人は,本件交換にあたって,本件取得土地を設立中であった宏和会に寄付して,同会の運営する特別養護老人ホームの敷地とする予定であり,実際に本件交換の約5か月半後に宏和会に寄付していることが認められる。
しかしながら,被控訴人は,地元住民の反対によりその場所での計画を断念したものの,本件譲渡土地も本件取得土地と全く同様に,社会福祉法人を設立しこれに寄付して特別養護老人ホームの敷地にするために取得して保有していたものであり,被控訴人にとって,本件交換は,特別養護老人ホームの用地を保有する状態に何らの変動ももたらすものではなく,実際に,本件取得土地は本件交換後被控訴人の意図どおりに特別養護老人ホームの敷地として利用されていることは上記認定のとおりである。
また,証拠(甲8,乙16,17,被控訴人本人)及び弁論の全趣旨によれば,本件交換後,本件取得土地が被控訴人から宏和会に寄付されたのは,個人では特別養護老人ホームを運営することができず,これを運営するためには社会福祉法人を設立する必要があり,また,当時,社会福祉法人の認可を受けて特別養護老人ホームを運営するためには,ごく一部の例外を除き,基本財産としてホームの建設用地をはじめ事業を行うために直接必要なすべての物件を取得して所有するか,国もしくは地方公共団体からの貸与もしくは使用許可を受けていることが求められていたためであると認められる。
さらに,証拠(甲7,8,乙6,12,16,17,20,21,被控訴人本人)及び弁論の全趣旨によれば,宏和会の設立準備事務所及び住所地は被控訴人の自宅であったこと,その設立当時,宏和会は被控訴人から本件取得土地(約5億7000万円相当)及び約1億8000万円の寄付を受け,これを全資産として,国と市からの補助金約6億円と社会福祉医療事業団からの約2億4000万円の借入を受けて,約10億円の本件特養老人ホームの建物の建築を予定し,それらはほぼ予定どおりになされたこと,宏和会の設立当時,被控訴人は堺市職員で宏和会の役員になれなかったため,実姉の乙川春子を設立代表者ないし理事長,妻の甲山花子を発起人ないし理事とし,自らは宏和会の設立発起人ないし設立当時の役員にならなかったものの,その設立準備,設立後の運営,本件特養老人ホーム建設等について中心となって活動し,それらをとりしきっていたこと,被控訴人は堺市を退職後,平成13年5月30日に宏和会の理事に就任し,以後,名実ともに宏和会の代表者として活動していることが認められ,これらによれば宏和会の実質的な主体は被控訴人であると認めることができる。
以上に認定,判断した事情も併せ考慮すれば,本件における被控訴人の本件取得土地の保有は,宏和会への譲渡(寄付)を予定したものではあるけれども,実質的には,本件交換前の本件交換土地と同様に,特別養護老人ホーム敷地として利用したものとみることができるというべきであり,例外的に法58条の「同一の用途に供した場合」に該当するものと解するのが相当である。
(3)ア これに対し,控訴人は,本件取得土地は本件交換後,(設立中の)宏和会が発注した本件特養老人ホームの建築工事ないし建築工事の準備作業が開始されるまで何の利用もされておらず,被控訴人と宏和会とは別個の法人格であって宏和会による本件取得土地の利用を被控訴人の土地利用とみることはできないから,結局,本件取得土地は本件交換後被控訴人によって全く利用されていないというべきであり,そもそも,被控訴人が本件交換後宏和会が設立された平成10年10月5日以後も直ちに本件取得土地を寄付しなかったのは,本件特例を受けようとしたために過ぎず,本来は宏和会の設立後1週間以内(本件交換の約2か月後)に本件取得土地を宏和会に寄付する義務があったとして,実質的にも被控訴人が本件取得土地を従前と「同一の用途に供した」とはいえない旨主張する。
しかしながら,本件取得土地が宏和会に寄付される前に,その所有者であった被控訴人の了承なくして本件特養老人ホームの建設工事の着工は不可能と考えられること,本件特養老人ホームの建設を計画したのが被控訴人であり,主要な財産(本件取得資産及び約1億5000万円)を寄付して実質的に宏和会を設立し本件特養老人ホーム建設計画を実行した中心人物も被控訴人であること(甲8,乙16,17,被控訴人本人)に照らせば,宏和会への寄付までの間,本件取得土地は被控訴人が管理占有しその利用も被控訴人の意思に基づくものであったことは明らかというべきであり,これに,上記(2)イに指摘した事情等も併せ考慮すれば,控訴人指摘の事情は,上記認定,判断を左右するものではないというべきである。
イ なお,被控訴人は,法58条の「同一の用途に供する場合」か否かの判断は,主観を排して交換譲渡資産と交換取得資産の客観的な性状・使用状況によって決するべきで,交換取得資産を継続して保有する必要はないと解するべきであり,このことは,法58条が交換取得資産を一定期間保有することを要件として明定していないことや所得税基本通達58―6においても,同一用途に供したかは資産の種類に応じて地目等の客観的な用途区分によって判定する旨定めていることからも裏付けられる旨主張する。
しかしながら,前記本件特例の制度趣旨に照らして,実質的に同一資産が継続して保有されている場合にあたるか否かを判断するためには,通常,ある程度継続して保有される状況を前提に検討することが必要と考えられ,また,例えば交換取得資産の保有期間が短い場合等,交換取得資産の取得目的も考慮して判断するのが適切な場合が存在すること,法58条の「用途に供する場合」との文言それ自体,居住者がある程度の時間継続して交換取得資産を保有することを前提としているものと解するのが文理上も素直と考えられること,被控訴人のように解釈した場合,固定資産の交換について,交換の際に交換譲渡資産と交換取得資産の従前の用途が一致する限り,本件特例が適用されることになり,とりわけ土地の場合には地目が一致すれば本件特例が適用されることになって,法58条の「同一の用途に供する場合」との要件がほとんど空文化することになりかねないことなどを考慮すれば,被控訴人指摘の事情をもって,その主張の裏付けと解することはできず,同主張を採用することはできないというべきである。
(4) 以上によれば,本件特例が適用されないとして控訴人が行った更正処分のうち納付すべき税額531万8500円(当初申告額)を超える部分及び過少申告加算税賦課決定処分は,違法であり取り消されるべきである。」
2 以上によれば,原判決は結論において相当であって,本件控訴は理由がないからこれを棄却し,民事訴訟法302条,67条,61条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官・横田勝年、裁判官・松本哲泓、裁判官・末永雅之)